K190.空間内の温度に及ぼす放射影響の実験(1)


著者:近藤純正
長波放射(赤外放射、大気放射)の気温に及ぼす影響は空間スケールが小さいほど 大きくなるという理論的な結果を確かめる実験である。内容積8リットルの断熱容器 を高層ビルの69階(273m)に上げたときの気圧変化による容器内の温度変化、 及び20リットルの断熱容器の圧縮によって気圧変化させたときの容器内の温度変化 を測った。

この実験から得られた温度変化の時定数は、1次元空間の理論から推定される3次元 空間の放射時定数に比べて短い。その原因は、容器内の温度ムラによって生じた 弱い対流の作用が加わったものと考えられる。 (完成:2019年6月25日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

トップページへ 研究指針の目次


更新の記録
2019年6月12日:素案の作成

    目次
        190.1 はじめに    
        190.2  実験の方法
        190.3 高層エレベータ内の気圧変化と容器内の温度変化
        190.4 20リットル容器内の気圧変化と温度変化
        まとめ                


190.1 はじめに

地球温暖化量を気温の観測から正しく評価することは、観測方法・統計方法・観測 環境の時代による変化があり、非常に難しい。そこで時間変動が小さい地中温度を 代表する湧水温度や、深い地中に設置された地震観測壕内の温度から地球温暖化量 を評価する試みを行っている。

岩手県遠野に設置されている東北大学地震観測壕内における温度観測の副産物として、 外気の気圧日変化に伴って空気温度の日変化(変化幅0.005℃程度)が観測された。 この変化幅は気圧日変化幅2hPaによる断熱変化0.2℃に比べて小さいのは、 壕内壁面と空気間の放射伝達の作用が強く作用していると考えた (「K177.観測壕内の温度」)。

そこで、前報の「K189.黒体面に挟まれた空気層内の放射 伝達・温度変化」では、空間大きさの違いによって長波放射(波長 3μm以上 の赤外放射)による加熱・冷却作用を理論的に計算した。

本報告は、それを断熱容器内の温度変化から確かめる実験である。

190.2 実験の方法

実験 A:高層エレベータ内の気圧変化と容器内の温度変化
断熱容器を高層ビル(横浜のスカイガーデン)の高速エレベータに乗せて3階から 69階(273m)の展望台まで登ったときと、69階から5階まで降りたとき、気圧変化 に伴って生じる容器内の温度変化を測る。

断熱容器の内面は熱伝導のよいアルミ板の直方体(0.14m×0.2m×0.28m)、 その外側には熱容量の大きな濡れタオル多数層で囲み、その外側は5mm厚の 発泡断熱板(写真などの作品をのせる板:商品名PAT.P)、その外側は厚さ13mm の木箱(外径=0.18m×0.28m×0.37m)、さらに外側は5mm×3枚の発泡断熱板 で囲んである。

外径5mm、内径4mm、長さ500mmの細いアルミパイプを容器の片隅から入れ、 S字状に曲げて、内部天井のアルミ板に接触させて固定し、容器の反対側片隅から アルミ板の直方体の空気中へ入れる。気圧変化に伴う空気の出入りは、この細い アルミパイプを通って行われる。

この断熱容器はリュックサックに入れてエレベータで上昇・下降する。

容器内側のアルミ直方体のほぼ中心の空気温度は、直径0.2mmの銅・コンスタン タン熱電対で測る。記録はT&D社の「おんどとり」のデータロガー(TR-55i-TC、 温度分解能=0.1℃)に5秒間隔で記録した。実験で得られた温度変化の時定数が 予想外に短く、満足できる記録は得られなかったが、傾向はつかむことができた。

実験 B:20リットル容器内の気圧変化と温度変化
プラスチック製の20リットルの水タンク(0.22m×0.26m×0.28m) (商品名MD TANK、直径105mmのコック付、エアー抜き栓付)を風呂桶に入れ、 周囲を大・中のタオル数枚で覆う。風呂桶の下部には水を貯めてあり、タオルも 水で濡らして断熱容器とする。

容器の上部に概略20kgの圧力をかけ、5分後に圧力を外し、10分間周期で内部に 気圧変化を起こす。空気温度はレスポンスの早い直径0.05mmの銅・コンスタン タン熱電対で測る。熱電対温度計の分解能は0.1℃である。

容器内壁面の上方と下方の壁面温度は直径0.2mmの銅・コンスタンタン熱電対 で測る。同時に内部の気圧と湿度は「おんどとり」のデータロガー(TR-73U) で測る。

この実験 B では、気圧変化や温度変化は2秒間隔で記録した。


190.3 高層エレベータ内の気圧変化と容器内の温度変化

図190.1は横浜のスカイガーデンの3階から69階(273m)への直通エレベータを利用 して行った実験結果である。図中の黒線は直径0.2mmの熱電対による容器内空気 温度の時間変化、赤直線は気圧変化による空気の断熱変化の時間変化、赤曲線は 熱電対のレスポンスが非常に速いとした場合に推定される温度の時間変化である。

当初、放射による水蒸気を含む容器内の温度変化の時定数は数分間と予想していた。 ところが実験では予想外にレスポンスが早く、直径0.2mmの熱電対では正しく測定 できないことがわかった。日本一の高速と言われているエレベータでも69階まで登る のに30秒間かかる。その30秒間に現象の主要部分が終わっていることもわかった。

この実験では、正確な温度変化は得られなかったが、時間変化の時定数は非常に 短いという、おおよその傾向を知ることができた。

高層ビル実験
図190.1 高層ビル(横浜のスカイガーデン)のエレベータを利用した実験 (容器内面寸法=0.14m×0.2m×0.28m、容器内の水蒸気量=18g/m3)。
上:3階から69階(273m)に上昇したときの温度変化、
下:69階から5階に下降したときの温度変化。


190.4 20リットル容器内の気圧変化と温度変化

前記の実験の失敗から、レスポンスの早い直径0.05mmの熱電対を作り、方法を 変えた実験を行った。

図190.2は風呂桶に入れた20リットル容器の上から人的荷重をかけて内部の気圧を 上げ下げした実験結果である。10分間周期の5回の気圧変化に伴う容器内の空気温度 の時間変化が示されている。各回で人的荷重が一定でないために、各回の気圧・温度 の時間変化は同じではない。

20リットル容器実験
図190.2 20リットル容器(0.22m×0.26m×0.35m)の圧縮・復元を繰り返した ときの内部の気圧変化(上図)と温度変化(下図)。


20リットル平均
図190.3 20リットル容器の圧縮・復元の5回平均の気圧変化(上図)と温度変化 (下図)(容器内の水蒸気量=15g/m3)。


この5回連続の実験の平均グラフを図190.3に示した。上図は最初の5分間は気圧が 上がったとき、その後の5分間は気圧が下がったときの容器内気圧の時間変化であり、 下図は空気温度の時間変化である。

前報の理論計算では放射過程のみ考慮したときの温度変化の速さを表す「放射時定数」 を定義した。すなわち、放射時定数とは気圧変化の直後に起きる温度変化の傾向を 直線でのばしたとき、変化前の温度と等しくなるまでの時間である。図中に描かれた 斜めの赤直線から放射時定数は1分(気圧上昇時)、または0.5分(気圧下降時) であることが分かる。

前報(「K189. 黒体面に挟まれた空気層内の放射伝達・温度 変化」)によれば、空気層の厚さ0.1mの1次元空間についての理論計算では 水蒸気量=10g/m3の場合の全層平均の放射時定数=5分間である。

本実験では空気層の厚さ=0.22m、縦幅と横幅=0.26m×0.28mの3次元であるが、 厚さ0.22mの1次元で水蒸気量=10g/m3のとして前報の図6から読み取ると、全層 平均の放射時定数=8分間である。本実験の水蒸気量=15g/m3を考慮すると、 同図の水蒸気量=1g/m3と10g/m3の関係から放射時定数は 概略6分間と読みとれる。

さらに3次元であることを考慮すると、放射時定数は概略3分間前後であると 推定される。

この放射時定数、概略3分間に比べて実験から得られた時定数は短時間であり、 また気圧上昇時と下降時で異なる。その原因として次のことが考えられる。

3次元である容器内では、気圧変化にともなう温度ムラによって不安低層が形成 され微弱な対流が発生し、容器内の温度変化の追従時間が「放射追従時間」 よりも短くなった。

今後、対流が発生しにくい方法・装置で放射影響に関する再実験を行いたい。


まとめ

長波放射(赤外放射、大気放射)は空間スケールが小さいほど気温に及ぼす効果が 大きくなる。これを放射伝達の理論に基づく計算と、それを確かめるための実験を 行った。前報では理論に基づく計算結果を示した。本報告は実験結果である。

内容積8リットルの断熱容器を高層ビルの69階(273m)に上げたときの気圧変化 による容器内の温度変化、及び20リットルの断熱容器の圧縮によって気圧変化させた ときの容器内の温度変化を測った。

この実験から得られた温度変化の時定数は、1次元空間の理論から推定される3次元 空間の放射時定数に比べて短い。その原因は、容器内の温度ムラによって生じた 弱い対流の効果が加わったものと考えられる。

今後、対流が発生しにくい方法・装置で放射影響に関する再実験を行いたい。 その方法として、容器内空気に急激なショックを与えないようにすること、 気圧変化を小さくすることで温度ムラを小さくする。あるいは容器内に不安低層を 作らない方法による実験、などが考えられる。これらのうち、方法と装置の製作が 簡単な順序で実験を行いたい。



トップページへ 研究指針の目次