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 ことばをめぐるひとりごと  その18

諸刃のやいば

 「馬から落馬する」というような言い方を、「重言」といいます。「馬」を1回使えばすむところを2回使うのが表現としては重複するんですね。似たような例に、「後で後悔する」とか「犯罪を犯す」とか「被害を被る受ける)」とか、いろいろあります。
 「射程距離」というのも、『朝日新聞の用語の手引き』などによれば重言なのだそうで、「程」というのが「距離」の意味を表すのだとか。僕はそれを知って、他人が「射程距離」と言うたびに、「『射程』でいいんだよ」と訂正していた時期がありましたが、最近はやめました。
 というのも、重言は、聞き慣れないことばの理解を助ける面もあるからです。「シャテイ」だけでは一瞬何のことだか分からないけれど、「距離」をつけることで理解がスムーズになります。「あるいはまた」「二度と再び」などというのも似たことばを重ねていますが、こうなると誤りというより、強調表現ですね。
 岡島昭浩氏によれば、中国風のシャブシャブのことを「ホーコーなべ」と呼ぶ店があるそうです。ホーコーは「火鍋」だそうですから、日・中の混血の重言でしょうか。また、朝鮮料理には「ワンジョクパル)」という豚の足の料理があります。「ワンジョク」は漢字語で「王足」、「パル」は朝鮮固有語で「足」のことなので、中国・朝鮮の混種語の重言といえます(韓国からの留学生の直話)。「明治通り」を「Meiji- Dori Street」と英語表記するのも同じく混種語の重言でしょう。こちらは、日本語を知らない人でもわかりやすいようにしようという発想がはたらいていると思いますが、外国人に書かせると、かえって「Meiji-Dori」と簡単にしています。
 混種語で驚くべき例は、「シティバンク銀行」なる銀行の存在です。外資系の銀行だと思いますが、どういう経緯でこういう名になったのか知りたい気がします。単にシティバンクではいけないのでしょうか(追記参照)。
 また、新聞にも次のような例が出てきます。

コットンプリント地に、ていねいにプリーツをたたみ、幅4センチのリボン型に縫製。両端にしこまれた、小さなかぎフックのおかげで、もとの帽子のリボンを取り換えずに、上から直接、かぶせるように巻いて留められる。(「毎日新聞」夕刊 1995.7.26)

 「フック」とは「かぎ」のことではないか? たぶん不注意で間違ったのでしょうね(追記3参照)。同じく服装関係で、似たような次の例があります。

ところが本調査によれば,見直しの結果改訂された校則内容の例の中には,制服の襟カラーのサイズの改訂など,瑣末的と考えられるきまりを修正した程度にとどまっている例もみられる。
(全日本中学校長会・全国高等学校長協会「日常の生徒指導の在り方に関する調査研究報告」1991.3.20)

 「襟」のことを英語で「カラー」というのだと思いますが、違いますかね。
 次の「諸刃のやいば」は、重言というのか、ちょっと意味が通りにくいことばです。

電波メディアは、すでに当時から抑圧と解放をともに担う、もろ刃のやいばだった。(「朝日新聞」社説 1993.9.5)

(フセイン政権が国内に不満分子を摘発する情報網を張っているのは)諸刃のやいばというか……(NHK「ニュース11」1996.9.6 特派員レポート)

 もともとは「諸刃の剣(つるぎ)」のはずですが、上の例では「両方に刃のついた刃」ということになって、ちょっとイメージが湧かない。ただ、『広辞苑』(第3版・第4版)を引くと、「諸刃の剣」の言い替えとして「諸刃の刃(やいば)とも」と出ています。

 「親は刃(やいば)をにぎらせて」(与謝野晶子)と、「やいば」を刃物全体の意味で使うことがありますから、厳密には「は」と「やいば」は別物なんでしょうか。それならば厳密には重言ではないわけです。

(1997.02.07)


追記 風早正毅氏より、「シティバンク銀行」の名は銀行法の規定によるものではないかというご指摘をいただきました。平成11年12月22日法律225号の「第六条」では
 「銀行は、その商号中に銀行という文字を使用しなければならない。」
 とあるようです。風早氏は「『シティ銀行』でも良かったと思うのですが」とおっしゃっています。法律的な根拠があったのですね。
 もっとも、この銀行も、すべての国で「シティ」とか「都市」とかいう名を冠しているわけではないようです。調べてみると、台湾では「花旗銀行」となっています。『中日大辞典』によれば、「花旗」とは星条旗の俗称だそうで、「花旗銀」も載っていました。つまり「星条旗銀行」ですね。日本でもこう称してはいけなかったのかしらん?(2000.12.06)

追記2 金田一春彦著『ことばの歳時記』(新潮文庫)p.93によると、戦前、甲府の連隊では風呂に入ることを「ニューヨクニハイル」と言っていたそうです。(2001.08.12)

追記3 境田稔信氏から、『大辞林』の「ホック」を引くと、「スナップ」と「鉤ホック」との2種類があることをご教示いただきました。「スナップ」は別名「押しホック」ともいい、「鉤ホック」はまた「鉤ボタン」ともいうそうです。
 『大辞林』の語釈によれば、スナップというのは「凸形と凹形で一組みの留め具」、ホックは「鉤(かぎ)と受け金が一組みになったもの」。してみれば、「かぎフック」という言い方は、「スナップ(押しホック)ではない」ということを明示するためなのですね。日本語の「かぎ」と、英語の「フック(hook)」は同じものではなく、「かぎフック」は重言というよりは、むしろ「かぎ」と「フック」をあわせて意義の厳密化をはかったものというべきかもしれません。
 境田氏からは、また、「襟カラー」も「「カラー」だけでは色と間違うし、「襟」だけでは布地の部分のことになってしまいます」とのご指摘をいただきました。「制服のカラーのサイズ」でも意味は通じると思いますが、「聞き慣れないことばの理解を助ける」(上述)ためにあえて重言を用いたということになるでしょうか。(2002.01.21)

追記4 このほかに目についた重言の用例を、古今取りまぜて下に挙げておきます。

 もらった名刺を見ると、名前の最後に「、」が打たれている。
 「周囲に流されることなく生きていけるように。藤岡弘、いまだ未完成。そんな思いを込めてあります」。五十三歳は、どこまでも熱かった。〔ひみつ・俳優 藤岡弘さん〕(朝日新聞 1999.12.06 p.13)

それからつい先日はコンパクトディスクのCDを「CDディスク」と呼んでいる後輩がいて、「それって、ちょっとヘンじゃないの」と注意したばっかりだ。〔綱島理友・なんでかなの研究162〕(週刊朝日 2000.04.14 p.101)

〔シェリー酒というのは重言ではないかとの質問に〕「明確な答えではないんですが、ラムとかシェリーというのは、洋菓子を作るときによく使うんですね。で、洋菓子などは昔から海外のレシピを翻訳するコトが多いみたいなんですが、そのときにラムとかシェリーとかそのままカタカナで書いても、当時は一般的なお酒ではなかったので、なんだか意味がわからない。そこでラム酒シェリー酒と、酒という字をつけていたみたいなんですね」〔サントリー広報部のSさん談=綱島理友・なんでかなの研究162〕(週刊朝日 2000.04.14 p.101)

 偶然だが友人二人と「長嶋退任」の特番を、飲みながら見た。「いまの現在の心境は」「次の後継者に……」「一番ベストだと考えました」「若い世代のパワーと力(どこが違うのか?)を」と、例のようなミスター長嶋の二重フレーズオロジー(言葉遣い)を「そういえばこの人、最近の若いヤングはと言ったこともあったっけ」と笑いながら、一同愉快に拝見した。〔新聞不信〕(週刊文春 2001.10.11 p.56)

さらに第三作は「スーパーマグナム」、第四作は「バトルガンM−16」と完全にB級活劇の呈を示してしまって、話題から外れてしまった。〔水野晴郎のビデオ名画館〕(東京新聞 1994.12.30 p.10)
  これは「呈して」と「体を示して」のこんがらかりか。

則ち観音の御告{おつげ}ぞと思ひ、すぐに筑紫{つくし}へ行く。唐船{たうせん}ぶね便船{びんせん}して、蒼海万里{さうかいばんり}の波路{なみぢ}を経て、(「梵天国」〔1700年ごろ〕『御伽草子(下)』岩波文庫 p.93)
  「船に便船する」が重言であるのに加えて、「唐船ぶね」ということばも重言であるという、重言の自乗?

「汝{なんぢ}知らずや、かたじけなくも殿下殿{てんがどの}の御子に、二位の中将殿と申して、並ぶ方なき御人なり。(「文正さうし」〔1700年ごろ〕『御伽草子(上)』岩波文庫 p.50)
  「殿下」も「殿」も敬称ですね。

夜も寝ずにどんどをはやす子供共(「奈良土産」〔元禄7〕1694『雑俳集成』第1期 1 元禄上方雑俳集 1986 p.29)
  今の「子どもたち」も厳密には重言。

初冠雪をいただいた富士山。〔武内陶子アナウンサー〕(NHK「おはよう日本」1999.10.21 7:00)

付き添い人の人たちも顔や手が黒く陽灼{ひや}けして紋服がさっぱり似合ってない。(石坂洋次郎『暁の合唱』〔1939-41年「主婦之友」連載〕新潮文庫1970.01.20 38刷改版 1981.05.15 55刷 p.254)

 日本では外国語にわざわざ同じような意味の日本語をつけて使っている言葉がけっこうある。たとえば昔、プッシュホンが出てきたころに「プッシュホン電話」という言い方がありまして、「なんだかヘンだなぁ」と思った記憶がある。〔綱島理友・なんでかなの研究162〕(週刊朝日 2000.04.14 p.101)

とひやうもなく風がふいて、おゑどではがいに、砂{すな}ぼこりがたち申すから、おのづと人さアの目まなこへ、砂どもがふきこんで、眼玉{まなこだま}のつぶれるものが、たんと出来{でき}るだんべいとおもつたから、(『東海道中膝栗毛 上』二編下〔1803 享和3年〕岩波文庫 p.158)
  六部の詞。東北弁か? 蒲原で。

 また見つけたら付け加えたいと思います。(2002.11.16)

●この文章は、大幅に加筆訂正して拙著『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波アクティブ新書 2003.06)に収録しました。そちらもどうぞご覧ください。

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