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きょうのことばメモへ三省堂国語辞典
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99.08.03

一人、息子を

 A たった一人の息子を事故で失った。
 B たった一人、息子を事故で失った。

 上の文を比べてみて、意味の違いが分かりますか。
 字面だけ見ると、助詞の「の」があるとないとの違いにすぎませんが、Aは一人しかいない息子、Bは息子が何人かいるうちの一人というふうに読めます。
 どうしてこのような差が出るか。Aでは「一人」は「息子」にかかるので、息子が何人いるかについて説明しているのですが、Bでは「一人」は「一人、失った」と述語の「失った」に直接かかるため、失った人数について説明することになるからです。
 「一人」という数詞は、「一人が帰り、一人が来た」のように一般の名詞と変わりなく用いられることもありますが、「一人、失った」の例では、「すっかり」「突如」などと同じく副詞の性質をもっています。
 「千円」という数詞の場合、「千円が足りない」と一般の名詞のように「が」をつけても用いられますが、「目標額まで千円足りない」のように副詞的な用法もあります。
 一般の名詞ではこうはゆきません。「資金が足りないので会社が興せない」とは言えても、「資金足りないので……」は文法にかなっていません。
 学校で習う文法では、「一人」「千円」などの数詞は、代名詞とあわせて名詞の一部とされています。しかし、上にみるような特徴をもつところからすると、一般の名詞からは独立させた方がいいのではないかという気がしてきます。
 ところが、よく考えてみると、数詞にかぎらず、一般の名詞でも、時として副詞的に使われるものはけっこうあります。たとえば「正直」。「正直は一生の宝」とすれば名詞ですが、

 しかし、前出の染井氏は、
正直、長嶋監督の妻だったら腰が引けるでしょうけど、巨人を持ち上げて世間が喜ぶ時代じゃないでしょう。阪神監督の妻だから報じているわけではありません」
 ときっぱり否定する。(「サンデー毎日」1999.06.27 p.28)

のように使われると、「正直を言うと」の意味となり、副詞的に「腰が引けるでしょう」にかかります。渡辺実氏ふうに言うと「註釈誘導」の役割を担うとでもいうかな。
 似た例をいくつか出しましょう。

国は現在、ポリオやジフテリアなどについて原則、すべての子どもに接種を義務づけている。(「朝日新聞」夕刊 1992.12.18)

長嶋監督は「明日になってみなければ、わからない。最悪、代打ということも考えています」。(「朝日新聞」1994.10.21 p.27)

 これら「原則」「最悪」は、「原則として」「最悪の場合」の意味で、副詞的に使われた例といえます。
 「意味」という名詞は、「ある意味」の形で副詞的に用いられます。

〔広末涼子の推薦入試での早稲田大学合格は賛成ですか?と聞かれ〕「メディアを利用して『受けます』と言ったら早稲田だって落とせないだろうから、ある意味、裏口だと思う」(「週刊朝日」1999.07.09 p.134 新宿女子大生ナマ録アンケート)

 「ある意味では」というところを、「ある意味」と略すのは最近の言い方でしょう。いつごろからあるかはちょっと調べていません。
 時を表す名詞、たとえば「先週」「火曜日」なども副詞的に使われます。「先週はとくに暑かった」という場合と、「息子が先週帰ってきた」という場合では違います。
 場所を表す名詞も副詞的に使うことが可能な場合があります。

娘の高校入試の合格発表を夫が見に行くことになった。結果は電話ではなく、二階から見ているから、帰り道、遠くから合図を送ってもらうことに決めた。(「朝日新聞」夕刊 1999.02.19 p.3)

 「帰り道が暗くて困る」という場合は名詞だけれど、「帰り道、合図を送る」となれば副詞的な色合いが出てきます。
 名詞は、このように副詞に転用されるものが少なくありません。なかでも著しいものは「一人」「千円」のような数詞ですが、「正直」「原則」「最悪」「ある意味」「帰り道」などの例もあるので、数詞だけを特別視する必要はなさそうです。(2001.07.14改稿)

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