飾窓の少女(4)
こめじるし様
「エーコ、わたしもうアレクサンドリアに戻らなきゃ。」
泣いて目を腫らしたダガーは呟いた。
「もう無断で二日城をあけているわ。」
ジタンが見知らぬ人になってからダガーはリンドブルム城に一泊していた。
雨はまだ止まない。
「城の者達が心配してるわ、きっと。」
「そうね。ダガー、女王様だもんね。」
ジタンはまだ眠っている。
馬鹿面。
「ジタンにはよろしく言っといて。あ、でも、こういう状態になったのは言わないで。
きっと、パニックになるわ。」
「うん。わかった。」
ダガーはエーコに背を向けた。
「・・・いつでも遊びに来てって言っといて。」
「・・・うん。」
そしてダガーは、リンドブルム城を去った。
「どうして、かな。」
いつもより大きい独り言だった。
けれど、雨の音がそれを消してゆく。
雨と風が強いので、エア・カー乗り場は封鎖されていた。
ダガーは仕方なく、商業区まで歩いていた。
「わたし、逃げてるみたい・・・。」
びしょびしょだった。傘なんて持参していなかった。
だって、ジタンとデートの約束の日は晴れていたし。
「・・・今まで逃げたことなんてなかったのに。」
冷たい風がうなる。雨が、横殴りになる。
濡れた黒髪が、頬や首にべったりと張りつく。
「どうして、こんなに弱くなっちゃたのかな。」
水たまりにばしゃんと足を突っ込んでしまった。
でも、気にしない。これ以上濡れても同じだから。
「ジタン・・・。」
涙腺がじんと熱くなる。
泣きたかった。
「なんだい?」
後ろから、聞き覚えのある声。
・・・ジタンの声。
「そんな格好でこんなところ歩いてたら風邪ひくよ。」
振り向かなかった。
「ホラ、傘。」
ガーネットの上が白と青のチェックに覆われた。
雨が遮断される。
ジタンの肩が左側に寄り添ってきた。
「・・・もう、動いても平気なの?」
「ああ。すっかり良くなった。」
「・・・何をしに?」
肩をそっとすくめる。
「・・・聞いたよ、エーコに。」
二人は歩き出した。
まるで恋人同士のように、相合傘をして。
「そう・・・。」
「ごめん・・・。オレ、わかんねえや。」
尻尾が足に触れてくる。
優しい感触。
「・・・謝らないで。ほんとは、わたしが悪いんだから。」
「・・・・?どういう意味だい?」
ジタンが不思議そうにガーネットの顔をのぞき込む。
「本、見たでしょ。わたし、ジタンの重荷になってたんだわ。」
目に涙がたまる。視界が滲んだ。
「・・・わた、し・・・・っ!」
声がかすれる。喉の奥が痛い。
「わかんない・・・!頭の中、ぐしゃぐしゃ・・・!ジタンが、ジタンじゃない・・・。
どうしたら思い出してもらえるかしら・・・?わたしの、せいだから、しっかり責任をとらなきゃ、
なんない・・・!!でも、どうすれば、どうすれば・・・!!」
出てくる涙を止めようとして、必死にしゃくりあげる。
「ガーネット・・・。」
ジタンが目を細める。どうすればいいのか、わからない。
本当の自分なら、どうするんだろうな?
わからない。
「泣くなよ・・・・。オレも、一生懸命思い出すからさ。」
肩を抱いたら良いのだろうか?
「ごめんなさい・・・。な、泣く、つもりなんて・・・。」
ダガーは服の袖で涙を拭き取ろうとする。
けれどその袖は雨で濡れていて、全く意味がない。
ジタンは自分のあごを親指と人差し指で支え、うーんとうなった。
そして、少しして
「そうだ!!」
と声を張り上げた。同時に、傘も勢いよく投げ出した。
雨がジタンの服に落ちて水玉を作る。
両手をガーネットの肩に添え、顔をよく見た。
「ガーネット、良いことを思いついたんだ。聞いてくれるかい?」
ガーネットは、頷いた。
「オレ達、一緒に冒険してきたんだろ?一緒に世界のいろんなところ回ったんだろ?
なら、その冒険の話、聞かせてくれ!!そうすれば、オレ、思い出せるかもしれない!」
ジタンは元気一杯に笑った。嬉しそうだった。
その笑顔につられて、ガーネットも微笑んだ。
元気を分けてもらった気がして。
「頭が良いのね。わたし全然思いつかなかったわ。」
「まかせろって!!」
抱きしめて欲しかった。そのまま、ぎゅってして欲しかった。
でも、ジタンの手は肩から離れ、地面に落ちた傘を拾っていた。
「さあ、そうと決まればさっそく準備だ。急ごうぜ!」
そのまま傘を差し出すのかと思ったが、ジタンはその傘をたたんで、雨の中をばしゃばしゃと走り出した。
10メートルほど走ると振りかえり、
「はやくはやく!!ガーネット!!」
と、元気に手を振って見せた。
ガーネットはどこか寂しそうに微笑むと、
「ちょっと待ってよ〜!!」
とジタンの後を追った。
「ジタン・・・、ジタン!!」
商業区が見えたところで、ガーネットは立ち止まった。
「待って!やっぱりわたし、一度城に戻らなきゃ!!」
ジタンは振り返って、
「どうしてだい?」
と訊いた。
「わたし、一応女王だから、それなりの話と許可をしてもらわないといけないわ!」
「だめだね。」
ジタンは悪戯っぽく笑った。
「ど、どうして?」
「オレが今すぐ行きたいからさ!」
そう言うとジタンは素早くガーネットを抱きかかえた。
「ちょっ・・・!そんな、勝手な・・・!いーやぁ〜!!降ろして〜!!」
ガーネットはじたばたと抵抗したが、次の一言を聞いて我が耳を疑った。
「それでは誘拐させて頂きます、王女様♪」
・・・なんですって?
『誘拐サセテ頂キマス、王女様♪』
『王女様』?
どうして。
ジタン、今のわたしは女王よ?
今のジタンは女王のわたししか知らないはずよ?
ねえ、どうして『王女』って?
ただの言い間違い?
それとも・・・。
気が付いたら、ジタンは走り出していた。
「ジタン!重くない?」
「ぜんっぜん平気!」
確かに、スピードはあまり落ちていなかった。
「でも、悪いわ!降ろして!!」
顔に雨がぴしぴしと痛い。
「や〜〜〜〜〜だね!」
「どうして!?」
「だって今降ろしたら、かっこわりぃじゃん!!?」
ワガママ。そういうところは、変わってないのね。
なんだか少し、元気が出た。
「どこまで行くの!?」
ジタンはダガーをかついだままリンドブルムを出ていた。
「とりあえず、ダリ村まで!!」
「やだ!!このまま南ゲート抜けるの!?」
「モチのロン!!」
リンドブルムを出ても、雨足は強まる一方であった。
「だめよ!!あそこ、石畳だし、危ないわ!」
本当は恥ずかしかったのだが。
「コケても君は守るよ!!」
「守るって・・・。」
思わず吹き出しそうになる。
けれど、南ゲートは目前。
「は、恥ずかしいわ!!」
仕方なく、正直に言った。
「足を挫きましたって言えば大丈夫!」
まったく、ああ言えばこう言う・・・。
そう思った時にはもうジタンはゲートパスを警備兵に見せていた。
「うはぁ〜〜〜〜〜!びっしょびしょ!!」
ようやくダリ村に着き、宿屋に飛び込んだジタンとガーネットは、店の子供にタオルを渡してもらっていた。
「ほ〜んと。まったく、誰かさんが無茶をするから・・・。」
ダガーは横目で冷たくジタンを見ながら、雨水を拭った。
「う・・・。・・・さ、さみ〜なぁ。カラダ、冷えきってら。」
ジタンはわざとらしく、体のあちこちを拭いた。
「クシュン!」
風邪をひいてしまったのか、ガーネットがくしゃみをする。
それを見て
「悪かったよ。何ならオレが拭いてやろうか?」
とジタン。
「けっこうよ。わたし服絞るから部屋に入るけど・・・・覗いちゃダメよ。」
ガーネットはジタンをにらむ。
「いい?覗いちゃダメよ。」
念押ししてから、扉を閉めた。
「厳しいな〜・・・。」
ジタンはなぜか、肩をがっくり落としていた。
雨は止む気配がなかった。
それどころか、雷鳴が轟き始めた。
急に不安感がダガーを襲う。
「雨よ、二人を逃がして・・・。」
この雨さえ止めば、ジタンは自分のことを思い出してくれるのでは。
そしてこの雨は、祈ったら簡単に止んでくれるのでは。
「・・・気休めよ。」
ダガーは笑ったが、心の底では藁にもすがる思いであった。
しかしそのダガーの思いとは裏腹に、雨はますます量を増していったのである。
(続)