19.「正確な気象観測」よもやま話


これは、日本の地球温暖化を正しく知るための活動の一部である。
(2021年12月6日掲載)

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著者:近藤 純正(東北大学名誉教授)

私は生涯をかけて正確な気象観測を追求してきた。そのエピソードをいくつか、 人間模様を交えて書こう。

気象庁は世界気象機関(WMO)の観測方針にしたがって、おおよそ統一された 方法で観測している。しかし各国では国の状況に応じて独自の測器・方法でも 観測している。また独自の判断でそれまで行なわれてきた観測を中止している。 例えば日本では、地中温度や蒸発量の観測は天気予報に関係ない、として中止 した。だが日々の天気予報に使われなくても、じつは地中温度や蒸発量は地球 温暖化も含む自然環境を表わす重要な要素であった。今にしてみると残念なこと だった。


その1:臨機応変に解決した測候所の職員
かなり昔のことである。地方の測候所で台風時の気象を監視していたとき、 風速計のアナログ指示計の針が目盛りの最大値を越えそうになってきた。 測候所員は、急いで電気抵抗器を探して指示計に接続することにより風速を 観測することができた。


その2:上からの指示がなければ行動できない?
測候所の無人化が行なわれる前のこと、私は各地の気象観測所の環境変化を 調べる旅に出たとき、気象台や測候所で観測所の環境悪化を防ぐ具体的な方法 について講演もした。

地方を統括する管区気象台での講演の質疑応答の時間であった。職員のひとりが、 例えば測候所勤務のとき、「木の枝が伸びて風速の観測に邪魔になっていると 気づいても、上からの指示がなければ木の枝を切ることはできない」と発言した。 私はそのとき、「あなたはアルバイトではなく正規職員ならば、上から命令 されずとも観測環境の維持に努めて欲しい。どうすべきか判断できないときは 皆と相談すべきです。上役は現場をいつも見ているわけではない」と応えた。

その3:アメダス観測所の写真を公開した院生が叱られた
関東地方にある大学の大学院生が、草で覆われたアメダス観測所の雨量計の 写真を公開したとき、そのアメダスを管理する気象台からひどく叱られた。 その大学院生の指導教授は、院生の将来の就職などを心配し、気象台に深く お詫びした。

写真を公開した学生の意図は、アメダス観測所の観測環境の悪化を改善すべ きことを人々に知らせることであった。本来ならば、公開まえに気象台に 知らせておけば良かった。


その4:市民講座は中止させられたが、あとで住民に理解された
青森県の日本海側に、江戸時代から明治時代にかけての北前船の風待ち湊として 栄えてきた町がある。港を見下ろす高台の公園には測候所(現在はアメダス) がある。公園は教育委員会の管理下にある。この町は南北に長く、海岸線の 距離は50km以上もある。

この町の沖合で数十年前に海難があり海難審判所で審議されたとき、風速が問題 になったことから年配者は気象観測の重要性を認識している。一般の事件では、 風速のほか気温や雨量が裁判で問題となることがあり、私は参考人などとして 引き受けたことがある。

このアメダス観測所の周辺には昔からの松がある。それに加えて20~30年前に 新たに桜が密に植樹され、繁茂して風速が年々弱くなっていた。この事実を住民 に伝え観測所の周辺環境を守るために町役場1階の会場で市民講座を開催すること になっていた。ところが町役場の担当者から「気象台の悪口を言う目的のために 会場は貸せない」として講演は中止させられた。

それから数日後、役場の待合の椅子で待っていたとき、観光ボランティア (元学校の先生)から話しかけられた。私がこの町を訪れた事情を話すと、南北に 長い町をわざわざ車で多くの町会議員宅に案内してくれた。こうしたことが教育長に も伝わり、後日、再び会場を借りることができて、多くの理解者と協力者を得て、 アメダス観測所の周辺環境が改善された。


その5:報道が気象庁を動かした
私が各地の気象観測所の環境悪化を指摘しても気象庁に軽視されてきた。 ところが2010年のことである。京都府京田辺市のアメダス観測所が計測した 気温39.8℃という9月の国内観測史上最高記録が発表されたとき、京都新聞社の 記者が現地を見学してみると、つる性の草が気温観測用の通風筒に絡んでいた。 その記者から私に、「気象台では『このようなことは、はじめて』と説明され たが、本当ですか?」と電話があった。私は「それに似た環境悪化は他にも あります」と答えた。この問題に関して私はTVにも出演し、また多くの地方紙と 全国紙で報道された。その結果、気象庁は観測所の環境維持に努力するように なった。

これを契機に私は「気候観測を応援する会」を30名で発足させ、2013年2月には 92名にもなった。メンバーは気象庁OB、各地の住民・気象予報士、大学や研究 機関の有志からなり、気象観測所の環境悪化に気づいたときは、担当する気象台 へ知らせる役目をもつものである。気象庁は、人員削減・予算削減により環境 管理へ手がまわらない。気象観測所の周りの雑草をボランティアで刈り取る人 もいる。私たち国民の気象観測所である。気象庁を応援する人々は多い。

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