9.風で環境を観る
著者:近藤純正
	9.1 突風率と乱れの強さ
	9.2 観測所移転と風速経年変化
	9.3 風速経年変化から環境変化の推定
	9.4 海上風と陸上風

	9.5 台風災害時の瞬間風速の推定
	Q&A
	文献
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風は風上の情報を知らせる運搬者である。風の息は、大気の成層状態が安定 か不安定かによっても変わる。風速観測のために、昔からいろいろな形式の 風速計が用いられてきた。こうしたことを理解して、風の記録をみるならば、 観測所周辺の環境変化を知ることが可能となる。(2005年1月24日完成、 2006年7月30日更新:9.3節に過去の粗度の推定法その2~4を追加)


9.1 突風率と乱れの強さ

まず、平均風速や最大風速、最大瞬間風速、突風率、乱れの強さなどの定義に ついて学んでおこう。 われわれが風の中に立つとき、風の強弱つまり風の息 を感じる。同じ平均風速であっても、風の息が激しいとき(場所) と穏やかなとき(場所)がある。 ある与えられた時間帯(観測時間:1分間、10分間、30分間など目的に応じて 決められる)における瞬間の風速(瞬間風速)の最大値を 最大瞬間風速という。

平均風速はその時間帯(観測時間)の各瞬間風速 の平均値である。 気象庁では、観測時間10分間の平均値を平均風速としている。

図9.1は神奈川県平塚市にある独立法人・防災科学技術研究所平塚実験場 の海洋観測塔で観測された風の記録例である。左図で横の時間軸300秒~900秒 (10分間)について見ると、10分間平均風速は15.1m/s、最大瞬間風速 (赤丸印)は18.3m/sである。時間軸を拡大して60秒間を見ると (右図)、761秒ころ最大瞬間風速が生じている。その約10秒前の風速 は12.1m/sであったので、わずか10秒間に約6m/sも大きくなった ことになる。

海上風の記録
図9.1 海面上21mで観測された風速の記録、2005年1月3日11時 (時間のゼロ)から1200秒間(20分間)、風向は南西。20分間のうち、 縦の2本の線(横軸の300秒と、900秒の位置)で挟まれた時間帯10分間を解析 する。 赤丸印はその時間帯における最大瞬間風速。右図は最大瞬間風速を記録した 付近の1分間(60秒間)について時間軸を拡大したもの。 (防災科学技術研究所平塚実験場海洋観測塔における 観測資料に基づく)

最大瞬間風速は偶然的な要素によって変わることがある。それゆえ、風の息 の度合いを表すのに、次式で定義する乱れの強さ を用いることがある。

乱れの強さ=風速の乱れ成分の標準偏差 ÷ 平均風速

風速の乱れ成分は、平均風速の周りにプラス・マイナスの値をもつ。これら プラス・マイナスの値(平均すればゼロ)のばらつき具合が標準偏差 σ で 表される。乱れの強さは地表面の条件、大気の成層状態が安定か不安定か、 高度などの条件で変化するけれども、統計的に予測しやすい値である。

風の頻度分布
図9.2 海上風の頻度分布。図9.1に示す記録のうち、10分間(300秒~900秒) についての計算値(丸印)、赤丸印の横軸は最大瞬間風速(18.3m/s)。 実線は正規分布の曲線。

風速変動の頻度分布を図9.2に丸印で示した。平均風速 (=15.1m/s)の周りにほぼ対称な釣鐘状に分布している。平均風速の 周りのばらつき具合(標準偏差)を計算すると、σ=1.17m/sである。

実線は正規分布の曲線であり、観測値はこれに近い分布である。 観測された最大瞬間風速は概略次式で表される。

最大瞬間風速=18.3m/s≒平均風速+a×σ

この例では、a=2.7である。平均的には、a=3程度である。日最大瞬間風速 や年最大瞬間風速は偶然的な条件で大きな値となることもあるので、 風害の危険など安全性を重視する場合には、a=4~5とみておきたい。

最大瞬間風速は使用する風速計の応答時間(追従時間)によって異なる。 プロペラ型(風車型)風速計やカップ型(風杯型)風速計など器械的な風速計 では、応答時間は弱風で長く、強風で短い。気象庁で1980年以後、 プロペラ型風向風速計が用いられるようになり、最大瞬間風速は 0.25秒間の値が瞬間に相当する。

与えられた期間(1日、1ヶ月、1年など)について平均風速の最大値を 最大風速といい、期間の選び方によって 日最大風速、月最大風速、年最大風速という。同様に平均風速についても 日平均風速、月平均風速、年平均風速とよぶ。

強風時の災害は、おおよそ最大瞬間風速の起きたときに集中する。最大瞬間 風速がその時間帯の平均風速に比べていかに大きいかを表すために、 突風率が次のように定義される。

突風率=最大瞬間風速 ÷ 平均風速

上記の海上データの突風率=1.21(=18.3/15.1) である。

最大瞬間風速は、ほとんどの場合、最大風速の時間帯(またはその近く) で起きるので、たとえば、ある1日の期間で災害が生じたときの突風率は 次の式から計算しても大きな誤差は生じない。

突風率=日最大瞬間風速 ÷ 日最大風速

9.2 観測所移転と風速経年変化

図9.3は仙台における年平均風速その他の経年変化である。赤の数字2で示す 年(1982年)を境にして各データが不連続的に変化しているのはなぜか?

仙台の風速経年変化
図9.3 仙台における風速の経年変化。上から順番に、年平均風速、 年最大風速、年最大瞬間風速、年平均突風率。緑の実線は長期的傾向を示す。 (資料は気象庁ホームページの電子閲覧室 (気象データ検索)の「昨日までのデータ(統計値)」に基づく、 図9.4も同様)

番号1で示す不連続は、平均風速を観測する風速計としてカップ型(3杯式) 風速計からプロペラ型(風車型自記風向風速計)に変更したために生じた ものである。 後述するように、カップ型風速計は変動する自然風の中では、一定 風速の風洞内で検定したときよりも、強い風速を観測する特性がある。 この特性のことをカップ型風速計の回り過ぎ という。

番号2で示す不連続は、気象台が隣に新築されたビルに移転し、風速計高度 が地上17mから52mに変更されたことによって生じたものである。

1980年の頃になるにつれて、仙台管区気象台は周りにビルができ、 都市キャノピー内(森林の内部を呼ぶ森林キャノピーに類する呼び名) の風速を観測するかのようになったので、新庁舎の建設に合わせて風速計 高度を高くした。これによって風速は仙台地域を代表する値となった。 しかし、2000年頃から、再び年平均風速は減少傾向が明瞭になった。

年平均風速や年最大風速が1982年(番号2)に顕著な変化があるのに比べれば、 3段目に示す年最大瞬間風速では顕著でないことがわかる。

最下段に示す年平均突風率について説明しておこう。 「年最大風速」と「年最大瞬間風速」は1年間に1データである ため、台風が接近したかどうかなど偶然性もあって年平均風速に比べて値は ばらつく。それゆえ、この図では、こうしたばらつきを少なくして測器の変更 と環境変化を見つけやすくするために、次のように定義した。

年平均突風率=(月最大瞬間風速の年12回の平均) ÷(月最大風速の 年12回の平均)

このように定義した年平均突風率の経年変化を図の最下段に示した。 突風率が1982年以後、急に小さくなったことは、これは風速計高度 における値であり、上空では平均風速に比べて風の息が小さいことを 意味している。

年平均風速と年最大風速について、いずれも減少傾向となっているが、 逆に、年平均突風率は増加傾向にある。つまりビル建築物などが増える ことによって、平均風速は弱められ、風の変動割合は大きくなった。

平均風速と突風率の経年変化から、気象観測所の周辺環境の変化を知ること が可能である。ここでは年平均風速を例として取り上げているが、 風向別に調べれば、どの方位の環境変化が大きいかが推定できる ことになる。

図9.4は大阪における年平均風速と年平均突風率の経年変化である。 図中につけた番号1、2、3、4、5の年に各データが不連続的に変化 しているのはなぜか?

大阪の風速経年変化
図9.4 大阪における風速の経年変化。(上)年平均風速、 (下)年平均突風率。 緑の実線は長期的傾向を示す。

図中の番号1、4、5は観測所の移転と風速計高度の変更 に伴う不連続である。

番号1:1968年8月1日に気象台が移転、風速計高度は19.4mから53m。
番号4:1993年2月1日に気象台が移転、風速計高度は53mから94.2m。
番号5:1999年2月24日に風向風速計のみ移設し高度は22.9m。

1999年の風向風速計のみの移設は、現在の気象台(大阪府中央区大手町4丁目 1番76号の大阪合同庁舎第4号館)の隣にあるNHK大阪放送局の塔が 風速観測のじゃまになるようになり、大阪城公園内の大阪市立 博物館屋上への移設であると聞く。

番号4で示す直前の1990~1992年に年平均風速は急激減少、年平均突風率は 急激増加の傾向がある。風向別、月別の詳細解析をしてみなければ 即断できないが、この3年間に気象台の周辺環境が急速に変化し新しい 建築物・構造物ができたのではなかろうか?

次に、番号3の不連続はなぜ起きたか?大阪管区気象台のホームページに よれば、「1982年3月28日に80型地上気象観測装置運用開始」 とあるので、同気象台に問合せたところ、気候・調査課の山本二郎氏から 次のような回答があった。旧装置よりも80型のほうが強い風を観測する ようになった。当時、13気象官署で新・旧の比較をしたところ、年平均風速 は80型が13箇所の平均で0.27m/s大きい、ということを教えていただいた。

気象庁では1975年以降、風向・風速はプロペラ型(風車型風向風速計)で 観測されている。気象庁刊行物(測候時報、第51巻第5号、1984年)によれば、 風向風速の感部は従来と同じ外形のプロペラ型を用いるが、旧装置では 風速回転部に発電機が取り付けられており、その重い磁石を回転させていた。 新装置の80型では、回転部に48個の穴のあいた回転円板が光を断続することに よって回転数を測るようになり、風速計の起動風速は下がり、立ち上がり特性 がよくなった。

大阪の図9.4によれば、1982年から1984年にかけて年平均風速は約0.5~0.6 m/s大きくなっていることがわかる。しかし、下段に示す年平均突風率の図 では1984年には顕著な変化はみられない。

1974~1975年にも風速の不連続がある(番号2)。 同上ホームページに「1975年1月1日 に風向風速計に平均風速付加」とあり、この意味について気象台の山本二郎 氏に問い合わせたところ、風向については1975年以前からそれ以後まで風車型 で観測されているが、平均風速は1974年12月31日まで3カップ型(風杯型風程 式風速計)で観測されており、1975年1月1日からプロペラ型(風車型自記 風向風速計)で観測するようになった。カップ型風速計は変動する自然風の 中では風を強く観測する。その度合いは10%程度、気象官署によっては 10%以上大きくなることがある、ということを教えていただいた (測候時報、第46巻第5~6合併号、1979年)。

そこで、風速計が自然風に対してどのように反応するかを学んでおこう。

(1)u-誤差(追従の非対称性誤差)
「大気境界層の科学」p.83-p.92によれば、機械的な力で回転する風速計 (カップ型、プロペラ型)は変動する自然風の平均風速をはかれば必ず 過大に観測してしまう。これをu-誤差(追従の非対称 性誤差)という。

いま風速が急激に強くなった場合を想定しよう。すると風速計は風に追従して しだいに回転数をあげ、風速に比例するような回転数となる。ところが、 風速が急激に弱くなった場合、回転数は落ちてくるが、その落ち方はだらだら で追従性は鈍く長時間にわたって回転を止めない。そのため、平均をとると、 回転数が多めとなる。つまり風速は真の値より過大に観測される。これが u-誤差である。

u-誤差を小さくするには、カップの材料を軽いもので作り、カップの直径 に比べて回転半径を小さくすることである。回転半径を大きくつくると、 回転トルクが大きくなり、起動風速が小さく微風でも測れるように なるということで、1960年のころ小型風速計が市販されたことがあるが、 u-誤差が大きくなるという欠点があった。波のある海上で、この風速計 を用いて観測し、対数分布に見かけ上キンクができるという研究が流行った のはこのころである。

(2)v-誤差(データ処理誤差)
また、観測される風速は平均主風方向の風ベクトルではなく、水平風スカラー 平均をはかる器械である。スカラー平均値はベクトル平均値より必ず大きい。 これをv-誤差という。v-誤差は、誤差という よりはデータ処理の方法(風速の定義)による違いであるので、 データ処理誤差ともいう。

(3)w-誤差(鉛直風感応誤差)
風は上下方向にも変動しており、鉛直成分をもち、吹き上げと吹き降ろしが ある。その仰角が小さいとき、特にカップ型風速計は平均風向成分という よりは、むしろ風の絶対値に感じてしまうので過大に観測する。これを w-誤差(鉛直風感応誤差)と呼ぶ。

図9.5は風の吹き上げ角度θと回転速度の関係である。破線はcosθの 関係である。この破線の関係であれば、風速計は水平成分に比例して 正しい風速を観測できる。θが30~60°と-30~-60°付近で回転数は大きく なる。その理由は、カップに作用する風の抵抗(凹面側と凸面側の両方を 考慮した抵抗)が水平方向の風よりも少し斜め方向から吹き上げ(下げ)る ときに大きくなるからである。

左右(θの+と-)で非対称であるのは、風速計の構造体が自然風を 変形することによるものである。つまり、カップの可動部分の水平面を 基準にすると、上には構造部がないのに、下には光学計測部のボックス があり、吹き上げ吹き降ろしに対して風の変形が対称的にならない。

カップ式風速計の誤差
図9.5 風杯型(カップ型)風速計に対する風の吹き上げ角度と回転数 の関係(水平風のときを基準の1)。牧野応用測器社製の小型軽量三杯風速計 (大気境界層の科学、p.50、に写真あり)についての実験結果。 (大気境界層の科学、図3.14より転載)

風速計の回転数が図9.5のような関係にあるために、自然風の仰角変動が 非常に小さければ回り過ぎは僅かであるが、それが大きくなるような 観測所ではw-誤差が大きくなる。仰角変動の標準偏差は、海上では小さいが、 地表面の粗度とともに増加する。また大気の安定度にも依存し、特に 不安定で上下の大気混合が盛んなとき仰角変動は大きい。

図9.5に示す関係は風速計の種類・形式によって異なるので、 w-誤差も風速計の種類・形式によって変わる。 なお、カップ型に比べてプロペラ型は、回りすぎの誤差は小さい。

風速変動(乱れの強さ)は大気の安定度や観測所周辺の粗度に依存する。粗度 は観測所の方位角つまり風向によって変わる。このことに注意し、 風速計が変更された前後の不連続を補正すれば、粗度から見たときの 周辺環境の経年変化を知ることができる。

具体的には、図9.4(上)のような経年変化の図を作成し、番号2と3の前後に 存在する不連続がないようにずらして、滑らかな経年変化のカーブを描く。 この図は年平均風速の図であり、月別あるいは風向別の経年変化の図を作成 した場合には、ずれの大きさは年平均風速に対するずれと異なることに注意の こと。

9.3 風速経年変化から環境変化の推定

四国香川県の多度津測候所(現在は多度津特別地域気象観測所、アメダスの 一つ)における年平均風速の経年変化を図示していると、前章で示した仙台や 大阪における経年変化とは異なる傾向が見えた。そこで、これを例に選び、 地表面粗度の変化を推定する方法を示そう。

多度津は古くから天然の良港に恵まれ、港を中心に発展してきた。明治時代 に入り、四国最初の鉄道が開通し、香川県西部における交通の要衝として 発展してきた。高松からの鉄道は多度津で、西の松山方面と南の高知方面へ 分岐する。多度津測候所は、1892年7月1日に香川県では最初に創立した。

多度津町総務課吉田さんとの電話による問合せ、および高松地方気象台 防災業務課からの知らせを総合すると、測候所と周辺環境は次のように 変化してきた。

(1)1964年3月1日、多度津測候所が新庁舎(場所は同じ敷地内)への 移転に伴い風速計地上高度は10.4mから12.7mに変更。 なお、現在は地上高12.1mである。
(注:気象庁年報CD-ROMに記載の資料によれば、1965年以後の風速計地上 高は13.0m~13.2mとなっているので、以下の計算では13m を用いることにする。)
(2)測候所は海岸沿いに所在していたが、1964年にその北側の海水浴場 などが埋めたてられ、その後、住宅がしだいに建てられた (日の出町となる)。
(3)1970~1974年にかけて北西側の港が東西に190万平方m埋め立てられ、 臨海土地造成事業が行なわれ、のちに約50社の企業が誘致された。
(4)現在の観測所は海岸から約1kmとなった。
(5)2002年1月30日に風速計地上高度は13.1mの測風塔から自立鉄塔の 地上高度12.1mに移設。同年3月27日に庁舎・宿舎は解体。
(6) 2003年現在の多度津町の人口は2万4千余、面積は24平方kmである。

この変遷を考慮に入れて、多度津における年平均風速の経年変化の図9.6を みてみよう。風速計の形式の変更に伴う風速値の不連続はすでに前章で 説明したので、ここでは現在使用されているプロペラ型パルス式風速計が 以前から継続して使用されてきたと仮定したときの風速経年変化の傾向 (赤の線)から、粗度の時代による変化を推定してみよう。

多度津の風速経年変化
図9.6 多度津における風速の経年変化。赤の線は現在使用されている プロペラ型パルス式風速計が以前から継続して使用されてきたと仮定した ときの風速経年変化の傾向、ただし、緑の線は風速計地上高が10.4mの 時代(旧庁舎)の経年変化の傾向。

全国の気象官署とアメダス全地点における風速に及ぼす地表面粗度は1985年 の状態について、風向別に調べられている(桑形・近藤、1990; 1991;近藤・桑形・中園、1991)。

ここでは年平均風速を用いるので、全方位に対する粗度の対数平均値、 1985年の多度津の粗度、z0=0.14mを用いる。
風速経年変化を滑らかに結んだ赤色の線から読み取れば、高度13mにおける 観測値(カッコ内は1985年の風速に対する比)は、
1965年の年平均風速=3.9m/s(比=1.63)
1975年の年平均風速=2.8m/s(比=1.17)
1985年の年平均風速=2.4m/s(比=1.00)

粗度をパラメータとした風速の鉛直分布、ただし大気の安定度が中立のとき の分布を図9.7に示した。これはいわゆる「対数分布」である。 詳細は本ホームページの「研究の指針」の第1章 「基礎1:地表近くの風」で述べた。

各種粗度上の風速分布
図9.7 各種地表面上の風速鉛直分布(「基礎1:地表付近の風」の図1.4の 再掲載)、ただし上空の風速が20m/sのときの関係。 (地表面に近い大気の科学, p.90, 図3.7, より転載)


過去の粗度の推定法、その1
まず1975年の粗度を1985年の粗度(既知)から推定してみよう。
風速の対数分布を仮定すれば、1985年の風速をU1985、粗度を z1985=0.14m、1975年の風速をU1975、 粗度をz1975とし、風速計地上高度をzA=13mとすれば 次の関係が成り立つ、ただし粗度は変化するが摩擦速度は概略同じ だとみなす。

(U1985 / U1975)=[log(zA / z1985)] / [log(zA / z1975)] ・・・・・・・・・・・・・・・・(1)

書き直せば、 log(zA / z1975)=[U1975 / U1985] ×[log(zA / z1985)]・・・・・・(2)

上記の観測値を代入すると、右辺は1.17×1.97= 2.302 となる。
したがって、1975年の粗度はz1975=0.065mを得る。

同様に1965年の粗度は、z1965=0.008mを得る。これは水面など 含む平坦地の粗度に相当し(図9.7を参照)、旧測候所が海岸にあった ことと矛盾しない。

過去の粗度の推定法、その2
図9.7はロスビー数相似則を使って得た関係であり、水平方向に一様な地表面 を仮定した場合、上空の風速=20m/sの場合の関係図である。これを近似的に 現実の複雑地表面に適応してみる。
前記のとおり、1985年の風速に対する1975年の風速の比は(2.8/2.4)=1.17 である。
1985年の粗度=0.14m、高度13mの値を読み取れば風速=8.6m/sである。 次に1975年に相当する同高度の風速=8.6×(2.8/2.4)=11.2m/sの粗度を 図より読み取ると、z0=0.01m、これは1975年の粗度である。

同様に1965年の風速=8.6×(3.9/2.4)=14.0m/sの粗度を読み取ると、 z0=10-5m、これは1965年の粗度である。

過去の粗度の推定法、その3
その1で用いた式(1)(2)では、粗度は変化するが摩擦速度は概略 同じと仮定したが、1985年と1975年の摩擦速度をそれぞれ u*1985、u*1975 とすれば、正しくは次式で表される。

log(zA / z1975)= [u*1985/u*1975] ×[U1975 / U1985] ×[log(zA / z1985)]・・・・・(3)

まず、その1によって未知の粗度 z1975の第一近似を計算すれば、 z1975=0.065mを得る。 次に図9.7を使って縦軸と、粗度 z1985=0.14mに対する風速分布 との勾配を読む。風速計地上高度が zA=13mであるので、 勾配=8.6m/s /[log(13/0.14)]=8.6/4.53=1.90m/sとなる。
同じように、1975年の粗度の第一近似値 z1975=0.065mに対する風速分布の 勾配を読めば、勾配=9.5m/s /[log(13/0.065]=9.5/5.30=1.79m/sを得る。
勾配の比が摩擦速度の比であるので、 [u*1985/u*1975]=1.90/1.79=1.06

これを式(3)に代入する。右辺=1.06×1.17×1.97=2.44、 したがって、zA / z1975=275、ゆえに 1975年の粗度はz1975=13/275=0.047mとなる。これが1975年の 粗度の第2近似値である。この方法は手間がかかるが、 もっとも近似のよい方法である。

過去の粗度の推定法、その4
接地気層内では、長時間の平均で考えると風速は対数分布とみなすことが できる。この対数分布が高度Zr=300~500m付近まで成り立つとし、かつ 粗度が変わってもZrの風速Urに変化がないと仮定する。この場合のUrは、 風速計地上高度をzA=13m、1985年の風速をU1985 =2.4m/s、粗度をz1985=0.14mとすれば次式で計算される。

Ur=U1985×log(Zr/z1985)/log(zA/z1985) ・・・・・・・・・・(4)

次に、1975年の風速をU1975、粗度をz1975とすれば、 1975年の粗度は次式から計算できる。

log(z1975)=[log(zA)-(U1975/Ur)×logZr] / F ・・・・・(5)

または、z1975=exp[log(z1975)]・・・・・・・・(6)

ただし分母のFは、

F=1-U1975/Ur・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(7)

である。Zr=500m(または300m)として他の数値を入れると、 Ur=4.33m/s(または4.06m/s)、 z1975=0.017m(または0.012m)を得る。 その3で求めた0.047mよりも小さい。

粗度の0.047mと0.017mの比=2.76で、大きく違うように思うかも知れないが、 風速はその対数の関数であり小さな違いに過ぎない。 つまりlog(13/0.047)=5.62、log(13/0.017)=6.64、したがって風速の比は 5.62/6.64=0.85であり、風速の違いは15%でそれほど大きいとは 思わなくてよい。

なお、この「その4」の方法では(U1975/U1985)が 1.4以上になるような場合(前掲の1965年の風速の場合)には適さなくなる。 よって、推定された粗度 z1975がもっともらしい値として 出ているかどうか確かめながら利用すること。


このように、海岸沿いにあった多度津測候所における粗度は、1965年の頃まで は小さかったが、北側の海面が埋め立てられ、 住宅ができるにしたがって、時代とともに大きくなり、1985年の時点で0.14m となった。

風速の経年変化の図9.6を見ると、1985年以後、年平均風速には顕著な 変化は認められない。それゆえ、風速に及ぼす観測所周辺環境はほぼ一定の 状態が続いていると言える。ただし、2002年3月27日に庁舎は解体され、 風速計は1月30日に鉄塔に移設され地上高度は1m低くなったが観測風速は 殆んど変化していない。このことは同じ高度の風速(露上付近の風速)は 2002年以後に若干強くなったことになる。

年平均風速の経年変化から周辺環境の変化を調べたが、より詳細には
①風向別に同様の検討を行なう。
②風速分布が近似的に「対数分布」に従う強風時について、地上風速と上空 風速(高度1000m~1500m程度)の比から図9.7の関係を用いて粗度を 推定する。

(注)図9.7は緯度が20~60度の範囲について近似的に成り立つ関係である ことに注意のこと。また、ゼロ面変位や大気安定度の効果を考慮する場合は、 「水環境の気象学」のp.100~p.121、「大気境界層の科学」のp.113~p.120 も参照のこと。

次に、緑の線と赤の線のずれについて考察しよう。1965年には風速計が 旧庁舎から隣の新庁舎の風力塔に移転し、地上高度はzB= 10.4mからzA=13mに変更された。 当時の粗度は今回求めたように小さい値であったので、年平均 風速が3.4m/s(1960年)から3.9m/s(1965年)になったのは、風速計 地上高度の変更による風速の増加にしては過大のように思う。

そこで、このことについて検討しよう。風速の「対数分布」を仮定すれば、 次式が成立する。

(U1965 / U1960)=[log(zA / z1965)] / [log(zB / z1965)]

右辺に風速計高度(zA、zB )と 粗度=z1965=0.008mを代入すると、右辺=1.03となる。 いっぽう左辺に風速値を代入すると、左辺=3.9/3.4=1.15となり、両辺は 等しくならない。

当時の粗度の推定値が仮に非常に大きく、z1965=1mで あったとして、右辺=1.095となり、これでも左辺より小さい。つまり、 多度津の風速が1965年に急上昇したことは、風速計地上高度の変更だけから 説明することはできない。

観測される風速は①風上の粗度(風速計高度の数十倍~100倍の範囲) と、②観測所ごく近傍の障害物(風力塔そのもの、隣の鉄塔・建物など) によって影響される。②について1965年当時の状況が不明なので 断定はできないが、その可能性が大きい。つまり、旧庁舎時代の高度10.4 mにおける風速が、ごく近傍に存在した何らかの影響で弱めに観測されて いたのではなかろうか。

したがって、写真や眼で見たごく近傍の幾何学的な周辺環境を知らないで、 風速の観測データだけから粗度を推定する際には注意が必要である。 筆者がこの数年間、各地の気象官署(現在無人化されたものも含む) を見て回った中には、風速計から数mの範囲内に塔があったり、風速計に 対して邪魔をしている構造物もあった。特にアメダス観測所では、低すぎる 風速計の地上高度、邪魔になる樹木・構造物などが少なくなかった。

9.4 海上風と陸上風

図9.8は防災科学技術研究所平塚実験場において2004年の台風22号通過時の 平均風速(1分間平均)の記録である。 上段は風向を示し、270°は西風、360°は北風、405°は北東を表す。 下段の白丸印は海上風、黒丸印は陸上風である。海上と陸上で風速が 違うのはなぜか?

平塚の海上陸上風速
図9.8 沖合い1kmの海上(風速計高度は海面上21m)と陸上(風速計 高度は21m)における風速の比較、上段は風向、台風0422号が沖合いを 通過した2004年10月9日の記録。風速は1分間平均値を示す。 (防災科学研究所平塚実験場における 観測データに基づく)

備考:観測塔の詳細:
海上風は沖合い1km、水深20mに設置されている海洋観測塔における値である。 その位置は北緯35度18分07.9秒、東経139度20分56.5秒(1992年4月 1日以後に使用するようになった世界測地系では北緯35度18分19.7秒、 東経139度20分45.0秒)である。
陸上施設は波打ち際(汀線)より約250m、標高7.0mにある。その敷地内の 南西の隅に陸上の風速観測塔があり、風速計高度は21mである。 海岸の砂浜と陸上の観測塔の間は、防砂林(松林)があり、その中を 国道134号線が東西に通っている。陸上施設の北(内陸側)は住宅地である。

この台風は10月9日16時50分頃、この海岸の南約20kmを東北東方向へ向かい、 17時10分~20分頃に三浦半島を横断し、東京湾へと進んだ。図9.8によれば、 平塚で10分間最大風速(海上で37m/s、陸上で20m/s) を記録したのは16時40分頃、1分間最大風速は海上で38.4m/s (16時37分)、陸上で22.7m/s(16時36分)である。

図9.9は同じ日の横浜地方気象台における記録である。この台風では、17時 10分頃、気象台から10数km南の横浜市金沢区海岸の駐車場でトラック 多数が吹き飛ばされ横転したり、積み重なるという災害があった。

横浜地方気象台におけるこの日の最大瞬間風速は39.9m/s(17時22分、 横浜地方気象台資料による)、最大風速は19.8m/s (17時31分頃)である。 両者の比より、気象台の突風率=2.0となる。 これは9.1章で示した海上における突風率1.21に比べて大きい。

突風率が地表面粗度とともに大きくなり、また風速計地上高度とともに小さく なることは「研究の指針」の第1章 「基礎1:地表近くの風」の図1.9で説明した。

横浜の風速
図9.9 台風22号通過時(2004年10月9日)の横浜地方気象台における 気圧(黒紫)と瞬間風速(赤色)と10分間平均風速(緑色)の時系列グラフ。 (横浜地方気象台ホームページ「現地災害調査速報、 平成16年10月9日に神奈川県横浜市で発生した突風による風害について」より 転載)

9.5 台風災害時の瞬間風速の推定

上述の突風率の関係を用いて、2004年10月9日、横浜市金沢区海岸の駐車場で トラック多数が吹き飛ばされたときの瞬間風速を見積もってみよう。 海岸であるので、海上風がこの駐車場に吹き込んだとする。 陸上では平塚でも横浜地方気象台でも10分間最大風速はほぼ同じ20m/sであった。 横浜沖の海上での10分間最大風速は平塚沖と同じ37m/sであったと仮定しよう。

暴風時の海面の粗度はz0=0.001m程度である (水環境の気象学、p.169、図7.4)。風速計の海面上の高度を zA=20mとし、上述の「基礎1:地表近くの風」 の図1.9にて図のばらつき具合から、突風率=1.2~1.7と読み取れる。 したがって、

海上の瞬間最大風速の推定値=37×(1.2~1.7)=44~63m/s

海岸の駐車場では、これに近い瞬間最大風速が吹いたのかもしれない。

次に、風速の時間変化の図9.9において、瞬間風速(赤の線)と10分間平均 風速(緑の線)の関係を見比べたとき、何か気づくことはないか?

ときどき10分間平均風速(緑)が瞬間風速(赤)を上まわっている。これは 気象庁の現在の「風速の定義」によるものである。

すなわち、気象庁の定義による10分間平均風速とは、その時刻の前10分間 の平均風速である。しかし平均風速の定義は時代や国、あるいは研究者・ 報告書によって異なり、ある時刻を中心とした前後20分間(あるいは30分間、 1時間など)の平均値を指すこともあるので注意しよう。

気象台によれば、風速は0.25秒ごとの瞬間風速がサンプリングされて おり、ある1日の最大瞬間風速はそれらのうちの最大値をいう。 図9.9の瞬間風速は10秒ごとのサンプリングがプロットされたものである。 いっぽう、10分間平均風速は1分ごとにずらしながら、その過去10分間の平均 値がプロットされたものであるが、グラフ上では連続の線に見える。

ある1日の最大風速(平均風速の最大値)は1分ごとにずらしながら記録 した平均風速のうちの最大値である。

Q&A

Q9.1
海岸を通ってバイクで通学していた友人が、「通学中どんなに風が強くても 海岸沿いでは乱れが少なく、車体を一定の傾きで維持していれば 走りづらくないが、街中ではバイクが不安定になりやすいので怖い」 と話していました。これは風の乱れ(風の息)が粗度の小さい海岸沿いで 小さく、街中で大きいということですね?

A9.1
はい、その通りです。広々とした海岸では、風が海から吹くときは、 海上風の性質をもった風が吹いてくるので、平均風速は大きいが、その割に 乱れは小さい、つまり突風率は小さいのです。 この章では、街中の風は特別に取り上げなかったですが、 街中(都市キャノピー内)では、平均風速は小さいが、いわゆるビル風など も加わり乱れは大きくなり、つまり突風率が非常に大きい。 図9.3(仙台の風速の経年変化)の一番下の図の1980年~1982年 ころの突風率(ただしこの図は年平均突風率)は2.3程度と大きくなって います。もしも気象台の風速計の高度を変えないままだったとすれば、 風速計高度(17m)はやがて都市キャノピー内に入り、突風率は3以上 に増加したでしょう。このことからすれば、路面上での突風率は5以上も あるでしょう。つまり、街中では、強風日に、弱風の状態にあると 思っても、数秒後には突風状の強風が吹いてくることがあるので危険です。
高速道路でも山間部では突風率が非常に大きく、自動車が突然転覆する 危険があるので、強風日にはこのことを忘れてはなりません。

Q9.2
風速の値には測器の変更などの問題があることはわかったのですが、 気象観測所における風速減少と気温上昇の結びつきについて どのように考えればよいのでしょうか?

A9.2
私はまだ詳細に調べていないので、断言できないのですが、観測所周辺 の都市化による「風速減少」と「気温上昇」の間の相関関係は弱いと 思います。相関関係は弱いが、両者は関係するので、環境変化はこれら両面 から調べるのがよいと考えます。
風速の減少は観測所周辺の数100m~数km(風速計高度の数十倍~ 100倍)範囲における地表面粗度の増加によるのに対し、気温上昇は、 いわゆる陽だまり効果もあり、 露場近傍に住宅が建設されたとかの状況変化、周辺における緑地や 舗装道路の面積変化、排熱量の増加などが影響しますね。それゆえ、 相関関係は強くないと思います。
なお、陽だまり効果の度合いを知るには、気温用の通風装置や百葉箱のある 露場の1m程度の高度で風速(U1)を観測し、その値とルーチン 観測の風速(U2)とを比べてみればよいでしょう。 もしもルーチン観測用の風速計と気温観測の露場が、ともに理想的に設置され、 風通しのよい状態にあれば、U1と U2は、近似的に 「対数分布」の関係になるはずです。その際、芝生の露場の粗度として z0=0.001~0.01mを想定します。 風通しが悪い露場ではU1は相対的に小さくなっていると 考えられます。

(注)陽だまり効果については、「研究指針」 の「4. 温暖化は進んでいるか」 の図4.13とその下の説明を参照。

文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学、東京堂出版、pp.216.

近藤純正、1987:身近な気象の科学、東京大学出版会、pp.189.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学、朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学、東京大学出版会、pp.324.

近藤純正・桑形恒男・中園 信、1991:地域代表風速の推定法. 自然災害科学、10、171-185.

桑形恒男・近藤純正、1990:東北南部から中部地方までのアメダス地点 における地表面粗度の推定.天気、37、197-201.

桑形恒男・近藤純正、1991:西日本アメダス地点における地表面粗度の推定. 天気、38、491-494.

東京管区気象台・横浜地方気象台、2004:現地災害調査速報、平成16年10月 9日に神奈川県横浜市で発生した突風による風害について、平成16年10月10日、 横浜地方気象台ホームページ.

観測部統計課、1979:風の測器変更に伴う統計の接続問題について、 測候時報、第46巻(第5~6合併号)、139-142.

観測部測候課・測器室、1984:JMA-80型地上気象観測装置について、 測候時報、第51巻(第5号)、331-346.

観測部管理課統計室・測候課、1984:JMA-80型地上気象観測装置の導入に 伴う比較観測の結果について、測候時報、第51巻(第5号)、347-365.

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