M18.新雪の日が暖かく感じる
著者:近藤純正
18.1 問題の発端
18.2 黒球に入る放射量
18.3 黒球の熱収支と黒球温度
18.4 実測の温度上昇による検討
文献
雪国出身者によれば、冬の太陽が輝く戸外では、気温が同じ時でも積雪
の無いときに比べて新雪の積もった日が暖かく感じるという。その理由を
具体的な計算によって考察するのがこの章の目的である。
新雪はアルベド(反射率)が高く、日射の90%ほどを反射するので、そこに
立つ人体には、無積雪時の約2倍の日射が注ぐことになる。その場合、
黒球を人体に見立てたとき、黒球温度はいくら上昇するかを計算してみた。
(完成:2006年4月26日)
18.1 問題の発端
ごく最近(2006年3月)のこと、雪国出身者から「新雪の日が暖かく感じる
のはなぜでしょうか?」という質問を受けた。その少しあと、別の雪国育ち
の人も同じ感じを持っていることを知った。私は、このことを意識していな
かったのに、複数の雪国育ちの人が生活体験として認識していることに
驚いてしまった。
なぜなら私は、朝の最低気温が異常に低くなるのは新雪が積もった後の微風
の晴天夜だということを「放射冷却」の原理から理解しており、それと相反
すことを今回知ったからである。本州一寒い村として知られる岩手県の北上山地
にある藪川では1945年1月25日に-35℃を記録しており、その原因を解き
明かす目的で、1980年ころから始めたのが「放射冷却」や「盆地の冷却」
の本格的な研究であった。
詳細は本ホームページの「身近な気象」の
「2. 放射冷却と盆地冷却」に掲載されている。
さらに遡ること1957年、筆者は大学院生のときから、大気と地表面が
放射によって冷却する過程について理論的な計算と観測をしていた。
これは農作物の凍霜害に関る基礎研究であった。
上記の質問を受けたとき、南国生まれの私が連想したのは、
冬山にスキーに行ったとき日焼けすることである。冬に日焼けする
のは、雪面の反射が強く顔面が強い日射を受けるからであり、このことから
類推して「新雪の日の日中は反射光が強く、およそ2倍の日射が人体に注ぐ
ことになるので、暖かく感じるのでしょう」と回答しておいた。
そのときの質問と回答は「読者の広場」の
「Q02. 新雪の日が暖かく感じる?」の章に掲載した。
この章では、日射量が地表面のアルベド(反射率)によってどのように
変わり、それが身体の体感温度にどう影響するかを考察することにしたい。
スポーツや肉体労働をする際に、野外の暑熱環境の目安を知るために黒球
温度が用いられている。直径0.15mの黒球を人体に見立てて、その温度が
気温に比べて何度上昇するかが測定されている。
人体が暑さ寒さを感じるのは、複雑な人体生理と着衣の状態によって変わり、
黒球温度では十分に表現することはできない。しかし、静かにしている
人の平均的な体感温度と黒球温度は相関関係にあると見なされるので、環境を
表す目安としては役立つだろう。
人(黒球)が、例えば20℃の室内に居るとしよう。人体は周囲の20℃の
空気との間で顕熱が交換される。皮膚に接する空気は人体から熱エネルギー
を獲得し温められて空気中へ運ばれていく。これが顕熱輸送である。
発汗(水の蒸発)があれば、その水蒸気の流れにともない蒸発の潜熱が
人体から放出される。これを潜熱輸送という。潜熱輸送は水蒸気量の流れ
る量を熱エネルギーに換算して表すものである。
部屋の壁は20℃であり、壁から20℃に相当する赤外放射(目には見えない)
が人体に向かった放射されている。壁の温度を T (絶対温度=273.2℃+摂氏
の温度℃)としたとき、壁の単位面積が単位時間に出す赤外放射量は近似的に
σT4で表される。ただしσ(=5.67×10-8W m
-2K-4)はステファン-ボルツマン定数である。
一方、人体からもその表面温度に応じて
赤外放射が放たれている。人体の表面温度は壁面温度よりも高温なので、
差引き人体から赤外放射量が失われている。
人体の内部で発生する代謝エネルギーは、顕熱輸送、潜熱輸送、赤外放射の
3成分によって放出され、体温は正常に保たれている。
このとき人体は周辺環境を20℃として感じる。
その部屋に日射が差し込み、人体を照射すると、人体は20℃以上に暖かいと
感じる。人体が受けた余分の放射エネルギーは、それに相当する
熱エネルギーを放出しなければならない。そのために、日射に照射された
付近、あるいはより広い範囲の皮膚温度が上昇し、顕熱・潜熱・赤外放射量
を増加させて体温を正常に保つようにしている。
18.2 黒球に入る放射量
太陽が真上にあるとき、晴天日の地上における日射のエネルギーの目安は
1m2当たり1,000 W/m2である。日本の昼夜平均では、曇天日も
含めると、1m2当たり130~160 W/m2である。
これは、年間平均の地表面における水平面日射量(全天日射量)であり、
北海道から沖縄までの範囲において大差はない。
太陽から地表面に直接くる日射量を「直達日射量」という。太陽光は、
大気中の空気分子や微粒子(エアロゾル)によって散乱され、同時に水蒸気
などによって吸収されるので、晴天日の直達日射量は、おもに太陽高度と
水蒸気量によって変わる。
地表面で反射された成分が大気中でまた散乱される。この散乱成分と、直達光が
地上へやってくる途中で散乱された散乱成分の合計が天空のあらゆる方向から
地表面へやってくる。これが「散乱日射」(天空光)である。
野外に居る人体(黒球)には「直達日射」と「散乱日射」、及び地表面からの
「地面反射光」が入る。そのほか目には見えないが大気中の水蒸気や二酸化
炭素などが放つ赤外放射と、地表面からの赤外放射が入る。前者を
「大気放射」、後者を「地面放射」と呼ぶ。
北海道の早春の晴天日を想定したとき、日中10時と、屋根下(風の吹く日射の
入らない屋根の下、屋根下面の温度は気温に等しいとする)と、夜間における
放射各成分の推定値を表18.1に示した。
この放射条件のもとにおける黒球の温度を次節で計算する。
表18.1 放射量の諸成分(単位は W/m2)、
気温(℃)、地表面温度(℃)の表
北緯43°の3月1日(day=60)、快晴日、日平均気温=0℃、
日平均水蒸気圧=4hPa、
大気混濁係数=0.05 、地表面アルベド=0.9(新雪日)
と0.1(無雪日)、黒球に及ぼす
放射の影響を見るために気温と
地表面温度は不変とする。時刻は地方時。
有効入力放射量はR↓-σT4、σT4は気温 T に対
する黒体放射量、
入力短波放射量=(I/4)+(Sd+Su)/2 である。
新雪日 無雪日 屋根下 夜間 夜間
10時 10時 10時 22時 22時
(a) (b) (c) (d) (e)
入力放射データ
直達日射量 I 881 881 0 0 0
散 乱 光 Sd 91 33 0 0 0
大気放射量 Ld 215 215 316 215 215
地面反射光 Su 511 51 0 0 0
地面赤外放射 Lu 316 316 316 316 272
黒球の単位面積に入る放射量[(I/4) + (Sd+Ld+Su+Lu)/2]
入力放射量 R↓ 787 528 316 266 244
有効入力放射量 471 212 0 -51 -72
参 考 値
水平面日射量 S 568 510 0 0 0
入力短波放射量 521 262 0 0 0
気温の黒体放射量 316 316 316 316 316
地表面温度 Ts 0 0 0 0 -10
気温 T 0 0 0 0 0
アルベド Su/S 0.9 0.1 ― ― ―
注意:上の表に示した日射量の計算値は、
広い水平な地表面を想定してある。
天空からの散乱光に及ぼす地表面アルベドの影響は、周囲数km範囲の地表
面において反射された日射が大気中で再度散乱されて地上にくる分を含むので、
アルベドは周囲数km範囲の平均値である。
参考(1)
日射量と大気放射量を計算式から求める方法は、
本ホームページの「研究の指針」の「K17. 暑熱環境と
黒球温度」の章に
晴天日の放射量の日変化の計算として説明してある。
18.3 黒球の熱収支と黒球温度
人体の代わりに黒球を用いて、その熱収支(熱エネルギーの出入り)と
温度を計算し、新雪の日、つまり地面反射が増えたときの温度を知ること
にしよう。
簡単化のために黒球は完全な黒(反射ゼロの黒体)として考える。
特殊な装置を作らない限り、波長の全域にわたって日射と赤外放射を完全に
吸収する物体はなく、現実的には4%程度は反射されるが、これを0%と仮定
するわけである。
通常、日射量は水平な単位面積に入るエネルギーを測定する。水平面に
入る日射量と地表面からの反射量は次式で表される。直達日射量を I 、
散乱日射量を Sd 、太陽の天頂角を θ とすれば、
水平面日射量=I cos θ+Sd・・・・・・(1)
地面反射光=Su・・・・・・・・・・・・(2)
1平方mの水平な平面を想定したとき、その上下両面(2平方m)の単位面積
に入る日射のエネルギーは次のようになる。
上下両面への合計日射量=(I cos θ+Sd+Su)/2・・・・(3)
ところが球面を想定すると、直達日射のくる方向と球面の一部はいつも
垂直になっていて、天頂角によらず I を球の断面積(=πr2)
で受けるのに等しい。球の表面積(=4πr2)は断面積の4倍
であることを考慮すれば、球の単位面積に入る日射エネルギーは次式で
表される。
球面へ入る合計日射量=(I/4)+(Sd+Su)/2・・・・・・(4)
式(3)と(4)を比較したとき、水平面上の日射量は θ (つまり時刻)によって
大きく変わるのに対し、球面上では θ によって大きく変化しない。
赤外放射の「大気放射量」Ld と地面からの「地面放射量」Lu を含めると、
球面へ入る放射量=(I/4)+(Sd+Su+Ld+Lu)/2・・・・・(5)
ただし、簡単化のために、上の式では下向きの散乱日射量と大気放射量、
上向きの地面反射光と地面放射量は方向によらず同じ強さのエネルギー分布を
していると仮定してある。
放射エネルギーが注がれると、黒球温度は上昇し、周囲の気温 T より
高温となり、球面から顕熱は放出されるようになる。黒球の材質、球殻の厚さ
などにも依存するが、30 分程度経つと入るエネルギーと出るエネルギーが
ちょうどバランスする平衡状態になる。このときの黒球温度 Tb は熱収支式
から計算によって求めることができる。
その詳細は別の章にゆずり(下記の参考(2))、計算結果を表18.2に示した。
ここでは北海道の3月1日、気温=0℃の時を想定してある。無積雪のときに
比べて新雪があるときの黒球温度は風速=0.3~10m/sの範囲で、
6.5~18.9℃の高温になることがわかる。風速が強くても、黒球温度は
明らかに高温となる。
表18.1に示した入力短波放射量を比較してみると、新雪時は無積雪時に
比べて約2倍(1.99=521/262)の大きさがあり、太陽が2つ輝いている
状態に相当する。これが、新雪日が暖かく感じる
理由である。
表18.2 黒球温度と風速の関係(冬の晴天日、黒球の直径=0.15m)
(a)と(b)は、それぞれ地表面のアルベドが0.9と0.1とした場合、
(c)は屋根下、(d)と(e)は夜間の条件を想定(表18.1を参照)。
風速(m/s) 黒 球 温 度(℃) 黒 球 温 度(℃)
(a)新雪 (b)無積雪 差(a)-(b) (c)屋根下 (d)夜間 (e)夜間
0.3 36.70 17.85 18.85 0 -4.61 -6.61
1 28.16 13.06 15.10 0 -3.20 -4.60
2 22.49 10.29 12.20 0 -2.49 -3.58
4 17.37 7.89 9.48 0 -1.89 -2.72
6 14.76 6.69 8.07 0 -1.60 -2.30
8 13.10 5.93 7.17 0 -1.42 -2.03
10 11.91 5.38 6.53 0 -1.29 -1.85
この表には風速が10m/s の条件まで計算してあるが、風速が概略
5 m/s 以上になると、現実的には地吹雪が起きるようになり、体感的に
暖かさを意識しなくなるのではなかろうか?
表18.2には冬の晴天夜間の場合についても示してある。気温と地表面温度
が日中と同じ(d)では、黒球温度は気温(0℃)より1~4℃も低温となる。
これが、夜間に戸外に出たときの「放射冷却」により”冷たく感じる”理由
である。
現実の夜間には地表面温度が低くなり、いっそう”冷たく感じる”のである。
それが最後の列に示す条件(e)の結果である。
(e)と(d)の黒球の温度下降量の比は風速にほとんど依存せず、約1.4である。
この比は表18.1に示した有効入力放射量(R↓-σT4)の比1.4
(≒72/51)に等しくなっている。
ところが(a)と(b)の有効入力放射量の比が2.22(=471/212)であるのに対し、
黒球の温度上昇量の比は 2.05(微風時)~2.21(風速10m/sのとき) で少し
違う。これは、微風時の黒球の温度上昇が大きく、黒球の周りで自然対流が
発生して黒球の温度を下げる方向に働くからである。
理論式によれば、強風になるほど、温度上昇量の比は有効入力放射量の比に
漸近する。
あるいは温度上昇量または温度下降量が小さいとき、温度上昇量は
有効入力放射量に比例する(下記の参考(2)を参照)。
参考(2)
黒球温度の計算方法は「研究の指針」の
「K17. 暑熱環境と黒球温度」
の章に説明してある。
表18.2に示す黒球温度は
黒球温度の逐次近似計算プログラムによる計算値である。
参考(3):積雪面上の気温観測時の注意!
表18.2は直径が0.15mの黒球温度であるが、条件(a)新雪の気温0℃の条件
で、直径=0.01mの黒球とした場合、その温度は14.05℃(風速=0.3 m/s)、
6.77℃(風速=2 m/s)、4.17℃(風速=6 m/s)、3.30℃(風速=10 m/s)
となる。このことから、晴天日中の積雪面上における気温観測は非常に難しく、
上下に完全な放射除けを取り付けた通風筒を用いる必要があることがわかる。
18.4 実測の温度上昇による検討
本ホームページの「研究の指針」の
「K16. 気温の観測方法」の章の図16.1、16.2は、球部の長さ=14mm、
直径=3.5mmの棒状温度計で測った温度上昇を示しており、球部に
風が当たらないようにして約10分間経過すれば19℃上昇した段階で
平衡状態に近づいている。この温度は球部が太陽光に垂直になるように
筒の奥にセットして測った値である。
同じ章の図16.3によれば、受感部の大きさが大きくなるほど、また風速が
弱いほど、温度上昇は大きくなることがわかる。
直径0.15mの黒球について、筆者は実際に温度上昇を測ったことはないが、
これらの実測値と温度上昇の性質から、今回表18.2で示した温度上昇は妥当と
見てよいだろう。
まとめ
気温がほぼ同じでも、太陽の輝く戸外では無積雪の日に比べて「新雪の日が
暖かく感じる」という。これは、地吹雪が発生するような場合を除外して、
晴天の日中、一面の銀世界となった状態での
ことである。つまり、積雪地域であってもビルが林立する都会においてでは
なく、大部分の地物が雪で覆われる田舎で体験
できる現象である。
新雪時のように地表面のアルベド(反射率)が大きい時、人体に入る太陽
エネルギーは無積雪時の2倍程度に大きくなる。人体を直径0.15mの黒球
に見立てて、その温度上昇を熱収支式によって求めた。
北海道の3月1日、気温=0℃、地表面温度=0℃を想定したとき、新雪時の
黒球温度は無積雪時より、6.5℃(風速=10m/s)~18.9℃(風速=0.3m/s)
も高温になる。
これが「新雪日が暖かく感じる」理由である。
日射のない夜間についても同様の計算をしてみると、夜間は放射冷却に
よって黒球温度は気温より1.3℃(風速=10m/s)~4.6℃(風速=0.3m/s)
も低温になる。
地面温度のみ-10℃の低温となった場合は、黒球温度は地表面温度が0℃
の場合より、さらに0.5℃(風速=10m/s)~2.0℃(風速=0.3m/s)
も低温になる。
黒球温度と気温の差を温度上昇量とすれば、温度上昇量は有効入力放射量
にほとんど比例する。
有効入力放射量はR↓-σT4で表され、σT4は
気温 T に対する黒体放射量である。
気温が低いときはσT4が小さいので、同じ入力放射量R↓の
もとで、冬の有効入力放射量は大きくなり、黒球の温度上昇量は夏よりも
大きくなる。つまり、人体は地表面のアルベドの変化に
対して冬に敏感となる。冬はもともと寒いので、このアルベドの増加
による暖かさをより一層強く感じるのであろう。
副産物として、晴天日中の積雪面上における気温観測は非常に難しく、
上下に完全な放射除けを取り付けた通風筒を用いる必要があることが
わかった。