K28.海水温と陸上年平均気温の関係
著者:近藤純正
	28.1 はしがき
	28.2 海洋の影響についての考察
	28.3 水温変動幅と気温変動幅の関係

	要約
	文献
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沿岸域における年平均気温が海水温度とどのような関係にあるかについて、 南三陸にある宮城県江の島の海水温と陸上の年平均気温との関係を調べ、 年々の気温変動の幅は海水温度の変動幅のおおよそ半分であることが わかった。(2006年10月11日完成)


26.1 はしがき

北海道の寿都測候所が現在地へ移転して、ごく最近、2002年に比べて2003年 以後の年平均気温が約0.2℃ジャンプしている。その原因を探る方法の一つと して、アスマン通風乾湿計2台の温度計をすべて乾球にしてルーチン観測の 気温との比較観測を行なった。

その観測結果と今後の検討課題は「K25.北海道寿都の 気温ジャンプ問題」に示した。

寿都は日本海沿岸にあり、海洋変動の影響を受けて気温ジャンプが生じている 可能性もある。このことから、この調査を始めたのである。

28.2 海洋の影響についての考察

寿都は日本海沿岸にあり、気温は海水温度の影響を受けやすく、 近海が数年間にわたって暖水域に覆われるような場合、年平均気温が 周辺より高くなる可能性がある。

過去の例として、1945年から1946年にかけて、三陸沿岸の岩手県~宮城県~ 福島県の沿岸で、年平均海水温度が1℃以上ジャンプしたことがある。 図28.1に示すように、1946~1979年平均値は1923~1945年に比べて、岩手県 宮古蛸の浜(とどか崎)では0.44℃、宮城県江の島では1.4℃、福島県塩屋崎 では1.5℃のジャンプがあった。

沿岸と内陸の気温差
図28.1 北海道~三陸~八丈島にかけての沿岸水温年平均値の経年変化。 グラフは上から北海道浦河(襟裳岬)、岩手県宮古蛸の浜(とどが崎)、 宮城県江の島、福島県塩屋埼、房総南端野島崎、八丈島三根(「研究の指針」 の「K11.温暖化は進んでいるか(2)」の図11.21に同じ)。 (身近な気象の科学、図13.6;地表面に近い大気の 科学、図9.6;Kondo, 1988, Fig.14より転載)


この水温ジャンプに伴って沿岸の宮古、石巻、小名浜の年平均気温が 内陸4地点平均(仙台、福島、山形、盛岡)に比べてジャンプしたかどうかを 調べ、その結果を図28.2に示した。

宮古と石巻の長期変化が右下がりの傾向を示すのは、内陸4地点が都市であり 平均気温が都市化によって上昇しているからである。小名浜は下降傾向が 見えないのは、小名浜の都市化が4地点並みだと推測される。

沿岸と内陸の気温差
図28.2 年平均気温の沿岸と内陸(仙台、福島、山形、盛岡の平均) の差の経年変化。
(上1段目)宮古と内陸の差、(2段目)石巻と内陸の差、(3段目)小名浜と 内陸の差、(一番下の段)7地点平均気温。7地点は仙台、福島、山形、盛岡、 及び宮古、石巻、小名浜。各図に3年移動平均の曲線を入れてある。


沿岸地点のいずれにおいても、1946年の顕著な気温差 ジャンプ(沿岸と内陸での差)は認められない。

図28.2の一番下の段に示す7地点平均気温(赤丸印)では、1950年頃に 0.3~0.4℃程度の急上昇が認められる。これは全国的な傾向である。

海洋変動の影響をもっとも受けやすいと考えられる、金華山(南北5km、 東西3.6kmの小島)について、同様に図28.3に示した。 この島の南端にある灯台(標高=46.8m)で気象観測が1883年から行なわれて きたが、1991年に気温観測が中止となったので、1992年以降は江の島アメダス (金華山灯台の北方18km、標高=40m)における年平均気温に0.4℃を加えて 補正してある。 0.4℃は1982~1991年の平均気温の金華山と江の島の差である。

金華山と内陸の気温差
図28.3 年平均気温の金華山沿岸と内陸(仙台、福島、山形、盛岡 の平均)の差の経年変化。曲線は3年移動平均値を示す。


図28.3においても~1945年までと1946年以後で0.1℃以上の気温差ジャンプが あるとは認められない。

なお、1980年以後において、内陸4地点との年平均気温差が大きく下がって いるのは、内陸4地点(都市)の気温が急上昇したのに対し、 金華山では1950~1980年に比べて1990年以降がほとんど上昇していないから である。そのことについては、「研究の指針」の 「温暖化は進んでいるか」の図4.6(b)を参照のこと。

この節のまとめ
図28.2~28.3の結果を要約すると、年平均海水温度の1℃以上の ジャンプに対して、沿岸の年平均気温が内陸よりも反応しやすいということ は明瞭でない。これは、寿都における2003年の気温ジャンプが海洋 変動によることを否定するものではないが、やはりルーチン気温の比較観測 による検証が重要となる。

28.3 水温変動幅と気温変動幅の関係

前節で調べた、金華山と内陸との比較では、内陸観測所が都市化の影響を受 けているので、長期間の海水温度と気温の関係を見るのは難しい。そこで、 上記とは別の目的で、金華山の気温と江の島の水温の関係を見てみよう。

図28.4は気温と水温の経年変化である。縦の点線は長期的な水温のジャンプ、 ダウンが生じた年を示す。

金華山と江の島の水温
図28.4 金華山の年平均気温と江の島の年平均水温の経年変化。
(データは「身近な気象の科学」、図13.6;「地表面に 近い大気の科学」、図9.6; Kondo, 1988, に記載)


表28.1 水温ジャンプの期間、平均気温と平均水温の表。
番号1、4の期間は2、3に比べて短いので、1から2へのダウン、3から4 へのダウンは平均をとるとき半分の重みをつけてジャンプ・ダウンの絶対値の 平均を求めてある。最後の列の比=(気温のジャンプ・ダウンの絶対値) /(水温のジャンプ・ダウンの絶対値)。
         番号           年(年間)      平均気温(℃)  平均水温(℃)      比                  
           1        1911-1922(12)         11.80          13.78          ―
           2        1923-1945(23)         11.72          12.49          ―
           3        1946-1979(34)         12.39          13.89          ―
           4        1980-1986( 7)         11.47          12.87          ―

          ジャンプ・ダウンの絶対値の平均   0.59           1.28          0.46


表28.1によれば、長期間にわたる水温ジャンプ・ダウンに伴う気温のジャンプ・ ダウンは水温変化の0.46倍である。ジャンプ・ダウンの回数が少ないので、 この比はおおよそ0.5としておこう。

これは水温に対して気温が反応した結果とは断言はできず、相互の変化幅が およそ1対2、つまり比は0.5の関係にあるという 事実である。

こんどは1年ごとに見られる水温変動(変化幅)と気温変動(変化幅)の 関係を調べてみよう。

  1年の水温変動=当年の水温-翌年の水温
  1年の気温変動=当年の気温-翌年の気温

で定義し、水温データが入手できている1911年~1986年(76年間)について 結果を図28.5(左)に示した。

水温変動幅と気温変動幅、金華山
図28.5 1年ごとの水温(江の島)の変動幅と1年ごとの気温の 変動幅の関係。
(左)金華山、(右)石巻


水温変動に対する金華山の気温変動は0.63倍で ある。この0.63は図28.4の長期間のジャンプ・ダウンから調べた比に概略 等しいことは驚きである。

さらに図によれば、上昇するとき(第1象限)と下降するとき(第3象限) での勾配が同じである。

金華山は小島であり、その観測所(灯台)は年間を通して海からの風の影響を 受けており、海洋と大気の相互作用を調べるデータとして適している。

図28.5(右)は江の島水温と石巻の気温についての同様な関係である。水温 変動に対する気温変動は0.47倍であり、金華山における値よりも小さい。 それは石巻測候所(現・特別地域気象観測所)は海岸域ではあるが、 海岸線から少し内陸に入った所にあることと、江の島からも遠方にあること によると考えられる。

同様な関係を図28.6に仙台と宮古、図28.7に内陸の山形と日本海側の 酒田について示した。

水温変動幅と気温変動幅、仙台
図28.6 1年ごとの水温(江の島)の変動幅と1年ごとの気温の 変動幅の関係。
(左)仙台、(右)宮古


水温変動幅と気温変動幅、山形
図28.7 1年ごとの水温(江の島)の変動幅と1年ごとの気温の 変動幅の関係。
(左)山形、(右)酒田


表28.2 江の島の年々の水温変動と陸上気温の変動の関係のまとめ。
”気温対水温の比”は1年ごとの気温変動の幅に対する水温変動の幅、 ”R-2乗値”は1と0の間をもち、1に近いほど密接に関係していることを 表す、太平洋からの距離は海岸線から観測所までの直線距離。
              陸上地点    気温対水温の比     R-2乗値   太平洋からの距離(km)                 
               金華山         0.63             0.71        0.1未満
               石  巻         0.47             0.50          1.3
               仙  台         0.51             0.59         10

               宮古(岩手県)   0.36             0.42          0.3
               山形(山形県)   0.38             0.39         55
               酒田(山形県)   0.38             0.37        130(日本海岸)


江の島から直線距離で70km離れた仙台でも年平均気温は、江の島の水温 との相関関係が石巻におけると同様に大きいことがわかる。それよりも 離れた宮古、山形、酒田でも気温対水温の比は0.36~0.38である。

このことは江の島の水温は、広域の水温をかなりよく代表しており、また広域 の気象条件(気温)との相互作用によって年々変動、あるいは数十年の長期 的な大気海洋相互作用で決まっているものと考える。

要約

都市化の影響を受けていない、金華山(島)における気温の変動幅は 海水温度のそれに比べておおよそ0.5であることがわかった。 これは、地球温暖化による海面温度と陸上気温の上昇率の対応において、 重要な示唆である。つまり、陸上気温の上昇率は海面水温に比べて小さい 可能性があるということである。

ここで基準とした宮城県江の島の海面水温と東北地方の年平均気温はかなり 高い相関関係にあることから、陸上気温が三陸沿岸水温によって変動すると いうのではなく、大気と海洋の相互作用の結果として、水温も気温も影響を 及ぼしあっていると考える。

文献と参考資料

近藤純正、1987:身近な気象の科学ー熱エネルギーの流れー.東京大学出版会、 pp.189.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学ー理解と応用ー.東京大学出版会、 pp.324.

Kondo, J., 1988: Volcanic eruptions, cool summmers, and famines in the northeastern part of Japan. J. Climate, 1, 775-788.

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