■セブンアイ
 「笑顔」


 柔道の田村亮子(トヨタ、48キロ級)の全日本体重別選手権連覇が11で止まった瞬間、騒然とした体育館で思い出したのは、彼女が福岡国際女子柔道で、世界にデビューを果たしたころの言葉である。

「負けて学ぶことはないと思ってやって来たんですね。好きな言葉は、歴史は勝者のためにある、です」

 まだ15歳の少女の、しかも身長が140センチ台の、手足の筋肉などどこにもない華奢な少女から発せられた言葉に、思わず圧倒されてしまった。あれから2002年4月14日まで、途中もちろん敗戦はあったが、国内選手相手に98連勝、国際舞台でもアトランタ五輪の決勝以来65連勝と全力疾走を続けてきた。肉体と柔道は勝利の度に強靭となった。何より連勝の間にもっとも大きく変わったのは、好きな言葉ではなかったかと思う。今はすべてのプロフィールに「笑顔」と書き込んでいる。

「どんなことも笑って乗り越えたいのです。歴史は勝者? 忘れてください」
 笑って背中をたたかれたことがある。

 ボクシングのWBCスーパーフライ級王者・徳山昌守(金沢ジム)は、「苦しいときに、苦しい顔をするのは当たり前、平凡です。どん底をあえて笑って乗り越える。そういう王者でいたい」と言った。

 彼が好きな言葉は「道険笑歩」である。しかし、彼らの笑顔が、楽しいことにニコニコ笑うのではない点が重要である。格闘技の、しかも王者がいう「笑顔」とは、凄まじいばかりの闘争心の隠れ蓑かもしれない。彼らに漂う勝負師の殺気の正体こそ、この「どんなことでも笑ってみせる」とする思想なのかもしれない。

 敗れた日、田村は関係者との食事会で、会心の、というわけにはいかなかったが、マイクを握って笑って挨拶をした。
「これは神が与えてくれた、いい薬だと思います」
 笑う門に来るのは福なのか。それとも勝利か。

(東京中日スポーツ・2002.4.19より再録)

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