読書録

シリアル番号 1266

書名

東京ブラックアウト

著者

若杉冽

出版社

講談社

ジャンル

小説

発行日

2014/12/4第1刷

購入日

2016/02/16

評価



友人Kから現役キャリア官僚が書いた「東京ブラックアウト」という小説を借りて読み始めた。

ストーリーは福島後の再稼働→発送電分離→メルトダウンと過去5年間の新聞報道の裏側の出来事を再現して見せる。

原発再稼働のための住民避難計画策定の政治の動きのなかで、統治のための人民誘導の快感と組織のなかで昇進のために陰謀をめぐらすエリート官僚の闘いをリ アルに描いている。国益追及なら許せるが、私益追及が主となるため、読んでいると気分が悪くなる。官僚は政治家が望むことを法解釈で実現させで共存共栄の 関係を築く。

この本を読んでいる最中の2016/2/20、浪江・南相馬市は毎時500μマシーベルト以下は自宅待機という官僚作成の指針は、住民が勝手に逃げ出すのでかえっ て混乱を招くと判断し、市独自の判断で避難指令を出す計画を作成し、福島県は了承した。中央官僚の人民誘導の快感には組しないという意思表示の表れだろう。

東芝やシャープのような巨大民間企業の社員もこのエリート官僚とおなじメンタリティーで動くことは私のささやかな経験でも理解できる。そして現政 権の権力者がほぼそれとわかる名前で出演し、多分結末はピエロだったという落ちになるのではと思て読んでいたら、原発事故を利用した議会を迂回した権力掌 握がテーマであると分かった。

発送電分離では政治資金捻出の仕掛けが弱体化しないように政治家と官僚が知恵を絞っているさまがビビッドに描かれる。再稼働しないと発送電分離法案は出させないと、政治家が画策していることを忖度しているのだ。これが川内原発再稼働を急いだ理由とする。

そして表面を繕うため法的分離はするが、所有権分離はしないという制度をつくるところがミソ。所有権さえ残せば人事でコントロールできると踏んでいるの だ。この小説が書かれたのちの2015年に2020年4までに発送電分離する法案が国会を通ったが、人事干渉はしないという但し書きつき法的分離にとどまってい る。まことに巧妙な霞が関文学だ。

内閣法制局は官僚の中で最強の組織で歴代政治の権力を受け止めてきたのだが、 安倍は官僚優位の最後の砦となっている内閣法制局長官を交代させて集団的自衛権の容認をした。しかし同じ内閣法制局長官がつくった欠陥だらけの原子力災害対策特別処置法はメルトダウ ンを責任をもって止める責任ある主体を明確に決めてない。これを心配した天皇が非公式に規制庁長官になっている警察官僚を呼び出して質問する場面が描かれる。電 力会社が失敗したら、国が受けるしかないが国のどの部門が責任をとるのかという質問だ。

通常、原発運転する会社が最終責任があるはずだが、8時間で致死率50%になる毎時500ミリシーベルトになったとき、所員の90%が所長の 許可も得ず無断撤退した福島事故の教訓は法律に全く反映されていない。ましてや東電の雇用契約にも事故の時残る義務は規定していないのだ。福島のときは保安院も全員逃げ出している。かといって収拾させる能力のない警察や自 衛隊に命令する法的根拠もないまま再稼働させることはできない。

とはいえ警察官僚出身者の規制庁長官としては絶対に軍にさせたくはない。かっての軍部の暴走の記憶から市ヶ尾の自衛隊駐屯 地前にはこれ見よがしに交番を置いているくらいなのだ。ゴキブリである官僚機構だけが放射能汚染でも生き残るだけで国民は消えてなくなるのではというのが陛下 の危惧なのだ。結局なにも答えられずに規制庁長官は退散する。

事故時それでも東電社員70人が残った。欧米ではフクシマ50と呼んで驚いている。軍人のように死ぬ契約をしている組織ならいざ知らず、そのような契約条 件もなしに残るのは欧米では考えられないのだ。では自衛隊はどうかというと他国ではネガティブリスト以外は兵士にせよと命令できるが、自衛隊は軍ではない のでポジティブリストに書いてあることしか命令できない法体系だ。したがってメルトダウン収拾命令はだせない。

ここで安倍首相夫人らしき人(加部咲恵)と古賀茂明元経産官僚が登場する。安倍首相夫人らしき人が夫(加部信造)に以上の制度上の矛盾を上げて迫る。安倍は朝日新聞に罪を背負わせてごまかす。

米国には規制組織としてNRCに加え、自然災害と原発災害に専門に取り組む組織FEMAがある。日本にはNRCはあるがFEMAがない。

静岡茶の1kg当たり370ベクレル放射能汚染の新聞記事が脈絡もなくでる。

ここで本著はこの著者の前著「原発ホアイトアウト」の後編だということがわかる。半島からのテロリストが柏崎刈羽と思しき原発の送電線を爆破倒壊させたときからの続きという形をとる。寒波で非常用電力車は動かず、完全なメルトダウンに向かう。

コア・キャッチャーの有無を問題にしているようではどうもこの作者は典型的文系官僚のようだ。(実際、東大法学部卒)実際そのように書いている記事をそのまま書き写しているだけで本質を理解していない。福島事故やチェルノブイリ事 故をみればコアキャッチャーなるのもは意味がないことがわかっているというのに。これでアレバは倒産したというのに。コアキャッチャーの有無にかかわらず最終的にすべての原子炉の格納容器は爆発する。GE型炉のプールの水は全て蒸発し、汚染物質は折からの シベリアからの季節風に乗って首都圏を襲うことになる。避難民を脱出させるバスは結局来なかった。

黒い雪が降る東京では人々が駅や空港に殺到し、治安出動した自衛官が妊婦のおなかに発砲する騒ぎになる。そこで出てきたのが昭和22年に廃止政令が出された戒厳令を官報正誤手続きで復活させることだ。

法的にやりたい放題で秩序を回復させても放射能汚染で使えなくなった東京は結局打ち捨てられるのである。首都は大阪に移転する。これを先導した経 産省と電力会社は暴徒の焼き討ちに会う。総選挙では脱原発勢力支持をうけて小泉(大泉)が勝つのだが、国税の毒牙にあい、脱税で失脚する。脱原発連合が連合政権を 構成する段階で原子力推進派のトロイの 木馬作戦に乗っ取られてしまう。憲法に保証された天皇への請願権も行使され、天皇は安倍政権を認めない。しかし執政を立てられて天皇は退位し、安倍首相が 帰り咲く。だれが首班になれ東 京の荒れ地は世界の核廃棄物中間貯蔵所となって細々と食つなぐしかゆかなくなる、という救いの無いお話しでした。あー!いやだ。

小保方さんの著書「あの日」程は売れていないようだが、それでも23万部突破とか。どちらも講談社刊。



官僚の最後の牙城内閣法制局の長官を後退させること安倍内閣は解釈改憲で集団的自衛権を行使できる安保法を作った。しかし、ここに記述されたように内閣法制局は米国のFEMA相当の組織は提案していない。

昭和22年に廃止政令が出された戒厳令を官報正誤手続きで復活させるなどという行政的須操作で権力を掌握させて手法などが意識的にリークされているようにおもう。この本は官僚機構批判の形式を装いながら、官僚の権力掌握の手法を誇示する本のようにも思われる。

解釈改憲の味をしめた安倍首相が緊急事態の時に首相に権力を集中させるために憲法を改訂することが目下自民党で議論されている。我々は昭和3年の治安維持 法の死刑を含む厳格化のときに明治憲法の緊急事態条項で定められた天皇の緊急勅令を使って議会審議を迂回して行われた歴史を持っている。

そもそも戦後の刑法改革は不徹底で根幹は戦前のままである。治安維持のために検察官に与えられた強い権限は戦後の新刑事訴訟法にも移植されている。裁判官 より検察官が権限をもっているのは無罪率の低さや令状却下率の低さをみれば明らか。起訴・不起訴を陪審で決める制度がなく、無罪判決がでても検察官が上訴 できるなど外国に比べても異常である。また分断による統制という権力手法も日本ではしばしばみられる。

FEMAのよな組織をあえて作らず、原発事故の時、敢てメルトダウンに持ち込み、その緊急事態を悪用して、議会を迂回した独裁体制に持ち込むことが安倍首相の真意だとほのめかしているようにも読める。

はたまた、役人にとって唯一の強みの状況を乗り越える行政的に可能な手法を編み出して政治家に協力する振りをしながら間接的に政治家を操って彼に権力を与え、一緒に国の方向を自分にこのましい方向に誘導するという喜びを満喫したいという衝動を著者は赤裸々に描写している。

まー!法律なんて、ウソも方便の屁理屈そのもの。

それで社会が良くもなれば、破たんに向かってまっしぐらということもある。すくなくとも官僚は責任をとらない。それはお前ら自分で考えろと著者は嘲笑しているように感じた。

恐ろしい書だ。

Rev. February 21, 2016

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