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02.03.09

かな名前の拡大

 統合再編によって、なんでも「みずほ銀行」というのが新しくできるとかで、近所の富士銀行やら第一勧銀やらでは、4月1日にむけて外装工事が進んでいるようであります。
 銀行の合併統合のたびに思うことですが、直前まで入念に改装の準備をしておいて、発足時に一夜にして外観をあらためる技術には感心します。この発想の源流はもしかして、豊臣秀吉の墨俣一夜城あたりまでさかのぼるのではないでしょうか。

 ところで、昔、「さくら銀行(1990)などというひらがな名の銀行ができ、「あさひ銀行(1991)もできた当時、僕は
「どうも最近の銀行は、『古事記』『日本書紀』ふうの日本的なイメージを呼び起こす名前を使いたがるようだ、この次作るとすれば、きっと『みずほ銀行』に相違あるまい」
 と思っていました。「みずみずしい稲穂」という意味の「みずほ」は、古くから日本の美称として用いられてきましたから。
 その予想は10年かかって的中したことになります。もっとも、ほぼ前後して「さくら銀行」が消滅してしまったので、
  さくら・あさひ・みずほ
と、純日本的ひらがな名トリオが揃い踏み、というわけにはゆきませんでした。
 僕は別の予想もしていました。ひょっとすると「はなはと銀行」というのができやしないか、とひらめいたのです。もちろん、「イエスシ・ハタタコ・ハナハト・サクラ・アサヒ・みんないいこ」など、戦前から戦後にかけて使われた国定教科書の通称から連想したのです。いくらなんでも、それはなかった。
 現在では「あおぞら・関西さわやか・みちのく・みなと・山形しあわせ・わかしお」など、かなの銀行名を多く目にします。そのさきがけとなったのは「さくら銀行」よりもむしろ「トマト銀行(1989)だったと記憶します。その名のあまりのインパクトと集客力とを、後続の新銀行の経営陣は無視できなかったのでしょう。それまで、銀行名といえば硬い漢字名にかぎると思われていた常識が崩れました。さすがに「レタス銀行」「バナナ銀行」という路線にはつながりませんでしたが。

 そういえば、フジテレビ系列の放送局には、「岩手めんこいテレビ」(1991)、「さくらんぼテレビジョン」(1997)、「高知さんさんテレビ」(同)といったようなかな書き名前があります。
 単にかなで書くだけならば「よみうりテレビ」(讀賣テレビ放送)が元祖でしょうが、もともと固有名ではないことばをかなで表記するところが新しいのです。銀行名のひらがな化とちょうど時を同じくしているのは偶然でしょうか。

 地方自治体名でも、前に触れた「さぬき市・東かがわ市」といった、単に旧来の地名をかな書きする例だけでなく、一般名詞をとってひらがなで名前をつける例が誕生しつつあります。熊本県の「あさぎり町」がそうです。

 熊本県の免田町など五町は、来年〔2003年〕四月から「あさぎり町」とする。こちらは、球磨盆地にあり、朝霧が多く発生することからつけられたようだ。(「東京新聞」2002.02.14 p.24)

「朝霧」という地名はもともとなかったのでしょうから、「あさぎり町」は、いわば「トマト銀行」式に今までのいきがかりを断った地名ということになります。歴史ある「免田町」その他の町名は、合併後にはどうなってしまうのかがとても気になるところです。

 歴史的経緯に関係なく、よいイメージのあることばを選んで、かなで地名をつけるやり方は、高度成長期に始まったとみていいでしょう。「ひばりが丘(西東京市)、「めじろ台(八王子市)あたりが先鞭をつけたものと思われます。ところが、千葉県佐倉市には「ユーカリが丘」という地区名があり、もはや「かな地名」を超えて「外来語地名」の域に達しています。いったい、ここは日本なのだろうかという驚きを覚えます。
 市区町村名としてはまだ外来語地名はないようですが、将来のことは分かりません。

 新生児の名前では、「AERA」2001.12.24にも報告されているように「原子あとむ)」「宇宙こすも)」などという、漢字の音訓を無視したものが、おそろしい勢いで増えています。漢字で書いてあるものが多いため、これまでに述べた「名前のかな化」とは別の動きのようにも考えられますが、従来の命名の原則から逸脱しているという点では、根本のところは同じ現象ではないでしょうか。


関連文章=「町名廃止に衝撃」「劃期をなす南アルプス市

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