K154. 谷地形の冷気流と関連する気温分布、準備研究


著者:近藤純正・野口賢次・山崎慶太
神奈川県秦野市千村の谷間「谷戸」は日照が少なく湿地で 複雑な地形・土地利用形態にある。その気温の特徴を明らかにする研究に先立ち 準備研究を行った。周辺の森林からの冷気流と、日中の川下から吹き上げてくる 暖気流が影響し、丘に比べて谷間では高度2m以下のごく低層に低温層が昼夜に かかわらず形成されていることがわかった。 (完成:2017年9月10日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2017年9月3日:素案の作成

    目次
    154.1 はじめに
    154.2 予備観測
    154.3 斜面3高度と谷間の気温
    154.4 東西斜面、丘、谷間(百葉箱脇)の気温
    154.5 谷間の気温に及ぼす冷気流
    154.6 谷間の気温水平分布の観測点
    付録 自然通風式(非通風式)気温計の放射影響による誤差
    まとめ 
    参考文献            


研究協力者(敬称略)
千村ネイチャ―倶楽部:尾崎文隆、大森哲夫


154.1 はしがき

里山は農林業と暮らしの場であり、そこには森林、農地、湧水、ため池、 水路などさまざまな土地利用形態がある。

神奈川県秦野市千村には日立ITエコ実験村がある。ここは森林が近接する 谷間の湿地状態にあり、関東地方では「谷戸」と呼ばれ、台地が浸食されて 形成された谷状地形である。谷戸には湧水がある。ITエコ実験村は、人間の 暮らしを支えている里山の自然をITと人のちからで再生・保全することを 目指して2011年4月に開設された。

湧水温度の研究と関連して秦野市の平沢(平坦な住宅地)と千村で2016年7月 から1年間にわたり気温の連続観測を行った(近藤・内藤、2017; 「K151.神奈川県秦野盆地の気温(年変化)」を参照)。

図154.1は千村(標高=187m)と小田原アメダス(標高=14m)の月平均気温差 の季節変化である。気温差の年平均値は-1.80℃である。孤立峰などで成立する 気温の高度減率(-0.0065℃/m)を仮定したときの気温差-1.12℃よりも千村は 0.68℃も低温である。

千村の気温が標高の割に低温であるのは、北向き谷地形にあり日照時間が短い こと、湿地ぎみであること、周囲に森林があり斜面冷気流の影響を受けること、 が考えられる。これを観測から確かめなければならない。

「水環境の気象学」(近藤、1994)の6.5節~6.7節に説明されているように、 湿地であることは、地表面の蒸発効率(β=0~1)が大きいことであり、 地表面温度が1日を通じて平均的に低温になる。日照時間が短いことは地表面に 入射する放射エネルギーが小さいことであり、地表面温度は同様に低温になり、 その直上の気温も低温となる。

千村・小田原気温差
図154.1 千村と小田原アメダスの気温差(近藤・内藤、2017、表151.1から作成: 「K151.神奈川県秦野盆地の気温(年変化)」を参照)。


盆地・谷地形では夜間に冷気が溜まった冷気湖が形成される。これまで冷気湖 の形成過程や平坦地の林内の気温の特徴についての研究が行われてきた。 盆地・谷地形については近藤(2000)に、林内気温の特徴は近藤・菅原・内藤 (2017)にまとめられている。

冷気湖形成と放射冷却の理論は「水環境の気象学」(近藤、1994)に掲載されて おり、冷却の大きさは大気放射量、地表土壌層の熱的パラメータ(熱容量、 熱伝導率)、風速、斜面傾斜・スケールなどの関数で表される。

林内の林床では、下向き大気放射量に相当する放射は樹木の枝・葉の温度が 放つ黒体放射量に近く、林床の放射冷却は微弱であるが、樹冠層の葉面で冷却 された空気隗が林床へ降りてきて下層ほど低温な層が形成される。

ほぼ平坦な所にある密な林内では日中も夜間も下層ほど低温の安定成層が形成 されている。そのため、森林が傾斜地であれば、冷気に働く重力によって 冷気流が標高の低い谷間へ流れることになる。

従来の多くの研究は、地形が比較的に単純な場合について取り扱われてきた。 本研究で対象とする複雑な「谷戸」地形についての研究は観測の面からも 難しく定量的な結果、正確な観測例は見当たらない。従来、一般に用いられて きた気温計の精度はよくない。自然通風式(非通風式)気温計に及ぼす 放射影響は大きく日中は最大5℃ほどの誤差があり、気象庁や農業環境技術 研究所などで公式観測されている通風式気温計(強制通風式気温計)でも 日中は0.3~0.4℃ほどの放射影響の誤差を含む (近藤、2015;「K99.通風筒」の放射影響(気象庁95型、 農環研09S型」)。

あとで示されるように、地域の気温は多くの場合±1℃の範囲内にあり、 従来型の気温計では正確な気温分布は得られない。そのため、本研究では 放射影響の誤差を含む精度として±0.02℃の近藤式精密通風式気温計を用いる (近藤、2016;「K126.高精度通風式気温計の市販化」)。

千村は日本各地の山間部でよく見られる複雑地形にある。そのため、どのような 観測を行えばよいか、その観測計画をたてる目的で、この準備研究を行うもので ある。

154.2予備観測

前述のように、植生密度が密な平坦地の森林内における気温は、林外に比べて 昼夜ともに1℃程度の低温である(「K141.自然教育園の 林内気温の特徴」)。傾斜した森林内の気温も、ほぼ同様に低温と考え られる。そのため、周囲に森林がある谷地形や窪地では、林内斜面からの 冷気の影響を受けやすい。

秦野市千村の日立ITエコ実験村では、晴天日中は谷を登ってくる暖気流と 側斜面からの冷気流が相互に作用して気温が形成されていると考えられる。 これを確認するために、林内斜面と谷間の2か所で気温鉛直分布の観測を 行う予定である。エコ実験村は地形・地被状態が複雑なため、気温鉛直分布 の観測をどの場所で行えばよいか、予備観測を行った。林内外の気温差は 晴天日に大きくなるので、おもに晴天日を選んで観測した。

観測場所:秦野市千村 日立ITエコ実験村
観測日時:2017年7月7日、9:50―11:40
気温計:横型の近藤式精密通風気温計2台
データロガー:K320(0.01℃の分解能・精度、2チャンネル)
気温の記録間隔:10秒ごと
通風筒の電源:単一乾電池、12ボルト


気温計2台を三脚に取り付けた鉛直ポールに設置し、10~20分間ごとに三脚を 移動させて観測した。各地点における平均気温を次の表154.1にまとめた。


表154.1 気温観測の表(2017年7月7日)
 時刻          場所       高度2m  高度0.8m   高度0.35m   気温差
                            ℃        ℃        ℃          ℃
 9:53-10:10  東斜面       25.62      ----       25.19      0.43
10:20-10:25  平地の奥     25.48      ----       26.09     ―0.25
10:30-10:40  同上東斜面   25.26      ----       24.93       0.33
10:46-11:00  百葉箱脇     26.87      ----       27.36     ―0.49
11:05-11:20  百葉箱脇     26.85      27.02       ----     ―0.18
11:23-11:40  百葉箱脇     26.83      ----       27.34     ―0.51

注:気温差のプラスは上空ほど高温(斜面では下降冷気流)、
気温差のマイナスは上空ほど低温(晴天日中の陸面上の気温鉛直分布)



谷間(百葉箱脇)では3回の観測を行い、そのうちの2回目の観測では高度 0.35mの気温計を0.8mに上げて観測した。結果は図154.2に示し、高さは 対数目盛で表してある。地表面に近い大気層内では、日中の気温分布は、 最下層ではいわゆる「対数分布」となり、高くなるにしたがって下に凸の分布 になることが知られている(大気安定度が不安定時の気温分布)。 今回の観測でも同様の鉛直分布が得られた。

この観測は晴天日の正午前、太陽の南中時前後に行ったもので、高度2mまで の下層では下ほど高温な分布である。しかし後で示されるように、他の時間帯 における高度3mの気温は1.5mの気温よりもほとんどの時間帯で高温である ことが分かってくる(図154.3上図の褐色線:高度3mと1.5mの気温差)。 つまり、ごく低層の高度約2m以下には日中でも冷気の存在が長時間続く ことがわかってくる。

気温鉛直分布
図154.2 百葉箱脇で観測した気温鉛直分布(7月7日)。縦軸の高さは対数 目盛である。


要約1:晴天日の正午前の時間帯に、谷間の百葉箱脇と東側の林内 斜面で気温観測をおこなった。谷間の気温鉛直分布は図154.2に示すように、 平坦地の晴天日中に観測される「大気不安定時の気温鉛直分布」であること が分かった。東斜面では下層ほど低温で、斜面下降流が生じていることを 示した。この予備観測から、次節では斜面の代表地点として東斜面を選定し、 観測することにする。

154.3 斜面3高度と谷間の気温

谷間(百葉箱脇)の高度1.5mと3m、および東側の林内斜面の高度4m、 1.4m、0.3mで気温観測をおこなった。気温計は近藤式精密通風気温計 およびその元の手製品、精密検定済である。

気温計:3線式Pt1000センサA級とデータロガー(おんどとりTR-55i-Pt)
記録の時間間隔:1分間
気温の平均化時間:60分間
観測期間:2017年7月11日11時~18日11時
期間中の天気:晴れ時々曇り


図154.3は観測期間の気温差(上図)と気温(下図)の時間変化である。 横軸の7月11日の目盛りの位置は11日の0時を表す。斜面の1.4m高度の気温 は谷間の1.5mに比べて、9時前後に0.5~1℃ほど低温、夜間に1~1.5℃ほど 高温である。

各地点の気温の相互関係を見やすくするために、毎日の11時から翌日11時まで の気温24時間変化を平均した結果を図154.4に示した。

谷間と東斜面の気温
図154.3 谷間と東斜面の気温変化(2017年7月11日11時~18日11時)。
 上:谷間の高度1.5mの気温を基準とした各地点の気温差(1時間平均気温)
 下:各地点の気温の時間変化(前後10分間、合計20分間の移動平均値)


図154.4(上図)は11日~18日の7日間平均値であり、斜面の3高度と谷間の 1.5m高度の気温日変化である。図154.4(下図)は15日~18日の4日間平均 値で、谷間の3m高度を含めた気温日変化である。

谷間と東斜面の気温、晴天
図154.4 谷間中央と東斜面の気温変化(晴天が多い期間の平均)。
 上:7月11日~18日の7日間平均
 下:7月15日~18日の4日間平均

図154.4によれば、14時または15時以後の18時までの時間帯において、 斜面(0.3m、1.4m、4m)が谷間1.5mよりも高温になっているのは、 斜面に西日が当たっていることによる。さらに、斜面には樹木があり風が 弱く気温が上昇しやすい。

18時以後の翌朝7時ころまで谷間1.5mが低温になる理由は、林内斜面に比べて 空が開けていて放射冷却によるものである。さらに、谷間には周辺から斜面 下降流が堆積することで低温化が促進されて、標高が低いほど気温が低 くなる、いわゆる「冷気湖」が形成される。なお、斜面の気温観測点の標高 は谷間観測点よりも2.8m高い。

表153.2 全期間の平均気温(2017年7月)
   観測点      11日11時~18日11時       15日11時~18日11時
 斜面4m          26.29℃                    26.88℃
 斜面1.4m        26.18                      26.74
 斜面0.3m        26.02                      26.54
  谷間3m           ----                      26.84
 谷間1.5m        25.85                      26.42



要約2:おもに晴天が続く2017年7月11日11時から7月18日11時まで、 谷間(百葉箱脇)と東側の林内斜面で気温の鉛直分布を観測した。観測高度 は谷間の高度1.5mと3m、および東斜面の4m、1.4m、0.3mである。ただし 谷間の3m高度の気温は15日からの観測である。

(1)全期間7日間の平均気温: 谷間(百葉箱付近)1.5m高度がもっとも 低温(斜面1.4mに比べて0.33℃の低温)。

(2)6時~13時: 谷間1.5m高度を基準としたとき、斜面では下層ほど 低温であり、冷気の斜面下降流が生じていることになる。

(3)13時~18時(東斜面は西日の時間帯): 谷間を基準としたとき、 斜面では下層ほど高温であり、斜面上昇流が生じていることになる。

(4)夜間の18時~翌6時: 斜面では下層ほど低温、谷間がもっとも低温、 つまり「冷気湖」が形成されていることになる。

(5)15時~翌朝7時:谷間がもっとも低温である。


154.4 東・西斜面、丘、谷間(百葉箱脇)の気温

前節では、谷間(百葉箱付近の周辺)に「冷気湖」が形成されている可能性がある ことがわかった。冷気湖の強さを知るために、冷気の溜まりにくい丘に気温 観測点を設け、これを基準として谷間の気温を調べることにした。同時に 東・西斜面でも気温を観測した。

丘は谷間観測点の北東130mにある畑地である。

各観測地点の標高は表154.3に示した。丘の標高は谷間(百葉箱脇)より わずか2.8m高いが、周辺は南から北に向かって低くなる傾斜地であり、 丘観測点の北150mは東西の谷地形、川が西から東向きに流れている。 丘観測点は北側の谷より13m高く、西側の水田より7m高い。

表154.3 気温観測点の標高
谷間    標高=187m     (±0m)    基準点
東斜面 標高=189.8m    (+2.8m)  基準点の南東46m
西斜面 標高=190.4m    (+3.4m)  東斜面の西64m
丘畑地 標高=189.8m    (+2.8m)  基準点の北東130m

観測期間 2017年7月18日13時~21日15時



表154.4に全期間3日間の平均気温を示した。7月18日の夕方に激しいにわか雨 が降ったので、その影響を含まない19日15時からの2日間平均値も示した。

表154.4 全期間の平均気温(℃)
  観測点            18日13時~21日13時       19日15時~21日15時
 東斜面1.4m          23.56(-0.54)           24.19(-0.54)
 西斜面1.4m          23.70(-0.40)          24.33(-0.40)
  谷間3m              23.79(-0.31)          24.40(-0.32)
 谷間1.5m            23.54 (-0.56)         24.12(-0.61)
 丘1.5m              24.10 (0 基準)         24.73(0 基準)



谷間(百葉箱脇)の1.5m高度の気温がもっとも低く、丘に比べて約0.6℃も 低温である。

気温および気温差の時間変化は図154.5に示した。7月18日の夕方、激しい にわか雨があり、正午過ぎに気温が急に下降し、他の日と違った気温変化である。

図154.5(上)は丘の気温を基準とした気温差の時間変化である。毎日、 朝6時ころ気温差が急激にマイナス側に大きくなる理由は、丘は比較的見晴らし がよく地表面に早くから日射が当たるが、谷間とその両側の東・西斜面は日陰 のため気温上昇が遅れるからである。特に東斜面では、正午ころまで日陰のため、 気温上昇が遅れ、マイナスの気温差は大きい。前掲の図154.3で示したように、 この時間帯は、斜面の下層ほど低温であるので斜面冷気流が谷間に流れ 込んでいることになる。

にわか雨後の7月19日早朝を除くと、7月20日と21日の0時~6時の時間帯は、 東・西斜面と谷間3mの気温が丘の1.5mの気温よりも高くなっている。 これは、丘でも夜間の放射冷却があり低層1.5m高度は低温であるが、 谷間1.5mよりも高温である。つまり、放射冷却は地面にごく近い下層ほど 低温として現れる現象である。

7月18日~21日の気温
図154.5 間(百葉箱脇)と東・西斜面と丘の気温変化 (2017年7月18日13時~21日15時)。
横軸の7月18日の目盛りは18時の0時を表す。
 上:丘の高度1.5mの気温を基準とした各地点の気温差(1時間平均気温)
 下:各地点の気温の時間変化(前後10分間、合計20分間の移動平均値)

図154.6は西斜面と東斜面の気温差(=西斜面気温―東斜面気温)の時間変化 である。8時~12時ころまでは日差しのある西斜面が0.5~1℃ほど高温である。 午後には西斜面がわずかに低温の傾向である。

東・西斜面の気温差が午前と午後で対称的にならない理由として、
(1)午後は谷風が吹き上がってくること、
(2)気温観測点は東斜面よりも西斜面の標高が0.6m高い位置にあること、
(3)東斜面の上は森林が広い範囲に分布し斜面は長いのに対し、西斜面は 上方の10mほどの距離に道路があり斜面は短いこと、
が考えられる。

こうした特徴の違いが気温差に現れている。

東西斜面の気温差時間変化
図154.6 東・西斜面の気温差の時間変化。

要約3:周辺に森林のある湿地の谷間、いわゆる「谷戸」では冷気が溜まり やすく周囲に比べて低温になると考えられるので、冷気の溜まりにくい丘でも 気温観測した。2017年18日13時~21日15時の観測結果は次のようにまとめられる。

3日間(7月18日13時~21日13時)の平均値について:
(1)丘の高度1.5mを基準として、谷間の高度1.5mは0.56℃低温である。
(2)丘の高度1.5mを基準として、東斜面は0.54℃の低温、西斜面は0.40℃の 低温である。つまり、林内は丘に比べて平均気温が低い。
(3)谷間3mは谷間1.5mに比べて0.25℃の高温である。(なお、前節で 示した15日~18日の観測では、谷間3mは谷間1.5mに比べて0.42℃の低温 であった。)低い高度の低温は、低温の湿地(谷間)に下流からの暖気移流 によるものと考えられる。

各時間帯について:
(4)丘に比べて谷間、東・西斜面とも日の出後は日陰のため気温上昇が 小さく、1~2℃も低温である。
(5)東斜面は日の出から午前中は日陰のため、気温上昇が小さい。
(6)東・西斜面を比較すると、8~12時は東斜面が0.5~1℃ほど低温である。 午後は逆転するが、気温差は0.2~0.5℃で小さい。その理由として、午後は 下流から吹き上がってくる谷風があること、標高差があること、森林斜面の 広さの違いによることが考えられる。

154.5 谷間の気温に及ぼす冷気流

谷間の高度1.5mの気温は、高度3mや丘に比べても、ほとんどの時間帯に 低温であることが分かってきた。図154.7はほぼ晴天が続く7月18日~22日の 5日間の高度3mと1.5mの気温差の時間変化である。

大きな特徴は、晴天日の日の出後の6~8時ころ、僅か1.5mほどの高度の違いで 気温差が1~1.5℃も生じている(19日、20日、21日)。この観測点には、 日の出直後のしばらくは地表面には日射が当たらなく、ごく下層が低温層 になっていることを示している。

谷間3mと1.5mの気温差
図154.7 谷間(水田)の高度3mと1.5mの気温差、7月18日~22日。
横軸の日付の位置は0時を表す。小田原アメダスにおける日照時間について 7月19日は8.2時間、7月20日は8.1時間、7月21日は12.1時間、7月22日は 9.1時間である。

図154.8は7月19日~31日の13日間平均の丘の1.5m高度と谷間の1.5m高度の 気温日変化である。どの時間帯も谷間の気温が低いことを示している。

7月下旬の気温日変化
図154.8 図154.8 7月下旬の気温日変化(全13日間)。
上:気温日変化
下:丘の気温を基準とした谷間の気温差日変化


この13日間について、晴れ(小田原アメダスの日照時間>8時間)と曇・雨天 (日照時間<4時間)に分けて、それぞれ図154.9と図154.10に示した。 それぞれの下図は気温差の日変化である。晴天日(図154.9)には日の出後の 7時には最大1.8℃の低温となっている。

7月下旬の晴天日
図154.9 7月下旬の晴天日の気温日変化(日照時間>8時間、晴天日の5日間)。
上:気温日変化
下:丘の気温を基準とした谷間の気温差日変化

7月下旬の曇天・雨日
図154.10 7月下旬の曇・雨日の気温日変化(日照時間<4時間、曇・雨日の6日間)。
上:気温日変化
下:丘の気温を基準とした谷間の気温差日変化


いっぽう、曇・雨天日(図154.10)には日の出後の極端な低温は現れていない。 しかし、夜間の谷間1.5m高度は丘に比べて1~2℃も低温になる。曇・雨天日 が晴天日に比べて夜間の気温が低くなる理由として、晴天日の風速が強いこと (小田原アメダスの日平均風速:晴天日は4.5m/s、曇・雨天日は3.7m/s)がある。 晴天日の千村では谷風によって下流からの暖気流が林内へ侵入し、林内から 谷間への冷気流を抑制するが、曇・雨天日は抑制効果がなく、谷間に冷気が 溜まったままの状態になると思われる。

要約4:日照時間が短い谷間では、晴天日の日の出後の気温上昇が遅れ、 7月の7時ころには丘に比べて最大1.8℃の低温となる。谷間は湿地でもあり、 1日を通じて丘に比べて0.5℃前後の低温である。

154.6 谷間の気温水平分布の観測点

前節までの準備観測から、谷間は湿っていることのほか日照時間が短く、 さらに周囲の森林斜面からの冷気の流入によって低温になることがわかった。 谷間に形成される冷気湖内の気温分布、上流から下流にかけての気温分布を 確かめ、標高との関係を知りたい。晴天日と曇・雨天日の違いなども明らかに したい。

谷間の「谷戸」の気温の特徴を明らかにするための観測配置を以下のように 設定する。

観測点の配置
谷沿いの中央(百葉箱脇)の気温計K7を基準点として、各観測点の方位と距離、 および標高差をカッコ内に示す。

丘の観測点
(H1)丘畑地・・・・標高=189.8m(+2.8m)、センサK9:基準点の北東170m
(H2)道路脇・・・・標高=187.8m(+0.8m)、センサK4:基準点の北44m

谷沿いの観測点
(V1)水田上端・・・標高=190.0m( +3.0m)、センサY1:基準点の南南西70m
(V2)百葉箱脇・・・標高=187.0m( ±0.0m)、センサK7:基準点
(V3)水田下端・・・標高=184.4m( -2.6m)、センサK8:基準点の北東45m
(V4)下段水田・・・標高=181.4m( -5.6m)、センサK15:基準点の北北東100m
(V5)若竹泉北・・・標高=180.0m( -7.0m)、センサK16:基準点の北270m

周辺林内の観測点(自然通風式気温計)
(F1)東斜面尾根・・標高=207.0m(+20.0m)、センサ17-010:基準点の南東76m
(F2)湧水源の脇・・標高=198.0m(+11.0m)、センサ17-011:基準点の南南西100m
(F3)東斜面中腹・・標高=193.6m( +6.6m)、センサTKNK-01:基準点の南東40m
(F4)動物観察点・・標高=182.2m( -4.8m)、センサS5:基準点の北100m

「はしがき」でも述べたように、自然通風式(非通風式)気温計は放射影響に よる誤差が大きいので、日射量が小さい林内に設置することにする。 さらに木漏れ日を防ぐために、自然通風式気温計の支柱に日傘を取り 付けて観測する。


付録  自然通風式(非通風式)気温計の放射影響による誤差

今回、林内気温の観測に用いる自然通風式気温計について、放射影響の誤差を 調べる。風通しが比較的によい丘(畑地)の1.5m高度に高精度通風式気温計 (センサK9)と自然通風式気温計(センサS5)を並べて5日間の比較観測を行った。

図154.11に示すように、センサS5の器差は+0.15℃であり、高めに観測される。 晴天日中の放射影響による誤差は+1℃前後、夜間は-0.1~-0.2℃である。 この結果は、近藤(2014)の図98.4に示された誤差とほぼ一致している (「K98.自然通風式シェルターに及ぼす放射影響の誤差」

放射影響の誤差
図154.11 自然通風式(非通風式)気温計(センサS5)の誤差。
高精度通風式気温計(K9)を基準とした比較観測。
赤横線(+0.15℃):センサ(S5)の誤差(0.15℃ほど高めに観測される)、
赤横線からのずれ:放射影響による誤差(晴天日中は1℃ほど高温に、 夜間は0.2℃ほど低温に観測される)。


これらの比較観測は、風通しが比較的によい場所(風速=1~2m/s)で行った 結果である。しかし、自然通風式気温計は風速が0.3m/s以下の微風時の晴天 日中は、放射影響の誤差が5℃以上となる(近藤、2014)。

それゆえ、本研究では、自然通風式気温計は日射量の小さい林内のみで用い、 さらに木漏れ日を防ぐために気温計の支柱に日傘を取り付けて観測する。


まとめ

神奈川県秦野市千村の谷間の「谷戸」は複雑な地形・土地利用形態であり、 気温の特徴はこれまで行われてきた単純地形と異なることが予想される。 そのため研究に先立ち準備研究をおこなった。

谷間では周辺の森林からの冷気流と、日中の川下から吹き上げてくる暖気流 が影響し、丘に比べて谷間では高度約2m以下のごく低層に低温層が昼夜に よらず形成されていることがわかった。

低温層の形成は、森林からの冷気流があること、日照時間が短いことと、 湿地状態にあることが主な理由である。

そのほかの詳細は次の通りである。
(1)晴天日の正午前の時間帯の谷間における気温鉛直分布
谷間(百葉箱脇)の気温鉛直分布は図154.2に示すように、平坦地の晴天日中 に観測される「大気不安定時の気温鉛直分布」である。また、東斜面では下層ほど 低温で、斜面下降流が生じていることを示した。

(2)晴天日の谷間と東斜面の気温の違い
晴天が続く2017年7月11日11時から7月18日11時まで、谷間(百葉箱脇)と 東側の林内斜面で気温の鉛直分布を観測した。観測高度は谷間の高度 1.5mと3m、および東斜面の4m、1.4m、0.3mである。ただし谷間の3m高度 の気温は15日からの観測である。

全期間7日間の平均気温として、谷間(百葉箱付近)1.5m高度がもっとも 低温(斜面1.4mに比べて0.33℃の低温)。6時~13時の時間帯については、 谷間1.5m高度を基準としたとき、斜面では下層ほど低温であり、冷気の 斜面下降流が生じていることになる。

13時~18時(東斜面は西日の時間帯)については、谷間を基準としたとき、 斜面では下層ほど高温であり、斜面上昇流が生じていることになる。夜間の 18時~翌6時については、斜面では下層ほど低温、谷間がもっとも低温、 つまり「冷気湖」が形成されていることになる。15時~翌朝7時の時間帯 については谷間がもっとも低温である。

(3)丘の気温を基準とした気温の比較
2017年18日13時~21日15時の3日間(7月18日13時~21日13時)の平均値に ついては、丘の高度1.5mを基準として、谷間の高度1.5mは0.56℃低温であり、 東斜面は0.54℃の低温、西斜面は0.40℃の低温である。

谷間の高度3mは高度1.5mに比べて0.25℃の高温であるなお、前記の15日~ 18日の観測では、谷間3mは谷間1.5mに比べて0.42℃の低温であった)。 低い高度の低温は、低温の湿地(谷間)に下流からの暖気移流によるものと 考えられる。

各時間帯については、丘に比べて谷間、東・西斜面とも日の出後は日陰のため 気温上昇が小さく、1~2℃も低温である。東斜面は日の出から午前中は日陰 のため、気温上昇が小さい。東・西斜面を比較すると、8~12時は東斜面 が0.5~1℃ほど低温である。午後は逆転するが、気温差は0.2~0.5℃で 小さい。その理由として、午後は下流から吹き上がってくる谷風があること、 標高差があること、森林斜面の広さの違いによることが考えられる。

(4)谷間の気温日変化の特徴
日照時間が短い谷間では、晴天日の日の出後の気温上昇が遅れ、7月の7時 ころには丘に比べて最大1.8℃の低温となる。谷間は湿地でもあり、 1日を通じて丘に比べて0.5℃前後の低温である。


この準備観測の結果に基づいて、谷間「谷戸」の周辺における気温分布 の観測を行う予定である。

参考文献

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支. 朝倉書店、pp。350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学―理解と応用.東京大学出版会、 pp.324.

近藤純正、2014:自然通風式シェルターに及ぼす放射影響の誤差.
 http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke98.html(2017年9月1日閲覧).

近藤純正、2015:通風筒の放射誤差(気象庁型、農環研09S型).
 http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke99.html(2017年9月1日閲覧).

近藤純正、2016:高精度通風式気温計の市販化.
 http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke126.html(2017年9月1日閲覧).

近藤純正・内藤玄一、2017:神奈川県秦野盆地の気温(年変化).
 http:/www.asahi-net.or.jp/~kondu/kenkyu/ke151.html(2017年9月1日閲覧).

近藤純正・菅原広史・内藤玄一、2017:自然教育園の林内気温の特徴. 自然教育園報告、第48号、1-15.

 

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