異装版あれこれ その3

 今回は異装版のなかでもとくに「青方偏移」について考察してみます。なおこれがどの程度存在するのかよくわかりません。少ない実例で強引に考察していますので、今後大幅に訂正する可能性があります。


a.「青方偏移」とは?

 背表紙の火星人マーク下方にある”サンリオSF文庫”の文字は黄色火星人と青火星人とで大きく異なっています。黄色火星人の文字は太く2行に分けられていますが、青火星人以降は細い文字を使用し1行で書かれています。
 黄色火星人の100冊はすべて2行タイプのものが確認できていますが、異装版として青火星人タイプの印字が何冊かあり、それを「青方偏移」とSF風に勝手に名付けました。つまり黄色火星人の青火星人もどきというわけです。

b.何冊あるの?
 
 「暗闇のスキャナー」「ラプソディ・イン・ブラック」については既に言及しましたので異装版あれこれを参照ください。今回3冊目として「時は乱れて」を確認しました。

c.特徴は?
 3冊とも中身の本自体は初版ですので、在庫分にカバーを掛け替えたものと思われます。いずれもカバーの内容を訂正する目的だと考えています。

d.「時は乱れて」
 
 「時は乱れて」も「暗闇のスキャナー」「ラプソディ・イン・ブラック」と同様に変更前後で比較しますと、訂正箇所が確認できます。裏表紙の紹介文に変更があるのですが、「洗面所あると」→「洗面所あると」というわずか1文字の訂正です。確かにこれによって文章の意味が通じやすくなり、読みやすさは改善しています。

 この訂正箇所をよくみると、おそらく紙を貼って印刷しなおしたのではないかと思える線が残っています。

 なお表表紙見返りのディックの経歴は1982年の没年分まで書き換えられ、裏表紙見返りには「銀河の壺直し」までの既刊が加えられています。

 しかしこのあとに出版された新装版(1987年1月20日発行)では上記の表記が「洗面所であると」に戻っています。さらに6行目の「ある日」が「時々」に変更され、16行目では改行が加わり段組が変化しています。つまり新装版になるにあたって新たに活字を組み直しているにもかかわらず、青方偏移での苦心の訂正が引き継がれていないものと思われます。

e.青方偏移の考察
 とりあえずこの3冊がどのように訂正されたのかまとめてみます。

作品名 訂正された部位 訂正内容
時は乱れて 裏表紙の紹介文 文章の言葉遣い
暗闇のスキャナー 表表紙見返りのディックの経歴 「死の迷宮」の削除
ラプソディ・イン・ブラック 裏表紙見返りの既刊情報 訳者名の削除

 これといった共通項はなく、ただ些細な誤りを訂正してあるだけです。ということはあえてカバーを印刷し直して掛け替えるほどではないように思われます。何か時期的な事情があったのでしょうか。本体の奥付はすべて初版ですので、正確な掛け替え時期はわかりませんが、既刊情報などから類推することは可能です。

作品名 裏表紙見返りの最終既刊(次作) 掛け替え時期(推定)
時は乱れて 銀河の壺直し(ザ・ベスト・オブ・P・K・ディック1) 1983年5月25日〜11月30日
暗闇のスキャナー 怒りの神(銀河の壺直し) 1982年9月25日〜翌5月25日
ラプソディ・イン・ブラック スワン・ソング 1982年5月15日〜

 掛け替えは1982年から1983年にかけて集中的におこなわれたものと思われますが、これはディック作品の刊行に力を入れ始めた時期に一致します。問題作「ヴァリス」「聖なる侵入」が原書発行から異例の早さで訳出され、その他の作品も重版がかかり始めた頃です。またディックは1982年3月に死去しており、そのことも力の入れように拍車をかけたはずです。ディックの2冊のカバー内容訂正はこうした背景をもとにリフレッシュと著者経歴追加を兼ねておこなわれたものと推察しています。

 「ラプソディ・イン・ブラック」はこれとは関係なく、訳者サイドの問題で掛け替えざるを得なかったと思われますが、ついでにまとめて掛け替え印刷にまわしたのかもしれません。

 ではなぜ火星人色はそのままで、文字のロゴのみを変更したのでしょうか。青火星人マークは1行になったロゴに押されて、数mm程度上に移動しています。青火星人に移行してからは印刷上このレイアウトを固定する必要があったため、黄色火星人といえども細文字1行のロゴが採用されたのでしょうか。

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