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飾窓の少女(3)

こめじるし様


ジタン。
ジタンはもう、わたしの方を向いてくれない?
わたしはジタンにとって、要らない存在?
そんなのはイヤよ。
ジタン。
「嘘だ」って笑って、抱きしめて。

    大好き。
                ジタン。



「なぁ〜〜〜〜に言ってんのよ!バカジタン!!」
エーコがキンキンと声を張り上げる。
「何って・・・誰なの、このコ?」
呑気。自分が何を言っているのか、分かってるのかしら?
「ジタン!!あたしの名前は!!?」
「うぅっるせえな〜。傷に触るじゃん?エーコ。」
ふてくされたように顔をあっちに向けながらも、名前はしっかり言えている。
どうして。
どうして、わたしは。
「・・・あたし、お父さん呼んでくるね。」
唇をあひるのように前に突き出しながら、エーコは走り出した。
「エーコ!」
「なぁに?」
「トット先生も呼んできてちょうだい。トット先生なら、きっと良い知恵をかしてくださるはずだわ。」
「うん。」
そして再び、走り出した。

「ジタン。」
ダガ―はジタンの方に向き直し、しゃがんだ。
「なんだい?」
いつものジタンの笑顔。口調も、まるで同じ。でも・・・。
「・・・だい、じょうぶ?」
やだ。泣きそう。
「平気さ〜。君のようなカワイコちゃんが心配してくれるなら、オレ、心臓を貫かれたってへっちゃらさ。」
ばか。名前、呼んでよ。今更『カワイコちゃん』なんて、止して。
「心臓を貫かれたら、死ぬわよ、普通。」
「なはは。そ〜れを言っちゃあおしまいさ〜。」
ジタンは、いつものようにおどけて見せた。
「ジタン・・・。」
ダガ―の目が、潤む。きっとジタンも、それに気付いているのだろう。
「そんな切ない声でオレの名前、呼ばないでよ。どきどきしちゃうじゃん?」
どきどきしてよ。思い出して。
「そういや・・・。あんたどうして・・・。」
気が付いたように、目をぱちくりさせる。
「オレの名前、知ってんだ?」
「だって・・・。」
踏みとどまる。何故か、躊躇してしまう。
言ってはいけない気がして。
「ん??」
ジタンが顔を傾けて、不思議そうにする。
「・・・だって、あなた、リンドブルムの女の子の間ではとっても有名よ。」
「あぁ〜、やっぱしぃ?」
嬉しそう。変わらない笑顔。それはどこか、苦笑いに近かった。
「で、君もその女の子のひとりなの?」
「違うわ。」
背筋をすっと伸ばして、澄まして言ってみせた。
「あらら。違うのね・・・。じゃあ、何?」
「わたしの名前はガーネット=ティル=アレクサンドロス17世。アレクサンドリアの女王です。」
お願い、思い出して。わたしよ。
「ふ〜〜〜〜ん・・・。で、その女王様がこの盗賊めに何の御用で?」
失敗・・・。まあ、予想はしていたけど。
「デートのお誘い?」
「違うわよ。あなたがごろつきからわたしのことを守ってくれたお礼を言うために・・・。」
なんだか腹が立ってきた。
いつものわたし達なら、いちいち説明なんてしなくてもいいのに。
「じゃあさ、お礼の代わりにデートしてよ。」
いらいらする。
「オレってば、こう見えても劇団員の一人なんだよねぇ。」
どうして分かってくれないの。
「『君の小鳥になりたい』って知ってる?オレマーカス役するから、ガーネットはコーネリアの役を・・・。」  
「やめてよ!!」
ガーネットは勢いよく立ちあがった。
小さな手は、ぎゅっと握り締められている。
「ど・・・、どうしたの?」
ただ単にナンパをしていたジタンは、突然怒り出したガーネットを見て、混乱した。
「そんなの・・・いつものジタンじゃない!わたしの知ってる、ジタンじゃない!
!」
「いつもの?オレはいっつもこんなだよ。大体、オレ達初対面じゃ・・・。」
『初対面』。
どうして。どうしてそんなこと言うの。わたし達、一緒に旅をしたじゃない。
一緒に、笑ったじゃない。ねえ、どうして。
「どうしてそんなこと言うの・・・!わたし達、たくさんの時間を一緒に過ごしてきたじゃない・・・!!
 一緒に笑ったり、喧嘩だってした・・・。わたし、あなたにたくさんの事を教えてもらった・・・!」
ガーネットは泣き崩れた。
悲しかった。自分のために悩んだり、怒ったりしてくれたジタンがまるで他人のように見えて。
しかし、次にジタンの口から飛び出した言葉は、慰めの言葉でも、反省の言葉でもなかった。

「新手のナンパかい?」

空間が、凍りつく。
何も聞こえなくなる。
外の、雨音さえも。

『新手ノナンパカイ?』

涙が出なくなる。
代わりに込み上げてきたのは、行き場のない怒り。
肩が震える。
何も、考えられなくなる。

そして。


ガーネットは思いきり右手を振った。
ジタンが怪我をしていて横になっていようが、お構い無しに。

パシン!

客間に、雨音にまじりその音が響く。
どこか冷たい、音であった。

「大嫌い・・・!」
心にもないことを呟く。
「ばか・・・っ!」
また、はらはらと涙が流れる。
「何だよ・・・。」
どこか恨めしそうに、ジタンがこちらを向いた。
「何なんだよ!わけわかんねえ!!」
怒ってる。
仕方ないか。『初対面』の自分にここまでされるなら。
ガーネットは無理矢理自分を納得させた。
「・・・ごめん、なさい。」
顔が見えないように、前髪を手でくしゃりと下ろす。
「・・・痛かった・・・よね。」

でもね。
わたしのココロ、もっと痛いよ、きっと。
好きな人に忘れられるって、とっても痛いね。
なんだか、独りになちゃった気分。
今のわたし、あの時のフライヤみたい。
とっても、悲しい・・・。

「ダーガーぁー!」
この声は。
「エーコ・・・。」
手には、何やら分厚い本が持たれている。
「どうしたの!その声!その顔!」
エーコはかすれた声と涙でくしゃくしゃになった顔に驚いたらしく、急いで駆け寄ってきた。
「どうしたの?大丈夫?」
「へーき・・・。おじさま達は?」
「お父さん、城下町に降りてるみたい。トット先生も、忙しくて来れないって。」
「そっか・・・。」
ダガーは髪を手で簡単に整えると、涙を拭いた。
「あのね、トット先生がね、これだけは聞いといてって。」
「なあに?」
エーコは持っていた本を床に置き、ダガーの手を握ってきた。まるで慰めるかのように。
「ジタン、夢の話ししてなかった?内容がわかれば、お父さんの持ってるこの文献で調べられるの。」
「夢・・・?」

していた。確かに。喫茶店の窓辺で、わたしに言った。

「・・・確か、『ダガーとオレが遊んでるんだけど、オレ、ダガーの事裏切っちう。』って・・・。」
うろ覚えだけれど、大体そんなところだろう。
「ちょっと待ってね・・・・。」
エーコが持って来た本のページを開き、熱心に調べ始めた。

「なあ、ガーネット。」
横になっているジタンが、ガーネットの長い髪をちょいと引っ張った。
「・・・。なあに?」
「さっきの、ゴメン。怒り過ぎた。悪かったよ。」
反省なんて、しなくてもいいのに。
「・・・ううん。ジタンは悪くないよ。わたしこそ、ひっぱたいたりして、ごめんなさい。」
ジタンの方は向かなかった。
向けなかった。
自分の知らないジタンなんて、見たくなかった。
「・・・気にすんなよ。」
うしろで、ジタンが笑ったのがわかった。

「・・・ダガー?」
エーコは文献に目を落としたままダガーの名を呼んだ。
「どうしたの?」
ダガーはエーコがえらく絶望的な様子だったので、少し心配になった。
「ここ、読んでごらん。」
言われた通り、エーコが指差した部分に目を落とした。
そこにはこう書いてあった。

『遊ぶ夢というものは、その遊んでいる相手に対してストレスを感じているということ。
 また、遊んでいる途中にその遊びを中断したり、投げ出したりするような裏切りに近い行動をとることは、
 逆に相手に「裏切られないか」という不安感を抱いている証拠である。』

「・・・・・・。」

ストレス。
不安感。

ジタン、心の底ではわたしのことそんな風に見てたのね。
ごめんね。わたし、ジタンの重荷になってばっかりだ。
きっと、あの事故が引き金だったのね。
わたし、忘れられてもしようがないかな・・・?

「ごめん、ジタン・・・!」
ダガーが泣きながら呟いたその言葉は、あまりに小さかったので、外の雨が落ちる音にかき消されてしまった。



                                    
  
        (続)



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