66. 岡山県の津山測候所(現・特別地域気象
観測所)
著者:近藤 純正
岡山県内陸にある旧津山測候所を訪ねた。ここはふもとから約50mの標高差
のある丘にあり、見晴らしはよいところだが、桜並木の生長により、この
約30年間に年平均風速が約34%も減少しつづけ、月最大風速が半減している。
(2007年5月20日完成、桜並木に注を追加5月22日、桜の伐採剪定の承諾の追記
6月15日)
もくじ
(1)はしがき
(2)旧津山測候所の現況
(3)旧測候所庁舎の図面
(4)桜並木のこと
(1)はしがき
岡山県の内陸、岡山から北へ約45kmのところに津山がある。津山測候所は
創立が1943年(昭和18年)1月1日、無人化されたのが2002年3月1日である。
創立時の官署(標石)の標高は145.4m、現在の標高は145.7mである。
津山の市街地から見上げる丘の上にあり、気象観測所としては適地に開設
されたようであるが、1973年頃から年平均風速が減少するようになり、
2000年頃には1970年頃に比べて約34%も弱くなった。
一般に、年平均風速が減少すると、「陽だまり効果」によって年平均気温が
上昇する。
津山が地球温暖化など長期的な気候変動、つまり日本のバックグラウンド
温暖化量を観測できる基準観測所の候補の一つであるので、風速減少の原因
をつきとめたい。
「陽だまり効果」は「都市化」とは区別される昇温である。現実には、
都市部では陽だまり効果は都市化(植生の減少、人工排熱、道路の舗装など)
にともなう昇温と重なって生じることが多い。
基準観測所は、次のように分類される。
Aクラス:都市化や陽だまり効果が無視できる(室戸岬、金華山、宮古、寿都)
Bクラス:風速減少はあるが、陽だまり効果が小さい(深浦、津山)
Cクラス:風速減少があり、周辺の観測所から陽だまり効果が推定できる
(多度津ほか数地点)
津山はBクラスに入る候補の一つであり、陽だまり効果による年平均気温の昇温
量を補正する必要がある(「研究の指針」の
「K35.基準5地点の温暖化量と都市昇温(2)」の図35.6と35.7を参照)。
日本における40~50年以上の長期の気候変動は Aクラスに属す4地点のデータ
から知ることはできるが、気候変動(二酸化炭素など温室効果ガスの増加に
ともなう気候変化など:バックグラウンド温暖化量)のうち、比較的短い10~20年程度
の変動を見たい場合や、バックグラウンド温暖化量をもとにして評価される
大・中都市の都市昇温量を詳細に調べたい場合には日本全域で、
少なくとも10地点の基準観測所データが必要となる。現在、この目的で作業を
進めている。
図66.1は津山における年平均風速の経年変化である。
1970年頃の風速=2.34m/s
2000年頃の風速=1.55m/s
風速の減少率=(2.34-1.55)/ 2.34=0.34
つまり34%という大きな減少率である。
図66.1 津山における年平均風速の経年変化
プロットは観測値、赤線は4杯式風速計の回り過ぎ特性により風速が強く
観測され、発電式は重くて微風で回転し難い特性により弱く観測されることを
考慮して描いた真風速の推定値である。
津山における風速を気象庁ホームページ掲載の資料から調べてみると、次の
通りである。
月最大風速:
1961~63年・・・・・W~WNW~NW、10~17m/s(年中)
2001~03年・・・・・SSW~SSE~SE、6~9m/s(3~9月)
つまり、西寄りの強風がなくなった(強風はあるが、測風塔では観測され
なくなった)。
卓越風向:
年間を通して、W~WNW(年中)及びE~SSE(夏期)は、ほぼ不変である。
なお、風速計の地上高度=11.7m(2002年2月6日以後)である。
津山市観光振興係(今村さん)に電話で尋ねると、旧測候所(現・特別地域
気象観測所)のある山には畑があり、一般住宅などはないという。
風向風速の長期的な変化傾向からすると、筆者の想像では、測風塔の西~北西に
樹木があり、それが1970年過ぎから生長して風速観測の邪魔になっている
のではあるまいか?
風の統計結果から想像される上記の予備知識もって津山を訪ねることにした。
(2)旧津山測候所の現況
静岡県の御前崎測候所を見学したあと、浜松で一泊し、2007年5月14日、
東海道新幹線「ひかり401号」に8時36分に乗車、新大阪で「のぞみ61号」に
乗換え、さらに岡山発11時14分発の急行「つやま」に乗車、12時23分にJR
津山駅に到着した。
津山駅では、岡山地方気象台次長の岸田泰寛さんに迎えていただく。昼食後
岸田さんの案内で林田(はいた)にある旧測候所を訪ねた。この丘陵の西側
には吉井川の支流を挟んで津山城址(鶴山公園)が見える。
旧測候所の庁舎は昨年2006年に解体されており、露場以外の跡地の大部分は
舗装してあり、高さ2mのフェンスで取り囲まれている。新しい測風塔
が敷地の南西部、露場の西側に造られていた。
あとで岸田次長に調べていただくと、
2006年12月28日:津山測候所庁舎の解体
2006年12月13日:新測風塔で風速風速の観測開始
となっている。
測候所の敷地は概略50m×50mあり、これを取り巻くように直径約70mの形状
に、一段低いところに道路(市道)がある。市道は車一台が通れるほどの
幅が舗装されている。その道路の両側には桜が植えられており、一見して
この生長が風速の減少をもたらしていると判断することができた。
次節に示す解体前の図面(図66.12)によれば、旧測風塔の風速計(地上高度
=11.8m)の位置から西~北西方向、50~80mの距離にある桜によって
卓越する西~北西の風を弱めることになる。桜の根本のレベルは
測候所敷地より低い。
岸田次長が新測風塔に登り、測風塔の足場を巻尺で測ると地上から10mあり、
さらに目測したところ、西~北西側にある約10本の桜と南側に
ある2本の桜、北の遠方にある竹やぶ、東の遠方の樹木、それらの上端は
測風塔の足場のレベル(10m)とほぼ等しかった。
風速の観測値に影響を及ぼすと考えられる南、西~北西側の桜について、
旧測風塔の風速計高度11.8mより桜の上端が風速計高度以下で、数m低くても
観測される年平均風速は34%も、暴風時の最大風速は半減する
わけである。
おそらく桜の樹高が5mを超えたころから、桜が風に対して大きな摩擦となり
風速の観測値に大きな影響を及ぼすようになったものと推測される。
新測風塔の南側にある2本の桜は、旧測風塔からは南西方向に相当し、これまでの
南南西~南~南東の強風に対して影響は小さかったが、新測風塔になった
昨年以後、このままにしておくと将来にわたり風を弱めることになる。
図66.2 津山観測所露場の北側フェンスから南方向の写真、
写真2枚を横に合成したため多少の歪みがある。写真の右方に測風塔があり、
その左側の高い塔は山陽放送津山放送塔である。測風塔の左側に写っている
2本の桜が、南風を弱めることになる(新測風塔となった2006年以後)。
図66.3 津山観測所露場の北側から撮影した西方向の写真、
写真2枚を横に合成したため多少の歪みがある。左端に新測風塔が写っている。
正面に写っている桜の10本が従来の卓越風(西~北西の風)を弱めていたと
考えられる。新測風塔になった2006年以後も西と北北西の風を弱める方向に
桜があるが、北西風の狭い範囲の風向に対しては桜の隙間を吹いてくること
になる。
図66.4 津山観測所露場の北側から撮影した東~南方向の写真、
写真3枚を横に合成したため歪みがある。
以下は、岸田次長が新測風塔から撮影した周辺の写真である。北方向
から時計回りの方向に撮影した順番に並べてある。
図66.5 新測風塔の高さ約11mから撮影した周辺の写真、その1
その1の左は北方向、順番に時計回りの方向を撮影、眼下広場の黒い部分は
アスファルト舗装。
(岡山地方気象台次長・岸田泰寛さんによる撮影)
図66.6 新測風塔の高さ11mから撮影した周辺の写真、その2
(岡山地方気象台次長・岸田泰寛さんによる撮影)
図66.7 新測風塔から撮影した周辺の写真、その3
右の写真は南方向
(岡山地方気象台次長・岸田泰寛さんによる撮影)
図66.8 新測風塔から撮影した周辺の写真、その4
左の写真で電柱の向こうに見えるのは山陽放送津山放送塔
右の写真の向こう側の茂った森は津山城址(鶴山公園)
(岡山地方気象台次長・岸田泰寛さんによる撮影)
図66.9 新測風塔から撮影した周辺の写真、その5
新測風塔から西~北西方向
(岡山地方気象台次長・岸田泰寛さんによる撮影)
旧測候所の見学を終え、こんどは西隣にある津山城址(鶴山公園)に登り、
樹木の間から旧測候所が見える場所を探して、写真撮影を行う。
鶴山(かくざん)公園は面積8.5ha、ふもとから本丸までの標高差は45m、桜
5,000本が植えられており桜の名所でもあると書かれている。案内書には、また
次のように説明されている。
津山城は「本能寺の変」で討ち死にした
森蘭丸の弟・森忠政が1603年に入封の翌年から13年をついやして築城した。
天守閣や付属建物は明治7年(1874年)に取り壊されたが、三層の石積みが
完全に残っている。この雄大な石積みは全国に例のないもので高く評価
されている。昭和38(1963)年に平山城の典型として国の史跡に指定された。
津山駅前のホテルで1泊し、その翌朝(5月15日)、ホテルの非常階段の10階
まで登り、北方向に見える津山城址と旧測候所のある丘(林田)の遠景を
撮影した。
図66.10 旧津山測候所のある丘の写真
左:津山城址から撮影(望遠写真)、右:JR津山駅前のホテル・アルファー
ワン10階から撮影(遠方の左方が津山城址の鶴山公園、復元された備中櫓が
かすかに見え、その右側に公園の森がある。谷を隔てた右方の丘は林田。
すぐ手前には吉井川が西から東に流れており、今津屋橋が写っている。)
(3)旧庁舎の図面
2007年5月14日の見学の際には、旧測候所の庁舎など建物は解体されていたが、
解体前に露場西側から撮影された写真コピー及び敷地の平面図を気象台から
頂戴した。
庁舎玄関付近はコンクリート舗装されており、それ以外の敷地の北側はすでに
アスファルト舗装されていた。庁舎解体後、建物の跡地とその近くはアスファルト
舗装された。
図66.11 津山測候所旧庁舎の写真に重ねた計画図、2006年1月13日
撮影。
赤の破線は建設予定の局舎(左:計器格納庫)と測風塔(右)、測風塔の
基礎となる部分が白いコンクリートで写っている。局舎と測風塔の完成後は
白いコンクリート上端レベルまで土盛する計画である。
(岡山地方気象台提供)
図66.12 津山測候所旧庁舎と露場の配置図、左方向が北
赤部分は庁舎などの建物、緑部分は露場(18m×18m)
(岡山地方気象台提供)。
図66.12の右上の三角形部分は、現在雑草が生えており、露場とその南側の
斜面と新測風塔・局舎の西側を除く敷地の大部分は舗装されたことになる。
庁舎の解体により風通りがよくなり平均気温は下がると予想されるが、舗装
により逆に平均気温は上がると予想される。両方の効果はプラスとなるか
マイナスとなるか、今後数年間の観測結果に現れるはずだ。
(4)桜並木のこと
最初の訪問、2007年5月14日、旧測候所の南側の畑で農作業をしていた滑沢
啓輔(ぬめさわけいすけ)さんに尋ねると、桜並木は大よそ30年ほど前に
植えられたのもである(正確には後述)。詳細は津山市役所でわかると
教えられた。
翌15日の朝、市役所市民課長の宮地昭範さんに相談すると危機管理室長・日笠
栄さんのところまで案内していただいた。危機管理室次長・久保農夫雄さん、
消防防災係の係長・水島智昭さん、そのほか関係者と連絡していただいた。
測候所近くの桜並木は、以前に城東地区の市民が市道脇に植えて管理していた
ものだという。それゆえ、代表者の津山市連合町内会城東支部長・高原恭二
さんに相談するがよいということになった。筆者は15日午後は岡山地方気象台
にて、津山のこと、つまり風速がこの30年間に減少し、平均気温が上昇している
ことを話すことになっていたので、その翌日16日の11時ころ現場で高原支部長
と会う約束をした。
16日の11時ころには市役所危機管理室長・日笠栄さんにも立ち会って
いただいて、高原支部長から桜並木のことを聞き、私からは測候所の風が
桜の生長によって弱化し、それにともない平均気温が上昇している。
津山の気象観測は中国地方内陸の代表地点で行われており、防災
上からも日本の気候変動の監視からも重要な資料であることを説明した。
注:
桜はいつ植えたのか、調べていただきたいと高原支部長にお願いしてあった
ところ、5月22日に返事の電話があった。1963~1965(昭和38~40)年に測候所
の周りの道路のみならず、林田(はいた)の丘の道路沿いに数百本も植樹
したという。
桜は植樹後すでに42~44年になった。樹齢は50年に近いことになる。津山の
年平均風速が1970年過ぎから減少し始めたことと矛盾しない。つまり、
樹高が5mほどを超えたころから桜が風速観測値に影響するようになった、
と考えてよいだろう。
桜を植樹した当時、桜の生長が気象観測に影響するだろうことはだれも気付いて
いなかった。似たことは日本各地で起きており、気象台職員でも
気付いている者はほとんどいないと思う。筆者が各地の気象資料を解析して
異常値を見出し、関係気象官署に問い合わせてもその原因は不明のことが
多く、筆者が現場を見てはじめて気付き、気象台に知らせているのが実情
である。
ここで重い課題であることに気付く。
温暖化など気候変化と経済発展(普通にいう狭義の経済)との両立が
難しいのと同様に、環境保護・美化と気象観測・気候変動の監視を両立
させることに難しさがある。
桜の苗木のころは生長を楽しみにできるのだが、大木にまで育てば嵐に枝が
折れ倒木もする。近くを電力・通信ケーブルが通っていれば、毎年のように
枝切りをしなければならなくなり、その後片付けに経費がかかることになる。
こんな思いをいだいて津山からの帰途、JR津山線の玉柏(たまがし)駅の近く
で車窓から見えた桜があった。地面から2~3mのところで幹を切断しておくと
新しい枝が格好よくのびて、桜の外観の形もきれいになっていた。
桜もじょうずに剪定すれば、美観が保たれ、気象観測との両立が可能となる
に違いない。津山でも、桜の樹高を5m程度以下になるように、毎年は大変
だろうから、5年に1回程度の頻度で管理・剪定すれば、気象観測への影響を
小さくできるだろう。
今後は津山市民、市、国のいずれが管理するとしても、気象観測と桜並木が
両立するような結果になることを祈りたい。
追記(6月15日):桜並木の伐採剪定について
2007年5月30日に津山市連合町内会城東支部の会合があり、高原恭二支部長
から「桜並木の生長が気象観測の邪魔になっており、樹高が低くなるように
伐採剪定してよいか」について協議していただいた。その結果、伐採剪定
はよい、ということになった。ただし、あとで桜が枯れないように伐採剪定
は季節を選んで行って欲しいとのことである。