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荘子の部屋】ChuangtseWorld
[荘子外篇第十 きょう篋篇]開いている箱,あるいは文明への異議申し立て(2)

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開いている箱,あるいは文明への異議申し立て[荘子外篇第十 ※篋(きょきょう)篇](その2)

 知恵を追い払い知識を放棄せよ[注:老子19章],そうすれば悪漢ども(ならずもの)はいなくなる! ひすい(宝玉)を投げ捨て真珠(宝物)を破壊せよ,そうすればこそ泥は絶えるだろう。割り符を焼き印章を砕け,そうすれば民衆はもとの素朴な完璧さに立ち戻れるだろう。量りを引き裂き尺度器を打ち壊せ,そうすれば民衆は利得の多寡を争わないだろう。聖人が定めた制度を踏みつぶせ,そうすれば民衆ははじめて道(タオ)が語り合える良い状態になるだろう。
 六階調の笛をかき乱し,リュートや弦楽器を炎にくべてしまい,盲人の師曠(しこう)の耳を詰め物でふさげ,そうすればだれでも自分自身の聴く力が保てるだろう。飾り物に終止符を打ち,五色を混乱させ,離朱の目をふさげ,そうすればだれでも自分自身の見る力が保てるだろう。円弧や直線を引く道具を壊し,定規やコンパスを投げ捨て,細工師工※(こうすい)を痛めつけよ,そうすればだれでも自分本来の巧みさが持てるだろう。そうだから「偉大なる巧みさは不器用に見える」[注:老子45]と言われるのだ。
 (孔子の弟子の)曾参(そうしん)や史※(しゆう)の活動を止めさせ,楊朱(ようしゅ)や墨子の口を挟みつぶし,仁義を投げ捨てよ,そうすれば民衆の徳は玄妙な一致を見せるだろう[注:老子1章]

  各人が自分の見る力が保てるなら,世界は焼き尽くされなくてすむだろう。各人が自分の聴く力が保てるなら,世界は錯綜し果てることがなくてすむだろう。各人が己の知性を保てるなら,世界は混乱から逃れられるだろう。各人が己の徳を保てるなら,世界は真実の道から逸脱しなくてすむだろう。曾参(そうしん),史※(しゆう),楊朱(ようしゅ),墨子,<RUBY CHAR="師曠(しこう),工※(こうすい),離朱は彼らの外向きの性格を大いに伸ばし,役に立たない法令・法規を作って世界を現在の混乱の中に巻き込んだ張本人たちである。
 君は‘完璧な自然があった時代(最高の徳が支配していた時代)’のことを聞いたことはないかね。

 容成(ようせい),大庭(たいてい),伯皇(はくこう),中央,驪畜(りちく),軒轅(けんえん),赫胥(かくしょ),尊廬(そんろ),祝融(しゅくゆう),伏戯(ふくき),神農(しんのう)[いずれも古代の伝説上の帝王]の時代には人々は数えるのに紐の結び目を用いた。彼らは自分たちの食べ物をうまいと思い,着物で着飾り(素朴な着物を美しいと思い),住みかに満足し,(素朴な)風習を楽しんだ。隣り合う住居はお互いに見渡せ,だからお隣の犬が吠える声やにわとりの鳴き声が聞こえ,人々はその生涯を自分の地域から外に出掛けることはなかった[注:老子80章;小国寡民]。それらの時代は完璧に平和であった。
 ところが今日では,だれでもが出会った人に「どこそこに聖人がおられたよ」と言って,(近くにその聖人を捜すかのように)その人の頚を緊張させ,つま先立ちさせる。直ちに彼らは食料を持って急いで出掛ける,家にいる親たちや主人への戸外の勤めは放りっぱなし,歩いて侯国の領土を通っていき,数百マイルの遠くへまで,車で(馬で)出掛ける。
 このようなことは上に立つ者(支配者たち)が知識を喜ぶために生じた悪い結果である。上に立つ者が知識を欲しがり道(タオ)を無視するとき,天下は混乱の内にひっくりかえる。

 このことはどうしてわかるのか。弓やいしゆみ,手網や尾つきの矢などの知識が増えると,それらが空飛ぶ鳥を混乱させることになる。柵や網や罠などの知識が増えると,野原の獣が混乱することになる。狡猾さや欺瞞や軽率さや‘堅白論’や同一と差異の詭弁が横行して多岐にわたるようになると,世界が論理でひっくり返されてしまう。

 だから世界はしばしば混沌となるが,そのときその底には知識欲がある。すべての人が知らないことを知りたいともがくのに,すでに知っていることを理解しようと努力する者はいない。そしてみんなはむきになって他人より優れていないことを探しはするが,自分が優れている点を疑う者はいない。これが混沌の理由である。こうして,上は天体(日月)の輝きを失わせ,下は地水(山川)の力を焼き尽くし(焼尽させ),一方中間では四季の勢いをすっかり殺いでしまう。地面をはう一匹の虫,空中を飛ぶ一匹の昆虫すらもいなくなって,本来の自然は失われてしまった。この事態は実に知識への渇望が引き起こした世界の混沌である!
 (あの夏殷周の)三王朝の時代から,下ってずっとこんな有様だ。単純素朴で正直な人たちは脇へ追いやられ,見かけ倒しのずるがしこい奴らがほめそやされてきた。静かな無為無欲は騒がしい論争好みの手合いに取って代わった。論争好みだけでも世界に混沌をもたらすのに十分である。


■[荘子外篇第十一 在宥(ざいゆう)篇]あるがままについて(1)