70. 長崎県の平戸測候所(現・平戸特別 地域気象観測所)

著者:近藤 純正

長崎県の北西部、平戸島にある旧平戸測候所を訪ね、周辺環境の変化について 聞き取り調査を行った。その結果、年平均風速の観測値が1960年~1985年の 間に約20%も減少しているのは、周辺の畑地が市営住宅となり、古い民家も 大型化し、さらに道路の付け替え・拡幅などにより、風に対する地面摩擦が 大きくなったことによると推論される。(2007年6月7日完成、2008年8月31日 追記)

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  	  もくじ
		(1)はしがき
		(2)旧平戸測候所の周辺環境
		(3)売却敷地のその後(追記2008年8月31日)
(1)はしがき
長崎県北西部の平戸島にある旧平戸測候所は1939年1月1日に創立された。 場所は現在の地番で平戸市岩の上町大善原321、標石の標高は57.8mである。

この平戸島の北西には生月(いきつき)島がある。平戸は日本最初の海外 貿易港として栄えた港町であり、1950年にポルトガル船の来航以降、オランダ、 イギリスとの貿易が行われた。

平戸測候所は観測所として適地にあるが、1960年~1985年頃にかけて 風速が減少している。年平均風速は、
1960年頃には4.4m/s 程度
1985年以後には3.5m/s 程度
風速の減少率=(4.4-3.5)/4.4=0.20
つまり、20%の減少である。

一般に、年平均風速が減少すると、「日だまり効果」によって年平均気温が 上昇する。

平戸が地球温暖化など長期的な気候変動、つまり日本のバックグラウンド 温暖化量を観測できる基準観測所の候補の一つであるので、風速減少の原因 をつきとめ、日だまり効果による昇温があれば、それを補正して利用 したい。

平戸訪問に先立ち、気象庁ホームページに掲載されている過去の気象資料から、 月最大風速と卓越風向の時代による変化を調べた。

1961~63年
月最大風速の風速と風向は、
最大風速・・・・11~18m/s(台風など除く)
10月~3月・・・・NW~NNE
4月~9月・・・・S
卓越風向は、
10月~3月・・・・・・NW~NNE
4月~9月・・・・・・S, NW~NNE

1991~93年
月最大風速の風速と風向は、
最大風速・・・・9~12m/s(台風など除く)
10月~3月・・・・NW~N
4月~9月・・・・S
卓越風向は、
10月~3月・・・・・・NW~NNE
4月~9月・・・・・・S, NNE

2001~2003年
月最大風速の風速と風向は、
最大風速・・・・8~14m/s(台風など除く)
10月~3月・・・・NW
4月~9月・・・・S寄り
卓越風向は、
10月~3月・・・・・・NW~NE
4月~9月・・・・・・S~SSW, NNE

風向に顕著な変化はなく、風速が全体として弱化していることがわかる。

旧平戸測候所は、2000年3月1日から無人化され現在は平戸特別地域気象観測所 となっている(CD-romの気象年報による)。長崎海洋気象台業務課の高田さん に電話で尋ねたところ、庁舎は無人化の翌年の2001年3月に解体されている。

(2)旧平戸測候所の周辺環境
観測所の位置を理解するために、平戸桟橋の南東方向の斜面にある国際観光 ホテル「旗松亭(きしょうてい)」の食堂から撮影した写真を最初の図70.1に示した。

平戸港
図70.1 平戸港(国際観光ホテル「旗松亭」食堂より撮影)、横に写真4枚を 合成し多少ひずんでいる。
撮影場所から見た真西は平戸城天守閣と最教寺三重大塔の中間の方向である。
観測所は最教寺三重大塔の少し右方の尾根状地形の先端部にある。

平戸大橋と平戸城
図70.2 平戸大橋(左)と、平戸城(右)の望遠写真(旗松亭より撮影)

三重大塔と記念聖堂
図70.3 最教寺の三重大塔(左)と、聖フランシス・ザビエル記念聖堂(右)の 望遠写真(旗松亭より撮影)

旧平戸測候所方面
図70.4 観測所方向の望遠写真、赤い丸印は観測所の位置を示す。
左:平戸城天守閣から撮影、右:旗松亭から撮影

上記の図70.1~70.4では全体像を理解するために、観測所の遠景を示した。

2007年6月3日、長崎駅前8:30発の高速バスに乗車、佐世保から路線バスに 乗り換えて、平戸桟橋へ11:36に到着した。バスターミナルで平戸の観光地図 をもらい、旧測候所への道程を教えてもらう。

平戸城の北側の麓にある平戸市役所前の幸橋(オランダ橋)脇を経て、 西方向に歩くと、最教寺の入り口に至る。そこから S 字状に曲がった坂道 (国道383号)を登ると、ほぼ平坦部に観測所があるという。 最教寺入り口の近くで、階段の近道を教えられて登った。

尾根状地形のほぼ平坦部にくると、観測所はすぐわかった。元の測候所敷地は 2つに区切られ、南側が観測所として残され、庁舎などがあったと思われる 北側は売りに出されている。売り出し看板には次のような内容が記されている。


面積=1,571m2=475坪
価格=1,660万円
準住居地域第一種中高層住居専用地域
建ぺい率=60%、容積率=200%
財務省福岡財務支局佐世保出張所

私はこの看板を見て、日本の現状を嘆かわしく思った。 気象庁が500坪 弱の土地を財務省に返還し、わずか1,660万円ばかりで売れば、 観測所の周辺環境が大きく変わる可能性がある。平屋建てが2~3軒 ならよいが、購入した人が中高層のアパートを建てるかもしれない。 そうすると、露場に対する風当たりが悪化し、温暖化など気候変動の監視が 難しくなってしまう。いま、世界中で温暖化が大問題となり、その監視の 重要性が高まってきたとき、観測所を良い環境条件に保っていくことが 大切だというのに!

昔、明治~昭和初期の時代、各地に観測所が創設されたころ、露場の面積は 600m以上、その周辺には背丈の高い樹木や建物がないこと、 という基準があった。大中都市に存在する気象台については、現代化により 周辺にはビル群ができ、やむをえないだろう。しかし、田舎の測候所 (現在の特別地域気象観測所)までが昔作成された基準を守れないとは、 何たることか!

平戸に限らず、日本の田舎にある測候所は次々と廃止・無人化され、 気象庁が観測に不要と判断した敷地が、安い値段で売られているのは 嘆かわしい。


次の図70.5~70.9は観測所内と周辺環境の写真である。

測候所南西から
図70.5 観測所の南西から撮影した露場と周辺環境、横に写真4枚を合成し 多少ひずんでいる。
ほぼ中央に白く見えるフェンスはウインドプロファイラー、その左手に気温 等の観測露場がある。
左の手前は民有地であり、最近刈り取られた雑木・雑草が枯れている。

注:ウインドプロファイラ―は電波を用いて、鉛直方向の風向風速 分布を細かな時間間隔で測定する装置であり、無人で観測が行なわれている。 条件によるが、上空約10km以下の風がわかる。

測候所北西から、その1
図70.6 観測所の北西から撮影した露場と周辺環境(その1)、 横に3枚を合成し多少ひずんでいる。
撮影場所は図70.5の中央左寄りにある背丈の高い生垣の右端の角からである。
ほぼ中央が露場、右寄りにウインドプロファイラー(白色のフェンスで囲まれ ている)、露場の左手(西)は市有地、露場の向こう側の広場は旧庁舎が あった所で、現在売り出し中。ウインドプロファイラー脇の右から2本目の柱 の左側に平戸城天守閣が見える(写真では1mmほどの大きさ)、3本目の 柱の左側の黒い部分は樹木である。

測候所北西から、その2
図70.7 観測所の北西から撮影した露場と周辺環境(その2: その1の右側、東方向の写真)、横に3枚を合成し多少ひずんでいる。
右寄りの位置に写っている3階建てアパートは市営住宅、その左手の位置に カラオケ店、見え難いが一段低い土地にセレモニーホール聖宮がある。

測候所北東から
図70.8 観測所の北東から撮影した露場と周辺環境、 横に3枚を合成し多少ひずんでいる。手前の広い敷地(面積=1,571 平方m=475坪:枯れた芝生地)は財務省福岡財務支局により1,660万円 で売り出し中となっている。その向こう側(東側)の右寄りに観測露場 がある。写真の右端に傾いたフェンスがあり、その右側(北側)は市有地 であり、雑草が生えている。

上村店
図70.9 左:観測露場の北東側から撮影した露場、 右:Yショップ上村店、この右手の向こう側(北西側)に観測所がある。
右の写真の一番手前に県道の一部が写っており、上村店の手前にも道路があり (ガードレールに遮られて写真では見づらい)、上村店の向こう側の観測所と の間には旧県道(現在の市道、幅=5m)がある。観測所敷地はその市道より も一段高いレベルにある。

市営住宅
図70.10 左:昭和55年、56年(1980年、1981年)に建設された3階建ての市営 住宅、観測所の東側に位置する。
右:昭和39年~41年(1964~1966年)に建設された平屋建て市営住宅、 観測所の南東側に位置する。

観測所の東側を通る市道(旧県道:新しい県道が1965年前後にできてから 市道となる)を隔てて、Yショップ上村店がある。この店主の上村さんに聞くと、県道 (383号)の東側にある市営住宅は4桁の番号・記号が付けられており、最初の2桁は 建設された昭和年号だという。平屋建ては昭和39~41年(1964~1966年)、3階 建てのアパート55-2A、56ー2Bは昭和55~56年(1980~1981年)の建築 だという。

上村店は新しく見えたので、いつの建築かと聞けば、店は親の代からやって おり、昔は平屋建てだったが、現在の2階建ては大よそ25年前(1980年頃)の 建替えだという。

県道の緩い坂を南方向へ登って行くと、右手に風向風速計を備えた住宅があり、 中村登俊(たかとし)の表札があった。気象に関心のある方だと思い、 都合がよい。格好よいポールの先端に風向風速計がまわって いる。これを設置した年月日時がちょうど11.1.11.11と記されて いる。庭もきれいに手入れされており、感心してしまった。

家に上がってくださいといわれ、平戸訪問の目的を話し、周辺環境の変化に ついて知ることができた。

中村宅の風速塔
図70.11 左:中村宅に設置された風向風速計用のポール(偶然、風向が写真機の 方向を向いた瞬間だったのか、この写真では風向風速計は不鮮明である)。 右:設置の年月時を記した記念名盤。

中村登俊さんは学校をでてから税務署に入り、東京など各地で勤められたあと、 引退後は郷里に戻られて、近くで税理士事務所を開設されている。この 日は日曜日だったので、ご自宅におられた。現在のお宅は1984年7月7日に新築 されたもので、この敷地はその前は畑だったそうである。

この丘は、もともとは武家(下級武士)の家があった所で、畑が広がって いた。放置された畑も多かったが、宅地として売り出されるようになり、 人家がだんだん増えてきた。

観測所と県道の西~南側には古い平屋建て住宅がぼつぼつあり、近年は2階建て に建て直す家も多くなった。観測所と県道の東~南側にある市営住宅ほかは 昭和39年(1964年)以後に建てられたものである。

平成時代(1989年以後)に建てられたものは県道東側ではセレモニーホール、 カラオケ店など、西側では数軒の住宅と観測所北西側斜面の道路沿いの菓子司 (観測所からは見えない)である。

麓から S 字状の上り坂(県道:383号線、幅=8.25m)と観測所東側の 市道(旧県道、幅=5m)について知るために、平戸市役所都市計画課道路班 を訪ねた。 国道を市道と思って訪ねたのであるが、これは県道だという。親切にも、 長崎県に問合せしていただくと、これが拡幅されたのは1965年前後とのこと である。

幅の広い新しい県道ができたので、旧県道(測候所の東側)は市道になった という。

以上の情報を総合すると、平屋建て市営住宅の建設(1964年)が始まり、県道 の付け替え・拡幅(1965年前後)が行われ、畑地がしだいに住宅地となり、 3階建て市営住宅の建設(1981、1981年)が終るまでの期間が平戸の年平均 風速の減少期とほぼ一致していることがわかった。

観測所の東側の斜面には背丈の高い樹木が生えており、さらに、旧測候所敷地の 東側の生垣が繁茂しており、平戸城天守閣を遠望することは難しいが、樹木の 隙間から天守閣は見える。

そこで、平戸城天守閣に登り、観測所の場所(平戸市岩の上町大善原321)を 探すことにした。天守閣からは3階建て市営住宅、Y ショップ上村店の屋根 などは見えるが観測所の測風塔と他の電柱との区別がつかず、岩の上町大善 原321 の場所は確認できなかった。

確認するために、観測所の丘に再度登った。このようにして確認した 観測所の場所が図70.4の赤丸印である。

(3)売却敷地のその後(2008年8月追記)
前記したように、昨年、旧平戸測候所を訪問したとき(2007年6月3日)、 気象庁が余剰地として財務局に返還した敷地が次の看板を立てて売りに 出されていた。
面積1,571m=475坪
売却価格1,660万円
準住居地域第一種中高層住居専用地域
建ぺい率=60%、容積率=200%

近くには3階建てアパートもあるので、この敷地にも3階以上、5階建て アパートでも建てられると気象観測値が影響を受けることになるので、 筆者は心配になっていた。

その後の状況を知るために、時々観測所の見回りをしている長崎海洋気象台 に尋ねたところ、建物の基礎工事が始まっているらしいことがわかった。 次いで、売却を担当している財務省福岡財務支局佐世保出張所に尋ねると、 財務局のホームページに入札情報が掲載されているとのことを教えられた。

次の順序で検索する。「財務局」→「財務局の配置状況」→「福岡財務支局」 →「国有財産売却情報」「一般競争入札結果」→「平成19年度第2回期間入札 結果」の物件番号2407として長崎県平戸市岩の上町字大膳原321番2の土地、 開札平成19年10月23日、面積1,571m、落札、契約平成19年11月 13日、契約相手方・業種は法人・建設業と掲載されていた。

次いで、昨年お会いした平戸の中村登俊さんに電話して、現地の 状況を調べていただくと、現在、(株)白石元信建設が4区画に分け、 土地単価坪当たり7.2~7.5万円、1戸当たり敷地308~408平方m(=93~123坪) の分譲住宅の敷地整理の工事が行われているとのことである。

たぶん平屋~2階建て住宅4戸となるらしいことを聞き、これなら気象観測に 対する影響は小さく、年平均気温のずれは0.2℃程度またはそれ以下と予想 され、筆者はひとまず安心した。今後、注意して気象データを監視する必要が ある。

(株)白石建設に問合せすると、昨年(2007年)落札したのは白石建設 であり、現在は敷地の造成をしており、購入希望者が出れば、その希望に したがって住宅を建てる計画とのことである。

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