Q01 「日の出直後に霧が濃い?」
「温暖帯の深さ?」(T.O.), 2006/3/31
Q01-2 「湯気により霧が濃くなることもある!」
(A.Y), 2009/2/13 追記
―「身近な気象」の「2.放射冷却と盆地冷却」に
関連―
Q01a 日の出直後に霧が濃くなる現象が多々見られるが,これは何故
なのか?
単に明け方が一番冷えるためなのか,日射によって乱流が発生するため
なのか,お考えをお聞かせ願いたい.
Q01b 平地よりも斜面の方が夜間冷却されにくいことから,
棚田が生まれたのでしょうか.
Q01c 温暖帯はどれぐらいの深さから発生するのでしょうか.
― 回 答 ―
A01a 日の出直後に霧が濃くなる現象のことですね。
私はこのことは知りませんでした。もしそうだとすると、次の3つが
考えられます。
*注:後述のQ01-2と、それに対する回答A01-2も参照してください。
(1)おっしゃる通り、一般には日の出のころ、もっとも気温が下がるので、
霧が濃くなるのでしょう。
(2)霧層に及ぼす放射の作用が考えられます。
水滴でできた霧や雲があると、水蒸気の層よりも水滴層
の方が赤外放射に対して射出率が大きくなります。「地表面に近い大気の
科学」の図2.18によれば、雲水量=0.01~0.02mm程度(雲の厚さで10~
100m程度)で射出率は1、つまり黒体に近くなります。それゆえ、
霧の上面付近では天空に向けて赤外放射を放出し、強い放射冷却を起します。
その結果、霧の層は不安定になって、鉛直混合が起きる傾向にあり
ます。
この状態のとき、太陽が昇り始めると霧の上部層は加熱されます。同書の
図2.17を参照すると、霧層による光の透過は赤外放射に対するより
は多いのですが、加熱の影響を受けます。赤外放射による冷却よりも
日射による加熱は弱いのですが、日の出前よりも放射冷却は弱まることで
鉛直混合も弱くなります。
この影響で日の出直後に霧が濃くなる可能性があります。しかし、日射が
継続すると、地面も昇温しはじめるので、霧は消失することになります。
(3)海陸分布や傾斜地など地形による効果も考えられます。
夏の福島盆地で経験したことですが、早朝に標高1500mほどの山から見て
いると、下層の盆地に霧(雲海)が出来ていました。太陽が昇ると、山の
斜面の温度が上昇し、盆地から斜面に沿って斜面上昇流が起きます。同時に、
それまで晴れていた雲海高度より高い場所では、下層からの霧が流れてき
ました。つまり、雲海の頂上近くでは、それまで薄かった霧が濃くなり
始めたのです。
このとき、下層の雲海を見ていると、盆地中央部で雲海の一部が消え始めた
のです。盆地中央部の上空1000m付近では斜面流の補償流としての沈降流が
発生しているのだな、と想像しました。
この例のように、海岸近くや、山麓などでは地形による循環流が日射の
影響で変化することで霧が濃くなる所や、逆に薄くなる所ができるのでは
ないでしょうか。
関連する現象として、「地表面に近い大気の科学」のQ&Aの4.2や
4.3、6.2も参考になるでしょう。
A01b 斜面が夜間冷却されにくいことから棚田が生れた
と想像されることですね。
そうではないと思います。気象によるのではなく社会的な理由によって棚田
(ひな壇式につくられた山間部の水田)はできたのではないでしょうか。
山間部では広大な平坦地がないために、やむなく斜面でも耕作せざるを
得なかったのでしょう。確かに、斜面では窪地などと違って極端な放射冷却
は生じないので耕作するのに都合よく、維持されてきたのでしょうね。
A01c 温暖帯の深さのことですね。
夜間の大気と地面の放射冷却によって山腹に形成される温暖帯の深さ(その
上端の高度)は、①地形と②夕方の気温鉛直分布の気温減率、及び③放射
冷却の強さに依存します。
①地形との関係では、「地表面に近い大気の科学」の図6.16によれば、
晴天夜間に形成される盆地冷気層(冷気湖)の深さはほぼ地形的な深さと
同じ程度になるので、深い盆地(完全な盆地でなくてもよい)ほど温暖帯
の深さは厚くなる可能性があります。
②夕方の気温分布はたいていの場合、上空ほど低温になっている(気温減率が
ある)のですが、極端な例として気温減率がゼロ、つまり下層大気が等温
状態から冷却を始めたとすると、朝方見られる逆転層のトップは非常に
高くなるので、結果として温暖帯は深くなります。逆に夕方の気温減率が
大きい場合には温暖帯は浅くなります。
③放射冷却の強さは地表層の熱的パラメータ(熱伝導率、熱容量)と気象
条件によって決まります。新雪が積もり、静かな晴天夜は放射冷却が大きく、
その結果として温暖帯は深くなります。放射冷却を支配する要素などについて
は「2. 放射冷却と盆地冷却」の章
で学びましたね。
これら①~③の組み合わせによって温暖帯の深さが決まると考えてよいで
しょう。
Q01-2 コメント「湯気により霧が濃くなることもある!」
(A.Y), 2009/2/13
Q01a「日の出直後に霧が濃くなる現象」に対する回答A01a
を拝見しました。小生、先生の書いていらっしゃるのとまた別の考えを持っている
ので、お便りいたしました。
小生の考えではこれが「湯気」いわゆる「蒸気霧」だというものです。
日射により、大気より先に地表面が暖まり、湿った地表面から「湯気」が発生
します。粒径が小さいものが大量に発生するので視程を悪くすると考えられ
ます。
霧が濃くなったときに濡れた地面から「湯気」が立ち上がっているのは、
かなりよく見られる現象だと思います。10年ほど前、北海道の釧路でミリ波
レーダーによる霧の観測をしていたときにも、何度か日の出直後に視程が
急に悪くなる現象に何度か遭遇しましたが、かなりの濃霧(視程100m程度)
であるにもかかわらず、湯気(霧)の粒径が小さいためレーダーにはまったく
霧が映らない、といったことがありました。
この考えもご参考にしていただければ幸甚に存じます。
― 回 答 ―
釧路での霧の観測についての結果をコメントしていただき、有難うございま
した。太陽光が射して湿った地面で発生した湯気は粒径が小さくて目視では
視程が悪くなったのにレーダーでは観測できなかった事実は、とても面白いと
思いました。
そうですね、釧路の例も含めると、霧にもいろいろな変化がありますね。
前記の回答A01aでは3つの例を説明しましたが、さらに別の現象も
追加しておきましょう。
(4)寿都で見た放射霧の流れ:
次の写真(図1.1)は北海道の寿都から沖合いを見ていて気づいた霧の海上へ
の流出です。晴天夜の内陸盆地で発生した放射霧は、気温の下降とともに
しだいに厚さと濃度を増していきました。日の出後に、盆地から海向きの
風が吹き始め(微風状態から風が多少吹きだして)、濃霧の層が盆地の
入り口を超え、海上へ流出しはじめました。それまでは、海上には霧が
流れていませんでした。
盆地の入り口付近に居た人にとっては、濃霧が内陸から流れてきたので、
朝方に霧が濃くなったと観測されます。
図1.1 内陸盆地で発生した放射霧が朝方になって海上に流出してくる写真、
北海道寿都にて2006年9月13日6時30分撮影(霧の形状を見やすくするためにコント
ラスト強調)
陸地内の霧の一部が港のクレーンの陰に入っているが、霧の上端の
背丈は陸上で高く、海に流出すると、流速が増して背丈が低くなると思う。
霧の上部は放射冷却により不安定化して波状になっている。7時13分には海上
を流れる霧はそのまま存在したが、陸地出口付近では薄くなり、その数分後
には海上、陸上ともに見えなくなった。
(「研究の指針」の
「K25.北海道寿都の気温ジャンプ問題」の写真5に同じ)
(5)気温の遷移過程のいろいろ:
釧路での日の出後に見られた湯気は、日射により地表面温度が気温より高温に
なって地面から発生した「蒸気霧」に相当します。この場合の気温鉛直分布は、
次の図1.2の上段(左)のように地表面温度がもっとも高温な”不安定な気温鉛直
分布”の形で、時間とともに赤矢印の方向に昇温していきます。
日射があまり強くないような場合には、下段(左)のように、下層ほど低温の
”安定な気温鉛直分布”の形で赤矢印の方向に昇温していきます。このときの
顕熱輸送量は下向きですが、輸送量は下方ほど小さくなっています。
このような現象は風速が少しある場合に観測されることがありますが、
しばらく時間が経過すると、地面が日射で暖められる速さが大きくなり、
やがて上段の「標準的な例」の状態へと変化していきます。
図1.2 地表面上の気温分布の時間変化、上段は「標準的な例」、下段は「他
の例」、左図は朝方、右図は夕方を示す。緑の矢印で顕熱の向きと大きさを
表す。
注意:霧(雲も同様)があるときは霧粒子群からの目に見えない長波放射の
射出・吸収の作用が強く、気温は鉛直方向に等温に近い分布になる。
その場合は、図1.2は気温の鉛直分布の曲がりを強調してあるとみなして
ください。
図1.3 は平坦地で実際に観測された朝方の気温鉛直分布の遷移状態です。
上段は前記の下段の例に相当します。この場合には、地面が暖め
られてできる「蒸気霧」の現象は起き難くなります。
図1.3 日の出直後の気温鉛直分布の変化(Kondo and Haginoya,1985:
J.Met.Soc.Jpn., 437-452, より転載)
以上のように、気象現象は様々な原因が重なりあって生じており、霧にしても
いろいろな場合があるので、それに遭遇したときは注意して観察・考察する
ように心がけましょう。