Snow Angel前編
くりっち様
ここはリンドブルム商業区の噴水前。
「どうしたんだろう……遅いなぁ…。」
今日は城の仕事が少なかったのでベアトリクスに任せて、ダガーはジタンとお忍びのデートの日である。
「何かあったのかしら…?」
ダガーは心配して口々に言葉を漏らす。
「…………」
一人の小さな少女がじっと視線を外す事なくダガーを見つめている。
「どうしたの?迷子になっちゃったの?」
痛いほどの視線に負けてダガーは少女に話しかけてみた。
「もしかしてサユキが見えるのっ!?」
一気にサユキという名の少女の表情が明るくなって、笑顔になった。
「え?どうして?」
ダガーが不思議な顔で尋ねると、サユキは自慢気に答えた。
「あのね、サユキは特別な人にしか見えないんだよっ!!」
「……それって…どういう事?」
ダガーはまたサユキに問い掛けた。
「サユキは『愛情』を持つ人にしか見えないの!!」
「……え?」
瞳を瞬きさせながらダガーは聞き返した。
「だからね、誰かが好きって気持ちを持った人にだけサユキは見えるの!!」
そしてまもなくダガーの頬が真っ赤に染まった。
「心当たり、あるんでしょ〜?」
サユキがニコニコ微笑んで面白そうに言った。
「いや、その……。」
ダガーがしどろもどろになって言った。
「あたしにはなんでもお見通しだよ、ダガー♪」
「え……?どうして私の名前…?」
「ダガー!!」
小さく言ったダガーの言葉は遠くから走ってくるジタンの威勢のよい声に掻き消された。
「ゴメンゴメン!シナのヤツがさぁ〜…」
待ち合わせの時間に遅れた言い訳を次々と話すが、ダガーは話を全然聞かずに、喋り始めた。
「ねぇ、ジタン?この子、見える?」
試す様にダガーはニコニコ笑みを浮かべながらサユキを抱き上げて言った。
「え?何言ってんだ、ダガー?」
ジタンはまるで何もわからないかのように言った。
「…え?サユキが……見えないの?」
「だから何の事だ?サユキって誰の事言ってんだ?」
ダガーの言っている事がジタンには全く理解出来ていない。
「ウソ……でしょ?とぼけてるだけでしょ…?」
ダガーは力の無い小さな声で呟いた。
ザアァァ………!
晴天の澄みきった空だったのに、雨が降り始めてきた。
まるで……ダガーの心を映し出すように………
「うっわ、降ってきやがった!どっかで雨宿りしようぜ!」
ジタンは屋根の下にでも移動しようと、立ち尽くすダガーの細い腕をしっかり掴んだ。
「ジタンは…私の事なんて好きでもなんでもなかったのね……。」
生気の全く無いような表情でダガーがぽつりと言った。
「そんな訳ないだろ?なんだって急にそんな事………」
パシンッ……!
ダガーは俯いたまま、ジタンの大きな手の平に包まれていた腕を力いっぱい解いた。
「今まで言ってくれた事ってやっぱり作り物でしか無かったのね。」
弱々しい精一杯の笑顔でダガーはジタンに言った。
「一体何があったんだ、ダガー?」
「何にも……何もないわよっ!!」
精一杯の笑顔が崩れ、ダガーの瞳は悲しみの涙で溢れ出した。
「……ダガー…?泣くなって!」
「もういいっ!!私の事はほっといてよ!!」
「お、おいダガーッ!?」
そして、ダガーはサユキを抱えたまま、走って行った。
悲しみの向こう側に………。
パシャン……。
雨雲を映し出す水溜りを踏みしめながら、走った。
息が切れても、ずっと走った。
もうどのくらい走ってきただろうか?
何故……どうしてジタンは、私を追い掛けてくれないの?
やっぱりそれは……私は愛されてイナイカラ?
「……ガー………ダガーッ!!」
呼ばれた声で、ダガーは我に返った。
気が付けば、ここは…劇場区―――――。
どうして、ここに来てしまったのだろう?アジトにはジタンがいるとでも思ったのだろうか?
「雨降ってるし、どっかで雨宿りしようよ、ね?」
「サユキィ……。」
ダガーは雨の雫で紛れていた、大粒の涙をさらに流した。
「ゴメンねダガー…実はね……」
「ダッガーッ!!」
サユキが何か言おうとしたが、どこからか聞こえた少女の声で消された。
これは……聞きなれた声だ。
可愛くて幼くて……そう、エーコである。仲間として共に戦い、励ましあってきたかけがえのない仲間。
「そんな所にいると風邪ひくよーっ!?」
数十メートル先からエーコがダガーに向かって叫んだ。
周りに兵がいないという事は、一人で城を抜け出して散歩をしていたという事だろう。
考えていた事は……ダガーと一緒なのかもしれない。
「……エー…コ…?」
ダガーの意識はもうとてつもなく薄い。
エーコの姿はほとんど見えておらず、声だけがダガーの頭に鳴り響いていた。
ドサッ……
安心したのか、力尽きたのか、ダガーは雨で濡れた地面に倒れ込んだ。
『ダガーッ!?』
サユキとエーコの声がぴったりと重なった。
するとエーコは急いでダガーのいる所へと駆けて行った。
ダガー目が覚めると、そこはどこかの部屋。アレクサンドリア城でなければ、ジタンのもとでもない。
「う…………?」
今までの事は夢だったのだろうか?いや、そう信じたいだけ。
こんな事になるなら、デートなんてするんじゃなかった………。
「あっ、ダガー起きたの!?」
ドアを開いて、エーコが勢い良くダガーの横になっているベッドに駆け寄った。
「うん、もう大丈夫よ。……ねぇ、私と一緒にいた女の子は………?」
エーコにも見えているのかは知らないが、とりあえずサユキの居場所を尋ねてみた。
「サユキのこと?あそこの窓で外の景色見てるよ?」
「……エーコにも……見えたの………?」
こんな小さなエーコにだって、サユキがはっきりと見えている。
「え?どうし……」
エーコがそう言おうとすると、サユキが窓の外から視線を外して、
その視線をダガーのほうに移し、エーコと同様にダガーのベッドに駆け寄ってきた。
「ダガー、気が付いたの!?良かったぁ〜、サユキの所為で風邪引いちゃったのかと思ったぁ〜!」
「もう!エーコがダガーと喋ってるんだから邪魔しないでっ!!」
「いいじゃ〜ん!ね、ダガー?」
この二人は……仲が良いのか、悪いのか。
いや、初対面にしては、仲が良いと言えるのだろう。
「ところでさ、ダガーはどうして劇場区にいたの?仕事は?」
エーコは、サユキとの口喧嘩を打ち切ってダガーと話し始めた。
「あのね、今日は〜」
「エーコはダガーに聞いてるの!サユキには聞いてないわよっ!」
やっと終わったと思われた口喧嘩は、永遠に続くようだ。
その仲裁に入るようにダガーは小さめの声で喋った。
「じゃあ…サユキ、話してくれる?」
「……うんっ!!」
嬉しそうに頷いて、サユキはさっきの出来事をエーコに話し始めた。
悲しそうに俯いているダガーには気付かずに――――。
「―――っていう事があったの!」
サユキはペラペラと早い調子で簡潔にエーコに話した。
「な、なにそれぇ!?じゃあ…じゃあ……ジタンは…………」
エーコはゆっくりとダガーの方に目を向けた。
しかし、ダガーはまだやっぱり俯いたままだった。
「エーコがズバッと一言くらい言って来る!!」
そう言ってエーコは立ちあがった。
すると、俯いたままだったダガーが顔を上げた。
「いいのよエーコ……。私の事は心配しないで大丈夫よ………?」
「でもぉ……!」
無表情だったダガーの表情は、無理をした笑顔に変わっていった。
「大丈夫!さ、そろそろ帰らないと!ベアトリクスに仕事任せっぱなしだし!」
「えっ!?ダ、ダメだよまだ回復してないんだからっ!!」
元気に振舞うダガーが、エーコは心配でならなかったようだ。
「じゃあ、サユキもアレクサンドリア行く〜っ!!」
「な、なんでサユキまで行くのよっ!?」
またしても二人の口喧嘩が再開された。犬猿の仲とはこういう事を言うのだろうか?
そんなエーコとサユキに、ダガーはふふっと笑いかけた。
「わかったわ、サユキも行きましょう?」
「ホントッ!?」
サユキの表情は一気に明るくなり、無邪気な子供の笑顔のようだった。
「ダガー、もう1日くらい休んでいってもいいよ?」
首を傾げながら尋ねるエーコに、ダガーは少し嬉しそうな表情をした。
「いいのよ。落ち込んでばっかりだと、気持ちもへこんじゃうわ。」
「そっか……じゃあエーコのヒルダガルデ4号で送ってあげる!!」
いつからエーコの物になったのかは知らないが、エーコは飛空挺の準備をしにドッグへと向かった。
サユキ、そして悲しみを隠した笑顔をしているダガーを連れて―――――。
「じゃ、お父さん、飛空挺借りるね!エリン、出発して!!」
シドに無理矢理飛空挺を借り、エリンに出発の声を掛けた。
「ダメじゃ!エーコとエリンだけでは心配じゃ!わしも行く!!」
心配らしく、シドはエーコを必死に止めようとした。
しかし、あのエーコが大人しく言う事を聞く訳がない。
「ダメ!ダガーを送りに行くくらい2人で出来るわ!ね、エリン?」
「ハイッ!ヒルダガルデ4号出発します!!」
「出発するな〜っ!!」
こうして、シドを置いてヒルダガルデ4号はアレクサンドリアへと出発していった。
まあ、その後エーコとエリンがシドに叱られた事は言うまでもない。