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荘子の部屋】ChuangtseWorld
[荘子外篇第十七 秋水篇]秋の洪水(2)

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秋の洪水[荘子外篇第十七 秋水篇](その2)

 河の精は答えた,「いったいわしは,断るのか受け入れるのか,従うのか何もしないで置くのか,どうすればよいのだろう。」
 「道(タオ)の立場からはだね」と海洋の精が言った。
 「われわれはこれを高い(尊い)とし,あれを低い(賤しい)とは決められない。というのは,(対立物を結合する)反転生成の進展[進化の相互浸透]ということがある。人が絶対的な道筋を措定すると道(タオ)からの大きな逸脱に巻き込まれる。多とは何?寡とは何?(神の)恵みに感謝しよう。一方側だけの意見に従うことは,道(タオ)から逸脱することだよ。
 国の為政者の政治が公正である,そのように賞賛されよ。地の神の施しが公正である,そのように気を楽に保とう。羅針盤の指針が拘束なく限界がないように,心を広く持とう。すべての生き物を包容せよ,そうすれば誰もが他の人から庇護されたり助けられたりすることはない。これが偏向がないということだ。そしてあらゆるものは平等であり,誰もこちらが長い,こちらが短いと言うことはできない。

 道(タオ)には始まりも終わりもない。物質には生と死(生滅)があるし,その発展が保証されるわけでもない。欠けと満ちとは常に交代し,その関係は固定されない。過ぎ去った年月は呼び戻せないし,時は掴まえられない。成長と衰退はつながっており,増加と減衰は連関して起こり,一つの終焉は新しい始まりである。こうした考えの枠組みの中においてのみ,われわれは真実の道と天地の原理とについて語ることができる。物の命は,突進しはやがけする馬のように,いきなり向きを変え瞬時も留まらずに,通り過ぎていく。
 人は如何に為すべきか為すべからざるか。連還する変化そのままにしておくだけである。」

 河の精は言った,「もしそのとおりなら,道(タオ)の価値とは何だろうか。」
 海洋の精は答えた,「道(タオ)を体得する人たちは必ずその永遠の原理を理解しなければならないし,その永遠原理を理解した人たちは,その現実での在り方を知悉しなければならないのだ。その現実での在り方を知悉した人たちは,現実の物によって害されることはないのだ。
 「完全な有徳の人は火で焼かれることはないし,水に溺れることもないし,冬の厳寒や夏の炎暑で害されることもないし,鳥や獣に食いちぎられることもない。
 彼はこうした受難を難なくやりごすというのではないのであって,彼がよく安全と危険をわきまえており,順境と逆境のいずれの場合も幸せであり,行動に際して注意深いために,誰も彼を傷つけられない‥‥ということなのだ。
 「だから“昔から天(自然)は内に潜み,人(作為)は外に表れる”と言われてきた。徳は自然に宿る。自然(天)の営為や作為(人)の動きについての知識は,その根拠を徳が本来発揮される自然の中に置くのだ。こうして,前に進むも後へ退くも,譲歩するも主張するも,常に本質的で究極のものへの立ち返りがあるのだ。」

 「自然(天)と言い作為(人)と言うのは,どういう意味なのかね」と河の精が尋ねた。
 海洋の精が答えた,「馬も牛も四つ足だね。それが自然だよ。馬の首に端綱(はづな)を付け,雄牛の鼻に紐を通す。それが作為というものだ。
 「だからこそ,作為で自然を覆い隠すな,自分の意志で運命を変えようとするな,徳を名誉のために損なうな──と言われてきたんだよ。これらの教えを誤りなく勤勉に見届けよ,そうすればお前は真理に回帰するだろう。」

 (一本脚の怪奇な動物)※(き)はムカデをうらやみ,ムカデは蛇をうらやみ,蛇は目をうらやみ,目は風をうらやみ,風は心をうらやむ。※(き)はムカデに言う,「わしは一本脚で跳ぶんだが,うまくいかない。お前さんはそんなにたくさんの脚をどうやってうまく動かすんだね。」
 「おれは何も考えちゃあいないんだよ」とムカデが答えた。「お前さんはつば(唾液)を見たことはないかね。吐き出されたつばは,大きな固まりは真珠玉の大きさで,小さいのは霧粒ほどだ。それらがでたらめに,無数の粒で飛び散る。そのようにだな,おれの自然な仕組みが動くんで,それがどうなっているか,わかっちゃいねえんだよ。」

 ムカデが蛇に言った,「おれが全部の脚を使っても,脚のないお前さんほど速く動けない。どうなってるんだね。」
 蛇は答えた,「生まれつきの仕組みは変えようがないんだよ。おれに何で脚が必要なんだよ。」

 蛇が風に言った,「おれは脚があるみたいに,背骨を動かしてのたうち進むんだ。ところでお前さんは姿がないように見えても,北海から吹き荒れてやって来て,南海へと吹き去って行く。どうやっているのかね。」
 「お前さんが言うように,わしが吹きまくっているのはその通り。だがな,誰でもわしにその指や脚を突き立てられる点では,わしに勝る。その一方では,わしは大木を引き裂き,大伽藍を打ち壊すことができる。この力はわしだけに与えられたものだよ。多くの小さな敗北が大勝利を生むんだ[原注:戦時中に中国で,日本に抗して用いられたスローガンである]。そして,大勝利は聖人のみに与えられる。」

 孔子が匡(きょう)を訪問した折,宋の人々で幾重にも警戒する人垣で取り囲まれた。それでも孔子は休みなくギターで歌い続けた。子路が訊いた,「どうされました,先生,(危機の中なのに)とても楽しそうになさって。」
 孔子は答えた,「ここにおいで,説明しよう。長い間私は失敗を認めるのを肯んじなかったが,空しいことだった。時に利非ずだった。(聖帝の)堯舜の時代には,国中で誰も失敗した人などいかったという,それは賢明な人とは限らなかったけれどもね。(暴君の)桀(けつ)や紂(ちゅう)の時代には,国中に誰も成功した人などいなかったという,皆が愚かだったわけではないのに。時代の環境が成否を決めたんだよ。
 「大海蛇や竜を恐れずに水上を旅するのは,漁師の勇気だ。野牛や虎を恐れずに陸地を旅するのは,猟師の勇気だ。白刃入り乱れる中で,死を生同様にみるのは,武人の勇気である。失敗は運命の定めであり,成功はたまたまそうなったまでのことだと知り,大いなる危機に面して恐れずに留まる,それは聖人の勇気である。
 騒ぐのは止めなさい,由(子路)よ! 私の運命は決められているのだよ。

 それからしばらくして,取り囲んでいた部隊の長がやってきて,弁解して言った,「あなたを陽虎(ようこ)だと思って,あなたを取り囲んだのでした。すっかりまちがっておりました。」このように詫びを入れてから,彼らは退去した。

 [原注:公孫竜(こうそんりゅう)は(論理学派の)新孟子学徒で,荘子より後の人。この節は,後代に追加されたものにちがいない。続いて示される三つの話題でそれとわかる。]

 公孫竜が魏牟(ぎぼう)に言った,「私は若いときに先王の教えを学びました。長じて仁義の道徳を理解しました。私は,類似と差異とは同じことである,“堅い”と“白い”についての議論を混乱させ,他人が否定することを肯定し,他人がそうではないと議論しているのをそうであると正当化したり,しました。私はすべての哲学者の知恵に打ち勝ち,あらゆる人々の議論を論破しました。私は実にあらゆることを理解したのだと思いました。
 ところが今,荘子のことを聞き,驚きで自分を失いました(茫然自失の有様でした)。私は議論であるいは知識で彼に比肩できるかどうかわかりません。私は最早自分の口が開けられません。どうか私にその秘密をお分け与えください。」

 公子の牟は机に寄りかかって,溜息をついた。そして天を見上げ笑いながら言った,「君は浅い泉に住む蛙のことを聞いたことがあるでしょう。蛙は東海の亀に言った,“なんてすばらしいんだろう! わしは泉の周りの柵に跳び上がり,休むときは欠けた煉瓦片の窪みにもぐるし。泳ぐときは,わきの窪みを浮かせ,水の上にあごを休ませてさ。泥に突っ込んでは足首までのめり込ませ,わしの周りにはザル貝や蟹やおたまじゃくしがいるが,わしにかなうものはいない。おまけにさ,このような水たまりを独り占めにして,浅い泉はわしのもの,誰も味わえぬ幸せってなもんだ。お前さんなぜ来ない,来てみなよ。”
 「東海の亀が左足を泉に踏み入れようとする前に,右膝がつっかえてしまっていた。そこで亀は後ずさりし,(泉にはいるのは)勘弁してもらった。それから,亀は海について語ることにして言った。“海の広さは千里ではとても測れないし,深さは千尋(ちひろ)ではとても及ばない。偉大な禺(う)の時代には,十年の間に九回も洪水があったが,海の嵩は変わらなかった。湯(とう)の時代には八年の間に七年も干ばつが続いたが,海の岸辺は沖に後退しなかったものだ。それは時の経過によって影響されないし,水の増減で影響されるのでもない。こういうのが,東海の大きな幸せというものだよ。”
 これを聞いた浅い泉の蛙は,すっかりたまげてしまって,姿が見えなくなるほどに縮み上がってしまったよ。

 「知識が真偽を正確に評価できないほど貧弱なのに,荘子を理解しようと試みることは,蚊が山を運ぼうとし,虫が河を泳ぎ渡ろうと試みるようなものだ。勿論,失敗さ。その上,その知識が最も精妙な教えに達するのにほど遠い人が,一時的に間に合わせの成功で満足すること,──泉の中の蛙のようなものでないかね。

 荘子は今,地の王国から高い天に達しようと登っている。彼にとっては北も南もなく,軽々と四つの点を過ぎ(四方八方に行くことが可能で),底知れぬ深みにまで達しているのだ。彼にとっては東も西もなく,玄妙な不可知の領域から出発して,偉大なる一者へと帰還する。
 それなのに,君は執拗な質問と議論で,彼の真理を見出したいと考えている。これは管の穴から空を見,突き錐で大地を突き刺すようなものだよ。けちな考えでないかね。
 君は寿陵(じゅりょう)の若者が邯鄲(かんたん)での歩き方を学ぼうと出掛けた話しを,聞いたことはないかね。その若者は邯鄲の歩き方を習得しない内に,自分の歩き方を忘れてしまい,四つばいで(四つの手足で)はって帰ったという。もし今君がここから立ち去らないと,君が持っているものを忘れてしまい,その職業的な知識を失ってしまうことだろうよ。」
 公孫竜の口は開きっぱなしで,舌はあいた口蓋に巻き付いたまま,そして彼はこそこそと逃げ去った。

 荘子が濮水(ぼくすい)で釣りをしているとき,楚王に遣わされた二人の高官が,荘子に会いに来て言った,「王様があなた様に楚の国の政治をおまかせしたいとのことです。」
 荘子は振り返りもせずに,釣りを続けながら言った,「楚の国には聖なる亀がいて,三千年も長生きして死んだ,という。王はその亀を祖先を祀る寺に箱に収めて大切に保存しておられる(という)。この亀は,いったい,死んであがめられているのと,生きていて泥の中で尻尾を振り回しているのと,どっちがやりたいだろうか。」
 二人の高官は答えた,「それは,生きていて,泥の中で尻尾を振り回している方を望むでしょう。」
 荘子はどなった,「帰ってくれ。俺も泥の中で尻尾を振り回していたいんだ。」 

  恵子(けいし)は梁(りょう)の国の宰相であった。荘子は彼に会おうと出掛けた。
 ある者が恵子に「荘子がやってきますよ。彼はあなたの宰相のポストをねらっているのですよ」と,注意をうながした。恵子はそれをおそれるあまり,三日三晩もの間,国中で荘子の居所を探させた。
 やがて荘子は恵子に会いに行き,言った,「南方に鳥がいてね,それは不死鳥の一種なんだ。知ってるかね。その鳥が南海から飛び上がって北海へ飛ぶとき,梧桐(ごどう)の木の上にしか降りてこないんだ。その鳥は竹の実しか食べないし,透明でごくきれいな水しか口にしない。鼠の腐った死骸をせしめたフクロウがいて,その鳥が通り過ぎるとき,獲物を奪われまいと鋭く鳴き立てる。君は梁の王国を取られはしないかと,私に鳴き立てておどしているつもりかね。」

 荘子と恵子が濠水にかかる橋の上をぶらぶら歩きしていたとき,荘子が川の中を見ながら,「見ろよ,小魚がすいすいと泳いでいるよ。あれが魚の幸せというやつだね」と言った。
 「君はその魚ではないのに,どうして魚の幸せがわかるんだよ」と恵子が言った。
 「同様に,君は私ではないな」と荘子は言い返した,「どうして私にはわからない,とわかるのかね。」
 恵子はいきりたって言った,「君じゃないのだから君の思うことはわからないとしよう,同様に,君は魚ではないのだから,魚の幸せなんてわかるまいよ。」
 荘子は言った,「君の最初の質問は‘私がどうして魚の幸せがわかるか’だった。今の君の質問は,‘私が知ったことを君が知った’ということだよ。この橋の上で,(私の気持から考えて)魚の楽しみがわかったということだよ。」