K95.江川崎周辺の気温観測2014年のまとめ


著者:近藤純正
高知県西部の内陸にある江川崎アメダスの周辺で行なった2014年4月~9月の気温観測を まとめた。

晴天日中の江川崎アメダスと中村アメダスの気温日変化パターンは風向により異なり、 南寄りの海風が入る日は海風が吹き始めるころから気温上昇はゆるやかになるのに対し、 西寄りの風の日は両地点とも15時ころまで気温上昇が続く。江川崎の気温日変化には、 日の出・日没ころ周辺地形による日陰の影響が現れる。

日中のアメダス気温の地域代表性について、江川崎は周辺の畑など緑地に比べて0.5℃ 高めに観測され、中村は周辺の住宅の影響により都市化の影響が観測される。いずれも 許容誤差0.5℃以内で地域を代表している。

四万十川沿いの日中の気温上昇量と海岸からの距離の関係は、沿岸から10km以内で 2~3℃程度上昇し、それより内陸の10~50km範囲では気温上昇はゆるやになる。 (完成:2014年10月24日予定)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2014年10月16日:素案の作成


  目次
      95.1 はしがき
      95.2 用語の定義
      95.3 観測
      95.4 気温日変化パターン
      95.5 アメダスの気温の地域代表性

      95.6 日中の各観測点における気温の比較
      95.7 四万十川沿いの海風時の海岸距離と日中の気温
      95.8 次年度の研究計画
      まとめ
      文献


研究参加者
森牧人
大高達人
西内燦夫

観測協力者・機関(敬称略):
笹岡豊生(西土佐宮地)
川村茂(西土佐長生)
川村泉(西土佐四万十ふるさと案内所)
小林幸美(西土佐長生)
川村近秀(四万十市鵜の江)

斎藤 誠、楠田和博、中塚賢治、東 克彦(高知地方気象台)
国土交通省中村河川国道事務所(副所長・福島奨、出張所長・久藤勝明)
北幡モータース(代表:芝 正弘)
カヌー館(四万十・川の駅、館長:田辺篤史)
四万十市西土佐総合支所(事務局長:中平晋祐、地域企画課長補佐:朝比奈雅人)
JR須崎駅(江川崎駅の管理者、須崎駅長:太田正)

四万十市教育委員会西土佐分室(分室長:川井委水)
四万十市立西土佐小学校(校長:西川弥佐、教頭:濱口明大)
四万十市立西土佐中学校(校長:千谷純一)

伊藤正子(四万十町昭和、ふるさと交流センター)
四万十町昭和小学校(校長・金子政弘)
四万十町昭和中学校(校長・川村宣嗣)

松野治之(愛媛県松野町延野々)
金谷純一(愛媛県松野町蕨生)
鍋屋 豊(愛媛県松野町蕨生)



95.1 はしがき

本研究の動機は、四万十市内陸の江川崎アメダスにおいて2013年8月12日に41℃の 最高気温が観測されたことにある。

江川崎アメダス(標高72m)は、四万十川河口より直線距離で33kmの内陸に、 西の宇和島湾からの直線距離は23kmにある。江川崎付近では、四万十川は北から 南に流れ、両側から山に挟まれた盆地状の地形である。

春~夏に江川崎が周辺に比べて高温になりやすい条件:

(条件1)南寄りの海風が入りにくいとき
天気図規模の条件として、上空850hPa面高度の風が西寄りのとき、海風が入りに くく、日中の気温が上昇しやすい。

中塚と東(2013)によれば、41℃が記録された2013年8月12日は、上空850 hPa面の高度 (約1500m高度)において過去20年間で最も高温の気温場(7月20日~8月20日 の20年間 平均値の19℃に比べて3℃高い22℃)となっていたことと、夏の亜熱帯高気 圧の中心が沖縄 付近にあり、この周りを流れる循環により高知県西部は西よりの風 となり、土佐湾からの四万十川に沿って北上する海風が入りにくい場となっていた。

(条件2)晴天続きで大気・地表面が乾燥しているとき
各地で最高気温の新記録が観測されたときは、晴天が続き大気・地表面が乾燥した 条件である。

2007年に熊谷で最高気温40.9℃が記録された8月16日まで無降雨日が8日間続いた。 岐阜県多治見でも同様に40.9℃が記録された8月16日まで無降水日が16日間続いた。 2013年8月12日に江川崎で最高気温41.0℃が記録される前の8月4日(1mm)と8月5日 (0.5mm)を除けば16日間は無降雨日が続いた。

晴天続きで気温が日ごとに上昇する典型的な例を図95.1に示した。晴天が続くと、 日ごとに気温が高くなっていく。

山形の気温日変化
図95.1  1984年4月21日~27日の山形における気温の日変化。
上図:気温、 下図:日照時間
「K82.熊谷の2007年夏の高温記録40.9℃」の図82.8に 同じ)。


江川崎について、周辺10アメダスに比べて江川崎の最高気温が4℃以上高くなるのは、 晴天が続くときである(「K87.江川崎の最高気温41℃は本物か?」 の図87.10~87.11を参照)。

江川崎の晴天日中の気温について、これまでに得られたことは以下の通りである (「K87.江川崎の最高気温41℃は本物か?」 「K88. 江川崎の最高気温41℃は本物か?(2)」 「K93.江川崎の最高気温41℃は本物か?(3)」「K94.江川崎の最高気温は本物か?(4)」)。


(1)江川崎アメダスの平均気温は±0.5℃以内の範囲で地域を代表している。

備考1:気象庁の気象観測所における気温の許容誤差
気象官署(地方気象台や旧測候所:特別地域気象観測所)のセンサーについて、温度の 変換回路の誤差を含めた許容範囲は±0.3℃、一般のアメダス(地域気象観測所) についての許容範囲は±0.5℃とされている(気象庁による)。

(2)江川崎アメダスは四万十川左岸(川の東側)に設置されており、日没前に 右岸が日陰となる15:30~18:30ころ、左岸の気温は右岸に比べて1~3℃ほど高温になる。 この傾向は、WNWの風のとき顕著である。

左岸・右岸の気温差によって生じる局所循環流の模式図を図95.2に示した。

循環流模式図
図95.2 西~北西の風のときの北から南に流れる四万十川の谷間の日没前における 風の模式図(「K88. 江川崎の最高気温41℃は本物か?(2)」 の図88.16に同じ)。
緑矢印は谷に沿って流れる下層の主風、青破線+赤破線は夕方の日没前に発達する 局所循環流を表す。 上流からみた右岸(図の左側斜面)は日陰となっているが、 左岸(アメダス、カヌー館、長生)では 日射しが続いている。


(3)江川崎アメダスの風向が南寄り(S~SSE)の日と、西寄り(W~NW)の日で、 日中の気温上昇の傾向が異なる。南寄りの風の日は四万十川沿いに吹く海風・谷風の 影響によるためか、気温上昇は11時ころから緩慢になるのに対し、西寄りの風の日 の気温上昇は15時ころまで続く。

本章は、新しい解析も追加して、これまでの結果をまとめたものである。

95.2 用語の定義

晴天日の定義
江川崎アメダスと中村アメダスにおけて、1日の日照時間>10時間の日と する。

日中の気温は、とくに雲量(日照時間)への依存性が強く、気温の地域分布を調べる には雲がほとんど無い場合について解析することが望ましい。しかし、条件を厳しく して日照率100%あるいは雲量ゼロの場合を選ぶとデータ数が極端に少なくなるので、 ここでは日照時間>10時間とする。

日中の気温の定義
これまでの江川崎周辺における気温に関して、次の2つの理由から日中の気温を 12時~15時の平均気温と定義する。

理由の1: 内陸の江川崎では、日中の風向がほぼ定常的になるのは海風の 影響が現れる正午の少し前である。それゆえ、日中の平均気温は12時以後の時間帯 の気温とするのが適当である。

理由の2: 江川崎とその周辺の複雑地形では、斜面の向きによって太陽光が 注ぐ時間帯が異なり、1km範囲内で気温が大きく違うことがある。 「K93.江川崎の最高気温41℃は本物か?(3)」の図93.3 (上)や「K88.江川崎の最高気温41℃は本物か?(2)」 の図88.10で示したように、四万十川右岸では日没前の早くから日陰となり気温下降 が始まり、右岸・左岸間の気温差が3℃ほどにもなる。気温差が大きくなる時間帯 を仮に含めると、地点間の気温の比較が複雑になる。それゆえ、日中の気温は12時 ~15時の平均値とする。

日中の風向の定義(条件の分類)
これまでの結果によれば、気温日変化パターンは日中の風向の違いによって大別され る。したがって、条件を分類する場合、日中の風向を次のように定義する。

(S)南寄りの風: 中村と江川崎の両地点で南寄りの海風があり、江川崎で S~SSEの風、中村でESE~SEの風が吹く日。

(W)西寄りの風: 中村と江川崎で共にW~NWの風が吹く日。

不定の風: 江川崎と中村で風向が異なる日、および微風で風向が不定の日。

海岸距離の定義
四万十川は日本一といわれるほど蛇行の割合が大きい。海風・谷風が四万十川沿いに 概略50kmの内陸へ北上する際、空気塊が変質(気温上昇)するときの距離は、 蛇行する水面距離よりは短いとみなすべきで、主要な空気塊は高度100~500m程度 を吹いてくると考えられる。このことを考慮する。気温計は四万十川の河口から 5~10kmの間隔に配置し、それらの2地点間ごとを直線で結べば、全体は折れ線と なる。各線分の積算距離を海岸距離と定義する。

この定義で用いる「河口」観測点(四万十川左岸堤防の突端)の海岸距離は0.5km としている(「K94.江川崎の最高気温は本物か?(4)」)。 この方式にしたがって決めた各観測地点の海岸距離を表95.1に示した。

表95.1 気温計設置点の海岸距離(海岸距離は○印間を直線で結んだ距離)。
 観測地点名                海岸距離(km)
 ○河口(四万十川左岸堤防突端)                0.5
  竹島(左岸草地、四万十川橋の川上100m)     2.8
  赤鉄橋(左岸草地、鉄橋の川下100m)         9.2
 ○中村アメダス                                9.4
 ○鵜ノ江(畑)                               21.4
  カヌー館(芝地のイベント広場)             34.8
 ○江川崎アメダス                             35.1
  江川崎駅(プラットホーム西端)             35.8
  宮地(広い道路脇の畑)                     35.9
 ○長生(畑)                                 37.5
 ○真土(橋の近く、住宅敷地の角)             41.5
 ○松野(畑)                                 44.5
 ○昭和(芝地のキャンプ場)                 47.5

	注:学校の夏休み期間中は小学校運動場に移設



95.3 観測

図95.3は気温計を配置した四国南西部の地図である。

四国南西部地図
図95.3 気温観測点(赤四角印)、四万十川沿いの近辺に配置した気温計の位置。
河口から四万十川を上ると、鵜の江-江川崎-昭和―窪川を経て、さらに北上する。 江川崎で分かれる支流・広見川は北西へ向き、真土-松野、さらに上流に至る。

江川アメダス
図95.4  山村ヘルスセンターから西方を見下ろしたアメダス(赤四角印)の周辺、 横に2枚の写真を合成。左方に西土佐中学校の校舎の一部が入っており、右方の範囲 外に川崎小学校がある。アメダスから少し離れて西~北側に桜が数本あり、 さらに向こう側の道路を隔てて森がある。この森の向こう側は崖・四万十川に続く。 遠方の家並みは対岸の住宅・商店などである( 「K87.江川崎の最高気温41℃は本物か?」の図87.6に同じ)。

中村アメダス
図95.5 中村アメダス。左:南東側から撮影、右:北西側から撮影


95.4 気温日変化パターン

次の図95.6によれば、晴天日の気温日変化パタ-ンは風向によって異なる。また中村 アメダスと江川崎アメダスで日変化パタ-ンに違いがある。

気温日変化パターン
図95.6 晴天日の江川崎と中村における気温日変化パターン。
上:西寄りの風の日(5月13日、16日、22日、6月24日、29日、7月24日の6日間平均)
下:南寄りの海風が入る日(5月4日、7日、23日、7月25日の4日間平均)


違いの1:南北に流れる四万十川の左岸に位置する江川崎アメダスでは、 日の出後の気温上昇が中村アメダスに比べて40分ほどの位相遅れで生じる。 江川崎アメダス周辺は日の出ころ東側の山陰で日射が当たらず、地表面の温度上昇 の開始が遅れる。

違いの2:日の出後、気温は急上昇し、西寄りの風の日は15時ころまで上昇が 続いている。これに対して、南寄りの海風が北上する日は9時20分ころ(中村)または 10時30分ころ(江川崎)から気温上昇は緩慢となる。江川崎は中村に比べて約80分の 時間遅れである。土佐湾からの海風がくると気温上昇が抑制される。

違いの3:南寄りの海風の日、江川崎の日中の気温は中村に比べて約2℃ほど 高温になる。これは海風が途中の陸面上で加熱されて、距離とともに昇温した結果 である。この気温差については、あとの図95.13、図95.14でも議論する。

海風開始の時刻を10分ごとの風向の時間変化から判定し、表95.2に示した。気温 日変化パターン(図95.6)から判定した海風開始時刻とほぼ一致している。

表95.2 風向変化から判定した海風開始の時刻(2014年)
  最大瞬間風速(m/s):10分ごと観測の最大瞬間風速の12時~15時平均値

月日       海 風 の 開 始 時 刻 時間の遅れ 最大瞬間風速  備考
                    中村      江川崎                中村 江川崎
5月04日      9:10   10:20   70分    7.1   7.1
5月07日      9:30   10:40   70分    6.3   6.3
5月23日      8:40   13:50  (310分)   6.1  6.2   (除外)
7月25日      8:50   10:20   90分    5.4   6.5

平均        9:10      10:30   80分     6.2   6.5



江川崎と中村の海岸距離の差(=35.1-9.4=25.7km)を時間の遅れ(80分間)で 割り算すると、次の結果が得られる。

海風の内陸への進入速度=25.7km/(80×60秒)=5.3m/s

地上の平均風速は地表面の粗度に大きく依存するのに対し、最大瞬間風速の粗度依存 性は小さく、地上の最大瞬間風速は上空の平均風速に概略等しくなる。これを考慮 すれば、海風の進入速度5.3m/sが表95.2の平均値(6.2m/s, 6.5m/s)に大まかに 等しくなっている。

95.5 アメダスの気温の地域代表性

一般のアメダスは、諸条件の制約から、必ずしも理想的な場所に設置されているわけ ではない。本研究のように、おもに森林からなる広域の気温分布を調べる場合、 あらかじめ、アメダスの地域代表性について検討しておかなければならない。

(a) 江川崎アメダスの地域代表性
江川崎アメダスは全国的にみて、良好な周辺環境に設置されている。ただし、 西寄りの風のとき西~北西側の樹木による風止め作用によってできる「日だまり効果」 で晴天日中の気温上昇があり、また南寄りの風のときはアスファルト舗装の駐車場路面 の温度上昇の影響が考えられる。

なお、江川崎アメダスの無次元の空間広さは4(西~北西)、 および15(南~南東)である(「K93.江川崎の最高気温41℃ は本物か?(3)」の図95.3)。

これまで報告してきたように、日中の江川崎の気温は0.5℃ほど高めに観測される。 これをさらに詳しく確認するために、カヌー館のイベント広場 (広い芝地)の気温との差を図95.7に示した。1日の日照時間の関数として、気温差を 縦軸に表した。

両地点が離れていることもあってプロットはばらついているが、風向によらず、 日照時間>10時間(晴天日)の気温差の平均値は0.5℃と読み取れる。

カヌー館との気温差
図95.7 江川崎アメダスとカヌー館のイベント広場(芝地の露場)の日中の気温差と 日照時間(横軸)の関係。

気温差の風速依存性
図95.8 前図(図95.7)と同じ、ただし横軸は12時~15時の平均風速である。

図95.8によれば風速が強い日中ほど気温差が小さくなる傾向に見えるが、プロットの ばらつきが大きく明瞭ではない。

晴天日中の気温が平均0.5℃高めであることの内訳は次の通りである。放射影響 (0.3℃)とアメダス気温のズレ(-0.16℃)は 「K88.江川崎の最高気温41℃は本物か?(2)」の図88.6によって得られた値と すれば、

0.5℃=放射影響(0.3℃)+アメダス気温のズレ(-0.16℃)+周辺環境の影響(0.36℃)

周辺環境の影響(0.36℃)は風向によらず、ほぼ同じとみなされる。

西寄りの風:周辺環境の影響(0.36℃)は空間広さ=4による「日だまり効果」
南寄りの風:周辺環境の影響(0.36℃)は南側のアスファルト路面の高温化影響

と考える。西~北西側に樹木が無く(あるいは低く剪定された場合)、仮に空間広さ =10であったとすると、空間広さの対数差は、

log10(4/10)=-0.40

この場合の気温差について「K84.観測露場内の気温分布-熊谷」 の図84.13から読み取ると、0.2~0.7℃の気温差となり、0.36℃は矛盾してい ない。

(b) 中村アメダスの地域代表性
中村アメダスの周辺は2階建ての住宅地であり、特に南寄りの風のとき都市化の影響 があると思われる。アメダスは住宅地の北西外れに設置されているので、西寄りの風の ときは都市化の影響は無視できるかもしれない。

中村アメダスの地域代表性を確かめる目的で、基準の観測点「赤鉄橋」の気温との差 を図95.9に示した。この期間、晴天日がほとんど無かったために、気温差と日照時間の 関係から晴天日の気温差を推定することにした。

赤鉄橋の正式名は四万十川橋である。気温計 設置場所は左岸にあり周辺は草地である(「K94.江川崎の 最高気温41℃は本物か?(4)」の写真94.3)。

中村と赤鉄橋の気温差
図95.9 中村アメダスと観測点「赤鉄橋」の気温差と12時~15時の日照率の関係。 赤丸印は南寄りの風、塗つぶし印は西寄りの風のとき。


図95.9によれば、南寄りの風に対して日照率が100%に近い晴天時の気温差は0.8℃と 推定される。この内訳は次の通りである。放射影響は江川崎に同じとすれば、

0.8℃=放射影響(0.3℃)+都市化による影響(0.5℃)

となる。都市化による日中の気温上昇量として0.5℃が推定される。アメダスの写真 (図95.5)を見ると、南東の海風時は南側の2階建て住宅の風止めによる「日だまり効果」 による昇温も0.5℃の中に含まれていると考えられる。つまり、「都市化影響」+ 「日だまり効果」=0.5℃である。

中村アメダスは小都市・中村を代表する気温を観測していると見なしてよい。 しかし、本研究では、都市を含まない50kmスケールのやや広域の森林からなる 地域の気温を対象としており、この場合は、高めの気温が観測されると 解釈し、他の観測点における気温と比較しなければならない。


95.6 日中の各観測点における気温の比較

内陸(昭和、真土、松野)の気温の比較
江川崎アメダスと昭和、真土、松野の4観測地点において、同時観測された日数は 多くはないので、ここでは江川崎アメダスの日照時間>6時間であった南寄りの風の 4日間(8月13日、17日、19日、21日)について、日中の気温(12時~15時の平均気温) を比較し、表95.3に示した。

表95.3 内陸4地点のデータが揃った日中の気温(12時~15時平均気温)の比較。
  条件は江川崎アメダスにおいて南寄りの風、日照時間>6時間の日
  補正気温:江川崎アメダスは高めに観測されるので、0.5℃差し引いてある

 観測地点      日中の気温(℃) 補正気温(℃)
 江川崎アメダス    31.70       31.20
 昭和         30.98       30.98
  真土         31.39       31.39
 松野         31.27       31.27



観測点「昭和」は他と比べて0.2℃ほど低めに観測されており、他の3地点は ±0.1℃以内の差で一致している。「昭和」付近では四万十川はほぼ東西に流れ、 南側に高い山があることで周辺一帯の地表面へ入射する日射量が他に比べて少なめ であることが0.2℃ほど低い理由であるのかもしれない。

高温化地面と標準的地面の比較
中村アメダス、および江川崎アメダス近傍の観測点について、高温化地面と標準的 地面上で観測された非晴天日を含む日中の気温の比較は、すでに前報で示した (「K94.江川崎の最高気温41℃は本物か?(4)」 の表94.3)。本章は全体のまとめであるので、表95.4に再掲しておく。


表95.4 各観測地点の日平均気温と日中の平均気温の比較(2014年7月20日~8月1日)
「K94.江川崎の最高気温41℃は本物か?(4)」の表94.3に同じ。
  この13日間の日照時間平均値は江川崎で7.5時間、中村で7.1時間
    高温化地面:住宅地、アスファルト舗装、鉄道敷地など日中の気温が高くなりやすい
    標準的地面:芝地、草地、畑
  日中の気温:12時~15時の平均気温

地 点 名    日平均気温  日中の気温
高温化地面
中村アメダス     27.43℃        31.06℃
江川崎アメダス   27.34          31.63
ふるさと市       27.27          31.32
江川崎駅         27.20          31.40
宮地             27.33          31.55
 平均      27.31     31.39±0.22

標準的地面
鵜ノ江           27.29          31.00
カヌー館         27.08          30.96
長生             26.96          30.93
昭和             26.69          30.37
  平均      27.01     30.79±0.29



上の表によれば、「高温化地面」では日中の気温は全地点で31.0℃以上、 「標準的地面」では全地点で31.0℃より低く、両グループ平均の差は0.60℃ (=31.39℃-30.79℃)となり有意な差である。

以上の結果を考慮して、観測された気温の地点による違いを解析することになる。


95.7 四万十川沿いの海風時の海岸距離と日中の気温

目的とする本観測に先立ち、江川崎アメダスと中村アメダスが地域を代表する気温を観測して いるか否かを検討するのに観測日数を費やした。そのため、四万十川沿いの竹島を 除く全地点で観測が開始されたのは、8月13日からである。海岸距離=2.8kmの竹島 における最初の観測は8月13日(アスマンによる10分ごと観測)、連続観測の開始は 8月26日である。8月13日以後は晴天日ゼロであったので、全観測地点による晴天日の 海岸距離と気温分布の一斉観測による結果は得られていない。

そこで、非晴天日から晴天日の海岸距離と日中の気温を推定する試みを行なう。

図95.10~95.12は日照時間と2地点間の日中の気温差の関係である。これらの関係 から、日照率が100%に近い晴天日中の気温を推定すれば、次の結果を得る。

河口の気温=中村の気温-3.0℃
竹島の気温=中村の気温-1.7℃
鵜の江の気温=江川崎の気温-2.1℃

河口との気温差
図95.10 中村アメダスと河口の気温差、日照率は中村アメダスにおける観測値。

竹島との気温差
図95.11 中村アメダスと竹島の気温差、日照率は中村アメダスにおける観測値。

鵜の江との気温差
図95.12 江川崎アメダスと鵜の江の気温差。

以上の推定から得られた3地点の気温をプロットした関係が図95.13である。海岸 距離>40kmの3地点(真土、松野、昭和)の気温は、江川崎アメダスとの気温差 (表95.3)から推定した。参考のために、7月25日に観測した気温は図95.14に示して ある。

海岸距離と気温の関係
図95.13 晴天日中の気温と海岸距離の関係、7月25日の晴天日の推定。江川崎 アメダス(海岸距離=35.1km)近傍の観測点はカヌー館の値のみプロットし、 他は省略してある。

25日海岸距離と気温
図95.14 海岸距離と気温の関係、7月25日(全域がほぼ快晴)。日中の12時~15時 平均気温は赤印で、日の出前の3時~6時の平均気温は青印で示した。塗つぶし印は、 観測点周辺に住宅が多い場合(中村アメダス)やアスファルト舗装路面が多い 観測地点である(「K94.江川崎の最高気温41℃は本物か?(4)」 の図94.6に同じ)。

図95.13によれば、海岸線から内陸40kmまでの気温上昇は約5℃である。気温上昇 の大部分は海岸距離10kmまでの範囲で生じている。

約5℃の気温上昇は夏の関東平野における気温上昇量、約2℃( 「K80.地域を代表する気温の分布」の図80.2a)に比べて大きい。


95.8 次年度の研究計画

今回の2014年4月8日~9月5日に行なった観測期間中は晴天日が少なく、とりわけ 7月25日以後は晴天日がゼロであった。そのため、四万十川沿いの気温上昇と海岸距離 の関係について、全観測地点一斉の完全な直接観測データは得られなかった。それゆえ、 これを補充するために来年度も観測する必要がある。この節はその準備である。

(1)来年度は4~5月に重点をおいて観測する
まず、どの期間に観測を集中すべきかについて検討する。
次に示す図95.15(上)は晴天日中の江川崎と中村の気温差の時系列である。2011年~2014年 の4年間の同じ月日を重ねて表してある。大きな赤塗つぶし印は41℃を記録した2013 年8月12日の値である。この日は最高気温が記録された13時42分の後、13時50分 過ぎから急に曇り、気温が14時から急下降したので、11時~14時の平均気温を 日中の気温としてある。

4年間の江川崎と中村の気温差の平均値は次の通りである。

南寄りの風:1.94±0.88℃
西寄りの風:-0.80±0.84℃
不定風: 0.65±1.05℃

江川中村気温差
図95.15 風向による晴天日中の気温差の違い。
2011年~2014年の4年間の同じ月日を重ねて表してある。
上図:江川崎と中村の気温差、大きな赤塗つぶし印(2013年8月12日)は、この日に 限り11時~14時の平均気温を日中の気温としてある。
下図:江川崎の最高気温と日中の平均気温の差


南寄りの風の日は江川崎と中村の気温差がプラスの値である。これは、海風が四万十川に 沿って北上するときであり、すでに示したように、海岸距離とともに日中の気温が上昇 することを意味している。

他方、西寄りの風の日の気温差がマイナスであるのは、中村の気温が高いことを意味 している。

過去4年間のデータによれば、晴天日は4~5月には必ずあるが、6~9月はゼロの年も ある。したがって、来年度の観測は4~5月に重点をおいて行なうことが望ましい。

なお、図95.15(下)は、晴天日の江川崎の最高気温と日中の平均気温の差である。 4月~9月の暖候期においては、月による大きな差は認められず、気温差の平均値は 1.2~1.3℃である。

さらに、参考のために示した次の図95.16によれば、日中の時間帯の定義の違い (12時~15時と11時~14時)による日中の平均気温の差は7月~8月の盛夏で 0.2±0.4℃の範囲内にある。

日中を定義する時間帯による気温差
図95.16 日中を定義する時間帯(12時~15時)を1時間早くして11時~14時とした 場合の日中の気温の差(2013年の7月~8月)。

(2)土壌水分と気温差(海岸距離による気温上昇)の関係
図95.15(上)によれば、南寄りの風の日の江川崎と中村の気温差の平均値は1.94℃、 標準偏差±0.88℃のばらつきがある。このばらつきが生じる原因の一つとして、 「はしがき」で述べたように、「条件2:晴天続きで大気・地表面条件が乾燥して いるとき」には、土壌水分が減少し日中の気温が上昇しやすくなる。

これを確かめるため、土壌水分の時間変化を計算し、江川崎と中村の気温差 (つまり海岸距離による気温上昇)と土壌水分量の関係に相関関係があるかどうかを 検討する。

土壌水分量の日々変化は、「指数関数型貯留量のタンクモデル」によって計算する。 その計算では、樹木による遮断蒸発量の計算、地域代表風速(高度50mの推定風速) の利用などを含む。

参考:指数関数型貯留量のタンクモデル
指数関数型貯留量のタンクモデルは、近藤・渡辺・中園(1992)が開発したもので、 パラメータ数の多い有名な菅原のタンクモデルよりはるかに少ないパラメータで 土壌水分の日々変化を計算するものである。菅原のタンクモデルは時間・分単位の 洪水予測に適しているのに対し、指数関数型は数時間以上・日々の土壌水分や 蒸発散量の計算に適している。

菅原のタンクでは、水の抜ける穴と大きさが流域で一定であり図示できるのに対し、 指数関数型では穴の大きさとその位置が雨量の関数となり自動的に変化することに相当し、 静止画では正確に表現し難く、式で表される。指数関数型モデルは、土壌の種類と 深さが異なる現実に近い広域の土壌水分量の貯留・流出量の時間変化を少ないパラメータで 計算できる(近藤、1993)。

(3)西寄りの風に対する気温計の配置
図95.15(上)に示したように、西寄りの風のときは、南寄りの海風のときとは逆に、 中村アメダスの気温が江川崎より高温になる。

この現象に関連して、四国南西部(宇和島、中村、江川崎)で西寄りの風のときの 気温分布を知るために、宇和島~鬼北町~松野町~江川崎~昭和の範囲に気温計を 配置する。

この際、あらかじめ、宇和島アメダスの地域代表性について調べる必要がある。


まとめ

高知県四万十市の内陸に設置されている江川崎アメダスの周辺で気温の長期観測を 行なった。本章では、は2014年4月~9月5日までの全期間の観測について まとめた。

この年の梅雨明け後の高知県内では、晴天日が稀で、8月の無降雨日は土佐清水で 4日、高知で1日、室戸岬で2日、異常な夏であった。そのため、目的とした晴天日 のデータが十分に得られなかったが、解析方法を工夫することで、不十分なデータから それなりの結果を得ることができた。

(1) 江川崎アメダスの気温の地域代表性
アメダスは許容誤差の範囲内(0.5℃)で地域を代表している。アメダス気温計に 及ぼす放射影響とズレを除くと、晴天日中の気温は0.36℃ほど高めに観測される。 西寄りの風のときの約0.36℃は西~北西側の樹木による風止め作用による「日だまり効果」、 南寄りの風のときの約0.36℃は南側のアスファルト舗装面の加熱効果によると考え られる。

周辺にアスファルト舗装の広い道路がある他の地点(ふるさと市、江川崎駅プラット ホーム、宮地)でも日中の気温は平均として0.6℃程度高温に観測されることが わかった(表95.4)。

(2)中村アメダスの気温の地域代表性
晴天日中の放射影響(0.3℃)とは別に、南寄りの風のとき、周辺の住宅による都市化と 「日だまり効果」の両影響によって晴天日中の気温は0.5℃ほど高めに観測される。 これは、小都市アメダスとしては地域を代表している。

しかし、主に森林からなる50kmスケールの広域の気温を対象とする本研究では、 観測値は高めであることを考慮して解析した。

(3)中村アメダスと江川崎アメダスにおける気温日変化の特徴
晴天日中の気温上昇の特徴は風向によって異なる。西寄りの風(W~NW)の日は 15時ころまで気温上昇が続くのに対し、南寄りの風(S~SSE)の日は、 海風が始まるころから気温上昇は緩慢となる。

両地点の気温日変化パターンと10分ごと観測の風向変化から、海岸距離の違い (=25.7km)による海風開始時刻の遅れは約80分である。この結果から評価すると、 海風の内陸への進入速度は5m/s程度である。

この速度は、地上風の最大瞬間風速(ここでは海風時のアメダスの10分ごとの 最大瞬間風速の平均値)から推定される上空の平均風速(6~7m/s)に概略等しく、 大きな矛盾はない。

(4)海岸からの距離「海岸距離」と気温の関係
南寄りの海風が吹く日は、日中の気温は四万十川河口から海岸距離とともに上昇 する。沿岸から10km以内で2℃程度上昇、それより内陸の10~50km範囲では 気温上昇はゆるやかとなり、0~50km範囲で5℃ほど上昇する。この上昇量は関東平野 における50kmまでの上昇量2℃より大きい。


文献

近藤純正・渡辺力・中園信、1992:日本各地の森林蒸発散量の熱収支的評価. 天気、39(11)、685-695.

近藤純正、1993:表層土壌水分量予測用の簡単な新バケツモデル.水文・水資源学 会誌、6(4)、344-349.

中塚 賢治・東 克彦、2013:江川崎に記録的な高温をもたらした気象状況の調査. 気象学会四国支部研究発表予稿集(2013年12月20日)、pp.7.

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