back
to menu
TRANCE
永沢準基様
「TRANCE」
第二回 「誘拐」
アレクサンドリア・捜査本部の会議室。
五十名ほどの捜査員が席につこうとしている。
雛壇には幹部たちが並んでいて、その中央にいるスネーク・ギルラにモダルたちが歩み寄る。
「我々は現場に向かいます」
「被害者対策は君だな?」
とベアトリクスに言った。
「母親から娘についてよく聞いて、犯人の電話にも冷静に対処するように」
「はい」
特殊犯捜査係の三名が会議室を出て行く。
深夜、マンション前。
マンションの住人のように、コンビニの袋をぶら下げたモダルとマサヌとベアトリクスが
別方向からやってきて、エントランスをくぐる。管理人室には捜査員がすでに詰めていて
モダルたちが目札を交わす。下りてきたエレベーターが開き、マザミとクリキに出くわした。
ベアトリクスはあの刑事だ、と思う。
「西警か・・・・早いな」
「娘の通学路を詳しく聞きに来た」
「捜査会議はもう始まっているんだぞ」
「どうせお宅んとこの管理官が所信表明演説だろ」
聞くだけ無駄だということを言ったマザミ。
「・・・・ご主人と奥さんはどんな様子だ」
「思ったより冷静だったな」
モダルはマサヌとベアトリクスに「行こう」と言う。
すれ違う時、マザミは値踏みの目でベアトリクスを見送った。
マンションのバレット宅。
逆探知の設備がリビングに置かれて、部屋の様相が一変した。
電話局との直通電話、捜査本部との直通電話をマサヌが点検している。
モダルはユウキ・バレットから話を聞き、ベアトリクスはアイコの部屋で
マミから話を聞き、必死にメモを取る。可愛らしい内装の子供部屋、家族アルバムが広げられている。
どこか遠い国の寺院や水上市場で撮ったアイコの写真。
『大手総合商社・九条物産勤務のユウキ・バレット氏が三年間、リンドブルムの支社に勤務。この春、本国勤務に戻ったばかりだった。リンドブルムでは建設部の地域課課長として、ダリンドブルムとダリを自由に行き来できる橋をかける開発プロジェクトをともにしたキダム・アクリ氏によると、リンドブルムでの仕事は支障なく終わり、恨みを買うような出来事などなかったという』
そのキダムが警官のチャックを受けて、バレット宅にやってくる。
残業の途中で知らせを受けて、会社から駆けつけたよう。
「会社のほうはどうだった?」
「緊急役員会議が明日の朝開かれることになりました。常務の話によれば、危機管理費が身代金要求に対して適用されるのは間違いないだろうって」
「そうか・・・専務が何て言うかだな」
翌日の早朝、九条物産の会議室。
緊急役員会議が開かれている。社長と常務の主流派と
専務らの反主流派が対立関係にある。
「専務もご存知のように、ここ数年、他国で支社長や幹部の誘拐事件が続いているため、社長の発案で危機管理費が予算に計上されました」
役員たちの目の前には液晶モニターがあり、過去、他国で起こった誘拐事件の記録映像が流れている。
「万が一社員に何かあった時は、会社が頭に立って身の安全を保証するという断固たる姿勢が、社員とその家族の愛社精神を育てることにつながったのです」
「政情不安な外国で事件が起きた時に備えての危機管理費だろう・・・・アレクサンドリアで誘拐事件が起きる度に身代金を用立てていたら、それこそ我が社は犯罪者の食い物にされますよ」
「二年以上の他国勤務という条件を満たせば、当人とその家族が現在どこで勤務していても適用されることになってます」
「そんなに会社の金をばら撒きたいか?」
「・・・・・」
「社長、もし金だけ渡して子供が帰ってこなかった場合をお考え下さい。金で何でも解決しようとする企業の甘い体質が誘拐事件を助長したのだと、逆に世間の非難を浴びることになりますよ」
社長は目を閉じて考えていたが、決意する。
「銀行に連絡を取って、用意してもらいましょう」
「はい」
意見を退けられた専務は鼻で笑い
「どうなっても知らんぞ」
と言わんばかりに主流派の動きを見ている。
バレット家。
家族アルバムをマミがめくり、家族の歴史をベアトリクスに語っている。
『三年間の他国暮らしでは、母親のマミさんは現地のボランティア活動に積極的に参加した。売春宿に売られた子供、性的虐待を受けた子供たちを収容する施設での活動が認められ、リンドブルムの政治家から表彰を受けたこともある』
孤児院の庭で、マミと政治家が握手をしている記念写真。
ユウキとアイコが、現地の子供たちとクリスマス・パーティをしている写真。
その中に、ガーネットとマミが肩を並べている記念写真もあった。
「ご主人が本国勤務に戻ることが決まって、アイコちゃんだけひと足先にアレクサンドリアに?」
「どうしても勉強に遅れが出たんです。実家もアレクサンドリアなんで、そこにアイコを預かってもらうことにしたんです。その年の秋に、今の小学校に合格したんですが・・・・」
病室の写真。アイコが右足にギプスをつけて横たわっている。
「実家の母親の目が行き届かない所で、アイコはオートバイと接触して・・・・全治一ヵ月の重傷だったんですが、担当していただいたのがアレクサンドリア医大のとても優秀なお医者様で、後遺症も残らず退院できました」
すると、リビングで電話が鳴った。ベアトリクスもマミも、ユウキも、モダルもマサヌもたちまち張り詰める。
マサヌが電話局との直通電話にかける。
「逆探知お願いします」
全員がヘッドホンを装備した。モダルのサインで、ユウキが電話を取る。
「はい、バレットですが」
「現金は用意できましたか?」
やはり、ボイスチェンジャーで声を変えた犯人だった。
「必ず用意します。時間を下さい!」
「奥さんと代わって下さい。以後、お話はアイコちゃんのお母さんとさせていただきます」
予想された展開で、ベアトリクスが受話器を握って舞台に立って心細い声を作る。
「・・・・・アイコはそこにいるんですか。声を聞かせて下さい」
「本当にお母さんですか?」
「そうです。お願いします。アイコの声を聞かせて下さい!」
すると、電話は突然切れる。
「クソッ・・・・・!!」
一斉にヘッドホンをはずす捜査員たち
「切れました」
ユウキとマミはおろおろした目で、捜査員たちに説明を求める。
「どうしていきなり切れたんだ!!説明してくれ!!アイコはどこなんだ!」
「バレットさん、落ち着いてください!アイコちゃんを電話口に連れてくるためです。通話時間が長くなることを警戒してるんでしょう。マサヌ、どうだった?」
電話局から報告があった。
「通話時間は二十六秒です。アレクサンドリアの西部が発信地・・・・ということしか分かりません」
そこにユウキ・バレットの部下、キダムがやってくる。朝食の袋をぶら下げているが、皆の緊張状態を見て立ち尽くす。
そして、電話がけたたましく鳴ってマミがビクンとし、再び張り詰める一同。マサヌが逆探知の申請をする。
ベアトリクスはモダルのサインを待って、取る。
「バレットです」
「アイコちゃんの声をお聞かせします」
ボイスチェンジャーが外れる音がした。
「ママ!!パパ!!」
「アイコ!!」
ユウキは思わず叫ぶ。
マミは声を出さないようにモダルに制され、口を押さえる。
「こわいよ!!こわいよ!!おうちに帰りたいよ!」
またボイスチェンジャーの装着音がした。
「この通り、アイコちゃんは元気です」
「どうすればいいんですか。もうすぐお金が用意できます」
「警察には通報してませんね?」
「してません。信じて下さい!」
「まずは車を用意して下さい。運転手にはキダム・アクリさんを指名します」
「キダムさん?主人の会社のキダムさんですか?」
キダムは全員の注目を浴びる。
「・・・・・どうして」
予想もしていかった出来事に困惑した顔をするキダム。
「彼が適任と考えます。夕方にもう一度電話します。キダムさんの車に現金を積んで、ご主人と二人でこちらからの連絡を待って下さい」
そして、電話が切れた。
「切れました」
モダルたちは、電話局からもたらさえる報告を待つ。マサヌが報告を受けて、モダルに伝える。
「通話時間は四十五秒。アレクサンドリア西部ですが、発信ルートが移動しているそうです」
「車から携帯電話でかけてるな・・・・・ユウキさん、もし『飛ばし』と呼ばれる闇で売買された携帯電話だと、持ち主の特定は難しくなります」
ベアトリクスはどうして気にかかることがあった。
「あの、どうして犯人は運転手にキダムさんを・・・・・」
「実は、私も妻も自動車免許を持ってないんです。それに、キダム君の運転はリンドブルムでは評判だったんです」
「街はいつも交通事情が悪くて渋滞もひどいんです。すぐに抜け道を覚えて、ほとんど暴走族なみの運転ですが、会議には一度も遅れませんでした」
「つまり犯人は、リンドブルム駐在時代におけるキダムさんの運転ぶりをよく知っているということか・・・・」
「捜査官の尾行を撒け、なんて命令されたら、僕はどうすればいいんでしょうか・・・・」
「駐在当時の同僚社員の名簿を見せていただけますか?」
「キダム君、頼む」
「はいっ」
キダムは部屋を出て行く。マミは怯えながらボソっと呟く。
「すいません、娘の声をもう一度・・・・・」
テープが戻され、マミはアイコの声を再び聞く。
「ママ、パパ!こわいよ!こわいよ!おうちに帰りたいよ!」
マミは涙ぐむ。ベアトリクスは同じ年の子供を持つ母親として、その姿が痛ましくてならない。
『夕方、犯人から受け渡し場所が指定された』
夜、アレクサンドリアと西アレクサンドリアの境にある駅前。
キダムの車は四輪駆動のジープ。助手席にユウキがいて、ジュラルミンケースを抱えている。
改札から出てくる帰宅サラリーマンに混じって、変装した捜査員たちがそこかしこにいる。
『駅前の外周を捜査員百名が固める。しかし犯人から連絡は・・・・まだない』
いつまでたっても電話は鳴らない。
「なあ、キダム」
「・・・?」
「この金を用意してもらった見返りに、俺は一生、会社に尽くさなきゃいけないってことかな」
「金も用意してもらえず、会社に捨てられるよりは、よほどマシですよ」
「それもそうだな」
こんなときに苦笑になる。キダムは何を考えているのかと、見やる。
「一年アレクサンドリアで休んだら次はマダイン・サリって常務に言われたばかりだ」
「また灼熱地獄か・・・・」
と溜め息。
「一億は、安すぎるような気もしてな」
「一億でお嬢さんが戻るなら、安上がりですよ」
「・・・・・・」
ある無常感。ユウキは車に設置された無線機のマイクに
「もう一時間はたってます。このまま待つんですか」
離れた場所の指揮車に、アレクサンドリア捜査係の現場責任者(ジル警部補)がいて無線に応答している。
「今、上の判断を待っているところです。もうしばらく待機をお願いします」
そこに突如、ツカツカとマザミとクリキがやってくる。
「外周配備を続けるのかどうするのか、はっきりしろ」
「何で西警がここに!?」
「踏み切りを越えたら、すぐウチの管轄だ。車が移動して西アレクサンドリアに入った場合、こっちの追跡班に引き継いでもらいたい」
「はあ?何寝ぼけたことを言ってんだ。一刻を争う状況で追跡班の引き継ぎなどできるわけないだろう」
「だったら、今の時点でウチにまかせろ」
「上を通して言ってくれ。ノンキャリアのくせに戦士気取りするお宅らに指図される覚えはないんだよ」
「フッ・・・自分の頭でモノを考えられない人間の台詞だな」
「何だと?」
「あのキャリア本部長の言いなりになってたら、現場はいつだって後手後手に回る。犯人の思う壷だ。そこんところを成績優秀の頭で考えとけ」
と捨て台詞を残して、マザミは去る。
サチの住処。
キッチンでケンが肉をソテーしている。
元コックの見習いらしく、手付きはいい。
フロアのこちらでは、サクラがサチの髪を手入れしている。
美容師経験のあるサクラ、毛先をカットする手付きは鮮やか。
「アレクサンドリアで起こった誘拐事件で、犯人が身代金を奪って警察に捕まらなかったのって、これまで一度もないんだって。ってか、誘拐事件こそが前代未聞らしいよ。そういうの聞くと、ファイト出るよね」
サチは溜め息のように
「こんなふうに育てた覚えはないのに」
「どこでズレちゃったんだろ?俺たち」
「あ、先生と一緒に、ラブホテルでカラオケ大会やってからだよ!」
「できた!熱いうちに食っちゃおうよ」
サクラはサチに
「じゃ、ケンはどこでズレちゃったの?」
「さあねぇ」
「・・・先生とデキてから、でしょ?」
と、微かに嫉妬を滲ませる。サチは受け流す。
「さあ!夜の散歩に出かける前に腹ごしらえ」
三人はテーブルに集まる。ケンの作った洋食を、ちゃんとしたテーブルマナーで食べる。
すると、サクラがふと言い出す。
「・・・・・いつか私たち、一緒に死ぬよね」
「・・・・?」
「・・・・?」
「力の限り戦い、傷つき、喜んで、二人は並んで土になる。私たちの墓を見て、ほっとして人言う。二人の愛は永遠に続くだろう・・・って」
「先生、知ってる?劇の名台詞」
「知らない」
「ガーネット姫の恋人が入ってる劇団のだよ!ってか、恋人の名前なんだっけ、ケン」
「ジタンだよ。あ、知ってる?リンドブルムに一組の恋人強盗がいてさ」
と、サクラが敏感に反応した。
「あ、それ知ってる!二人とも二十代で戦士たちに撃ち殺されたんでしょ。百発ほどの弾を食らってね・・・・でも二人は一緒には埋葬されなかった。離れた基地に別れ別れで埋められたの。可哀そうだよね」
「先生も付き合ってよね。生きるのも死ぬのも一緒。私たちは、いつも一緒じゃん」
「いつも一緒・・・・」
「そう、先生は親みたいなもんだから」
サチは笑い飛ばすが、この食卓が家族の夕飯に思えてくる。
夜が更けたマンションのバレット宅。
ユウキが帰宅した。皆の指定席が決まっていて
緊張の糸を緩めることができないまま座っている。
ベアトリクスがマミに語りかける。
「もうお休みになったら?昨夜もあまり寝てないんじゃ・・・・?」
マミはこっくり頷く。その時電話が鳴った。それぞれの反射的に動き出す。
マサヌが電話局に逆探知を申請する。ヘッドホンをはめたモダルが
「電話に出ろ!」
とベアトリクスにサインを送る。ベアトリクスは静かに受話器を取る。
「・・・・バレットですが」
「ママ!!早く帰りたいよ!!早く学校でお友達と一緒に遊びたいよ!!」
いきなりアイコの叫び声だった。
ユウキとマミは心臓をわし掴みされたような衝撃。
ワゴン車でアレクサンドリア内の道路を移動しながら
サチはボイスチェンジャーを外した携帯電話にMD機を接続し
録音したアイコの声を聞かせていた。MD機を止めると助手席のサクラに携し
再びボイスチェンジャーを装着するサチ。
「アイコちゃんは今日も元気です」
「お金を渡そうと思ったのに、どうして来てくれなかったんですか?」
「あなたがたが警察に通報したからですよ」
ベアトリクスと捜査員たちは絶句する。
「・・・・・してません!!」
「駅前に私服戦士らしき人間を何人も見ました。約束を破りましたね?交渉は終わります」
「待って下さい!お願いです、電話を切らないで下さい!」
「・・・正直に言っていただければ交渉は続けましょう。警察に通報しましたね?」
「・・・・・・」
ベアトリクスはモダルに、どうすべきか、判断を乞う。
「どうなんですか?」
「・・・・・・」
モダルは判断に困っている。
ベアトリクスは自分で判断した。
「申し訳ありません。通報しました。仕方なかったんです!一億ギルなんて私たちで用意することはできません。会社に用立ててもらう条件として、警察に通報しなければならなかったんです。お金を作る一心でした、許して下さい」
「警察に追われるリスクの中で、どうやって私たちは身代金を受け取ればいいんですか?」
「すいません」
「訊いているんですよ?どうやって私たちに金を届けるつもりですか?」
「考えさせて下さい」
「分かりました。しばらく様子を見させてもらいましょう。警察がどんな動きをするのか、私たちも把握したい。明朝八時半、西アレクサンドリア駅前に現金を持って来て下さい」
と言い残して電話を切る。
サチがケンとサクラに
「戦士や警察がいること、認めた」
「バカ正直な女だな〜」
「どんな女性戦士なのか、顔見てみたいよね」
「・・・・フッ」
サチはほくそ笑む。
ユウキとマミは、大丈夫なのかという目で捜査員たちを見ている。
だんだん、ベアトリクスは自信を無くす。
「・・・・・これでよかったんでしょうか」
「犯人は落ち着いてた。警察や戦士が介入することは最初から予測していたんだろう。正直に話してやったんだ。いい方に転がることを信じよう」
翌日の朝、西アレクサンドリア駅前。
キダムの車にユウキが乗って、待機している。
馬車の運転手、売店の店員、劇団案内のチラシ配りの若者、改札口を掃除している駅員
全て、変装した捜査員。すると、携帯電話が鳴った。ユウキは通話ボタンを押す。
「二十分以内にキッズワールドゲート前に移動して下さい」
キダムが買ったばかりのカーナビ画面に目的地を出し、車を発進させる。
追跡車輛も移動する。離れた場所に止まっている指揮車も発進する。
キッズワールドゲート前の路上。
出来たばかりの子供のための遊園地にキダムの車が猛スピードでやってきた。
急ブレーキの音が響く。そばにいた家族ずれが驚き、危ないな、という目付きで車を見やる。
すでにマザミたち西警の人間が外周を固めていて、ジルたちアレクサンドリア捜査員の居場所はない。
ジルがマザミに
「どけろ!邪魔だ」
「ここがどこか分かってるのか。あんたらこそが邪魔だ」
「マザミさん、また電話です」
とクリキがマザミに。
キダムの車の中で、ユウキが携帯電話と話している。
無線から「今度は、グランドマリンパーク前ですか?」という会話が聞こえる。
外周配備の捜査員たちは、また慌ただしくなる。移動、移動、また移動が続けられる。
指定場所に到着すると、また連絡が入る。キダムの車は矢のように走り始める。
マザミやジルの車も付いて行く。
『以後、犯人はマリンパーク、ファミリーレストラン、アレクサンドリア川、私鉄駅前、アニマルパーク前、遊園地・・・・と場所を指定し、身代金運搬車輛は転々とさせられた』
マザミが地図に印をつける。アレクサンドリアと西アレクサンドリアの境界ばかりを指定している。
『戦士と警察の管轄を交互に指定したのは、捜査現場を混乱させることが目的ではないかと思われた』
キダムの車が移動するので、ジルが指揮車に乗りこもうとする。
そこにマザミがやってきて掴みかかる。
「お前ら、大名行列でもやってるつもりか?警察や戦士がいるから来ないで下さいって言ってるようなもんだろう」
と言うと捜査員が割って入る。言い争いになる。
『西アレクサンドリア警・西アレクサンドリア署勤務、マザミ・サオ警部補の協調性のなさが目に余ると、捜査本部は西警に対して厳重注意をする』
アレクサンドリア城、捜査本部。
スネーク・ギルラが慇懃な態度を崩さず、西アレクサンドリア警の幹部と電話している。
「職務に熱心なのは分かります。暴力団担当の四課から、南国人犯罪の最前線を渡り歩いてきた男らしいですね。何度も修羅場を経験している人材を派遣していただいたことには大変感謝しておりますが、少々偏執的ともいえる縄張り意識には、ほとほと手を焼いております。そこんところを西警本部から本人に言い含めていただけるとありがたいのですが・・・・よろしくお願いいたします」
電話を切ると、一転、険悪な顔つきになる。
「くそっ!!二年後輩に敬語使っちまったよ」
クラセはどうリアクションすればいいか分からない。
「西警本部はわざと問題児を送ってよこしたな。何の嫌がらせだ、これは」
「アイコちゃんの通学路は、ちょうどマザミ君の管轄だったものですから・・・・・」
「あの男が致命的な問題を起こした場合、責任はどちらにある。我々か?お宅ら西警か?」
「対外的には捜査本部の責任となりますから、そちらの・・・・・」
「クソッ・・・・」
スネークは舌打ちをする。
夕方、マザミのアパート。
慌ただしく帰ってくるマザミが
「着替えるまで何か飲んでてくれ」
とネクタイを外しながら部屋に入って、立ち尽くした。
部屋はがらんどうになっている。家財道具も食器もなく、マザミの衣類だけが残っている。
「どうしたんですか、これ・・・・」
小さな手提げ金庫が口を開けて転がっている。
マザミは空の中身を見て、苦笑い。
「通帳も、何もかも・・・・」
「どうしますか。手配しますか?」
いなくなったメイ・スプラッシュに呟きかけるように東国語で
「帰る場所が、見つかったのか・・・・?」
「・・・・・?」
マザミはクリキを振り返り
「餓別だ」
汗を吸ったシャツを脱ぎ捨てる。
あとは川向こうのマンションを見つめるだけ。
アレクサンドリアのクラブ。
チーママのサチ、服装検査の教師のように、女の子たちの襟元やスカートの裾を気にする。
カウンターでモルターが飲んでいる。
「よく平然と働いてられるよな」
サチは隣に座って一服する。
「慌てて何かする時でもないでしょう?」
「いつまで向こうの動きを観察してるつもりだ?付け入る隙がないことは、これだけやればよく分かるだろ」
「・・・・・・」
「いつになったら金に手が届くのか・・・・」
「フッ・・・」
サチは薄笑いを浮かべる。
「自信たっぷりの顔だな〜」
「こんな所で飲んでる暇があったら、人間でも捌いでなさい」
モルターがまじまじとサチを見つめる。
「・・・・・あんた、ひょっとしたら、身代金なんて興味がないんじゃないのか?」
「・・・・?」
「世の中に弱点を見つけて嬉々としている。弱点を攻めていくことに異常な快感を覚えてる」
「いつから精神カウンセラーになったの」
「あんたみたいな人間を、精神科では何て言うか知ってるか?ボーダーライン人格障害っていうんだ。神経症でもない、精神分裂病とも違う性格の病理ってやつだ」
サチは少し興味を示す。
「人の弱点や不幸を見つける天才で、それを自分の養分に変えて生きている。不幸を食い物にされた人間はたまらないよな。思い出してみろよ。今まで付き合ってきた男たちは、そういうあんたに取り込まれるのを恐れて、逃げ出していったろ?」
サチは覚えがあり、ふふっと鼻で笑う。
「警察、戦士、九条物産、バレッド夫婦・・・・奴らの弱点と不幸を掴み出すのが、あんたにとっては最上の娯楽であり、癒しなんだよな」
「知ったふうに言わないで」
サチはそう言いつつも通りがかりのホステスに
「デンセンしてるわよ!」
と厳しく注意する。
夜、バレット家。
リビングで走り回されたユウキがぐったりしている。
キダムが「僕は自宅で待機してますので・・・・」
と帰って行く。ユウキは独り言のように喋りだす。
「犯人の気持ちがよく分かるよ。金を受け取ろうにも警察が周りを固めているから受け取れない。金を渡したいのに、あなたたちがいるから渡せない・・・・!!」
すると、マミが
「皆さん一生懸命やって下さってるんだから、そんな言い方をしたら・・・・」
ささくれだった雰囲気のリビングから、モダルがベアトリクスを連れ出す。
キッチンで密談が始まる。
「アレクサンドリアの科学捜査研究所の分析結果が届いた。一昨日聞かされたアイコちゃんの声と、昨日聞かされたアイコちゃんの声は、同じ緊張状態の中で発せられたものらしい」
「それはつまり・・・・」
「ふたつは同じ時間帯に喋った声ということだ。犯人は事前にテープに録音した声を少しずつ聞かせたにすぎない」
「アイコちゃんが今生きてるという証拠にはならない・・・・ということですか?」
モダルが固く頷く。
「お前の胸だけにしまっておけ」
アイコの部屋。
マミが温かいコーヒーを片手に机の椅子に座る。
コーヒーの香ばしい匂いで少し落ち着く。
ベアトリクスが歩み寄り、話し相手になってやる。
「こんなに泊まりの仕事が続いたら、ベアトリクスさんのお子さん、きっと寂しがってるわ」
「あの子はもう慣れてますから」
「ご飯とかどうしてるの?」
「一日か二日ぐらいなら、ガーネット姫が。長くかかるような時は、近所に高校時代からの友人が住んでいるので、頼んでおけば面倒見てくれます」
「それだった安心ね」
「寂しかったら携帯にかけてきないさって言ってるんですが、着信履歴にも留守電にも入ってきませんから、きっとゲームとマンガに夢中なんでしょう」
「強いのね。お母さん似なのね」
淡く浮かんでいた笑みが消え、暗いものが眼差しによぎる。
「・・・・ベアトリクスさんなら、どうする」
「え?」
「もし、ベアトリクスさんのお子さんがアイコと同じく誘拐されて・・・・もし、二度と微笑むこともない冷たい姿で帰ってきたら、どうします?」
「よしましょう、そんな話」
「そんなアイコの姿を見たら、私は一体どうなっちゃうんだろうって、そんなことばかり考えるわ」
「・・・・・」
「ベアトリクスさんならどうします?」
すがるような眼差し。ベアトリクスは下手な慰めはやめようと思った。
「ブッ殺してやりますよ」
「・・・・・え?」
「もし子供が生きて帰って来なかったら、犯人を見つけ出して、この手で犯人の心臓をえぐりかえしてやります」
「刑事さんなのに・・・・」
「仕事なんてどうなったって構いません。今の私は息子が全てです。犯人が逃げたって見つかるまで一生追いかけます。子供が味わった苦しみを何十倍にして返してやります」
マミはその言葉を、自分の心に照らし合わせる。
「・・・そうね。わたしもそうすると思う」
ベアトリクスはこんなことを言ってよかったのか、と思う。
「アイコが生きて帰ってきたら・・・・・ベアトリクスさんのご一家と、河原でバーベキューでもしたいな」
「いいですね、夏休みはどこも連れてってあげられそうにないから、息子も喜びます」
「アイコも喜ぶだろなあ」
子供たちの笑顔を想像して、束の間、気が晴れる。
マンションの外。
ベアトリクスがエレベーターで下りてくる。
路上には目立たないように戦士用のワゴン車が二台止まっている。
マサヌが背伸びをしながらワゴン車から出てくる。そこは特殊班の休憩場所となっていて
交代で、食事、仮眠をする。
「はいこれ弁当。三十分後、部屋長と交代だから」
「はい」
と弁当を受け取って、もう一台のワゴン車に入る。
ベアトリクスは被害者対策の役目から解放され、ほうっと息をつく。
弁当を広げようとするが、息子のことが気になって携帯電話を手にする。
ベアトリクスの高校時代から友人(ヒロコ)のマンション。
家が仕事現場のアマチュア漫画家。ユウはテレビゲームに夢中。
マリがテーブルに置いてある受話器を手にする。
「あ、ベアトリクス?うん、大丈夫よ。相変わらずテレビと睨めっこよ。・・・・替わろうか?ユウちゃん、お母さんから電話よ」
ユウがふと我に戻り、慌てて受話器を手にする。
「あ、お母さん・・・・?うん、食べた。ヒロコおばちゃん料理上手いんだよ〜。・・・・いつ帰れるの?」
車の中。
「明日・・・・ダリ村のおばあちゃんに電話してみる。まだ何日もかかるようだったら来てもらうから・・・・プールの授業始まったんだ〜。・・・・・すごいね!二十五メートル泳げるようになったんだ!・・・・・え?お城に?今日はもう遅いから明日、見学させてもらいなさい。あ、一人で行っちゃダメよ。ちゃんとヒロコおばちゃんに連れてってもらいなさいよ」
食事よりも息子との語らいで休憩時間を過ごす。
『事件発生から四日目、犯人から再び要求がある』
翌日の朝、バレット家。
一同がサンドイッチの朝食を食べていた時、電話が鳴った。
マサヌが逆探知の申請をして、ベアトリクスが受話器を取る。
「もしもし、バレットです」
「本日正午、アレクサンドリア西町公園前に、ご主人お一人で来て下さい」
「正午、西町公園前ですね」
「少々走っていただきますので、運動に適した服装をして来て下さい」
と電話が切れる。
通話時間が短かったため、マサヌが舌打ちする。
ユウキは怒りに震える。
「何が運動に適した服装だと。ふざけるな!」
「今までの調子で、重い現金を持たせてあちこち走り回すんでしょう。体力勝負になりますが、大丈夫ですか?」
「アイコを取り戻すためなら、いくらだって走ってやりますよ」
モダルがマサヌに
「アレクサンドリア城本部に連絡してくれ。指定場所は西アレクサンドリア警の管轄だ」
マミが夫の支度に動き始める。
西町公園。
指定場所の公園前に、Tシャツとジャージ姿のユウキが立つ。
ジュラルミンケースが脇に置かれている。
公園の周囲を固めているマザミたち西警の面々。
ユウキの携帯電話が鳴った。シャツの襟元にはマイクがある。
電話の会話は無線によって捜査陣に伝わる。
マザミはイヤホンでそれを聞き、マイクで全捜査員に
「十分前に基地前だ。第二線配備の五十名を直近配備として、西町公園の百名を外周配備にあてる。速やかにやれ」
基地前。
重いケースを持って走ってきたユウキ。
基地前に着くなり、また携帯電話が鳴って次の指示がある。
「十分後にアレクサンドリア中華街です。急いで下さい」
ユウキは坂道を下りて行く。
捜査員たちが右住左住してしまう。
元町あたり
炎天下のなか、ユウキは汗だくで走る。
おのぼりの観光客に変装したクリキが、犯人が近くにいる可能性を考え
周りの風景をホームビデオで撮影している。
ユウキは赤信号でも通りを突っ切り、クラクションを浴びる。
中華街。
ユウキは走る、ひたすら走る。
あたふたした捜査員が、ユウキの目の前に飛び出してきてぶつかってしまう。
戦士バッチが落ちて、戦士と分かってしまう。
ユウキは、捜査員をひと睨みして、ジュラルミンケースを持ち直して走る。
マザミが、その捜査員の襟首を掴んで路地に引きずりこむ。
「何やってんだぁ!!馬鹿野朗!!」
と、拳で殴りつけた。
何の騒ぎだろうと見ている人込みの中に、いたのはサチ。
警察のドタバタぶりを見て、鼻で笑ってしまう。
すると、物陰に入り、ボイスチェンジャー付きの携帯電話を取り出す。
「次はスタジアム。五分以上かかったら取引は中止します」
アレクサンドリアスタジアム。
ユウキは人の中を突っ切って行く。
襟元のマイクに、絶え絶えの息で
「五分で、スタジアムなんて、無理だ」
脱水症状寸前の顔つきだ。
先回りして、ユウキの到着を待っていたマザミが
時計を見る。横断歩道を渡ってくるユウキ。
携帯電話がまた鳴った。車道の標識の下で、ユウキは通話ボタンを押す。
「六分ですね。まあ、大目に見ましょう。次はグランドホテル前まで・・・・」
「いい加減にしてくれ!いつになったらこの金を取りに来るんだ・・・・!!」
また指定場所が伝えられ、思わず声を荒げてしますユウキ。
「それはこっちの台詞です。いつになったら私たちはお金を受け取れるんでしょう。ゾロゾロついてくる警察官、戦士をあなたがその足で撒いてくれなければ、近寄ることもできないじゃないですか」
「無茶言わないでくれ・・・!!」
「通報した罰です」
「頼む、アイコを返してくれ、返してくれ・・・・・!!!!」
路上に泣き崩れてしまう。通行人が何事かと振り返る。
遠巻きにしている捜査員たちは、近寄ることはできない。
マザミが唇を噛んで、取り乱すユウキを見ている。
夜、マンションバレッド家。
電話機の前で置物のように動かないユウキ、疲れきった顔をしている。
マミも感情の回路が絶たれたような姿。
傍にいるモダル、マサヌ、ベアトリクスは、言葉のかけようがない。
テレビのニュースショーがついているが、誰も見ようとしない。
「五月に発生した連続児童失踪事件は記憶に新しいところですが、遊園地でタク・ダルネット君を見失った父親、エイキ・ダルネットさんが、今日、通行人にビラを配り、目撃情報を募りました」
ベアトリクスたちの目がふいとテレビに向く。
遊園地の入口。エイキがタクの写真をプリントしたTシャツを着て、一人でビラを配っている。
テレビのなかのエイキが通行人に
「お願いします、お願いします、タク・ダルネットです、七歳です、お願いします!」
ベアトリクスは痛ましく思う。エイキがテレビの取材に答える。
「若い男が大きな嚢を引いて、遊園地から出て行ったという目撃情報もあるんです。警察は身代金の要求がなければ戦士の誘拐事件専門捜査班は動かせないと言いますが、犯人の目的は金とは限らない。子供ただ拉致監禁するのが目的かもしれない。こんな世の中ですから、どんな異常者か分からないでしょう。私に言わせれば、警察や戦士のやっていることは想像力の足りないお役所仕事です・・・・・!!アレクサンドリア王女のほうがよっぽど動いてくれるでしょう」
ベアトリクスもモダルもマサヌも、責められている気分になる。
ユウキがぽつりと呟く。
「・・・・・この人の言う通りだ」
「?」
見やるベアトリクス。
「身代金目的じゃないのかもしれない。そう思いませんか」
「・・・・・」
戦士一同そう思い始める。
「なら、何が目的だって言うの?人に恨まれる覚えなんて・・・・」
ベアトリクスも、この事件は何かおかしい、と思い始めている。
押し黙る一同。
『事件は極限状態に入った』
サチの住居。
テーブルでは、ケンとサクラが九口径の拳銃ととリボルバー拳銃を解体し
油を入れて掃除をしている。暗闇でも組み立てができるほど
慣れた手付きだ。サチは窓辺でウイスキーを嘗めながら、その作業を見ている。
「覚悟はいい?」
「え・・・?」
「覚悟って・・・?」
「それで人を殺す覚悟よ」
「今頃何言ってんの?」
「私たちはこれまで、子供をさらっただけ。海の向こうに運ぶのは別の人間、臓器を取り戻すのも別の人間。恐れを知らずに済むっていうのは、完全分業制の利点かもしれないわね・・・・どう?人を殺したって実感はまだないはずよ」
ケンとサクラは確かに実感はない。
「それを使って、一人、殺すことになるかもしれない」
「・・・・・って、ことは」
ケンが目が輝く。
「いよいよ、やるんだな?」
「・・・・・」
サチが微笑み頷く。自信満々の表情。
「やっと見つかった、身代金の受け取る方法が」
翌日の朝、マンションの前。
塗装会社のトラックが止まり、作業服で変装したスネーク・ギルラ捜査本部長が、部下と共に降り立つ。
マンションの中に入り、バレット家へ。
ダブルのスーツ姿のスネークが、バレット夫婦に慰めの言葉をかける。
「我々も全力を尽くして犯人の特定を急いでおちますので、どうか希望を失わず、お気をしっかり持って・・・・」
ユウキとマミの耳をすり抜けている。
それ以上の言葉が思いつかないスネークに、取り巻きの一人が
「そろそろ、会議の時間ですので」と助け船を出す。
「あ、そう」とスネークは再び作業服を着る。
「では失礼いたします」
傍観していたベアトリクスが、何しに来たのか、と思う。
リビングを出たスネークが玄関で靴を履こうした時、入ってきたマザミと出くわす。
「・・・・・・」
スネークは西警が何の用だ、という目付き。
「昨日、身代金運搬のとき撮ったビデオをご主人に見てもらいます」
「報告は聞いた。ばたばたと見苦しいところを見せたそうだな。中華街で部下の捜査員を殴り倒したっていうのは、君だろ?」
「我々西警の問題です、管理官殿」
「冗談じゃない。こっちの問題だ。君らは応援部隊に過ぎん。昨日、君たちが大量動員されたのは、単に土地鑑があるという理由だけだ」
すると、モダルが割って入る。
「そういう話は、西警の幹部の方とやっていただいたほうが」
「西警の刑事にとって戦士の管轄を荒らすことは、何とも言えない快感のようだな。アレクサンドリアのホシを取るというのは、姫から冠を取り上げることに等しいんだって?」
と言い、マザミの横をすり抜けて去る。
「・・・・・・」
マザミは薄笑いを浮かべている。
モダルがマザミに
「ご主人には一時間、時間を取ってもらった」
「クリキ、テープを」
クリキはリビングに入り、バレット夫婦に歩み寄る。
「今からビデオを見ていただきます。もし見覚えのある人物が写ってたら教えて下さい」
マミが扉のガラス越しに、廊下にいるマザミをチラっと見た。
すると、マザミの視界にベアトリクスが横切る。
「おい、ママ」
「・・・・何でしょうか」
マザミに言いたいことが山ほどある、といった顔で近寄っていく。
「どうして警察の介入を認めた」
「・・・・・」
「警察に通報したかとホシに訊かれて、なぜあっさりと認めた」
「アレクサンドリアにおける誘拐事件では、ほぼ百パーセント、被害者は警察や戦士に通報します。警察などに知らせていないと嘘をつき通すことは、犯人を余計に苛立たせて事態を悪化を招くというデーターがあります」
「ホシには一途の望みというもんがあるんだ。ひょっとしたら相手は警察などに知らせていないかもしれない、金をぶん取れるかもしれない。一世一代のヤマを踏もうとしてる人間は、大胆なほど内心はビクビクしてる。そんな人間からあんたが希望の芽を摘んじまったんだ。警察などには通報していないとなぜ言い通さなかった?」
「見えすいてます」
「芝居をしろと言ったんだ」
「マザミさん!」
とモダルが割って入る。
「お宅は黙っててくれ。いいかママ、ホシは親と警察を電話一本で動かして、そのドタバタぶりをどこかで見物して鼻で笑ってる。最初は愉快だろう。自分の一言で何百人がマラソン大会を繰り広げるんだからな。だがそのうち、どうあがいたってこの包囲綱から金は取れない観念する。で、最後はどうなると思う。子供が腐った死体で見つかるんだ」
「・・・・・・」
ベアトリクスは一理あるような気がしてくる。
すると、またモダルが割って入ってくる。
「それは違う。もし犯人が親との直接交渉で金を取ろうと本気で考えてるなら、身代金運搬に親以外の人間は巻き込まない。最初、現金運搬にはご主人の部下であるキダムさんを指名してる。犯人は最初から警察や戦士が動くことを見越してるんだ。九条物産は警察に届けることを条件に危機管理費を身代金として用意することも、奴らは知ってる」
「ならどうやってホシは金を掴むつもりだ。びっしり俺たちに固められた中で、どう勝負してくるって言うんだ」
「・・・・それは分からない」
「ホシがこっちの庭で遊ぶなら、こっちでその首を取るだけだ」
と言ってマザミはリビングへ。
ベアトリクスはマザミの言葉が胸に響いてくる。
「・・・・やっぱり私の判断は、やっぱり間違っていたんでしょうか」
「いや。あれでよかったんだ」
「・・・・・」
リビングのテレビには中華街の映像が映っている。
ユウキが走っている。カメラは周囲の群衆を撮影している。
一瞬、そこにサチが映った。
暗闇の中。裸電球が左右に揺れている。
波の音が聞こえてくる空間。
外の壁がかすれる音。どうやらアレクサンドリア港に停泊している船の内部。
手製の檻の中に少女がいる。麻のズダ袋を原始人のようにまとっている。
その少女は、アイコ・バレットだった。その奥に一人佇んでいる少女がもう一人。
アイコより一回り大きく、髪はショートへヤー。歳は十五六歳。
エミ・クレレだ。膝を抱え、絶望感の表情。散々泣いたせいか、顔が青白くなっている。
アイコは、何回も母親と父親の名前を呟いている。
トイレ用のおまるがある。布団替わりの麻袋がある。
「・・・・・・」
アイコがぼんやり思い返す。
河原の道を歩いていた。
横に急停車した白いワゴン車、サイドドアが開いたと思ったら
二本の触手が襲いかかってきて、引きずりこまれた。
実行犯の若者二人。ケンがアイコを縛りあげた。
サクラが車を運転している。
ケンはテープレコーダーをアイコの口許にやる。
「パパやママへ送るから。何か言ってみろ」
アイコはびくびくとおののき
「たすてえ、たすけてえ、そう言えばいいんだよ」
「・・・・ママ、パパ・・・・こわいよ、こわいよ、おウチに帰りたいよ」
アイコは次第に感情がほとばしって、涙声で助けを求める。
「ママ!早く帰りたい、早く!!」
船の内部。
歌声を聞こえてきて、アイコは我に返った。
宛てもなく彷徨っていた〜
手がかりもなく探し続けた〜
いのちは続く〜
船倉の扉が開く。キャン・パスターが食事の皿を持って現れる。
メニューはコンビーフンとコンソメスープ。
アイコは恐怖で後ろの壁にへばりつく。
エミはそんなアイコを抱きしめ、守ってやる。
永遠に〜
その力の限り〜どこまでもつづく〜
「学校で歌っただろ?」
「・・・・・」
「また食ってないのか。こう見えても栄養考えてるんだよ」
皿を交換し、トイレ用のバケツを掃除のために出す。
「おい、そこのヤリマン」
「・・・・・」
エミは後退し、アイコを背中にやる。
「これで後ろのガキを拭いてやれ」
と、温かいタオルをエミに投げつける。
「・・・・・」
受け取るエミ。
キャンは再び歌いながら船倉の外に消え
ズダ袋にくるまれた一人の少年を抱いて入ってくる。
暗くて二人には見えない。
「新人だ。仲良くしてやれ。ヤリマン、ここのルールをこいつに教えてやれ」
二人は自分たちと同じ犠牲者なのか、と思う。
深夜、マンション。
仮眠場所のワゴン車から出てくるマサヌと交代する。
「奥さん、眠った?」
「精神安定剤が効いたみたいで、やっと」
二台駐車しているワゴン車の一方を覗く。
シートを倒して、シャツをはだけたモダルが高いイビキで眠っている。
ベアトリクスはふっと笑いかけ、もう一台の方に入る。
シートを倒し体を傾ける。眠れる時に眠っておこう、と思う。
疲れが溜まっていたせいか、すぐに寝付いたベアトリクス。
すると、枕元に置いていた携帯電話が鋭く鳴る。
ベアトリクスは飛び起きる。車の天井に頭を打った。
「イタ・・・・・・はい、もしもし」
「・・・・・」
「もしもし?ユウちゃん?」
「・・・・・」
「・・・・・誰なの?」
「ベアトリクスさんですね」
聞き覚えのある声だった。
ボイスチェンジャーの声だった。
誘拐犯の声だった。
「!・・・・・」
たちまち目が醒める。
「アレクサンドリア唯一の女性戦士。今は特殊犯捜査係のベアトリクス戦士ですね」
「はい・・・・」
思わず答えた。
「いつもいつも、アイコちゃんのお母さんになりすましているベアトリクス戦士ですね」
「!!!・・・・」
混乱する。
犯人が電話の向こうで含み笑い
「どうしてこの番号を知ってるのか、驚いたでしょう」
「どうして、この番号を・・・・・」
「息子さんを預かってます」
「え・・・・?」
「分かりますか。あなたの大切なユウ君ですよ。ゲームとマンガが大好きなユウ君です」
「ユ、ユウを・・・・!?」
「アイコちゃんと同様、私たちが預かってます」
ベアトリクスに襲いかかる衝撃。
「ユウが、どうして・・・・どうして・・・・!!!」
パニックが言葉を奪った。最高の恐怖だ。
next
back
to menu