K62.露場風速の解析ー館野


著者:近藤 純正
館野高層気象台の露場の風速比(=露場風速 / 測風塔風速)と「露場通風率」を解析 した。いずれも、方位ごとの露場の広さの関数で表させることが わかった。館野の露場は南側が開けているが、その他の方向は森に囲まれており、 測風塔で東・西寄りの風のときの露場風は南寄り成分を含むようになる。
このことは、露場の広さが狭くても、開けた方位つまり風の道があれば露場の風通し はよくなることを意味している。 (完成:2012年6月29日、表62.1追加:7月6日,8日)

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。

トップページへ 研究指針の目次


更新の記録
2012年6月20日:素案の作成
2012年6月29日:完成
2012年7月6日:まとめの表62.1を追加
2012年7月8日:付録の付表と付図(筑波大)を追加


  目次
        62.1 はしがき
        62.2 方位別の露場の広さと風速比
        62.3 露場通風率
        62.4 風向のずれ
        62.5 まとめ

        付録 筑波大学圃場の方位別の露場通風率


62.1 はしがき

これまで、森林内の開放空間内の風速について、さらに現実の気象観測露場の風速を 調べた結果、露場の風速比と露場通風率は露場の無次元広さ(=X/h)の関数で表される ことがわかった。

ここに、
風速比=露場風速 / 測風塔風速
露場通風率(風通しの良し悪しの成績)=風速比 / 風速比理想値
 風速比理想値:無限に広い芝地の露場の風速比、測風塔高度による(=0.74±0.06)
露場の無次元広さ=X/h=1/tanα
αは露場からみた周辺地物の仰角
X は露場の広さ(m)
h は周辺地物の高さ(m)
である。

以下では、露場の無次元広さは、略して「露場の広さ」と呼ぶ。

詳細は、「K57.森林内の開放空間の風速」「K59、露場の風速と周辺環境の管理―指針」 および「K61.露場風速の解析―静岡」 に説明されている。

現実の気象観測所の露場は複雑であり、各地の露場で観測し、問題点を見つけ環境 管理の指針づくりに生かさなければならない。

館野高層気象台は平坦地にあり、露場の3方向が森に囲まれ、南方向が開けている。 静岡に次いで館野を選んで露場風速を観測することとした。幸いなことに、気象庁 観測部気象測器検定試験センター(館野高層気象台に併設)では、測器の試験観測用 として露場の1.5m高度で超音波風速計による風向風速の観測をしている。

露場の写真、北
図62.1(a) 露場から北方向の写真(2012年4月17日撮影)

露場の写真、東
図62.1(b) 露場から東方向の写真(2012年4月17日撮影)

露場の写真、南
図62.1(c) 露場から南方向の写真(2012年4月17日撮影)

露場の写真、西
図62.1(d) 露場から西方向の写真(2012年4月17日撮影)

この研究は、気象測器検定試験センターと館野高層気象台のご協力によるもので、 気象測器検定試験センターの青嶋忠好氏には生データから9カ月間の10分間平均の 風向風速データを整理していただいた。この整理データをもとに解析を行う。

測風塔風速、露場風速ともに、10秒値データから求めた360°方位の風向(1°単位) データを提供していただいた。

試験観測用に用いている超音波風速計は、PRED社製、ウインドソニック、PGWS-100 (株・プリード取扱)。出力はRS422とアナログの同時出力が可能なTYPE-3である (風速計感部と収録装置までの距離が長いためRS422を利用している)。

大気安定度の影響を除くために、まず、強い風(測風塔風速)が連続する日(68日間) を選び、その中から、10分間平均風速が3m/s以上のデータを選ぶ。さらに、そのデータ から、館野では夜間の放射冷却が強く現れる日があるので、露場風速(超音波風速計: 高度=1.5m)が弱いデータを除外して強いデータのみを選ぶ。解析に利用した資料と 条件は次の通りである。

2011年7月1日~2012年3月31日(9か月間)の観測
測風塔10分間平均風速>3m/s 、かつ 露場10分間平均風速>2m/s
 (この条件のデータを全資料とよぶ)
測風塔の風向風速計の高度: Z=20.4m
ゼロ面変位補正高度: Z-d=15.4m
露場風速の高度: Zr=1.5m

風速比の観測値(全資料平均)=露場風速 / 測風塔風速=0.509±0.083
風速比理想値=0.727・・・・・芝生で覆われた無限に広い平坦地の風速比
露場通風率(全資料平均)=風速比 / 風速比理想値=70.0%

周辺の仰角平均=<α>=9.7±2.9°(超音波風速計付近から測量)
露場の広さ1: 1/tan<α>=X/<h>=5.83
露場の広さ2: <1/tanα>=<X/h>=6.70±3.6
パラメータ比=「広さ2」 / 「広さ1」=6.70/5.83=1.15

備考1(理想的露場のパラメータ比)
円形で周辺地物の高さが一定な露場では、パラメータ比=1.0である。

備考2(気温湿度観測用の通風装置近傍での測量値)
仰角平均:<α>=10.2°±3.6°
露場の広さ1:X/<h>= 1/<tanα>=5.56
露場の広さ2:<X/h>=<1/tanα>=6.28±2.2
パラメータ比=「広さ2」/ 「広さ1」=1.13

62.2 方位別の露場の広さと風速比

ここでは、セオドライトで測量した仰角分布を用いて解析する。

館野の風速比
図62.2 風速比の風向依存性、2011年7月~2011年3月(9か月間)。

館野の露場広さ
図62.3 方位別の露場の広さ(無次元)。赤線は方位角±20°の範囲(50°範囲)の 移動平均値。

図62.2は風速比(=露場風速/測風塔風速)と測風塔風向との関係である。多数の 小プロットは10分間平均値、黒四角印は40~100回の平均値(延べ観測時間は400~ 1000分)、大きい赤丸印は100回以上の平均値(延べ観測時間が1000分以上)である。 赤破線はプロットを滑らかに描いた関係である。

方位別の露場の広さ(図62.3)と比べると、風速比は露場の広さが大きい南東~南南西 (120°~200°)で大きく、それ以外の方向で小さくなっている。露場の南側は 開けているが、他の西~北~東には、森があり、風が遮られて露場風速が弱いことを 意味している。

図62.3の赤線は方位角の前後±20°、つまり10°間隔で測量した露場の広さ (=1/tanα)の値5点の移動平均である。現実の風向は変動しており、ある方位の 風速比は露場の広さの移動平均(赤線)と比較することが望ましい。

62.3 露場通風率

前節で求めた風速比から、露場の風通しの良し悪しを表す成績「露場通風率」を求 めた。露場通風率=100%は無限に広い芝生地上の値である。気候観測所として適して いるかどうかは他の風速条件なども考慮することになるが、露場通風率>60%が おおよその目安である。ただし60%以下であっても時代によって変化しなければ よい。

備考3(気候観測所)
館野高層気象台は、周辺がしだいに都市化されており、都市化による 気温上昇(年平均気温で約0.8℃の上昇)があるので、地球規模の気候変化を監視 するための観測所ではない。

館野の露場通風率
図62.4 館野高層気象台の露場の広さと露場通風率の関係。

図62.4は、方位別の露場通風率と露場の広さとの関係である。緑の大きい 四角印は全資料の平均値、赤丸印は観測時間が1000分間以上の平均値、小さい四角印 は観測時間が400分以上1000分未満であり、それぞれ図62.2の赤丸印と小さい 黒四角印に対応する。横軸は各方位の露場の広さ(1/tanα=X/h)である。 ただし、全資料の平均値(緑四角印)に対しては「露場の広さ1」(=1/<tanα>) を用いてある。

緑の破線は森林内の開放空間でもとめた実験式である。全体の傾向は実験式とよく 対応しているが、縦軸は若干大きめに出ている。その理由として次の(A)(B) が考えられる。

(A)館野の露場は南に広く他方向が森に囲まれている。
露場の広さ1:X/<h>= 1/<tanα>=5.83
露場の広さ2:<X/h>=<1/tanα>=6.70±3.6

「露場の広さ1」より「2」が大きいのは、露場の広さの割に風が入り易い方向が あることを意味しており、露場風速が大きめとなる。

(B)実験式の誤差
おもに森林内開放空間で求めた露場風速の観測に用いた熱線風速計の誤差は未補正の ままであり、±5%程度の誤差を含む可能性がある。今回の観測値が実験式より 大きく現れているのは静岡で得た結果と同じであり(「露場風速 の解析ー静岡」の図61.3を参照)、今後の他所での結果に注意 していたい。

表62.1は各方位別の風速比と露場通風率のまとめである、ただし測風塔風速>3m/s で、 露場風速>2m/s の解析結果。

表62.1 館野高層気象台における9か月間観測(2011年7月1日~2012年3月31日)の まとめ、風速比と露場通風率
  X/h=1/tanα:各方位の露場の広さ(±20°範囲の平均)
   ただし全資料9か月間平均値は「露場の広さ1」
  風向:測風塔風向
  資料数:10分間平均値の資料数
   資料数の少ない風向(風向<10°、110~130°、210~260°、340°以上)は風向
   別統計に含めないので、風向34~328°の合計は、全風向の資料数より少ない

        風向   風速比 露場通風率 資料数 
    X/h  (°)        (%)

    5.6     34       0.496       68.2     127
    5.0     61       0.491       67.6      49
    4.8     79       0.489       67.3      59
    5.7     97       0.587       80.7      49
    9.8    142       0.578       79.6     161
    9.5    157       0.579       79.6     132
   10.2    183       0.566       77.9     211
    9.9    198       0.570       78.4     396
    4.3    272       0.437       60.1      80
    4.9    291       0.415       57.0     357
    5.9    308       0.455       62.5     313
    6.3    328       0.472       65.0     136
 
    5.83  全資料     0.509       70.0    2145  


62.4 風向のずれ

この項は、結果の理解に役立てるための補足的な解析である。

館野の露場は南の方向が広く、他の3方向は森に囲まれており、露場の風向が測風塔の 風向がらずれる可能性がある。

館野の風向のずれ
図62.5 館野高層気象台の測風塔風向と露場風向のずれの関係。

図62.5は風向のずれ(=測風塔風向-露場風向)である。全資料の平均では、

風向のずれ=-0.3±9.1°

であり、全資料の平均としての風向のずれはほとんどゼロであるが、大きな特徴として は、

東寄りの風(測風塔風向=80~90°): 風向のずれ=-0~-40°程度
西寄りの風(測風塔風向=250~280°): 風向のずれ=5~30°程度

となる。つまり東寄りの風のとき露場風向は東南東となり南成分が入り、西寄りの風 のときも露場風向は西南西となり南成分が入る。いずれも開けた方向(南)からの風向 に少し偏向する。

これを露場から見た周辺の写真から確認しておこう。図62.6(a)は東~南東方向の 写真である。東側には森が迫っており、測風塔風向が東のときは仰角の小さい南東 方向から露場に向かって(図では右の方から)回り込むような風の成分を含むことに なる。

館野の風速比
図62.6(a) 露場から見た東~南東の写真(2枚の合成で多少のひずみがある)

館野の風速比
図62.6(b) 露場から見た西~南西の写真(2枚の合成で多少のひずみがある)

図62.6(b)は測風塔風向が西のとき、南西側にある庁舎の右側の低い仰角の隙間 (南南西の方位)を通ってくる風の成分を含むことになる。

静岡の場合と比較してみよう。静岡の露場では、東・西が開けており、露場の広さが 狭い南・北風のとき、露場では東・西の風向となり、風向のずれ=±90°前後になる ((「K61.露場風速の解析―静岡」の図61.4を参照)。

パラメータ比を比べると、
館野のパラメータ比=「広さ2」 / 「広さ1」=6.70/5.83=1.15
静岡のパラメータ比=「広さ2」/「広さ1」=4.8/3.7=1.30

となり、静岡が大きい。つまり、館野と比べた場合、静岡では露場の広さ (全方位平均値)の割に風が入りやすい形状をしている。

前回の静岡と今回の館野の解析によって、新しい知見が得られたわけである。 露場周辺の複雑さを表すパラメータとして、当初から「露場の広さ2」を定義して おいたのだが、その有用性が今回の解析から確認できた。

62.5 まとめ

館野高層気象台の露場に設置された超音波風速計の資料を解析し、露場の風速比と 露場通風率の方位角依存性を求めた。

(1)露場は南方向が開けており(露場の無次元広さが大きく)、風速比は南風で 大きいが、他の方向で小さい(図62.2)。

(2)露場通風率と露場の広さの相関関係は高く、森林内開放空間で得た実験式と矛盾し ていない(図62.3)。

(3)露場は南以外の方向で狭いために東寄りの風のとき露場風向は南成分が入り、 西寄りの風のときも南成分が入りやすくなる。静岡の場合と比較すると、館野の パラメータ比=「広さ2」 / 「広さ1」=1.15に対し、静岡のパラメータ比= 「広さ2」/「広さ1」=1.30、静岡のほうが露場の広さ(全方位平均)の割に風が 入りやすいことになる。

つまり、露場の広さが狭くても、仰角の低い方位「風の道」があれば、露場の風通し は良くなる。

今後は傾斜地や丘にある露場でも風速比と露場通風率を評価してみる必要が ある。それらの観測結果と合わせて問題点を整理し、観測所の環境管理の 指針づくりに生かしていきたい。



付録:筑波大学圃場の方位別の露場通風率

筑波大学圃場における風速比と露場通風率はすでに 「K57. 森林内の開放空間の風速」の図57.4~57.6、および 「K59. 露場の風速と周辺環境の管理ー指針」の図59.3と図59.4で説明した。

その図59.4(草地の写真)に示した草地の影響をここで考察しておきたい。

付表は筑波大学圃場の方位別の風速比と露場通風率のまとめ、ただし2009年の 1年間の解析結果である。

付表 筑波大学圃場の方位別の風速比と露場通風率のまとめ
ただし、2009年、高度1.6mの平均風速≧2m/s の条件、10分間平均値の資料数=826

  X/h=1/tanα:各方位の露場の広さ(±20°範囲の平均)
   ただし最後の行に示す全資料の平均値は「露場の広さ1」
  風向:高度29.5mの風向
 風速比=高度1.6mの風速 / 高度29.5mの風速
 露場通風率(%表示)=風速比 / 風速比理想値、ただし資料数<20は計算せず
 風速比理想値(筑波大圃場)=0.697
  資料数:10分間平均値の資料数
   
        風向   風速比 露場通風率 資料数 
    X/h  (°)        (%)

   10.0     18       0.472       ---        9
   11.0     35       0.516       74.0      51
   11.0     54       0.543       77.9     102
   10.7     72       0.497       71.3     179
    9.6     92       0.478       68.6      79
    8.0    111       0.496       71.2      35
    6.7    136       0.567       ---        2
    7.1    149       0.431       ---        6
    8.3    175       0.368       ---        2
    8.3    190       0.418       60.0      29
    7.1    198       0.397       57.0      78
    7.4    207       0.393       56.4      23
    6.5    249       0.367       ---       13      草地が近傍にあり
    6.2    268       0.325       46.7      25      草地が近傍にあり
    6.9    279       0.346       49.7      22      草地が近傍にあり
    7.3    288       0.368       52.8      46      草地が近傍にあり
    7.9    298       0.427       61.3      50      草地が近傍にあり
    8.4    312       0.495       71.1      56
    8.3    330       0.470       ---       11
    8.2    349       0.420       ---        8
 
    7.91  全資料     0.462       66.3     826  


付図は筑波大学圃場の方位別の露場の広さと通風率の関係である。特に注意すべき プロット(×印)は高度1.6mの風速計から西寄りに存在する背丈2m前後の草地の 影響である。草地までの最短距離は18m(270°)であり、1.6m風速計に及ぼす方位 200~300°までの平均的な有効距離は20~26m程度と考えられる。

筑波大の露場通風率
付図 筑波大学圃場の露場の広さと露場通風率の関係。
赤四角印:全資料の平均値、このプロットのみ横軸は「露場の広さ1」である
×印:方位200~300°(測風塔の西寄り)に存在する草地(背丈=2m前後)の影響含む
破線:森林内の開放空間で得た実験式

この草地を対象としたときの20~26mまでの露場の広さは10~13(無次元)程度で あり、プロットのばらつきの誤差を考慮すれは、×印は破線より15~20%小さい所に ある。この15~20%は風速計の許容誤差±5%よりも十分に大きい。

したがって、露場内及びそのすぐ近傍に雑草が成長したような場合、あるいは普段は 気づかない障害物ができたとき、露場風速を継続的に観測していれば、環境変化に 気づくことができるわけだ。

トップページへ 研究指針の目次