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飾窓の少女(6)

こめじるし様

わたし、信じてもいいかしら。
雨が止んで虹が出たとききっと、あなたはわたしを思い出すって。
そう信じてもいいかしら?
ジタン・・・・。


「ねえ、ジタン。」
ダガーは何気なく言ってみた。
「なんだい?」
「わたしが『君の小鳥になりたい』の中の台詞で、一番感動した言葉って、何だかわかる?」
「・・・・?いいや?オレに話したかい?」
ダガーは黙って首を振ると、微笑んで、こう言った。
「わたしが感動した言葉はね・・・・。」
ジタンはダガーの横顔を静かに見つめた。
「『あなたが王女という衣を脱ぎ捨てるなら、わたしは愛という衣で包んで差し上げましう!』・・・・。」
ジタンの手を自分の手に絡めたまま、ガーネットはぱっと大きく手を広げた。
けれど、またすぐ下ろした。
「素敵よね・・・・。実はわたしの、小さな夢だったの。」
ぺろりと舌を出すと、照れくさそうに笑った。
「そうなのかい?」
「ええ。・・・・でも・・・・。」
ダガーは遠くを見た。
「でも、その夢をジタンが叶えてくれたわ・・・・。」
「・・・・・・・・!」


雲が、まっぷたつに切れてゆく。
灰色の雲の隙間から覗いたのは、素晴らしく青い空。
そして次に見えたのは・・・・。
夢のように美しい虹。
その何とも言えない微妙な色の橋は、おそらく見るもの全てを堪能させただろう。


「きれー・・・・。」
ボンヤリとダガーが呟くと、握っていたジタンの手が急にするりと離れた。
「ジタン?」
どさっ、とまだ濡れた土の上にジタンは倒れた。
「ジタン!!」
慌ててジタンを揺り起こそうとするが、反応は全く無い。
「ジタン!どうしたの!?ねえ!!」
乱暴にジタンを揺すったが、堅く閉ざされたジタンの瞼は上がらない。
「いやだ!ジタン!!今度はわたしにどんな思いさせる気!!?ねえ!ジタン!!」
ダガーは怖かった。
ジタンが少し自分のことを思い出してくれたのに。
ジタンが自分のことを思い出してくれるって希望が少しできたのに。
「ジタン・・・・・!」







「う、うう・・・・。」
やわらかい、ダリ村の宿屋のベットでジタンは目を覚ました。
外はすっかり晴れ、小鳥たちが歌っている。
「・・・ダガー・・・?」
辺りを少し見回すと、眼中には言ってきたのは小さな少年だった。
手を前後に揺らしながら、ジタンに呟いた。
「おねえちゃん、かえるってゆってた。おだいじに、だって。」
くりくりした瞳でジタンを見上げている。
「・・・・・・・・。」
「おにいちゃん?」
虚ろな目で遠くを見つめているジタンに、少年は首を傾けた。
「・・・あ?ああ・・・。ごめんごめん。わかったよ・・・。」
頭をぽりぽりかきながら立ちあがると、伸びをした。
「おかねは、おいていってくれたから。」
「そっか・・・。」
と、ぼうっとしながら少年に背を向けると、どこか重い足取りで宿屋を後にした。





「ベアトリクス。」
晴れ上がった空を見つめ、ダガーは静かに臣下の名を呼ぶ。
「はい?」
ベアトリクスは書類をまとめて袋に入れると、ダガーの前に来た。
「近いうちにジタンが来るかもしれない。その時はわたしが何をしていても教えて。」
「え?」
窓の向こうを見たままのダガーが言った言葉に、ベアトリクスは意味不明感を覚えた。
「わたしがどこにいても。なにをしていても。ジタンが来たら伝えて。ね?」
「陛下?どうなされたのですか?」
ダガーと目線が同じになるようかがんだベアトリクスは、どこか遠くを見るその瞳をじっと見つめた。
「いいから!」
怒ったわけでもない、泣き叫んだわけでもない、微妙な大きな声で、ダガーはベアトリクスの
動きを静止させた。
「・・・。」
ダガーはすぐに窓の外を向いた。
「・・・・・御意。」
ベアトリクスは立ちあがると、すぐ扉へ向かう。
「失礼しました。」


パタン。


その部屋の中がダガー一人になる。
シンと静まりかえるのを見計らったように、ダガーは小さく歌い始めた。




A voice from the pest,joining yours are mine.
Adding up the layers of harmony.
And so it goes,on and on.
Melodies of life.
To the sky beyond the flying birds-forever and beyond.....



本当に小さな声だったはずなのに。
その声は部屋に響いていた。
「・・・。ジタン・・・。」

「呼んだかい?」
「!!」
ふと、窓の外から聞き覚えのある声が聞えてきた。
ダガーはその窓から落ちそうなほど身を乗り出すと、下を見た。
「ジタン!!!」
「やあ。結構聞こえるもんだね。そっちに行っていいかい?」
ジタンはきょろきょろとひとしきり辺りを見回すと、ハシゴに目を止めた。
「え・・・。いいけど・・・。そのハシゴ、窓まで届いてないわよ?」
「いいからいいから。オレを誰だと思ってるんだい?ちょっとさがっててよ。」
そう言われるとダガーはイヤと言えず、素直に窓から離れた。
一方ジタンはハシゴを壁に立てかけると、5メートルほど後ろに下がった。
「行きますか。」
腕をクルリとまわすと、姿勢を低くした。
だん、と地面を蹴ると、風の抵抗を物ともせずスピードを上げた。
ハシゴの一番下の棒に足を掛けると、その足だけで上に登った。
一番上の棒に足を掛けると、それを思い切り蹴り倒した。
からんと音を立て、ハシゴは倒れた。
気がついた時、ジタンはダガーの前にいた。

「な?平気だったろ?」
にっかり歯を見せて笑うと、鼻の下を人差し指でこすった。
「ビックリした・・・。」
ジタンはふふんと鼻を鳴らすと、
「驚くのはそれだけじゃねえぜ?」
と、いきなりダガーの肩を抱いた。
「え・・・!!」
そのいきなりの出来事に、ダガーは気が動転した。
「・・・遅くなって申し訳ございませんでした、王女・・・。」
その言葉に、ダガーの動きが止まる。
「わたくしめは、何という罪深いことをしてしまった事か・・・。」
「ジタン・・・。もしかして・・・。」
するとジタンは、ダガーの顔を自分のほうに向けた。
「ダガー!!」
そして、きつく抱き締めた。








「ダガー!ただいま!!オレ、思い出したよ!!」
一瞬、耳を疑った。
ジタンが言ったことが少し信じられなかった。
「・・・・嘘よ。また、わたしをガッカリさせようとしてるんでしょ。」
「嘘じゃないよ。嘘じゃ、ない。」
零れた。
目から。
小さな水滴が。
ぽろりぽろりと。
「嘘じゃないの・・・?」
ジタンはにこりと笑うとダガーの額に唇を寄せた。
「ただいま。」


愛しき人は帰ってきた。
その金の髪と金の尾を静かに揺らして。
春風の如くまた舞い戻ってきた。

「ダガー?」

そよ風が二人の髪を優しく撫でる。

「歌ってくれよ。もう一度。」

青空は雲を静かに流す。

「オレがもう二度とダガーの事を忘れないように。」

小鳥は愛の歌を歌う。


そして、ダガーも。






『飛ぶ鳥の向こうの空へ
いくつの記憶預けただろう?
儚い希望も夢も
届かぬ場所に忘れて・・・・

めぐり逢うのは偶然と言えるの
別れる時が必ず来るのに

消えゆく運命でも君が
生きている限り
いのちはつづく
永遠に
その力の限りどこまでも』・・・・





「ジタン?」
静かにダガーは訊いた。
「わたしのこと、重荷って感じてたの?」
文献によれば、それは間違いないはず。
最後の気がかりであった。
「まさか。」
「でも、本にはそういう風に書いてあったわ!ジタンはわたしのこと・・・・っ。」
語尾は、遮られた。
ジタンがダガーの唇を優しく塞いだから。

また、静かな風がそよいだ。

「目の前にあるものだけを信じちゃいけない。目に見えるものだけを信じちゃならない。」
ダガーの唇から少し自分の唇を離して言った。
「もし、オレがダガーのことについて重荷に思ってる部分があるのなら、それはきっと・・・。」

最後まで言わずに、また再び唇を寄せた。
目を閉じて。
華奢な体を抱き締めて。
愛して、愛して、愛して。





















「ダガーの事が好き過ぎるからだ。ダガーが好きで好きでたまんないから、
 他の事が考えられ無くなっちまうんだ。重荷って、そういうことじゃねえ?」














わたしは貴方のココロの窓の前に立ちましょう。
貴方の心に風が吹きぬける時、私のからだでそれを遮りましょう。
貴方のその愛で飾られた小さな出窓を優しく優しく守りましょう。












さしずめわたしは飾窓の少女。














貴方の窓から虹を見る。







おかえり、ジタン。

          〜おわり〜 

 

 


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          読んでくれた人、アリガトウ。              


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