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2016.04.16. 掲載
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目次
1章.はじめに
2章.発声のメカニズム
◆発声の概略 ◆発声器官 ◆喉頭の軟骨
◆喉頭の筋肉
●輪状甲状筋 ●甲状披裂筋 ●後輪状披裂筋 ●外側輪状披裂筋 ●横披裂筋
●内喉頭筋まとめ
◆声帯
●声帯の構造 ●声帯振動のメカニズム ●声帯の動き
◆仮声帯と喉頭室 ◆喉頭筋の神経支配 ◆呼吸器と喉頭の協力 ◆音高を調節するメ
カニズム ◆音の基礎 ◆声量を調節するメカニズム ◆ことばを発するメカニズム
3章.発声と聴覚フィードバック
4章.老化と発声
5章.老化と声帯萎縮
6章.感想
7章.まとめ
8章.参考文献
歌の発声について調べてみたいと思ったきっかけは、たまたま見たNHKのEテレで「声帯萎縮」という病気を知ったことである。10年ほど前までは、内科開業医として働いていたが、使わなかったことが原因で、臓器や組織の内容が減少した状態を指す「廃用性萎縮」を、患者によく説明してきた。
そのときに対象としたのは手足の筋肉で、声帯筋の萎縮は頭に浮かばなかった。声帯筋を使わない生活など考えられなかったからだ。
しかし、私はリタイヤ後、1日10時間以上パソコンに向かう生活を10年以上続けている。月2回コーラスのレッスンを受けているほかは、声を出す時間は普通の人より極端に少ない。今のところ、声帯萎縮の症状はないが、これがきっかけで、声帯筋に興味が湧き、歌好きなので、歌の発声のメカニズムを知りたくなった。
歌と発声について、調べたくなったもう一つの理由は、60年ばかり前、医学生のころに学んだ解剖・生理の知識が、如何ほどのものだったかを、知りくなったからである。
調べるに当たって、自分が理解できるように、いろいろの角度から見た図形を多用した。それは、くどいほどの数になったが、より分かりやすいようにと考えて、その多くに対して、さらに改変を加えた。
参考文献は、現在わが国で入手できる図書を中心に、Webサイトからも入手した。
この記事の中心は、第2章の発声のメカニズムであるため、第2章に章内目次を付けた。これによって、索引的利用もできるのではないかと考えている。
肺から送られた空気流が、声帯の振動で音となり、咽頭、口腔、鼻腔という声道で変化させられて「声」となると考えて、3つの構成要素についてまとめた。
肺の空気が気管を通り、喉頭にある声帯を通る際に空気が振動し、音を発生する。この音源が咽頭、次いで口腔という声道を通る際に、共鳴を受け、音色が変わり、増幅され、口から音声として放出される。
左右の肺に吸い込まれた空気は、横隔膜や肋間筋の力により、左右の気管支を通って気管で合流し、喉頭で声帯の間(声門)を通る際に喉頭原音が作られる。この喉頭原音が、咽頭、口腔、鼻腔を通る際に、共鳴効果、構音効果を受け、口から音声(歌声)として放出される。
一般に筋肉は骨に付着するが、発声に関係する筋肉の大部分は、喉頭の軟骨に付着する。筋肉の名前は、付着する骨や軟骨の名前が使われるが、喉頭の筋肉は、名前のほとんどに軟骨の名前が使われている。喉頭の軟骨は、喉頭の骨格を構成しているもので、これを把握しておくことは、構造の理解に役立つ。
輪状軟骨は、喉頭の下部と気管入口部を囲み、喉頭の土台を形成する。甲状軟骨は、喉頭の前面にあり(男性ではいわゆる のどぼとけ)、喉頭の保護をする。披裂軟骨は、声帯の後方に左右2個あり、声門の開閉を直接担当する。喉頭蓋軟骨は、喉頭の上部にあり、喉頭への食物等の流入を防ぐ。
筋肉の医学名は、筋肉の付着部位のうち、筋肉が運動しても動かない方(支点)を起始と呼び、名前の前に置く。また、筋肉が収縮するときに動く方(作用点)を停止と呼び、名前の後に置く。
例えば、輪状甲状筋は起始が輪状軟骨、停止が甲状軟骨であることを示している。
また、医学用語では、中心線に近づく動きを内転と呼び、反対に、中心線から遠のく動きを外転という。喉頭では、声帯が閉じるように向かう動きを内転、声帯が開くように向かう動きを外転と呼ぶ。
喉頭には、内部にある内喉頭筋5種と、喉頭外部にある外喉頭筋5種がある。ここでは、内喉頭筋について詳しく図解説明する。
内喉頭筋だけでも発声はできるが、その響きは貧弱である。響きの豊かな声の発声には、喉頭の外側にある「外喉頭筋」の協力・援助が不可欠になる。外喉頭筋については、図15に要点をまとめた。
内喉頭筋は、正式名のほか、略名で呼ばれることがある。例えば、輪状甲状筋は「前筋」、英語では cricothyroid を「CT」と略記されることがある。これについても、図15にまとめた。
個々の内喉頭筋の図解の最初に、参考文献 8「喉頭の臨床解剖」に描かれた手書き模式図を載せたのは、簡潔で要を得ていると思ったからだ。この図は、Grant's Atlas of Anatomyの絵を模写したものである。
声帯伸展筋 甲状軟骨を前下方に傾け、声帯を伸ばして緊張させ、音高(ピッチ)を高くする
声帯緊張筋 外側甲状披裂筋は、収縮で声帯筋を短縮し、弛緩させる
内側甲状披裂筋(声帯筋)は、収縮で緊張し、張りが強くなる
●後輪状披裂筋(略名:後筋 PCA)
声帯緊張筋 声帯を外転し、開大する
●外側輪状披裂筋(略名:側筋 LCA)
声門閉鎖筋 声帯を内転し、声門を閉鎖する
●横・斜披裂筋(略名:横筋 IA)
声門閉鎖筋 左右披裂軟骨は接近させ、声門を内転し、閉鎖するが、不完全
声帯は、英語ではvocal foldsと呼ばれることが多く、VF と略されるが、日本と同様 vocal cords とも呼ばれる。実際はcord(帯)というよりfold(ヒダ)である。
また、声帯の筋層(声帯筋)は甲状披裂筋の内側部分であり、甲状披裂筋の外側部分とは区別されるが、その区別をせずに甲状披裂筋と総称される方が多い。
声帯は粘膜、靭帯、筋層の3層からなる。粘膜は粘膜上皮の下にラインケ腔がある。これは線維成分や細胞が疎で、軟らかいゼリー状の組織からなり、発声中に最もよく振動する。粘膜の下に、声帯靭帯があり、筋層(声帯筋)は甲状披裂筋の内側の部分である。
肺から押し出された空気は、閉じられた声帯を圧力で広げ、声帯の間(声門)を通過する。空気が声門を通過すると、ベルヌーイ効果により、声帯は内側に引き寄せられ、声門は閉鎖する。
閉鎖された声門下の空気圧により、声帯が再び押し広げられ、声門が開き、空気が通過すると、ベルヌーイ効果により、直ちに声門が閉鎖される。
この声門の開閉が繰り返し頻回に行われ、その都度、少量の空気が声門上に出て行き、空気の密度の濃淡ができ、これがまわりの空気を振動させ、音波(喉頭原音)が発生する。この音は、ブーとかピーという振動の音で、音色はまだ加わっていない。
この声門の開閉は、1秒間に男性では100〜150回、女性では200〜300回行われ、声帯が振動する。
ここで、ベルヌーイ効果とは、空気や水の流れが速くなると、その速くなった部分の圧力が低くなり、まわりの空気や水が流れこむ作用を言う。白線の外側で通過電車を待つのは、電車に近い距離では、この効果により、電車に引き込まれる恐れがあるからだ。
声帯の開閉のサイクルを、1.〜10.の段階に分けて図解すると、このサイクルが1秒間に100〜300回繰り返される。
1. 肺から押し出された空気が圧力を持って声門下に集まる
2. 空気の圧力により声帯は上方に押される
3. 空気圧により、声帯は押し広げられる寸前の状態になる
4. 声帯にわずかな隙間ができ、声門の間を空気が上方へ流れる
5. 声門の開大が最大となり、空気は声門間を通過する
6. 空気は声門間を通過するが、ベルヌーイ効果により、左右声帯が内側に引き付けられ始める
7. 空気は声門間を通過するが、左右声帯はより接近して声門は狭くなる
8. 空気は声門間を通過するが、声門はより狭くなる
9. 左右声帯の下方部分が密着し、空気の流れが止まる
10. 左右声帯が完全に密着し、声門下の空気流は遮断される
声帯振動は、このほか声帯の弾性による復元力も関わっているが、実際はもっと複雑で、声帯の仕組みの非線形性が決定的な役割を示すようだ。
さほど遠くない昔に、神経と筋肉の働きだけで、声帯の振動が可能だとするフランスの Husson の仮説が有力であった。この主張に挑戦して多数の論文が書かれ、この仮説の間違いが証明され、同時に、声門の構造への理解が深まったと、参考文献 6「歌声の科学」の中で、スンドベリは書いている。
今回参考にした、発声と歌唱に関する15点の参考文献のうち、ベルヌーイ効果に言及しているのは、以下の3文献のみだったことに驚いた。その内の8と13の二つは医師の著作である。
参考文献 6「歌声の科学」、8「喉頭の臨床解剖」、13「今日からできる声帯トレーニング」
地声の場合の声帯の動きを、Gif画像でアニメ的に表示すると、左右両声帯は粘膜層(茶)、靭帯(黄)、筋肉層(褐色)ともによく振動するが、粘膜層の動きが最も大きく、動きは声帯の下面から上に向かう。
靭帯や筋膜層の動きは、粘膜層と比べて小さく、下面から上に向かう動きも僅かである。
声帯の下面から上に向かう動きは、空気の流れに対するベルヌーイ効果を示している。
GIF動画による声帯の動きの1サイクルを、静止画で6ステップに分解表示すると、動画の動きが確認できる。左右声帯は、粘膜が最も激しく動き、粘膜の接触面積も大きい。靭帯と筋肉は、粘膜ほどではないが、ともに動き、動きは下から上の方向に向かっている。
裏声の場合の声帯の動きは、粘膜以外には動きはなく、その動きも小さいが、動きは下から上の方向に向かっている。靭帯と筋肉は緊張し、固く固定した状態である。
裏声のGIF動画のサイクルを分解表示すると、左右両声帯は粘膜層のみが振動し、靭帯と筋膜層は動かず固定して緊張状態であると推定される。粘膜層の動きも小さく、下面での接触はないが、中央部から上方へ向かう動きは認められる。
声帯は通常の発声では、成人男性は100Hz以上、成人女性は200Hz以上の周波数で高速振動するため、発声中の声帯振動を観察することはできない。
しかし、極めて短い閃光(ストロボ)を連続的に発光させ、内視鏡を使って声帯を上方から観察すると、発声中の声帯振動を、スローモーション像として観察することができる。この検査法を「喉頭ストロボスコピー検査」と呼ぶ。
仮声帯は英語では venttricular folds (室ヒダ)と呼ばれることが多いが、false vocal folds(仮声帯)とも呼ばれる。声帯と仮声帯の間の小さな空間は喉頭室(ventricle)と呼ばれる。
「仮声帯」という不思議な名前は、医学生のころから気になっていた。発声と関係するものではないようだが、どのような働きをするのかがはっきりしない。その怪しげな代物が声帯のすぐ上にある。スンドベリは「仮声帯」という名前は「声帯」に失礼だから、「室ヒダ」と言うべきだと提唱しているが、「室ヒダ」であれば、私の記憶に片鱗も残らなかっただろう。
今回この「歌の発声」をまとめるにあたり、この不思議な名前を持つ「仮声帯」を調べてみると、誤嚥防御体制の3段階の内で、喉頭蓋に次ぐ2番目の防御弁であるとのことだ。最後の防御弁は声帯で、空気以外の食物や液体が、気管に入るのを防ぐ役割を果たしている。
もしも誤嚥してしまったときは、声帯だけでなく仮声帯までも内転して閉鎖し、声門から下の気管内の圧力を発声時の10倍にも高めて、一気に開放することにより、咳嗽反射を起こし、異物を気管より上に、押し出す。
声帯は、毎秒100回以上も接触し衝突している。潤滑油がなければ、摩擦熱でやけどをしたり、滑らかに動かず損傷し、故障するのは必然である。これを防いでいるのが、気導分泌液と喉頭室からの分泌液である。
健康人では、気管や気管支の粘膜から、1日約100mlの液体が分泌され、これに喉頭室から豊富に分泌される液体が加わり、潤滑油の働きをして、声帯粘膜の接触面を潤している。
ここから出る分泌液が、自動車のエンジンオイルと同じ役割をしているので、喉頭室のことを、英語で自動車と同様、「オイルチャンバー」と呼ぶことがあるそうだ。
喉頭筋は迷走神経の分枝によって神経支配されている。迷走神経は、自律神経の中の副交感神経系に属する神経で、不随意神経であると思い込んでいたので、頭が混乱したが、機能的には体性神経・自律神経のどちらも担っていることが分かった。
喉頭に行く迷走神経は、体性神経なので感覚と運動を司るが、脊髄経由で臓器に行く迷走神経は自律神経になり、そのなかで副交感神経としての働きが強い。
上喉頭神経は、迷走神経からの分枝で、これはさらに、内外の2枝に分かれ、外枝は運動性で喉頭咽頭筋と輪状甲状筋を支配する。内枝は喉頭の知覚を支配し、舌根、喉頭蓋、喉頭の粘膜を支配する。
下喉頭神経は、迷走神経から分枝した反回神経の分枝で、輪状甲状筋以外の内喉頭筋を支配する。
呼気肋間筋(外肋間筋)が収縮すると胸郭と肺は収縮し、腹壁の筋肉が収縮すると腹部内の物が押し上げられ、それにより横隔膜が押し上げられ、肺はさらに収縮する。図3参照。
吸気肋間筋(内肋間筋)が収縮すると胸郭と肺は拡大し、横隔膜筋が収縮すると腹壁は外向きに押し出され、肺はさらに拡大する。図3参照。
発声に適した呼吸は、一般には、腹式呼吸が良いとされている。その理由は、1)呼吸によるガス交換量が、胸式呼吸よりもはるかに多く、効率が良い。2)吸った息を長く保たせるのに、横隔膜周辺の筋肉群(腹筋、背筋、骨盤筋など)を調節しやすく、吸気のときは速く、呼気のときはゆっくりした動きができるメリットがある。
年齢、性別で歌声の音域は変わるが、その主な原因は声帯の長さの違いで、成人男性で約20ミリメートル、成人女性で17〜18ミリメートルと言われている。声帯の長さのほかに、幅(約3ミリメートル)、厚さ(約3〜5ミリメートル)も関係する。
一人一人の音高(ピッチ)を調節するメカニズムとしては、まず、輪状甲状筋の収縮の程度による声帯の長さの調節がある。
もう一つは、声帯筋(甲状披裂筋内側)収縮の程度による声帯の緊張の程度の調節と、甲状披裂筋外側の緊張の程度による声帯の弛緩の程度の調節がある。声帯が緊張すると音高(ピッチ)は上がり、声帯が弛緩すると音高は下がる。
フースラーは発声時の声の当て方をアンザッツと呼び、図68に示した。その中で、4(頭頂部 軟口蓋)、5(前頭部)、6(うなじ)の3ヶ所へ、順番に声を当てる練習をすることにより、高音域の「頭声」「ファルセット」「弱頭声」は獲得できるようになると書いている。
声の音響的研究では、アンザッツは否定されているが、そういう音響現象があることには変わりはないと彼は言う。
発声時の声の当て方については、参考文献 1「ベル・カント唱法」、7「声の力で人生をもっと良くする」、10「わが心のベルカント」でも、その体得の意義が述べられている。いずれも信頼できる著作だと思うので、アンザッツの紹介をした次第である。
音声の増幅、音色、ことばなどを調べるには、音に関する物理的な最低の基礎知識が必要である。理系として学生時代を過ごしたが、現在残っている音の知識は絶望的なほど僅かである。
そこで、この記事を書くための、必要最低限の音の基礎知識をまとめた。
音の基本は純音で、図69のような基本パターンを繰り返す波形を持っている。 1秒間に繰り返す波の回数=周波数で、単位はヘルツ(Hz)。
純音は、最も単純な音であるだけでなく、最も基本的な音である。そのわけは、すべての音が、複数の純音の組み合わせで表すことができるからである。逆に、すべての音は、複数の純音に分解することができる。
図70の一番上にある波形Aの複合音は、その下にある波形Bと波形Cと波形Dという3種類の純音を加算したものである。また、波形Aが与えられたとき、フーリエ変換という数学的な手法を使えば、B、C、Dの三つの波形に分解することができる。
世の中の音は、単一の純音でない場合が多く、そのほとんどは周波数の異なる複数の純音が組み合わさった複合音である。
このような複合音を構成している純音のうち、最も周波数が低い音を基音と呼び、その周波数を基本周波数という。
基本以外の音は、基音の整数倍の周波数を持つ音で、倍音と呼ばれる。また、特定の倍数の倍音を指す場合、その倍数をつけて、例えば、3倍音などと言う。
フーリエ変換により、複合音を純音に分解して、どんな周波数の音が、どれくらいの強さで存在するかということをグラフ化すると、その音の性質が分かりやすくなる。図70の複合音Aの場合、図71のようになる。このようなグラフを周波数スペクトル、あるいは単にスペクトルという。
スペクトルを形作る、それぞれの周波数の音を周波数成分と呼び、それらがどれくらいの周波数範囲に広がっているかを、帯域幅という。図71の例では、100Hzの基音と、200Hz、300Hzの倍音の三つの周波成分を持っている。
振動し得る物体には、その物体が最も振動しやすい周波数(固有振動数)がある。この周波数で物体が振動することを共振といい、固有振動数を共振周波数ともいう。また、共振によって音が聞こえる場合を共鳴という。物体は、共振周波数で振動するとき、最も大きく振動する。一般に、小さいものほど共振周波数が高く、高い音を出す。
人の声、楽器の音などの音は複合音で、図72のように複数の振動パターンが混じり合っている。最も大きく振動するパターンが基本振動であり、この基本振動以外に、共鳴により波長が基本振動の2分の1、3分の1……と整数分の1の振動が発生する。波長は基本振動の整数分の1、周波数は基音の整数倍となる。
複合音を構成している純音のうち、最も周波数が低い音を基音、その周波数を基本周波数という定義から、基本振動は基音であり、基本周波数は共振周波数である。また、第2倍振動は2倍音、第3倍振動は3倍音である。
自然界の音には必ず倍音が含まれている。基音は音の高さ(ピッチ)を決めるが、倍音は音色を決める。
●共鳴
声帯(声門)から口唇までの空間を声道と呼ぶ。声道は、声門→喉頭→咽頭→口腔→口唇から構成されているが、この声道の形、大きさ、長さは、限度はあるが、変えることができる。そのため、無限に多くの固有振動を持つことができる。
声帯の振動によって生成された音波(音源波)は、声道という大きな共鳴器に伝わり、共鳴することで大きな音を得る。これは音色の変化でもある。
●非線形的増幅
これまで、歌唱発声は音源と気道という共鳴器が独立して機能するという「線形理論」を用い、それぞれの器官の出力は、入力に比例すると説明されてきた。
しかし、現在では、音源と共鳴器が互いに影響し合い、小さな入力で大きな出力を得る「非線形効果」であることが分かってきた。それは、ブランコにタイミングよくキックを加え、振れ幅を大きくするように、声門を閉じたときに生じる空気圧を利用して音を増幅している。
その現象をI.R.ティッツェは図73で説明している。少々分かりづらいが、
(1)振動周期が始まって2つの声帯が開き始めると、
(2)肺からの呼気が流れ込み、すぐ上の喉頭前庭にある滞留した気柱を押し上げ始める。気柱の上昇速度を増すことで新しい呼気が流れ込むようになって、声門内とその上部の空気圧が上昇する。この空気圧の上昇によって声門はさらに押し広げられる。
(3)弾性が働いて、声帯が喉頭壁から跳ね返され、声門が閉じてくると、声門を通る呼気の流れは弱まる。
(4)しかし、気柱は慣性によって上昇し続け、声門内とその上部の気圧が部分的に下がり、声門をさらに強く閉じるように働く。
こうして、声道にある呼気が、ブランコをタイミングよく揺らすように、押し引きをする働きをして、気柱の動きが声帯の動きより遅れる。この声帯が周期的に開閉するたびに、タイミングよく「キック」を加えて振動を増幅して、声帯の振動を増幅している。
歌の発声には、楽器の演奏にはない「ことば」という要素が必須である。これは、声道での共鳴の特殊なかたちとして得られる。
共鳴の性質は声道の形によって決まる。日本語には「ア、イ、ウ、エ、オ」の五つの母音があるが、個々の母音のもつ共鳴の性質を作り出すためには、これに対応した声道の形が必要であり、声道の形を変えなければならない。
母音は、声帯の振動によってできる基本周波数(75〜300Hz)と、その倍音の集合からなりたつ音で、調音の過程で、高調波中のある特定の周波数域にあるものだけが、特に強められて外部に放射される。
母音や鼻音、流音は、舌や顎を移動させて声道の形を変えることにより、独自の共鳴室を作る。こうした共鳴室に応じて、母音は三つの固有の倍音をもつ。
ちなみに、流音は「r」や「l」で表される子音を総称して言う。
声道の共鳴が起こる周波数は、フォルマント周波数とよばれ、周波数の低い方から第1フォルマント(F1)、第2フォルマント(F2)・・・とよばれる。
フォルマント周波数は、声道の長さと形状に依存し、声道長が短いほどフォルマント周波数は高くなる。
自分が聴く自分の声は、気導音と骨導音がほぼ半分ずつ混じっている。
気導音というのは、空気を伝って鼓膜を振動させ、聴覚神経に伝わる音波で、他の人の声を聞く場合と同じ種類の音である。
骨導音というのは、声帯などの振動が頭蓋骨を伝わり、直接聴覚神経に伝わる振動である。両耳穴をしっかり塞いで話してみると、こもった低い音が聴こえるが、これが骨伝導音である。
ベートーベンは、20代後半から難聴を患い、ほとんど何も聞こえないほどの状態になったが、指揮棒を歯で噛み、ピアノに押し付けて、骨伝導で音を聞き取り、作曲を続けることができたと言われている。
テープレコーダーなどで録音した自分の声が、自分の声と違って聴こえるのは、骨導音が含まれず、気道音だけを聴いているからである。
音は、空気の振動として、外耳より外耳道を通り、鼓膜で固体の振動に変換され、それが中耳内の耳小骨(ツチ キヌタ アブミ)を伝わり、内耳の蝸牛へ到達する。
蝸牛の中は液体で満たされているので、ここまでで、気体の振動、固体の振動、液体の振動と変化していることになる。
蝸牛の中の液体の振動は、中の有毛細胞を興奮させ、電気信号となって、聴神経を通り、大脳の聴覚中枢に達し、音として知覚される。
自分が発した声は、以上の気導音のほかに、声帯などの振動が自分の頭蓋骨を伝わり、内耳の蝸牛に振動を与えて、直接聴覚神経に伝わる骨導音も加わっている。
自分が発した声は、気導音と骨導音によって大脳の聴覚中枢に伝わる。これがフィードバックとして働き、発声関連筋の制御に役立っている。特に発声周波数の制御(音高の調整)に重要であることが分かってきたそうだ。聴力低下により、聴覚フィードバックがうまく行かなくなると、発声の音程が不安定になりやすいと、参考文献 6「歌声の科学」に書かれている。
2年前、78歳のころ、発声力が落ちたと感じたが、妻は変わらないと言う。それが正しいかどうかは分からないが、聴力が落ちたのは明らかなので、耳鼻咽喉科の補聴器外来を受診し、補聴器を装着してみた。
すると、音色は違うが、確かに声は大きく出ていることが分かりほっとした。どうも聴力が落ちたことにより、自分の声が小さく聴こえ、発声の音量が落ちたと感じたようだ。
今回、記事をまとめるに当たって参考にした文献や、そのほかの成書にも、声の老化が表れる年齢は、一般にかなり遅いと書かれている。
それに比べて、聴力の低下は、かなり早くから出現する場合も少なくないが、個人差が大きく、90歳を越えても聴力の衰えていない人もいると書かかれていて、これも納得できた。
自分の聴力の衰えを自覚するようになった頃から、TVで聴く歌の音程が、ずれていると感じることが多くなった。
3.発声と聴覚フィードバックで、聴覚フィードバックが発声周波数の制御(音高の調整)に重要であることを知った。音程の聴き取りが悪くなったのは、フィードバックする音声が関係するのかも知れない。
会話も、一対一の場合はあまり支障ないが、複数の人になると、意味がとれないことが多く、会話に加わるのを避けたい気持ちになる。
補聴器外来で長い時間をかけて調節してもらった補聴器を装着して、声の大きさは充分大きく聴こえるのだが、意味が分からないというのは、聴覚フィードバックする音声に、欠けている成分があるか、異なる成分が含まれていると考えてもおかしくあるまい。
良く知っている歌、昔の曲では音程がおかしいと思わず、若い人の知らない歌では、音程が変だと思う。会話でも、良く知っている人の話は聞き取れるが、知らない人の話は分かり難い。
ということは、聴神経、あるいは、フィードバックを受ける大脳の働き自体が衰えていることを示しているのかもしれない。
頭で歌う歌、頭に聴こえてくる歌の音程は、おかしいと感じないが、これはまったく別のメカニズムによるためだろう。
私の聴力の低下は、確実に、進行的に増している。昔から音感には自信があったのだが、これ以上に音程が分かり難くなり、8年間続けてきたコーラスにマイナスのイメージが加わるのは避けたい。だから、このあたりでコーラスを辞め、楽しかったコーラスの記憶を持ち続けたいと思う。
NHKのEテレで「声帯萎縮」の番組を見たことが、この記事をまとめるきっかけとなったと、はじめに書いた。ここで、老化と声帯萎縮についてまとめておきたい。
老化による聴力低下はかなり早い年齢で現れるが、発声力の低下は遅れて発現することが多いことを知った。声帯の筋肉が萎縮する「声帯萎縮」も聴力低下よりは遅く現れるようだ。
声帯が萎縮すると、声帯が正常に閉じられなくなり、声帯に隙間ができる。そうなると、唾液でむせる「呼吸困難」や、「誤嚥性肺炎」の危険が高まる。
日本人の死亡原因の第3位は肺炎である。高齢者の肺炎の70%以上が誤嚥に関係していると言われている。だから、声帯萎縮は大きな問題である。
そのほか、重い荷物を持ち上げるとか、トイレで力むとか、起き上がるといった踏ん張りを伴う行為のときなど、無意識に声帯を閉じている。声帯萎縮によって声帯が閉鎖できず、息が漏れてしまうと、全身の力が出せないことになる。
声帯萎縮を防ぐ方法の基本は「声を出すと同時に瞬間的に力を入れる」ことであると、参考た文献 13.「今日からできる声帯トレーニング」で、角田氏は述べている。
人の発声器官は、音源がわずか20mm(女性17mm)の声帯で、これに直接関与する5種類の内喉頭筋群と、間接的に関与する5種類の外喉頭筋群が、迷走神経の支配下のもとで精巧緻密に連携して、歌を演奏するメカニズムとなっている。その繊細、緻密、複雑な仕組みに驚嘆し、畏敬の念を抱いた。
この複雑な仕組みを操作するすべを、人は成長の過程で自然と身に付けていく。歌うこと、話すことのできない民族は存在しない。
歌手の中には、この発声の仕組みをより高度に活用し、信じられないほどの素晴らしい歌を聴かせてくれる人たちがいる。それはどのようにして体得されたのだろうか?
発声に関係する多数の筋肉を、整合的に瞬時に働かせ、刻々と変化させる。このようなことは、脳に情報信号を送り、それに対する脳からの指示信号で、局所の筋肉を動かすやり方では、到底無理であろう。
そうではなく、その場所での自動的反射が幾つもあり、それらを連携させる局所的な統一的反射が働くことによって得られるのではないか、という仮説が思い浮かぶ。
また、そのような局所的な統一的反射を認識する一種の勘、第六感が存在するのではなかろうか?
人間業とは思えない難易度の高い体操を演じるアスリートは、そういう五感を超えた認識力を取得して、それを鍛えてきたのではなかろうか?
身体の部分をイメージすることも、第六感の助けになることがあるのかもしれない。フースラーの唱えるアンザッツは、歌の発声の世界でバイブル的な存在のようだ。「身体のある部位に声を当てることをイメージする」ことは、人によっては当てはまる場合があるのかもしれない。ただし、誰にでも当てはまるということはないであろう。
暗示も有効な場合があるかもしれない。
勘、第六感、イメージ、暗示などをとりあげたが、その基礎に解剖学的知識、生理学的知識があっての話で、それが無ければ、オカルトに過ぎまい。
約60年前、医学生のころに学んだ発声に関する解剖学的知識、生理学的知識は、今回学んだことの5%にも満たないと思う。それは忘却によるよりも、学問の発展によるところが大きい。
甲状披裂筋は、内側甲状披裂筋(声帯筋)と外側甲状披裂筋という別の二つの筋肉に分けた方が、機能的に分かりやすい。反対に、横披裂筋と斜披裂筋は、披裂筋として一つにまとめる方が、分かりやすいと思う。
今回参考にした文献15件の内、医師の著作は、4「医師と声楽家が解き明かす発声のメカニズ」、8「喉頭の臨床解剖」、11「ネッター解剖学アトラス」、13「今日からできる声帯トレーニング」の4件だった。その中で、元外科医ネッターのアトラスがずば抜けて明解で、発声のメカニズムの理解に役立った。
1.歌の発声について、メカニズムを中心に、最新知見を載せることに努めた。
2.内容が分かりやすいように、図を中心として、78枚の図と1件の動画を使用した。
3.図の出典はできるだけ付けることにし、78枚の内の61枚(78%)に明記した。
4.出典を明記した図の多くに対して、分かりやすくする目的で、部分的な改変を行った。
5.発声法(歌唱法、ヴォイス・トレーニング)については、まとめるのが難しく、対象から外した。
6.発声のメカニズムのほか、仮声帯の意味、発声と聴覚、老化と発声、老化と声帯萎縮も取り上げた。
7.発声力を高めるには、解剖・生理の知識を持った上で、第六感を援用することが必要ではなかろうか
という感想を持った。
1.ベル・カント唱法 C.L.リード著 1987 音楽之友社 | 2.うたうこと フレデリック・フースラー著 1987 音楽之友社 | 3.音のなんでも小事典 日本音響学会編 1996 講談社 | 4.医師と声楽家が解き明かす発声のメカニズ 荻野・後野著 2004 音楽之友社 | 5.奇跡のハイトーンボイストレーニング 弓場徹著 2006 主婦の友社 |
6.歌声の科学 スンドべり著 2007 東京電機大学出版局 | 7.声の力で人生をもっと良くする 水口聡著 2009 実務教育出版 | 8.喉頭の臨床解剖 大森幸一著 2009 日本耳鼻咽喉科学会報 | 9.歌手ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと メリッサ他著 2010春秋社 | 10.わが心のベルカント 五十嵐喜芳著 2011 水曜社 |
11.Netter ネッター解剖学アトラス F.H.Netter著 相磯貞和訳 2011 南江堂 | 12.声のなんでも小事典 和田美代子著 2012 講談社 | 13.今日からできる声帯トレーニング 角田晃一著 2015 メディカルトリビュ | 14.声楽発声のメカニズム 石野健二著 2015 宇都宮大学教育学部紀要65号 | 15.アートする科学 ティッツェ著 2016 日経新聞出版社 |
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