■セブンアイ
 「桜」


 氷点下に冷え込むワルシャワの公園で、霜柱を踏みしめて走る。体脂肪の燃焼を最大のテーマとする私のジョギングではあるが、サッカー日本代表のお陰で、走った国は彩り鮮やかである。今回は初めてポーランドに滞在し、毎朝、公園を走りながら、無意識のうちに目線が上に行くことに気が付いた。桜を探して。
 一気に暖かくなった東京を出て冬に逆戻りしたとき辛かったのは、20度もの温度差や寒さではなかった。花の色のない風景である。長い冬、この道は桜並木に変わるのだと思うと胸が躍る。しかし、今年は出張と開花が見事重なり、満開の桜は見られなかった。

「日本の春の美しさは特別な気がした」
 ワルシャワに入る前、イタリアのシチリア島で、懐かしい人に会った。元・ジュビロ磐田のFWサルバトーレ・スキラッチは、サッカークラブのオーナーに転じていた。5歳から20代までを揃えたクラブで会ったとき、ピッチを眺めながら、そう言った。
 90年イタリアW杯では、無名の補欠から6点を奪い、世界中人々の目を釘づけにし、心を揺さぶった「得点王」である。誰が最も多くのゴールを奪うか、これもW杯の楽しみである。しかし、一瞬の輝きだけで世界中を虜にしながら、得点王の命ははかない。衝撃の分だけ、記憶を駆け抜け忘れられるのも早い。12年前の栄光について、スキラッチもこんな話をしていた。

「みんなスターを心待ちにしてW杯を見る。中でも得点王は特別な存在だと思う。自分たちは、人々の目の前を一瞬にして流れ去ってゆく、そんな運命なのかもしれない」

 あの人は今どうしているのだろう、とふと思い出したくなる選手たちがいる。輝きと同時に消えるはかなさ、そうした選手たちもまた、不思議な魅力がある。そう、桜の魅力も、パッと咲いて、散るはかなさにあるのだ。

(東京中日スポーツ・2002.3.29より再録)

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