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2001ゼロックススーパーカップ
前半17分、アレックスのスローインから安永聡太郎が左コーナーで踏ん張り、再びアレックスに返したボールをゴール中央にセンタリング。これに澤登正朗が頭で合わせて先制した。 動きの悪い前半から、本山雅志を後半に投入した鹿島に対し、清水はこの試合で起用した戸田のボランチが見事にあたり、伊東輝悦とのコンビで中盤を完全に支配してしまう。13分には、DFの金古聖司がカウンターの際にゴール前でプッシングのファールで警告、PKをもらう。これをアレックスが冷静に決めて2−0、試合は完全に清水のものとなった。25分には、またもアレックスからのセンタリングに新加入のバロンがヘディングゴールを奪って3−0とし、そのまま3−0の意外な大差で、94年に始まったスーパーカップを清水が初制覇した。 DFの要のひとつであるファビアーノ、中盤の熊谷浩二を欠いた鹿島にとっては、メンタル、フィジカル両方の点に置いて、開幕に向けての課題が明らかになるゲームとなった。
鹿島・トニーニョ・セレーゾ監督「清水は3−0のスコアにふさわしいサッカーをしたと思う。今日の試合はフィジカルでもメンタルでも気持ちが戦っていない試合だった。何よりもパスミスの多さで、余計な体力を使ってしまったのではないか。PKが決定的だった。あのあと落ち込んでしまい、どうにも打開できなったことが(チャンピオンとして)一番の問題だろう。今日の敗戦は、我々が油断をすれば足元をすくわれるぞ、という教訓だと思い、収穫にしたい」 完封の清水DF・斉藤俊秀「なんだか試合前には大差で負けるような予感がしてしまった。このところ練習でもまったくうまく機能していなかったし、何か手探りのようなところがあったので。試合はわからないものですね。それと3点を取ったこと以上に、コミニケーションやポジションごとの役割の徹底など、見えてきた収穫も大きかった。今年は納得のいく結果を出したい」 2人でシュートわずか2本の鹿島2トップ・柳沢 敦「新しい選手が入っていろいろと課題がわかる試合だった。戦術の理解とか、ケガ人が出たときにどういう風にメンバーがチャンスを生かしていくか、いろいろな意味でJリーグを戦い続けるにはまだまだだということ。今日は、いい形もできなかったし、僕自身もチャンスにいけないところがあった。フィジカルはまだ良いとは言えないし、もっともっと動きの質も量も増やしていこうと思う」 3失点に憮然として引き上げたGK高桑大二朗「後ろから見ていてこんなはがゆい試合はなかった。もう最後は自分が行きたいくらいでした。みんな、今日はまったく気持ちが入っていないパス、気持ちの乗らないプレーばかりで、それが一番の反省点だと思う。ケガ人は確かにいますが、チームをしっかりと、王者としての自信やプライドを持って機能させるのは、故障者の人数と関係ないはずです。それを理由にしないで、開幕を見据えなければならない」 日本代表・トルシエ監督「理解できないのは、(本来なら心身ともフレッシュなはずの)シーズン前に選手があんなに疲れているのかということだ。ちょっと動くと太ももの痛みが、肉離れが、と、一体彼らは富士山にでも登ったのだろうか。それとも、クラブでダンスを踊り過ぎたとでも? シーズン中のほうが(本来は疲れがあってもいいのに)動いて、今日がこれではあまりに違いがあり過ぎると思った。(※注:監督は福島での合宿でケガ人が多く離脱したことについて、クラブにぜひ質問してほしい、と練習過多と休養のバランスが取れていない点を指摘していた流れがある) Jリーグ・川淵三郎チェアマン「前評判の報道などでは清水を優勝候補には挙げていないんだが、今日のゲームを見て気が変った! 球離れが良くて、スピードがある。何より、オフ・ザ・ボール(ボールのない場所)での動きが素晴らしかった。鹿島は、(FWの)鈴木(隆行)の動きが象徴するように、余裕綽々で受けて立ったように思った。今日からトトが始まり、私としては番狂わせを大いに期待したいと思っている」
「三寒四温」 暖かさと寒さを繰り返して春が近づいてくるものなのであれば、この日の両者のサッカーもまさにこの状態に尽きるのではないだろうか。左・アレックス、右・市川の両サイドがこれほど完璧だった今日の清水と、この清水を圧倒していた天皇杯での鹿島。わずか2か月の時間で、寒さと暖かさが入れ替わってしまっていた。
冷静な市川が珍しくはしゃいでいた。いつも横目で恨めしそうに見上げていた高い表彰台に、初めて上りスポットライトを浴びた感激はひとしおだったという。無理もないだろう。試合前には「引きずりたくない」と話していたが、天皇杯では後頭部を強打してゴール前に転倒している最中に失点をしている。悔しさは、この日まで一度も消えなかったという。一方ではチームも暗中模索の中、「4−0とか3−0とか、大差でやられるかなと、なぜか緊張感があった」ともいう。 結果的には、鹿島には持ち得なかった類の緊張感が味方したのかもしれない。 98年のフランスW杯ではとてつもない緊張と責任感の中で、17歳の高校生がそれにじっと耐えていたはずだ。選手としてではなく、オフィシャルのパスをつけてチームに残ったフランスを経験し、帰国したあと、責任感ばかりが先立って重度のオーバートレーニング症候群で階段さえ上がれなくなったこともある。 鹿島にしても、まだ「三寒四温」に過ぎないわけで、本物の「春」まではじっくりと腰を据えてくるはずだ。それができるチームだからこその三冠である。「足元をすくわれる」と監督が言うチームに、本当の意味での油断や慢心などは芽生え難い。
「アレックスの帰化は」
そのことを聞かれると、「非常にいい質問だ、非常にいい」と言ったまま押し黙った。無論、これまでも何度も話には上がっているブラジルからの「帰化」についてである。 独身のアレックスの場合は、既婚者だったラモス、呂比須とは手続きの詳細も違うそうで、時間もかかる可能性がある。2002年に間に合わせるには、無論「政治力」をも駆使しなければならないだろう。本人はこれまで「代表に入るために帰化した、と思われるのは嫌」と話してきたが、一方では準備は着々と進めているともいう。 この件に関して、川淵チェアマン(日本サッカー協会副会長)は、まずアレックスのプレーを「もう少し工夫をするとさらにいい」と評価し、「現時点では何も聞いてない」と、こう説明した。 |