●SFマガジン《ルーディ・ラッカー特集》解説(SFマガジン1994年5月号)/大森 望


SFマガジン1994年5月号のラッカー特集より、特集解説を再録する。この特集では、ラッカー,ルーディ,「五七番目のフランツ・カフカ」「宇宙紐だった男」(以上、木口まこと訳)、「遠い日」「パックマン」「虚空の芽」「宇宙の恍惚」の短篇6篇と、日本旅行記「一九九〇年日本の旅」(以上、大森望訳)、それにラッカーの数学SFをめぐる座談会「ヒルベルト空間便り」が掲載された。短篇群はその後、『ラッカー奇想博覧会』に収録。


 ルーディ・ラッカー特集をお届けする。

 日本でのラッカー人気の高さはご承知のとおりで、来日したご本人も面食らっていたほど。本国アメリカでは、ついこのあいだまで、新作以外はほとんど手に入らない状況だったのに、日本では既刊のSF長篇八冊のうち、『時空ドーナツ』Spacetime Donutsをのぞくすべてが邦訳され、大部分がいまも入手可能。ノンフィクション四冊もすべて翻訳されている。

 SF作家、科学解説家と並ぶラッカーのもうひとつの顔が、コンピュータ・ソフトウェア・デザイナー。本誌先月号で特集された人工生命にも造詣が深く、セルラー・オートマタを使用した人工生命ソフトArtificial Life Lab(オーテデスク社)を開発、昨年八月に東京国際美術館で開催された「人工生命の美学」展では、このソフトのデモと講演をおこなっている(本誌九三年十一月号既報)。

 昨年のワールドコンでは、ヴァーチャル・リアリティ関係のパネルで専門的な話をするかと思えば、〈ロックとSF〉というパネルに借り出されるなど八面六臂の活躍ぶり。日本でも注目度の高いニュータイプのコンピュータ文化誌、Mondo2000とのつながりも深く、User's Guideの編集をまかされたり、エッセイを寄稿したりと、いまや西海岸コンピュータ文化人の趣きもある(ちなみに昨年大学を卒業した娘さんはMondo2000に就職して経理を担当しているとか)。いきなり〈Asahiパソコン〉誌のカバーを飾ったり、いまや向かうところ敵なしの快進撃をつづけているわけである。

 ところが、にもかかわらず、ここ五年近く、ラッカーの小説はSFマガジンに翻訳されていない。これではいけないと企画された(わけでもないけど)のが今回のラッカー特集。未訳の短篇を中心に、著者インタビュー、座談会、日本旅行記とバラエティ豊かな構成で稀代の怪人ラッカーの全貌に迫る(予定)。

 詳細は本文をあたっていただくとして、ここでは特集の各パートについてざっと説明しておこう。
 
●短篇
 ラッカーがこれまでに発表した全短篇は、第一短篇集The 57th Franz Kafka収録のものを含めて、すべてTransreal!におさめてられている。昨年の来日時に、ラッカー本人から気に入っている短篇をいくつかセレクトしてもらい、未訳作品から本特集用に選びだしたのがこの六本。最新作としては、ブルース・スターリングと合作の人工生命テーマの中篇、"Big Jelly"があるが、これに関してはまだアメリカのSF雑誌に売れていないため邦訳は見合せたいとのエージェント側の意向で今回は見送り。なお、各篇に付された「著者よりひとこと」は、Transreal! 巻末に収録されているものを、著者の了解を得て使用した。
 
●一九九〇年日本の旅
 タイトルどおり、通産省の外郭団体HARPインターナショナルの招きで一九九〇年に来日したさい、ラップトップ・コンピュータを持ち歩いてしたためた日記を、Transreal!掲載用に書き直したもの。全体では五十枚を越える大作だが、スペースの都合上、全体の約三分の二に圧縮してある。文展を見学したり歌舞伎を見たりの文化的観光的エピソードを中心にカットしたことをお断りしておく。なお、昨年の旅行記もArtificial Life in Japan, 1993のタイトルですでにエッセイにまとめられているが(未発表)、残念ながら今回は掲載できなかった。
 
●座談会
「サルもわかるラッカー数学/物理学講座」というコンセンプトでおこなわれた、昨年の京都SFフェスティバルのプログラムのひとつを再録したもの。難解をもって鳴る『ホワイト・ライト』の秘密を専門家が解剖する――というのが目玉だが、さて……。ラッカーのノンフィクションや、『ホワイト・ライト』巻末の鈴木治郎氏による解説を参照していただければ、多少はわかりやすいと思う。
 
●インタビュウ
 昨年来日時のインタビュウと、こちらから送った追加質問状に対する、今年三月四日付のラッカーからの電子メールによる回答をカップリングしたもの。
 
【ルーディ・ラッカー邦訳作品リスト】
 
●SF長篇
White Light,or, What is Cantor's Continuum Problem ?(1980)『ホワイト・ライト』ハヤカワ文庫SF
Software(1982)『ソフトウェア』ハヤカワ文庫SF
The Sex Sphere(1983)『セックス・スフィア』ハヤカワ文庫SF
Master of Space and Time(1984)『時空の支配者』新潮文庫(品切)
The Secret of Life(1985)『空を飛んだ少年』新潮文庫(品切)
Wetware(1989)『ウェットウェア』ハヤカワ文庫SF
The Hollow Earth(1990)『空洞地球』ハヤカワ文庫SF
 
●ノンフィクション
Geometry, Relativitiy, and the Fourth Dimention(1977)『かくれた世界』(白楊社)
Infinity and the Mind(1982)『無限と心』(現代数学社)
Fourth Dimentions(1984)『四次元の冒険』(工作舎)
Mind Tools(1987)『思考の道具箱』(工作舎)
 
●短篇/エッセイ
The Man Who Ate Himself(1982)「自分を食べた男」SFマガジン八七年二月号
Tales of Houdini(1981)「フーディニの物語」ハヤカワ文庫SF『ミラーシェード』収録
Inertia(1983)「慣性」SFマガジン八四年二月号
Monument to the Third International(1984)「第三インター記念碑」SFマガジ八六年一月号
Storming the Cosmos(1985)「宇宙攻略」SFマガジン八七年九月号(ブルース・スターリングと合作)
What Is Cyberpunk?(1986)「サイバーパンクって何だろう?」SFマガジ八六年十一月号
Soft Death(1986)「柔らかな死」SFマガジン八九年九月号
Probability Pipeline(1988)「確率パイプライン」ハヤカワ文庫SF『80年代SF傑作選』下巻収録(マーク・レイドローと合作)


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