7.ソウル市民の選択
=近藤純正=
以下の約1,400字の文章は、高知新聞社
から掲載の許諾を受けたものである
一昨年の秋、ソウルにある韓国の気象庁の気象研究所などへ4泊5日の
集中講義に行ったときのことである。
地下鉄の車両のドアが開いて私が乗った瞬間、向かい側に座っていた
30~40歳代の男性数名が一斉に立ち上がり、私に席を譲ってくれた。
こうしたことは東京周辺では経験したことがないので、とても感激した。
さて、昔のソウル市内には清渓川(チェオンギェチョン)が流れていたが、
この川を暗渠(あんきょ)にして、その上に高架の高速道路を通して
しまった。
数年前の市長選挙で、この高架道路を撤去して清渓川を復元すれば、
夏にできるヒートアイランドの緩和、そのほかのことに役立つという
公約を掲げた候補者が当選したという。その公約実現の工事が行われており、
今年(2005年)の秋までに工事は終了の予定だと聞く。
清渓川復元後のイラストを見ると、川の幅は両側に造る緑地などを
含めておおよそ50メートルである。
市民が選択した川の復元化によって気温がどれだけ下がるか、観測で
確かめたいのだが、そのための基礎知識を得たいという要望で私は
招かれたわけである。
すでにソウルでは清渓川周辺に観測網を展開し気温の観測をしていた。
気温の観測は簡単そうに思うかもしれないが、空間的な平均値を0.5度
より正確に求めることはとても難しいのだ。
私たちが快適さを感じるのは気温によるほか、風速、湿度、日差し、
ビルからの照り返しや日陰の面積なども影響する。景観にも敏感である。
そこで私は、川が復元されたとき、周辺一帯の市民に対して、"清渓川の
復元によって快適になったか?"などのアンケートを行うことがもっともよい、
と提案しておいた。気温の下降がわずかでも、市民が快適さを感じるならば、
この事業は成功とすべきだろう。
最近高知市内でも、鏡川の岸辺近くの高層化が進んでいる。鏡川に沿って
吹く風の恩恵を受けるには、岸の近くには高層建築物は密集させないほう
がよい。川の水による冷却作用というよりは、風通りをよくすれば快適な
気候となるのだ。
高知地方気象台の観測地点である南比島町における年平均気温は、
50年ほどの昔に比べて約1度も高温になった。中心部の市街密集地では
それ以上の高温化が進んでいると思う。
去る6月に高松の気象台を訪問した。昔は水田が多かったらしいが、
周辺は住宅地となり、広い舗装道路もできた。年間の平均気温の上昇傾向
は著しく、昔に比べておよそ2度も高温になっている。
そのほか、地方の小都市でも田畑をけずり、道路を拡幅して便利になった。
その一方では気温が上昇し、夏には"暑い暑い"といって暮らさなければ
ならなくなってしまった。
冷房のためにエネルギーを使えば、ますます戸外の気温は上昇する。
今後の私たちは便利さか、よい自然環境のどちらを選択すべきか、
問われる時代である。
(高知県吾川郡いの町出身・神奈川県平塚市中里49の6)
―2005年8月24日付高知新聞朝刊『所感・雑感』に掲載―