■セブンアイ
 
「生真面目な会見」


 ナポレオン特注の椅子は、ひどく座り心地が悪く腰を痛めてしまった。
 いつもお世話になるドイツのコーディネーター津川さんとベルリンマラソンで再会し、ベルリン最古のドイツ料理店で、ナポレオンの愛用した椅子に座って楽しいランチをともにした。固くて背もたれは直角、座席も狭く壁をくりぬいたような椅子だが、当時としては画期的な暖房装置が埋められている。

「どんな恰好で食事したんですか、彼って」。笑いながらロールキャベツをビールと一緒に頬張る。店のガイドには彼の好物、レシピ、歴史的背景まで詳細が数ページも書かれ、観光がてら気軽に、という遊び心はない。
 ベルリンにはかつての強制収容所がある。尋ねると、「こちらでは、ついでに、とか駆け足っていうのはないのよ。だって討論会って、そこまで時間ないでしょう?」と、苦笑された。収容所見学は少なくても4時間をかけなくてはならず、ドイツ人なら最後に討論の時間が組み込まれている。

 高橋尚子(積水化学)がベルリンマラソン連覇をした翌日、主催者の会見に出席した記者たちは、この「ドイツ人的生真面目さ」に驚いた。冒頭から、本大会、心臓発作を起こした50代の男性が亡くなるまでの詳細を担当医が報告し、心停止時刻を発表する。ローラースケートに似たインラインスケート部門では衝突事故が起きた。救急処置担当者と警察部長が出席、人員配置や標識設置での責任の所在を示し、改善点を説明した。読み上げるのではない。究明した自己を徹底的に「話し」、記者と対面する。結局、高橋尚子の「全然疲れていません」の一言までに1時間を要したが、約3万人もの市民選手が世界中から集まるレースは、こうした責任と透明性、スポーツへの深い情熱を常に維持して、来年30周年を迎える。

 3日の取材で、強制収容所まで駆け足で見学しようとした自分の「日本人的不真面目さ」を恥じて帰国し、成田空港でちょうど始まった政府の会見をテレビで見た。拉致事件に関する調査団の読み上げ原稿を聞きながら、慣れきったはずなのに、ふと、考えた。
 記者会見とは一体何なのだろうか、と。

(東京中日スポーツ・2002.10.4より再録)

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