ほむらうるむ

1.繭

2.窟

3.瘍

4.骰

5.襞

6.爍

7.餐

8.孵

9.夥

10.葬


 CHAPTER1.繭 

  年老いた雪が幾日も降り止まない。ビル群は雪を養分に繁茂し、疲れ切った影を広げる。磨かれた黒水晶のように人々を拒絶していた道は、どろどろにぬかるみ、人々を悪意で包み込む。歩きやすい道は少ない。とりわけ、人通りの絶えた道を歩くには、心の通じた靴が必要になる。

 私は急ぎ足で歯科に向かっていた。いつもの浮かれた気持はない。何十年かぶりに襲った歯痛に耐えていた。なごんだ海に大津波が押し寄せるように、痛みは唐突に始まり、その後は時計の正確さで繰り返しやって来た。脳が発光するほどの激痛は、久しぶりだ。

 歯科街は歓楽の場となっている。かつては歯の治療が中心だったが、その後予防のためのメンテナンスが話題となり、月に一度は口の中を点検することが定着した。数年前に若い看護技師が歯と歯茎を丁寧に掃除する「美少女クリニック」が人気を集め、またたく間に広まった。そして汚い口を持つ中年男性の、格好の憩いの場に変身していった。

 町医者から散髪店が生まれ、髭を剃り、耳を掃除するようになったのだから、不思議はない。私が治療に通っていた歯科医院も今では歯科街に移り、個性的な看護技師をそろえていた。歯にレリーフを彫る新しいサービスが、ちょっとしたプームだ。

 待合室には、十代の子供たちが列を作っている。点滅するピアスで感情を伝え合う少年たちは、不思議にぎらついたところがない。彼等は、どんなレリーフを希望しているのだろう。歯の間にさまざまな玩具を埋め込んだ少女は、何を求めてやって来たのだろう。

 よく会う四十歳前後の男性を見つけ、私はほっとした。彼は微笑んでいる私に気付き、口のなかを覗かれたように赤面した。思わず私の顔も火照った。いつの間にか歯科は、少年少女の身体加工の場になろうとしていた。レリーフを彫るチューンという音がかすかに聞こえてくる。

 「また会いましたね」「いやあ、今日は治療です。朝起きたら口の中が血の海に なっていまして。血が練りミルクのように甘かった」「私も突然の歯痛に襲われまして。今どき歯科に治療に来る人は少ないでしょうね」「歯科街は、すっかり歓楽の場所になりましたからね」「しかし、ここの先生は昔から知っているので」「お目当ての看護婦さんもいるのでしょう。口の中を掃除される快感は、病みつきになりますね」

 1時間ほどして、私は治療の間に通された。しばらく来ないうちに仮想空間の雰囲気がすっかり変わった。草原にベッドが置かれている。群青色の空が広がり、形を変えた雲たちが清々しく通りすぎる。ベッドに横になり空を見つめていると、何のためにここに来たのかを忘れそうだ。

 「治療とは珍しい」「歯痛は神経を敏感にしますね」「メンテナンスが定着したので歯痛はまれになったが、このところ歯茎の異常が多いな」「周りにも急に増えたように思います」「少し待ってください。昔の歯とフォログラムを比較していますから」「この空は飽きません」

 「結果が出ました」。私はうたた寝していたようだ。「不思議だな。貴方の奥歯は、表面にはほとんど穴がないのに、内部に大きな空洞がある。神経がむき出しになっている」「内部が空洞。まるで繭のようですね」「確かに空の繭に似ている。いったい何が這い出したのだろう」。身体が、かすかに浮いた。



 CHAPTER2. 窟 

 図書館に来ると、突然体質が変わる。トイレが近くなる。普段は便秘がちだが、図書館では宿便まで排泄される。図書館とは言っても書籍だけが置かれている訳ではない。あらゆるメディアが保存され、ネットワーク化されている。デジタルデータはオンラインで利用できるので、図書館を訪れる人は少ない。

 実際の本を見るために、ごく少数の人が図書館の扉を開く。本棚をながめるのが好きな人。本の重さを感じるのが好きな人。本の匂いに震える人。さまざまなタイプがいるが、私は本のページをめくるという行為が好きで、図書館にやってくる。ページをめくるうちに激しい便意をもよおし、トイレに駆け込む。そして、トイレでの至福のひとときを楽しむ。

 今は亡き作者が朗読する肉声図書室が面白い。本に囲まれながら聞く作者の声は、冥界から響いてくるようで、ぞくぞくする。ネット配信が禁じられている記録ビデオも、図書館に来ると見ることができる。某国の元首が多重人格化し、排除されてきたさまざまなマイノリティが次々に憑依したという奇妙な事件のビデオは、映画のように愉快だ。

 保存されたデータを生み出した人の大半は亡くなっている。生きている人よりも、死んだ人が支配している空間。インターネットから貯え続けている膨大なデータも、やがては歴史になる。人々の歴史と呼ぶにふさわしい開かれた記録になるだろう。図書館は現代の墓園だ。歴史を溜めた空間で、私の身体も歴史を取り戻す。



 CHAPTER3.瘍 

 羊水の春雨が降り続く。今日は定期検診の日。最近は磁気による診断が普通だが、私は今でも胃カメラを希望している。初めて経験し全身を震わせた時から、次の検診を心待ちするようになった。そして、その日が私の作品発表の日でもある。随分と失敗したが、首尾は上々だ。悪戯好きの蠅たちが胃の中を飛び回っている。

 病院に着くと、医師が玄関まで出迎えた。友人でもある。「また胃をもてあそんでいたのかい」「私にとっては脳よりも葛藤の場だから」「それにしても、君の胃カメラ好きには呆れるよ」「もうここでしか検査できないらしいね」「器機も製造していないし、じき検査として認められなくなるだろう」「闇になるんだね」

 看護婦がやってきた。「痲酔水はいらないよ」「困ったものだ。苦しくないかい」「君の方こそ、見ているのが辛くないかい」「これも友情だよ」「そのゾンデも骨とう品になったね」「ここ何年も君専用だ」「大事にしてくれよ」「それでは始める」。カメラが喉を通り、私は嘔吐に堪えて全身を痙攣させた。中空の身体を実感する瞬間。

 「美しい」。彼は消息子を止め、しばし言葉を失った。「潰瘍がナスカの地上絵のようだ」。私は喜びに震えた。彼は苦もんする私を見ながら、十二指腸の方まで潰瘍のレリーフを追った。空気を送り込み、照明を強めた。「傑作だ。記録しよう」。私は首を振った。作品は直接公開しないと意味がない。



 CHAPTER4.骰 

 傷がなければ生きていけない。生きている感覚がなくなる。傷は身体に咲いた花。世界に開かれた発光する花びら。しかし、花の命は短い。細胞たちは暴力的な勢いで花を枯れさせてしまう。陽気な音を立てて身体を縫い合わせる。しかたなく、また剃刀で身体を切った。汚れた手がすっぽりと入る位置に。

 地下鉄は、大地を切り裂いた傷だ。癒えることのないよう無理に固められた傷口。そこを血ではなく、大量の人々が流れていく。時折、大地が痛そうにうめき声を上げている。その声に怯えて、人々は次々に迫りくる車両の前に身を投げる。弾かれても弾かれても、義務のように人工の谷底へと降りていく。

 地上ではたえず火災が起こり、人が舞い、ビルが踊る。神経を削り取るような救急車のサイレンは、絶えることがない。このごろは、街のいたるところで焼身自殺した跡を見かける。自身の脂でアスファルトに書き残したメッセージ。デジカメで写した焼跡の画像ファイルは、1,000枚になった。

 その画像をみつめていると、彼等が自分を救うためではなく、世界を救うために自死しているように思えてくる。彼等の死によって、辛うじて生き長らえている世界。私は、旅行用トランク一杯にガソリンを詰めて、朝のラッシュで人々が溢れかえる地下鉄に乗り込んだ。ドアが軽快に閉じ、ミントグリーンの車両はスピードを上げ始める。喉が乾く。食道を地下鉄が走り抜ける。さりげなくライターの火を付けると、閉じ始めていた傷口が少し痛んだ。



 CHAPTER5.襞 

 まぶしさで眼が覚めた。責めるような陽差し。空気もだるそうによどんでいる。頭が重い。今年の太陽は、朝からやけにしつこい。

  冷蔵庫から玉子を取り出した。このところの朝食は、アンデスの水と冷えた半熟玉子に決まっている。スプーンで殻を破る。孵化間近のヒナが眠っている。何とかという名前の鳥らしいが、どう見ても天使がまどろんでいるように見える。端正な顔立ち。「天使の卵」とは、よくも名付けたものだ。今日も何百万という天使が食べられている。

 羽の軟骨を味わった後、残しておいた頭蓋を割る。中で脳が私を待っている。皺に包まれた桃色の小さな真珠。口に含むと、ウニのような甘さが広がる。私の脳も、こんなに美味なのだろうか。

 スプーンでえぐられるような頭痛が収まらない。決心し、初めて脳ドックの予約を入れた。自分の裸の脳を知られるのが嫌で、これまで検査を受けたことはなかった。誰もが内臓や骨の美醜に一喜一憂し、最近は形の良い心臓づくりが流行っているというのに、どうして脳の姿には無頓着なのだろう。歪んだ襞を観察される事を想像すると、身震いがする。

 検査室は混んでいたが、意外に静かだった。皆、下を向いたまま眼を閉じている。検査の前に急いで脳をいたわっているのだろうか。それとも脳内の清掃に忙しいのだろうか。ぼんやり眺めていると胸の検査カードが震えた。やっと診察。30分ほど待たされた。

 「検査は初めてですね」「恥ずかしがり屋なもので。でも痛さには勝てません。経験したことのない痛みです」「さっそく調べてみましょう。きっと夢を観ますよ。夢が観たくて検査を受ける人もいます」「私はここ一年、変な夢ばかり観ています」

 万華鏡のような検査機に入った。懐かしい光が流れていく。たえずたゆたっているたとえようもなくたしかなたましい。揺れながら、思考がほどける。眠ったが、夢は観なかった。

 「率直に話したほうがいいですね」。医師はメガネを少し持ち上げた。重そうなレンズに顔が歪んでいる。「大変に珍しい症状です。脳がありません。いや失礼。脳が液体になっています。頭蓋骨の内側に少し大脳皮質らしいものが残っていますが、後は濃いリンパ液のようなものがあるだけです」

 私は言葉につまった。耳が恐怖を呼吸している。この自分は、何だ。脳がなくて思考できるのか。「ばかな。私はこうして話しをしている。脳がないなんて」「脳波に異常はありません。しかし脳が解けてしまっている」「どうしたらいいのですか」「経過を見るしかありません」

 迷った挙句、私は話した。「脳が溶けて何かに変化しようとしているのでしょう」「えっ」「この一年、蝶になる夢ばかり観ます。蝶の幼虫はサナギの中で一度ドロドロに溶けて成虫になります。私の脳も、たぶん」



 CHAPTER6.爍 

 スナック「赤いオーロラ」の扉は、強制収容所のドアのように、わざと錆びている。いつも、赤錆が手に残る。壁は、重そうなカラマツとつややかなレンガを交互に重ねた縞模様。ところどころに、牛の骨が埋め込まれている。前に来た時よりも、骨の数が増えた。客の胃の中におさまった牛たちの遺骸かもしれない。

 天井に星が写る。タクラマカン砂漠にいるようなおびただしい星の数。急にゆるゆるとした土星がアップになり、ゆっくりと木星に変身する。木星は、たえず切なく叫んでいるようで、見ていてつらくなる。「辛いわね」。何時のまにか、隣の席に若い女性が座っている。「お酒は、二人の方が心地よく酔えますよね」。私は苦笑した。

 「綺麗」。彼女は私の顔を見て言った。「おいおい」「脳が光っている」「僕には、脳はない。何かが生まれるための羊水が満ちているだけ」「ミントグリーンの炎のように美しい」。彼女の脳も赤く光っているように思えた。顔を近付けると、炎が強さを増して揺らいだ。「すっごく、相性、いいみたい」

 少しの会話を交わした後、セーターの胸の部分をディスプレーモードに変え、お互いの嗜好や思い出を写し出して映像の会話を交わした。イカが身体の模様を変えながら求愛するように。最初は慎ましやかに、やがて大胆に自分をさらけ出した。「初対面なのに」「私も不思議な気持ち」。二人の炎はからみ合った。もうディスプレーはいらない。肌で会話がしたい。



 CHAPTER7.餐 

 電話が鳴った。「殺りくの秋だよ。何か食べたかい」「あれから何も食べていないよ」「また断食したのか」「世界中の地下水を飲んでいる」「懐かしい地球との会話」「やはり生き物を食べないで生きていく技術の道があったはずだと思うんだ」「しかし、人類は生物食を捨てなかった」「それが生きる意欲や創作力ともつながっている。だから難しい」「もう一度、食の海に帰ってこいよ」「身を投げてみるかな」

  料理店の前で彼は待っていた。「今日は生物の歴史をたどろうか」「今日は捨て身だから」「メニューは、このわた、うなぎ、山椒魚のたまご、蛇の燻製、そしてふ化寸前の雛鳥、鯨の睾丸、猿の脳味噌、そして最後は、人肉以外は決して口にしない動物解放主義者の上腕二頭筋。ジャイナ教徒の舌でもいいな」「生物の進化の流れ。君らしい企みだよ」「美しいのは敬けんなジャイナ教徒に殺したばかりの肉を食わせること。清いのは自分の身体を腐乱させてわいた蛆を食べる美食家」「マルキ・ド・サドの食欲版か」

 これまでに食べた生き物たちの遺影で埋め尽くされた部屋に通された。「君は、エコロジストにしてジャイナ教徒。大いなる矛盾だ。そしてグルメの欲望もある」「身体のシリコン化による食物連鎖からの離脱志向と生態系を肯定するエコロジー志向。私の中でいつも闘っている」「生かし合う関係というのは欺瞞だね。生かし合うのなら部分的に食べればいい。殺す必要はない。殺し合うことが地球型生命の基本だろう」「その果てに、今の自分がいる」

 アノマノカリス。三葉虫。チューブ・ワーム。毛深いテラノザウルス。ピテカントロプス・エレクトス。私はさまざまな食材になり幾度も生まれ変わった。友と身体を食べ合いながら、終りのない食事と会話が続いた。「君の身体は本当に美味しいよ」「自分が生き物を食べるのは嫌だが、皆に食べられるのは贅沢かな」「最高の贅沢だ」



 CHAPTER8.孵 

 二人はいつもの部屋を選んだ。不思議にいつも空いている。部屋に入ると、真珠のように透明な壁が、体温を感じてほのかに紅く染まった。

 「いままで言っていないことがあるの」「僕もある」「おかあさんが双子を身籠ったの。でも、妊娠中に一人がもう一人を吸収してしまった。それが私。おかあさんから、話を聞いて怖くなった。私は生まれてくる前に人を殺して来たんだって」「僕は7人兄弟。でも、生きているのは長男の僕だけ。あとの妹たちはみんな事故や病気で死んでしまった」「早く子供を産みたいけれど、産むのが怖い」「僕は死ねなくなった。兄弟が皆死ななかったら、自死していた」「貴方の欠点は早く生まれ過ぎたこと」「君の欠点は遅く生まれたこと」

 二人の体温と鼓動の高まりに感応し、一面の壁に桜色の雲が走り始める。露わな肌を包むように穏やかな草原の風が訪れる。やがて壁は白に孵る。

 「私の中で宇宙が生まれた。こんなふうに、宇宙は淫らに生まれてくる」「僕の中では次々に星雲が消えている」「貴方の肢体は少女になっていく」「君は深い沼になっていく」「あなたの若すぎる肌は嫌い。年を刻んだかさかさの皮膚になれば良いのに」「肌は意識を隔て、肌は愛撫を用意してくれる」「肌よりも個性的な貴方の内臓に触りたい」「優しく、愛撫してくれるかい」「心臓を強く握り締めて眠りたいの」「僕が死んだら骨を君の中にいれてほしい。必ずよみがえってくる」「私は、切り刻まれるために何度でも生まれてくる」

 少しの会話の後、いつものように二人は寝った。いつになく長い眠り。ふぞろいな心音に合わせ、部屋はためらいがちに、ゆるやかな収縮を続けた。



 CHAPTER9.夥 

 仕事がきつい。溜まった疲労で、またアレルギーがひどくなった。水アレルギー。生水はおろか、御飯に含まれる水分に反応して、消化器官がただれる。シャワーを浴びることのできない日々が続く。地球の生物を支配する水。その水を憎悪する身体。それは、水惑星の生き物の自己否定なのか。新しい生き物になるための過渡期なのだろうか。

 水を拒絶する石が好きだ。雑踏の中で孤独に佇む小石を拾った。一センチにも満たない灰色の石は、冬の霊気を吸ってキンと冷えきっている。握りしめると手のひらに穴が開きそうだ。どこにでもありそうだが、何かが違う。未来からの受信器。太古の動物の骨片。魔物が孕んだ結石。ポケットに入れていると、ほんのりと膨らんできた。

 街の中心にあるオフィスに戻ると、石が震えはじめた。ビルの柱や床と共振している。花崗岩の中で安らいでいたアンモナイトや三葉虫が、一斉に柱や床から泳ぎ出る。アンモナイトや三葉虫の群れは、私の周りを泳ぎ回る。おびただしい数だ。私は、彼等が堅いねぐらへと帰って行くまで、石を握りしめたまま立ち尽くしていた。

 海に漬かる荒療法の末、水アレルギーから回復した。そして石を失っていることに気がついた。どこでなくしたのか、皆目見当がつかない。石がないことに気付いて以来、底しれぬ空虚な気持ちが続く。しかし、私は感じ始めている。私が石を拾ったのではない。私が石に拾われ、そして捨てられたのだ。



 CHAPTER10.葬 

 この宇宙のあらゆる生き物、歴史上のあらゆる人間の生を追体験したい。だから、あらゆる生物、あらゆる人々は私の目標。そんなことを夢想しながら、私は何もできずに死んでいく。そして私を記憶しているのは、遺伝子の断片を盗んだウイルスだけ。遺伝子はウイルスの舞踏の場。ウイルスは時間を超えて豊かな遺伝子の海を軽やかに泳ぎつづける。

 私は退屈すると、体験コーナーに立ち寄る。以前は仮想空間で自分の遺伝子を操作し、身体を加工するコーナーが人気だった。恋人たちがゲノムを交換したり、さまざまな生き物の遺伝子を混ぜ合わせ競って変容の冒険に出た。遺伝子の融合バグ探し。第2カンブリア紀の祭り。身体に眠っている可能性、生物に潜んでいる曼陀羅を楽しんだものだ。

 今は、死後体験が流行りだ。初めて体験した風葬は、ヒッチコックの「鳥」をパロディにした傑作だった。水葬は、波が内臓を持ち去っていく。今日は気温も下がってきたので、火葬の標準コースにしよう。太陽に抱き締められたり、備長炭でじっくりと炊かれるのも良いが、ガスの炎のスピード感も捨てがたい。宙に浮かび、金星のように焼かれよう。

 タイマーを無限にセットすると、あっと言う間に炎が膨れ上がる。濡れた光が暴れながら流れる。湿った炎が私の全身を舐め回す。身体は多彩な金属を含んだ鉱石のように、さまざまな色の光を放ちながら幾層にも分かれ、舞い踊りながら解けていく。骨のかけらも灰も残さない。意識の結び目が静かにほどける。私の身体に飽きた炎は、もう新しい遊びを始めようとしている。


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