Q06 「河川の水温と蒸発量の評価は?」(HK), 2006/4/18
―河川の水面からの蒸発量を評価したい―
蒸発量の評価手法としてバルク法を考えています。
交換速度として広い水面、あるいは有限水面に対する値のどちらを
用いるべきでしょうか?
広い水面に対して、近藤(1992)のp.52, 式(11)(12)によれば:
CEU=(1.1~1.2)×10-3×U10, U10=1~5 m/s・・・・(1a)
CEU=(1.2~1.3)×10-3×U10, U10=5~30 m/s・・・・(1b)
これはKondo(1975)の論文を基にした値でもあります。
いっぽう有限の広さの水面に対して、「水環境の気象学」の p.172を参考に
してつくった近藤(1995)のp.190, 式(36)によれば:
CEU≒CHU=0.001+0.00566×(U0.8/ X0.2)・・・・(2)
とあります。両者を計算して、交換速度と風速の関係のグラフに描いて
比較すると少し違います。
なぜでしょうか?
有限水面に対する交換速度は、おそらく熱伝工学に基づいた実験式
と思われますが、詳細が分かりません。理解する上で参考になることが
ありましたらご教示いただきたいのです。
― 回 答 ―
1. 条件の設定
河川の蒸発量評価方式を決めるために、次の条件を目安として考える。
①川幅=50m
②平均水深=0.5m(平水時)
③平均的な流速=0.5m/s(平水時)(1日に距離43kmを流れる)
④風速 U =5m/s までの頻度が高い
⑤対象河川の長さ範囲=50~100km(気象データの代表範囲)
⑥水面上を横切る風の長さ Lx =150m(川の流れに沿う風向の頻度が高い)
⑦気象観測は3時間ごとで、日射観測はないが雲量観測は行われている
⑧水温は上記の50~100km範囲に1ヵ所の程度で観測されている
⑨対象期間はおもに夏期である
②③より、水温は深さ方向に一様分布であると仮定できる。
②③⑨より、対象河川の範囲は源流域(湧水の影響・熱移流が大)
というよりは、日平均水温が近似的に平衡水温(日平均水温がその地点での
熱収支条件によってきまる水温)となる下流域に相当する。つまり、
流れに乗ってラグランジュ的に水温が変化する複雑な
計算(近藤、1995)を行わなくてもよいことになる。近藤(1995)の図2
に描かれた水深=0.2mの夏期晴天日の例では下流域の水温日較差≒13℃、
したがって、②平均水深=0.5mより本対象河川における水温日較差は
5℃(=13℃×0.2/0.5)程度と推定される。
2. バルク係数の式としてどれを利用するか
蒸発量評価方法としてバルク法だけによる場合でも、バルク式を含む熱収支
式を解く方法による場合でも水面のバルク係数(または交換速度)が必要
となる。
広い水面に対する値か、有限水面に対する値かを決めるには水面の長さ X=
150m 、風速 U=5 m/s 、空気の動粘性係数 ν=1.5×10-5
m2s-1 としたときのレイノルズ数 Re=XU/ν を
計算してみると、Re=5×107となる。
Re=5×107に対する水面の蒸発に対するバルク係数は
「水環境の気象学」p.172の式(7.39)に相当する。すなわち、交換速度は
それに風速 U を掛け算すれば次のように表される。
CEU=0.2275 U(ν/D)-2/3(log10Re)
-2.58・・・・・・(3)
(注) log10Re=0.4343logeRe
なお、式(3)のべき数-0.258はミスプリントゆえ、
-2.58に訂正(訂正2013年1月10日)。
上式によって、具体的に CEU を計算してみよう。
「水環境の気象学」p.164の表7.3を参照し、動粘性係数 ν=1.51×10
-5m2s-1、水蒸気の分子拡散係数
D=2.54×10-5m2s-1、さらに風速 U=
1~10m/s (条件⑤)、Lx=150m(条件⑦)を代入すると、
次表の結果を得る。ただし、4列目はKondo(1975)による中立安定時に対する
値(Fig.5)である。最後の5列目は微風の自然対流時の値(ただし、Ts-T=3℃、
es-e=5hPa) [ 式(4)] である。
U(m/s) 有 限 水 面 広い水面 CEU (m/s)
CE CEU (m/s) 中立時 自然対流時
0 0.0014
1 0.0021 0.0021 0.00115 0.0014
2 0.0019 0.0038 0.0021
5 0.0017 0.0083 0.0060
10 0.0015 0.0151 0.0124
上の表の5列目は「水環境の気象学」p.170の式(7.32)による微風の自然
対流時の値である。その式は次の(4)である。
CEU=1.2×(Ts-T)v1/3・・・・・・(4)
(Ts-T)v≒(Ts-T)+0.11(es-e)
Ts:水温(℃)、T:気温(℃)、es:水温に対する飽和水蒸気
圧(hPa)、e:大気の水蒸気圧(hPa)、添え字 v は仮温度を表す。
3. 交換速度としてどれを選ぶか
上の表によれば、微風時を除けば、有限水面に対する
交換速度は広い水面の中立時の値よりも1.2~1.5倍大きい。しかし、大気
安定度の効果は含まれていないので、式(3)の右辺にその効果を含める
ために、近似的に0.001m/sを加算して用いる簡便な方法もある。
大気安定度をきちっと入れた交換速度はKondo(1975)の図(それと同じ図が
「水環境の気象学」p.171の図7.6、ただし、高度10mにおける風速を使用
する場合の図)に掲載されている。
Kondo(1975)の論文には、風速の観測高度が10mでない場合に換算する式、
中立時のバルク係数と安定度を計算する式があり(Appendix 1, 2, 3)、
大量のデータを処理する際に利用できる形式になっている。
まとめると、選択肢が3通りある。
その1:式(3)の右辺に0.001m/s を加えた式を使う。
その2:式(3)の右辺に微風時の安定度を考慮した式(4)を加えた式を使う。
その3:安定度がきちっと含まれているKondo(1975)によって求まる交換速度
を1.3倍した値を使う。
その1、その2共に、大気安定度が強い安定のときには精度が悪くなる。
最終的に熱収支量(蒸発量など)をどの方法で求めるかにより、
さらなる選択肢が2通りある。
そのⅠ:気温、水蒸気圧、風速、水温のデータを用い、バルク式だけで
熱輸送量をもとめる。
そのⅡ:日平均雲量などのデータを利用して日射量と大気放射量を推定し、
熱収支式を解く方法で熱収支量と水温を同時に計算する。
そのⅠの場合は、風速の観測誤差(水面上の代表性も含む)と水温の観測誤差
(対象範囲の代表性も含む)がそのまま評価誤差となる危険性がある。
そのⅡの場合は、前述した交換速度の微妙な違いは無視できる、つまり
熱収支量は交換速度に敏感でなく、少々の誤差があっても、熱収支量は
比較的精度よくもとまるという利点がある。この方式では、熱収支的に
計算された水温と観測水温を比較することで、計算がうまくできたかどうかの
チェックができる(備考5を参照)。そうして、結果についてより深い考察を
行うことができる。
補足事項
ここでは50~100km範囲の熱収支量と平均水温を求めることが目的
なので(条件⑤⑦)、固定点における1日の時間変化を3時間ごとの観測
データを入力して詳細に計算するよりも、広域平均の時間変化を知るために
雲量は観測値の日平均値を使い、気温などは時間変化のパターンを簡単な式
(例えば、日変化は2つの波数)で表現するなど工夫すれば、計算が能率的に
進む。
最初に全体の概要を知るために、気象データから夏の平均気候条件を与え、
水中への貯熱量=0としたときの平均熱収支量と平均水温を計算してみる。
この場合は熱収支式、顕熱・潜熱輸送のバルク式の
合計3つを近似解法によって解く(「水環境の気象学」p.135の式(6.33)~
(6.35));あるいは「地表面に近い大気の科学」p.145の式(5.17)~(5.19))。
備考(1):バルク係数の導出について
有限水面に対するバルク係数(交換速度)の式 [上記の式(2), (3) も含む]
は編者が院生のとき、「温度センサーに及ぼす放射の影響」や「通風式の
乾湿計定数が通風速度や湿球の直径に依存すること」、さらに「水面蒸発」
の研究の準備をするためにつくったものである。
当時、主に熱伝工学の分野で得られていた多くの実験データを集め、
Re 数の広範囲に連続して適用できるようにつくった
実験式が「水環境の気象学」p.172の式(7.36)~(7.39)である。
上記の式(2)は式(7.38)を表しているが、右辺第1項(0.001m/s)は
野外で応用する際に、風速ゼロのときの交換速度がゼロとならないように、
自然対流の効果を概略的に与えたものである。
「地表面に近い大気の科学」p.145の表5.1には各種表面に対する
交換速度を掲載してあり、第1項の数値は風速ゼロのときの自然対流
の効果を表す近似値である。
備考(2):バルク係数の利用に際して
「水環境の気象学」p.172の式(7.36)~(7.39)はレイノルズ数 Re ごとに
区分されているが、熱収支式を解いて水面蒸発量など熱収支量と水温を同時に
求める場合には [ 後述の備考(5)]、バルク係数または交換速度に多少の
誤差が含まれていても熱収支量に及ぼす誤差は小さくなる。したがって、
Re ごとに厳格に区分した式は用いずとも、Re を少し越えた範囲に適用する
バルク式の簡単形式(例えば式7.39の代わりに式7.38)を用いてもよい。
備考(3):水面が大きくなるとバルク係数が小さくなる理由
式(1)に比べて有限水面に対する式(2)で求めた交換速度が大きい
のは、風上効果(オアシス効果)と呼ばれるもので、面積が小さいほど
全面積からの平均蒸発量が大きくなることを表している。
このことは、本ホームページの「研究の指針」の
「基礎3. 地表面の熱収支と気象」の章
の図3.1で説明してあるように、『左方から乾燥した風が吹いてきたとすると、
湿面の先端で蒸発量が大きいが、風下に行くにしたがって空気は湿ってくる
ので、蒸発量は先端からの距離とともに減少する。したがって、面積の
スケールが小さいほど単位面積あたりの平均蒸発量は大きくなる』と
理解してよい。
備考(4):バルク係数に分子拡散係数が含まれる理由
式(2)の元となる「水環境の気象学」の式(7.36)~(7.39)の中に、動粘性
係数 ν、水蒸気の分子拡散係数 D (顕熱のバルク式には分子温度拡散係数 a )
が入っている。これは、表面に接するところでは分子拡散で水蒸気や熱が
輸送されることによる。広い水面の場合も同様であり、厳密には
CEUとCHU は等しくない。
詳細はKondo(1975)を参照のこと。
備考(5):評価誤差と、熱収支法の利点
蒸発量(潜熱輸送量)や顕熱輸送量を水温の観測値を用いてバルク法だけで
計算すると、風速の観測誤差(地域の代表性を含む)がそのまま
評価誤差となる。
同様に水温の観測が水流の遅い場所や岸近くの浅い場所で行われた場合には、
河川流の代表値を表さないので、同様に評価誤差となる。
対象域の地形などにもよるが、風速と水温の代表性から生じる評価誤差は
±50~100%程度になることがある。
これらを防ぐには、バルク式を含む熱収支式を解く方法が適している。
この方法(熱収支式を解く方法)に従うならば、
風速の観測誤差(交換速度の誤差)があっても、熱収支量は比較的精度よく
求まる。水温の観測値があれば、計算値と比較することで、計算が
うまくできたかどうかのチェックをすることができる。熱収支式を解く
方法の利点はこのことにある。
計算方法の原理は、熱収支式と顕熱輸送のバルク式と潜熱輸送のバルク式の
3つに、水中に貯えられる熱 G を表す式を加えて同時に解く。この際の G は
一定の深さの水温が鉛直方向に等しいという仮定で行う。近藤・桑形(1992)
が参考になる。
近藤・桑形(1992)では、水体の貯熱のみを考慮した計算であるのに対して、
近藤(1995)では水体の下の土壌の貯熱に関しても考慮した計算である。
ご質問の対象域では水深=0.5m程度の河川であるので、水体下の土壌の
貯熱は無視してもよいと考えらる。
備考(6):水温の平衡域
河川の平均水深、あるいは水温変化を起こす有効な深さが1m未満で、かつ
源流域(地中からの湧水が卓越するところ)でなく、日平均水温がその場所の
熱収支でほぼ平衡状態(上流からの熱移流が無視できるとき)にあるならば、
水温と熱収支量は同時に簡単に解くことができる。平衡状態かどうかの
判定については近藤(1995)の図2、図3を参照すると、源流域から
適当な距離を下った場所から流れに沿う水温の日変化がほぼ一定になること
である。
文献
Kondo, J., 1975: Air-sea bulk transfer coefficients in diabatic conditions.
Boundary-Layer Meteorol., 9, 91-112.
近藤純正, 1992:水面のバルク輸送係数.水文・水資源学会誌, 5, No.3, 50-55.
近藤純正, 1995:河川水温の日変化(1)計算モデル―異常昇温と魚の
大量死事件―.水文・水資源学会誌, 8, 184-196.
近藤純正・桑形恒男、1992:日本の水文気象(1):放射量と水面蒸発.
水文・水資源学会誌, 5, No.2, 13-27.