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飾窓の少女

こめじるし様




「遅いっ !!」
そう言って、ダガ―はレンガ造りの地面を足でだん、と強く踏んだ。
誰かを待っている様子であった。
また、その誰かにひどく待たされてもいるようでもある。
「はぁ・・・。」
何かにあきれたように溜め息をつくと、ダガ―は自分の座っている木製のベンチに
深く座りなおした。

春のリンドブルムは麗らかであった。
小鳥たちが求愛の歌を歌い、木々の間から落ちる光。
ぽかぽかとした陽射しに身を任せていると、そのまま眠りこけそうになる。
・・・そのくらい心地の良い昼下がりであった。

けれど、ダガ―にはその『春』をじっくりとあじわっているひまはなかった。
ここに来てもう30分、このベンチに座り続けている。
けれども待ち人はいまだに来ない。
これはどういうことか。
「またかぁ・・・。」
溜め息まじりでダガ―はつぶやいた。
そう、こういうことは、初めてではなかった。
二度目になるか、三度目になるか、とにかく『また』である。

そのときであった。
遠くの方から、たったった、という軽快な足音が聞こえた。
来たな。ダガ―はそう思った。
自分の足に向けていた目線をふっと上にあげ、その目をこらした。
 見える。 
 ジタンだ。
 あの尻尾は、まず間違いなく・・・・。

気がついたら、ジタンは目の前にいた。
案の定、肩で息をしている。
「へへ・・・。わ、わりぃ。待った?」
苦笑いをして合わさった歯の間から息がもれている。
そんなに息を上げて・・・・。
一瞬ジタンを哀れに思ったダガ―だが、情けは無用。
自分を30分も待たせたのだから。
「遅すぎ。」
「ご、ごめん・・・。」
真顔で文句を言ったダガ―に、少し反省の色を見せたジタンは
素直に頭を下げた。
「待ち合わせ、何時だっけ?」
「12時半・・・。」
「今、何時?」
「1時。」
「償いは?」
「300ギル分・・・。」
ダガ―とジタンの間には、ひとつの約束があった。
『待ち合わせの時に、もしどちらかが10分以上遅れたら、
 それから10分経つごとに、100ギル相当のものを相手に贈る。』
これはジタンに効くだろうと思ってダガ―が考えたのだが・・・・・
・・・全くだった。
償いのギルは、増えるいっぽうであった。

「わたし、お茶したい。」
ダガ―はさっと立ち上がり、歩き出しながらそう言った。
「安いとこで頼むよ。」
先に歩き出したダガ―を追いかけるように、ジタンも歩き出した。
「さぁ?どうしよっかなぁ?」
ふっと鼻で息をしながら皮肉るダガ―を見て、ジタンは
「げえぇぇ〜〜。」
といい、一瞬立ち止まって首と肩を一緒にがくんと落として見せた。

喫茶店についた二人は、窓辺の席に落ち着いた。
メニューを見たジタンは、『コーヒー一杯200ギル』という見出しを見つけて、
この店はたいして高いものを出してくることはないということを悟り、
安堵の息を漏らした。
「オレ、コーヒーでいいや。ダガ―は?」
「わたしは・・・。・・・・・・」
うーん、と短くうなったダガ―はメニューから顔を上げて
「ホットミルクティー。」
と微笑んだ。

注文を済ませると、
「オレさ。」
とジタンが話題をもちかけてきた。
「うん?」
ダガ―は首を横に傾けた。
「オレさ、この頃変な夢みんだ。」
「変な、夢?」
興味ありげにダガ―が身をのりだした。
「あぁ。・・・ダガ―と、オレが遊んでる夢なんだけど、オレ、ダガ―のこと裏切っ
ちまうんだ。
 なんか、すっげー気分悪くて目が覚めるんだ。」
ダガ―は黒い瞳をくりくりさせて
「遊んでるって?何して遊んでるの?」
と聞く。
「・・・・・。いや、わかんねぇ。はっきり覚えてねぇ。」
「ふ〜〜・・・ん。」
二人の間に、沈黙が流れた。
その沈黙を切り裂いたのは、
「お待たせしましたぁ!」
というウエイトレスの高い声であった。
「ホットミルクティーとホットコーヒーでございますね?ご注文おそろいですか?ご
ゆっくりどうぞ!」
きびきびしたうごきで、ウエイトレスはすぐにその場を去った。
「・・・・なんで、気分悪くて目が覚めるの?」
持って来られたカップに口をつけながらダガ―は不思議そうに聞いた。
「ん?・・・あぁそりゃアレだよ。オレダガーのこと大好きなのに裏切っちまうんだ
ぜ?
 ・・・気分ワリィじゃん。」
「え」

『ダイスキ』

ダガ―の顔がたちまちに赤くなる。
ジタンの顔にくぎ付けになる。
頬杖をついているジタンの表情は少しも変わらない。
「・・・やだ。」
恥ずかしくてたまらないダガ―は、思わず視線を床に落とした。
『大好き』なんて言われるのは、正直慣れてなかったからだ。
恥ずかしい。ダガ―の頭の中はそれでいっぱいだった。
「ダガ―。」
ジタンは頬杖を下ろした。そして、こう言った。
「ゴメンな、ダガ―。」
ダガ―は反射的に顔を上げた。
「どうして?」
ジタンの謝った理由がわからなかった。
「ジタンは何もしてないでしょ?」
「したよ!オレ、ダガーのこと、裏切っちまった!」
声を荒ぶらせてジタンは言う。その声は心なしか、半ば震えて聞こえた。
「大丈夫よ。だってそれ、夢でしょう?」
「でも・・・。」
「大丈夫。大好きよ、ジタン。」

『ダイスキ』

言ってしまった。
けれど、この他に言う言葉がみあたらなかった。
まるで泣いているようなジタンは、見たくなかった。
笑っていてほしかった。
「・・・。」
キョトンと不思議そうな顔をしていたジタンは、すぐに顔いっぱいに笑った。
「ほんとか?」
「ほんとよ。嘘なんかつかない。」
ああ、そうだ。『大好き』ってわたしから言ったの、初めてだ。
だからこんなに、喜んでくれるのね。
「へへ。うれしー。すっげ、うれしー。な、ダガ―、もいっぺん言って?」
もいっぺん?いいわよ、何度でも言ってあげたい。
「大好き。ジタン。」
「へへっ。」

「どこ行こっか。」
喫茶店を出たら、途端に暇になった。
「あ、そだ。劇場街の劇見よっか。今、面白そうなのやってんだ。」
うきうきしたジタンの尻尾は、これまた嬉しそうにパタパタと上下に揺れている。
「そうしよっか。」
別にどこに言っても良かった。大好きなジタンの側にいられるのなら。

エア・カー乗り場につくと、いつもと違った風景があった。
トレノから出てきたのだろうか、ごろつきが三人。駅員にからんでいる。
「申し訳ございませんが、我がリンドブルムの治安維持のため、あなた方を乗せるわ
けには
 いきません!」

確かに。この城下町は治安が整ってるから。

「なんだぁ?それって差別じゃねぇんか?」
三人の真ん中の、背が低めのごろつきが舐めたような口調で言った。
「そうだぜぇ?差別はダメじゃん?」
今度は向かって一番右の、太ったごろつきが駅員に顔をちかずけた。
その手には、刃物が光っている。
「どうしても乗せてくれねぇ?・・・ふ―ん。じゃ、仕方ない。おい。やれ。」
左の男。そいつはどうやらその三人組みの中ではリーダー格のようだ。
 
ビュンッ。

太った男の、肉まみれの手に持たれたナイフがうなる。
男は笑っていた。殺人を楽しむかのように。ひひっ、と喉の奥で笑う。
「・・・・!!」
駅員は目をつむり、歯を食いしばった。
どうやら覚悟を決めたようだ。

そのときだった。
「差別とかの問題じゃねぇ。てめぇがわりぃんだ。」
男が手を止めたかと思うと、ゴヅンと鈍い音が辺りに響いた。
ジタンだった。ジタンが男の頭の上までジャンプして、とびきりのキックをくれて
やったのだった。
そのキックは男の後頭部にクリーンヒットした。
男はぐぅ、とうなると気を失った。

「さて・・・。」
ふわりと華麗に着地をしたジタンは、振り向きざまにこう言った。
「オレは強いぜぇ?それでも、相手になるかい?」

その時は思ってもいなかっただろう。誰も。
この後に、ダガ―の胸を刺すようなことが起こるとは。
誰も、思ってはいなかっただろう。



                                      
       (続)


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