K58.熱線風速計の検定と指向性


著者:近藤 純正
熱線風速計(DT-8880)を回転式の検定装置によって検定し、また、センサーの風向 からの偏角と感度の関係(指向性)も求めた。この関係式と野外における現実の 風速・風向変動の時系列データを用いて、観測される平均風速の風速真値に対する比 (指向性による時間平均の平均感度)を計算した。 この平均感度の誤差は、風向変動の標準偏差がσ<23°では ±2%以下であり、σ>40°では20%以上となる。σ<30°の場合は指向性による 平均感度を補正すれば、平均風速は±5%以内の精度で観測できる。

このセンサーは薄い微少平板に極細熱線が組み込まれた構造で、それに側壁・頭部 カバーが取り付けられ、気流は微少平板の両面に沿って通るようになっている。 センサーの指向性を少なくするために、側壁・頭部を取り除いたセンサー( 加工センサー)についても同様の指向性を調べた。この加工センサーの感度は風向 の偏角=0°のときを基準の1として、偏角=-180~+180°の範囲で0.85~1.15に 分布する。それゆえ、風向変動が非常に大きい所でも、平均風速は±5%以内の精度 で観測することが可能である。

この熱線風速計は室内環境用のもので、野外で使う場合は日射の影響を受けて指示値 が過大に表示される。センサー(むき出しにしたセンサー)の横から太陽直射光を 当てて実験したところ、微風のとき小さいが風速1m/s以上で、最大0.15m/s前後過大に 表示される。 (完成:2012年3月17日、追記:3月25日、4月4日)

本ホームページに掲載の内容は著作物であるので、 引用・利用に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを 明記のこと。

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更新の記録
2012年3月16日:ほぼ完成
2012年3月17日:完成
2012年3月25日:58.7節の後に「日射影響の指向性」を追加
2012年4月2日:図58.14(日射影響の指向性)を追加
2012年4月4日:図58.13に実験データを追加


  目次
        58.1 はしがき
        58.2 熱線風速計の概要
        58.3 回転式検定装置
        58.4 検定結果
        58.5 指向性と平均風速の誤差

        58.6 歩行による検定、及び比較観測
        58.7 熱線風速計に及ぼす日射の影響
           (a) 風速との関係
           (b) 日射影響の指向性
        58.8 まとめ
        参考文献


58.1 はしがき

気象観測所は2種類に大別することができる。その1は短期的な防災を目的とする もので、一般のアメダスや都市内に設置されている気象台のほとんどが含まれる。 大都市の観測所では多くの人々が暮らす生活環境としての大気環境を観測している。 これらの観測は、気温を例にするならば0.5℃程度の精度(地点の代表性の精度)で あればよいだろう。

もう一方の観測所は、地球温暖化など長期的な気候変化を監視する目的の気候観測所 である。地域的な特徴があるので、日本には20~30か所ほどの気候観測所が必要で、 0.1℃程度の精度が要る。それらは主に周辺環境に恵まれた旧測候所(特別地域気象 観測所)が担っている。理想的な観測所は数か所しか存在せず、ごく周辺の環境変化 によって生じる局所的な気温変化(日だまり効果など)は補正しなければならない。

観測露場の環境変化を知るには、周辺の建物・樹木などの高さ・密集度の変化を測量 すること、及び露場の平均風速(高度約2m)を長期にわたり観測していくことが望 ましい。その長期的な測量・観測の指針を作成するために、本シリーズ研究 「日だまり効果の基礎研究」を行っている。

このシリーズ研究は、少ない予算で今後の見通しをつけることを目的としている。 それゆえ、露場の風速は安価な熱線風速計(DT-8880)を使用している。これは 気象観測用ではなく、室内の換気など環境調査用のものであり、取り扱いが便利で ある。

当初、2012年2月時点では、実際に使われている風速計の隣に熱線風速計を並べて 比較観測したが、その比較用の風速計にも誤差を含む可能性があることと、比較観測 の当日の風向が観測塔の影響を多少とも受けており、正しい比較観測が できなかった。

そこで、比較観測は参考程度と見なし、熱線風速計について検定装置を作って 検定することにした。

58.2 熱線風速計の概要

熱線風速計(DT-8880、一組35,000円、輸入販売元:エムケー・サイエンティフィック) はデジタル表示部と風速 / 温度プローブ(伸縮式、ケーブル長2m)から成り、 手持ちによる測定、またはカメラ用三脚に取り付けて測定することができる。 センサー頭部は自由に向きを変えることができる。9V乾電池またはAC電源に つないで測定できる。乾電池は消耗が激しく、1~2時間程度で交換が必要である。

この測器では瞬間値のほか、例えば10分間平均風速を測定できる。そのまま放置すると、 約20分で自動スイッチが切れる機能がついている。パソコンに接続すると、1秒毎の リアルタイムでグラフ表示もできる。風速の測定範囲は0~25m/s、分解能は0.01m/s、 温度の測定範囲は0~50℃、分解能は0.1℃である。ただし、野外での温度測定は放射 (日射、夜間の大気放射)の影響を受け、数℃の誤差が生じるので注意のこと。

センサーは薄い微少平板(横幅=2mm、高さ=7mm)の最上端付近に極細熱線が 組み込まれた構造で、それに側壁・頭部カバー(直径=9mm)が取り付けられ、 気流は微少平板の両面に沿って流れるようになっている。微少平板の厚さは紙ほどに 薄く、気流の通過窓(幅=5.5mm、高さ=8.5mm)の中央に垂直に立っている。

薄い微少平板と通過窓の側壁間の距離は5.5/2mm、天井間の距離は1.5mm (=8.5mm-7mm)である。気流の通過窓から下に15mmほどの所にも円形の 窓があり、気温のセンサー(サーミスター)らしいものが入っている。

側壁に印字された矢印の方向に気流が流れるように向けて測定する。これを 「正方向」、逆向きを「逆方向」と呼ぶことにする。当初購入した熱線風速計は すぐ不具合をおこしたので、安全をみて、センサー部分のプローブは3本、デジタル 指示部は2台を購入した。

後で示すように58.4節の検定結果によれば、どのセンサーも、正方向の表示が 逆方向に比べて大きめの風速が表示される。また、センサーの横から(白色の平板セン サー面に垂直に)風が吹くときの指示風速は側壁による風の遮断のため、ほとんどゼロ となる。それゆえ、風向変動の激しい場所で使用するときは側壁・頭部を切り取った 加工センサーを用いることとする。これを「センサー3」と呼ぶ。

熱線センサー
図58.1  熱線風速計(DT-8880)のセンサー部分の写真。
:センサー1(センサー2も同じ)、気流の通る窓(幅=5.5mm、高さ=8.5mm) の中央に薄い平板のセンサー(幅=5.5mm、高さ=8.5mm、厚さは用紙の程度) がある。頭部カバーの直径は9mmである。上から2番目の円形の窓の中にあるのが 温度センサー(サーミスタ)らしい。
:センサー3(窓の側壁・頭部を切り取ったセンサー)、薄い平板センサーを 横から見た写真。センサー上部に見える純白色長方形(幅=1.3mm、高さ=2mm) の上側(センサーの頂上部 )に極細熱線(肉眼では見えず、24倍ルーペで微かに 見える)が組み込まれているらしく、その左右端は対称ではない。明るい天空に向ける と純白色長方形の左右両脇には細いリード線らしい縦線が透けて見える。

図58.1の右側の「センサー3」に示したセンサー頂上部の極細熱線が組み込まれている 部分は、肉眼で(写真で)見るかぎり左右対象だが、24倍ルーペでは非対称であり、 それが「正方向」と「逆方向」で異なる風速の指示値を出すものと考えられる。

次節の検定結果の結論は次のとおりである。
センサー(1,2,3)と表示部(A,B)の組み合わせの特徴は、

センサー1-A・・・・2012年2月末までに主に使用する。
直線性がよく、微風まで測定可能、ただし正方向・逆方向の出力の違いが35%もある。

センサー2-A・・・・2012年3月以降、風向変動が小さい所で使用する。
直線性がよく、微風まで測定可能、正方向・逆方向の出力の違いは約10%で少ない。

センサー3-A・・・・(加工センサー)2012年3月以降、風向変動が大きい所で使用する。
指示風速は実風速の0.9乗の近似式で表されるが、指向性が少なく、風向変動が ±180度あっても±5%以内の精度で平均風速の観測ができる。

その他の組み合わせ(1-B,2-B)・・・・・予備品とする。
0.4m/s以下の風速がゼロと表示され微風時の観測ができない。特に1-Bの組み 合わせでは直線性が悪く、正方向・逆方向の出力の違いが25%ほどある。

用語の定義:
感度=熱線風速計の瞬間値 / 風速真値の瞬間値・・・・センサーの風向からの 偏角の関数
平均感度=熱線風速計の平均風速 / 風速真値の平均値・・・・風向変動の 大きさの関数

注1:正方向と逆方向
この熱線風速計はセンサーの向きを正方向で測定することになっており正方向・逆方向 の出力の違いがあっても差し支えないが、気象観測では逆方向の風も起きることが あり、平均風速を精度よく観測するには正方向・逆方向で感度の違いが小さいほうが よい。

58.3 回転式検定装置

熱線風速計の検定装置を手製するのに必要な材料はホームセンタで購入し (2,204円)、それに自家用の衣類のハンガー台を利用した。回転部分として鋼製束 ジャッキ(378円:床下を支える金具)の下ねじ部分を取り外し、別の同ピッチの 全ねじの棒を繋いでハンガー台に挿入・固定する。上ねじ部分の上端に付いている 円形平板に、長さ1.83mのアルミ製パイルスライド(1,490円、部屋の壁に取り付けて 小物を吊るし左右に移動可)を支柱として固定する。その先端に熱線風速計を結び 付ける。回転中心からセンサーまでの水平距離は1.29m、反対側には重りを取り付け、 バランスを保つ。回転中心付近に立てた金属棒から支線を張って曲がりを少なくした。

回転は手動で行う。1周の回転距離=1.29×2×円周率=8.10mである。通常、 20回転(距離は8.10×20=162m)の時間をストップウオッチで計測し、 距離 / 時間=回転風速とする。装置の回転によって、8畳部屋の中に回転する風が 生じる。別の熱線風速計でその平均風速を測ってみると、回転風速の3%であるので、

 風速真値=0.97×回転風速

とする。

検定装置
図58.2 熱線風速計の検定装置。右端の先端部に熱線風速計のセンサー、回転中央部に 表示部(センサーの支柱とともに回転)、左端の反対側に重り(懐中電灯)を固定。

回転する支柱の下の床に座り、手で支柱を回転させ、ほぼ等速度になったとき、 時間ゼロのストップウオッチを押し、20回転(微風時は10回転)目に終了のストップ ウオッチを押す。ほぼ半回転遅れで熱線風速計の表示部のスタート・終了のEnterキー 押す。ストップウオッチは正確に押すが、Enterキーのスタート・終了間の平均風速 が表示される構造であるので、Enterキーを押す時間に多少のずれがあっても検定の 精度にほとんど影響は及ぼさない。

検定装置の下から見て右向き回転のときセンサーの正方向の検定、逆回転のとき センサーの逆方向の検定ができるようにセンサー部を向ける。風速真値に対する 熱線風速計の指示値との関係をもとめる。

この熱線風速計の操作マニュアルによれば、一般の使用目的では正方向で使用する ことになっており、その取扱では測定精度は±(5%+1d)と記されている。 検定の結果、どの組み合わせでも、ほぼその通りであるが、誤差14%と8%の組み 合わせもあった。逆方向では、すべての組み合わせに対して風速指示値は10~25% 小さくでた。

風に対してセンサーの向きを右(正方向のとき風はセンサーの左面に当たる)に 向けた場合を「センサーの風向からの偏角」が正の角度、センサーの向きを左 (正方向のとき風はセンサーの右面に当たる)に向けた場合が負の角度と定義して、 偏角と感度の関係(指向性)も調べた。

風がセンサーに対して斜め方向から吹くとき、薄い平板の熱交換がよくなるので、 同じ風速真値に対して出力(感度)が大きくなる(熱線風速計の指示値が大きくでる)。

58.4 検定結果

前記したように、回転速度からもとめた風速の0.97倍を風速真値として、熱線風速計 の指示値との関係を求めた。センサー(1,2,3)と表示部(A,B)のいろいろな 組み合わせに対する検定結果を以下の図58.3~図58.8に示した。

1-A検定
図58.3 センサー1-Aの組み合わせの検定結果、横軸は風速真値、縦軸は 熱線風速計の指示値。赤プロットは正方向(正常使用)、黒プロットはセンサーの向 きを逆方向にした(風が後ろから吹く)場合。

2-A検定
図58.4 前図に同じ、ただし2-Aの組み合わせの検定結果。

3-A検定
図58.5 前図に同じ、ただし3-Aの組み合わせの検定結果。

3-A検定微風範囲
図58.6 図58.5(3-A )に同じ、ただし風速3m/s以下の範囲の拡大図。

1-B検定
図58.7 前図に同じ、ただし1-B の組み合わせの検定結果。

2-B検定
図58.8 前図に同じ、ただし2-B の組み合わせの検定結果。

直線性のよいのは1-A、2-Aである。微風まで測れるのは1-A,2-A、 3-Aである。1-Bと2-Bは微風が測定できなく、1-Bは直線性が悪い。 正方向と逆方向の違いなども総合すると、2-A が最良であり、今後の常用としたい。

次節で述べる指向性の特徴と風向変動があるときの平均風速の観測誤差から、風向変動 の標準偏差σ<30°のとき(体感的に風向変動が比較的小さく感じるとき)は2-Aに よって観測するが、σ>=30°の(風向変動が激しい)ときは3-Aによって観測 する。

58.5 指向性と平均風速の誤差

熱線風速計のセンサー部の構造からみて、横風のときはセンサーの側壁の影響により、 風速の指示値はほとんどゼロになる。指示値は近似的にいわゆるcos-law に従うと 予想した。扇風機および野外で試してみると、おおよそcos-law の傾向がみられた ので、当初はcos-law を仮定し風向変動がある場合の平均風速の誤差を計算して あった。

今回、検定装置を作ったので、まず、センサーの風向からの偏角と熱線風速計の感度 (正規使用のとき、つまり前章の正方向のときの感度を基準の1とする)との関係 を求めた。

図58.9は偏角と感度の関係である。プロットは測定値、破線は実験式である。 偏角±45°で実験式の曲線が不連続になっているのは、実験式を複雑にしないための 便宜上のものである。

指向性2-A
図58.9 センサー2-A(センサー1-Bもほぼ同)によって測定した指向性(プロット)、 実験式(破線)は6次式で表される。プロット1点は、162mの走行距離の実験を 数回繰り返し平均し、さらに左右のプラス偏角とマイナス偏角の値は平均してある。 左右を平均して実験式を作った理由は、後掲の風向変動があるときの熱線風速計の 平均感度(図58.11)を評価することを目的とするからである。

実験式は次式によって表される。左右対称であるので、式中の偏角β(deg)を絶対値 で表記し、x=abs(β)とすれば、

β=-45~+45°:
y=-6.12201E-11x^6+2.4702E-11x^5-1.88404E-08x^4-4.54266E-08x^3
+0.000151551x^2-1.20546E-06x+1.00217 ・・・・・・・(1)

β=45°~135°, β=-45~-135°:
y=1.5011E-10x^6-8.10632E-08x^5+1.79361E-05x^4-0.002079567x^3
+0.133187x^2-4.46750x+61.38543  ・・・・・・・・・・(2)

β=135~180°,β=-135~-180°:
 式(1)に同じ

ただし、

感度:y=熱線指示値 / 風速真値・・・・瞬間値(偏角の関数)

である。これら実験式は、以下で説明する平均風速の誤差を見積もる計算(図58.10) に使用する。

今後(2012年3月以後)、常用するセンサー2-Aによって、風向変動をともなう 野外風速を観測した場合の平均風速の誤差、つまり平均感度を見積もってみよう。

平均風速の風速真値に対する比は風向変動がない正常使用時(偏角=0)に 1とし、風向の時間的変動をともなう野外における平均風速の真値に対する観測される 平均風速の割合を次のように定義する。

平均感度=平均風速(熱線)の観測値 / 平均風速真値・・・・時間平均値(風向変動の大きさの関数)

分母・分子ともに、ある時間、たとえば10分間の平均値を意味する。分子は、まず 各瞬間値を次式で表し、

観測風速(熱線)の瞬間値=W(t)×y(t)

 W(t):瞬間 t の風速(スカラー風速:風車型風速計などで観測される風速)
 y(t):瞬間 t の偏角β(t)の関数(式1、式2)

ある時間 t1 (例えば10分間)における平均風速(熱線)は、 上式の積算値の t1 時間の平均である。

上の計算式に、実際の風向変動(厳密には正規分布でない)のデータを用いる。 すなわち、比較的強風が続いた2009年1月10日の12時~24時の12時間(=10分×72) に農環研露場の高度25mで観測された10秒ごとの瞬間風速 W(t) と瞬間風向β(t)の データを用いて平均感度を計算した。

10分間の平均感度の72例の平均を求めると、σ=14.9°±1.9° に対して理論的に 計算された平均風速(熱線)=7.97m/s±2.01m/sであり、実際の平均風速 =7.83m/s±1.97m/sであった。したがって平均感度(=熱線/真値)=1.018±0.008で ある。この平均感度が図58.10のσ=14.9°のところにプロットされている。 1.018+0.008 と1.018-0.008の値は同図の破線の縦幅で示した。

こんどは、瞬間風速 W(t)は同じ値として、瞬間の偏角(瞬間風向)のみ 0.5β(t)、 1.5β(t)、2β(t)、・・・3.5β(t)に変えて(つまりσを0.5倍、1.5倍、・・・・ 3.5倍)、同様に平均感度を計算し、図58.11に丸印でプロットした。同様に 実線・破線間の縦幅が平均感度の72例の標準偏差である。

平均感度-2
図58.10 センサー2(センサー1も殆んど同じ)の指向性の場合(図58.9)、平均風速 と風向変動の標準偏差σとの関係、ただし、縦軸は平均風速の真値に対する熱線風速計 で観測された平均風速の比(平均感度)で表した。

前章「K57.森林内の開放空間の風速」で計算してあった指向性がcos-law に従う 場合の平均感度(図58.12)と、今回の平均感度(図58.11)を比較してみよう。

平均感度cos
図58.11 熱線風速計の指向性がcos-lawに従うとき、平均風速と風向変動の標準偏 差σとの関係、縦軸は風速の真値に対する熱線風速計の指示風速の比(平均感度) で表した。赤曲線は風向変動が正規分布するときの理論的な関係 (近藤、1982、3.54式)。「研究の指針」の「K57.森林内の開放空間の風速」の 図57.7に同じ。

σ<30°では今回(現実の指向性)の平均感度が大きく、しかもσ<20°で1以上と なるのに対し、35~45°の範囲で両者は±0.02の違い、図示していないが 40°<σ<170°付近では今回の平均感度が小さくでる。こうした傾向は図58.9に 示された指向性によるもので、σ<40°で平均感度が1前後から45°付近で急下降 することによる。

表58.1 熱線風速計(DT-8880)の指向性による平均風速の観測誤差。
指向性がcos-law の場合と実験式(1)(2)の場合の理論的に計算された熱線風速計による 平均風速指示値の風速真値(=7.85m/s)に対する比(平均感度)と風向変動の標準 偏差σとの関係。
    誤差(%):熱線風速計を主風向に向けたままで、指向性による誤差を補正しない
    ときの平均風速の観測誤差(プラスは過大、マイナスは過少に観測される)。

  風向変動の  指示風速 指示風速  熱線/真値 熱線/真値   差  y(x)のときの
     標準偏差    cos-law    y(x)    cos-law    y(x)      平均風速の
                     m/s     m/s                            観測誤差%
 
      σ= 7.5    7.77    7.91     0.992     1.010    0.018      +1.0
      σ=14.9°  7.59  7.97     0.969     1.018    0.049      +1.8
      σ=22.3°    7.31    7.72     0.932     0.984    0.052     -1.6
      σ=29.8°    6.94    7.24     0.884     0.922    0.038   -7.8
   σ=37.2°    6.55    6.64     0.835     0.845    0.010  -15.5
      σ=44.4°   6.20    6.01     0.790     0.773  -0.017   -22.7
   σ=52.1°    5.90    5.64     0.752     0.718 -0.034   -28.2

注2:風向変動の資料
10分間風向変動観測の72例の平均:農環研露場、2009年1月10日12時~24時、高度25m の10秒ごとの実測値使用、実際の風速=7.83m/s±1.97m/s、σ=14.9°は実測値、 他の7.5°、29.8°、44.4°は設定値。

次に、熱線風速計のセンサーの側壁・頭部を切り取ったセンサー3について指向性を 調べた。もとのセンサー3はセンサーの薄板が傾斜していたので、加工することに した。

図58.12はセンサー3についての実験結果である。縦軸の感度は偏角=0°のときを 基準の1として表してある。

指向性3-A
図58.12 センサー3-Aによって測定した偏角と感度の関係(指向性)、破線は目で みて滑らかに描いた平均的な関係。

図58.12によれば、やや複雑な特徴を示し、偏角=165°で感度が大きい。実験を繰り 返しても同じであった。偏角165°は風が後ろからセンサーの左面に当たる場合で あり、表面に極微細な突起がありこの偏角の付近で熱交換を大きくするように作用して いる可能性がある。

感度は0.85~1.15の範囲に分布しており、風向変動が激しい所で使用すれば、平均風速 は±5%程度の精度で観測できる。

58.6 歩行による検定、及び比較観測

今回の検定装置による検定結果を確かめるために、別方法による検定及び超音波風速計 による平均風速を比較した。

歩行による絶対検定
2012年2月27日の夜、農環研の130mの廊下を歩いて検定した結果(センサー1-A、 逆方向)によれば、表58.3の通りである(「研究の指針」の 「K57.森林内の開放空間の風速」の57.4節の(1)を参照の こと)。

表58.2 熱線風速計を手に持って廊下を歩いて検定した結果
   熱線指示補正=熱線指示値 / 0.8425
   風速真値=(1+0.03)×歩行速度
   係数0.8425:図58.3の「逆方向」の直線の傾斜
   係数0.03:歩くことによって廊下に逆向きの風が3%生じたことを意味する
 
      熱線指示値  同補正  歩行速度 風速真値  熱線補正 / 風速真値
  1回目  1.29m/s   1.53m/s  1.52m/s 1.57m/s     0.974
  2回目  1.42   1.69        1.65     1.70             0.994
  3回目  1.52      1.80        1.79     1.84             0.978
  4回目  1.31      1.55        1.55     1.55             1.000

     平均              1.64                 1.67             0.987
  標準偏差           0.13                 0.13             0.012


熱線風速計の補正値に対する風速真値の比の平均値は 0.987±0.012 となり、 歩行による絶対検定と回転式検定装置による検定結果はほとんど一致している。ただし 風速真値が1.67±0.13m/s における検定である。

なお、図58.3の「逆方向」の直線の傾斜は0.8425±0.0252である(0.0252は最小自乗法 によって描いた直線とプロットの差の標準偏差の平均風速に対する比)。

注3:正方向と逆方向の勘違い
回転式検定装置で検定する以前には(2012年2月末まで)、熱線風速計のセンサー部分 は目でみる限り、正方向と逆方向で対象に見えたので、正方向と逆方向の違いに 気づかず、両者の区別をほとんどしなかった。センサー側壁に印字された矢印を風に 向けて測るのもだと勘違いしていた。それゆえ、歩行による検定と次に説明する 超音波風速計との比較観測では、逆方向で行った。

超音波風速計との比較観測
防衛大学校の菅原広史准教授のご支援により、2012年3月1日の11時35分~12時25分に かけて、防衛大学校の地上から47mの高度において超音波風速計と熱線風速計 (1-A、逆方向)を並べて比較観測し、 10分間平均風速について5回行い、次の結果 を得た(「K57.森林内の開放空間の風速」の57.4節の(2) を参照)。

  熱線風速計の指示値=3.98±0.25m/s

図58.3の「逆方向」の直線の傾斜0.84で割り算すると、補正風速=3.98/0.84=4.74m/s、 さらに指向性の補正を図58.10から読み取ると、観測時の風向変動のσ=16°に対する 平均感度(=1.017)で割り算すると、

  平均風速(熱線)の補正値=4.74/1.017=4.66m/s

となる。一方、

  超音波風速計による平均風速=4.98±0.38m/s

両風速の比は

 (熱線指示値 / 超音波風速計指示値)=4.66/4.98=0.935

すなわち、差は6.5%である。

超音波風速計の仕様書によれば精度は±5%となっている。また、熱線風速計の検定 誤差(指向性も含む)は±3%であるので、6.5%の違いは許容範囲内とみるべきだ ろう。

なお、熱線風速計の検定誤差±3%は検定結果の図58.4~58.8のプロットの直線(または曲線)からの ずれの標準偏差をパーセントで表した値である。

58.7 熱線風速計に及ぼす日射の影響

一般の熱線風速計では、熱線を数100℃の加熱状態で測定する。そのため、太陽光が 細いセンサーに当たって2~3℃上昇しても、顕著な誤差とはならない。しかし、 携帯用の熱線風速計では、電池の消耗を少なくするために、熱線をあまり高温状態に 設計してないと想像される。

本研究で用いる熱線風速計(DT-8880)の微細薄板のセンサー(加工したセンサー3) に横方向から直射光を当てる実験を行った。8畳部屋の中のガラス窓の近く0.15m程度 離れてセンサーを置き、扇風機で風を当てる。ガラス窓にA4大の厚紙を当てて日陰に する。次に、厚紙をずらして直射光(周辺光も含む)を当て、風速指示値を読み取り 日射の影響を調べた。

(a) 風速との関係
日射はセンサーの真横から当て、風はそれとほぼ直角な「正方向」から吹かせた。 扇風機の切り替えスイッチや置き方を変えて風速を変化させた。

5分間隔で日射を当てたときの風速と、日陰にしたときの風速指示値を繰り返し読み 取った。図58.13は5分間平均風速の数回平均値から得た結果で、縦軸は直射を 当てたときと、日陰にしたときの風速指示値の差(誤差)である。扇風機でつくる風速 は2m/s以上では5分間平均をとれば安定した風速値が得られるが、1m/s以下では 変動が大きく、結果がばらつく。

2012年3月中旬~4月上旬の快晴時の7日間(延べ時間は約20時間)に行った。

日射の影響
図58.13 熱線風速計に及ぼす日射の影響、3月中旬~4月上旬の快晴日、センサーに垂直 な線と太陽のなす角度θ=30~55°のときに測定、風は「正方向」から当てたとき。
縦軸は直射光をセンサーの横から当てたときの風速指示値と日陰にしたときの差、 横軸は日陰にしたときの風速真値である(センサー3-Aによって測定、補正済み)、 赤プロットは快晴時(薄雲含む)の直射光が当ったとき、黒プロットは雲片通過などで 直射光が弱いとき。
赤実線:直射光が強いとき
黒実線:雲片が太陽付近を通過し、時々、日陰ができるとき

図によれば、太陽の直射光がセンサーに横から当るとき、1m/s以下の範囲ではおおよそ 10%程度過大な風速が表示され、1m/s以上ではおおよそ0.1m/s の風速が加わるように なる。

すなわち、風速が2m/sで誤差は5%程度、3m/sで3%、・・・・が目安である。 この図は太陽方位がセンサーの真横、風はそれに直角方向から「正方向」で測定した 場合である。

なお、熱線風速計の操作マニュアルによれば、気温表示のための温度測定はサーミスタ 温度センサー使用と記されている。直射光を当てると、表示される気温は数℃も上昇 する。そのため、野外での気温観測には不向きである。

考察
熱線のセンサーは電流によって加熱された状態にある。これに日射、つまり 熱エネルギーが加えられると、より加熱された状態になるので、同じ風速に対して 電流はそれほど流れなくてよく、風速指示値は小さくでると予想していたが、それと 逆の結果となった。

これは、なぜか?
この熱線風速計の原理として次のことが考えられる。すなわち、熱線センサーは電流 によって、ある温度(熱線センサーの直下、2番目の円形の窓の中にある 温度センサーが示す温度)との間で「一定の温度差」になるように設計されていると 考えられる。

日射が当ると、薄板状の風速センサーよりも、その下のプラスチック棒の穴の中に ある温度センサーのほうがより高温となる。それゆえ、風速センサーの温度は 温度センサーよりもいっそう加熱して「一定の温度差」になるように、より大きな 電流を長さなければならなくなり、指示風速が大きめとなる。

この原理であるならば、日射が当るときは、風速センサーではなく、温度センサー 付近の風当たりによって、大きめにでる「誤差」が決まるはずだ!

温度センサーの穴に風が入りやすい方向、つまり風速センサーの「正方向」または 「逆方向」から風が吹くときは温度センサーの日射影響による温度上昇は小さく なるので、これらの風向ならば「誤差」は小さく、それと直角方向から風が当たるとき の「誤差」が最大になると想像される。

一方、、及び薄板状の風速センサーに対する日射と風当たりの効果も相殺されて、 結果として風速が強めに表示される。 それを実験によって確かめてみよう!

実験結果を以下で示す。


(b) 日射影響の指向性
前記と同じように、ガラス窓の近くに熱線風速計のセンサー部を置き、横から ガラス窓越しに日射を、それと直角水平方向から風を扇風機で当てる。直射光を 当てたときとA4大の厚紙で日陰にしたときの風速指示値の差を測定した。

温度センサーの穴に風が入りやすい「正方向」(風速を通常測る向きにしたとき)を センサーの風向からの偏角=0°の基準とし、センサー部を左右に±180°の範囲で 回転させて風速指示値の差(誤差)を求めた。「正方向」と「逆方向」のときは、 直射が風速センサーの真横から当る。

実験は3月中旬~4月上旬の快晴日に行った。1日に約3時間、延べ5日間行った結果 を図58.14に示した。

日射影響の指向性
図58.14 熱線風速計に太陽の直射光が当ったときの指示値の増加量(誤差)、風向 依存性、太陽高度=30~55°の条件。
偏角=0°は「正方向」、偏角=±180°は「逆方向」の風のとき。ただし、日射は 快晴の春かすみの状態も含み、風速は2~3m/s の範囲。

図によれば、「逆方向」の風のときは「正方向」の風のときに比べて誤差は約20% ほど小さい。ただし、誤差そのものは0.1m/s 前後の大きさであるので、誤差の指向性 は重視しなくてよい。

なお、「逆方向」の誤差が「正方向」に比べて小さいのは、3-Aセンサーの風速に 対する感度がもともと小さいことによる(図58.2)。

薄板状の風速センサー及びその下にある円柱の棒(穴の中に温度センサーがある) の単位断面積に入射する直射光が大きいのは太陽高度が低いときである(15~40°の とき、それ以下では直達光の大気層による減衰が大きく円柱の棒に入る直射光は少 ない)。

それゆえ、日射影響の誤差は、太陽高度が15~40°程度の低いとき大きく、太陽が 天頂近くにあるときは小さくなる。

58.8 まとめ

1.熱線風速計(DT-8880)のセンサー(1,2,3)と表示部(A,B)の組み合わせを 変えて、回転式検定装置によって検定を行なった。また指向性も調べた。風速の真値 と熱線風速計の指示値の関係は、直線性のよいものと悪いものがあり、微風まで測れる ものと0.4m/s以下では測れないものもあった。検定の誤差は3%程度である。

この熱線風速計の操作マニュアルによれば、一般の使用目的では正方向で(センサー脇 に印字されている矢印を気流の流れる方向と同じにして)使用することになっており、 測定精度は±(5%+1d)と記されている。今回の検定によれば、どの組み合わせ でも、ほぼその通りであるが、誤差14%と8%の組み合わせもあった。逆方向では、 すべての組み合わせに対して風速指示値は10~25%小さくでた。

2.熱線風速計を手に持って廊下を歩いて行った絶対検定と、今回の検定装置 で検定した結果は、誤差1%の範囲内で一致した。

3.薄い微少平板(横幅=2mm、高さ=7mm)のセンサーの真横から太陽の直射光 を当てて試したところ、風速<1m/sでは10%程度の誤差、風速>1m/sでは 0.1m/s 前後過大に表示される。 それゆえ、微風時の野外では、センサーに直射光が当たらないようにしなければなら ない。

なお、センサーを鉛直に向けて測る場合(通常の場合)、センサーに入る散乱光と 地面反射光は直達光の20%前後とみておけばよく、熱線風速計に及ぼす影響は直射 の場合と比べれば、その2~3%程度とみなしてよいだろう。

4.熱線風速計を利用する際の組み合わせ
(1)センサー1-A
2012年2月末までに主に使用した。直線性がよく、微風まで測定可能、ただし 正方向・逆方向の出力の違いが35%もあるので、風向変動の少ない所での使用に 適している。

(2)センサー2-A
2012年3月以降、風向変動σ<30°の小さい所で常用する。直線性がよく、微風まで 測定可能、正方向・逆方向の出力の違いは約10%で少なく、風向変動の標準偏差σ (概略値でもよい)が分かる所では平均風速の観測に適している。σ<23°なら、 指向性による誤差を補正せずとも、±2%の精度で平均風速が観測できる。

体感として、σ=15°は風向変動が僅かと感じる状態、σ=30°は風向変動が多少 ありと感じる状態である。

風速指示値yから風速真値xを求める近似式は(風速の単位:m/s)、

センサー2-A: 風速真値x=風速指示値y/1.083・・・・・・風速=0~7m/s

(3)センサー3-A(覆いを切り取り指向性を小さくしたセンサー)
2012年3月以降、風向変動が大きい所(σ>30°)で使用する。直線的でなく、 実風速の0.9乗の近似式で表される指示値を示すが、偏角の全域に対して指向性が 少なく、風向変動が±180度あっても±5%以内の精度で平均風速の観測ができる。

風速範囲を2つに分けて利用するとき、風速指示値yから風速真値xを求める 近似式は(風速の単位:m/s)、

センサー3-A: 風速真値x=風速指示値y/1.073・・・・・・・・・・風速≦2m/s
センサー3-A: 風速真値x=(風速指示値y-0.5)/0.83・・・・・2m/s<風速<7m/s

(4)その他の組み合わせ(1-B,2-B)
予備品とする。0.4m/s以下の風速がゼロと表示され微風時の観測ができない。 特に1-Bの組み合わせでは直線性が悪く、正方向・逆方向の出力の違いが25%も ある。

注4:室内環境と野外環境
室内環境を調べるような場合、この熱線風速計はセンサーの向きを正方向で測定する ことになっており正方向・逆方向の出力の違いがあっても差し支えないが、 野外の気象観測では風向変動があり、時には逆方向の風も起きることがあり、 精度の高い観測をしたい場合には、正方向・逆方向で感度の違いが小さいほうがよい。

参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.



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