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TRANCE
永沢準基様
「TRANCE」
三回 「無念の母親」
ワゴン車の中
携帯電話から聞こえてきたのは
ボイスチェンジャーの声、誘拐犯人の声だった。
「お金をいただきたいのです」
「いくらで・・・ユウを」
「そうではありません、あなたからいただこうとは思っていません。九条物産がアイコちゃんのために用立てた一億ギルを、あなたの手で、こちらに届けていただければ結構です」
「・・・・・」
ベアトリクスは犯人の狙いが分かってくる。
「そこに他の戦士はいませんね」
「いない・・・私一人」
「上司にこのことを報告して助けを求めたいでしょうが、やめた方がいいですよ。あなたの行動はこちらに筒抜けです。あなたの身近な人間が常にあなたを見張っています」
「身近な人間・・・・?」
「リビングのテーブルに電話機三台。それを取り囲むようにして、アイコちゃんの両親と戦士の特殊班の捜査係のあなたたち三人が座っている。父親と母親は別々の部屋で睡眠をとる。母親は娘の部屋に入り浸って、あなたがつきっきりで慰めている」
「・・・・!?」
何故そこまで知っているのか、と思う。
「昨日の午後、捜査本部長が慰問に訪れた。西アレクサンドリア警察は身代金運搬のとき撮ったビデオテープを父親に見せたが、見覚えのある人物は写っていなかった」
「どうして・・・・そこまで」
「どうですか?内部の者しか知らないことばかりでしょう?」
「一体、誰が・・・・」
「慎重に対応しないと、ユウ君の命はありませんよ。私たちが大切にしなければならないのはアイコちゃんの命であって、ユウ君の命ではありません。ユウ君は単なる消耗品なのです。あなたが裏切れば、他に身代金を届けてくれる人を探すだけです」
「ユウが誘拐されたなんて信じられない・・・・・ユウの声を聞かせて。ユウを電話に出して!」
「ここにはいません」
「ユウからこの電話番号を聞いたなんて嘘よ。ユウの声を聞かなければ何も信じられない・・・・!」
「なら信じさせてあげます」
「何をするの・・・!?」
と、恐怖のベアトリクス。
「もう一度言いますが、周りの人間に打ち明けたりしないように。ユウ君は少なくとも半年は見つからないでしょう。土の中に半年埋もれた人間の体はどんなふうになるのか、戦士のあなたならご存じかと思います」
「・・・・・」
ベアトリクスは震撼する。
「また電話します、今度はホットラインの方に」
「待って!」
と止めようとしたが、切れた。
おろおろと携帯電話を見つめるばかりのベアトリクスは
パニックの波をかいくぐって、短縮ダイヤルを押す。
自宅の留守番電話につながる。
「はい、ベアトリクスです。ただいま外出中です・・・・」
と応答メッセージになり、ベアトリクスは切る。
ユウは部屋にいなかった。別の番号にプッシュする。
相手が出る。
「・・・・あ、ヒロコ?ごめんね、こんな時間に」
眠っていたヒロコが相手だった。
「今日、ユウと会ったと思うんだけど・・・・」
「ユウちゃん?・・・・ううん、会ってないよ。だってベアトリクス、もう仕事終わったんでしょ?」
「え・・・・?」
「終わったんじゃないの?アレクサンドリア城に行って、しばらくしてからユウちゃんから電話があったの。昨日の午後かな?お母さん、仕事終わったから、もう大丈夫って」
「・・・・・・」
「どうしたの・・・?ユウちゃん、帰ってないの?」
「ううん、目の前で寝てる。さっき帰ってきたばかりで、ユウは今日一日何してたんだろうと思って・・・・ごめんね、起こしちゃって。まだ仕事してるのかと思ったから」
「本当に大丈夫?」
「うん・・・・じゃあ、おやすみ」
電話を切る。居ても立ってもいられなくなる。
ワゴン車のサイドドアを開ける。
マンション前の路上
ベアトリクスが出てくる。
もう一台のワゴン車を覗くと、モダルがイビキを
かいて眠っている。ベアトリクスは確認すると、路上を離れる。
空車マークのタクシーを見つけると、大きく手を振る。
戦士官舎の前
タクシーが止まり、ベアトリクスが降り立つ。
気が急ぎ、外階段を走ってのぼる。
鍵をねじこんでドアを開け、部屋に飛び込む。
電気をつけて上がった時、床にあった紙袋を蹴っ飛ばす。
誰かが置いていったものだった。
ベアトリクスは気にしつつも、まず部屋の確認をする。
奥のベッド。やはりユウはいない。目を皿にして見回す。
「ランドセルが・・・・ない」
玄関に戻って、さっきの紙袋を手にする。
中身を取り出す。塗装のはげた中古品の携帯電話と
チャージャーが出てくる。ベアトリクスの頭に蘇る犯人の声。
『また電話します。今度はホットラインの方に』
ベアトリクスはホットラインを握りしめ、弱々しくうずくまってしまう。
「ユウ・・・・」
朝、マンションのバレット家
いつものように、重苦しい沈黙の朝。
まんじりともせずに一晩を明かしたベアトリクスは
血走った目で部屋にいる人間たちを見ている。
捜査本部と電話をしているモダル。
キッチンでコーヒーを飲んでいるマサヌ。
ドアの音がする。廊下から朝食の袋を持ったキダムがやってくる。
ユウキとマミに袋を差し出す。
「少し食べておかないと、もちませんよ」
他にも、管理人室に詰めている捜査員が出入りする。
ベアトリクスは一人一人に疑惑の目を向けながら、トイレへ行く。
トイレの中に閉じこもると
自分の携帯電話をプッシュする。
「・・・・あ、一年二組のユウの母親ですが、担任の先生を・・・・あ、ベアトリクスです。おはようございます。あの、ユウが風邪をひいたみたいで、熱がいくらかありまして、今日のところは・・・・・」
「そうですか。昨日は元気に体育をやっていたんですが」
「では昨日は、ユウはちゃんと学校に・・・・?」
「ええ・・・・」
と不思議そうに答える。
「仕事から帰ってきたら、熱を出して寝込んでいたものですから、あまり話ができなくて」
と誤魔化した。
「お大事になさってください」
電話を切って、ベアトリクスは考える。
「拉致されたのは、昨日の下校時間・・・・場所は、学校から家までの間」
すると、玄関の方から「郵便物が届いてます!」と捜査員の声が聞こえた。
モダルが白手袋をはめて、封書を受け取った。
定規で引いた文字で宛先が書かれている。差出人の住所氏名はない。
ユウキとマミが近寄る。ベアトリクスも輪に加わる。
マサヌは捜査本部の直通電話にかける。
「差出人不明の封書が届きました。B5判の茶色の封筒です。今から部屋長が開封します」
皆がモダルの手元に注目する。
カッターナイフで丁寧に封を切る。中から折り畳まれた画用紙が出てくる。
広げると、皆の目に真っ赤な色が飛びこんでくる。
それは赤い手形だった。子供手の大きさで、赤いのはどうやら朱肉ではなく
「血だ・・・」
「!!!」
マミは口を押さえて悲鳴、よろける
ユウキがパッと支える。
マサヌが再び受話器を握る。
「送られてきたのは血判です。手の大きさは子供。鑑識を至急お願いします!」
マミはへなへなと倒れた。
「医者もお願いします。奥さんが倒れました」
ユウキとベアトリクスが介抱する。
「何てことを・・・・」
血の手形を、ベアトリクスは飛び出さんばかりの目で見つめる。
また犯人の声が蘇る。
『なら信じさせてあげます・・・・』
犯人の声が渦巻く。
ユウの手形ではないか、そう思い始める。
「これから手形の血液型と指紋を調べますので、アイコちゃんの部屋に鑑識を入れます。よろしいですね?」
マミはユウキに支えられ、隣室に消える。
ベアトリクス蒼白の面持ちで棒立ちでいる。
「どうした。しっかりしろ!」
「・・・・はい」
子供部屋
鑑識班が、勉強机やCDケースからアイコの指紋を採取する。
その作業を見守っているベアトリクスが、皆の目を盗み
自分のポケットから取り出したキーホルダーを本棚に置く。
『机の裏で見つけたんだ。なんか捨てるに捨てられなくて、お母さんにあげるよ』
チョコボのキーホルダーだった。
「すいません、このキーホルダーも調べてもらえますか」
「はい」
と慎重に取り上げる。
「ごめんなさい、今うっかり触ってしまって・・・・私の指紋も転写しておきます」
ゼラチン紙をもらう。
リビング。
ベアトリクスが部屋の隅に座って、爪を噛み、鑑識の報告をじりじりと待っている。
ドアの音がして、廊下をマザミがやってきた。
「バレットさんは」
「奥さんに付き添っている。何の用だ」
「封筒の消印はアレクサンドリア西局。西アレクサンドリア在住の人間に知り合いはいないか、バレットさんに訊きたい」
「こっちで訊いておくよ」
その時、捜査本部からの電話が鳴った。
モダルが「鑑識からだ」と取る。
ベアトリクス、マサヌ、マザミが集まってくる。
奥の部屋から血の気のないユウキとマミも出てくる。
「・・・・はい、ええ・・・・え?もう一度言って下さい」
不可解な事実が浮かび上がったよう。
「・・・・分かりました。そうお伝えしていいですね?じゃ、すぐにリストアップをしてもらいます」
と電話を切る。
「どうだったんですか?」
「・・・・手形の血液型はO型でした」
「アイコもO型です」
「・・・・・」
ベアトリクスは、ユウも同じだ、と口にする。
「ところが、アイコちゃんの持ち物のほとんどから、手形と一致する指紋は出てきませんでした」
一同、意味がわからない。
「・・・・・」
ベアトリクス一人だけが、その意味を知っている。
「どういうことですか」
「送られてきた子供の血判は、アイコちゃんのものではないらしいのです」
「!・・・・・」
ベアトリクスには恐れていた事態だった。
「アイコのじゃない・・・・」
ユウキとマミはおかしな表情になるが、すぐに混乱状態に戻る。
ベアトリクスは、恐怖の表情でトイレへと駆けて行く。
ベアトリクスは閉じこもり、犯人からのホットラインを通話状態にする。
すると、いきなり犯人の声がした。
「お前の息子の手形だ」
「!!・・・・・」
「これで信じたな。お前の息子は私たちが預かっている」
丁寧語は影をひそめ、命令口調になる。
「ユウに何をしたの・・・!」
「心配しなくていい。腕を少し切って、血を搾り出してやっただけだ。麻酔はかけてやらなかったから、痛がって泣きわめいていたがな」
と笑う。
「私に、何をしろって言うの」
「一時間後にバレット家に電話する。いつものように母親役としてお前が電話に出ろ。そこで言う。下手な芝居は聞き飽きた、お前が母親ではないことは分かっている、戦士の責任者に替われ・・・・」
「モダルという捜査員が出る。知ってるでしょ?」
「カマをかけたって無駄だ。内通者は誰なのか、まあゆっくり考えるんだな」
サチの住処。
サチが窓際で日光浴をしながら、ボイスチャンジャー付きの携帯電話で話している。
「その刑事に要求する。今まで電話に出ていた女戦士に、身代金を運んでもらいたい・・・・車の運転はできるな?」
「できる」
「身代金の渡し場所は、この電話を通じて教える」
「追跡班がぴったりついて回る。車には発信器も付けられるわよ」
「あとはお前の腕次第だ」
「無理よ、追跡を撒くなんて・・・・!!」
「いや、できる。自分の子供の命がかかってるんだ。配備の盲点を突いて、お前は必ずこちらの期待に応えてくれる」
「受け渡し場所には、アイコちゃんとウチのユウ、二人ともちゃんと連れてくるのね?」
「お前が途中でヘンな気を起こさなければな」
「どうして私なの。戦士内部に協力者がいるなら、どうしてその人間を使わないの」
「この役目にはふさわしくない」
「どうして私がふさわしいの」
「母親だからだ。母親は我が子のためなら何だってするからだ」
「・・・・・」
「電話を待ってろ。ちゃんと芝居しろよ」
「私はまだ引き受けたわけじゃない」
「お前は引き受ける。こちらの言う通りに行動する。身代金を届ける時に私たちと接触できるんだ。一人でやってくればそういうチャンスにめぐり会えるんだぞ」
と、甘い餌をちらつかせて電話を切る。
ベアトリクスは苦悩を想像して、サチは魔物の如く微笑む。
そして
アレクサンドリアを走らすベアトリクスの車。
ベアトリクスはバックミラーの追跡車輛を見やる。
イヤホンの無線を聞く。「アレクサンドリアマリンパークに待機」
「西署、中華街に配備完了」など間断なく聞こえる。
携帯電話が鳴る。犯人から送られた電話機だ。
「はい」
「西通りに入ったな?」
「とっくに。見ていなかったの?」
「・・・・・」
「近くにはいないということね。もうすぐ橋を渡って、中心に入る」
「取引場所を言う。ダウンストリート。コンガル峠の手前に車工場の跡地がある」
ベアトリクスはカーナビ画面で場所を探す。
「ゲートから工場跡まで産業用の道路が続いている。戦士の車が付いてくればすぐ分かる。その時は取引中止。子供二人は連れ去り、そのうち一人は半年後に変わり果てた姿で見つかる」
「そんなことはさせない」
「自分の携帯電話は電源を切れ。お前が個人的に加入している携帯電話も、戦士は番号を調べ上げる。携帯電話は通話していなくても、電源を入れているだけで、所持している人間の場所を電波で特定できるんだ」
「今、切った」
「よろしい。お前にプレゼントしたのは、番号も加入者も知られることのない携帯電話だ」
「そう」
「連絡はもうしない。現地で会おう。これからお前の敵は、後ろにいる連中だ。子供助けたかったら必死で振り切れ」
「約束よ。必ず子供を連れてくるって」
「幸運を祈ってる」
と車を寄せて止まる。
無線から「どうした」とモダルの声が聞こえる。
バックミラーを見ると、追跡車輛も止まった。
すると、ベアトリクスが急なバックで、モダルの車に突撃する。
「何する気だ!?」
とモダルが降りようとしたが、遅かった。
モダルの車は田んぼの中に突き飛ばされ、動けない状態になった。
「クソ!!何考えてるんだ!?」
ベアトリクスは、車を確認すると、猛スピードで去っていく。
モダルが、急いで無線を手にする。
「ベアトリクスが追跡車輛を突き飛ばし、逃走!至急、ベアトリクスの車を追え!以上!」
ベアトリクスが、緊張の面持ちでハンドルを握っている。
「・・・・・・」
次第に工場跡の前に。
マザミがその無線を聞き、車のドアを蹴飛ばす。
「クソッ!あの女やりやがったな」
工場跡前。
暗夜にそびえる工場の廃墟。
ベアトリクスは車を止める。エンジンを切る。
車から出て、周りに目を凝らす。
闇と静寂。
携帯電話が鳴った。
「着いたわよ」
「一人だな」
「この通り」
「よくやった。金をそこに置いて工場に入れ。子供たちは突き当たりの部屋にいる」
「嘘よ」
高台の上にサチはいた。
眼下にベアトリクスの姿が見える。
「・・・・なぜ嘘だと思う」
「私だったら子供は連れてこない」
「悲観的だな。子供の名前を呼んで、駆けつけて、早く抱きしめてやったらどうだ?」
「ここに連れてきて。子供二人を引き取って車に乗せたら、金を置いていなくなる」
「・・・・・」
「子供たちが本当にいるなら連れてきて」
「ダメだ。金を車に置いて子供を引き取りに来い。取引は中止だぞ」
「中止すればいい。ここに金があるのよ。手の届くところにあるのよ。欲しくないのこれが」
綱引きをするうちに激情を抑えきれなくなる。
「子供を今すぐ連れてきて!」
その声に応えるかのように、工場内から「お母さん!助けて!」
と、ユウの叫びが聞こえた。
ユウはそこにいる!ベアトリクスは後部座席からジャラルミンケースを持ち出す。
「子供の声を聞かせただけで動き出す・・・・まるで犬ね」
サチの右手には、リボルバー式の拳銃が握り締められている。
「ユウ、待ってて、すぐに行くから」
また、サチの眼下にベアトリクスが見えた!
サチは高台からベアトリクスの後頭部に狙いを定める。
ベアトリクスは、ジュラルミンケースを持って「早く出てきなさい!」
と叫んでいる。ユウの叫び声とこだまする。
サチは標準を定めた。何のためらいもなく、撃つ!
バン!!
と音と共に、ベアトリクスの頭から血が飛び散る。
バタッと倒れ、まったく動かなくなった。
サチは静かに下りてきて、ベアトリクスに近づく。
「バカな女・・・・子供のために死んでないじゃない」
すると、慌てて、サクラとケンがやってくる。
「おい!!殺したのかよ!!」
「なんで殺したの!?」
「いいから!!早くケースを車に入れて!ずらかるわよ」
そう言って、サクラとケンはベアトリクスに触れないように
ジュラルミンケースを奪う。そして、足早に用意したワゴン車に乗り込む。
ベアトリクスの頭から大量の血が流れていて
ビクともしない。ベアトリクスの車の無線からモダルの声が聞こえる。
「ベアトリクス!!どうした!?応答しろ、ベアトリクス!!!!!」
そして、月日はたった・・・・。
アレクサンドリア城の裏に墓が多くある。
その中央に、一番大きな墓がある。
ベアトリクス享年36歳
そう書かれている。
すると、その墓に白いドレスを着た女性が花束を掲げる。
ガーネットだった。ガーネットは、俯いた表情で
その墓を見つめている。そして、静かに一粒の涙を流す。
右手には、大きなアルテマウェポンが握られている。
ガーネットは、墓に一礼すると、城の彼方へと、消えていった。
そして一人、船を出して、アレクサンドリアを後にする。
何も解決してない
何も終わっていない
誰も助からない
何も・・・・
誰も・・・・
続く
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