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Thank you for your visiting here, the pages of KAZ's postscript on everyday life.
このページは、最新('98年/11月 以降)の 「あとがき」 です。

過去ログNo.1 はこちら → '97/12〜'98/5 までの「あとがき」
過去ログNo.2 はこちら → '98/6〜'98/10 までの「あとがき」


 
'00-04-20  カートの巻
  今回はカートのお話しです。・・・が、レーシングカートを想像した方々、ごめんなさい。カートはカートでも、ショッピングカート、それも「お子さま用ショッピングカート」が今回のお題目です。
 
レーシングカート(?) ショッピングカート
レーシングカート ショッピングカート
  今回はこちらのお話し

就職してからは、私は、なるべく年に3回は実家の札幌に帰省するように心がけている。札幌に帰省すると、いかに東京がゴミゴミとした喧噪な街であったかが実感される。例えば、近所のスーパー(ダイエーやイトーヨーカドーなど)に買い物に行くシーンを思い浮かべて欲しい。札幌では、駅周辺のビルでない限りは、たいていは駐車場代は無料である。買い物をしなくても無料である。閉店までいても無料である。土地が広いので、駐車場も平面的に広く、建物(ショッピングスペース)自体もとにかく広い。時間にせかされず、ゆったりとしたショッピングを楽しむことができる。これはディスカウントストアでも同様である。

ところがこちら東京の駐車場はどうであろうか。例えば「お買いあげ3千円以上で1時間無料」などといったパターンが多い。買い物をしないと、1時間あたり600円の駐車料金を請け負う駐車場も多い。しかも、たとえ5万円の買い物をしようとも、お買いあげ金額が3千円以上ということで一律に「駐車場代は1時間ぶんまでが無料」といった具合で、駐車場の割引額が買い物の金額に比例しないことも多いように思う。いや、へたをすると、例えば「駐車場が無いファミレス」などもあるではないか。・・・さすがに大東京である。

で、話しを札幌のスーパーに戻すのだが、例えば「ラッキー」(←店名です)には「お手伝いカート」、すなわち、お子さま用ショッピングカートが用意されているのだ(上の画像・右側参照)。大きさは通常の(大人用の)ショッピングカートよりもふた回りほど小さい。全高が抑えられ、軽く出来ており、その他の形状も子供が無理なく押して歩けるようにチューニングされている。お母さんの買い物風景を、見事なまでに子供自身が再現できるのだ。

子供が通常の(大人用の)ショッピングカートを押して歩く場合、まず握り手の部分が高い位置にあるうえ、カゴが視界を遮るような位置に来て、また大きさにも振り回されがちとなる。(注;ここで想定している子供とは、保育園の年長組から小学校低学年ほどを想定している。)子供を乗せたりすることのできる座席付きのショッピングカートには、いくつかの種類があることはこちら東京でも体験済みだが、「子供自身が主役になるショッピングカート」というのは、私はこれまでに札幌に帰省したときにしか、お目にかかったことがない。

たかがカートと言うなかれ。子供にとっては、「陳列棚から希望の商品を選び出し、かごに入れ、レジでお金を支払うことと引き替えに、初めて自分のものとして手に入れることができる」という、大人世界の社会的秩序・慣習を自ら積極的に体験できる「チャンスの芽」を、無理なく手に入れることが出来るカートだ・・・と私は思うのだ。初めは母親にくっついて行くだけの子供が、自分で無理なく扱えるショッピングカートに出会い、親の助言のもとに「ショッピング」という社会的行動を学んでいく。・・・おもちゃ売場で、買いもしないのに勝手に商品を開封する身勝手な子供が増えていく世の中で、この「お手伝いカート(お子さま用ショッピングカート)」を意味のあるものとして利用できるかどうかは、親の考えや指導にかかってくると私は考える。

果たして、このようなお子さま用ショッピングカートは、全国的に展開されているのであろうか? トイザらス(←おもちゃの専門チェーン店)のように、子供自身が商品もろとも中に入ってしまうほどの巨大カートというのは見たことはあるが、少なくとも、私の住んでいる三鷹・調布界隈(東京都)では、子供自身が主役になれるショッピングカートにはお目にかかったことが無い。これは東京都だから? ゴミゴミとした喧噪な街だから? それとも単に私の行動半径が小さいから(実際には各店に導入されているのに)目に触れないだけなのか? ・・・いや、理由はどうでも良いのだが、人間としての人格が形成される幼児期に、こういった小さな、しかし、貴重な体験が出来ないのは、子供にとっても親にとっても非常に残念であると思う今日この頃である。

これは私の考え過ぎなのだろうか? それとも、一体・・・。皆さんはどのようにお考えですか?

 
'99-07-13  「お客様主義について考える」の巻
        (サブタイトル:KAZさん立腹する)
  今からここに記載することは、事実である。不特定多数の者が見るであろうインターネットでの書き込みについては、その内容に対して配慮が必要であるが、事実を事実として客観的に述べる場合には、実名を出しても良いと思う。ので、以下ではあえて伏せ字にしないで実名を挙げさせていただくことにする。

7月11日(日)の夕方、私たち家族はJR中央線・吉祥寺駅にある「ユザワヤ」という店に買い物に出かけた。以前、取り寄せ注文をしておいた「BG型レガシィワゴンのラジコン用スペアボディ」が入庫したので、取りに来て下さいとの電話連絡を、ユザワヤの模型担当者から受けていたからだ。

この日は妻のプレオで出かけた。私は体調が悪かったので運転は控えて助手席に乗り、妻がハンドルを握った。後部座席のチャイルドシートには3歳の娘が乗っている。レガシィのラジコン用スペアボディはABCホビー製で、定価で4500円もする。ユザワヤの駐車場は、確か店内で2000円か3000円以上の買い物をすれば、1時間ぶんが無料になるシステムのはずだ。となると、軽自動車(プレオ)で出かけてユザワヤの駐車場を利用しようと考えても、それはごく自然のことだと思う。買い物の目的も金額もしっかりと定まっているのだから。

さて、私たちがユザワヤの駐車場に着いたのは夕方の5:30ころであった。折しも、ちょうど1台のクルマが駐車場から出てきたところである。ユザワヤの閉店時間はPM7:00であるから、あと1時間半は店内をゆっくりと見れるはずである。実際には、単にラジコンボディを買うだけなので、15分もあれば用が足りてしまうのだが・・・。そう考えながらクルマを入れようとすると、それをさえぎるように急に駐車場の係員が飛んできて、「ただ今、満車なので入れません!」と言い張るのだ。「たった今、クルマが1台出てきたではないか!」「いや、満車なんです。」

私は「・・・?」と思いつつも、何か私の知らないところで内部事情があるのかも知れないな、と相手のことを思いやり、このときは素直に係員の指示に従うことにした。実は以前にも同様のことが何度かあったのだが、駐車場に入れる・入れないの違いは、ちょっとしたタイミングの違いによることもあるのを、私は充分に理解しているつもりでいたからだ。ちょうどプレオのガソリンが無くなってきたので、ごく近くのスタンドで給油を済ませてから、再度この駐車場に来てみることにした。

給油を済ませ、再びユザワヤの駐車場にやって来たのが夕方5:45ころである。それでもまだ、閉店までには1時間以上もある。駐車場に着く直前の交差点で、私たちは赤信号待ちをしていたので込み具合を伺っていたら、今度はちょうど駐車場から3〜4台のクルマがたて続けに出て来たところであった。ラッキー、とばかりに妻が駐車場にクルマを入れようとすると、またもや係員が飛んできて「満車です、入れません。」の一点張り。

妻がキレた。「ちょっと、さっきから何で入れないんですか!」 私は(それでは係員を納得させられないと思ったので、妻をなだめ)、次のように助手席から切り出してみた。

私「今、クルマが続けて3〜4台出てきましたよね。」
係「満車です。」
私「事実を言いなさい、事実を。今、クルマが3〜4台出てきましたね?」
係「そうです。」
私「今、クルマが出てきたぶんのスペースは、空いていることになりますね。」
係「満車です。」
私「事実を言いなさい!クルマが出てきたぶんのスペースは、空いていますね!」
係「そりゃそうだが・・・7:00の閉店までにはあと1時間しかないので入れません。」
私「7:00までに買い物を済ませるお客様も入れないつもりなんですか?」
係「とにかく入れたくないので、どっかそこら辺に止めてくれ。」
私「7:00までには買い物を済ませると言っているだろう!」
係「入れたくないんだよ。満車満車。」
私「・・・(ア然とする)・・・」

何度も言うが、このやりとりは事実である。これ以上言ってもラチがあかないので、引き下がることにした。どこの世界に、「空いている駐車場を満車」と言い張り、「お客の買い物時間は1時間以上かかる」と勝手に判断し、その上「どっかそこら辺にクルマを止めてくれ」と駐車禁止違反を推奨する係員がいるであろうか!!

この駐車場の係員は、自分の給料がどこから来ているのか知っているのか? 支払うのは社長さんだろうが、その給料の元となっているのは売上高、つまりは我々「お客様」が商品を買った利益によってまかなわれているのだぞ!! あるいはユザワヤと駐車場の管理会社とが別モノであったとしても、ユザワヤは契約により駐車場管理会社へお金を支払っているはずだから、結局は我々のお金から支払われていることになるのだ。そんなお金が、ムダにこんな駐車場の係員に支払われているなんて・・・!! 私は久々に、そして非常に立腹した。もしも身体障害者の方々が同じようにクルマで買い物に来たとしても、この係員は勝手に自分の判断で追い払うのだろうか?

「お客様主義」とは何ぞや。経営者たるもの、皆、「お客様」を第一義に考えているはずだ。経営者ばかりではない。製造業に関わる者(メーカー勤務の設計部とか、実験部とか、評価部とか、CS部とか、生産部とか、販売部などすべて)も、すべては「お客様」に通じる教育がされているはずだ。逆に、そのような教育がなされていない会社は二流会社だ。すたれていって当然だと私は思う。その点ではユザワヤは2流であると思う。何度も言うが、上記のやりとりは事実なのだから。

惜しむらくは、その係員の名前を聞き忘れた事である。名前を控えていれば、ユザワヤの上層部に「こんなことがあったのだが、これはおたくの教育によるものですか?」と直訴できたのだが・・・。今回の一件で、私はますます「相手の事を思いやることの出来ない、自分勝手な大人にはなりたくないな」と心に誓った次第であります。皆さんも、これまでこのような理不尽な経験をしたことはありませんか? 私はもう、こりごりです。

 
'99-04-22  「コーラの思い出」の巻
  今から10年以上も前のことである。たぶん、もう時効だと思うので書いてしまうことにする。当時、大学受験生だった私は、出身地である札幌を離れ、S台予備学校K都校(←いわゆる予備校ね)に通っていた。親元を離れて下宿しながらの受験生活であるが、その下宿は単なる普通の下宿ではなかった。浪人生専門の下宿なのである。K都市内の異なる予備校に通う総勢15人の受験生たちが、お互いに励まし合ったり競争したりして1年をすごす「受験生の合宿所」のような下宿であったのだ。そう、ここに集う下宿人は、みんな地方出身の受験生なのである。

当時、K都で勢力を誇っていた2大予備校・・・S台予備学校とK畿予備校(今でも勢力があるかどうかは知らんが)・・・という2つの予備校に通う下宿人15人が、予備校は異なるけれどもお互いに勉強を教えたり教えあったり(そうでない人も一部いたけれども)、「大学への数学」の「学力コンテスト」に応募したり、あるいは羽目をはずして夜中までいっしょに遊んだりと、すっかりうち解けて下宿生活を送っていたのだった(そうでない人も一部いたけれども)。

下宿の部屋は4畳半〜6畳間である。全部で15室あるのだが、もちろん先着順だ。日当たりなど条件の良い部屋から先に決まっていく。遠く北海道からやって来た私は、入居が一番遅かったこともあり、やっぱり最後に残っていた4畳半部屋になってしまった(まあ、そのぶん家賃は安いのだが)。冷蔵庫、洗濯機、トイレは共同である。また、大家さんが「K都は夏は暑いから」といって設置してくれた、共同の簡易シャワー室もあった。1Fが大家さんたちの居住空間で、2Fが私たち受験生の部屋、という造りになっていた。

K都の夏は暑い。非常に暑い。盆地なので、冬もまた寒い。夏冬の気温差が激しいうえに、朝晩の日中の気温差も激しい。寒いのは(北海道出身なので)なんとか耐えられるが、夏の「暑さ」には正直言って閉口した。札幌にいるときは、だまってじっとしていれば別に汗が出てくることはないのだが、ここK都では、服を脱いで上半身ハダカになって「動かずにじっとしている」だけでも汗が吹き出てくるのだ。こんな体験は私には初めてのことであった。関西以西の出身の者たちに聞いても、「K都の夏は暑い」とのことであった。

15人の中でも私は貧乏受験生だったので、下宿部屋には冷房器具も暖房器具もいっさい持ち込まなかった。一方、ちょっと金持ちの下宿人になると、部屋には自分で買ってきたという扇風機が置かれていた。で、さらに金持ちのボンボン下宿人(←失礼!)になると、部屋にエアコンを設置したりしていた。そう、受験生が15人も集まれば、必然的に裕福な受験生とそうでない受験生とがそろうのであった。もちろん私は、週末は食パン数片で飢えをしのぐという、典型的な(?)貧乏受験生であった(←このジリ貧生活については、また機会があれば書いてみようと思う)。

で、もう一度くり返すが、K都の夏は暑い。そして、下宿の受験生15人が使う冷蔵庫は共同だ。・・・そう、共同冷蔵庫。やっと本日の「お題目」に近づいた。この「共同」というのが、実にクセモノなのである。気をつけないと、いつのまにやら、自分のモノが冷蔵庫の中からコツゼンと姿を消す・・・という不思議な現象に遭遇するのだ。もちろん、それは超常現象でも何でもない。また、ジャニーズ事務所でトシちゃんのヨーグルトを光GENJIの諸星が勝手に一口二口つまみ食いするといったような、生やさしいレベルのものでもない。

そう、下宿人の中の誰かが、人のものを勝手に飲み食いしたい放題かましているのだ。それでもはじめのころは、まだ可愛かった。8分目のジュースのビンが、6分目に減っていたりとかいう程度の悪戯だったから。ところがだれも注意しない(というよりも見つからない)ことをいいことに、その犯行は次第にエスカレートしていった。新品のジュースのビンそのものが丸ごと消えたりするようになったのである。ちなみに私は貧乏で滅多にジュースなどを買えなかったから、ほとんど被害は無かったのだが、暑がりで金持ちのH君などは、いつも冷蔵庫にジュースを常備していたから、最も被害を受けた一人となった。

そうこうしているうちに、そのH君を中心として犯人探しが始まった。「金持ちのK君は部屋に自分専用の冷蔵庫を置いているので、まず犯人ではないだろう。とすると、犯行は貧乏人の仕業か?」ということで、一時期私にも疑いの目を向けられたようであるが、そこは持ち前の人柄で、そうでないと分かってくれたようである。いや、正確には、もっと怪しい人が他にいたからだ、と言うべきであろうか・・・。で、その怪しい人物とは・・・N君である。果たしてN君は本当の犯人なのだろうか。被害者H君たちの間で、彼がシロかクロかをどうやって調べたらよいのか、秘密のうちにいろいろと話し合いが続いたようである(注:その話し合いの場に私はいなかった)。

結論として、被害者H君の提案で、薬局にて超強力下剤を買うことになった。ただの下剤ではない。超強力下剤である。これを飲みかけのジュースのビンに仕込んで冷蔵庫に入れ、誰が下痢をするのか様子を見てみようというのである。トイレも共同だから、下痢をした下宿人はすぐに分かってしまうのだ。すごい作戦である。そこでH君たちは考えた。ファンタオレンジなど色が薄いジュースに下剤を仕込んだら、変色してオカシイとすぐにバレるかも知れない。仕込むなら、色の黒い液体で、しかも炭酸がいい。よし、それならコーラだ!! コーラだったら、炭酸なので下剤の味もごまかせるだろう。・・・ということで、急きょ「下剤でGO!」作戦がまとまった。反対者はいなかったという。

こうなったら、各自の協力ぶりは大したものである。お金を出す者、下剤を買いに行く者、コーラを買いに行く者、まぜて仕込む者、など役割分担が速やかに行われたという。ちなみに私は、この時点ではこの話を何も知らされていない第三者であったので、作戦に参加というか加担は何もしていないのダ。後ほど聞いたところによると、下剤は人間用だったのか動物用の虫下しだったのか、どちらかはっきりしないという。なんじゃそりゃ。さらに聞くと、下剤を入れた瞬間にコーラが勢い良く泡立ちすぎてしまい、決行するのを一瞬ためらうほどだったという。ホントか、おい!!

ある日、とうとう1リッターサイズの「わざと”程良く”飲みかけの」コカコーラが用意された。中途半端な残り容量では、盗み飲みされにくいからである。何とも芸が細かい。で、その日からは、作戦実行者H君らのグループには緊張が走ったという。犯人が誰であるか分かることよりも、たまたま偶然に下痢でもしてしまったなら、真っ先に自分が犯人扱いされてしまうことが分かっていたからである。ヘタに下痢などできないという緊張感である。

・・・結果はすぐに現れた。期待通り(?)N君が、昼夜問わず何度もトイレに出入りするようになったのだ!! 例の、みんなから怪しいとされたN君だ。こんなに早く手がかりがつかめるとは。そこで念のため、H君は被疑者(?)N君に直接話しかけてみた。「どう?最近の調子は。」「う〜ん、授業の方はまあまあやな。でもな、わし、最近腹こわしとんねん。何でか知らんが、ひどい下痢で悩んどんのや。」「そそそ、そうか? 気ィ付けいや・・・・。」この会話でほぼ8割方、犯人が確定した。でももしかしたら、単にちょうどタイミング悪く腹をこわしただけかもしれない可能性もある。

そこでH君はすかさず、他の下宿人にもそれとなく、世間話しだの勉強の様子だのを聞くふりをして体調について聞いて回った。するとどうだろう。誰一人として下痢どころか体調不調を訴える者はいなかった。・・・これでN君=犯人説は、ほぼ9割方、確定したようなものだ。さらに、N君が腹を痛めている間は、不思議と冷蔵庫の中のものが消えたりしなくなったのである。・・・こ、こ、これで、N君犯人説は10割の確率をもって正しいことが証明されてしまったようなものだ。

N君・・・。その後、彼は秋になるまで、誰からも口をきいてもらえなかったという。それと前後して、冷蔵庫の中のモノが紛失するという現象も次第に消えていった。事件後に真相を知った私は、N君がちょっと可哀相だったので、彼のトランプの相手になってあげたりもした。ふたりっきりでする「ババ抜き」はちょっと寂しかったことを、私は今でもよく覚えている。が、彼はそれでも二人トランプに満足している様子であった。・・・しかし、私を含め、3月の下宿引き上げの時までに、彼に真相を伝えられる者は結局だれ一人としていなかった。

あれから10数年・・・。彼は今頃、元気でいるだろうか。私はコーラを見るたびに、H君と、N君と、そして楽しく苦しかった自分の浪人時代を思い出すのであった。

 
'98-12-10  「忘年会の思い出」の巻
  そろそろ忘年会シーズンになってきました。何かと業務の忙しいこの年末に、忘年会の「はしご」をすることになる方も多いと思います。皆さんも寝不足による体調不良には気をつけて下さい。さて、私(=KAZ)は・・・というと、会社の中では人事異動により色々な部署に所属していたこともあり(←と言っても、仕事の内容はナゼかほとんど変わらないのだが・・・)、今の職場だけでなく以前の職場の忘年会にも参加するという、やっぱり「はしご」状態になりそうである。
 
で、このシーズンになるとKAZは毎年思い出すことがある。それは私がまだ入社したての新人の頃のお話である。どこの職場でもたいていそうであると思うのだが、当時の私も新人ということで宴会の幹事をやっていた(やらされていた)。で、みんなの出張の有無などを調べて日程案を組んだり、料理は何が良いかなどアンケートを取ったりした上で、ようやく忘年会の会場としてJR中央線の吉祥寺駅南口にある居酒屋「ばん」というお店に予約を入れた。もちろん、みんなの希望通りに料理もたくさん注文しておいた。
 
職場には「今度の宴会の場所は吉祥寺駅の”ばん”です」と伝えたところ、みんなが「ああ、あそこね」とすぐに理解してくれたので安心していたら、当日になってみんなは南口の「ばん」ではなく、同じ吉祥寺駅の北口にある「The バーン」というお店に集まって勝手に酒盛りを始めてしまいました。「幹事のくせにKAZは遅いな」とか言いながら・・・。その一方、「ばん」で20名ぶんの料理を前に、みんなが来るのを今か今かと待っていた私はその後とてもえらい目にあいました。・・・ううう、「ばん」の他に「バーン」という名前のお店が同じ駅前にあっただなんて・・・。
 
この一件で得た教訓:「場所の説明をする際は、相手が「分かった」と言っても、念のために地図で確認するべし!!」です。以上、私がまだ未熟であった頃のお話でした。ここにも人に歴史ありって感じか? 今だからこそ、こうして書けるのだが、そのときの冷や汗といったら・・・ふう〜・・・。来年はもう思い出したくないな。・・・って、去年もまったく同じことを言ったような気がするのだが。
 
'98-11-02  「悲しいとき〜・・・」の巻
  つい1〜2ヶ月前まで、関東地方ではTV朝日系列の深夜番組で「笑わせろ!」というのがあった。複数の若手お笑い芸人がライブ(スタジオ?)でコントや漫談をする番組である。その中の人気コーナーの一つに「絵コント」というのがあった。2人組(名前は忘れた)のお笑いタレントが、日々の生活の中に隠れている「悲しいとき」を発掘し、それをテーマに描いた絵を観客に見せて笑いを取る、という分かりやすく面白い芸であった。
 
で、ボクの場合も、日常でどんな「悲しいとき」があったかを振り返ってみた(注:絵はありません)。
「悲しいとき、その1」。それは、相互リンクをお願いするメールを相手に送ったあと、相手から「準備ができ次第、すぐにリンクしておきますね。」という丁寧な返事をもらったものの、その後はいっさいの音沙汰が無かったとき。ええ、こちらからのリンクだけで、「相互」にはなれずじまいです。

単に忘れているだけなのか、あるいはボクのHPを見て「こんなのと相互リンクにはしたくないや!」という気持ちを穏やかに断った返事だったのだろうか? 「準備ができませんからリンクもできません」って、裏返しの意味にも取れる表現だし。後者だったらいやだなぁ。小心者の私は、真偽も確かめられず、半年以上(1年近く)経ってしまいました。そのHPでは、ボク以外の(後から来た)リンクはちゃんと追加されているのになぁ。言わない私も悪い(?)ので、もういいや〜〜。

「悲しいとき、その2」。・・・それは、私がたまたま某HPでメールフレンド募集の掲示板を見ていたときのこと。書き込み記事の多くが自己紹介であるのに、その中にたった一つだけ「寂しいです。心あたたまるメールを・・・」と書かれた記事に目が止まってしまった。
 
一体どうしたんだろう。何があったんだろう。よっぽど寂しいのだろう。返事が来なくてもいい。私は思いきってその人にメールを書いてみた。すると、予想に反してこちらの送信から1〜2時間も経たないうちに返信がやって来た。なんて素早いレスポンスだ。メールが来たらホケベルが鳴るようにでも設定しているのだろうか? そこには「色々な人々のHPを見るのが好きです」と書かれていたので、私のこのHPのアドレスも書いてあげた。そうして2度目のメールを送ってみた。
 
今度はまたすぐに返信が来るのかな?  早く元気になってくれたらいいな。・・・私は返信がくるまでの間、色々と考えていた。しかし、そのコからの返信はもう2度と来ることはなかった。そればかりか、何とそのコは、メールフレンド募集の掲示板から自分の発言を削除までしてしまったのである・・・!!。うううぅ、人の役に立つって、難しいなぁ。いやいや、もしかすると(というよりも確実に)オレのクルマやオレ自身の画像を見て、メールを出さなくなったのか? 画像を見る前は、あんなにレスポンスが早かったのに。か、悲しい・・・。悲しすぎる。ヒュウウウゥゥゥ〜〜。

 


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