愛という形(5)
お友達がやっていたので、ちょっとマネ(ごめんね)
この小説は音楽つきで聞いてほしいな、って思いました。
でも、いろいろ著作権の問題とかでMIDIは用意できないのです。
だからもし、FF9のサントラでもお持ちでしたら曲、聞きながら読んでくださると嬉しいです。
(BGM:DISK3 ローズ・オブ・メイ)
アレクサンドリアの夜空は高い。
見上げると、どこから見上げるよりもずっとずっと視線を上げなくてはならないような気がする。
そう感じるのは、街のどこからでも見える、この国の象徴、城の巨大な剣が天に届かんばかりに聳え立っているからかもしれない。
もちろん、ジタンの泊まるその宿の窓からも、国の象徴の剣が見える。
漆黒の中に鋭くたたずむ剣は、月明かりを映してひどく美しい。
ジタンは空を見上げてため息をついた。
「全く、、、頑張れ、とか言ってくれちゃって」
頑張れ、なんて応援の言葉は、他人事のときに使う言葉。
全く自分には被害が及ばない場合に他人に言うことが出来る言葉だ。
そのどこまでも無責任な、頑張れよ、をジタンに向かって言った者達がいた。
ブランクと、
ルビィの
バカップルめ、、、、、
彼らにとっては、今のジタンの悩みなど全くの他人事でしかない。
『頑張って姫と仲直りしろ』
言い放たれたジタンは「他人事だと思って、、、」と抗議したが、「だって実際、他人事だし」などとブランクに軽く返されてしまった。
そして嫌がるジタンを無視し、ブランクとルビィは無理やり彼を飛空挺からアレクサンドリアに降ろした。
姫に会って謝って来い、と。
「どうしろっていうんだよ」
見上げる星空は、どんなに頑張って手を伸ばしても到底、届きそうにない。
きらきらと美しく輝く、誰もが憧れる星達はまるで、彼女のよう。
そしてここには、ボロイ宿屋からそれを見上げる自分が、いる。
アレクサンドリアの星空は、とても、とても、遠い。
飛空挺を降ろされてから、結局彼はダガーに会いに行っていない。
そんな自分が情けないと自覚しながらも、どうすることもできず、彼はふらふらと窓から離れた。
そしてそのままゴロン、と部屋にたった一つの小さなベッドにうつ伏せになる。
そのまま再度ため息をつくと、その、ため息は行き場をなくし、額とシーツの間を抜け、彼の前髪をふわりと舞い上げた。その時、
カツン☆
「?」
聞きなれない奇妙な物音に、ジタンは顔を上げた。
部屋には自分一人しかいない。
何の音だろう、と部屋の中を見まわした彼は、ぎくりとする。
賊でも侵入したか、と。
「、、、とか思うオレも賊だったり」
用心深く腰の武器に手を伸ばし部屋の中を見まわすがしかし、何事も変わった様子はない。
変だな、と呟き、部屋のドアを開けて廊下も確認した。
風呂場も厠も確認した。
が、やはり何もおかしなところはないのだ。
「気のせいか?」
首を傾げつつ、奇妙な音の正体が、自分の空耳だったと断定しかけたジタンはまた横になろうとベッドに戻る。
しかし、そんな彼の耳に、再び奇妙な音が届いたのだ。
カツン☆
「……」
どうやら、音の正体はこの部屋の中ではないらしい。
いぶかしんだジタンは再び武器を握りなおした。
音源がどこだか見極めたのだ。
窓。彼がさっきまで空を眺めていた窓。
もう今はカーテンを閉めてしまい窓の向こうが見えないが、正体不明の音はその窓の向こうから聞こえてきていた。
ここは二階の部屋だ。窓から物音とは、怪しすぎる。
じりじりと窓に近づいてそっとカーテンを開けると、開けたままにしておいた窓の向こうはアレクサンドリアの夜景。
だが、ただそれがけだ。なにも、危険な気配はない。
「なんだ?」
やはりおかしい、そんなはずはない、とジタンは窓から顔を出し、真下を見てみた。だが、その瞬間。
「ひえっ!」
キィン!
彼は窓から飛び退いた。そして、その拍子に腰を抜かしたように床に座り込んでしまう。
「な、なんだ、、、?」
鋭い金属鉤が窓の下から飛んできたのだ。
間一髪窓際から飛び退いたジタンにあたることはなかったが、彼の反射神経がもう少し鈍かったならその鉤は彼の顔に刺さっていたかもしれない。
飛んできたその危険な鉤は、ジタンの顔の代わりに、開いていた窓縁に引っかかった。
「?」
よく見てみると、その鉤には太く丈夫そうなロープがつながっていた。
そしてそのロープは、窓の外から、下に長く垂れている。
あまりに急なことに呆気にとられて座り込んでいるジタンをよそに、長く垂れているロープがくいっくいっ、と魚を引っ掛けたつり竿のように動きを見せる。
誰かがそのロープを伝って彼の部屋に上ってきているらしい?
「な、なんなんだ、、、?」
その間にも、誰か、は軽々とロープをのぼってきて、あっという間にジタンの部屋に到達した。
『誰か』がジタンの視界に入るところまでやってきて、更に彼は唖然とする。
上ってきたのは、賊なんかではなかったのだ。
いや、上ってきたのが賊だったとしてもやっぱりジタンは驚いていただろうが、上ってきたのがその人であったから、彼は更に驚いていた。
「だ、だ、、、、、」
「『誰だ!?』とか言ったら怒るからね」
「い、言わないけど」
なぜか、脳裏に『頑張れ』といったブランクのにやにや笑顔が蘇った。
カツン☆、という奇妙な音は、ロープつきの鉤がなかなか窓縁に引っかからず何度も窓枠にあたっていた音だろう。
のぼってきた『誰か』は、ジタンの驚きを気に留める様子もなく奇妙な音の正体だった鉤とヒモを回収している。
ジタンは混乱していた。
なぜ、彼女がいるのだろう?
なぜ、彼女はこんな手段で入ってきたのだろう?
必要ないと何度も嘆く彼女に、窓からの侵入の仕方をレクチャーしてやったのはたしかに自分ではあったが。
「ダガー、いつから盗賊になったんだ?」
自分の存在を無視するかのように背を向け、忍び道具を回収し続ける彼女に、半ば呆れたような声色でジタンは近づいた。
彼女の真後ろに立って、その反応を待つ。
「あら?」
ながーいロープをくるくると巻き終えたダガーはくるりと振り向き、ジタンを見上げる。
ジタンは一瞬眉を寄せた。
なにやら、疑問やら反論やら、納得いかないような彼女の表情がそこにはあったのだ。
「めおと団は?もう解散しちゃったのかしら?」
「………」
ジタンは思い出した。
ダガーの突拍子もない侵入に、思わずすっかり忘れていた、彼女との、気まずい状況を。
それで言葉が詰まってしまったジタン。
フライヤの婚礼の儀。
動かしようのない身分と言う距離。
小さな森の教会で告げられた婚約の申し出。
仲間の危機とその救出。
そして婚儀の放棄。
様々な事柄が頭の中を駆け巡り、ジタンは言うべき言葉を探していた。
見ればダガーも困惑した表情。
『めおと団は?』とこともなげに口にしてみたダガーだったが、やはり、その言葉の裏には隠し切れない動揺があったようだ。
「あの、ね」
だが、先に言葉を口にしたのは、やはりダガーのほうだった。
言葉と言うよりも、声。
沈黙状態が続くのが嫌だったのだ。
「今夜は、星が綺麗なんだって」
「へ、へぇ」
星が綺麗、という話題には、何の根拠もなかった。
天文学者に観測の結果を聞いたわけでもないし、本で調べたわけでもない。
ただ、ダガーは会話が途切れることを恐れていたのだ。
「、、、流れ星とか、見えるのかな?」
「ど、うかしらね、、、?」
よくわからないおかしな会話だということは、お互いにわかっていた。
が、どちらからともそのことには突っ込まない。
それを突っ込んだところで会話が途切れてしまうと、苦しい立場になるのはどちらか一方だけではないのだ。
関係が気まずい以上、表面上だけは気まずさを取り除きたい。それは自然な人間の心理だ。
おかしな語調と途切れる言葉。語尾の消える会話はとりとめもなく続く。
「そ、それでね、、、、、」
こんな状況で会話を続けるのも、至難の技ではないかと思う。
だが、しばらくの間、こんな調子で続いた会話に終止符を打ってしまったのも、ダガーだった。
「そ、それで、ね、、、、、、」
不自然な会話が続く間、ずっと手にしていた鉤つきロープ。
「そ、れで、、、、、」
彼女はそのロープの束を床に落とした。
しなるロープは床にぶつかり音を立てる。
ばしっ、という音が時計の音だけが響く静かな部屋に、やけに大きく響いた。
ジタンはそれに驚いたかのように肩をびくりとさせた。
ばしっ、というロープの床に落ちて叩きつけられる音が、ダガーの怒りの表明のような気がしたのだ。
彼女にはそんなつもりがなかったのに。ただロープを持つ手を離しただけだったのに。
ジタンには、ダガーがロープを投げつけたかのように感じられていた。
たぶん、罪悪感のためなのだろう。
「それで」
だが実際、同じ言葉を、何度も何度も呟くかのように口にする彼女の様子にも、異様な雰囲気があったから。
話が進展する。
本能的にもそう悟ったジタンは、彼女が何を言うだろう、と必死に予想して、その彼女が言うだろう言葉に対する返事を必死に考え始めた。
「ねぇ」
無意識のうちに、お互い合わせぬようにしていた視線。
それを、交わらせようとして、思いきってダガーはジタンの顔を見つめた。
じっと見られることに気がつき、ジタンは露骨に視線を逸らす。
ダガーはその視線を逃さぬように追いかける。
「どうしてなの?」
質問攻め?
どきりとするジタン。
「な、なにがさ?」
ジタンの上ずった質問。
それに、答えようと口を開きかけたダガー。
しかし、彼女はその直後には言葉を発さず、瞳をつらそうに伏せた。
なんだ、、?
悲しそうに、眉根を少し寄せた形で、曇らせる瞳が、ジタンの視線を追いかけることをやめた。
代わりに、ロープを持たなくなった両手が、ジタンの首にほど近い鎖骨のあたりに触れた。
そっと、壊れやすいものでも扱うような、それでいて、触れることを恐れるような、怯えた手つきが首筋に触れて。
ジタンは思わず硬直した。
「ねぇ」
自分のものではない体温の手が触れる首筋の感覚が、妙に鋭い。
その体温は再び同じことを呟く彼女のもの。
今の二人の立ち位置は。
ロープを回収するダガーの真後ろに立ったジタンを、ダガーが振り向いた、そのままの場所。
彼女との距離は、極めて近い。
ひどくいとおしい彼女のその表情が、再びジタンをきっちりと見据えた。
「どうして言い訳してくれないの?」
ダガー越しに見える窓の向こう。彼女の言うとおり本当に星が綺麗だった。
悲痛、と。そういうに一番近い表情のダガーだった。
そして、黒真珠の瞳は、揺れていた。
「……………………」
思わず、抱きしめてしまいたくなる衝動に駆られて。それでも、必死にそれを抑えて。
ジタンは、すがりつくように自分を見る彼女から顔をふいっと背けてしまった。
自分を抑えつけているものが一体何なのか、彼にはわかっていなかった。
ルビィの言うとおり、意地、なのか。
「答えてよ。どうしてこんなに待ってるのに言い訳してくれないの?」
「、、、、……」
「ねぇ!」
「……」
答えを必死に求める彼女の叫びに、
「、、、、会い、に来てくれなかったこと、ちゃ、ちゃんと理由があるんだって、主張してくれないの!?」
きゅっと、心臓が悲鳴を上げた。
「、、、、、、、理由なんかない?、、、、ただ、会いたくなくなったから来てくれなかった?、、、、、理由なんか、な、んにもないから、言い訳し、ないの、、、、、、、、?」
責めるようなダガーの口調が、だんだん萎れて。
最後の彼女の言葉は震えていた。
少しジタンより冷たい体温の手が、彼の首筋から離れ。
思わず視線をダガーに戻して、苦しさにジタンは、あぁ、と低くうめきかけた。
俯いた彼女が、胴の横にだらりとさせた拳をきつく握り締めていたのだ。
ジタンからは見えない彼女の顔から、真珠が落ちた。
ドンっ
不意打ちの衝撃に、ジタンはまたしても床に尻をついてしまった。
衝撃は、決して強いものではなかったのに。
真横を走り抜ける足音を、ジタンは慌てて振り返り彼女のその腕を掴んでとめようと思ったのに、体がついていかなかった。
「ダガー!待っ、、、、!!」
苦し紛れに叫んだ言葉は彼女に届いたかわからない。
ジタンを突き飛ばし、ダガーは走って部屋のドアから出ていった。
部屋に残された彼は、座り込んでいる自分の足元を見た。
そこにあるのは、彼女が残した、鉤つきのロープ。
なぜだかぼんやりと無表情になっていたジタンの、その顔が次第は崩れ、気がつけば彼は眉間に皺を寄せていた。
「情けねぇ、、、な、、、っ、、、、、」
(BGM:DISK2 ガーネットのテーマ)
もう、最初からとっくに諦めていた。
私が女王でいる限り、あなたが庶民でいる限り、変わることが出来ない関係は続いていくしかなかったから。
私達は変わることなんてできないのよ。
私には、「君の小鳥になりたい」の王女様のように城を捨てるわけにはいかないし、もちろんあなたも変わることが出来ないのは一緒。
傍目からは、どれほどまでに羨まれるかわからないような荘厳華麗な王族世界。
華やかながらしかし、既にその王族である人間にとって、そこから外の世界に出て行くことは容易ではないのだ。
あなたは、束縛されることを好まない。
人々の言う華の中心に立つ女王の私と、そうではないあなたとでは、距離があるのは仕方なかった。
それでも私、不満なんかじゃなかった。
あなたが約束を守って帰ってきてくれたときから、覚悟はしていたし。
距離がある関係でもよかったんだもの。
人並みの幸せでなくたって、私達には私達のやり方があるから。
形は違っていても、あなたがずっとそばにいてくれるから、それでよかった。
自信があったの。世界中の誰よりも幸せだって。
だから、とうの昔に結婚なんてつまらないこと、考えるのはやめていたわ。
「ここで、結婚式あげちゃわない?」って、あなたが純粋に微笑んだとき、私がどれだけ戸惑ったか知ってるかしら。
信じられないその瞬間、夢じゃないかとも疑ったわ。
夫婦と言う形なんてなくたってもちろん幸せ、全然考えてなかったから。
だからね、私、本当に、嬉しかったの。
それなのに。
「あっ、、、、!」
走っていた靴の先が、石畳の段差に引っかかって、ダガーは転んだ。
転び方は派手であったが、そこがもう夜で暗く、人通りが少なかったため、彼女は目立ってしまわずにすんだ。
手をついて起き上がると、すりむいた右膝からみるみる血が滲む。
「いったぁ、、、、」
細かい砂利が付着し、傷口がじくじくと痛んだ。
違う。式が挙げられなかったから悲しんじゃないわ。
彼女は頭をぶんぶんと振り、立ちあがった。
痛みに右足は思わずがくがくとしたが、気にしない。
唇を強く結ぶと、涙が滲む。足の傷の痛みのせいではないけれど。
ジタンに謝ってほしかったわけでもない。
じゃあ、何?
ダガーはぐっと歯を食いしばると、そっと歩き出す。
石畳に響く足音は、軽やかな音を奏でた。
真っ黒な空には、下弦の月が、ちょうどそれが巨大な白刃の剣の切っ先に貫かれたように出ていた。
ダガーの靴の響きは、次第に力強くなる。
彼女はまた、走り出していたのだ。
会いに。
気がつけば全速力で走っていた足を、彼女は少し遅めた。
本気で走ると、彼が追いつかなくなってしまうかもしれなかったから。
会いに、来てほしかっただけ。
よくわかった。
ようやく自分の気持ちを悟ったダガーは歯を食いしばった。
彼女は、ジタンに追いかけてきてほしかったのだ。
急に飛び出した自分を、必死に追いかけてきて、捕まえて。
そして、言ってほしかった。いつものように照れているのを隠すために、ちょっとふざけた笑顔をつくって見せて、そして、「愛してるよ」、と。
最初に寂しかったのは、確かに、彼が式場に現れなかったから。だが、それだけだったら、寂しくはなっても、こんなにも、悲しくはなかったはず。
しかし、その後も彼は、自分に会いに来てくれなかったのだ。
寂しさが募った。たくさん募った。そして、それが悲しさに変わっていったのだ。
考えてみれば、今回、顔を会わせることがなかった期間は、ガイアの危機に彼が飛び込んで、そして帰ってきた後の生活の中では、長かったほうにはいるのだ。
互いに忙しいときでも、彼は少しだけでもダガーの元に姿をあらわし、顔だけは見せに来てくれる、なんてことが多くて。
ここまで姿を見せず、離れていたのは珍しく、とてもとても、悲しいくらい寂しかった。
それに、式場に来てくれなかったことの不安が混じったりして。ダガーは彼に会いたかっただけなのだ。
いつもいつも、互いがすれ違ってしまうのは、何故なのだろう?
こんなにつまらないことで、心がすれ違ってしまうのは、何故なのだろう?
「あっ!!」
ドンっ☆
走っていたダガーは再び足を止めることとなった。しかも、また転ぶ、と言う形で。
今度は、誰かにぶつかって。
「いったいわぁ、ホンマ、、、あんた、ちょっとは前見て、、、」
「あ!」
「あ」
またしても床に転がってしまったダガー。
彼女はぶつかってしまったことを謝ろうと、ぶつかった相手を見上げた。
そして、思わず痛さも忘れ、唖然としてしまう。
だが、驚いているダガーを、彼女にぶつかられた相手も驚いて見ていたのだ。
ぱちりと目が合い、お互いは一瞬言葉を失った。
「なんやぁ、ダガーやないのん!」
「る、ルビィ」
一国の女王様と。盗賊団の一団員。
ばったり出会った彼女達二人は、微妙な関係に立っている。
一人の罪深い(本人に言わせれば)男を間に挟み、向かい合う二人の関係は非常に微妙だ。
男に選ばれ愛された女と、その男に想いを寄せていた女。
ダガーと、ルビィ。
ダガーが、タンタラスのメンバーから『ルビィがジタンを好きだ(った?)』という事実を聞かされたのは、彼女と知り合ってからだいぶ後になってからのことであるが。
やはり、そのことを知らされてからは、ダガーはルビィにどう接してよいかがわからない。
当のルビィはと言うと、そんな関係ものともせずダガーには普通に接してくるのだが。
「あー、偶然やなぁ!探してたんやで!」
このときも、全く普通に笑ったルビィは、転んで座り込んでいる女王に手を差し伸べた。
ダガーはその手を握ることをためらったが、それは失礼に値すると察してすぐに手を伸ばした。
幸い、彼女がためらっていた時間は極めて短く、ルビィにはためらったことなど気づけないほど。
「探してたって、私のこと?」
「せや。ちょっと、話しがあんねん」
「?」
にこっと笑ったルビィの顔が、妙に優しかった。
白い月明かりを浴びた彼女の顔が、とても、優しかった。
いつも、彼女にはどう接していいかわからず、おどおどして怯えて、よく顔を見ることが出来なかったからなのかもしれない。
彼女を苦手としていた自分の心持のせいなのかもしれない。
ダガーはそう思ったのだ。
たぶん、彼女はそのせいでルビィの顔をじっと見つめてしまっていたのだろう。
ルビィの細い眉がぴくりと動いた。
「、、、、、、、ん、、、?、、、、なんや、あんた泣いとったん?」
「え、、、?」
みつめあうことで、ルビィにも気づいたことがあったようだ。
「目、赤くなってるで?」
「、、、、、、、べ、別に泣いてない」
「、、、、、こ、怖、、、、なに怒ってんねん」
「怒ってもいないわ」
「、、、、、、、、、?」
知らず知らずのうちに口調が機嫌悪そうになっていたことなど、ダガー自身、気がついていた。
でも、やはりとめられなかった。
だから、今は、その話題には、触れてほしくなかった。
「ここじゃなんやろ?どっか座れるとこ行こか」
「、、でも、、この時間じゃ、どこもお店開いてないと思うんだけど、、、、、」
「うーん、、、姫を酒場につれてくわけにはいかへんしな、、、、」
「なに?」
「いやいや、こっちの話やわ」
ダガーは少しだけ目を細めていた。
口元に小さく笑みを浮かべるルビィを、綺麗だと思った。
紅を乗せるととてもよく映える唇。細く、形の良い眉。きりりとつりあがった二重の瞳は大きく。
ダガーは、劇場艇でコーネリアを演じるルビィに、憧れていた。
コーネリア王女を演じるルビィの瞳は、とても美しかった。
お芝居の中で、時に悲痛な色を浮かべ、時に愛するものへ向ける愛しい色を浮かべる、本当に彼女がコーネリアであると信じさせてしまうような色を映し出すことが出来る、ルビィの瞳が素敵だと思った。
彼女は、魅力的な女性。
ジタンは、なぜこの魅力的な人を選ばず、自分を選んだのだろう。
何故、自分と言う一人の人間だったのだろう。
「確か、広場があったやんね、そっち行こか」
偶然と言う刹那。
彼と出会うことが出来たのは、もしかすると
「えぇ」
その、偶然と言う、たった儚い、出来事、なのかもしれない。
もし、どこかで歯車がずれていたら
彼と出会うことはなかった、、、、、、、、、、?
彼は、この人を選んでいた、、、、、、、、、、、、?
「ここがええわ。ベンチ座ろ」
そんな風には思いたくなかった。
偶然だなんて、そう考えると、ひどく恐ろしく、寂しい。
彼と出会えていなかった今の自分を想像すると、恐ろしくて。
彼に出会えていなかったことを想像すると、寂しい。
運命と。
そうあってほしかったのだ。
たどりついた小さな広場は、月明かりで明るかった。
夜の広場には彼女達二人以外誰一人いないようだ。
外灯下にたたずむベンチ。
二人はそれに座った。
「話って何かしら?」
「あ、その前にダガー、あんた時間は平気なん?」
「時間?」
「明日は早くから仕事がある、、、、とか、今夜中に済ませなきゃならないことがある、、、とか。うち、そこらへんの事情、全然知らへんねん。都合悪かったら遠慮せんと言ってや?」
「大丈夫。明日は久々の休暇なの」
背中と両肘をベンチの背にもたれさせ、ルビィは長い足を組替えた。
鈴虫の鳴く声だけが響く広場に女同士が二人っきり。
これはかなり寂しい構図なのではないだろうか。
いや、男同士が二人っきりよりはましか。
なにより、美人二人が並んでいるのだ、これは華やかな図になるだろう。
そんなことを考えながら隣に座るダガーに目をやったルビィ。
それで彼女は、なんとなく組んでいた足を解いて正し、両手を膝の上に置きなおした。
隣のお姫様は足をそろえて少し傾けて、やはり優雅に座っていたのだ。
「で、話って?」
「せやな、本題にはいろっか」
アレクサンドリア始まって以来の美姫。
何故なのかはわからないが、この国の王家の血を引いて、容姿に優れていた者は、これまでほとんどいなかったらしい。
その国に何を血迷ったのか降り立った17代目にあたる王族は、なんと超別嬪さんの女王。
その別嬪さんにひょいっと顔を覗き込まれて、ルビィは柄にもなくどきりとしてしまう。
やはり、彼女はかわいい、とそう思った。
「、、、、、、、何から話せばええんやろ?」
「?」
天は二物を与えないって、絶対嘘やんね。
最近のルビィの口癖。
こんなに別嬪さんやのに、優しくってさらに健気に国のことを思ってるやなんて。
みなに好かれる女王様。
神様は、何故この娘にこんなに優れたものを与えたのだろう。
そう思ってしまうルビィだが、しかし、彼女のその口癖は、僻みと言うよりも、憧れに近かった。
「、、、、そ、ういえば、聞いたんやけど、あんたら結婚式挙げるんやって?」
「、え?」
「いつやったっけ?式の日付。うちもダガーの花嫁衣裳見に行きたいねん」
「……」
「どないしたん?」
「、、、、、、式は、もう、挙げないの、、、、、、、」
「な、んでや?」
「なんでも」
「………」
やっぱり、台本無しの芝居はきつい。
ルビィは心の中で苦虫を噛んだ。
会話がここで止まってしまっては何の意味もない。
『なんでも』、と言われてしまったら、次に言うべき台詞は何だろう。
「……」
ルビィは舞台役者であって、脚本家ではない。
お芝居の台詞を考えるのは得意ではないのだ。
困った。
「うーん、、、、、、ジタンと喧嘩でもしたん?」
「してません」
「じゃあなんでやのー?うち、ダガーのウェディングドレス姿、楽しみにしてたんやで?」
「……」
事実を話さずに遠回りすることは、やはり難しい。
ルビィはわざわざ彼らのために芝居を続けている自分を偉いと思った。
自分は、彼女らの式の予定日は既に過ぎていることを知っていて、ジタンが式場に行かなかったことも知っている。そして彼が式場に行けなかったのは理由があって、その理由と言うのが自分の不注意のせいで、、、、、。
そう事実を話してしまえれば、簡単に誤解だって解けるだろうに。
だが、やはり、他人が関わることはよくない。
二人の問題は、二人自身で解決するべき。
自分はちょっと二人に抜け道のヒントを出してやるだけ。
そう、それにダガーに全部ばらしてしまったら、あとでジタンに文句を言われること間違い無しなのだ。
『オレの問題はオレ自身で解決したかったのに、余計なことしやがって!』と。
誰かが背中を押してやらねば自分からは絶対に動き出しもしないくせに。
「……」
やっぱ、喧嘩したんやねェ、一言、そう今度は質問ではなく断定の形で呟くと、ルビィは呆れたようにため息をついて見せた。
「で?喧嘩の後、ジタンはちゃんと謝りにきたんか?」
彼女の質問に、ダガーは首を横に振る。
「やっぱりなぁ、、、しゃーない奴や、、、、それとも今回の喧嘩はダガーが悪いとか?」
今まで自分の手をいじりながらなんとなく黙り込んでいたダガーが、その言葉に反応した。
彼女はゆっくりと首を回してルビィのほうを見たのだ。
「わからない。もしかしたら私がいけないのかもしれないし、でも、、、私は悪くないかもしれないし、、、」
「なんやそれ?」
「わからない。本当にわからないの、、、、、、」
「うー、、、?、、、」
難しい。
ルビィは正していた足を、無意識に組みなおしてしまう。
タンタラスの野郎どもには、その姿がルビィを怖そうに見せるのだ、といわれていることも知らず、ルビィは足だけではなく腕までも組んで指をとんとんと鳴らす。
ダガー姫の誤解を解くためには、、、、うー、、、どうしたらええんやろ、、、、ほんま、、、じれったいなぁ、、、、
「あら、もうこんな時間だわ。そろそろ帰らなくちゃ」
「えぇ!?」
芝居が続かなくなって黙り込んでしまっていたルビィは、ダガーの言葉にはっとした。
慌てて周りを見渡して時間を示してくれるものを探した。
そして、目に付いた時計塔は11時を示していた。
ルビィにしてはまだそう遅い時間ではないのだが。やはり、姫様にとっては遅い時間なのか。
だが、今姫に帰られてしまっては、自分は何をしに来たのだかわからない。
まだ何もアドバイスしていないのだから。
「明日用事がないからって、あんまり夜更かしするとお肌にもよくないでしょう?」
もしかして。とルビィは口をへの字に曲げる。
姫がこんなに肌も綺麗で別嬪さんなのは、睡眠もしっかりとる規則正しい生活を送っているからなのか?
どうりで自分は肌荒れが激しいわけだ、と。
「それじゃあね。またお話しましょ、ばいばい」
にこっと笑った姫がベンチから立ちあがる。
ふわり、と長い髪が翻るように揺れ、ほんわかと優しい花の香りがルビィの鼻をついた。
思わずほうっとしてしまい、ルビィは首を横に振る。
何か姫を引き止める言葉はないかととりあえず口を開けたルビィはその口をパクパクとさせる。
「ちょ、ちょっと待ってや!」
「なぁに?まだお話あるの?明日じゃ駄目かしら?スタイナーが探しに来ちゃうのよ。怒られちゃうわ」
どないしょ、どないしょ。
「ね、明日でいいでしょう?明日なら時間いっぱいあるから。」
「あー、、あかんあかん!!、、うーん、、せや。せやせや!今日中に話しておかなあかんねん!」
「そうなの?」
「そうなの!」
標準語で『そうなの!』と叫んでは見たものの、ルビィにはまだ何を言うか決められてはいなかった。
慌ててダガーと同じように立ちあがりスカートの裾を直す。
「じゃあ聞いていくわ。どうぞ、ご用はなぁに?」
「えぇっと、、、、そやなぁ、、、」
「なぁに?もしかしてお話の内容は決まってないの?」
冷や汗がでた。
誤魔化すためか、それとも本当におかしかったのか、ルビィの唇の端は自然と持ち上がった。
「ね、そうなのね?」
何故、本当に何故、自分はジタンなんかのために頑張っちゃってるんだろう?
なれないアドリブの芝居までして冷や汗までかいたりして。
まったく、ホンマ、腹立ってきたわ!もう!やけっぱちや!
「しゃーない。もう、全部話すわ。真実を洗いざらい、白状したる!」
「?」
本当はわかってた。
どこか、なにか、まだ、諦めきれない自分がいたのかもしれないということ。
彼が、自分の手の届きそうなところに立っている限り、たぶん吹っ切れないと、そんな気がしていたから。
「ジタン、結婚式に来ィへんかったやろ?」
「え、、、知ってたの、、、?」
ダガーが怪訝そうな顔をして尋ねる。
それは当然だろう。さっきまでルビィは、結婚式の日付さえを知らぬそぶりを見せていたのだから。
「知ってる知ってる。うちはなんでも知ってんねや。さっきのは知らないフリのお芝居やーっ」
「なんでわざわざそんなこと、、、」
「ええの!細かいことは気にせんと、うちの話しっかり聞いてや!」
もうすぐで彼は、手が届かないところに、旅立ってくれるはずだったのに。
自分を助ける、なんてくだらない理由のために結局、彼はどこへも行かなかった。
それは、じれったく、また、彼女にとってもつらかった。
だから。
「ダガー、あんたは誤解してんねん」
だから、最後の一押し。彼が自分の届かないところへ行く手伝いをして、すっぱりと諦めたかった。
それが彼のためになるなら、
「ジタンは式場に『行かなかった』のとちゃうで?ジタンは式場に、『行けなかった』んや」
ルビィはそれでよかったし、なにより、嬉しかった。
あぁ、うちってなんて健気なんやろ、、、、
「うちもほんま、アホやねぇ。あんたらの結婚式の日、どっかのクソ盗賊団に攫われてなぁ。それでタンタラスの皆で助けようってことになったらしいんや」
この姫にも負けないくらい、うちも素敵な姫やんけ!
知らず知らずのうち、ダガーに対してコンプレックスを抱いていたルビィ。
彼女は、盗賊らしく明るく豪快に振舞う半面、姫の如くおとなしく可愛らしい女性が憧れだった。
だが、生まれた土地柄か、それとも本来持っていたものか、ルビィはどうしても姉御肌を演じる自分を捨てきれない。
「それで、ジタンは結婚式に行けへんようになってしもたん」
安心していいよ、そういいたげにルビィは笑った。
ダガーの瞳が、少しほっとしたような色をしていたことに、気がついたから。
そんな、純粋に安心したり寂しそうにしたりできるところが可愛いのだろう、姫は。
自分は、そんな感情押し殺すことが出きるくらい、強くなりすぎてしまった。
だから、自分みたいに強すぎない姫が、可愛い。それに、たぶん、好きなのだ。
今回演技をしているのは、どうやらジタンだけのためではないらしい、とルビィは悟った。
「だから、お願い。ジタンを、許してあげてね」
そのルビィの言葉に、ダガーが再び、怪訝そうな顔をした。
今回はその理由が何故なのか、ルビィにはわからなかった。
それというのも、
胸元が苦しくなるのを、抑えるのに必死だったから。
その理由を推測する余裕がなかった。
「ルビィ、、、、」
にっこりと微笑んだつもりのルビィの顔を、ダガーが哀れむような心配そうな表情で見つめていた。
そのことに気がついたルビィは、思わず息を詰まらせる。
そんな顔をされるのは、つらい。
苦しくて、苦しくて苦しくて、彼女は憧れの姫に背を向けた。
それだけでは足りなかった、背中に感じるダガーの視線がつらくて。
ルビィは唐突に走り出した。
『じゃ、あんたの花嫁姿、楽しみにしてんで!またな!』
そんな言葉の代わりに、ルビィは、走りながらダガーに片手を挙げてひらひらと振ってみせた。
彼女は振りかえらなかったから、ダガーの表情は見なかった。
だが、ルビィの耳に、かすかに届いた言葉で、彼女はダガーの表情がどんなものだったか、なんとなく、わかった気がしたのだ。
「、、、、、、、、ありがとう」
憧れの姫の、そんな言葉。
視界がぼやけて歪んだ。マスカラが流れると困るので、泣くわけにはいかないけれど。
涙がこぼれそうになる理由。
それが、嬉しさになのか、悲しさになのかは、わからなかったが。
今日だけは、センチメンタルでいたいルビィ。
彼女は、憧れの姫の、ちょっと照れたような声色を、敢えて聞こえないフリをした。
To be continued
いぇい!書けたぜ。(爆)
どうかなぁ、今回は。
前半はジタガネな話題で、後半はちょっとルビィの心情ってカンジ?
きっぱり諦めきれない乙女らしさが、ルビィ姉さん素敵です。
アナザーストーリーってことで、この後のルビィとブランクとか、書いてみたいかもっ
うーん、でもそれは余裕があったらになるか、、、、
時期的にはもうすぐバレンタインだし?そっちのバレンタインスペシャルも書いてみたいし。
どっかで涙を誘うシーンを入れてみたかったんだけど、今回は無理そうかな、、、、
やっぱり、『言葉』みたいに別れの危機がないと涙は誘えないかしら。
さて、では、続きに励みます(再)