飾窓の少女(2)
こめじるし様
「さあ、かかってきな。オレがけちょんけちょんにしてやるぜ!」
ジタンは自信たっぷりだった。自分がこんな奴等にやられるわけない。そう自覚
して
いたからだ。
「ジタン!」
「あぁ、わかってるよダガ―。君には指一本触れさせやしない。」
大丈夫だよ。そう言うようにジタンは両手を軽く広げて見せる。
「違うのジタン!やめてほしいの!!」
ダガーは必死になっていた。その時、妙な胸騒ぎがしたからだ。
「だめだ。やめたら駅員さんが殺されるかもしれないだろ?」
「ジタン!」
「ダガーはリンドブルムの兵士を呼んどいて。オレはその間何とかしてるから。」
兵士。そうだ。リンドブルム兵がどうにかしてくれる。
「わかったわ!ジタン、気をつけて!」
そう言うと、ダガーは乗り場から走り去った。
「・・・さあ。かかってこい!」
ダガーがいなくなったのを確認すると、ジタンは身構えた。
どうして?どうしてどうして?どうして兵がいないの?
復興作業も終わりに近づいたリンドブルムの商業区には、全く兵士の姿が見られな
かった。
ダガーはあせった。
はやく。はやくはやく。はやくしないと、ジタンが・・・・!
目抜き通りを抜けると、兵士の制服がダガーの目に飛びこんできた。
すぐさまその兵士に駆け寄ると、事情を説明した。
兵士は、半分パニックに陥っているダガーを落ち着かせ、現場への誘導を頼んだ。
ジタン、お願い、無事でいて・・・!
「チクショウ!」
そう叫んだのは、ごろつきではなく、ジタンであった。
二人は難なく倒せたのに。
こいつは。こいつだけは。
ジタンは、三人のうちの二人は、すでにかたずけていた。
しかし、その三人のリーダー格の男には、歯が立たない。
膝をついたジタンのこめかみに、鉛でできた硬い筒が押し付けられる。
「いきがんじゃねぇぞ、小僧。てめえみてえな猿に、俺様が倒せるはずねえ。」
「・・・!」
「んん?思い出したか?」
そうだ。思い出した。こいつはブラックリストに載っていた。
それで、こいつの懸賞金は、200万ギル。
ちくしょう、どうりで・・・。
「しかしおまえは、悪い人材じゃねえ。どうだ?俺と組まねえか?」
嬉しそうににんまりと笑った男は、ジタンに向けた銃を下ろし、髪の毛をつかん
で首を持ち上げる。
「・・・・・・・・・な。」
蚊の鳴くような小さな声で、ジタンは言った。
「何だって?聞こえねえ!」
「ふ・・・、ふざけ・・・ん、な。バ〜〜〜〜〜〜カ。」
「てめえ!!!」
男は顔を真っ赤にして、ジタンの髪をつかんだままその手を振り回した。
筋肉で固められたその腕は、ジタンを振り回す事くらい、わけなかった。
不意にその手は、ジタンを離した。
男の手には、ジタンの金髪が何本かくっついている。
ジタンは宙に浮いたかと思うと、地面に強く頭を打ち付けた。
そのまま少し滑って、その滑った跡に、生々しく血の跡も残した。
もちろん意識なんてものは、何処かに行ってしまっている。
「ジタン!」
その惨劇の数秒後に、ダガーは到着した。
「・・・・ジ・・・!」
血の跡。殴られたあざ。動かなくなった愛しい人。
「ジタン・・・!!!!」
ダガーはすぐさまジタンに駆け寄り、その上半身を持ち上げた。
動かない。目も、堅く閉ざされている。
後頭部からしたしたと落ちる血。
「ジタン!ジタン!」
お願い、目を開けて・・・!!
「ごめんなさい・・・!」
わたしが、この場を離れたから。ジタンを残していったから。
「ジタン・・・!」
ダガーには、冷たくなったジタンを泣きながら抱きしめる事しかできなかった。
ジタンは遠のく意識のなか、その少女の泣き声を聞いていた。
泣くなよ。
ジタンの意識は、少しずつ黒くなっていった。
「う・・・・・・、ん。」
眩しい。まるで、眼球を刺されているようだ。
鳥の声。優しい陽射し。さわやかな風。
「・・・。あ、さ・・・?」
気がつくと、ジタンはベットにうつ伏せになっていた。
「ここは・・・」
リンドブルム城の、客間。
「いっててて・・・」
頭に、かすかな痛みを覚える。
どうしたものか、と頭に手をあててみるとその頭には布の感触。
包帯だ。
「なんだこりゃあ??」
怪我なんてした記憶、なかった。
そして、自分がどうしてここに居るのかも、わからなかった。
わけもわからないまま、ベッドから降りようと試みる。
「ったあぁぁ〜!!」
支えている両腕に激痛が走る。
そのままにしていると、腕がひきちぎられるのではないか。
そんな恐怖を抱いたジタンは、再びベットに身を委ねた。
「なんだってんだよ!」
何もわからないほど、いらだたしいものはなかった。
「ちくしょぉ・・・。」
誰に聞かせるわけでもなく、ジタンはつぶやいた。
「・・・胸ん中が、なんか物足りねえ。」
動かない右腕を無理に動かして、自分の左胸をさすった。
「スカスカ、する・・・。」
すると、遠くの方からパタパタと軽い足音が聞こえてきた。
その足音は客間に近づくにつれ、ゆっくりになり、そしてベットの前でぴたりと
止ん
だ。
「おう。だれだ?」
頭を動かそうとも、痛くて動かせない。
「ジ〜〜〜タンッッ!あったっしっだよ〜〜〜!!」
その声は・・・。
「エーコ、か?」
「えっへっへ〜〜。あたり〜。」
真近くにのぞくリンドブルム王女の笑顔。
そろそろ九歳になろうとしているにも関わらず、幼く無邪気な笑顔。
「大丈夫?動けないでしょ?ドクターによると、全身打撲だって。頭は、四針縫
った
みたい。
骨、折れなくてよかったね。」
「なぁ、オレ、どしたんだっけ?」
いまだに、思い出せない。
「まあ!ちょっと、ホントに大丈夫なの?あたしの名前、言える?コレ、何本に
みえる?」
と、エーコは右手の中指と人差し指を立てた。
「はは。二本だろ?エーコ王女様。大丈夫だよ。ただ、どうしてこうなったか覚
えてないだけ。」
「ん〜〜〜〜〜。そう?ホンッとに、大丈夫?」
心配そうに顔を傾けるエーコ。
ジタンはその頭にポンと手をのせると、
「だいじょうぶ。心配には及びませんよ、王女。」
やっぱり腕は痛いけど。
「・・・うん!あのね、ジタンはエア・カー乗り場で有名な賞金首のおじさんと
喧嘩をしたの。
それで、ジタンはそのおじさんに吹っ飛ばされて、危なくなった時に、ぎりぎ
りでダガーが兵士を呼んできてくれたの。」
ベットにこしかけたエーコは、その小さな足をプラプラさせながら説明した。
ジタンは依然横になったままだ。
「(・・・ダガ―?)・・・そのおじさんはどうなったんだ?」
「すぐに兵に取り押さえられたよ。銃持ってたから、ちょっと怪我した人が出た
。」
「大丈夫なのか?」
「うん。かすり傷だって。」
「そっか・・・。」
ふう、と息をついたジタンは少し目を閉じた。
「眠い・・・。」
「まだ麻酔が効いてるのよ。もう少し寝といたほうがいいんじゃない?」
エーコがぽす、とその小さな手をジタンの額にのせた。
「わりぃ・・・。じゃあ、もう す こ し・・・。」
それから五秒もしないうちにジタンは寝息をたてはじめた。
「おやすみっ。」
「シドおじさま、申し訳ありませんでした。騒ぎを起こしてしまって・・・。」
そこにいるのは、『ダガー』ではなく、女王『ガーネット』であった。
「いいや、いいんじゃよ。ワシも少し警備を甘くしていたようじゃ。ワシのミス
でも
ある。」
シド大公はうむ、とうなずくとガーネットの頭をなでた。
「ジタンに会いに行きたいんじゃろ?まったく、顔に書いてあるようじゃ。」
「・・・!」
ガーネットは顔を真っ赤にすると、その頬に手をあてた。
「行って来なさい、『ダガー』。心配なんじゃろ?」
シド大公はにっこり笑うと、『ダガー』の背中をぽんと叩いた。
「あ、ありがとうございます!」
ダガーは本当に嬉しそうに笑うと、すぐにシドに背中を向け、走っていった。
「まったく・・・。」
シドはあきれたように溜め息をついた。
「エーコ!エーコ!」
息を弾ませながら客間についたダガーは、先に見舞いに行った仲間の名を呼んだ。
「ダガー!」
嬉しそうに手すりから身をのりだした王女エーコは、小さく手を振る。
「ジタンは?ジタンは大丈夫?」
階段を上り終えたダガーは、すぐに愛する人の眠るベットに駆け寄った。
「平気よ。さっき目を覚ましたけど、またすぐ寝ちゃった。」
「そっか・・・。」
少し残念そうに肩を落とすと、そばの椅子に腰掛けた。
「お父さん、なんか言ってた?」
「ん〜〜。なんか、ココロ読まれちゃったみたい。」
「へえ?」
不思議そうに首を傾けると、目をくりくりさせた。
「うふふ。何でもない。」
「う・・・・、ん・・・。」
「ジタン!」
目を半分開いたジタンを見て、ダガ―は嬉しそうに立ちあがった。
「ジタン!大丈夫?」
嬉しそうに、そして心配そうに顔を近づける。
ジタンはやはりまだ起き上がれないのか、顔だけを動かす。
「・・・・。ああ・・・。」
「?」
この間隔は、何?
「・・・なぁ・・・、エーコ。」
まあ、失礼ね。わたしより、エーコの方が先だっていうの?
ダガ―はそんな風に少し頭にきたが、大目に見た。
「このコ・・・。」
そう言ってジタンは動かない手を無理に動かし、ダガ―を指差した。
「なぁに?」
上目使いのジタン。わたしを指した指。嫌な予感。
「誰だ・・・?」
先ほどまでの陽気は消え、灰色の雲がリンドブルムを覆う。
空から、大粒の雨が降ってきた。
そして、いつのまにか客間には雨音しか聞こえなくなっていた。
(続)