ペトロフのパガニーニエチュードについて 投稿者:カッツ 投稿日:2005/03/13(Sun) 10:07 No.3554

最近OLYMPIAから再販されたというペトロフのパガニーニエチュードのCDを購入できるサイト、またはお店をご存知のかた、おりませんでしょうか?喉から手がでるほど欲しいです。

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maz > http://www.webserve.ne.jp/cadenza/index2.html
私は大昔に石丸電機で買いました。
ペトロフのこの曲のライブもFM→テープに録音して愛聴しているのですが、駅のワゴンCD売場で売っていたという話を見たことがあります。 (3/13-12:46) No.3555


Verdi の楽譜 投稿者:Kaz 投稿日:2005/02/16(Wed) 13:13 No.3520

こんにちは、大井和郎です。実は今ヴェルディのパラフレーズ集を探していて困っています。ミゼーレ、エルナーニ、シモンパッカネグラ、は見つかりましたが、アイーダとドンカルロが見つからずに困っています。桐朋図書館、東京音大図書館、アカデミアにもありません。リスト全集のブダペスト版に問い合わせたところ、出版予定は今年の12月とか。しかしレコーディングはありますから、必ず楽譜は存在しているはずです。

どなたかお持ちではないでしょうか?あるいは入手方法をご存じありませんか?



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anonymous > リスト協会日本スイスにはたいていの資料が存在していると聞いていますが… (2/18-07:38) No.3523
kou > 楽譜所蔵量は国立音大が一番です。しかしアカデミアにもないということは絶望的かもしれません。リスト協会日本スイスでは確実に所有しているとは思いますが、まず入会が条件となります。 (2/18-14:29) No.3524
ふゆひこ > ネットで調べてみたのですが、アイーダ、ドン・カルロスが出てこないですね。リゴレットばっかり。おっしゃられるとおりいろんな演奏家が普通に演奏しているので、未出版の楽譜とは思えないです。僕はあと、持っているCDのクレジットなどをあたることぐらいしか出来ないのですが、今度引越しをするため全部箱に詰めてしまったため参照することができません。今度また調べてみます。リスト協会はいっそのことイギリスリスト協会やブダペストのリスト協会に問い合わてみると何か教えてくれるかも。 (2/19-03:16) No.3526
LOM > こんにちは。リストルネサンス第3弾はパラフレーズですか?
ハワードかウォーカーあたりに直接問い合わせるのが早そうです。 (2/19-20:28) No.3529
ミッチ > http://www.amazon.co.uk/exec/obidos/ASIN/B0000CYZ52/qid%3D1108823777/202-5825155-7038208
http://www.amazon.co.uk/exec/obidos/ASIN/B0000CYZAO/qid=1108823832/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/202-5825155-7038208
入手できませんが一応過去には売っていたみたいですね。
「Peter Paul Dorgan」という人が「 Franz Liszt and his Verdi opera transcriptions 」という本を書かれているのでそちらをあたれば何か手がかりがあるかもしれません。僕がワイマールのリスト音楽院に行けばこの本を参照できますが、次いついけるかわかりませんので。。 (2/19-23:42) No.3530
kaz > 奇跡がおこりました。mさんと言う人が楽譜をPDFで送ってきてくれました。このBBSを見ていらっしゃる方です。感激です。その方はアイーダを送って下さいました。あとはドンカルロスのみです。anonymous様、kou.様、冬彦様、LOM様、ミッチ様、ありがとうございます。引き続きドンカルロスを捜します。リストルネスサンス第3弾はパラフレーズだと思います。僕は、このヴェルディのパラフレーズの完成度に、本当に驚いています。 (2/20-02:33) No.3532
kaz > 今日はH様という方からドンカルロスを送っていただきました。本当に嬉しいです。このあいだ、”のみ”と書いてしまいましたが、あとはアニュウスデイとサルヴェマリアのVERSION 1
が残っていました。ちなみにアニュウスデイは聴いたこともありません。 (2/21-00:27) No.3534
ミッチ > すごいなぁ。持ってる人がいるもんですね。 (2/26-23:26) No.3538
ふゆひこ > ネットつながりました。手に入ってよかったです。ヴェルディのパラフレーズ集というのは意外でした。アニュス・デイとサルヴェ・マリアは調べてみたら、EMBのシリーズ2の9巻と14巻に入っているようです。 (2/27-22:49) No.3539
kaz > ふゆひこさん今晩は。今アメリカの弟子に捜させています。アニュウスデイは見つかったようです。あとは、サルベマリアのfirst vesionだけです。お騒がせしました。リストの天才度を改めて認識しました。 (3/1-23:05) No.3541
LOM > 第1稿まで探しているということは、真のコンプリートレコーディングをなさるということですか? “リスト・ルネサンス”ですからね。素晴らしいです。
参考までに、ヴェルディ=リストの全作品一覧です(http://www.hyperion-records.co.uk/liszt_index.asp より)。
S431i Salve Maria de Jerusalem [Verdi's 'I Lombardi'] [first version]
S431ii Salve Maria de Jerusalem [Verdi's 'I Lombardi'] [second version]
S431a Ernani - Premiere paraphrase de concert [Verdi]
S432 Ernani - Paraphrase de concert [No. 2]
S433 Miserere du Trovatore [Verdi]
S434 Rigoletto - Paraphrase de concert [Verdi]
S435 Don Carlos Coro e Marcia funebre [Verdi]
S436 Aida Danza sacra e duetto finale [Verdi]
S437i Agnus Dei [first version]
S437ii Agnus Dei [second version]
S438 Reminiscences de Boccanegra [Verdi]
S437iは、ハワードさんも「第2稿と大体同じだから」と言い訳して、録音していません。もし大井さんが演奏したら、世界初録音になるかも知れませんね。

なんか偉そうに申し訳ありません…。大井さんの巡礼の年がかなり良かったので、期待しているのです。 (3/5-16:22) No.3544
LOM > http://www.hyperion-records.co.uk/liszt_index.aspは大分ごまかしてあるんですね(笑)。ハワードの57巻に入っているカタログを見て訂正しています。 (3/5-16:27) No.3545
kaz > LOMさんありがとうございます。いや、実は第2稿が1稿と比べてかなり劣るので、第2稿にしようと思っていました。S473iはまだ聴いたことがないので解りませんが、誰もやっていないのであればやってみたいと思います。多分、上記の曲は1枚に入りきらないと思います。しかしやはり皆様としては全部録音した方が良いのですよね(^^;)。内容は巡礼の比ではありません、結構大変です(^^;;)。
アニュウスデイ以外を弾いてみて思ったのですが、、、、一番奥の浅いリゴレットだけが有名であとは全く相手にされないというのは本当にもったいない、悲しい事です。理解されないのか、、、知らないのか、、、。 (3/10-00:58) No.3549
LOM > ほんとうにリストにはもっと知られるべき作品がいくつもありますよねぇ。有名にするために大きな力を持っているのはやっぱりピアニストでしょう…。どんなに大変でも大井さんなら1曲1曲を疎かにすることなく丁寧に演奏してくださると信じています。
2枚組になっても全然かまわないと思います。1枚×2で別々に出すのもいいかも知れません。 (3/12-22:36) No.3552


サキ 『グロウビー・リングトンの変貌』 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2005/03/05(Sat) 10:36 No.3543

これはあんまり面白い情報ではないですが。イギリスの小説家サキの短編『グロウビー・リングトンの変貌』に出てくる一文。

“「あの方のお弾きになるリストはまるで神のわざですわよ」とグレンダフ夫人はかねてから口をきわめてほめそやしていた。”(岩波文庫『サキ傑作集』P79 河田智雄 訳)

この“神のわざ”のごとくリストを弾くピアニスト、レナード・スパピングは、この後、猿化したリングトンにボコボコにされます(笑)。

これは原文→http://www.eastoftheweb.com/short-stories/UBooks/RemGro.shtml

オクトメロン 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2005/01/27(Thu) 01:34 No.3482

ミッチさんから前に、ブゾーニは“オール・リスト・リサイタル”をやったことがある、ということを教えてもらいましたが、曲目は分からないのですが、1913年の“オクトメロン”と呼ばれるリサイタルのことが書かれている記述を見つけました。ニンバス・レコーズから出ている、ブゾーニのCDのライナーのようです。『ホロヴィッツの夕べ』の著者デヴィッド・デュヴァルが執筆者。まずこれがそのCD→

http://www.wyastone.co.uk/nrl/gpiano/8810c.html

↓で、デヴィッド・デュヴァルによるライナー。
http://www.wyastone.co.uk/nrl/gpiano/8810c.html

リストとブゾーニのことがたくさん書かれていて面白い文章です。“Octomeron”でページ内検索しましょう。

ブゾーニは1913年に、“オクトメロン(8日物語)”と名づけ、ミラノのヴェルディ・コンサーヴァトリーで8日間に渡るリサイタルを行った、とのこと。

第1日目:バッハ編曲作品とベートーヴェンのワルトシュタイン、Op.111のソナタ
第2日目:オール・ベートーヴェン・リサイタル
第3日目:ショパンに捧げるリサイタル
第4日目:ショパンに捧げるリサイタル
第5日目:オール・リスト・リサイタル(リストのオリジナル作品)
第6日目:オール・リスト・リサイタル(リストによる編曲作品)
第7日目:アルカン、シューマン、フランク、ブラームス
第8日目:ブゾーニの自作(ソナティナ第2番の初演を含む)

普通のピアニストが組めるプログラムではありませんね(笑)。デヴィッド・デュヴァルの文章では、ズガンバーティの演奏をブゾーニが聴いているなど、興味深い記述がたくさんあります。

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ミッチ > ブゾーニの名前が出たら僕が登場しないわけにはいきません(笑)。ブゾーニとリストの弟子ということであればショーンバーグの著書にも面白いことが載ってましたよ。以下ブゾーニの言葉です。

”<構え>というものが今日における最重要事項である。ここにいるのはフリードハイムに在らせられる。リストの弟子で長髪に、半ば厳しく、半ばぶっきらぼうな顔をしている。聴衆の前に姿を現し、髪の毛が顔に覆いかぶさるくらいのお辞儀をし、そして頭を振り上げ、そのたてがみを元に戻すのだ。非常にいらいらした様子で椅子に座り、聴衆が静まり返るまで、辺りを睨みつづけていた。そしてハンスリックの言葉を引用するなら、まさに”野獣が獲物に襲い掛かるかのように”鍵盤を掴みかかったのだ。しかし最も愛らしく思えたのはオーケストラのトゥッティであろう。そこで彼は見世物をする余裕があった。爪をチェックし、聴衆を意識し、手で髪をかき上げ、他にも馬鹿げたことをしたものだ。”

第2センテンスが水戸黄門みたいになっちゃった(笑)。 (1/29-02:21) No.3492
ミッチ > かなり意訳なので原文も載せます。

"Pose is the order of the day. There is a pianist here called Friedheim, a pupil of Liszt, with long hair and a face that looks half severe, half bored. When he plays he comes forward and bows in such a way that his hair covers his face; then he throws his head back to tidy his mane. Then he sits down with a great deal of fuss, and looks around waiting until the audience is quiet: then he seizes the keys "AS the wild beast seizes his prey," to quote Hanslick. But the loveliest thing is to see him during the tuttis of the orchestra. There he has room to show off all his tricks. He examines his nails, considers the audience, thrusts his hands into his hair, and does other silly things." (1/29-02:29) No.3493
ミッチ > ちなみにドュバルの文を読むと、ブゾーニがズガンバーティに演奏して聴かせたんだと思います。 (1/29-02:34) No.3494
ふゆひこ > デュヴァルの文章を、もっと参照したら、ミッチさんが以前紹介されていた1911年のオール・リスト・リサイタルのことも書かれていますね。生誕100年記念のようです。そして70曲を超えるリストの作品を、6日間に渡って演奏したとのこと。ミッチさんが言われていた史上最高のリスティアンというのが実感できました。 (1/31-02:01) No.3498
ふゆひこ > ご指摘のとおり、ズガンバーティにブゾーニが聴かせたんですね。失礼しました。デュヴァルの文章から、すこし感じるのは、ブゾーニがまず非常なリストの賛美者であり、リスト直系の弟子達にちょっとライヴァル視していたような感じを受けます(あまりリストを演奏しない直系の弟子達よりも、弟子ではないものの自分の方こそリストの継承者と言ってよいではないか、という感じでしょうか)。それが紹介いただいたフリードハイムの文章にちょっと非難めいたニュアンス(最後の一文)につながるのかな、と思いました。 (1/31-02:05) No.3499
ふゆひこ > ↑すいません。“フリードハイムの文章”では言葉が足りませんでした。“ブゾーニによるフリードハイム評の文章”ですね。 (1/31-02:08) No.3500
ミッチ > バルトークの「リストの諸問題」で後世の作曲家へ影響を話しているときに実は最後に出てくるのはブゾーニです。僕は都合により省略しました。なぜならそこからブゾーニに話が移っていってちょっとリストの影が薄くなってしまうからです(基本的にリスト賛の文章を集めたかったので)。でバルトークもそこでブゾーニを「リスト崇拝者・賛美者」として言及しています。 (1/31-19:53) No.3501
ふゆひこ > ブゾーニはブゾーニで深い人格と深遠な芸術があると思うのですが、リストに関して考えると20世紀初頭のリスト観やリストの受容史において最も注目すべき人物ですね。デュヴァルのライナーを読んだだけですが、ブゾーニが好んだ作曲家とか、演奏した作曲家ってリストの生き写しのような感じがします。 (2/9-00:26) No.3508
ミッチ > 僕が書かなかったのがいけないのですが、ブゾーニの文章はフリードハイムに対して批判しているわけではありません。その前に”フリードハイムはブゾーニを魅了して止まなかった”とあります。”こんな面白いエピソードがありました”という文だと思います。 (2/26-23:21) No.3537



アンリ・ソーゲ 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2005/02/11(Fri) 19:04 No.3518

アンリ・ソーゲ Henri Sauguet は1901年生まれ1989年没のフランスの作曲家です。三省堂のクラシック音楽作品名辞典によれば、サティに影響を受けたアルクィーユ派の作曲家とのこと。僕はソーゲの作品はひとつも聴いたことがないです。

でですね。ネットでいろいろと調べていたら、なんとこのアンリ・ソーゲ、リストを演じたことがあるようです。それがこのサイト→

http://www.radiofrance.fr/chaines/france-musiques/emissions/aube/fiche.php?numero=25000007

フランスのラジオ局のサイトかな。“Henri Sauguet deguise en Franz Liszt !”とあります。 辞書でひいたら、deguise というのは変装するとかいう意味。おそらくは女性はカロリーヌ役だと予想します。何かの場面を演じているようなので、ただ“リストに扮しただけ”ではないと思います。何かの映画か、舞台劇かな。ソーゲは映画音楽をいくつか手がけているのですが、出演したというような情報は見つけられませんでした。

ショプロンのリストサイト 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2005/02/11(Fri) 04:32 No.3517

マジャール語でほとんど読めないのですが、リストと縁の深いショプロンの“リストフェスティヴァル”なるサイトがあります。ギャラリーのところで写真を見るだけでも楽しい。各ページにリストのMIDIが付けられています。

http://www.lisztfestival.hu/

紹介されているリストの彫像は、ヴィクトール・ティルグナーという人の作品のようです。ティルグナーは、ウィーンの有名なモーツァルト像の彫刻家のようです。

マイアベーア〜リスト 地獄のワルツ 投稿者:直坊 投稿日:2005/02/07(Mon) 23:43 No.3506

あのー新参者です。今マイアベーアのオペラの地獄のワルツを練習しているのですが、DrハワードのCDのCavatineのスコアはどーしたら手に入るんですかねー?入手不可能・・・・

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ふゆひこ > 出版されている楽譜は“地獄のワルツ”だけなのかな。ハワードの30巻のライナーに、“未出版”という言葉がありました。“リストの生前未出版”なのか、“現在でも未出版”なのかよく分かりませんでした。 (2/9-00:35) No.3512
直坊 > 有難うございます。分かりました。耳コピーで出来るところまでやってみようとおもいます。 (2/11-04:14) No.3516


コンソレーション 投稿者:LOM 投稿日:2005/02/06(Sun) 01:02 No.3503

(他人の掲示板へ宣伝にやってくるというのも失礼な話ですね…。)

今、僕のサイトで「コンソレーション」に関するアンケートをやっています。好きな順番に6曲を並べる、というものです。今のところ第3番が人気ですが、第4番も意外といいです。(僕がどの順番にしたかは、内緒。)

みなさんお忙しいとは思いますが、そんなに時間かかりませんので、回答よろしくお願いします。

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ふゆひこ > 面白い企画ですね。今度やってみます。3番と4番以外あんまりぱっと思い出せないんですが(笑)。いちおう6曲聞きなおして順番考えて見ます(笑)。 (2/9-00:27) No.3509


Piano room 投稿者:kazuya 投稿日:2005/01/27(Thu) 23:05 No.3485

こんにちは 発投稿です。初めまして。piano roomというリストのサイトを作っているkazuyaといいます。
リストについてみなさんから教えて頂いたいろいろな情報を、初心者の僕にも分かるまでに噛み砕いていくことで、同じようなリスト初心者がリストのことをよく分かるようなサイトを目指しています。僕が書いていることに間違いがあったり、僕の疑問に答えられる方は、是非僕の掲示板に書き込んでください。
それで、ネット上の他のページで参考になるものにはどんどんリンクしていきたいと思っているのですが、「フランツ・リストの回想」内の例えばハワード全集の紹介のページなどに直接リンクしてもよろしいでしょうか?
それから、もしよければ相互リンクしませんか?
よろしくお願いします。

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ふゆひこ > はじめまして。kazuyaさんのサイトは、ピアノ全般かと思いきや、リストがメインなんですね。素晴らしいです。僕のサイト内のページへ直接リンクすることは、どんどんしちゃってください。いちおう他サイトのページであることが分かるようにリンクしてください。相互リンクはぜひお願いします。僕の方は今週末にするようにします。こちらこそよろしくお願いします。 (1/28-02:04) No.3487
kazuya > ありがとうございます。
早速リンクさせていただきました。とても参考になります。
これからもよろしくお願いします。 (1/28-23:20) No.3489
LOM > 僕が陰で応援しています。たくさん人が来てくれないと成り立ちませんので、是非ご協力お願いします。ふゆひこさんたちが持っている膨大な知識を、初心者にも分かるような形でデータベース化するのが最終的目標であります。まぁ、しばらくやっているうちに、大分溜まってくるでしょう。 (1/28-23:57) No.3491
ふゆひこ > 僕の方でもリンクをしました。一つのサイトで完結せずに、他のサイトからページに直接リンクされていくことは、参照しやすくなって便利ですね。僕も含めて皆さんが、あと数年続けてみたら、多くのリストサイト全体として、価値のある体系ができるかもしれないです。 (1/31-01:57) No.3497

『作曲家 人と作品 リスト』 福田弥 著 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2005/01/27(Thu) 00:35 No.3481

待望のリストの新刊が発売されたようです。でも今日、帰りに本屋さんに行ったけど、置いてなかったな・・・。こんど大きい本屋さんに行ってみます。これは音楽之友社のサイト、新刊紹介のページ、ダイレクト。→

http://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?Code=221803

( 音楽之友社トップ→http://www.ongakunotomo.co.jp/

目次を見ると“リストとチェチリア運動”とかって興味ある項目が随分ありますね。合唱曲の“カンタンティブス・オルガニス”と関係してんのかな?“フリーメーソンへの入会、《労働者の合唱》”とか、生涯と作品を結びつけて書かれているようですね。

当初予定の売価は、1260円だったと思うけど、ページ数が増えたのかな1575円になってる。それだけますます期待大!。

アマゾンでも買えますが、なぜか在庫なしになってるな・・・まだ入荷してないのかな・・・。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276221803/reminiscedefr-22

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ふゆひこ > 今日、本屋さんで実物を手にしました(僕はいろいろ自分の課題を達成してないのでまだ買えないです(笑))。まず感動するのが巻末の作品表です。グローブの第2版に準拠しているとのこと。グローブ音楽辞典のリストの項を手に入れることができる、のに近いのではないでしょうか。これは非常に嬉しいことです。あと“死の舞踏”のところをちらっと読んだら“ホルバインの連作版画にインスパイアされた”とされる説がリストの生前からあり、リスト自身が否定している、といった興味深い情報も載ってました。僕はこの書籍に、日本語のリスト書籍の基本書、入門書とてしての役割を期待しているのですが(『人と作品』という音楽之友社のシリーズがそういう位置づけ)、どうも取り扱われている情報、考察はそれ以上に踏み込んだもののようです。 (1/28-01:54) No.3486
LOM > アマゾンに注文しました。早く来ないかな。
グローブ第2版ってことは、LW番号が付いてるんですか? ますます期待が膨らみます。
人と作品シリーズ、リストとマーラーだけ1575円みたいですね。何でだろう?(笑) (1/28-23:54) No.3490
ふゆひこ > まだ僕は買ってませんが、本屋さんで見たら、作品表にはS番号が使われてませんでした。グローブの番号のようですね。うーん、今度発売されるハワードの作品表ではたぶんS番号が使われると思ってるんだけど…。値段が高いのは、ページ数が他の巻よりも多いからだと思います。 (1/31-01:53) No.3496

『第三の男』 の上に立つ黒い疑問符 LISZT? 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2005/01/27(Thu) 00:19 No.3480

次のことは、もう随分前から知っていたことなんですけど、調べても調べても確かなことが分からないことです。

映画『第三の男』で、ロケされた場所を、詳細に解説したWEBサイトを随分前に見つけたんですよ。それがこのページ→ http://axion.physics.ubc.ca/thirdman/thirdman.html

“Location”でリストアップされている場所を確認するとですね、“Liszt Monument” というのがある。リストの像か記念碑ですよね?『第三の男』にリストの像が、ちらっとでも映ったら、あるいはその前をハリー・ライムが歩いたりなんかしたら、最高にうれしいじゃないですか!ところが映画を隈なく何度も見ても、それらしい映像は出てきません。ベートーヴェン記念像とヨハン・シュトラウスの像はすぐに分かるんだけど、リストの像は映画に出てこない。まぁ結局はロケはしたけれども、カットされてしまったのかもしれない・・・・。

そもそもウィーンに、リストの記念像というものはあるのでしょうか??音楽家の史跡をメインとした、ウィーンのガイドブックを何冊か確認してみましたが、リストが世話になった、エデュアルト・リストの家の壁に、リストのプレートがあることは確認できましたが・・・。リストの像は、昔はあったけれど今はない、ということかな???

というわけで、この話は僕にとって、いまだにさっぱり謎なんです。

“風に向かって頭を下げたその姿は、雪の上に立つ黒い疑問符のようだった。” (『第三の男』 グレアム・グリーン 小津次郎 訳 早川書房 P69)

ファンタスティック 投稿者:ミッチ 投稿日:2005/01/19(Wed) 01:35 No.3461

http://www.amazon.com/exec/obidos/ASIN/B00000I529/qid%3D1106066015/sr%3D11-1/ref%3Dsr%5F11%5F1/104-9927467-0055948

面白いCDを見つけました。
内容は聴いてからのお楽しみです。


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ミッチ > シュトラウスのやつは視聴ができなかったので、よければ答えを教えていただけないでしょうか。 (1/19-01:36) No.3462
ミッチ > 最近僕のサイトが、なにもいじっていないにもかかわらず、見れなくなって復旧にかなり時間がかかりましたよ。
「もう!うんざリスト!」(まいったか!(笑)) (1/19-01:38) No.3463
ふゆひこ > すみません。リンク先で聴くことが出来ない場合も考えておくべきでした。。“Furioso-Galopp nach Liszt's Motiven(リストの主題によるフリオーソ・ギャロップ)”は、“半音階的大ギャロップ”、“walzer (a la Paganini)”は、“ラ・カンパネラ”の主題を使っています。 (1/21-00:33) No.3468
ふゆひこ > おお、紹介いただいたCDは面白いですね。シンセサイザーでしょうね。ジェフリー・ライド・ベイカーという人は、他にもたくさん発表しているようです。JRBレコーズという自分のレーベルもあるようです。

http://jerbil.biz/jrbrecords/index.html (1/21-00:38) No.3469
ふゆひこ > ミッチさんのサイト、もうだいぶ作成が進んでるんですね!行って驚きました。実は最初に紹介いただいたときから、フレーム上部のインデックスが、僕のPCでは表示されず、ずっとTOPページだけしかないのかと思っていました。アドレスが変わってちゃんと全部見ることができました。DISCレビューのところとか、デザインがカッコいいです。 (1/21-00:44) No.3470
ミッチ > やっぱり!グラン・ギャロップ!わはは!
僕のサイト、友達のパソコンで見ても見えなかったので、もしかしたら見えてない人が何人かいるのかなと思っていたのですが、ホントに見えてなかったんですね。。ある意味事故ってトップのアドレスが変わってよかった。ご覧いただいて、ありがとうございます。 (1/22-02:40) No.3471
ミッチ > http://www.liszt.dk/
ちなみにここのサイト↑と僕のサイト、色合いとかやってることが少し似ていますが、パクッたわけではありません。(ひそかにライバル視しています(笑))
雑談する場所になって申し訳ないのですが、ブレンデルの

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276217563/qid=1106390616/sr=1-3/ref=sr_1_10_3/249-5877637-2293931

この本読んだことありますか?もしまだなら是非読んでみてください。個人的にはホロヴィッツの夕べと同等に面白かった。インタヴュー形式の本です。 (1/22-19:50) No.3472
ふゆひこ > 紹介いただいたサイト、前に見たことあります。とても充実してますよね。こういう海外の個人サイト(なのかな??)も、リンク集に加えていきたいな。ミッチさんのサイトとフレーム構成は似ているけど、そんなに似ていないと思いますよ。正直ミッチさんのサイトのデザインの方が大胆でインパクトがあるし、僕は好きです。幾何学的で原色を使ったデザインってすごく好きです。 (1/27-00:12) No.3477
ふゆひこ > 『さすらい人 ブレンデル』は、立ち読み程度で読んだことがあります。リストのこともちょっと語られていたような気がする。図書館で見たことあるので、今度借りてこようと思います。 (1/27-00:14) No.3478


ジェームス・テート・ブラック・アワード 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2005/01/18(Tue) 00:16 No.3458

ウォーカーの不滅の業績である『LISZT』三部作は、あらゆる人達から絶賛されていますが、名誉は目に見える形となって、いくつかの賞を受賞しています。VYとFYの裏表紙に、その受賞した賞が書かれている(なぜかWYには書かれていません??)。音楽関連の賞は“まぁ受賞して当然だろうな”と思うんですが、目を惹くのがですね。

ジェームス・テート・ブラック・アワード

というものです。VYが1983年に、この賞の伝記を受賞している。この賞を受賞した作品の一覧がこれ↓

http://www.englit.ed.ac.uk/jtbwins.htm

まず1983年の伝記部門にウォーカー『LISZT』がちゃんと記載されていることを確認しましょう。

このジェームス・テート・ブラック・アワード。なんと英国で最も歴史のある賞だそうです。僕は、受賞している文筆家、作品はほとんど知らないのですが、僕でも知っている名前で、1924年にE.M.フォースターの『インドへの道』が受賞している。1920年にはD.H.ロレンス。1948年にはグレアム・グリーン。他に何名か知っている名前がちらちら。

そんな文豪達の中に“ウォーカー”“リスト”の名前が同列に記載されているなんて、ちょっと僕は興奮しました(笑)。

フィネガンズ・ウェイク 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2005/01/15(Sat) 01:07 No.3457

ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』も確認しました。ジョイス『フィネガンズ・ウェイク III・IV』柳瀬尚紀 訳(河出文庫)IIIのP255からの一文。

“― バッハりいえば、わしは、悄れおって、うんざリストった”

“うんざりすとった(=うんざりしていた)”が“うんざリストった”になってる(笑)。わははは(笑)。原文をWEBで公開されているもので確認すると

“Gels bach, I, languised, liszted.”

となっています。これは「フィネガンズ・ウェブ」という海外のサイトで確認。ページダイレクト→ http://www.trentu.ca/jjoyce/fw-508.htm “Liszt”でページ内検索しましょう。トップはこっち→ http://www.trentu.ca/jjoyce/

これからリスティアンは、うんざりしたら“うんざリストった”と言いましょう(笑)。

バッハオルガン作品の編曲 投稿者:さくら 投稿日:2004/12/22(Wed) 12:59 No.3371

ハワードのシスティーナ礼拝堂とバッハの編曲集のCDやっと買いました。お目当てはシスティーナ礼拝堂でしたが、バッハのオルガン作品の編曲も気に入りました。
リストは色々な曲を編曲していますよね。当時オペラは人気だったにも関わらず上演回数は少なく、また高価だったためになかなか一般庶民は見に行けなかったそうです。そこでピアノ一台でオペラの魅力を堪能できるいわゆるパラフレーズに人気が集まり、またこれを二台ピアノ・連弾に編曲された易しめのものはピアノがあまり得意でない人でも弾いて楽しめるとして、リストもいくつものオペラを編曲したそうです。
パガニーニエチュードは、パガニーニのヴァイオリンに影響を受けピアノでヴァイオリンの技法を表現し、その可能性を追求したものですよね。
オルガン作品の編曲はどうなのでしょうか?聴いた感じでは原曲に忠実に編曲しているように思えます。私はオルガンにあまり詳しくないし楽譜も見たことがないので原曲とどこを変えているのかも分からないのですが、リストがこれらのオルガン作品を編曲した目的、というか動機?をもしご存知でしたら教えて下さい。

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ふゆひこ > 僕のサイトの13巻の感想は、一番最初に書いたやつなので、ほとんど調べられてないですね。それで、ちょっと調べてみました。まずウォーカーは(WY P157)、この“プレリュードとフーガ”を、バッハ自身のワイマール時代の作品である点、に注目していました。同じワイマールの先輩の作品ということです。6曲の編曲年代が1842年〜1850年になっているのですが(ハワードのクレジット)、まずWY P157の注釈によると、リストは1841年にベルリンでイ短調とホ短調の“プレリュードとフーガ”を、すでに演奏しているそうです。それでウォーカーは、すべての編曲が完成したのが、リストがワイマールに定住した後(1848年〜)であることに注目している。つまりワイマールに定住したことで、同じ土地に住んだバッハに対する興味、熱意、愛好の念が強まったっていう感じでしょうか。(確かにラ・マーラ書簡集で1847年12月19日付け、ハスリンガー宛書簡で、バッハの6曲のプレリュードとフーガの楽譜を送ってくれるように頼んでいました。)これが環境的な背景でしょうか。 (12/23-23:48) No.3374
ふゆひこ > それと諸井三郎さんの『リスト』に書かれているんですが、バッハの原曲は楽譜が3段になっているそうです(諸井三郎『リスト』音楽之友社 P98)。僕は見たことありません。オルガンは足も使うから3段なんでしょうか。そのままでは一般人には弾くことができない。これは、さくらさんが言われている、オペラトランスクリプションと同じように、誰にでも弾けるようにしたい、という動機、あるいはリスト個人の野心でしょうね。 (12/23-23:48) No.3375
ふゆひこ > ウォーカーに戻ると、ウォーカーの記述は、続いて、バッハのトランスクリプションが、他のパラフレーズやレミニセンスの作品と異なり原曲の音世界を忠実に移し変えることを目的としている、という比較になっていきます(ここでのトランスクリプションは、原曲に忠実な編曲、パラフレーズは自由な編曲というような意味です)。ウォーカーは

“Transcription is more difficult than paraphrase.”

とまで書いています。ただなぜバッハの“プレリュードとフーガ”を自由に編曲しなかったか、ということの強い理由が見えてこないですね。通りのよい推論は言えますが(バッハは神聖で厳粛なものだからとか、音楽が完璧だからだとか)、リストのはっきりとした発言を知りたいですね。 (12/23-23:49) No.3376
じょるじゅ > うちに、ブライトコフ&ハルテル版、バッハオルガン音楽全集の第二巻があるのですが、ヘ音記号下二段。三段目はペダルです。
ベートーヴェンの交響曲を編曲したのと同じ理由が思いつきますね。
つまり「いかにピアノという楽器でバッハのオルガンの世界のエッセンスを完璧に表現するか」という事ではないでしょうか。
リストは自分自身も優れたオルガニストだったので「楽器の理解」という意味ではピアノと同じく彼自身にとっては自然な成り行きではないでしょうか。

ヴァイマールで完成したのは私は単純にそうする時間が出来たのがヴァイマール時代に入ってから、ということで、「バッハが住んでいたから」ははたして「トランスクリプションにこだわる理由としては弱いかな」と思っています。特にヴァイマールまでオルガンに興味がなかったなら別ですが、彼は10代のとき父親をなくしたすぐ後まず最初に「聖ヴィンセント・デ・パウル教会のオルガニスト」としての職についていることなどを考慮すると彼の音楽家としての生活(と勿論教会)の中に常に「オルガン」があって切っても切れないでしょう。

(12/26-11:12) No.3382
ふゆひこ > ワイマールで完成したことについて“時間が出来た”というのが、まさにそのとおりな気がします。ウォーカーが真っ先にワイマール〜バッハの関連を持ってきた理由が、どこまで突っ込んで考えているかが、ちょっとそこまで読んでないです。

ベートーヴェンの交響曲編曲と比較すれば、こっちも若いころから取り組んでいるけど、完成するのはローマに移って1865年。ローマという都市がベートーヴェン熱を再熱させるわけはない(笑)。これは出版社に督促されたようです(FY P62)。このこととウォーカーは比較考慮しているのかもしれない(ワイマールに移ってからベートーヴェンをやってもいいのに、なぜバッハだったか、という捉え方)。

“優れたオルガニスト”という点については、ウォーカーは明記しています(WY P159)。

“Liszt was not a virtuoso organist(according to Gottschalg he lacked real fluency on the pedals)”

単純にピアニストとしてオルガンもそれなりに弾けたという程度じゃないかな。バッハのオルガン曲編曲とは話が遠くなりますが、オルガンに対する関心という点については、リストのオルガンのための作品がやはりワイマール時代以降でないと作られていないことも考慮する必要があると思います。 (12/27-00:18) No.3386
じょるじゅ > あれ?晩年に自分の曲のオルガン版とか書いてなかったかな?
聖エリザベトか聖スタニスラスの部分だか伴奏の一部がオルガンだったかなんか。
ワイマール時代とはいわゆるアルテンブルグ時代で晩年の『三つ折り人生』でのホフガルトネライのことじゃないですね・・・
ゴットシャルクと比べると・・・
うーんそりゃ劣るかも。(笑)でも、オルガンはピアニストがロックバンドのキーボードやるのとは違いますよ。(笑)けっこう大変ですよ。足鍵盤とか指が動くとかの問題じゃなくて鍵盤が黒とシロという以外殆どピアノとは共通点のない楽器です。
私も一時そう思ってたんですが。
(12/27-06:46) No.3388
ふゆひこ > 僕自身、このスレッドの全体の論理が整理できないのですが、まずNO3386の書き込みの最後の文、“ワイマール時代以降でないと作られていない”というのは、“ワイマール時代以前(1848年以前)には作られていない”という裏返しの意味が主です。晩年になって作られているかは、問題視していません。“聖エリザベート”の序曲だけでなく、ワイマール時代以降ならば、数多くのオルガン作品が作られています(ウォーカーの論理の流れは、“それはゴットシャルクとヴィンターベルガーとの付き合いによって維持される”という流れです)。じょるじゅさんの論理の流れが、ウォーカーの“ワイマールという都市に定住したことで、バッハに対する関心が強まり編曲を完成させた”ということへの反証として、以前からのリストのオルガンに対する関心の強さを挙げられている、と僕は考えたので、それに対する反証として“〜ことも考慮する必要がある”と提示しました。

“聖ヴィンセント・デ・パウル教会でオルガニスト”になった、というのは僕は知らないです。ウォーカーVYを確認してみましたが載っていないようでした。出典を教えていただけるとうれしいです。

ワイマール時代=アルテンブルク時代というのは、ウォーカーの3部作の区分けに従っています。 (12/29-01:51) No.3395
さくら > 自分で出した話題なのに一切レス出来ずにいてすみませんでした。面白く読ませて頂きました。今オルガンでの原曲とリストの編曲とを聴き比べているのですが、かなり違って聞こえました。音は基本的に同じなんでしょうけど、やっぱりピアノとオルガンでは元々音色が全然違う上にしかもオルガンは曲の途中で音色を変えることが可能であり、またピアノの音は一度出したら減衰するばかりですがオルガンは一定の音量のまま保持できるという楽器の違いが大きいのだと思います。「パガニーニエチュードは、パガニーニのヴァイオリンに影響を受けピアノでヴァイオリンの技法を表現し、その可能性を追求したもの」と始めに自分で書きましたが、それに対してオルガン作品の編曲はオルガンらしさではなく、「ピアノらしさ」を求めたものなのではないかなと思っています。 (1/11-18:55) No.3450
ふゆひこ > 最近、リストの晩年の作品とかで、同じ楽譜で“ピアノでもオルガンでも可”となっているような作品を、よく聴いていたのですが(ハワードの7巻の感想を書いてます)、同じ楽譜を使っているはずなのに、ピアニストに比べてオルガニストは一つ一つの音を長く演奏するんですよね。演奏時間に結構差が出てくる。それと強弱のニュアンスもかなり違うように感じました。

さくらさんの、パガニーニ編曲に比較して、バッハ編曲は、“オルガンらしさではなく、「ピアノらしさ」を求めた”というのは、説得力ありますね。多くの人が繰り返し言っていることは“バッハの音楽を忠実に”という発言ばかりだと思います。さくらさんの表現は、内容は同じかもしれないけど、新しい視点だなと新鮮に思いました。 (1/13-01:03) No.3452


ユリシーズ 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2005/01/10(Mon) 04:48 No.3439

ジェームス・ジョイスの『ユリシーズ』にリストの名前が登場していることを知りました。エピソード11の“セイレーン”のところです。

↓Joycean.org というサイトで公開されている『ユリシーズ』セイレーンの章のようです。“Liszt”でページ内検索しましょう。

http://joycean.org/index.php?work=51

↓これはJoycean.org のトップページ
http://joycean.org/

『ユリシーズ』の原文を初めて見ましたけど、これでは日本語に翻訳するのに骨が折れますね(笑)。『フィネガンズ・ウェイク』の日本語訳があんなんなっちゃったのも納得(笑)。“LISZT”も“音”として登場しただけかな。

僕はジョイスの作品は一作も読んだことないです。こんど『ユリシーズ』読んでみようかな。

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ふゆひこ > もしやと思って調べたら『フィネガンズ・ウェイク』の方にもリストの名前は登場するようです。

↓これはJoyce Countryというサイトが公開している、おそらくジョイス作品に登場するキーワード辞典かな。その“L”の頁。FWというのは『フィネガンズ・ウェイク』の略だよね。

http://www.grand-teton.com/service/Persons_Places/L.html

↓Joyce Country のトップページ
http://www.grand-teton.com/service/Persons_Places/ (1/10-05:07) No.3440
ふゆひこ > ジョイス関連でおまけ。アラウとの対話 ジョゼフ・ホロヴィッツ著(野水瑞穂 訳 みすず書房)P203から引用。アラウに教わったこともあるロレッタ・ゴールドバーグの記述。

“次の夜、先生のコンサートの後でパーティを開きました。私はジョイス研究家のサムエル・ゴールドバーグを招いておきました。(略)先生はサムエルの著書にもすでにとりかかっておられ、楽しんでいらっしゃいました。ジョイスの『ユリシーズ』も『フィネガンス・ウエイク』もすでに何度か読んだのに、いずれも完全に把握しきれない思いがしているから、ということでした。”

あのクラウディオ・アラウがジョイスの作品を楽しんでいるというのは、最初、僕には驚きでしたが、『アラウとの対話』を読むと、アラウの、あらゆる芸術への造詣の深さ、全方位的な関心が分かって納得できます。 (1/10-05:21) No.3441
K.T. > ジョイスといえば、ばりばりの英文科卒の高校教師が翻訳の難解さの例として挙げたりしますよね。フランス語教師の最初の授業がしばしば「明瞭でない言葉はフランス語でない」で始まるのに、どこか笑えます。あ、あまり関係のない話で申し訳ない。リストが登場するのですか?でも、ユリシーズってもともとはホメロスのオデュッセウスのラテン版の英語読みですよね。どうしてリストが?つまり、ジョイスって人は時代を超えて奔放に比喩を駆使したと理解していいのかな? (1/10-12:24) No.3443
K.T. > あっ、1922年刊の、ダブリン市民の一日の生活を描いたものですね。リンクを見ましたが、リストのラプソディと出てました。(ハンガリー狂詩曲?) (1/10-20:17) No.3444
ふゆひこ > ジョイスの作品は、翻訳という作業が持つ課題・問題を最も直面させますね。それだけに翻訳家の人にとっては、最も野心、意欲を掻き立てられるんだろうな。

ジョイスの『ユリシーズ』とホメロスの『オデュッセイア』との関係は、コーエン兄弟の映画『オー!ブラザー』と、ホメロスの『オデュッセイア』との関係のようなものだと思います。↓参考に『オー!ブラザー』のオフィシャル・サイト。

http://www.gaga.ne.jp/o-brother/

“原作:ホメロス”となっているのが笑える(笑)。 (1/10-22:02) No.3447
ふゆひこ > ↑すいません。びっくりマークの位置を間違えました。『オー・ブラザー!』です。

『ユリシーズ』に出てくる、リストのラプソディは、ハンガリー狂詩曲でしょうね。今日、本屋で文庫で確認してきましたが、当該の箇所は、そのまんま訳されている感じでした。注釈も簡単で“リスト −ハンガリーの作曲家、ハンガリー狂詩曲という一連の作品がある”とかいった感じ。読んでいないので分かりませんが、どうもその場面はバーが舞台で、音楽がテーマのようです。陽気な音楽の騒ぎの中で“リストの狂詩曲”であることが効果を持っているようでした。 (1/10-22:13) No.3448


マリーダグーからフランツ・リストへ 投稿者:K.T. 投稿日:2004/12/26(Sun) 10:25 No.3381

小生、フランス文学愛好家で、中東などを旅をしてきた者ですが、ふと停泊して、PASTLOGを泳いでまいりますと、2004年2月16日にジュール・ベルヌやガリバーの名を発見。思わず筆を取りました。それは小生が最近見つけた書簡集の中の出来事です。
拙訳ですが、1833年5月25日のものと思われる、マリーがクロワシーよりパリのリストに宛てた手紙を紹介します。
「……ガリバーは旅行中にある男に出会いました。彼は人生に悲しみと不幸が忍び寄ってくる原因を、一年のなかで、太陽が長い間姿を消している(暗く寒い冬、何の収穫もないのです)からであるとガリバーに説明します。けれども、男は素晴らしい治療薬を見出しました。それは、なんと、クリスタルの小瓶の中に太陽光線を収集し、それを保存し、必要な時に放出するのです! ねえ、フランツ、私もクリスタルの小瓶を持っているのよ。そうして、あなたの魂から放たれたすべての光を大切にしまっているのです。ああ、少し前まで、私の日々は暗かったわ。何故なら、私にはあなたの眼差しも、生き生きとさせてくれるあの微笑もなかったのです。でも、ああ、今やすべてが目の前に、確かに私の心の差し向かいに……」
リストとの逢瀬を三日ほど前に控えた手紙です。
さて、小生、また旅に向かいます。何か面白い出来事に遭遇したら、お手紙をしたためるかも知れません。リストは若い頃から絶えず、心が永遠に開けるような空間を希求していたのですね。が、究極のさすらい人はアルチュール・ランボーではないでしょうか。小生は旅にもランボー全集と先ほどの書簡集は携えてゆきますよ

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ふゆひこ > おお、『ガリバー旅行記』とリストがちょっとつながりましたね。僕は『ガリバー旅行記』のファンタジー、寓話ならば、リストの感性にもつながると思うので、リストが言及していたりしていてもよいのに、と思っていました。けどなかなか記述が出てきませんでした(唯一、ウォーカーのWYのプロローグが、ワイマールという小都市に移った巨人リストを“A GIANT IN LILLIPUT”という言葉で表現しています)。

確かに究極の“さすらい人”はランボー、あるいはロマン派のイコンだったバイロンやケルナーといった、芸術と行動が伴った人たちでしょうね。リストの場合は、実生活に関しては“さすらい”というより、居所を定められなかっただけのような気がする(笑)。リストはコスモポリタン(世界市民)という言葉が一番しっくりするけど、それは特定の国に縛られないながらも“市民”であることには変わりない。←これは言葉遊びです(笑)。また何か面白い事実がわかったら教えてください。 (12/26-23:50) No.3385
K.T. > 気まぐれな投稿にお返事いただきまして、感激いたしました。誠実な管理人さんですね。小生、年内と正月は日本におりますゆえ、パリの書店で見つけた書籍の中から、思いつくままに訳してみます。それはそうと、リストもマリーダグーも実に優れた文章の書き手です。こういう分野を卒論に選ぶべきだった。ええとですね、今から語る本ですが、それはボックスにロマン派作曲家の本が5冊に分かれて収められているものなのです。ショパン、リスト、メンデルスゾーン、シューマン、そして最後の一冊には「ロマン派の音楽家たち」というタイトルがついています。その最後のものには音楽家に限らず、当時の著名な作家や詩人がパリにどの時期にいたかなどの表が作成してあります。で、リストについての本で、ショパンの影響が大変面白く描写されているところがあるので訳してみました。途中からハイネが1833年に著した、ショパンに関する記述になります。
「1832年2月26日におけるショパンとの出会いは、セルジュ・ギューによるならば、フランツにとって、音楽の演奏や感じ方に対するパガニーニの影響を払拭する解毒剤となったのです。『ショパンは単にヴィルトーゾというのではなく、全く素晴らしい詩人なのだ。彼は我々にその魂のうちに湧き起こったポエジーを顕示してくれる。それは音楽における詩なのだ。そして彼がピアノに向かって即興を始めると、我々のなかに比肩なき歓喜をもたらしてくれるのだ。その瞬間、彼はポーランド人でもなく、フランス人でもドイツ人でもない。より気高き起源のなにものかなのだ。彼はモーツアルトの国から、あるいはラファエル、ゲーテの国からやってきた。彼の故国はまさしく詩の国なのだ』」 (12/28-14:50) No.3393
ふゆひこ > 面白い文章ですね。僕も、ショパンの存在、ショパンの音楽がリストに常に影響を与えていた(しかも、よい方向に)と思います。セルジュ・ギューが“1832年2月26日”という日付をどこまで強調しているか分からないのですが、この年号と“パガニーニの影響を払拭する解毒剤”という表現を併記するのは誤解を招く文章かな、と思います。1832年はパガニーニの演奏にリストが接した年ですし、“カンパネラ”主題の初期の作品を生み出す頃です。ショパンもパガニーニにインスパイアされている作品を作っているので、もしこの頃の二人の会話を想像するなら“パガニーニってすごいよね!”とか言ってるかもしれない(笑)。リストの技巧への傾倒は、さらに後の1837年〜38年まで続くと僕は思っています。“24の大練習曲”“パガニーニによる超絶技巧練習曲集”がピークかな。

『 』で括られたところがハイネの文章になるのでしょうか。この部分は大変興味深いですね。より高次の優れた詩情、芸術のレベルというのを国家や民族を超越したところにある、と捉えているようです。“さすらい人”や“世界市民”の話とも関連するかもしれないです。ショパンのポーランドへの愛国心(あまり詳しくないですが)、リストのハンガリーへの愛着も考慮して、ショパンやリストがどう考えていたのかを調べてみたいです。 (12/29-02:59) No.3397
K.T. > そうですね。解毒剤という表現は僕(これから気取らずにこう書きます)の訳に責任がありますね。が、仮に治療薬と訳しても大して違いがないどころか、文章の勢いが減ってしまいます。『』内のハイネの文章もそうですが、往々にして詩人の文体には力が漲っています。ただ、評論を訳す時にそうすべきかはわかりません。思うことは、ダイオキシンを盛られ、あわてて解毒剤を服用しとところで、ぼこぼこになった顔はなかなか治らない。つまり、リストはパガニーニ路線で身をたてようと決意した矢先か前後にショパンと出会い、正反対の芸術に心を揺り動かされ、その影響がゆるやかに彼の魂に浸透していったという風には考えられないでしょうか。そう、中庸な解毒剤として。 (12/30-11:39) No.3398
K.T. > 今度はリストからマリーダグーに宛てた1833年5月22日の手紙の一部を紹介します。彼らの書簡は最高の文学の一つであると思うので。二人は別離の後も実に1864年まで文通を続けているのですね。最後の手紙の日付は11月15日、ローマからマルセイユ経由の船便でパリのマリーに届けられています。二人の間には、紛失してしまったものや、小さなメモの伝言を除けば562通の書簡が残されています。では、1833年の恋人時代の一通です。『ああ、ようやく貴女からの便り!神の祝福がありますように。僕は悲しくなってしまった!ああ、僕の手紙のそっけなさ、冷淡なまでの簡潔さにそう驚かないでください。貴女もご存知ではありませんか。時折、僕の諦観の中に現れる嘲弄を、見せかけの柔和さに秘められた辛辣さを(ほら、これが僕の二つ目の性格。貴女も、とても良いわと言ってくださった)それはさておき、僕は僕のやりかたでありふれた書き方をさせてもらうから。僕が今もそしてこれからも言いたいことは、長々と手紙を書くなんて、とりとめのないお喋りをするみたいで、恥ずかしいんだ……』
また、リストは彼の音楽からは想像しがたいユーモアの持ち主で、例えば外科医宅の夕食に招かれたりすると、今夜はどうしても薬用料理を食べさせられてしまうみたいです、と書いたりしています。また当時も今もフランス人は精神科医によくかかるみたいですが、リストは音楽療法に結びつく実験にも関心がありましたね。1833年8月8日頃のものと推定されるマリー宛の手紙のなかで、『……ガブリアク公爵夫人にこのことを言うのを忘れないで。日曜の朝、僕は二人の古くからの友人たちと一緒にエスキロル博士の家で食事をするから。実に好奇心をそそる実験に立ち会うことになった。60歳の婦人のことなのだが、彼女はまったくの知恵遅れでね、ところが恐るべき能力の持ち主であるらしいんだ。彼女は一度、耳にした曲は、それが歌われたものであろうが、楽器で演奏されたものであろうが、あるいはハミングでも、すべてを記憶して再現することができるんだよ』
>さて、膨大な書簡のすべてを紹介する時間もありませんが、しばしば見かけるものは社交界のごたごたについての言及やリストがそれら全てから逃れて一人で過ごす隠れ家の話(彼の母親は例外でしばしば訪れたみたいです)。何と言っても頻繁な話題は出版されたばかりの本のことで、パリにいたリストは当然それらをいち早く入手することができたわけで、また、しょっちゅうマリーに貸したりしています。が、彼が直接持っていくことはそうなかったのでしょう。たいていは彼女を訪れる人たちに託していたのです。ショパンも例外ではなく、彼はセナンクールのオーベルマンを持ってマリーを初めて訪れるところだったのですが、その計画は、おそらくショパンが多忙すぎて実りませんでした。 (12/30-13:42) No.3399
ふゆひこ > 僕のNO3397の書き込みは、セルジュ・ギューの文章(原文を僕は知らないです)に対して言ったものでした。おっしゃられるとおり“解毒剤”という、K.T.さんの訳が一番インパクトがあっていいですね。“中庸な解毒剤”というK.T.さんのインパクトのある表現を、僕が面白みのない表現で言い換えると“中和剤”という言葉になるかな。パガニーニ色に染まりすぎる傾向にあるリストを、ショパンの存在が中和させたという感じ。“ゆるやかに彼の魂に浸透していった”という解釈は、素晴らしいですね。とてもしっくりしました。

ちょうど今“詩的で宗教的な調べ”のことをいろいろ調べていたのですが、この曲集が形作られるのって、ヴィルトゥオーゾ時代が終わって、ワイマール時代に移る前の休息期間とも言えるヴォロニンツェの頃なんですよね。カロリーヌ・ヴィトゲンシュタインと出会った頃。この頃のリストはショパン熱が再熱している。そして同じ頃に形が整った曲集として“コンソレーションズ”“ヴォロニンツェの落穂拾い”がある。まさにヴィルトゥオーゾ時代というパガニーニ色の強い時代を、ショパン色がいったん落ち着かせた、という象徴を感じます。 (12/31-00:58) No.3402
ふゆひこ > マリー・ダグー=リスト書簡集は面白そうですね。英語訳のものが入手できなさそうなので、いまだに手に入れてません(僕は英語も自由には読めないんですが(笑))。がんばってそのうちフランス語版を手に入れてみたいです。

“諦観の中に現れる嘲弄を、見せかけの柔和さに秘められた辛辣さ”

というのは非常に興味深いです。自分の中のメフィストーフェレス的な性格を自認していた、と推察できるように思います。

“60歳の婦人”のエピソードは、よく話には聞く精神を病んでいる人が見せる特異な能力のようですね。このようなことにリストが接触していたという事実に驚きました。『オーベルマン』〜リスト〜ショパン〜マリーというエピソードも面白いですね。 (12/31-01:15) No.3403
K.T. > メフィストフェレス的な性格ということに関しては、リスト自身もマリーも絶えず意識していたような気がします。例えば、マリーのロマネスク仕立ての小説の草案の中で彼女は実際に見た夢について描写しています。彼女を非常に動揺させたその夢の中にはまさしくリストの顔をした彫像が現れ、二つの人格を示したのだそうです。『一つの顔は天使のごとき静謐な美を湛え輝かんばかり、もう一つの顔はあたかもそのパロディ、ぞっとするようなしかめっ面、デモーニッシュなものの支配下にある者のよう』で、リスト自身はそれに関してマリーにこう説明しました。調和のとれた姿の像は理想主義者である自分、恐ろしいしかめっ面のほうは、世界を自らの手に掌握しようとする背徳者である自分なのだ。

>『詩的で宗教的な調べ』に関してはその萌芽はやはり1833年あたりに遡ります。リストはシャルロット・ラボリーとアヴァンチュールを楽しんだ時期があり、そのことをマリーが激しく嫉妬して手紙を書きます。

シャルロットについて話してください!…本当に貴方はひどい不協和音と不愉快な嘘を撒き散らしてくださいましたわ。

そんな手紙の中でさえ、彼女は文学からの引用を忘れませんでした。括りつけられた精神は無である、というようなドイツ語の引用の後、マリーは書いています。(リストもマリーも手紙の中でしょっちゅうドイツ語を使っていますが、しばしばスペルが違っていて、まあ大したレベルじゃないみたいです。にもかかわらず、マリーの取り巻きたちに読まれないように、何時どこでなんていう言葉をドイツ語で書いたりしています。最初は英語も使ってましたし、またリストはあだ名つけの名人ですから、マリーの取り巻きの男の一人を英語のthoughtless=軽率君?というあだ名で呼んだりしています)以下はマリーの文章。
『説明しにくいのですけど、それは私に途方もなく襲いかかってくるこの宗教的な感情のことなのです。私の人生は永遠の祈りにほかなりません。それほど長くないのであれば、私はここに‘孤独の中の神の祝福’という題名の快い調べを書き写してさしあげましたのに。(1828年に出版された詩集、オリエンタルの中の詩)他の何者も私ほど完璧にこうした体験を理解できないでしょう。にもかかわらず、私は何日も何日もひどく不快な思いを味わってきました。それはしばしば錯乱か自殺によって終わってしまえばいいと思うような苦悩です。しかしながら神様は私を哀れんでくださいました。貴方に言いたいことはこれだけです。私の現在のそしてこれからの苦悩がいかであれ、決して涙を流さないで下さい。貴方は私を苦しめた以上にずっと良い思いもさせてくださったのですから…』そのやや長い手紙の最後にさきほど引用したマリーの嫉妬の文章が出てくるのです。

>セルジュ・ギューはこの書簡集の編集者の一人です。もう一人はジャクリーヌ・ベラ(ベッラ?)という人です。 (12/31-13:30) No.3406
K.T. > そう言えば、リストは自身とショパンの関係をゲーテの小説の中のウェルテルとヴィルヘルムのそれになぞらえていますね。情熱的で衝動的なウェルテルを自分に、冷静で理性的なヴィルヘルムがショパン。二人のテンペラメントの違いを意識していたのですね。さて、僕はドイツ文学は専門外でわからないのですが、この小説わかりますか? (12/31-13:45) No.3407
K.T. > その…「若きウェルテルの悩み」ですよね。世界史B風にしか覚えてないので、負担のない程度にあらすじなど教えていただけたらと… (1/1-11:54) No.3409
ふゆひこ > マリー・ダグー=リスト書簡集からは、初期の二人の性格や心理にかなり踏み込んだ記述が得られるんですね。リストを知るためには、非常に重要な書簡集ですね。リストが“世界を自らの手に掌握しようとする背徳者”としての性格を、自分に見出していることを明文化しているというのは、かなり新鮮です。

“詩的で宗教的な調べ”はラマルティーヌをまず第一に考えなければいけませんでした。確かに“詩的で宗教的な調べ(死者の追想の第1バージョン)”が1833年に作られてますね。

調べたらウォーカーのVY P149でシャルロット・ラボリーが1回だけ名前が出てきました。どうもマリー・ダグーと知り合う前に、結婚も考えられた女性のようです。その後また付き合いがあったのかな。 (1/1-22:53) No.3410
ふゆひこ > 『若きウェルテルの悩み』はずいぶん前に読んだきりなので、内容はほとんど憶えてないです。箱から文庫を引き出してきて、パラパラ読んでみました。ウェルテルからヴィルヘルム宛の書簡形式になっていますね(それすら忘れてました)。基本的な物語の骨子は、ウェルテルが友人のアルベルトの許婚(本文中では妻と出てきますが)のロッテに恋をしてしまい、その狂える感情をヴィルヘルムに語っていく、ストーリーかな。最後、ウェルテルはピストル自殺をしてしまいます。ヴィルヘルムとウェルテルの性格については、ちゃんと読み返してみないと分からないですね。

ただ『若きウェルテルの悩み』は、誰が読んでも自分とウェルテルを同一視するので、(その結果、発表当時、自殺が流行したのは有名な話)、ショパンが読んだら、自分=ウェルテル、リスト=ヴィルヘルムと考えたでしょうね(笑)。 (1/1-22:54) No.3411
K.T. > あっ、わざわざ読んでくださったんですか。僕が図書館で借りればよかったのですが、(まだ開いてないですね)お手数をかけました。元旦に読まれたのであれば、ウェルテルが初読みですね。しかし、誰もが同一視という話は大受けです。

>ラマルティーヌの名が手紙の中に明確に現れるのは1833年の10月のものですね。(二人の間にはそれとなくほのめかしただけで通じる友人知人が大勢いました)彼とリストが知り合いになったのは恐らく同じ年の初頭だろうと思われていますが、書簡集の中のクロニクルによりますと、ラマルティーヌにとってリストが最も偉大で崇拝すべき友となったのは、1833年12月22日にベルリオーズが主催した(パリ)音楽院ホールでのコンサートにおいてです。リストは再びウエーバーのKonzertstuckを演奏しました。(1回目は3月2日、パリ2区の貧民救済コンサートで) (1/2-13:28) No.3417
K.T. > さて、1833年10月30日、パリのリストよりクロワシー城のダグー伯爵夫人に宛てられた便りの最後の部分を訳します。『僕はいつでも貴女の許に居続けますとも。分かっているね。ええ、墓所まで共に…(ここまでドイツ語)
日曜の晩、イタリア歌劇場で貴女をお待ちしていいものかどうか正確に知りたいので、ウイかノンで答えてください。でも、間もなくではありませんか。だから貴女の便りが待ち遠しい。幾多の愛情と敬意をこめて。
 もしも貴女がウェルテルと、とりわけラマルティーヌのあの調べ、調性も拍もないあれを送り返してくだされば、僕は最高に満足です。(ここでリストは自分がラマルティーヌの詩に霊感を得て作曲した「詩的で宗教的な調べ」の第一稿のことを指していると思われます。注によりますと、カタログには1834年と記されているものの、草案は1833年に遡るとあります。この手紙がその証拠となるでしょう。表題は1830年に出版されたラマルティーヌの名高い詩集と関わりがあります。リストの作品は当時としては斬新で、変化しつづける異例の拍子、同じようにとらえどころのない調性。それでリストは手紙にsans ton ni mesure<調性も拍もない>と書いたのでしょう)僕はその僅かな一葉にたくさんの書きたいことがあるんだ。それは僕にただちに苦痛と陶酔の時を甦らせた』

>では、ごきげんよう。また必ず顔を出します。より豊富な情報と共に… (1/2-14:36) No.3418
K.T. > おっと、言い忘れました。シャルロットはマリーダグーの不安の種でした。なぜならリストはとても彼女と仲がよくて、しばしば(彼女の関係する)ちっぽけな集まりでアマチュア音楽家のための作品を演奏したりもしたからです。ある晩リストはテオフィル・ド・フェリエール(例の軽卒君)の眼前で言いました。「あーあ、シャルロットがずっと練習を続けるならね、とてもピアノが上手くなるのになあ。でも、彼女ったら、ひどく移り気でね、ある時は絵に夢中、別の時は音楽、もちろん何もしてない時だってあるよ」 (1/2-14:58) No.3419
ふゆひこ > その1833年10月30日の書簡はとても面白いですね。ハワードは“詩的で宗教的な調べ(死者の追想の第1バージョン)”を“驚くべきアヴァンギャルドな作品”と評価していました。ハワードが紹介している文章では、リストは“tronquee et fautives”とも呼んだそうです(“断片で欠陥のある”という意味でしょうか?)。作り直すつもりで、マリー・ダグーに“送り返して”と言ったのかな。

テオフィル・ド・フェリエールについては、僕の持っている資料では特に情報が得られませんでした。マリー・ダグー関連の書籍を今度見てみます。“軽率君”に“移り気嬢”のことを愚痴るなんて、あまり意味なさそうですね(笑)。 (1/4-23:11) No.3424
ふゆひこ > テオフィル・ド・フェリエールについて、RICHARD BOLSTER著『Marie d'agoult』にちょっと出てきました。マリーの崇拝者なんですね。生涯をマリーに捧げたとも書かれてました。P139では“young man with vague literary ambitions”と書かれています。その vague literary ambitions の成果かな、ネットで検索すると、2冊の著作が出てきました。『IL VIVERE. LES CONTES DE SAMUEL BACH(1836)』『LES ROMANS ET LE MARIAGE(1837)』。サミュエル・バッハって誰だろう。 (1/4-23:37) No.3425
K.T. > まだいます。(爆笑)でも発ちます。そして、また戻ります。

さて、詩的で宗教的な…についてはマリーに貸していたのが、詩集のほうなのかリストの草稿なのか、あるいは両方なのか手紙からは判断しかねるのです。直前の文字の欠落のせいもありますが、要は手紙というものは当事者だけに分かればよいものであって、万人に理解してもらおうと思って書かれているわけではないからです。むしろ、知られないことのほうが需要で、ま、暗号というほどのものではありませんが、全文がドイツ語という手紙が二人の間で二通だけあります。(マリーの小間使いアデールは二人の手紙を読もうとしたのかな?)リストはドイツ語も、かつてのパリ入りの時のフランス語のそれと同様、あっという間に習得しつつあったのでしょうか。ハワードの紹介文は原文にちょっとミスがあります。「調べ」も「追想」も女性名詞なのですが、リストのフランス語の形容詞のfautivesのほうが複数になっています。そうすると、詩的で宗教的な調べ全体をさすことになります。死者の追想だけを指すのなら、tronqueeの女性単数形とそろえて最後のsを外さなくてはなりません。訳はその通りだと思います。

テオフィル・ド・フェリエールはマリーダグーのいとこで、しばしばフランツとマリーの手紙や伝言を預かっていた人物です。が、何しろ軽率君ですから、こっそり読んで噂話をばら撒いてしまったんですね。で、リストも激怒、もう決してアイツに託さないように、とマリーに書いてます。さて、更に驚くべき事実があります。サミュエル・バッハ(バック)は軽率君のペンネームです。でも文才はなかったのでしょう。彼のマリーに宛てたラブレターを読みましたが、あまりに月並みな内容でがっかりしました。20世紀フランスのヌーボーロマンの書き手にも通ずるようなリストのあの感性はかけらもありません。 (1/5-12:00) No.3427
K.T. > さて、リストたちのあだ名、ペンネームの多様さには目を見張るものがあります。リストには9つあり、その中に軽率君の反対のThoughtfull=熟慮様(最後の二つのlは英語としては間違っていますが、そこがリストのユーモアというか言葉遊びというか)。マリーには何と16も。よほど愛していたのでしょう。そして二人をまとめた呼び名も二つあります。その一つはles Zy(zyotiqueという形容詞から来ていて、多分『頬骨族』という意味で、察するにジョルジュ・サンドの『長鼻族』と対をなしていますね) (1/5-12:21) No.3428
K.T. > 追記です。軽率君からマリーに宛てた狂信的なラブレターは書簡の前編集者ダニエル・オリヴィエの時にはリストのものとされていました。しかし、兄弟のいないはずのリストが兄弟のことに言及していたので、現編集者たちが不審に思ったみたいです。が、何と言っても文体がまったく違うので、鋭い人たちは変だなあと思っていたのではないでしょうか。 (1/5-13:23) No.3429
ふゆひこ > まず、すみません。ハワードのライナーから引用した箇所は僕の写し間違いです。申し訳ないです。ハワードは“tronquee et fautive”と書いていて、僕が勝手に“s”をつけてしまいました(文法を全く知らないので、こういう間違いをしてしまうんですね…)。で、K.T.さんの指摘で気づいたんですが、この“tronquee et fautive”というリストの言葉は“Harmonies poetiques”に音的にも韻をかけてるのかな(手持ちのフランス語辞書で発音を調べたのですが“-ee”のところだけよく分かりませんでした。)。もし音的にもひっかけてあるなら、このあたりにもリストの機知、言語感覚のセンスのよさを感じます。 (1/7-01:31) No.3431
ふゆひこ > NO.3418でK.T.さんが紹介してくれたリストの書簡だと、“ウェルテル”と“ラマルティーヌのあの調べ”が併記されているので、後者はラマルティーヌの“詩集そのもの”を指している、ように読めますね。けどその後に“調性も拍もないあれ”と音楽的な内容の意味が強くなる記述が続くので、リストの草稿を指している可能性も否定できないんでしょうね。ラマルティーヌの詩集自体にもヒントがありそうです(ラマルティーヌの詩自体が、調性も拍も感じられないような詩なのか、それともがっしりとした詩なのか)。

“軽率君”の人物像がだんだん分かってきました(笑)。マリーのいとこなんですか。またサミュエル・バッハがペンネームだとは驚きました。どうりでサミュエル・バッハで検索をかけても何も情報が出てこないわけです(笑)。“頬骨族”という呼称も笑えますね。リストだったら“長鼻族”にも、どちらにも属せそうです(笑)。 (1/7-01:42) No.3432
K.T. > 結局あれから知り合いのピアノ教師宅で(たいていの楽譜は揃えている)、詩的で…の初版の載っているという楽譜を見せてもらい、ついでに初見で途中まで弾いてもらいました。楽譜を見て僕もすぐ気がついたのですが、普通は楽譜の初めについているはずの拍子記号がない!調合もない!ハ長調というわけでもなさそうです。で、とても不思議な曲でした。演奏ももたもたしていたので(ごめん、初見だった)よくわかりませんでした。少なくともラ・カンパネラを書く人の曲とは思えませんでした。でもショパンとも似てません。手紙の通りの音楽なのです。その最初の曲には確かに詩というかラマルティーヌの前書きの一節が掲げられていました。大変に観念的な理解しがたい文章です。直訳より意訳に近くなりますが、コピーさせてもらったので前半だけ訳してみました。
『この詩はごく限られた人々にのみ捧げられる。
瞑想をよすがとする魂よ。そこでは静寂と想念が終わりなきイデアに向って抑えがたく高められてゆくことだろう。信仰においてはあらゆる思考が熱狂と祈りのうちへと変容する。存在は神性と希望のなかにあっては無音の聖歌。思考は自らが身を置く創造の中で探求する。それは神のもとへと導かれる階(きざはし)やその表出、像にあって瞭らかにされるものである…』
また、初稿の第二曲目はINVOCATION(祈り)で、それには『高められよ、わが魂の声、曙光とともに、闇夜とともに…』で始まる詩が掲げられているのです。で、思ったのですが、リストがマリーから送り返して欲しかったのは冒頭にラマルティーノの前書きのついたタイトルのない一曲目ではないでしょうか。それというのも二曲目は4分の3拍子、ホ長調、拍も調性もあるのです。 (1/7-13:30) No.3434
K.T. > 頬骨族と呼び合う時期にはかなり親密であったと想像されます。マリーに頬骨ちゃん(petit Zioあるいはpetit Zyo)、と呼びかけているような手紙もあるのですが、今の日本人の常識から考えてみても、それは相当遠慮のいらない仲であることを物語っているのかな。 (1/7-13:47) No.3435
K.T. > 韻に関しては微妙です。ランボーのソネット形式(これ、抜群に曲がつけやすいスタイルですね)の詩(谷間に眠る者)の第一段では、一行目と三行目が韻を踏んでいますが、リヴィエールとフィエール、そして二行目と四行目の韻はアイヨンとレイヨンです。リストの言葉はトロンケ エ フォーティヴだからアルモニー ポエティックとかなり似ていますよね。 (1/7-14:11) No.3436
ふゆひこ > 訳していただいたラマルティーヌの詩は、かなり難解ですが“調性も拍も感じられない”という感じではなさそうですね。となるとリストが返却を望んだのは自分の作品の楽譜のような気がしますね。

曲集“詩的で宗教的な調べ”(S173)は非常に複雑な作曲経緯(収録された曲構成として)になっているので注意が必要です。S番で区別すると分かりやすいです。

まず最終稿(S173)の曲集“詩的で宗教的な調べ”の第1曲目は“祈り”(S173/1)です。

で、曲集“詩的で宗教的な調べ”第1稿(S172a)の1曲目も“祈り”の第1バージョン(S172a/1)です。(←このS番でいいのかな。ハワードの7巻では“Without S Number”になってる。S172a/1としたのは、47巻を参照しました。)

で、この2つの曲集以前に作られたのが“詩的で宗教的な調べ(死者の追想の第1バージョン)”(S154)です。これは曲集ではなく、単独曲です。

K.T.さんのお知り合いのピアノ教師の方が使用された楽譜は、S154が最初に載っていて、次からS172aの曲集が載っているという構成なのではないでしょうか。 (1/10-04:32) No.3437
ふゆひこ > “tronquee”は“トロンケ”と発音するのですか。ありがとうございます。“トロンキー”って発音するのだったなら“アルモニー”にますます近くなるのに、って思ったのですが、これでは確かにちょっと微妙ですね。 (1/10-04:35) No.3438
K.T. > SというのはモーツァルトのKのようなものと思っていいのですね。楽譜自体について触れる時は、そういったことも考えなければなりませんね。とても勉強になりました。ありがとうございます。ところで、例の楽譜はグレーの表紙、ブダペスト版とか。一応、フランス語詩の載っているところは、全部コピーしてきたのですが、S番号はどこにもありませんでした。ふゆひこさんは、何か別の作品表を調べておられるのですか。(ハワード?ウォーカー?)

>さて、このスレッドも大変に長くなってしまったような…。僕の責任かな(笑)。僕は楽しかったのですが、当事者以外の方々が退屈されても悪いですね。帰国後、また新たな話題で顔を出します。 (1/10-12:02) No.3442
ふゆひこ > S番号はモーツァルトのK番号のようなものですね(K番号ほど合理的に整理されていないんですが)。僕は基本的にはサール著の『LISZT』に載っていた、S番号表をコピーして参照しています。簡単に手に入るのはヘルム著『リスト』(音楽之友社)に載っている作品表ですが、これは“主要”作品表なので、あまり使えないです。下でLOMさんが紹介されている福田弥さんの新刊が期待できるんじゃないかな(ハワードの作品カタログはまだ当分発売されそうもないですし)。

WEBだとピアノ独奏曲だけならば、HYPERIONのサイトが使えます。↓ページ直リンク。

http://www2.hyperion-records.co.uk/liszt_index.asp

すでに参照されているかもしれませんが、NMさんのサイト『Page de Ferenc Liszt』にはとても整理された作品表がありますよ。僕もいつも参照しています。 (1/10-21:41) No.3445
ふゆひこ > EMBの楽譜でしたか。NO3437の書き込みをする前に、“EMBかな”と思ってサイト『リストへの挑戦』でKOUさんが作成された楽譜の目次を参照したのですが、S154 → S172a(またはS173)という順番ではなかったので、違うかなと思ってしまいました。というより、EMBは目次=掲載順じゃない場合があるんですよね(笑)。失礼しました。EMBはS番号も載ってないし、ちょっと不便ですね(僕は2冊しか持ってないから言う資格ないけど(笑))。 (1/10-21:52) No.3446

From Paris to Peoria 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2005/01/05(Wed) 01:00 No.3426

オックスフォード大学出版から発売されているアレン・ロット著『From Paris to Peoria』のWEBサイト版を見つけました。

http://www.rallenlott.info/index.htm

このサイトは素晴らしいです。書籍をより理解するために作られてるんでしょうね。内容は、アメリカに演奏旅行をしに行った19世紀のヴィルトゥオーゾ達の記録です。タールベルク、ヘルツ、ルビンシュタイン、ビューロー。レオポルド・ド・メイヤーという人は僕は知らないです。

レパートリーのところなど、細かい演奏曲目まで知ることができます。例えば1875年10月22日ビューローはリストの誕生日にボストンにおいてリストのピアノ協奏曲を演奏したりしている。MP3で譜例を試聴することも可能です。楽譜まで入手できる。

2005! ≪『作曲家 人と作品 リスト』 福田弥≫ 投稿者:LOM 投稿日:2005/01/01(Sat) 00:17 No.3408

21世紀ももう4%が終わりました。あけましておめでとうございます。
今年は福田さんのリストの伝記が発売される年、ハワードさんのカタログが発売される(べき)年ですね。また盛り上がると思います。
ここの掲示板に来ると何か浮いちゃうのですが、たまに顔を出すつもりです。今年もよろしくお願いします。

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ふゆひこ > あけましておめでとうございます。音楽之友社の『リスト』は確か今月発売予定ですよね。今年最初の楽しみです。こちらこそ今年もよろしくお願いいたします。 (1/1-23:07) No.3412
LOM > 「作曲家 人と作品シリーズ」全体の紹介がここにあります。「平易な文章で書かれた『生涯篇』、一つひとつの作品をていねいに解説した『作品篇』、詳細な作品表・年譜などを収録した『資料篇』の3部構成」だそうです。ほんとかいな(笑)。リストの場合大変なことになりそう。 (1/2-09:51) No.3416
ふゆひこ > 音楽之友社の「作曲家 人と作品シリーズ」は昔発売されていたシリーズのリファイン版になるんですよね。昔のシリーズではリストの巻は諸井三郎さんが執筆されてました。諸井三郎さんの1965年版は、かなり充実した作品表がついていたので(今でも僕は利用してます)、今度の福田弥さんの2005年版には期待しています。 (1/4-22:27) No.3423


NEW YEAR CONCERT 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2005/01/01(Sat) 23:43 No.3413

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

というわけで正月になったら書こうと思ってたネタです(笑)。前にですね、だるべるとさんが“リストからみたワルツ王”という題目で、ヨハン・シュトラウスとリストに注目されて、僕もいろいろ調べてみたんですがあまり面白い事実が出てきませんでした。でもそのとき皆さんが注目していたのはヨハン・シュトラウス II世の方だと思うんですよね。

いやいや、リストとの関係では父親のヨハン・シュトラウス I世の方が面白い、ということに気づきました。まずこれは、イギリスのヨハン・シュトラウス協会のサイトで、ヨハン・シュトラウス I世の作品リスト↓。

http://www.johann-strauss.org.uk/composers/index.php3?content=Johann1list

Op.114を見てみましょう。“Furioso-Galopp nach Liszt's Motiven(リストの主題によるフリオーソ・ギャロップ)”とあります。いったい何の主題を使っているんでしょうか?ついでにOp.11の“walzer (a la Paganini)”という曲も注目しておきましょう。

でですね。以上の曲は、1999年のニューイヤーコンサートでロリン・マゼールが取り上げてるんですよ。2曲ともアマゾン(ドイツ)で聴けます。何の主題かは聴いてのお楽しみです。ウィンナ・ワルツのファンには有名な編曲なのかな?僕は初めて知りました。

http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/B00000I146/302-8229444-4535264

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ふゆひこ > 『AN ARTIST'S JOURNEY』のP196〜197。1841年8月付け、リストのレオン・クロイツァー宛書簡では、クークスハーヴェンにおいて、何かお祭り騒ぎのようなパーティーのような楽しいひと時をリストが報告しているのですが、そのときオーケストラが偶然シュトラウス I世のワルツを知っていたため、それを演奏してももらい自分たちは踊りに踊ったということを書いていますね。“偉大なシュトラウス”とまで書いている。リストは別にシュトラウス流のワルツを見下したりしているわけではなかった、ということがうかがいしれます。 (1/1-23:44) No.3414
LOM > わぁ!(笑) これは面白い! ふゆひこさんの発掘力にはいつも参ってしまいます。
Op.114は簡易版のオーケストレーションですか? リストはこの曲について何かコメントしていないのでしょうか?
近々S219bisについて何か書こうと思っています。 (1/2-09:48) No.3415
ふゆひこ > シュトラウスI世編曲版は、僕は上記Amazonで試聴したのみなんですが、たぶんリストのどのバージョンを使ったということとは関係なくて、主題を使ってオーケストラ版にしたというだけでしょうね。手持ちの資料からでは、シュトラウスI世のこの編曲についてのリストのコメントはとくに出てこなかったです。でもリストがシュトラウス編曲版の存在を知らなかったと考えるほうが、僕にはなんか不自然な気がします。 (1/4-22:21) No.3422


ポルカ・マズルカ 投稿者:ふゆひこ 投稿日:2004/12/31(Fri) 01:54 No.3405

最近、楽譜にも興味があって有名なアカデミアというところに行ってきたらセールコーナーで面白い楽譜を見つけました。

FRANZ LISZT “Polka Mazurka”

というものです。Musikverlag というのが出版社かな?譜面はたった1ページの楽譜。1990年出版。表紙の下に“Erstausgabe(初版)”となっています。譜面の隅下には“Villa d'Este 4.Gennaio 1876(エステ荘にて 1876年1月4日)”とまで書かれている。

これはハワードは録音してないです。で、家に帰って曲を確認してみたら、これはハワードの40巻に収録されているペッツィーニ〜リスト“ウナ・ステラ・アミカ”(S551)の異稿です。“ポルカ・マズルカ”の方は非常に簡単な曲になっています。この曲はどういう位置づけなのかな?なんでハワードは録音してないんだろう??

短い解説がついているのですが、書いているのは前にだるべるとさんに教わったアマラル・ヴィエイラという人。ヴィエイラは、この曲はリストのオリジナルでペッツィーニに献呈されたとなっています。“ウナ・ステラ・アミカ”はペッツィーニの曲をリストが編曲したものとしているハワードの方を僕は信じます。


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