■セブンアイ
 
「足」


 気がつかないうちに、足が変な格好になっているんですね、と井上康生が話した瞬間、机の下に見える自分の足、とりわけ、サンダルからのぞくつま先部分を、なぜだかとっさに隠してしまった。
 アテネ五輪柔道100キロ級代表となり、五輪2連覇への思い、4月の全日本での敗戦、その要因となった故障などについて、インタビューしていたときである。彼は、故障したことによって、「一歩」をしっかり積み重ねなくては足も変わる、ただ歩行することの重みを改めて知った、という大変興味深い話をしていただけなのだが、聞きながら机の下にあった自分の足先をじっと見た。

「何や、この足は! こういう足はな、相撲取りには最高なんや。横綱になれるぞ」
 ひどいことを言う人がいるものである。日本のスポーツ界では「シューズ作りの名人」と呼ばれるアシックスの三村仁司氏をかつて取材したとき、試しに私の足も、と測定したのだが、手と同じように中指が一番大阪・長居スタジアム変わった形状に、三村氏は「横綱間違いなし」と太鼓判を押してくれた。押されてもうれしくないし、婦人靴売り場では役に立たない太鼓判なのだが。足のサイズは25センチで幅も広い。昔から靴選びにはいつも苦労してきた。

 心強い味方がいた。今や靴売り場には欠かせない存在となった「シューフィッター」のナカムラさんは、どんなシューズでも、たとえブーツであっても難なく見つけてくれた。仕事柄、靴は消耗品で、もちろんアスリートの繊細さのレベルではないが、少しの不都合が病気に至ることもある。何十年ものキャリアを持つ彼女に詳しいことは話さなかったが、「足を見れば、生活や健康状態、お仕事もわかりますからね。マスジマさんの足は本当によく運動されていて、傷みのないとても丈夫な足ですよ」とアドバイスをくれた。

 今週はじめ、彼女が重いヘルニアで突然退職することになった、と電話をもらった。長年の仕事で、立ったり座ったりが負担となったそうだが、これから「ぴったりの靴」をすぐさま運んでもらう、シンデレラ気分を味わえなくなると思うと本当に寂しい、そう伝えるとナカムラさんは言った。

「丈夫な足をこれからも大切にしてくださいね。お仕事は足から築くものですからね」
 仕事は足から築く──彼女が見てくれたのは私の「足」だけではなかった。私は受話器を握りながら頭を下げ、自分の足をじっと見つめた。

(東京中日スポーツ・2004.5.21より再録)

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