■ピッチの残像
「豊かに、力強く流れる“水”の清清しさ」


 今でも思い出し笑いをしたくなる。

「ヴィッテル、ヴィッテル!」
 フランス語のできない私たちが「ヴィッテルはどうやっていけばいいのですか」と、地名だけを絶叫するという無謀な会話で道を尋ねると、私たちはよほど喉が渇いているのだと思ったのだろう。わざわざ奥に戻って、ニッコリ笑ってボトルを差し出してくれた。
「はい、ヴィッテルです」

 4年前のフランスW杯で、私は記者仲間2人に車に乗せてもらい、日本のキャンプ地・エクスレバンから車で400キロはあったヴィッテルに向かった。グループリーグで対戦するクロアチアのキャンプ地は、ミネラルウオーターで有名な場所だった。今でも彼らの基地の美しさは目に焼き付いている。

「戦いにこそ、静かな環境が重要だ。母国のように静かな景色。この場所を選んだ最大の理由は水だ。美しい水は自然の鏡だから」

 91年ユーゴスラビアから独立したために一応初出場ではあったが、サッカーにおいては実力国である。会長を取材した際、そう教えられた。食事はホテルの一般客と一緒に摂り特別なものではなかった。しかし休日は1週間に必ず1回、釣りや川下り、ハイキングに出かける者もいると聞き、「戦争」と形容されるW杯に挑むアプローチのユニークさに随分と驚いたことを思い出す。

 4年前、自然、とりわけ水の美しさにこだわっていたクロアチアがイタリアを破った試合を見ながら、新潟の十日町がキャンプ地だったと、町のHPを開いてみた。コシヒカリと着物と雪の町――ヴィッテルで見た景色に似ている。彼らが、ここでどれほどいいキャンプを張ったか想像できる。

 地中海ブルー(イタリア)を破ったアドリア海のブルー。両国の一戦を見ながら、豊かに、力強く流れる「水」の清清しさを思った。

(東京中日スポーツ・2002.6.9より再録)

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