■ピッチの残像
「車椅子の来訪者の目に映るW杯は……」


 予想外だったのは、移動の厳しさである。
 4年前、もし2002年を取材することになれば、今度は「ホーム」なのだ、フランスで浴びた「アウエー」の洗礼を挽回して余りあるだろうと、密かに期待していた自分が無邪気だったと反省している。
 しかしホームも油断は禁物のようである。5日、日本代表に帯同する記者たちはみなカートもエスカレーターもない日本の鉄道を乗り継いで、キャリーを引きずり、再び代表のキャンプ地に戻って来た。東京駅でガラガラを引っ張っていると、鮮やかな緑と白の帽子が見える。同じコーヒーショップに入ったが、カウンターの位置が高く、店員には彼の姿が見えないようだった。車椅子から見上げて声をかけている彼が。

 14歳の彼に付き添っていたのは叔父さんで、仕事で日本に滞在しているという。2人は5日夜のアイルランド対ドイツ戦が行なわれる鹿嶋に行くバスを待つ間、私は新幹線を待つ間、同じ大テーブルでコーヒーを飲むことにした。事故で車椅子を使うことになったが、母国のW杯を見て、見知らぬ国を車椅子でも歩いてみたくて、両親とおじさんに頼み込んで単身で来日したという。

「毎日がエキサイティングでこの1週間、不便も楽しく感じます。来てよかったです」

 握手で別れた後、彼のように不便でもあれほど目を輝かせることができるかを考えた。ホームに長くいると、どうやら感性が少しずつ錆びてくるようである。思えば「住めば都」とは、「ホーム&アウェー」の対訳であるのかもしれない。

 夜、テレビでアイルランド戦を見ながら、6日に帰国する彼がどこで歓声を上げているのだろうと思った。東京駅で撮った一緒の写真が届いたら、W杯は、開催国は、彼の視線からどう見えたのか、と返事を書こうと思う。

(東京中日スポーツ・2002.6.6より再録)

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