M27.金華山のシカの大量死事件
	著者:近藤純正

		要旨
		備考(イノシシの全滅、雪の消滅と気温・日射量の関係)
		参考書
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2008年3~4月開催の市民講座「緑の家学校」連続講座の第2回 前半の要旨と質問・回答である。

1984年の1~4月は全国的に寒い年であった。南三陸の小島「金華山」では、 寒さと食糧不足でシカが大量死する事件があった。金華山は信仰と観光の 島で、一般住民は住まない。シカの天敵はいないうえに、観光用などの 目的もあってシカは保護され、殖えすぎで過密状態だともいわれていた。 異常気象という自然の力が、シカを間引きして自然環境のバランスを回復 したのかもしれない。この事件のあと、いろいろな意見がでた。環境保護に ついて考えることにしよう。 (要旨の完成:2007年12月25日)

本講座シリーズに関する専門的なことがらは、共通する基礎的 内容であり、別の章「M33.水蒸気(要点)」、「M34.放射(要点)」、 「M35.エネルギーと温度変化(要点)」、「M36.大気安定度(要点)」 に説明してあるので参考にしてください。


要旨

1984年3月から4月のことである。宮城県の小島「金華山」(南北5km、東西 3.6km、山頂の標高445m)では688頭もいた 野生のニホンシカのうち、半数に近い309頭が寒さと積雪で引き起こされた 食糧不足で大量死した。

この年の1~5月は全国各地で低温記録が更新されるほどの寒さであった。 異常低温のため、杉林が枯れるとか、海では養殖中の魚が死ぬとか、桜の 開花が例年より20日も遅れるなど、さまざまなことがあった。この話は金華山 で起きたローカル事件に過ぎないが、このことから真の自然環境の保護とは 何かを考えさせられる。

1984年3月の北日本太平洋側の海水温度を調べてみると、金華山付近は平年 より4℃も低く、金華山が北海道の沖にあったことに相当する。この島のシカ と同種のシカが生息する北限は岩手県の五葉山(金華山島から北方へ100km) といわれている。

平年の気温では、雪が10cmほど積っても、日照があれば海からの暖かい風で 1日で融けてしまう。しかしこの年の3月の日照率は平年より20%も多かった が、2月に特に雪が多く積り、その後低温続きで融けなかった。 雪が融けるためには、太陽熱だけでは不十分で、低温のために融けなかった。 雪は気温が高くなるまで融けないのである。

積雪と寒さのために、草も芽を出すことができない。シカは積雪30cm以上 積もると歩くことができず、雪の少ないふもとに密集せざるをえず、 金華山神社の北のほうの狭い範囲に約40%が集中して死んでいた。神社の近く は、普段は観光客が多く、もともとシカが多く棲むところであった。

この事件が起こったあと、「寒い冬は餌を与えてシカを保護せよ」という 意見がでた。しかし、これはシカを保護することになるだろうか?

シカは異常気象(自然の力:神の力)によって間引かれたのだから、そのまま 放置することが真の自然環境の保護だ、という意見がある。他方、シカを 人間におきかえると、世界各地では異常気象によって人々が餓死している。 これを放置してよいのか? 

備考

(1)イノシシの全滅
岩手県の奥羽山脈に近い沢内村に、碧祥寺(へきしょうじ)博物館という 民俗資料館がある。ここを偶然訪れたさいに、別館「マタギ資料庫」内に 次の文章があった(昔東北地方で狩人のことをマタギと呼んでいた)。

”昔、北上山系には沢山のイノシシがいた。明治の春の大雪で動けなくなって 死に絶えた”

(2)雪の消滅と気温・日射量の関係
太陽エネルギーは気温が低いとき積雪面に入っても、それは融雪の エネルギーにはならず、大部分は積雪面を温め顕熱となり大気中へ逃げて しまう。ある程度気温が上がらない限り、太陽エネルギーは融雪の ためには使われない。

積雪面では、低温時は放射量(日射と長波放射)が熱の出入りを支配し、 雪面アルベド(反射率)、つまり汚れが重要となる。
高温時は風速と気温と湿度が熱の出入りを支配する。降雨時に融雪が大きくなる のは、雨が運ぶ熱によるのではない。一般に降雨時は湿度が高く、空気中の 水蒸気が雪面に凝結し、そのとき解放される潜熱が雪を融かすのである。 水蒸気の凝結1mmは、氷に換算して7.5mmの厚さの雪を融解するに等しい 潜熱を積雪面に与える。

参考書

近藤純正、1987:身近な気象の科学(東京大学出版会)、7章「金華山のシカ の大量死事件」

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