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■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉大森担当分 95年版

【タイトルリスト】(簡易版です)

■95年1月号
『鉄塔 武蔵野線』★★★★1/2(新潮社   円)
『ヴァーチャル・ガール』★★★
『かまいたちの夜』★★★★(チュンソフト   円)
『天界の殺戮』1/10(岡部宏之訳/ハヤカワ文庫SF上下各六六〇円)
『旅立つ船』★★★(赤尾秀子訳/創元SF文庫六八〇円)
『スカーレット・スターの耀奈』★★★1/2(アスペクト一八〇〇円)
『火天風神』★★★★(新潮社一七〇〇円)
『森の中のカフェテラス』★★★(幻燈舎一五〇〇円)
『生者と死者』★★★★1/2(四四〇円)

■95年2月号

『くるぐる使い』★★★1/2(早川書房一二〇〇円)
『ヴァーチャル・ライト』★★★★(浅倉久志訳/角川書店一九〇〇円)
『存在の書』★1/2(細美遥子訳/創元SF文庫六〇〇円)
『地獄から来た青年』★1/2(群像社一八五四円)
『やけっぱち大作戦』★★(坂井星之訳/ハヤカワ文庫SF六八〇円)
『日本SFの大逆襲!』★★★★(鏡明編/徳間書店一七〇〇円)
『バガージマヌパヌス』★★★★★(新潮社   円)
『コミケ殺人事件』★★★★(出版芸術社一六五〇円)

■95年3月号
『ハイペリオン』★★★★1/2(酒井昭伸訳/早川書房二九〇〇円)
『狙われた使節団』★1/2(坂井星之訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)
『これが最後の大博打』★★★(坂井星之訳/ハヤカワ文庫SF七四〇円)
『天使の憂鬱』★★★(早川書房九八〇円)
『オルディコスの三使徒3』★★★1/2(角川スニーカー文庫六〇〇円)
『クロノス・ジョウンターの伝説』★★★1/2(朝日ソノラマ一〇〇〇円)
『言壷』★★★1/2(中央公論社一七五〇円)
『発熱少年』★★★(七〇〇円)

■95年4月号
『魍魎の匣』★★★★★(講談社ノベルズ一二〇〇円)
『マルチプレックス・マン』上下★★1/2(小隅黎訳/創元SF文庫五五〇円・五三〇円)
『ペガサスに乗る』★(細美遥子訳/ハヤカワ文庫SF   円)
『パラレルワールド・ラブストーリー』★★★★1/2
『ファイアボール・ブルース』★★★★1/2
『クラゲの海に浮かぶ舟』★★★★(角川書店一四〇〇円)
『女王様の紅い翼』★★★1/2(七六〇円)
『惑星童話』★★★(コバルト文庫三九〇円)
『崔風華伝』★★★(講談社X文庫四五〇円)
『妖術 太閤殺し』★★★★(七八〇円)
『豊臣三国志』★★★(出帆新社一八〇〇円)
『時空の支配者』★★★★★(黒丸尚訳/ハヤカワ文庫   円)

■95年5月号

■95年6月号
『惜別の宴』★★★★
『時間的無限大』★★★★1/2(小野田和子訳/ハヤカワ文庫SF六〇〇円)
『タイム・パトロール 時間線の迷路』上下★★(大西憲訳/ハヤカワ文庫SF各五八〇円)
『パラサイト・イヴ』★★★★1/2(角川書店近刊)

■95年7月号
『仮面舞踏会』★★★★(講談社一六〇〇円)
『七百年の薔薇』★★★★(山田順子訳/早川書房各二〇〇〇円)
『ドリーム・ベイビー』上下★★★★(内野儀訳/ハヤカワ文庫六二〇円)
『愛のふりかけ』★★★1/2(角川書店一六〇〇円)
『戦場の女神たち』★★★1/2(講談社ノベルス七八〇円)
『妖獣戦記/砂塵の黙示録』★

■95年8月号
『夜にひらく窓』★★★1/2(ハヤカワ文庫JA六八〇円)
『敵は海賊・海賊課の一日』★★★1/2(五六〇円)
『狂骨の夢』★★★★1/2(一一〇〇円)
『痾』★★★★1/2(七八〇円)
『友なる船』★★1/2(浅羽莢子訳/創元SF文庫七〇〇円)

■95年9月号
『ハイペリオンの没落』★★★★★(酒井昭伸訳/早川書房   円)
『ブレイクの飛翔』★1/2(矢野徹訳/ハヤカワ文庫SF七二〇円)
『ドラキュラ紀元』★★★★1/2(梶元靖子訳/創元推理文庫九八〇円)
『妖虫戦線1』★★★(中央公論社七八〇円)
『ロミイ』★★★1/2(講談社ノベルズ七八〇円)
『僕を殺した女』★★(新潮社一四〇〇円)
『本格ミステリー宣言II』★(講談社   円)

■95年10月号
『らせん』★★★★1/2(角川書店一五〇〇円)
『死神のいる街角』★★★1/2(出版藝術社一五〇〇円)
『青狼王のくちづけ』★★★★1/2
『カシミアのダンディ』上下★★★(角川ルビー文庫各五三〇円)
『ラッカー奇想博覧会』★★★★1/2(黒丸尚他訳/ハヤカワ文庫SF六〇〇円)
『世界の秘密の扉』★★★(公手成幸訳/創元SF文庫七三〇円)
『フェルマータ』★★★1/2(岸本佐知子訳/白水社二二〇〇円)
『シミュレーションズ』★★1/2(浅倉久志他訳/ジャストシステム二六〇〇円)

■95年11月号
『ソリトンの悪魔』上下★★★★★(朝日ソノラマ   円/   円)
『ムジカ・マキーナ』★★★★
『モンティニーの狼男爵』★★★★(朝日新聞社一六〇〇円)
『急がば渦巻き』★★★(徳間書店一六〇〇円)
『魔法の船』★★1/2(嶋田洋一訳/創元SF文庫七〇〇円)
『夢の終わりに…』★★★★(古沢嘉通訳/早川書房三〇〇〇円)

■95年12月号
『現代日本SF作家25人作品集』★★★★1/2(早川書房    円)
『ねじまき鳥クロニクル第3部鳥刺し男編』★★★1/2(新潮社   円)
『ローウェル城の密室』★★★(出版芸術社一六〇〇円)
『キッド・ピストルズの慢心』★★★★(講談社一六〇〇円)
『狂乱廿四孝』★★★1/2(東京創元社一六〇〇円)
『赤い惑星の航海』★★★★(中村融訳/早川文庫SF六〇〇円)
『女の国の門』★★1/2(増田まもる訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)
『半村良コレクション』★★★★(ハヤカワ文庫JA八〇〇円)



■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#37(95年1月号)/大森 望


 あと五日、待て。
 そうすると、すごい本が出てくる。第六回日本ファンタジーノベル大賞を『バガージマヌパヌス』と分け合った、銀林みのるの『鉄塔 武蔵野線』★★★★1/2(新潮社   円)である。
 どのくらいとてつもない本であるかは、書店店頭で手にとってページをめくれば一目瞭然。数百枚の鉄塔写真がキャプションつきで満載されたこの小説は、破天荒ぞろいの歴代同賞受賞作群の中でもひときわ異彩を放つ大怪作なのだ。
 話の構造は、鉄塔おたく版「スタンド・バイ・ミー」。鉄塔の魅力にとり憑かれた小学生男子が、送電用の鉄塔に振られた番号(武蔵野線77-1とか)を頼りに、1号鉄塔めざして旅に出る、夏休みの二日間の冒険物語。小学生の発想と会話がびっくりするほどリアルかつ鮮やかに再現されているのが最大の魅力――なんだけど、なぜか「わたし」の一人称(笑) 
 ひたすら鉄塔から鉄塔へと移動するだけの本書にストーリーはない。そのどこがファンタジーノベル大賞なんだと思う人はとにかく読んでみること。前代未聞空前絶後の異常な少年小説である。
 さて、つづいて海外SFの話題作は……とここから新鋭エイミー・トムスンの『ヴァーチャル・ガール』★★★に移る予定だったんだけど、あたしゃ本誌先月号の書評欄を見て目を疑ったね。原稿締切後に出たこの本をなんと北上のおやぢが自分のページでしっかりとりあげているではないか。縄張り荒らしはともかく、立場を悪用したこの時間差ルール違反は許せん。こんな横暴を許していいものでしょうか、皆さん!
 まあたしかに、人生に疲れた中年がホロっと来そうな愛玩AI小説ではあることだし、あたしゃべつにロリコンの気はないからこんな本はどうでもいいんですけどね(おなじ"かわいいAI物"なら、心あるSFファンにはJ・ディレイニー&M・スティーグラーの『ヴァレンティーナ』=新潮文庫品切れ中=をおすすめしておく)、業腹なことにかわりはないので、北上のおやぢが憎んであまりあるスーパーファミコン・ソフトを大々的にとりあげる。
 隣のローソンで馬券が買えるSAT会員権を獲得した(←自慢)勢いでスターマンにあり金つっこみ菊花賞に惨敗した怒りとは関係なく、我孫子武丸が二年の歳月を投入した書き下ろし、『かまいたちの夜』★★★★(チュンソフト   円)はおもしろい。
二年前に長坂秀佳監修で出たサウンドノベル第一弾『弟切草』に比べると、今回はプロットの首尾一貫性とゲーム性が重視されていて、あんまりぐにゅぐにゅした不条理展開はないんだけど、そのぶんメインプロットはきわめて新本格度の高い正統派パズラーになってて、最長で二百枚のボリュウムを堪能できる。とはいうものの、33回読んで、さあこれからしおりをピンクに……ってとこでデータ飛ばしちゃったから、まだ読み終えていないんだよな、とほほ。それにしてもあのメタフィクション編のオチには爆笑。
 さて、ふつうの本では、グレッグ・ベアの大作『天界の殺戮』1/10(岡部宏之訳/ハヤカワ文庫SF上下各六六〇円)が出ている。前作にあたる『天空の劫火』はベアの長編中でもダントツに最低だったが(HDを検索したら、某誌の書評で100点満点の5点をつけているのを発見(笑))、本書はそれをはるかに上回るベア畢生の大駄作。前作で地球を滅ぼされた地球人の生き残りが、"保護者"と呼ばれる異星人の力を借りて復讐の旅に出る、要するに「さらば宇宙戦艦ヤマト」ね。こんな話を上下八百ページも書く神経はまったく理解できない。事務的な訳文もあいまって、ほとんど拷問のような8時間耐久読書。クミヒモ型異星人に多少の愛嬌があることは認めるが、異種殺し譚としてはエンダーシリーズがはるかに上等だし、ジョン・クルート流のメタフィクション読みを適用したとしても、ディッシュなら十ページで書いてる話。まあこれだけ完璧な愚作も珍しいから、存在価値はあるかもだな。
 それにくらべたら、マキャフリー&ラッキーの大年増コンビによる『旅立つ船』★★★(赤尾秀子訳/創元SF文庫六八〇円)のほうがはるかに罪が軽い。中盤けっこうダレるし、思想的には『歌う船』より後退してますが、ヒロインのティアがかわいいから許す。
 日本SFでは、梶尾真治の短篇集『スカーレット・スターの耀奈』★★★1/2(アスペクト一八〇〇円)がおすすめ。"ただの古いラブソング"をSF的シチュエーションの中で輝かせるテクニックにかけては、日本で梶尾真治の右に出る人はいないね。ベアのあとで読むと心が洗われるようである。
つづいては変わり種を二本。若竹七海『火天風神』★★★★(新潮社一七〇〇円)はなんとびっくり本格台風パニックノベル。いやはや若竹七海にこんな才能があったとは。お約束どおりの設定だけに筆力が試されるわけですが、これだけ読ませてくれれば十分。台風銀座・土佐の生まれの大森は思いきり血が騒ぎました。
 これと対象的に静かな世界を淡々と描き出す異色の現代ファンタシーが、橋本一子の初長編『森の中のカフェテラス』★★★(幻燈舎一五〇〇円)。生活感の希薄なこの手の話はいまいち趣味じゃないんですが、本書にかぎっては「ロマンチックな雨」をBGMに読むとぴったり。彼女の音楽が好きな人には素直に納得できるガラス細工みたいなモダン・ファンタシーだ。
 最後に今月最大の仰天は、新潮文庫はじまって以来の小口アンカット本、泡坂妻夫『生者と死者』★★★★1/2(四四〇円)。そのとんでもなさは一目瞭然なので、実物を手にとってたしかめてね。どうやって読んだかで盛り上がれる本も珍しい。それにしてもこんなめちゃくちゃなことよく思いつくよなあ。ヨギガンジー物の前作『しあわせの書』より、単純な分だけこっちのほうがインパクトが強い。必然的に文章は奇術的になってるのでけして読みやすくはないが、短篇消失後もクリップで一折ずつはさんで二読三読するに値する。それにしても図書館はいったいどう対処するんだろうか。驚愕。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#38(95年2月号)/大森 望


コーヒー豆切れてるからちょっとローソン行ってくるねと出かけた妻(SAT会員)がついでに買った百円の馬券が八三二〇円になるんだから競馬なんかちょろいと思うけど、SFマガジン登場2篇めで星雲賞をとった大槻ケンヂもSFなんかちょろいと思ってるかもしれない(ちなみに93年の日本SF大会で、大森はこの受賞を単勝一点予想[寺島令子『墜落日誌2』参照]。星雲賞の堂元がJRAならいまごろ左ウチワである)。
その星雲賞受賞作を表題作とする短篇集『くるぐる使い』★★★1/2(早川書房一二〇〇円)が出ている。あのメークにあのファッションでテレビに出ているおーつきしか知らない人は色物だと思いかねないが、筋肉少女帯の大槻は最初からほとんど作家である。「レティクル座妄想」なんて一枚まるごと長編オカルト幻想小説だし、本書の表題作だって名曲「くるくる少女」(今なら全国のDAMで洩れなく歌えます)の活字版といえなくもない。SFマガジン掲載作であることをのぞけばSFとはいいがたい作品ばかりだが(著者いわく「超常現象青春小説」)、日本SF期待の新人たる資格は十分。個人的には「憑かれたな」が好き。 その大槻ケンヂが推薦文を書く『コミュニオン』(南山宏訳/扶桑社一二〇〇円)は、『ウルフェン』のW・ストリーバー畢生の奇書、待望の邦訳。なにしろ自身の異星人誘拐体験を赤裸々に綴るノンフィクションだから小説として評価するのは無意味ですが、『太陽の法』以上の迫力とデニケンを越える面白さ。UFOおたく系以外の人も話のタネにどうぞ。
 さて、ジャンルSF最大の話題作は、ウィリアム・ギブスン久々の単独長編『ヴァーチャル・ライト』★★★★(浅倉久志訳/角川書店一九〇〇円)。2005年のS Fを舞台とする、CP版『法律事務所』ってノリのキュートな電脳活劇で、SFの大技をあきらめたぶん、海外ミステリ読者にもおすすめできる娯楽小説的完成度を誇る。電脳空間三部作に挫折した人だって大丈夫。こういう軽めの商業CPをさらっと書けちゃうとこが天才たるゆえんですね。ところで「スペース・ハンター」のモリーはぼくも好きです。
 対する英国の鬼才イアン・ワトスンの〈黒き流れ〉三部作完結編、『存在の書』★1/2(細美遥子訳/創元SF文庫六〇〇円)は、第二部『星の書』を94年のベストに推した責任上、なんとしてでも誉めたおすのが筋だし、誉める理屈の2つや3つすぐ思いつくんだが、正直いってこれは「すべてのSFに懺悔しな」的愚作である。どうせなら百ページほど欠落した落丁本で出すか、百年くらい創元の金庫で寝かせとけば長く記憶される幻の傑作になっただろうになあ。『星の書』の感動を共有してくださったみなさんは、第三部が翻訳された事実を忘れてしまうのが正解だと思う。というわけで、この本は存在しないので内容は紹介しません。とかいうと読むやつがいるんだよな、やめときゃいいのに。
 FDに残された故・深見弾の未完成の訳稿を大野典宏・大山博がまとめたA&B・ストルガツキイ『地獄から来た青年』★1/2(群像社一八五四円)は、ストルガツキイ作品の中でも政治色が強く、遺憾ながらSF性は希薄。ロシア版ベトナム帰還兵物的な読み方しかできないのは無教養の哀しさか。
 紙幅がないからJ・C・ファウスト『やけっぱち大作戦』★★(坂井星之訳/ハヤカワ文庫SF六八〇円)みたいなどうでもいいスペオペはほっといて国内に移る。
 冬の時代に華々しくロケットを打ち上げる『日本SFの大逆襲!』★★★★(鏡明編/徳間書店一七〇〇円)は日本SF大賞/日本ファンタジーノベル大賞(優秀賞含む)受賞者の新作を集めるというコンセプトで豪華執筆陣を結集、山田正紀佐藤哲也夢枕獏柾悟郎堀晃岡崎弘明荒俣宏北野勇作佐藤亜紀かんべむさし川又千秋梶尾真治横田順彌の書き下ろし短篇など全18編をおさめる(ほとんど)オリジナル・アンソロジー。枚数の関係でショウケース的な色彩が強いのは残念だが、名前に負けない高水準の短篇がこれだけずらりと並ぶのは壮観。ただし英米の基準に照らしてSFと呼べるのは五指にも満たず、編者も(暗に)強調するとおり、伝統の日本SFがじつは昔からSFではなかったことを証明する結果になっているのはやや皮肉。しかしいま存亡の危機にあるのがSFではなく日本SFであることを思えば、じつにタイムリーなアンソロジーかも。中では荒俣宏がB・J・ベイリーばりのマッドSFを書いているのに仰天。
 一方、国産ハードSFの故塁を守り続ける堀晃は、ASAHIネット上の会議室を母体に創作SFファンジン『ソリトン』(七〇〇円)を創刊、ボトムアップ方式による日本SF振興プロジェクトを始動させる。SF短篇での商業誌デビューが事実上不可能に近い現状では、こういう質の高い創作同人誌の役割は再評価されてしかるべきかもしれない(購読申込は葉書で〒103 中央区日本橋小網町9−3−6F 潟Aトソンまで)。
 先月紹介した『鉄塔 武蔵野線』とともに第6回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した池上永一『バガージマヌパヌス』★★★★★(新潮社   円)は、ネーネーズか上々颱風かってノリの沖縄版爆笑マジックリアリズム小説。中村融がすでに1月号で絶賛してる本をまた誉めなおすのは癪だから詳述はしないけど、これは掛け値なしの傑作。同賞受賞最年少記録を更新した、端睨すべからざる学生作家の登場である。
最後に仰天ミステリを一本。小森健太郎『コミケ殺人事件』★★★★(出版芸術社一六五〇円)は、南田操『コミケ中止命令』をしのぐ即売会小説の最高傑作。新本格的趣向が凝らされてて非同人系読者も楽しめるけど、作中アニメ(?)「ルナティック・ドリーム」の迫真のリアリティといい、新館1階〜2階間の移動時間を利用するアリバイトリック(笑)といい、晴海経験者は必読。同人系の人は夏コミにぜひルナドリ本出して盛り上げて、マンガ→OVA→TVアニメへと出世させてほしい。
 ってことで、来月はいよいよシモンズの大作『ハイペリオン』の登場だ。横どりするなよ、おやぢ。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#39(95年3月号)/大森 望


 北上師匠様の予想がおおむね的中の有馬記念は目が醒めたらレースが終わってるし、冬コミ蹴飛ばしたおかげで大挙出てたらしい十二国本の新刊は買い逃すし、バーチャは我孫子武丸氏にどうしても勝てないし、雪辱を期す闘神伝はたちまち売り切れと、ろくなことがなかった年末年始唯一の慰めは、いわずと知れたダン・シモンズの『ハイペリオン』★★★★1/2(酒井昭伸訳/早川書房二九〇〇円)。
「漆黒の宇宙船のバルコニーで、年代ものだが手入れのいきとどいたスタインウェイのまえにすわり、連邦の"領事"はラフマニノフの『前奏曲嬰ハ短調』を演奏していた。」
 この冒頭にシビれないようじゃ、たぶんあなたにはSFを読む適性がない。嵐の惑星を見下ろす宇宙船内で『ワルキューレ騎行』までかけちゃうのはちょいやり過ぎとしても、確信犯的にこの種の描写を導入する作家が昨今のアメリカSF界にきわめて珍しいのは事実(わが日本には野阿梓という鬼才がいるし、英国のB・J・ベイリーあたりも意外とその傾向があるけど)。しかも、SFおたく心をくすぐるフレーズのみごとな決まりっぷりには、中年読者の萎えかけたモノをむくむくと立ち上がらせる力がみなぎっている。
 ほとんど『ニューロマンサー』以来って感じの前評判とともに鳴り物入りで登場したこの大作、一四〇〇枚を越える"重厚長大なプラットフォーム"((C)酒井昭伸)に恥じない強力なソフトウェアである。時は二八世紀、時を超越する怪物シュライクが超越する惑星ハイペリオンへと赴く七人の巡礼たち……ってこの大時代な設定が泣かせるね。その巡礼たちがかわるがわる語る六つの物語が小説の骨格をなすってパターン自体は最近のスタイル優先軟弱SFっぽいけど、本書にかぎっては、各エピソードが凡百のSF長編をしのぐ密度を誇り、長いだけがとりえのへなちょこシリーズが束になってもかなわない充実感。二部作の前半分という本書の性格上、星半分だけ留保するけど(わたしだって〈黒き流れ〉でちっとは学習したのである)、九〇年代アメリカSF最大の傑作であることはまちがいない。必読。
 その他の海外作品では、J・C・ファウストの〈エンジェルズ・ラック〉三部作が三か月連続刊行で促成完結。こんなもんつづけて出すヒマがあったら半年も待たせずにさっさとFall of Hyperionを出せって文句はともかく、第二巻『狙われた使節団』★1/2はメイ船長の別れた嫁さんというポインツ高そうなキャラも不発に終わり、中継ぎ投手がつるべ打ちされるタイガースの凡試合的様相を呈してたんだけど、さすがに三巻め『これが最後の大博打』★★★(以上二冊とも坂井星之訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円・七四〇円)では、それまでだらしなく投げだしてあった伏線をまとめる努力がはじまり、スペオペとして許せる範囲にまで持ち直したのは立派。しかし三冊合計千五百ページも使って書く話かね、これが。そんな時間があったら、『殺戮のチェス・ゲーム』読むよなふつう。
 おなじ宇宙活劇なら、和製スペオペの草分けシリーズが装いも新たに復活した高千穂遥〈ダーティペアFLASH〉の第一巻、『天使の憂鬱』★★★(早川書房九八〇円)のほうがおすすめ。ま、今回は名刺がわりって感じですが、リーダビリティの高さはあいかわらず。どうせならこっちを三カ月連続で……っておれもしつこい。
 三部作といえば、菅浩江の異世界ファンタシー三部作も『オルディコスの三使徒3』★★★1/2(角川スニーカー文庫六〇〇円)で完結。二重神格(?)の神という基本設定のおかげで、凡百の和製異世界モノとは一線を画す独自の世界が構築されている。こういう形で神の問題を扱えるのはファンタシーの特権だろうけど、神様の精神分析はSFの領分だし、神話方面に逃げないあたり、SF作家・菅浩江の面目躍如というべきか。
単発の国産SFでは、梶尾真治『クロノス・ジョウンターの伝説』★★★1/2(朝日ソノラマ一〇〇〇円)が収穫。『スカーレット・スターの耀奈』が宇宙物恋愛小説集なら、こちらは時間ものラヴロマンス連作。タイムトラベルと恋愛は『夏への扉』の昔から相性ぴったりなわけで、名手・梶尾真治の手にかかれば、ただの古いラブソングにもページをめくる手を止める力が与えられる。しかしわたしがこの種の話に抵抗できないのは、思春期にろくな恋愛体験を持たなかった反動かも。ううむ。
先月すっかりとりあげるのを忘れていた神林長平の連作短篇集『言壷』★★★1/2(中央公論社一七五〇円)は、初期の代表作「言葉使い師」のテーマをさらに深化させた、言語と世界の関係をめぐる本格SF。著述支援機ワーカムによって生産された小説がニューロネットワーク上で消費される未来社会を舞台に、著者独特の議論が展開される。
 このワーカムは、SF的思考実験のためのツールという性格が強いんだけど、現実の小説環境もこの世界に急速に近づきつつある。去年あたりからようやく本格化してきたオンライン小説(ネットを通じて販売される小説)出版では、アスキーが大手商用BBSを網羅して、覆面作家の書き下ろしシリーズ〈ボヘミアン・ガラスストリート〉を大々的にスタート。第一部『発熱少年』★★★(七〇〇円)の販売開始と同時に作者あてクイズも実施された。すでに発表されたとおり、このシリーズの著者はなんとびっくり平井和正。小説の中身は、初期の高校生ウルフガイを髣髴とさせるクラシックな学園ラヴロマンスで、年配ファンには懐しさがこみあげる。時ならぬ人狼映画ラッシュに湧く昨今、久々に登場した平井和正のニューウルフ物がネットを舞台にひと波乱起こしそうな気配。なお、このテキスト、縦書き表示可能なNECのデジタルブック形式でも提供され、98ノートのHDにでもぶちこんでおけば、文庫本感覚で読める。 最後に、ダン・シモンズを特集するSFマガジン2月号では、眉村卓の大河連載(全144回!)がついに完結、笠井潔の本格SF長編「無底の王」がスタート。大原まり子、梶尾真治の連載も快調で、SF雑誌最後の砦が熱いぜ。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#40(95年4月号)/大森 望


新本格というムーブメントはこの一冊を生むためにあったのかもしれない。京極夏彦『魍魎の匣』★★★★★(講談社ノベルズ一二〇〇円)は、本邦探偵小説史上、十年に一度の大傑作。大森の私的ベストでは、長らく君臨していた『占星術殺人事件』を蹴飛ばして堂々トップに踊り出た。さようなら御手洗潔、こんにちは中禅寺秋彦。日本の探偵小説は一足はやく新しい世紀に突入したのである。
それにしても、去年あれだけ評判になったデビュー作『姑獲鳥の夏』がいまいちピンと来なかったあたり、ぼくのミステリ鑑識眼の乱視ぶりが証明されてるわけですが、『魍魎の匣』ではもう目からウロコが落ちまくり。『黒死館』『虚無』『失楽』と連なる蘊蓄路線でありながら、メタにもアンチミステリにもならず、ギリギリのところで伝統的探偵小説の枠内に踏みとどまり、涙あり笑いあり恐怖あり驚愕ありの一大娯楽小説として無敵の面白さを誇る。しかも、バカミステリ愛好者たるこの大森さえ腰を抜かすそのトリックの馬鹿さかげんにはあいた口がふさがらず、その締まらない口で今年の日本SFベストワンと断言したりもするわけである(だからSF専門読者も必読)。探偵キャラ四人の個性にも磨きがかかり、夏コミの同人誌展開にも期待が持てそう。やっぱり京極堂(攻)×榎木津(受)が黄金パターンかな(笑)
 この傑作にくらべるとあとは枯れ木も山のにぎわいで、文庫版は六年ぶりの
J・P・ホーガン『マルチプレックス・マン』上下★★1/2(小隅黎訳/創元SF文庫五五〇円・五三〇円)にしても、所詮ありがちなパターンの人格転移SFサスペンス。ミステリ仕立てのネタは途中で割れちゃうし、だいたいいまどき「ジョー90」(笑)じゃね。天才科学者失踪の謎ってそりゃいくらなんでも古すぎ。ま、海千山千でないミステリファンならそれなりに楽しめるかも。
 古さじゃ負けてないのがアン・マキャフリイの『ペガサスに乗る』★(細美遥子訳/ハヤカワ文庫SF   円)。小説的には水準やや下あたりの毎度おなじみマキャフリイですが、思想的にはきっぱり敵。バカな一般人を正しく導く聡明で善良な超能力者たち――って、頭腐ってんじゃないの。ほとんど『超能力エージェント』の世界で、とても73年の原書とは思えない。続巻での改心に期待しよう。
 気をとりなおして国内SFの収穫は東野圭吾の『パラレルワールド・ラブストーリー』★★★★1/2と思ったら坂東齢人氏が先にやってるんだそうで、桐野夏生『ファイアボール・ブルース』★★★★1/2に逃げようとしたらこれもだめ。そこで出てくる奥の手は、去年の本だけど紹介し損ねていた北野勇作『クラゲの海に浮かぶ舟』★★★★(角川書店一四〇〇円)。『パラレル…』同様VR物だけど、こちらはさらに激しく現実が崩壊していく近未来不条理SF。紡ぎ出されるイメージの奇怪さと確かな肌触りが特徴で、いわくいいがたい読後感。そういえばラッカー&スターリングの未訳新作中篇も人工生命クラゲ物だったな。
 つづいては今月の新人三羽烏。一番手は、二月の講談社ノベルズ新刊群(世が世ならSF/伝奇フェアと銘打たれそうな布陣に仰天)の中でもひときわ目を引く岡崎つぐおカバーのスペースオペラ、高瀬彼方『女王様の紅い翼』★★★1/2(七六〇円)。銀河おさわがせ中隊型ドタバタ宇宙SFに「女王様とお呼び」風味をふりかけたのがミソ。のっけから快調なテンポとキャラづくりでリーダビリティ抜群、ギャグスペオペ界に吉岡平以来の大物新人出現か。ライトノベル系SF読者はお見逃しなく。
 おなじスペオペでもぐっとシリアスな胸キュン路線(←死語)で迫るのが、コバルト読者大賞受賞の須賀しのぶ『惑星童話』★★★(コバルト文庫三九〇円)。「鉛の兵隊」「長い賭け」など同巧多数のウラシマ効果ネタ恋愛を軸に据えたよくあるお話ですが、先月も告白したとおり、わたしはこの手の話にけっこう弱い。これでもうちょいヒネってくれればなあ。 一方、ホワイトハート大賞エンタテイメント小説部門佳作受賞の長谷川朋呼『崔風華伝』★★★(講談社X文庫四五〇円)は、ファンタシー性の希薄な中国古代架空歴史物。新人(応募当時十七歳)離れした端正な文章と密度が魅力で、大賞受賞の飛沢磨利子『赤い髪のガッシュ』より、個人的にはこっちを買いたい。
 新人ついでにもうひとり、二月の講談社ノベルズ最大の仰天が、前田有起『煌めきの終章 出雲―ファティマ―バチカン』1/2(七六〇円)。カバーにいわく「世紀末に蘇る古代よりの警鐘」。どんな話かというと、ディギュアス霊団の魔手から地球を救うため、正義のアークトゥルス星人やエリダヌス座星人の宇宙連合が立ち上がるんですな。『総門谷』ふうの前半はともかく、後半の展開はとてもこの世のものとは思えない。こういう小説が流行ってるならわたしがSF書評を廃業する日も近いね。最大の謎はこんな本がなぜ突然講談社から出たかなんですけど、やっぱり編集長が正義の宇宙人に操られてるんだろうか。ううむ。
 口直しに読んだ同ノベルズ同時刊行の朝松健『妖術 太閤殺し』★★★★(七八〇円)は朝鮮半島出身・二代目石川五右衛門をフィーチャーする堂々の一大伝奇活劇で、当然のことながら安心して楽しめるクォリティ。風太郎忍法帖ファンにはおすすめ。
 今月の変わりダネは、南柯亭夢筆の明治二〇年の作『軍書狂夫 午睡之夢』を横田順彌監修で司悠司が現代語訳した『豊臣三国志』★★★(出帆新社一八〇〇円)。はやい話、明治のシミュレーション戦記物で、ナポレオン孔明シーザー秀吉ジンギスカン劉邦etc.が入り乱れるハチャメチャぶり。軍事おたくの淫夢小説ってやつですか。しかしまさか古典SFがこんなかたちで復活するとはね(驚)
 今月のトリ、ルーディ・ラッカー『時空の支配者』★★★★★(黒丸尚訳/ハヤカワ文庫   円)は、八年前に新潮文庫で出た本邦初紹介長編の再刊。数あるラッカー作品中でも(アイデア的には)いちばんふつうのSFっぽいマッドサイエンティスト物で、著者十八番の狂騒的ドタバタが堪能できる。未読の方はこの機会にぜひ。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#41(95年5月号)/大森 望


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■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#42(95年6月号)/大森 望


 大阪の高田裕香さんから、前々回の当欄に抗議のお便りをいただいた。京極夏彦『魍魎の匣』について、「京極堂(攻)×榎木津(受)が黄金パターンかな」と書いたんですが、これは攻・受が逆じゃないかというのが裕香さんの主張。「『スラムダンク』に置き換えると、京極堂=流川、榎木津=仙道で、流川の攻が(一般的に)ありえない以上、榎木津・攻/京極堂・受である」との主張にはなるほど説得力がある――んだけど、京極堂の受っていまいち想像できない気がするのはわたしだけ? ま、裕香の手紙にもあるとおり答えは夏コミで出るでしょうが、小説メフィスト最新号の巻頭対談読んでよこしまな気持ちになったりすると京極夏彦×綾辻行人が本命かも(笑)(あ、ちなみに攻・受は、男性同士の性交における役割分担を指す耽美用語です)
 抗議といえば、横田順彌氏からもわりと強烈な抗議がファックスで寄せられている。自信作『菊花大作戦』が当欄で★★★の評価だったのは納得するとしても、前々号でとりあげた『豊臣三国志』がそれとおなじ★★★なのはあんまりじゃないか、というもの。えーとだからですね、★の数に明確な根拠なんてなくて、第一回にも書いたとおり、「どのみちたいした採点じゃない」んですから、自分の評価と違ってたら大森は小説が読めないと憐れんでやってください。だいいち星そのものをつけ忘れてることさえあるもんなあ。
 まあしかし『菊花大作戦』がいまいちぴんと来なかったのは事実で、だってSFじゃないんだもん。明治時代SFは好きでも明治時代にはろくに興味がないぼくみたいな不心得者にとって、明治天皇誘拐事件って素材はとくに魅力的なテーマじゃないわけです。
 その点、横田順彌の鵜沢龍岳シリーズ最新作『惜別の宴』★★★★はどこから見ても堂々たる本格SF。和製スチームパンクノリのマッドサイエンティストも登場、伊藤博文暗殺や大逆事件までからんで、オールスターキャストの壮大な法螺話が展開する。やっぱりこっちのほうが本筋だと思うけどなあ。しかし、90年代日本SFを代表するこのシリーズ、残念ながら本書でいったん完結だそうで(まあもうすぐ明治が終わっちゃうからしかたないけど)、一刻も早い新シリーズ開幕に期待したい。なお、明治時代のほうに興味がある人は、同時期に筑摩書房から出たエッセイ集『』がおすすめ。珍談奇談集的な構成なので、明治音痴の大森ににも楽しめました。それにしても細野晴臣の祖父がタイタニック号の乗客だったとは(驚)
 海外では新鋭スティーヴン・バクスターの『時間的無限大』★★★★1/2(小野田和子訳/ハヤカワ文庫SF六〇〇円)が今月の一押し。大風呂敷の面積ではあの『ハイペリオン』をはるかにしのぐスケールで、看板に偽りなし。なにしろワームホールをタイムトンネルに使って、千五百年先の地球から未来人レジスタンス・グループがやってきて大騒ぎってお話ですからね。やたら進化した異星人種族の描写なんかほとんどレンズマンのノリ。前作『天の筏』では、重力定数10億倍って設定がいまいち生きてなかったんだけど、今回はもう物理系の大ネタ飛ばしまくりの一大花火大会で、まるまるひと晩はSFおたくのバカ話のサカナになりそう。ハードSFっていうより、これはきっぱりバカSF。限界を超えて広げられた大風呂敷は分子レベルの薄っぺらさにまでひきのばされ、あちこちでほころびてるんだけど、ま、三百ページ少々でこれだけやってくれれば文句はないっす。最近めっきり衰えたホーガンを継ぐものはこの人で決まりでしょう。
 それにひきかえ情けないのが大御所ポール・アンダースンの『タイム・パトロール 時間線の迷路』上下★★(大西憲訳/ハヤカワ文庫SF各五八〇円)。緻密な時代考証と的確な人物描写も凡庸な筋立てと退屈な文章を救うにはいたらず、中世ヨーロッパ史への興味と前作へのノスタルジーがないかぎり、読み通すのはホネだと思う。基本的には『百万年の船』とおなじ話だから、あっちが面白かった人はどうぞ。
 角川ホラーノベル大賞の瀬名秀明『パラサイト・イヴ』★★★★1/2(角川書店近刊)はソノラマ印マタンゴSF路線(人間が遺伝子レベルで怪物に変身する、梅原克文『二重螺旋の悪魔』以降の日本SFの一潮流)の中では文句なしに最高峰。前半の説得力はご本尊グレッグ・ベアの『ブラッド・ミュージック』に迫る勢いで、賞の性格を意識してかモダンホラー方面に脱線した後半がいかにも惜しい。最後の最後でSFとしては傑作になりそこねてるわけですが、北上おやぢはじめクーンツ派の人々がきっとそこを誉めてくれるにちがいない(笑)
 ホラーといえば、学研ホラーノベルズも着々と勢力分野を拡大しつつある。井上雅彦『』は、映画に取材した連作短篇集。クーンツ、マキャモンに匹敵するレベルを達成した第一短篇集の『異形博覧会』★★★★と比較するとさすがに完成度では一歩譲るものの、映画おたくならディープな味わいを堪能できる。「第三の男」ネタが好き。
 笠井潔『三匹の猿』(ベネッセ一六〇〇円)は、「警句を吐かない私立探偵」を主人公に、みずからのハードボイルド論を実践してみせた非主流派の「社会派ハードボイルド」。リアリティを犠牲にしても様式にこだわるあたり、批評家/作家・笠井潔の面目躍如たるものがありますが、ハードボイルドファンにはウケないだろうな。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#43(95年7月号)/大森 望


 この二ヶ月、インターネットにどっぷりハマっている。先月はとうとう自前のホームページまで開設、ほとんど「西葛西界隈で一番かわいいのはうちのページだもんね」状態(笑)「恥ずかしい私の原稿」や「怪しいSF関係者写真集」が全世界二千万人読者(笑)に向かって問答無用に公開されてるので、WWWな環境にある人は見にきてね。番地はhttp://www.st.rim.or.jp:80/~ohmori/です。
 ……てな話を本の雑誌に書いてどうすると思わないでもないが、活版の雑誌でURLを公開する誘惑には抵抗できない。ただし代々木の犬と違ってうちの猫(の写真)はコンピュータがないと見られません。まあしかし、年内にはきっとフルカラーでインターネットできる高速モデム内蔵ワープロ(笑)かなんかが発売されるでしょ。
 さて、インターネットを扱った小説といえば――と流れるような論理展開で書評に移れれば美しいが、世の中そう都合よくできてはいないので、かわりにあの伊集院大介が背後霊チャット(キーボード叩いてる人のうしろでディスプレイのぞきながら口述でチャットに参加すことね)で事件を解決するパソコン通信ミステリ、栗本薫『仮面舞踏会』★★★★(講談社一六〇〇円)をとりあげる。
 パソ通物のミステリもいまとなってはそれほど珍しいものではなく、乗越たかおの傑作『アポクリファ』を筆頭に多数の前例があるわけですが、本書は四六判で五百ページ近い物量に加え、パソ通人間関係だけに的をしぼり、「名探偵、みなを集めてさてといい」をチャット上でやってのける趣向で、決定版と呼ぶに足る資格を備えている。ミステリとしての結構も意外なくらい(失礼)整ってるし、このボリュウムを一気に読ませる筆力はさすが栗本薫。それだけに事実関係のケアレスミスとか、あまりにも独特な(笑)語り手のパソコン使用法とかの瑕瑾が惜しまれまる。しかしどう見ても舞台はNIFTY-Serveなんだから、「パソコン通信のライツヴィルであれかし」とかいって架空のBBSつく
る必要はなかったんでは。
 肝心のSF方面では悲しくなるくらい本が出ていない。海外SFレーベル唯一の新刊がクラーク&ジェントリー・リーの『宇宙のランデブー4』上下(冬川亘訳/早川書房各二〇〇〇円)だもんな。このシリーズ(?)、一読明らかなとおり、2以降は事実上リーの単独作で、巻を追うごとにクラーク色は薄まりつづけ、完結編の本書ではもはやクラークなど影もかたちもない(推定)――にもかかわらず帯の背にはクラークの名前しかないけど(笑)
 泣きながら「2」から読み直したという渡辺英樹が読まなくてもわかる粗筋紹介をSFマガジン7月号書評欄に書いたそうだから、限りある紙面と時間を無駄にすることは避けて、本誌では確信をもってパス。ま、評価は推定★1/2くらいですか、読んでないけど。
 その時間を有効活用して読んだのが、おなじ厚さ・おなじ値段のルイス・ガネット『七百年の薔薇』★★★★(山田順子訳/早川書房各二〇〇〇円)。これがまた、SFともファンタシーともモダンホラーとも耽美ともつかない奇態な小説で、落ちつく先がまったく見えない。十字軍時代からつづく呪い、極秘の超能力研究プロジェクト、よこしま系学園ラブロマンス……と新旧入り乱れたモチーフがオフビートにからまりあい、それで語りのセンスは妙に現代小説っぽかったりするから、まったくへんな話だね、こりゃ。と悩んでたら、某所で某氏が「究極の『利己的な遺伝子』を夢想したもの」と評していたのを見て納得。なるほどこれは『パラサイト・イヴ』並みの新本格モダンホラーSF(なんだそれは)であったのか。
 なぜか突然NVから出た『ドリーム・ベイビー』上下★★★★(内野儀訳/ハヤカワ文庫六二〇円)は、70年代に通好みのSF短篇で注目された寡作作家ブルース・マカリスターの超能力ベトナム戦争SF長篇。あまたの同類(スカボロー『治療者の戦争』とかシェパード『戦時生活』とか)の中でも、この本の凄さは、最後の最後で戦争小説を一気に突き抜けてしまうところにある。ベトナム音痴の大森にとって本書の九割まではページを繰るのが苦痛だったけど、溜めに溜めたSF魂が大爆発するラスト50ページの迫力はその労苦を補って余りある。いくら辛気くさくても途中でぶん投げたら損。NVで出たのはなにかの間違いだから、背表紙を青のマーカーで塗って本棚に並べること。
 国内SFでは、草上仁の書き下ろし長篇『愛のふりかけ』★★★1/2(角川書店一六〇〇円)が収穫。難病治療法の隠蔽を企む巨大組織との戦いにはからずも巻き込まれた主人公――とくりゃまるっきり映画の「JM」ですが、近未来日本が舞台の『ふりかけ』は徹頭徹尾ユーモアドタバタSFを貫く。
『お父さんの会社』と違って、話がやたら大がかりなわりに社会背景や設定にぜんぜん説得力がないのが弱点ですが、殺伐たるアクションを語ってもなんとなく懐かしいユーモアが漂うノスタルジックな持ち味が魅力。その意味ではもうあんまり若くない人向けかも。
 一方、若い人向け(笑)のユーモアSFなら、新人・高瀬彼方の『戦場の女神たち』★★★1/2(講談社ノベルス七八〇円)。『女王様の紅の翼』につづく〈宇宙戦記〉シリーズ第二作で、はやくも新キャラがばんばん登場、ほとんど凸凹銀英伝的化してるのにはのけぞりましたが、あまりといえばあまりにしょうもない独特のギャグは
健在。岡崎つぐおのイラストもノリノリになってきたし、マンガで読める日も近い?
 ところで、この種のおたく文化の中でも極北に位置するのが、16色FM音源の98鎖国時代に爛熟を極めた美少女ソフト群(98えっちゲーともいう)。それをノベライズする専門レーベルとしてスタートしたKKベストセラーズ《BESTゲームノベルスSERIES》の第一弾、石川潤一『妖獣戦記/砂塵の黙示録』★は、「妖獣を人類から救う8人の美少女戦士たち」をフィーチャーするソフトコアSFポルノ。個人的にはちょっと抜きづらい内容ですが、メカおたく系の人は一応チェックでしょ。



■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#44(95年8月号)/大森 望


 骨折のリハビリ(←いまなお五十肩状態)と称して最近わりとマメに昼間っから(←デイタイム会員なので平日の昼しか行けない)スポーツクラブに通ってるんですが、最大の楽しみはプールサイドのサウナで読む本。熱くて我慢できなくなるとプールにどぼん、一往復50メートル泳いでからデッキチェアで30分読書、それからまたサウナで続きを10分……とこれでワンセットね(笑) 半日いたって1キロも泳いでないけど本だけはたっぷり読めるのが取り柄だ。
 摂氏90度のサウナでだらだら汗を流しながら読むのはやっぱり寒い本に限るよねってことで、今月の一発めは、久美沙織の書き下ろしホラーサスペンス、『夜にひらく窓』★★★1/2(ハヤカワ文庫JA六八〇円)。タイトルはなんだかサキみたいですが、お話はポオ「黒猫」の三回半ひねり。
 ここ数カ月、わが家のベランダには一階の性悪猫チビ太が我がもの顔で居座り、うちの駄猫どもをいたぶりつづけ(しかし三匹もいて一回も勝てないとは情けない。チビ太の飼い主のおばちゃんにまで同情されて悔しい感じ。おまえらしっかりしろよな)、これがもう憎たらしいのなんの、いくらどなりつけても涼しい顔。やっぱり猫にはどこか邪悪なところがある――などと日頃から思ってる人はハマりますね。語りのうえでも二重三重の仕掛けがほどこされて、サイコサスペンスのつもりで読んでるとあっと驚くことになる。
 思わずサウナの汗が引いたところでシャワーを浴び、おもむろにタオルの下からとりだしたもう一冊は、おなじくハヤカワ文庫JAの新創刊記念書き下ろし、神林長平『敵は海賊・海賊課の一日』★★★1/2(五六〇円)。おっと、これまた猫(型宇宙人)のせいでたいへんな目に遭う話だぜ。
 なんとまあ今日はアプロの六六六歳の誕生日ってことで、黒猫(型宇宙人)ともども苦情処理課勤務を命じられたラテルを襲う悪夢のような珍事件の数々。間奏曲っぽいお話かと思えば、ラストはおそるべき重大危機が……。それにしても、誕生日ってだけでここまでひっぱるアプロはやはりタダ猫ではない。うちの猫にもこの図太さを見習ってほしいよな。
 さてしかし、じつは今月は、SFではなく新本格の月なのである。京極夏彦、摩耶雄嵩、有栖川有栖の講談社ノベルズ勢に、綾辻行人三年ぶりの新作ミステリ長篇までそろい踏みする惑星大直列。読む順番に悩んだ新本格おたく諸兄も多かったことでしょう。このうち有栖川『スウェーデン館の謎』と綾辻『殺人方程式2 鳴風荘事件』(「読者への挑戦」つき)はあまりにも手堅いまともな本格だったので(正しい本格ってぢつはどう書評していいのかよくわかんない)、残る問題作二本を検討する。
 奇しくも第三長篇同士となったこの対決(って勝手に対決させていいのか>自分)、京極夏彦のほうはデビューから一年もたたずにもう三冊の驚異的ペース。予想通りすでに同人誌業界では京極本も続々登場してるそうで(ただし例の問題(笑)に決着をつけるのは夏コミまで待ちたい)、もはや巨匠の貫禄。この『狂骨の夢』★★★★1/2(一一〇〇円)も、いさま屋をゲストにフィーチャー、オールスターキャストの絢爛豪華な奇想ミステリが展開される。唯一の(個人的)不満は、ちょっと島田病に冒されてるんじゃないかと見える部分(謎の提示方法と解決)ですが、『魍魎の匣』がなかったらいまごろ狂喜して今年のベストワン!とか騒いでいたにちがいないので多くは語るまい。読み終えてしまうのがもったいない希有な「本格」である。
 それにひきかえ、問題は摩耶雄嵩待望の新作『痾』★★★★1/2(七八〇円)。「あ」っと驚くからじゃなくて、「エースをねらえ」で「ウルトラマンA」だから『痾』らしいんですけど、ヤマイダレがついても当然なほど烏有の病は深い。なんとびっくり、あの一大怪傑作『夏と冬の奏鳴曲』(ぼくの92年のベスト)の直接の続篇なんだけど、こんな続篇をいったいだれが予想したでしょう。なにしろ新登場の重要人物の名前がわぴこ。烏有くんがまるで別人のように(別人だという説もある)すっかり明るくなってるのはわぴこの元気予報のせいか(って「金魚注意報」ネタですいません。までも前作はセーラームーンだったからしょうがない)。明るいうえに記憶喪失で、しかも放火魔(爆笑)。この言語同断な設定にも関わらず、筋立て自体は、(前作のことなんかなかったように)ストレートな本格ミステリ。このあまりといえばあまりなはずし方は愕然とするしかなく、わたしの『夏冬』理解ががらがらと音を立てて崩壊する危機に瀕してるんだがおもしろいからいいや(笑) 摩耶雄嵩はやはりただものではない。しかし「エースをねらえ」だとするとひろみ=烏有はやっぱり名探偵として天下をとるんでしょうね。こうなったらいっそ二階堂蘭子=お蝶夫人と対決してほしいぞ。ところで「奇蹟の書第三弾」って、これシリーズ名なんですか?
 海外SFではアン・マキャフリー&マーガレット・ボール『友なる船』★★1/2(浅羽莢子訳/創元SF文庫七〇〇円)が出ている。マキャフリーおばちゃんのQCがしっかりしてるのか、共作相手の選択がうまいのか、この種の冠モノとしては珍しく成功してる〈歌う船〉シリーズの三冊め(『歌う船』を入れると四冊め)。全体としてはきっちり少女の成長物語になってるからいいんだけど、登場人物の数に技術がともなわず、中盤やたらごちゃごちゃするのが難。銀河をゆるがす大陰謀……のわりに解決はあまりにもあっさりだし、これじゃ箱庭ままごとスペオペだ。まあそれでも角川Fシリーズで出てた〈ロボット・シティ〉や〈エーリアン・スピードウェイ〉よりははるかにましですが。
 それにしてももうちょっと歯ごたえのある海外SFは出ないもんかねえと思っていたら、締切を二日も過ぎた今日になって『ハイペリオンの没落』が登場。ハードカバー二段組六百ページはいきなり歯ごたえありすぎで、焦って読みたくないからまた来月ね。しかしサウナじゃ読めないのが難。



■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#45(95年9月号)/大森 望


 最大の謎は、とても天才とは思えないダン・シモンズになぜこんな傑作が書けてしまったのか。ま、天才でないからこそ作家性爆発方向に走らず、ここまでジャンルに奉仕しつくせたという考えかたもあるが、いずれにしても、『ハイペリオンの没落』★★★★★(酒井昭伸訳/早川書房   円)は、『ハイペリオン』ともども、存在自体が奇蹟にひとしい現代SF最大最強の大傑作である。
 もっと正確にいうと、SFが終わってしまった時代のSFの頂点がこれね。SFにまだなにか新しいものがあるという素朴な信仰と訣別したうえで、なおかつこれだけの精力を傾けて壮大な「ただのSF」を書いてしまう凄さを見よ。ふつうはヴァーリイの『スチールビーチ』みたいにもっと投げやりになるか、ブリンの『ガイア』みたいに蛮勇で突き進むかなんですが(作家性で乗り越えた場合には必然的にSFから遠ざかることになる。例:最近のカード)。
 ジャンルSF全体を一巻に押し込めるという試みは、たとえば『エンパイア・スター』のような前例があるが、しかしディレイニーの場合、明らかにただのSFにはなりそこねていたわけで、これこそシモンズの凡庸さの勝利だろう。書くのが面倒だったり恥かしかったりするとこを逃げないできっちり書いたおかげで、メタレベルに立ちながらSFとしても勝負できる空前絶後の傑作が誕生したわけである。じっさいハイペリオン二部作さえあれば、現代SFの九割は必要ないかも(最初から必要ないという説もある――が、わたしはその説には与しない)。
 ところで意外なことに、この作品、なんだかあんまりアメリカSFっぽくなくて、むしろ(アメリカ型SFを志向した)コアの日本SFに非常に近い気がする。川又千秋と光瀬龍と筒井康隆と神林長平と野阿梓と田中芳樹が合作したみたいで、その分だけ日本での評価が高くなるのかもしれない。
 この傑作のあとではすべてが色褪せて見えるのはしょうがないけど、それにしてもレイ・ネルスンの本邦初紹介長篇『ブレイクの飛翔』★1/2(矢野徹訳/ハヤカワ文庫SF七二〇円)はないよな。映画「ゼイリブ」原作の短篇「午前八時」で知られるアイデアストーリー作家だったネルスンがなぜこんな小説を書いてしまったのか。
 タイムパトロールというか改変戦争的なプロットをウィリアム・ブレイク夫婦と結びつけるのはいいとしても、ここまで理屈を無視してはとてもSFにならず、「じゅうぶんへたくそに書かれたSFはファンタシーと見わけがつかない」(C)伊藤典夫を地で行く仕上がり。とってつけたような結末のSF礼賛(とオチ)は爆笑ながら、ブレイクおたく以外の人間には読む価値を見出しがたい小説。
 それにくらべるとキム・ニューマンの『ドラキュラ紀元』★★★★1/2(梶元靖子訳/創元推理文庫九八〇円)は、実在の人物を登場させても256倍気がきいている。
 ヨーヴィル名義の企画物『ドラッケンフェルズ』で筆力は証明ずみのニューマンですが、全力投球オリジナルのこの長篇ではホラーおたく魂大爆発。ドラキュラ伯がヴィクトリア女王と結婚、ヴァンパイアンコントロールで全英を支配するロンドンを舞台に切り裂きジャックの謎に迫る……という思いきりディープなパラレルワールドの『ドラキュラ』後日譚。オルタネートヒストリーを構築する手つきはジャンルSFのそれで、ありとあらゆる材料がそのために投入されている。ジキル博士とモロー博士の掛け合いとかストレイド/マッケンジー両警部の縄ばり争いとかもう爆笑。映画評論家兼業だけあってそっち系のネタも筋金入りの濃さなのである。
 前にロンドン帰りの友成純一氏とバカ話をしてたとき、
「映画祭とかでよく会うキムっていうへんな評論家がいてさあ。小説書いてて日本にも版権が売れてるっていうんだけど……」
「げっ。もしかしてそれキム・ニューマンって人では?」
「そうそう。なに、有名なの?」
 なんてことがありましたが、友成さん、これがキム・ニューマンですぜ。しかし『ドラキュラ紀元』ってワイルドカードに似てないか。
 以下、国内は駆け足。山田正紀『妖虫戦線1』★★★(中央公論社七八〇円)は久々に現代物の本格SFシリーズ。帯にはハイパー金融サイコ(なんだそりゃ)とか書いてあるし、一巻目だけでは話がどう転ぶのかまるで想像がつきませんが、凄くなるかもって予感はある。デリヴィルス・ウォーズとルビが振ってあって、デリバティヴ+ウイルスらしいんですが、読み方はデリヴァイラスのほうがかっこよかったと思う。
 新本格では歌野晶午が四年ぶりの新作長篇『ロミイ』★★★1/2(講談社ノベルズ七八〇円)で完全復活。ロミイなる架空アーティストを創造する手つきやノベルズの限界に挑む凝り凝りの本造りに見られるおたくぶりが楽しい異色の本格。しかしそのロミイがいまいち魅力的じゃないのが惜しい。
「めくるめく論理でSFを超える本格推理小説」という帯の文句にちょっとむっときた(笑)北川歩実『僕を殺した女』★★(新潮社一四〇〇円)は……と書きかけたけど坂東齢人に先を越されたのでパス。一言だけ書いとくと、謎解きが複雑すぎて美しくないのが難。やっぱりシンプルかつ意外な解決に本格の魂は宿ると思います。
 という大森の持論とまっこうからぶつかる(「幻想的な謎が合理的に解決されれば、その解決はおのずと意外なものになる」説)のが、島田荘司『本格ミステリー宣言II』★(講談社   円)。小説すばる連載中から話題騒然(笑)だった「本格ミステリー宣言の真意」を核に雑多なミステリー関連エッセイをつけたして一冊にまとめた本。改めて「真意」を読み返してみると、現状認識以外はまあひとつの正論として評価できなくもないんだが、読みもしないで一石を投じられたほうはいい迷惑で、やっぱりパラレルワールドSFの印象は拭いがたい。ま、『奇想、天を動かす』以降の島田ミステリがぼくにとって魅力的でない理由をはっきり確認できたという意味では価値のある一冊。それにしてもラヴェルってなに(笑)


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#46(95年10月号)/大森 望


 こないだ猛暑の京都に呼ばれてって、星群祭っていうSFイベントに出たんですが、そのテーマが「ウケるSF」。国内出版界の現状では、「ウケるSF」とはそもそも形容矛盾である――ってのが大森の立場で、正確には、「ウケる小説はSFと呼ばれない」。架空戦記とか未来警察物とか『パラサイト・イヴ』とか、15年前なら確実にSFと呼ばれた小説が違うラベルで平積みされている。
 ま、SF以外のラベルを貼っても違和感がないんなら、15年前これが日本SFだと思って読んでたものがはたしてほんとにSFだったのかという根本的な疑問も沸くんだけど(「日本にSFはない」説自体は当時からあった)、鈴木光司の『らせん』★★★★1/2(角川書店一五〇〇円)も、「世が世ならSF」の一冊である。
 ……と『らせん』論に突入するはずがまたしても代々木の愛犬家に先を越されたので(最近なんか愛犬家の人は原稿がはやくて迷惑だぞ。っておれが遅いだけか)、以下五十行泣く泣く抹消のうえ結論だけ書くと、どう見てもSFになるはずのないオカルティックな超自然現象を出発点に、ほとんど小松左京的本格SFの方向にぐいぐいひっぱっていく力技が本書の最大の特徴。材料がSFでレシピがホラーだったのが『パラサイト・イヴ』で、『らせん』はちょうどその反対ね。それにしても、これまた『二重螺旋の悪魔』以降のマタンゴSF路線で、ここまで来ると日本人のDNAになにか刷り込まれているとしか思えない(笑)
「モダンホラー傑作集」と銘打つ中井紀夫の久しぶりの短篇集『死神のいる街角』★★★1/2(出版藝術社一五〇〇円)も、七〇年代日本SFの香り高い一冊で、世が世なら「SF傑作集」かも。「うそのバス」とか「鮫」とか、シュールな味わいの短篇が光る。本書にかぎらず、最近はやりのホラーアンソロジーも大半は世が世ならSF組ですが、考えてみりゃSF不遇時代でも、宇宙船や異星人やタイムマシンさえ出さなきゃSFは書けるってことですね。
 なお本書は、小松左京筒井康隆山田正紀平井和正眉村卓かんべむさし梶尾真治……とSF作家のベスト短篇集を多数出してきた〈ふしぎ文学館〉のSPECIALシリーズ第一弾。既存短篇集の再編集じゃなくて、現代恐怖小説の新作をがんがん出してくらしいので、今後のラインナップに注目。
 国産ファンタシーでは、久美沙織の〈ソーントーンサイクル〉三部作が『青狼王のくちづけ』(新潮文庫   円)★★★★1/2でついに完結。二巻めの『舞い降りた翼』はいまいちピンと来なかったけど、大幅にボリュウムアップした第三巻の本書でみごと掉尾を飾り、これはもう、国産西欧型異世界ファンタシーの最高峰をきわめたと断言しよう。解説書いてるんで詳述はしませんが、ファンタシーファンはこの巻だけでも必読。
 一方、『ドラキュラ紀元』の余勢をかって読んだ秋月こお『カシミアのダンディ』上下★★★(角川ルビー文庫各五三〇円)は、耽美系ヴァンパイア小説。ホストクラブ勤務の吸血鬼ってハマりすぎでこわいけど、よこしま系のモチーフとしてもどんぴしゃり。さすが秋月こおだけあって、そっち系の趣味がないおれにもじゅうぶん楽しめたけど、吸血鬼小説としてのおたく度は低めで残念。公彰を主役にしたシリーズ展開に期待。
 海外SFではなんといっても、当代ぴかイチの奇才、ルーディ・ラッカーの日本オリジナル短篇集、『ラッカー奇想博覧会』★★★★1/2(黒丸尚他訳/ハヤカワ文庫SF六〇〇円)が今月の一等賞。大森がラッカーにひと目惚れした爆笑の大傑作「慣性」をはじめ、全十本の短編にドタバタ日本旅行記二本、それにスターリングと合作したぴっかぴかの新作中篇「クラゲが飛んだ日」まで収録するお徳用パック。解説の佐倉統氏はラッカー作品の主人公は科学技術であると喝破してるけど、ラッカーの場合、その科学技術とのつきあいかたがサイバーパンク。本来の使用目的/開発目的からかぎりなくずれた方向に暴走するのが痛快で、SF史上最高にかっこいい作家の称号はダテじゃない。今年のベスト短篇集はこれで決まり。
 そのラッカーと比べるのは気の毒ですが、『世界の秘密の扉』★★★(公手成幸訳/創元SF文庫七三〇円)で本邦初紹介のロバート・チャールズ・ウィルスンはいかにもお行儀よすぎて物足りない。エンデの『モモ』をSF的に料理したプロットは現代小説と呼ぶにはあまりに牧歌的だし、いまどきデラシネの話をSFで書かれてもなあ。だいいち故郷なんてなくたってべつにいーじゃん。と毎年里帰りしてる人間が書いても説得力ないか。でもこの小説にだって説得力はないと思うぞ。
 反対に説得力がありすぎて困るのはニコルスン・ベイカーのSFポルノ『フェルマータ』★★★1/2(岸本佐知子訳/白水社二二〇〇円)。SF的アイデアを日常生活に持ち込んでプラクティカルに展開するという意味では『リプレイ』『透明人間の告白』系列だけど、「奇蹟を起こす男」が女の服を脱がせることに全精力を注いだとあっては、ウエルズも草場の陰で勃起するってもん。時間を止めた状態で裸にするのはちょっとネクロっぽくて、個人的には透明化のほうが趣味なんだけど、主人公が観察対象とのインタラクティヴィティ確立のために傾注する涙ぐましい努力が最高におかしい。ただし、手記に挿入される短編ポルノがちょっとうますぎで嫌味。
 最後の一冊は、ケアリー・ジェイコブスン編のヴァーチャル・リアリティ海外SF短篇集『シミュレーションズ』★★1/2(浅倉久志他訳/ジャストシステム二六〇〇円)。ブラッドベリ、ヴァーリイ、ディック、バラード、キャディガン……と並ぶところは壮観だが、15篇(うち2篇は長篇の抜粋)のうち7篇を占める本邦初訳作品の出来はいまいち。ジェラルド・ペイジの「幸福な男」が読めるのはポインツ高いにしても、定価二六〇〇円はねえ。とはいえ、いまどきこんな本出してくれる奇特なとこはコンピュータ系出版社だけ。SF読んでパソコンおたくになった人たちが支えてるんならまるで鶴の恩返し――って違うか。



■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#47(95年11月号)/大森 望


 だれがなんといおうと、95年は日本SF大逆襲の年なのである。
『パラサイト・イヴ』『らせん』の二大ベストセラーを露払いに登場した梅原克文『ソリトンの悪魔』上下★★★★★(朝日ソノラマ   円/   円)は、古きよき日本SFのセンスオブワンダーを千六百枚に凝縮した90年代最強の娯楽SF。露払い二作がモダンホラー方面に逃亡をはかっているのに対し、梅原克文はあくまで正統派ストロングスタイルの日本SFに踏みとどまり、黄金時代の熱気を今に甦らせる。ソリトンの夏。
 頑迷な『二重螺旋の悪魔』否定派たるこの俺が、北上おやぢ絶賛解説つきの本書に篭絡されるのは癪にさわるが、面白いんだからしょうがない。うっかり上巻をはやく読みすぎたおかげで下巻が出るまで悶え苦しむソリトン中毒者地獄のオーシャンテクノポリス状態だったもんな。新作ゴジラ映画のクズを見つづけて怪獣映画に愛想がつきかけたところに「ガメラ」が来た!とかそんな感じですか。
 金子修介の「ガメラ」が東宝特撮のお約束をきっちり踏まえているのと同様、『ソリトン』もパニックSFのお約束を頑固なまでに守りつづける。設定もプロットも、思わず笑ってしまうほど古くさい。ところがそのレトロな要素が過剰なまでにぶちこまれた結果、SFとしての古さが相対化され、奇妙な新しさを獲得している。その奥にたぎるのは小松左京と東宝特撮の魂。けっきょく日本SFの神髄はこれだよ――といってしまうとやや具合が悪いが、和製クーンツだとかノンジャルエンターテインメントだとかの愚劣なレッテルを粉砕するためにも、ここに断固宣言する。『ソリトンの悪魔』は新本格SF第一号なのである。
 ところで『ソリトン』のルーツは「アビス」じゃなくて『日本沈没』だってのが大森の信念なんですが(『二重螺旋』のルーツは当然『復活の日』ね)、その小松左京初の5巻本個人選集がジャストシステムから刊行開始。第一弾の『小松左京コレクション1 文明論集』(二千五百円)は『未来の思想』『歴史と文明の旅』の二冊に加え、SFM63年11月号に掲載の歴史的なSF論「拝啓イワン・エフレーモフ様」を収録。かつてはSFファンの基礎文献だったこの文章を、発表から30年後のいま読み返すと(とくに「〈怪物〉は滅ぶべきか」と題する一節など)、もう一度ここからやりなおす蛮勇が必要かもって気がしてくる。
 基本文献といえば、60年代後半、おなじSFMに連載された「SF実験室」を、高橋良平氏の編集で(しかし『戦後日本SF出版史』はどうしたんでしょ)一冊にまとめた野田昌宏『「科學小説」神髄』(東京創元社三〇〇〇円)は、すべての英米SFファン必読の名著。圧巻はやはり、SF誌草創期から黄金期の編集者たちにスポットをあてた「今昔編集者気質」と、30年代米国ファンダム事情をドキュメントタッチで描く「今昔あん気質考」か。最初から古いものは古びない(笑)道理で、読み物としても抜群に面白いし、失礼ながら最近の野田さんの本より資料的価値ははるかに高い。一万円出しても惜しくない必携書。
 一方、新しいSFでは、高野文緒の昨年度日本ファンタジーノベル大賞候補作、『ムジカ・マキーナ』(新潮社二三〇〇円)★★★★がイチ押し。一八七〇年のヨーロッパを舞台にした音楽ネタの冒険小説――かと思いきや、なんとこれ、「ミラーグラスのモーツァルト」顔負けのサイバー/スチームパンク。一九世紀ロンドンでテクノ系DJがクラバーたちに大人気だったりする大胆な設定はデレク・ジャーマン風。しかもプロットの軸は密造LSDをめぐる麻薬捜査(!)だったりして、スターリングの新作だと言われたら納得しそう(読んでないけど、最新長編のHeavy Weatherよりはよっぽどスターリングっぽい)。素材の処理がいまいちスマートさに欠けるものの、これは『ソリトン』の対極に位置する最先端の現代SF。いやあすごい人がいるもんです。
 ファンタジーノベル大賞では先輩格の佐藤亜紀も、新作『モンティニーの狼男爵』★★★★(朝日新聞社一六〇〇円)を出している。タイトル通りの狼憑き小説で、一人称の語りによる滑稽譚の体裁だけど、ぢつはこれ、涙なくしては読めない恋愛小説。これまでの佐藤亜紀作品の中では軽い部類に属するが、完成度の高さと語りのうまさではぴかイチかも。
 SFとは無関係だけどなるほどなあと感心したのが、かんべむさしのサラリーマン小説『急がば渦巻き』★★★(徳間書店一六〇〇円)。人間関係に悩む真面目一直線のサラリーマンが蚊取り線香おたく(笑)になることで人格改造に成功するという、爆笑のビルドゥングスロマン。世の中やっぱりおたくのほうが強いよねと意を強くするわけですが、しかしいやなおたくになってしまった人にはべつの処方箋が必要かも。
 海外では『魔法の船』★★1/2(嶋田洋一訳/創元SF文庫七〇〇円)と『竜の反逆者』(小尾芙佐訳/ハヤカワ文庫七四〇円)で、マキャフリイ本がそろい踏み。後者は未読なので、J・L・ナイと共著の前者のみ紹介する。と思ったがそれほどの作品でもない。これって聖戦士ダンバインだよね。「探査先の星は魔術師たちの世界/船をめぐって争奪戦が始まった/負けるな宇宙船!」という帯の文句に爆笑、読んでみたらほんとにそれだけの話だったのでちょっと呆れました。
 今月のトリは、創立50周年の早川書房が渾身の力を込める(わりに地味な)〈夢の文学館〉叢書の第二弾、ジェフ・ライマン『夢の終わりに…』★★★★(古沢嘉通訳/早川書房三〇〇〇円)。「征たれざる国」で大注目を集める英国SF界期待の星のライマンですが、本書は『オズの魔法使い』を下敷きにした(原題のWasはOzの過去形でもある)現代文学。ボームの『オズ』にはモデルがいた……というアイデアを核に、虹のこちら側の陰鬱な現実を描きながら、夢見ることの切実さを謳う悲劇。ジュディ・ガーランドやボームその人まで登場するが、読後感はずっしり重く、ファンタシーが現実逃避のパスタイムだと思っている人は避けたほうが無難かも。



■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#48(95年12月号)/大森 望


 いま現在、日本にSF作家は何人いるか。5人から300人までいろんな答えが考えられるけど、SFマガジン編集部が最低保証する"現代日本SF作家"の数は25人。ミステリマガジン増刊の『現代日本ミステリ作家25人作品集』と同時刊行された以上、25という数字が先にあったのは当然にしろ、「大勢の中の25人」の印象が強いミステリ編に対し、SFマガジン増刊『現代日本SF作家25人作品集』★★★★1/2(早川書房    円)のほうは、「現役の日本人SF作家全員を網羅!」と謳ってもそう違和感がない(野阿梓の名が落ちてるのは惜しい)。
 新井素子、大原まり子、梶尾真治、川又千秋、神林長平、菊地秀行、草上仁、久美沙織、栗本薫、椎名誠、清水義範、菅浩江、高千穂遥、田中芳樹、谷甲州、東野司、中井紀夫、野田昌宏、火浦功、眉村卓、岬兄悟、光瀬龍、村田基、山田正紀、夢枕獏――と並ぶラインナップは壮観で、かつては年中行事だったSFマガジン二月特大号の日本作家特集が耐えて久しいいま、この増刊は強力な日本SFの求心点になりうる。というか、この25人が毎年一冊本格SF長編を書いてくれれば、「日本SFはホラーの一ジャンル」と陰口をきかれることもないんだけど、いずれにしても「日本SF大逆襲の年」(前号当欄参照)を記念する祝砲としては願ってもない一冊。キャビネットの奥から発掘してきたらしい歴史と伝統漂う著者近影の山だけでもSF読者には感涙もの。
これも日本唯一のSF専門誌の底力ってやつですか。小説のほうは、平均的にレベルは高いものの、枚数が少ないせいかやや食い足りない。その中にあって、大原まり子「ラヴ・チャイルド」が今年の国内SF短篇屈指の傑作に仕上がっているのはさすが。あと、ほとんど二十年ぶりに読んだ気がする光瀬龍のSF短篇は意外なほどの懐かしさを湛えてて、思わずほのぼのしてしまいました。
 ……とにぎやかにはじまったものの、今月はほかにめぼしい国産SFがない。と思ったら、いまごろやっと読み終えた村上春樹の三部作(たぶん)完結編『ねじまき鳥クロニクル第3部鳥刺し男編』★★★1/2(新潮社   円)が、『岬一郎の抵抗』ばりの超能力SFになっててびっくり。ジャンルSFっぽく要約すると、これは超能力者の義兄に妻を奪われた男がみずからも超能力を身につけ、他の能力者の助けを借りながら義兄と対決するお話なんですね。ま、『羊』にしろ『ワンダーランド』にしろ、村上春樹はSFとの境界領域で仕事をしてきた作家だからべつに驚くことはないんだけど、こういう謎解きが『ねじまき鳥』の最後に待っていたのはちょっと意外。笠井潔ならともかく村上春樹がこんなかたちで戦争を扱うのは想像力の敗北じゃないかって気がするし、コンピュータ関連の記述があまりに文学的紋切り型なのもやや興ざめだけど、赤坂ナツメグと笠原メイの魅力は欠点を補ってあまりある。
 国内ミステリ方面では、"幻の本格"として名のみ有名だった小森健太朗『ローウェル城の密室』★★★(出版芸術社一六〇〇円)が、執筆から十三年の歳月を経てついに日の目を見ている。「十六歳で乱歩賞最終候補」「驚天動地の大トリック」って話題性のほうが先行してつい構えちゃうけど、どっちかっていうとこれはぎゃははと笑ってのたうちまわる(でなきゃ本をたたきつけて怒り狂う)タイプのバカミステリ。『コミケ殺人事件』と合わせて読むとこの作者の作家性の異常さに茫然とするしかないですが、年に一冊くらいはこういうミステリが読みたい気もする。あとは中西智明の復活に期待したい。
 設定のばかばかしさでは負けていない山口雅也のパンク探偵シリーズも、第四弾『キッド・ピストルズの慢心』★★★★(講談社一六〇〇円)であいかわらず快調に飛ばしている。今回はマザーグースがらみの五つの事件を一冊にファイルする趣向で、いつもながらの凝り凝りディテールが楽しい。
とくにあのピンクがみずから語り手をつとめる巻末の中編『ピンク・ベラドンナの改心』には爆笑。
 一六〇〇円ついでにもう一冊、今年の鮎川賞受賞作『狂乱廿四孝』★★★1/2(東京創元社一六〇〇円)は、明治初年の梨園を舞台にした端正な本格ミステリ。鮎川賞の法則(候補作に福がある)を覆す完成度で、ぼくの趣味からするとやや行儀がよすぎるものの、処女長編でこの出来なら文句なし。
 海外SFは、今月最大の話題作、ビッスン『赤い惑星の航海』★★★★(中村融訳/早川文庫SF六〇〇円)が本の雑誌の掟(執筆者の著訳書は書評不可)により扱えないため、残るはシェリ・S・テッパー『女の国の門』★★1/2(増田まもる訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)だけなんだけど、これがまた全五百ページ中四百ページまでは重い荷を背負って坂を上がるようなしんどいフェミニズム小説で、うっかり結婚式の前日にこれを読んだ知り合いの女性SFファンが思わず暗い気持ちになったというのもうなずける。最後の百ページで一応納得できるSFになるのがせめてもの救いか(戦闘的な女性はどうするんだとか、納得できないとこもあるけどさ)。しかしこのアイデアなら百枚の中編で充分。これがテッパーの初邦訳ってのもつくづく不幸な気がする。
 最後の一冊は、〈究極の作品集〉と銘打って登場した『半村良コレクション』★★★★(ハヤカワ文庫JA八〇〇円)。出版芸術社版〈コレクション〉全三冊のうちSF編二冊を合体させ、『石の血脈』の原型として有名な「赤き酒場を訪れたまえ」を加えて再編集した、文庫未収録短篇の決定版作品集。日下三蔵による懇切丁寧なブックガイドと著作リストがつくお徳用パックで、親本を買い逃してたファンはもちろん、「えっ、半村良ってSF作家だったの?」って不心得者にもおすすめ。リストをチェックしてたら、半村良を百冊以上読んでるのがわかって驚いたけど、考えてみたらはじめて読んだときから二十五年か。やや茫然。
 と遠い目になったところで、冬の時代真っ盛りにはじまった二度目の二年間のおつとめも今月でおしまい。SFはもう春です。