■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉大森担当分 94年版

【タイトルインデックス】
(作者の姓のアイウエオ順に並んでいます。クリックすると、その月の書評に飛びます。よく考えるとあんまり役にたたないかも)




【海外作品】

●ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン『臨海のパラドックス』★★(内田昌之訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)
●ジョン・ヴァーリイ『ウィザード』上下★★★★(小野田和子訳/創元SF文庫各五八〇円)
●ジョン・ヴァーリイ『スチール・ビーチ』★★★★☆上下(浅倉久志訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円・六八〇円)
●ジョン・ヴァーリイ『ブルーシャンペン』★★★★☆(浅倉久志他訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)
●コニー・ウィリス&シンシア・フェリス『アリアドネの遁走曲』★▲(古沢嘉通訳/ハヤカワ文庫SF六四〇円)
●オースン・スコット・カード『地球の記憶』★★☆(友枝康子訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)
●オースン・スコット・カード『ゼノサイド』★★★★★(田中一江訳/ハヤカワ文庫SF六八〇円・七〇〇円)

●ダニエル・キイス『心の鏡』★★★(稲葉明雄・小尾芙佐訳/早川書房一四〇〇円)
●マイクル・P・キュービー=マクダウエル『トライアッド』★★★▲上下(古沢嘉通訳/創元SF文庫各五八〇円)
●アーサー・C・クラーク『イルカの島』★★★▲(創元SF文庫400円)

●ダイアナ・ウィン・ジョーンズ『九年目の魔法』★★★★☆(浅羽莢子訳/創元推理文庫)
●ブルース・スターリング『ハッカーを追え』(今岡清訳/アスキー出版局二九八〇円)
●ジョン・E・スティス『マンハッタン強奪』上下★☆(小隅黎訳/ハヤカワ文庫SF各五六〇円)
●コードウェイナー・スミス『シェイヨルという星』★★★★☆(伊藤典夫訳/ハヤカワ文庫SF六〇〇円)
●トマス・バーネット・スワン『幻獣の森』★★★☆(風見潤訳/ハヤカワ文庫FT五二〇円)
●ロバート・ソーヤー『占星師アフサンの遠見鏡』★★★(内田昌之訳/ハヤカワ文庫SF六二〇円)

●トニー・ダニエル『戦士の誇り』★★★☆上下(公手成幸訳/ハヤカワ文庫SF各五二〇円)
●ピーター・ディキンスン『エヴァが目覚める時』★★★☆(唐沢則幸訳/徳間書店一六〇〇円)

●ロバート・A・ハインライン『栄光の星のもとに』★★(鎌田三平訳/創元SF文庫六〇〇円)
●スティーヴン・バクスター『天の筏』(古沢嘉通訳/ハヤカワ文庫SF六二〇円)
●エリザベス・ハンド『冬長のまつり』★★★★(浅羽莢子訳/ハヤカワ文庫SF780円)
●ロイス・マクマスター・ビジョルド『無限の境界』★★★☆(小木曽絢子訳/創元SF文庫七五〇円)
●ロイス・マクマスター・ビジョルド『親愛なるクローン』★★★★(小木曽絢子訳/創元SF文庫七五〇円)
●テリー・ビッスン『世界の果てまで何マイル』★★★★(中村融訳/ハヤカワ文庫SF五〇〇円)
●クリフトン・ファディマン編『第四次元の小説』★★▲(三浦朱門訳/小学館一五〇〇円)
●テリー・プラチェット『ゴースト・パラダイス』★★★▲(鴻巣友季子訳/講談社文庫五四〇円)
●グレッグ・ベア『タンジェント』★★★★(山岸真編/ハヤカワ文庫SF六六〇円)
●グレッグ・ベア『Judgment Engine』★★★☆(小川隆訳/パイオニアLDC一二〇〇〇円)
●バリントン・ベイリー『光のロボット』★★★▲(大森望訳/創元SF文庫円)
●ジェイムズ・P・ホーガン『内なる宇宙』上下★★★☆(池央耿訳/東京創元社各一九〇〇円)
●デビッド・ポーグ『ウィルスウォーズ』★★★(椋田直子訳/インプレス一四八〇円)
●フレドリック・ポール『異郷の旅人』★★☆(矢野徹訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)
●フレドリック・ポール『百万年の船』★★(岡部宏之訳/ハヤカワ文庫SF520円・560円・640円)

●ジョージ・R・R・マーティン編『審判の日』★★★★(黒丸尚・中村融ほか訳/創元SF文庫六五〇円)
●ジュディス・メリル編『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』★★★★▲(創元SF文庫上巻五八〇円・下巻六〇〇円)
●イアン・ワトスン『川の書』★★★▲(細美遥子訳/創元SF文庫600円)
●イアン・ワトスン『星の書』★★★★★(細美遥子訳/創元SF文庫六〇〇円)




【国内編】

●阿井渉介『まだらの蛇の殺人』★★(講談社ノベルス760円)
●阿井渉介『風神雷神の殺人』★★★★(講談社ノベルス780円)
●阿井渉介『雪花嫁の殺人』★★★▲(講談社ノベルス780円)
●赤川次郎『午前0時の忘れ物』★★★(白泉社七二〇円)
●赤川次郎『ネガティブ』★★☆(集英社一〇〇〇円)
●綾辻行人『殺人鬼II』★★★(双葉社一六〇〇円)
●飯田譲治『ナイトヘッド[3]』★★★☆(角川書店一五〇〇円)
●石黒達昌『平成3年5月2日,後天性免疫不全症侯群にて急逝された明寺伸彦博士,並びに,』★★★(福武書店)
●糸井重里原案『MOTHER2』☆☆☆☆★(任天堂九八〇〇円)
●井上夢人『プラスティック』★★★
●今岡清編『接続する社会』(プロスペロー・デザインズ一九八〇円)
●大原まり子『戦争を演じた神々たち』★★★★(アスペクト一九〇〇円)
●岡崎弘明『私、こういうものです』★★★▲(角川書店一三〇〇円)
●岡本賢一『ディアスの少女』★★☆(ソノラマ文庫五〇〇円)
●小野不由美『風の万里 黎明の岸』上下★★★★☆(講談社文庫ホワイトハート各六二〇円)
●小野不由美『東の海神 西の滄海』★★★★★(講談社X文庫五八〇円)
●小野不由美『東亰異聞』★★★★☆(新潮社一五〇〇円)
●小野不由美『悪霊の棲む家』上下★★★★(講談社文庫各四五〇円)
●恩田陸『球形の季節』★★★★(新潮社一四〇〇円)

●景山民夫『ティンカーベル・メモリー』★★★(角川書店一四〇〇円)
●笠井潔『エディプスの市』★★(640円)
●梶尾真治『ジェノサイダー』★☆(ソノラマ文庫五四〇円)
●川崎康宏『銃と魔法』★★★(富士見ファンタジア文庫560円)
●川又千秋『夢都物語』★★★(実業之日本社一五〇〇円)
●北川あやめ『ロックン☆ビーナス』(五二〇円)
●京極夏彦『姑獲鳥の夏』★★★★(講談社ノベルス九六〇円)
●草上仁『お父さんの会社』★★★▲(ハヤカワ文庫JA七〇〇円)
●久美沙織『獣蟲記』★★★(七六〇円)
●久美沙織『真珠たち』★★★★(ハヤカワ文庫JA四六〇円)
●栗本薫『蝦蟇/蜥蜴』★★★(光風社出版一二〇〇円)
●栗本薫『さらしなにっき』★★★(ハヤカワ文庫JA五四〇円)
●倉知淳『日曜の夜は出たくない』★★★▲(東京創元社1800円)

●雑破業『ゆんゆん☆パラダイス』
●重田昇『死の種子』★★☆(情報センター出版局一五〇〇円)
●清水義範『バスが来ない』★★★(徳間書店1500円)
●笙野頼子『タイムスリップ・コンビナート』★★★☆(文藝春秋一一〇〇円)
●菅浩江『氷結の魂』★★★☆
●菅浩江『暁のビザンティラ』上下★★★(ログアウト冒険文庫各五二〇円)
●鈴木いづみ『鈴木いづみ1949ー1986』(2500円)
●須和雪里『あいつ』★★★☆(五一〇円)
●妹尾ゆふ子『現実の地平 夢の空』★★★☆(講談社X文庫四五〇円)

●竹本健治『閉じ箱』★★★★(角川書店一六〇〇円)
●谷山浩子『四十七秒の恋物語』★★★(廣済堂出版一二〇〇円)

●中井紀夫『火の山の彼方に』★★★★☆(ハヤカワ文庫SF各六〇〇円)
●南條竹範『酒仙』★★★★(新潮社一三〇〇円)
●野阿梓『緑色研究』上下★★★▲(中央公論社/各一三〇〇円)
●野阿梓『黄昏郷』★★★☆(早川書房一七〇〇円)
●野田昌宏『愛しのワンダーランド』★★★★(早川書房一八〇〇円)

●葉影立直『TOKIO機動ポリス』★★★(五四〇円)
●葉影立直『熱砂の惑星』(五六〇円)
●橋本純『ト・ロ・ル』★★★(光栄一五〇〇円)
●半村良『夢中街』★★(祥伝社一三〇〇円)
●氷室冴子『銀の海 金の大地 [8]』★★★★(コバルト文庫四五〇円)
●別当晶司『メタリック』★★★★(新潮社1400円)
●星野ぴあす『プリンセス・ロード』(五四〇円)

●柾悟郎『もう猫のためになんか泣かない』★★★☆(早川書房一八〇〇円)
●松尾由美『バルーン・タウンの殺人』★★★★(ハヤカワ文庫JA560円)
●松尾由美『ブラック・エンジェル』★★★▲
●眉村卓『ゆるやかな家族』★★(ケイブンシャ文庫五二〇円)
●眉村卓『駅にいた蛸』★★▲
●村上龍『五分後の世界』(幻冬舎一五〇〇円)
●森奈津子『冒険はセーラー服をぬいでから』★★★(ログアウト冒険文庫五六〇円)
●森下一仁『ひとりぼっちの宇宙戦争』★★☆(小学館SQ文庫五〇〇円)

●山口雅也『キッド・ピストルズの妄想』★★★★(東京創元社一九〇〇円)
●山田正紀『エイダ』★★★★★
●山本弘『ギャクシー・トリッパー美葉[2]』★★(角川スニーカー文庫五二〇円)
●結城辰二『緑人戦線』★▲(朝日ソノラマ七五〇円)
●横田順彌『菊花大作戦』★★★(出版芸術社一六〇〇円)
●龍門主樹『影魔王ザナック』(五六〇円)
●渡辺浩弐『マザー・ハッカーズ』★★☆(アスペクト一五〇〇円)

●「ファイナル・ファンタジーVI』(スクエア一一四〇〇円)★★★★


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#25(94年1月号)/大森 望

 轟くぼやきを背に受けて、"冬の時代"のSF時評に帰ってきた出戻りレビュアーの大森です。ただ出戻るのも芸がないので、三橋暁氏の了解を得て、今回から★印採点方式を導入する。水準作は★★▲ってことなので、三橋氏の採点より低めに見えるだろうけど、どのみちたいした採点じゃないから気にしないように。
さて新装オープンの一発目はど
かんと派手に――と思うのが人情だけど、なにしろ相手はSFだから人情の機微には疎い。たとえば、今年のヒューゴー/ネビュラを二部門ダブル征覇したコニー・ウィリスがシンシア・フェリスと合作した『アリアドネの遁走曲』(古沢嘉通訳/ハヤカワ文庫SF六四〇円)★▲なんて、威勢がいいのは帯の文句("美少女科学者、東奔西走!")だけだもんなあ。ロマンスとコメディの閃きはあっても、冒険小説の技術がゼロってのはつらい。ま、十四歳の子が楽しく読める小説をめざしたそうだから、二倍してお釣がくる人間が読むのがまちがいなだけかもね。
それにくらべると、おなじ女の子の冒険物でも、星雲賞二年連続受賞の和製コニー・ウィリスこと菅浩江の『暁のビザンティラ』上下(ログアウト冒険文庫各五二〇円)★★★のほうがよっぽど楽しめる。どこから見てもファンタシーなつくりですが、実はヒツジの皮をかぶった狼で、設定はO・S・カード 『反逆の星』 並みの本格SF。冬の時代を生きるSF作家が書きたいものを書くためにはいかに仮装すべきかのお手本のような小説で、さすがコスプレ得意の著者だけのことはある――って関係ないか。
仮装といえば、いま日本でいちばん元気なSF作家・野阿梓の『緑色研究』上下★★★▲(中央公論社/各一三〇〇円)も耽美なコスチュームをまとってるけど、こっちは着たい服を着てるだけかな。"欲望の狂宴が少年の運命に交差する"耽美綺譚たるこの小説は、"禁断の耽美冒険浪漫"『月光のイドラ』の直接の続編。前作はほんのプロローグ、本書では、いたいけな主人公に次から次へと襲いかかる貞操の危機(笑)を横糸に、暴力と革命を軸とするスターリングばりの本格近未来SFが展開される。傑作『バベルの薫り』に密度では一歩譲るものの、衣裳に眩惑されて読み逃すのはもったいない逸品。しかし男同士の濡れ場で勃起するとは一生の不覚。著者の筆力の証左というべきか。
 一方、 耽美の巨匠・栗本薫の『蝦蟇/蜥蜴』★★★(光風社出版一二〇〇円)は、むしろ正統派恐怖小説タッチの心理サスペンス。著者が〈幻影城〉出身作家であることを再認識させてくれる一冊。同時期に出た竹本健治の初(!)短篇集『閉じ箱』★★★★(角川書店一六〇〇円)と並べて読むと感慨深いものがある。
海外の一押しは、異色作家テリー・ビッスンの『世界の果てまで何マイル』★★★★(中村融訳/ハヤカワ文庫SF五〇〇円)。デクスターとまちがえて読んじゃったミステリ・ファンだって得した気分になれる痛快ロード・ノベルで、ま、あえて難をいえばSFじゃないことかな。どっちかというと、 『ゴーストと旅すれば』 や『ブラッド・スポーツ』の系列に属する魔術的リアリズム小説で、南米なら川を遡るところだけど、こっちは北米大陸だからハイウェイを疾走する。Voyage to the RedPlanetがはやく読みたいなっと。
 マニアのアイドル、B・J・ベイリーの『光のロボット』★★★▲(大森望訳/創元SF文庫円)は、賛否両論を巻き起こした『ロボットの魂』の続編。個人的には好きですけど――ってあたりまえか。前作のあんまりな結末で腹を立てた人はぜひご一読を。
 日本SFのベテランによる連作が二冊。半村良『夢中街』★★{(祥伝社一三〇〇円)は、筒井康隆『パプリカ』とは対極の、きわめて著者らしい方向から夢にアプローチした作品。眉村卓『ゆるやかな家族』★★(ケイブンシャ文庫五二〇円)はショートショート39篇が集まってゆるやかに長編を
構成する。両者とも、よくも悪くも第一世代の日本SFの典型で、古い読者には安心感と満足を与えてくれる。でも、もうそれだけじゃ足りないんだけど。
"奇想天外サラリーマン小説"と銘打たれた岡崎弘明『私、こういうものです』★★★▲(角川書店一三〇〇円)は、『たんぽぽ旦那』につづくユーモア短篇集。生臭い話を書いてもほのぼのしてしまう著者の持ち味が生かされて、どなたにでも安心しておすすめできる一冊。草上仁ファンなら文句なしに買い。叙述トリック型のオチが大爆笑の「浮気の虫がうごめく」から、思わずしんみりの「定年……。」までバリエーションも豊か。
国産ミステリでは、パラレルワールド英国を舞台にパンク探偵が活躍する山口雅也の異色パズラーシリーズ最新作、『キッド・ピストルズの妄想』★★★★(東京創元社一九〇〇円)が収穫。今回のお題はマザー・グース。ハンプティ・ダンプティにからめて、いきなり反重力を研究するマッド・サイエンティストが登場、アインシュタインの重力理論について一席ぶちはじめる冒頭には腰を抜かした。SFおたくもお見逃しなく。
 わが国スプラッタ小説史上に燦然と屹立する傑作『殺人鬼』★★★★▲の続編、綾辻行人『殺人鬼U』★★★(双葉社一六〇〇円)は、いきなり『シャイニング』ばりのSFホラーに変貌。スプラッタ描写の冴えは前作を上回り、小説的な仕掛けもきちんと用意されてるけど、やっぱり前作みたいな大ネタがほしかったですね。
最後に、SFマガジン1月号は恒例のヒューゴー/ネビュラ特集。
火星軌道上の基地を舞台にしたシェパードには珍しい宇宙物の中篇「宇宙船乗りフジツボのビル」★★★★をメインに、クエール副大統領がなぜか火星に行ってしまう爆笑ドタバタ、サージェント「ダニーの火星旅行」★★★、SF史上初の月経コメディ、コニー・ウィリス「女王様でも」★★★▲、ニコラス・A・ディチャリオの叙述トリック政治ホラー「冬の柊」★★▲まで全四篇。なぜか政治がらみの小説ばかりそろったのが特徴で、やっぱりアメリカはchangeの時代なんでしょうかね。



■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#26(94年2月号)/大森 望

"浸透と拡散"の70年代、一般読者にもなじみやすい日本SFってことで編み出された秘密兵器に、"サラリーマンSF"があった。
眉村卓、かんべむさしあたりがその代表株。国産SFの中間小説誌進出の過程で、会社員モノのSFが無数に書かれてきたわけだ。
その後長く忘れられていた(厳
密にはウソ)このサブジャンルが再発見されたのが90年代。「SFの上に築かれるSF」があまりにも特殊化し、非専門読者の手に負えないものになりつつある今、初心者にもやさしいユーザーフレンドリーなインタフェイスとして納戸の奥から発掘されたのがサラリーマンSFだったといってもいい。
平凡な会社員がある日、奇異な
事件に遭遇する――と来れば、古典的な"巻き込まれ型SF"の一変種だけど、はるか遠未来や銀河の彼方を舞台にするのと違い、登場人物に感情移入しやすく、物語にすんなり入れるメリットがある。
てなわけで、 "サラリーマンSFの第一人者"たる草上仁が満を持して放つ初の会社員SF長編が 『お父さんの会社』★★★▲(ハヤカワ文庫JA七〇〇円)。
バーチャルリアリティばりばりのコンピュータ・ネットワーク・ゲームを通じて巨大な陰謀に巻き込まれる――という設定自体は昨今大流行の電網{ネツト}SFの典型で、たしかに『ヴィーナス・シティ』イージータイプ的な面がないわけじゃない。しかし、登場人物たちのメンタリティや行動がじつに会社員的であるという一点で、他の電網物とは印象が一八〇度違う。ファミコンにアレルギーのない会社員読者なら、身につまさるエピソードに爆笑しつつ仮想現実の冒険を堪能できるはず。
『お父さんの会社』に描かれているようなレベルの仮想現実はまだ夢物語だけど、多人数参加型ネットゲーム自体はすでに現実。電話回線を通じてグローバルに広がる電脳空間の現状に興味がある向きには、サイバーパンクの雄スターリングのノンフィクション『ハッカーを追え』(今岡清訳/アスキー出版局二九八〇円)が重宝。
 メインテーマは90年のアメリカで起きたハッカー一斉取締で、全体にやや欲張りすぎて散漫な印象もあるものの、現実のサイバースペースがどんな文化を産み出し、いかに社会を変えつつあるかを概観するにはうってつけの一冊。日本の通信状況の絶望的後進性を考えると暗澹たる気分になるけどね。
海外SFでは、グレッグ・ベアの日本オリジナル短篇集(アメリカで出ている二冊の短篇集から8篇をよりすぐったベスト版)『タンジェント』★★★★(山岸真編/ハヤカワ文庫SF六六〇円)が収穫。まるで「逆襲のシャア」みたいな(笑)「炎のプシケ」から、未来都市の奇妙なロマンスを独特のムードで描く都会派ファンタシー「スリープサイド・ストーリー」まで、型にはまらないバラエティ豊かな珠玉作が勢ぞろい。レベルの高さはさすがベスト版。
一方、長いほうでは、『アースライズ』『エニグマ』と来たキュービー=マクダウエルの宇宙SF三部作が、『トライアッド』★★★▲上下(古沢嘉通訳/創元SF文庫各五八〇円)でついに完結。
3点6冊トータルで二千ページ近い一大巨編だけど、各巻ごとに趣向が凝らされ、ゆるやかに連結しつつ全体として大きなパースペクティブが開ける構成だから、長さに悲鳴をあげる心配はない。前巻につづいて登場する博物館が今回は意外な役割をはたし、思わずにやり。結末はちょいズルだけど、まあ許せる範囲。いまどきの壮大な宇宙SFが堪能できる。
 しかし、じつは今回の一押しは、創元の復刊フェアでなんと16年半ぶりに再版されたジュディス・メリル編『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』★★★★▲(創元SF文庫上巻五八〇円・下巻六〇〇円)。
 メリルの年刊SF傑作選はぼくらの世代の海外SFおたくにとっていわばバイブル。今回復刊されたのは、50年代後半の5年分の傑作選から全27編を選りすぐったもの。メリルの傑作選が真価を発揮するのはどっちかというと60年代に入ってからなんだけど(創元推理文庫版『年刊SF傑作選』1〜7)、しかしSFらしさともてなしのよさではこの50年代ベスト版に軍配が上がる。シェクリー「危険の報酬」、ライバー「跳躍者の時空」、スタージョン「隔壁」など、短篇SF爛熟期の歴史的名品が読めるようになった意義はとてつもなく大きい。これが売れてくれれば年刊SF傑作選復刊の道も開けるわけで、心あるSFファンは必携の名アンソロジーだ。
 新鋭・結城辰二の処女長編『緑人戦線』★▲(朝日ソノラマ七五〇円)は、植物化した人間との死闘を描くアクションSF。アイデアと活劇はたっぷり詰めこまれているものの、細部をすっとばしたほとんどシナリオ並みの描写は、小説読みにはちとつらい。少年マンガの原作ならいいんだけど。
 さて、最後にゲテモノを。うちの近所の西葛西・明和書店でも飛ぶように売れてるフランス書院のSF/ファンタシー系ポルノ専門文庫〈ナポレオン文庫〉第一回配本6冊をまとめ読み。SFっぽさは限りなくゼロに近いけど、美少女アニメ絵系のソフトなカバーのお陰で純情な中高生も買いやすいハードポルノってとこが最大のメリット。各巻30枚のイラスト入りで、有害コミック問題がほぼ全滅に追いこんだ若年層向けえっちコミックの代替物って趣きもある。
 設定だけ宇宙SFの『熱砂の惑星』(五六〇円)、「くりいむレモン3」ふう異世界ファンタシー『影魔王ザナック』(五六〇円)、なんだそりゃ的展開の『プリンセス・ロード』(五四〇円)の3冊は館淳一系の嗜虐調教ポルノで相当にえぐい。残る三冊は学園物で、『ロックン☆ビーナス』(五二〇円)は正統派健全路線。中学生淫行物(?)の『ゆんゆん☆パラダイス』はパワードスーツが出てきたところで以下次巻。『俺はオンナだ!?』はタイトルどおり性転換物だけどけっこうハード。この6冊の中じゃ、完成度では『ロックン』、異世界ファンタシーのお約束を徹底的に踏みにじるその壊れかた(文章含む)では『プリンセス』かな。
採点は無意味なのでしません(笑)。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#27(94年3月号)/大森 望

 年末になってどどどどっと津波のごとく出た新刊を抱えて帰省、読書三昧の充実したお正月を過ごし帰ってきたと思ったら締切の山、すまじきものは書評誌仕え――と嘆きつつ本文に突入する。
 今月最大の慶事は、この十年の日本SF最大の収穫のひとつとして記憶さるべき中井紀夫渾身のジャンル破壊小説、物語の暴走機関車〈タルカス伝〉第一部の完結。
 前巻が出てから一年半、さんざん待たされたあげく、『火の山よ目覚めよ』『火の山の彼方に』★★★★☆(ハヤカワ文庫SF各六〇〇円)の一挙二冊刊行で怒涛の大団円。ただし、あとがきから察するに商業的要請からの幕引きだったようで、タルカスの暴れっぷりにはやや物足りなさも残るが、SFマガジン3月号には早くも「いまだ書かれざるタルカス伝・第二部より」と銘打つ短篇「神々の将棋盤」が掲載されてたりするから、遠からずミミリンガやトカマクに再会できるかも。ともあれ、未読の方は昼飯を抜き会社に遅刻しても五冊そろえて一気読みを強く奨励する。本誌読者全員が購すればすぐに第二部スタートだっ。
 海外SFも珍しく盛りだくさん。
英国の新鋭スティーヴン・バクスターの『天の筏』(古沢嘉通訳/ハヤカワ文庫SF六二〇円)★★は、重力定数がなんと十億倍という異様な宇宙を舞台にした冒険SF……と聞くと、わ、すごそうと思うんけど、いくらアイデアが破天荒でも演出が伴わないと(素人には)感動できず、ジュブナイルじみた筋立ての陳腐さばかりが目につく。解説の大野万紀氏から聞いた話じゃ、重力定数十億倍なら、体重百キロの人に一メートルの距離まで近づくと約1Gの引力が働くはずだそうで、それを厳密に適用して日常生活をリアルに描けば破天荒なバカSFになったのにね。
 老匠フレデリック・ポールの『異郷の旅人』★★☆(矢野徹訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)は、「異星人に育てられた青年」を主人公とするかわいいジュブナイル。
基本は皮肉なドタバタユーモアSF……なんだけどこの翻訳では笑うのに多少骨が折れるかもだな。
『戦士志願』で颯爽と登場したL・M・ビジョルドの〈マイルズ〉シリーズ第二弾、『親愛なるクローン』★★★★(小木曽絢子訳/創元SF文庫七五〇円)、今回はコミカルな味わいを全面に押し出して、 ほとんど 「書き込みのある〈銀河おさわがせ中隊〉」のノリ。
なにしろ前半はえんえん、経済危機にあえぐ艦隊の資金繰りにマイルズが奔走するドタバタだもん。
しかしヒューゴー賞受賞のビジョルドの実力は端睨すべからざるもので、キャラクター小説としてもSFサスペンスとしても過不足のない書きっぷり。SF性は希薄だが、いまどきのスペオペとしては十二分に楽しめる眼低手高の一冊。
 J・P・ホーガンの久々の本格SF、『内なる宇宙』上下★★★☆(池央耿訳/東京創元社各一九〇〇円)は、『星を継ぐもの』三部作の第四作。このシリーズの醍醐味は、とっくに絶滅したはずの「天才科学者があらゆる重大問題を快刀乱麻に解決する」という形式を現代に復活させたところにあるわけで、古代SFの逆襲というかシーラカンスというか、その大時代さが魅力。本書でも、ハント博士のオールラウンドな天才ぶりは遺憾なく発揮され、往年のSFの味わい。もひとつホーガンらしいのは、流行の電脳空間/人工生命を40年代SF流の物理的アプローチで料理している点。仮想現実だのナノテクだのがほとんどメタファー化した現代SF群の中で、ホーガンの蛮勇とも思える古典的切り口はかえって新鮮。これで古くさく見えなきゃ立派なんだけど。
 一方、まったく違う角度から人工生命に挑むのが、グレッグ・ベアの『Judgment Engine』★★★☆(小川隆訳/パイオニアLDC一二〇〇〇円)。値段にタマげる人もいるでしょうが、これは原田大三郎のCGアート集、人工生命(もどき)飼育ソフトで遊べるCD―ROM、往年の週刊本っぽい装幀の小冊子を三点セットにしたマルチメディア・パッケージ『AL』のお値段。小冊子収録のベアの約二百枚の中篇は、ハラダのプログラムにインスパイアされたグローバルでインターメディアなコラボレーション(笑)の産物。なんと百二十二億七千九百万年先の超未来を舞台にした、「鏖戦」系列に属するいかにもベアらしいハードな哲学マンガ。 荒巻義雄の「大いなる正午」(ふ、古い)あたりをちょっと思い出す。
 ダニエル・キイス『心の鏡』★★★(稲葉明雄・小尾芙佐訳/早川書房一四〇〇円)は、本国でも出ていない世界初のキイス処女短篇集。古手海外SFおたくのひとは初出一覧を見るだけで感涙にむせびそう。もちろん中篇版「アルジャーノンに花束を」が最大のウリだけど、カバーやオビにどこにも書いてないところが奥床しい。
作品的にはやはり「アル花」が傑出してて、あとはいかにもギャラクシーっぽい水準作が並ぶ。キイスらしさの片鱗が見えるのは表題作あたりか。妙に懐しい本。
その他国内では、眉村卓『駅にいた蛸』★★☆はSF味のほとんどない円熟の市井もの連作短篇集。
新鋭・橋本純の『ト・ロ・ル』★★★(光栄一五〇〇円)は二〇〇一年の世界情勢を背景に新世代コンピュータの暴走をリアルに描く近未来SF。ただしスタイルはあくまでシミュレーション小説。
 第5回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞に輝く『酒仙』★★★★(新潮社一三〇〇円)は、創元推理文庫『怪談の悦び』など、英米怪奇幻想小説の翻訳家/アンソロジストとして知られる南條竹則の処女長編。現代日本を舞台に、古今東西、仏教イスラム教キリスト教の酒にまつわる神話伝説故事詩歌蘊蓄が入り乱れる、酒飲みの淫夢というべき奇態な法螺話。
 最後にSFマガジン3月号は93年SFベストテン発表号。〈タルカス伝〉特集は、前述「神々の将棋盤」のほか、インタビュー、作品論を掲載。海外は、ジャパニメーション国際化時代の賜物たるA・スティールの巨大ロボバトル小説「マジンラ世紀末最終決戦」★★☆、 レズニックの人気シリーズ〈キリンヤガ〉の新作「ロートスと槍」★★★。伊藤典夫訳〈ラファティ8話〉もいよいよ連載開始。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#28(94年4月号)/大森 望

 小野田和子の新訳、吉永和哉のデザインで18年ぶりに復活したアーサー・C・クラークの『イルカの島』☆☆☆★(創元SF文庫400円)を読んだら無性にイルカが見たくなり、締切を放り出して八景島に行ってきた。南国・土佐で太平洋の荒波にもまれて育ち、ベリャーエフの『両棲人間』で初めてSFと出会った人間だから、海とイルカには抵抗できないのである(ところでこの『両棲人間』、現在はジュブナイル版が『イルカに乗った少年』のタイトルで講談社青い鳥文庫に入っている。いくらなんでも初体験の相手の城みちる化はちょっと悲しいと思う)。
 さて、いまから30年前に発表された『イルカの島』は、よくも悪くもクラークらしいさわやかな海洋SF。密航した船が沈没し、大海原を漂流していた少年がイルカに助けられ、南の島の研究所にたどりつく。ストレートな語り口はジュブナイルSFより少年小説と呼ぶほうが似つかわしい。ハインラインのジュヴナイルとちがって女の子が出てこないストイックさが魅力でもあり物足りなくもあり。古さを感じさせないディテールの書きっぷりはさすが。
 やはり大ベテランのポール・アンダースン畢生の大作『百万年の船』☆☆☆(岡部宏之訳/ハヤカワ文庫SF520円・560円・640円)も全3巻の邦訳が完結。こちらは89年の作品だけど、愚直なまでに直球勝負をつづける生涯一SF作家アンダースンの特徴が遺憾なく発揮され、ほとんど新しさを感じさせない。紀元前から遠未来まで、数千年にわたる不老不死の人々の体験を断章形式で描き出し、壮大なタペストリーを織り上げてゆく。人類文明史全体を視野に入れて語り直したもうひとつの『タウ・ゼロ』といってもいい。
 ただし、みごとなまでに「現代」が欠落した小説で(もちろん、そんなものいらないって議論もあるんだけど)、物質的にも精神的にも大きく変貌した未来社会になじめず地球をあとにする不死人たちの姿が、サイバーパンク以後のアメリカSF界でなんとなく居心地が悪そうにしている著者自身の姿に重なる。SF原初のフロンティア精神に回帰せよという老巨匠の魂の叫びのような小説だが、たぶんもうあともどりはできない。
 日本SFでは、第17回ハヤカワSFコンテスト入選作を表題作とする新鋭・松尾由美の短篇集『バルーン・タウンの殺人』☆☆☆☆(ハヤカワ文庫JA560円)が収穫。舞台は人工子宮による出産が一般化した近未来。その中で、あえて自腹の出産(?)を選んだ女性のために用意された妊婦だけの街が東京都第七特別区、通称バルーン・タウンというわけだ。
 妊婦の街で起きる事件を妊婦探偵が解決する、その謎解きと舞台背景のミスマッチが本書の眼目。
特殊状況下のSFミステリといえば、おなじ顔のクローンばかりの街で殺人が起きるジョン・ヴァーリイの短篇「バービーはなぜ殺される」がすぐ思い浮かぶところで、表題作自体「バービー」の本歌取りなんだけど、全体を通して見ると、むしろ山口雅也の〈キッド・ピストルズ〉シリーズなど、ミステリ作家の異色パズラーに近い印象。妊婦をシリーズ探偵にフィーチャーした、じつに端正なたたずまいの本格推理連作なのである。
 複数の目撃者がいながら犯人を特定できない表題作、”穴だらけの密室”物の「バルーンタウンの密室」、「赤毛連盟」を下敷にした「亀腹同盟」、そしてクリスティのパスティーシュ「なぜ助産婦に頼まなかったのか」……と、ミステリファンなら思わずにやりとするタイトルが並ぶ。新人離れした余裕たっぷりのユーモラスな語り口もさることながら、設定を生かしたオリジナルなトリックの魅力が光る。パズラー系ミステリ読者にぜひおすすめしたい一冊。
 一方、第五回ファンタジア小説大賞の準入選作、川崎康宏『銃と魔法』☆☆☆(富士見ファンタジア文庫560円)は、ファンタシーと警察小説のハイブリッド。現代アメリカのエスニック・マイノリティを、エルフ、オーク、ゴブリンetc.のファンタシー種族に置き換えて、狼男や魔法が実在する都市を舞台に警察対ギャングのアクション小説を展開する、いわばファンタシー版「エイリアン・ネイション」。なによりこのタイトルは思いついた時点で成功は約束されたようなもの。設定が生かされ切ってなかったり登場人物がやたら多すぎたりする欠点は目につくものの、快調なテンポとギャグで一気に読ませる。
 新人のミステリついでにもう一冊、〈五十円玉二十枚の謎〉コンテスト若竹賞受賞作家(笑)のデビュー単行本、倉知淳『日曜の夜は出かけたくない』☆☆☆★(東京創元社1800円)は、創元ミステリ黄金のパターンと化した、”生活感漂う日常パズラー連作短編と思ったら最後でひっくり返り長編としての筋がびしっと通る”タイプの北村薫二回半ひねり仏壇返しミステリ。トリックの弱さを凝りに凝った趣向でカバー、各編ごとに語り口を変えて、最後はアクロバティックな多段落ちできれいにシメる。外見のほのぼのと裏腹の突き放した冷たさが魅力。
 SFマガジン4月号は人工生命特集(エッセイのみ)。松尾由美「メロン」は未来社会のゲーム化された恋愛を独特のタッチで描く奇妙なラブストーリー。D・ブリン「異形の痕跡」は、オールディス「小さな暴露」+小松左京「骨」という感じの著者らしからぬ異色作。ロバート・リード「棺」は壮大なスケールのほら話を力強いタッチで描くいまどき珍しいアイデア小説。3編まとめて☆☆☆★。
 最後に、36歳で自殺した日本のティプトリー(といっているのはぼくだけだけど)鈴木いづみと生前親交のあった人々から故人についての文章を集めた『鈴木いづみ1949ー1986』(2500円)が、短篇集『声のない日々』の版元・文遊社から出ている。内容的には、かつて自費出版に近い形で出た『阿部薫覚え書』のリニューアル版の趣きで、稀代の天才の往年の姿が鮮やかに甦る。もっとも、人間・鈴木いづみより作家・鈴木いづみに興味がある人間としては、きちんとした作品リストや作品論がない点が残念。なお、『阿部薫1949ー1978』も同時刊行。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#29(94年5月号)/大森 望

「サイエンスと文学の過激なハイブリッド」という帯の惹句に思わず爆笑、それからちょっぴり悲しい気持ちになった。サイエンスとフィクションの結婚ではじまったSFの蜜月ははるか彼方に去り、科学と文学の仲を無理やり裂かないと本が売れないこの時代。SFはまたもや早川書房と東京創元社の登録商標に逆もどりかよ。
 ――などとあいかわらずのシケた枕ではじめてしまって申し訳ないが、問題の書物は、新潮新人賞でデビューした新人・別唐晶司の長篇第一作『メタリック』☆☆☆☆(新潮社1400円)。一言でいうと、現代版『ドウエル教授の首』か『ドノヴァンの脳髄』か。
 とはいえ生体脳移植とかそういう伝法な話じゃなくて、いっさいの外部インターフェイスなしで脳だけを保存するという(たぶん)現代医療技術の延長線上にあるプロジェクトがテーマ。現役の京大医学部助手の著者が専門知識を駆使して書き上げた、その意味ではバリバリのハードSFだし、過去のSFに対するオマージュにもあふれている。とはいえポイントは、「おれ」と「わたし」の一人称で語られるふたりの主人公(手術する側とされる側)の精神的な葛藤だから、濃密な心理描写と濃密な技術描写の衝突が、つまり▼ハイブリッド▲ってことなんだろうな。
 この本を読みながら思い出していたのが、早瀬耕の処女長篇『グリフォンズ・ガーデン』(早川書房)。エレガント/女性的/希薄/仮想空間=ソフトウェア志向の『グリフォン』に対し、『メタリック』は武骨/男性的/濃密/現実空間=ハードウェア志向。あらゆる意味で対照的な作品でありながら、妙に共通点を感じてしまうのは、どちらもジャンルSFの文法からはある程度距離を置いて成立しているせいだろうか。ううむ。
 個人的志向としては『グリフォン』派の大森だけど、『メタリック』のたたきつける文章と迸るエネルギーは圧倒的。今年の日本SFの収穫に挙げておきたい。
 その『メタリック』のカバーを飾るのが、多摩で開かれた昨年の「人工生命の美学」展にも出品されていたウィリアム・レイサムのCGアートだったりするのが不思議なとこだけど、サイバー、バーチャルときてとりあえず今年はA−Life(Artificial Life)で決まりらしい。原田大三郎の『AL』にグレッグ・ベアが小説を書き、SFマガジン先月号は人工生命を特集(小島寛之「『自動証明機械』と禁断のリンゴ」は爆笑だった)。それとほぼ同時に洋泉社からは『人工生命の美学』(2060円)が出て、そこにはルーディ・ラッカーの専門的なエッセイが載っていたりする(ちなみにこの本の巻末にある作者不祥の「A−Life年代記(抄)」は最高によくできたSFコラージュの傑作で、流行に興味がない人でも一読の価値あり)。こうしてみるとSFも流行の先端にいるような気がするんだけどなあ。ううむ。
 海外SFも今月は話題作がどかんどかん。新鋭エリザベス・ハンドの無慮六百ページにおよぶ大作『冬長のまつり』☆☆☆☆(浅羽莢子訳/ハヤカワ文庫SF780円)は、二四世紀の未来を舞台に描く長大な四部作の第一作。お耽美な表紙が暗示するとおり、頽廃的な描写もあるけれど、全体的な印象はむしろSF版『地獄の黙示録』。カーツ大佐に相当する、狂える飛行士マーガリス・タストアンニンの造形が抜群にすばらしい。遠感能力者の少女と男娼の少年を軸に、濃密な異世界描写がたっぷり楽しめる(逆にいうと、異様な未来世界のディテールを楽しめないとちとしんどいかも)。翻訳も力業で、つづきが楽しみ。
 対するイアン・ワトスンの『川の書』☆☆☆★(細美遥子訳/創元SF文庫600円)は、『星の書』『人の書』(仮題)とつづく〈黒き流れ〉三部作の第一巻。単独長篇の邦訳はなんと八年ぶりの鬼才ワトスンだけど、まるで人が変わったみたいな読みやすさにはびっくり。とくに第一巻の『川の書』では、長大な川に分断されたいずことも知れぬ異星を舞台に少女ヤリーンの冒険を綴り、まるで異世界ファンタシー。
 やはりワトスンも英国作家だったかと再認識させてくれる悠揚迫らざる文体と語り口で、その分、破天荒さではものたりないんだけど、これが次巻『星の書』にいたって驚天動地の大展開、ワトスン節が炸裂することになっているので、騙されたと思ってちゃんと『川の書』から読むように。
 ……と、これで手持ちのSFがつきてしまった。清水義範の『バスが来ない』☆☆☆(徳間書店1500円)は徳間の本だけどSFじゃなくて〈問題小説〉掲載の短篇集で、つまりいつも清水義範である。にもかかわらずちょっと手にとってひとつ読みはじめたら最後まで読んでしまっているのもあいかわらずで、それにしても清水義範を読んだあとでは、ちゃんと筋のある小説(笑)を読むのがすごくおっくうに感じられるのはどうしてだろう。ううむ。
 日本ミステリでは、これはぜったいだれともバッティングしないと確信できるんだけど(笑)、わたしの偏愛する(しかしまわりで読んでる人間がほとんどいなくてさびしい)阿井渉介が、牛深警部物の不可能犯罪シリーズを一段落させて新シリーズ〈警視庁操作一課事件簿〉をスタート、講談社ノベルズから三カ月連続で三冊書き下ろし長篇を出している。一冊目の『まだらの蛇の殺人』☆☆(760円)は著者の持ち味が生かされているとはいいがたい小ネタでどうなることかと思ったけど、『風神雷神の殺人』☆☆☆☆(78円)でみごと復調、〈大技トリック爆発の不可能犯罪と円熟の人間描写〉できっちり楽しませてくれる。作風が地味なぶん損してるけど、全作品読破に足る本格作家だと思う。最新刊『雪花嫁の殺人』☆☆☆★(780円)は謎解きがちょい強引ながら犯人像の魅力でカバー。ロマンスの行方も楽しみ。
 最後に、SFマガジン五月号は時の人(笑)ルーディ・ラッカー特集。短篇六本に九〇年来日時の爆笑日本旅行記、著者インタビュー、解読座談会という多角的構成。小説がみんな30枚以内の小品ばかりってのがなんだけど、ラッカーおたくはお見逃しなく。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#30(94年6月号)/大森 望

 今月は注目作の山で、おまけにこっちは「FFVI」の真っ最中だ、無駄口抜きでどんどんいくぞ。
 一番手は、前作『ティーターン』から12年待ってやっと邦訳されたジョン・ヴァーリイ『ウィザード』上下★★★★(小野田和子訳/創元SF文庫各五八〇円)。かつて現代SFの最先端だった彼も、寡作が祟って日本じゃめっきり影が薄くなってたんだけど、今年はヴァーリイの当たり年。最新長編のSteel Beachと短編集の邦訳も控えている(早川書房近刊予定)。
『ウィザード』は、前作の七十年後から幕をあける。超知性ガイアの統べる世界にやってきたふたりの地球人が、それぞれの問題を解決するため、神=ガイアから課された試練に立ち向かう。ガイアによって生態系ごと創造された奇妙な生物たちがひしめく人工世界での遍歴物語という趣向で、SFおたくの淫夢が結晶化したような箱庭を舞台におそろしく洗練された人間ドラマが語られる。小説的な洗練がSFの蛮勇にタガをはめ、十年前のぼくなら敵視したタイプだけど、いまはこの余裕がうれしい。90年代SFを先取りしたようなスタイルと抜群のテクニックが光る極上エンターテインメント。
 SFミステリの傑作『ゴールデン・フリース』で注目を集めた新鋭、ロバート・ソウヤーの邦訳第二弾『占星師アフサンの遠見鏡』★★★(内田昌之訳/ハヤカワ文庫SF六二〇円)は、知性を持つ恐竜種族の一員として生を享けた恐竜ガリレオ少年の物語。黄金時代のSFが持つ原初的センス・オブ・ワンダーを復活させるために異世界をまるごと創造するのは最近のSFの常套手段だが、本書の場合は主人公を恐竜にしたのがミソ。ヴァーリイが15年前に訣別したSFの幼児性を武器に、地動説を唱えて迫害される天文学者の物語を本格SFとして語り直す。
 もっとも、「そのまんまやんけ」と叫びたくなる展開は減点対象で、SFになってる分だけレズニックのアフリカ物よりは好感が持てるが、この手法ならいくらでも書ける。じっさい続編は恐竜ダーウィン少年の話だそうで、だったらいっそ恐竜ホーキング少年とか恐竜ビル・ゲイツ少年の話が読みたい。 つづいて国内。宮部みゆき、高村薫を追う第三の女性作家は坂東眞砂子説が有力で、高知出身の大森としては土佐弁振興のためにも大歓迎したいところが、新保教授に追従するのも業腹なのであえて異を唱える。宮部・高村にづく第三の女は小野不由美である。
 YA出身だから初耳の読者もいるだろうが、ホラーの〈悪霊〉シリーズや中国ファンタシー〈十二国〉シリーズで熱狂的ファンを持つ人。その筆力は、初の大人向けハードカバー書き下ろし『東亰異聞』★★★★☆(新潮社一五〇〇円)を一読すれば納得できるはず。
 舞台は明治二九年の帝都・東亰。町娘姿の人形と黒子を語り部に、火炎魔人や夜叉御前が跳梁する怪異譚――というと伝奇時代小説みたいだが、旧家のお家騒動にまつわる連続殺人の謎に新聞記者が挑む端正な本格ミステリーでもある。関係者全員が一堂に会しての謎解きシーンは近来稀に見る名場面で、すれっからしのミステリマニアでも仰天するはず(怒り狂う人もいるかも)。驚天動地の結末のネタを割れないのが残念です。
 一方、ティーンズハートからホワイトハートに移籍した〈悪霊〉シリーズ再開第一弾の『悪霊の棲む家』上下(講談社文庫各四五〇円)★★★★は、たとえば角川ホラー文庫で出てれば鈴木光司『リング』とタメを張れたくらい完成度の高いヘルハウス物の傑作。旧シリーズをひきついだ関係で登場人物が異様に多いのが欠点だけど、後半の迫力はそのマイナスを補って余りある。女の子の一人称から三人称に変わってロートル読者にもなじみやすいし、単発作品としても読みごたえ充分。YA食わず嫌いの人、日本にホラーはないと思っている人(笑)は、だまされたと思ってぜひご一読を。今月のMVPは小野不由美で決まり!
 女性作家といえば、星雲賞二年連続受賞の菅浩江も、千枚近い書き下ろしの大作『氷結の魂』★★★☆を出している。初のノベルズ作品だが、中身は意外にもコテコテの西洋異世界ファンタシー。しかしキャラ中心のYA系とは一線を画すストロングスタイルで、行間をびっしり書きこみ、小説の醍醐味を満喫させてくれる。ぼくがいちばん苦手なタイプのハイファンタシーなのに、無理やり読ませてしまう筆力はさすが。この調子でコテコテの本格SFを書いてくれればいうことないんだけどなあ。
 男性陣は駆け足で。横田順彌の書き下ろし『菊花大作戦』★★★(出版芸術社一六〇〇円)は、押川春浪・鵜沢龍岳モノの冒険小説。誘拐された明治天皇の救出を依頼された天狗倶楽部の大活躍――というわけで、シリーズ初のノンSF長篇。〈ラバウル〉シリーズが絶好調の川又千秋久々のハードカバー『夢都物語』★★★(実業之日本社一五〇〇円)は、三年間がかりで断続的に発表された連作短編を集めたオムニバス長編。痙攣的時間旅行者の遍歴を夢幻的筆致で描く著者十八番の夢想科学小説。
 近未来物では、重田昇『死の種子』★★☆(情報センター出版局一五〇〇円)がHIVウイルスに文学的にアプローチした作品。誠実な姿勢には好感が持てるが、近未来に設定した意味はあまりない。
 一見、近未来物っぽいタイトルの村上龍『五分後の世界』(幻冬舎一五〇〇円)★★★★は、じつは異色のオルタネート・ヒストリー物。たるんだ日本の現実にノンをつきつけるという意味では、もうひとつの『愛と幻想のファシズム』か。前半の異様な緊迫感と、不条理小説にもジャンルSFにもならずに疾走する体育会系のドライブ感がすばらしい。
最後にお約束の「ファイナル・ファンタジーVI」(スクエア一一四〇〇円)★★★★は、シリーズ最大容量の大作。並みの異世界ファンタジー十冊分の物語が前半にぎっしりつめこまれ、物語中毒になりそうなほど。登場人物多数で、心理描写もきめ細か。とはいえこうまであからさまに物語られてしまうとちょっと興ざめな気がするのは活字おたくの悲しさか。しかしうまい魚で××が助かるとはなあ。投入時間30時間でした。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#31(94年7月号)/大森 望

米国の友成純一(笑)、M・ブラムラインの怪作『器官切除』を風間賢二氏に強奪され、ホラーノベル大賞関連作は根こそぎ坂東齢人氏に持ってかれて(カシュウ・タツミ『混成種』を中心に、梅原克文『二重螺旋の悪魔』や結城辰二『緑人戦線』をからめ、「日本SFの基盤は物理科学ではなく生物科学にあり」という鏡明理論を検証する大論文を準備してたのになあ)、今月の持ち駒は激減。まあしかし、数が多けりゃいいってもんじゃない。そっちがその気ならこっちは中身で勝負だっ(意味不明)。
 てなわけで、小数精鋭の当欄が自信をもっておすすめする今月の一番手は、新鋭・恩田陸の『球形の季節』★★★★(新潮社一四〇〇円)。スペースの都合で紹介が1号遅れになっちゃったけど、先月号の一押し小野不由美の『東亰異聞』と同時刊行の、ニュータイプ和製ホラーの秀作である(しかし両者とも昨年のファンタジーノベル大賞最終候補に残りながら無冠。つくづく去年のこの賞はレベルが高かったよね)。
 恩田陸は、第三回の同賞最終候補作『六番めの小夜子』(新潮文庫・品切れ)でデビューした人。とある高校に代々伝えられる「儀式」をモチーフにしたヤングアダルト系学園小説の大傑作だった処女作に対し、本書は町が主役。人口十五万の東北の一地方都市に広がる噂――「5月17日、エンドウという生徒が宇宙人に連れていかれる」――の起源を追跡調査する高校生グループがやがて奇妙な事件に巻き込まれていく……。
 帯には「モダンホラー」とあるが、クーンツ型の化物ホラー的エンターテインメントとは一線を画す日本独自の新しい超自然ホラー。後半やや未整理かつ説明不足なのは否めないが、瑞々しい描写の魅力は欠点を補ってあまりある。
 坂東真砂子、小野不由美にこの恩田陸をくわえた三人が、当代女流スーパーナチュラルホラーの新鋭三羽烏。モダンホラーの成果をたっぷり吸収し、いよいよ日本独自のホラーの時代が到来した――といまのうちに断言しとこっと。
 学園小説といえば、妹尾ゆふ子の〈夢の岸辺〉三部作が『現実の地平 夢の空』★★★☆(講談社X文庫四五〇円)で堂々完結。
 筒井康隆の『パプリカ』がSF的道具立てを使って夢にアプローチするのに対し、この三部作では異世界ファンタジー的な舞台設定上に夢の論理が展開される。ヒーロー役の男の子がいきなりセーラー服姿で夢の世界に登場する『太陽の黄金 雨の銀』、ヒロインの背丈がのびたり縮んだりのアリス状態に陥る『天使の燭台 神の闇』と来て、完結編にあたる本書は現実と夢の相互侵犯がテーマ。前2作とはがらり趣向を変え、現実世界の高校を舞台に両義的な物語が語られる――んだけど、そんな話がどうでもよくなるくらい、ヒロイン小泉の造形がすばらしい。70年代後半の少女マンガで育った人間には抵抗できない種類のキャラクターで、わかつきめぐみのイラストも絶妙にマッチ。彼女の話なら何十冊でも読み続けていたい誘惑にかられる――なんて三十男が書いてるといいかげん気持ち悪いが、とにかく学園少女マンガ系おたく出身者には無条件でおすすめ。
野阿梓『黄昏郷』★★★☆(早川書房一七〇〇円)は、SFマガジンの初出からなんと14年半ぶりに日の目を見る怪作「雨天 ブルーバードの 飛ぶ」を巻頭に、全5編の短編からなるユマニジュート物の連作集。シオドア・コグスウェル往年の名作「壁の中」からの引用が冒頭に掲げてあったりして、オールドファンは思わずにやりってとこですが、その笑顔もたちまちひきつるお行儀の悪さがのっけから大爆発、ありとあらゆる小説技法を駆使し、ジャンルSF/ファンタシーのガジェットをこれでもかとぶちこんで、アクロバティックな超絶技巧が異様な夢を紡いでいく。やっぱ只者じゃないよな、野阿梓って。
 その野阿梓が無慮八〇枚の大解説を書いた笠井潔の全短篇集『エディプスの市』★★(640円)が、講談社の四六判初版から7年を経て、ハヤカワ文庫JAから再刊、ほほえましいまでに伝統に忠実な「SF作家・笠井潔」の顔が確認できる。著者が圧倒的に長編型の作家であることは明らかにしても、SFマガジンでまもなく連載が開始されるらしい"最後の日本SF"を読む前の準備運動として、未読の人はこの機会にぜひどうぞ。文庫版へのあとがきつき。
 再刊ついでにもう一冊、ファンにはなつかしい処女小説集『谷山浩子童話館』が、新作4編を追加、『四十七秒の恋物語』★★★(廣済堂出版一二〇〇円)と改題されて復活した。そうか、あれから15年もたったんだなあ(遠い目)。
 最後に海外。『レッドシフト・ランデブー』を途中でぶん投げた記憶のあるジョン・E・スティス『マンハッタン強奪』上下★☆(小隅黎訳/ハヤカワ文庫SF各五六〇円)は、タイトルどおり、異星人の手でマンハッタンが地球から切りとられて盗まれる話。ブライアン・ハーバート『消えたサンフランシスコ』とおなじ発想だが、SFのお約束を思いきり踏みはずす『消えた』に対し、こちらは徹頭徹尾パニックSFの王道を歩む。頭脳明晰・速断即決の優秀な軍人ヒーローの指揮のもと、未曾有の大事件に雄々しく立ち向かうニューヨーカーたち! 「ブロックバスター映画だ!」というレズニックの評はよくも悪くもそのとおりで、SFを暇つぶしの手段だと思っている人にはいいかもね。
 近未来SFというよりほとんど現在小説なのがデビッド・ポーグ『ウィルスウォーズ』★★★(椋田直子訳/インプレス一四八〇円)。新興ソフトハウスが画期的な音声認識システムを開発。だが、そのテスト版をインストールしたパソコンに奇怪な現象が――という典型的ウイルスパニック物ながら、開発現場の空気や業界裏事情をたくみに描き、リアリティは抜群。AT互換機じゃなくてマックってとこがいまいち弱いけど(後半、UNIXに感染してから急に騒ぎが大きくなるのが笑える)、著者がMacWorld誌のライターだからまあしょうがない。パソコン方面に疎い人にも、サスペンス小説として(たぶん)それなりに楽しめる。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#32(94年8月号)/大森 望

本誌真空とびひざ蹴りの人によれば、ファミコンは出版の敵なんだそうである。往年の海外SF名人・水鏡子師匠が突然ウマに狂い、珍しくSFの話をするかと思えば、「皐月賞に出てたフジミハミルトンってな、エドモンド・ハミルトンからとった名前なんやで」とのたまうていたらくなのを見るにつけ、競馬はSFの敵であるとの念を深くするのだが(すでに山野浩一と石川喬司を競馬に奪われていることを銘記すべし)、よく考えるとわが師・安田均氏を奪ったのはゲームなんだから、やっぱりゲームも味方じゃないかもだな。
さて、ファミコンをはじめとするRPG文化が出版界に与えた最大の影響のひとつに、ティーンズノベル系異世界ファンタシーの一大ブームがある。もっともひところの急成長は一段落して、はやくも成熟にいたりつつあるのはさすが時代の加速度というべきか。
たとえば森奈津子の『冒険はセーラー服をぬいでから』★★★(ログアウト冒険文庫五六〇円)では、私立女子高のファンタジー研部長たるヒロインが書いた駄作FTの中に女子高生たちが入り込み、てんやわんやの大騒ぎを繰り広げるドタバタで、ティーンズFTのお約束が徹底的におもちゃにされる。まさに爛熟の極致だけど、『暗黒太陽の浮気娘』ノリでしっかり楽しめるんだから侮れない。
しかし今月の本題は、そもそもティーンズ文庫という器はこの一作を世に送るためにあったと断言したくなる傑作、小野不由美『東の海神 西の滄海』★★★★★(講談社X文庫五八〇円)を誉めたおすことにある。
 通称〈十二国〉シリーズの第三弾とか、現実世界とわずかに接点を持つ中国風の異世界が舞台とかの予備知識はいっさい必要ない。『東亰異聞』で小野不由美の才能を確認した人は、問答無用でこの本を読め。あわてて既刊を買い集めるのはそのあとでいい。ティーンズFT無慮千冊中の最高傑作にして、今年度上半期当欄ベスト1。わたしは数年ぶりに、不覚にも涙しそうになりました(って坂東齢人じゃないから泣かないけどさ)。
 ひとつだけいえるのは、ティーンズFTという容れ物がなきゃ世に出なかった作品だろうということで、つまりこの傑作が読めるのはファミコンのおかげなのである。ドラクエやFFには足を向けて寝られないね、ふふふ。
 泣かないといえば、柾悟郎『もう猫のためになんか泣かない』★★★☆(早川書房一八〇〇円)は、『ヴィーナス・シティ』の著者の第二短篇集。こちらは「邪眼」的コテコテSFではなく、むしろ日本SFの伝統に忠実な、クォリティの高い私小説的SF世界で、どなた様にもおすすめ。
 当代一の人気作家でありながら、説教くさいとか宗教色が気持ち悪いとかの批判も多いO・S・カードが、それならこっちにも考えがあると開き直り、真っ向からモルモン経を題材に書いたのが〈帰郷を待つ星〉五部作。その第一巻『地球の記憶』★★☆(友枝康子訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)は、なるほど教典のノベライズっぽい。しかしカードといえば、SFとしては見るべきところのない映画「アビス」をりっぱな小説に仕立てた手腕の持ち主だし、あのハインラインだって『ヨブ』で聖書をノベライズしてるんだから、それ自体悪いことかない(って、あんまり良くもないか)。問題は小説の出来で、本書の場合、性格の悪い登場人物同士の掛合い漫才を楽しむ度量があれば、けっこう読める。ただしSF性は限りなくゼロに近い(あたしゃミダス王の神話をちょいちょいといじってSFに変えるフレドリック・ブラウンのエッセイを思い出しました)
 一方、景山民夫『ティンカーベル・メモリー』★★★(角川書店一四〇〇円)は、幸福の科学の会の輪廻転生説のノベライズ。しかしそれとは関係なく上出来の恋愛小説になってるのはさすが。導入のうまさは舌を巻くほどで、ヒロインの守護霊がやたら実用的な助言を与えるのもおかしい。守護霊じゃなくて残留思念とか共生体だと思えばまんまSFなわけで、『地球の記憶』と読みくらべるのも一興(っていうより酔狂か)。
 梶尾真治『ジェノサイダー』★☆(ソノラマ文庫五四〇円)は、梶尾真治の新作というより、ソノラマ印マタンゴSF活劇路線の最新作。つまり、『二重螺旋の悪魔』『緑人戦線』につづく、「異様な姿に変貌した人間と戦うテンポの速いSFアクション」ね。この路線に百%否定的なぼくは当然本書も評価できないが、『二重螺旋』支持者にはおすすめかも。
 新創刊の扶桑社文庫から突如シリーズ探偵物のミステリ『修道女マリコ』を出した久美沙織が、今度は講談社ノベルズから、なんと「大風呂敷妖怪変化青春スプラッタ」と自称する『獣蟲記』★★★(七六〇円)をリリース。橋本治の『ハイスクール八犬伝』と田中芳樹の『蒼竜伝』を足して二で割りバケツで血をぶっかけたような話で、第一巻から風呂敷は広がりっぱなし。仰天の壮絶シリーズ大開幕である。
 石黒達昌『平成3年5月2日,後天性免疫不全症侯群にて急逝された明寺伸彦博士,並びに,』★★★(福武書店)は、芥川賞候補の表題作ほか2編の短篇集。横組の論文スタイルに写真まで入れた凝りようの表題作は、ハネネズミなる架空の動物の絶滅をめぐる考察。ニューウェーブ当時の実験SFかバーセルミの変態短編みたいな懐しさで、筋金入りSFおたくとしては「けっ、百万年古いぜ」と吐き捨てるのが正しい態度だが(笑)、細部までよくできているのに感心。けだし、なんとかとハサミは使いようである。
 最後に、野田昌宏『愛しのワンダーランド』★★★★(早川書房一八〇〇円)は、「スペース・オペラの読み方」の副題が示すとおり、『スペース・オペラの書き方』の姉妹篇。50年代SFの名作紹介――が本筋だが、日本SF草創期の思い出話からNASAにトロントにと縦横無尽に筆が舞い踊る語りの芸は、さながらSF界の重要無形文化財。何度も読んでるはずのエピソードなのにまた笑っちゃうもんなあ。あと百年くらいしたら、わたしもこういう文章が書けるようになるんだろうか。必読。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#33(94年9月号)/大森 望

 日本も暑いしアメリカも暑そうだが、今月の翻訳SFはイタリア×ナイジェリア戦並みに熱いぞ。今年前半の欝憤を晴らかのごとく待望の傑作がずどんずどん。
 中でも最強の点取り屋は、前作『川の書』から三カ月ぶりに刊行されたイアン・ワトスンの『星の書』★★★★★(細美遥子訳/創元SF文庫六〇〇円)。〈黒き流れ〉三部作の第二部だけど、いやまさかこんな大どんでんがあろうとは。たいがいのことには驚かないSFおたく歴二十年の大森もこれには腰を抜かしたね。『川の書』の段階じゃ、「異世界を舞台に流麗な筆致でつづる少女の成長物語」てな良い子のSFファンタシーだったのが、この巻に突入したとん驚天動地の展開でパースペクティブは一気に拡大、溜めに溜めたワトスン節が大爆発して超本格バカSFに豹変する。しかもSFの定石をことごとくはずす変態ぶりで、これはもう随喜の涙にむせびつつ白旗掲げるしかない。なんせ神のごとき機械知性が月面基地で薔薇の品評会(笑)だもんなあ。今年の翻訳SFベストはこれで決まり。
 つづきましては、待つこと久し十二カ月、あわれなWCウイルス患者たちが禁断症状にもだえ苦しみ、神に向かってお祈りした〈ワイルド・カード〉第三巻、『審判の日』★★★★(黒丸尚・中村融ほか訳/創元SF文庫六五〇円)。編者のG・R・R・マーティン以下、シャイナー、ブライアントなど総勢七人が一冊の長編を寄せ書きする趣向で、おなじみエースたちが総登場、エンパイアステートビル最上階で開かれるWCデイ記念大宴会を狙って襲いかかる天文学者一派と激突する。アメリカのお家芸スーパーヒーロー文化が産んだ最良の成果というべき必読の名シリーズですが、今回はいくらなんでもキャラの数が多すぎ。WC患者なら過剰投与の恍惚が味わえても、一般人にはちとつらいかも。初心者はまず『宇宙生命襲来』でウイルスに罹患することをおすすめする。それにしてもジェニファに服着せてやれよな、おまえら。
 さて、一年や二年待ったくらいでぐだぐだいうんじゃねえ、こちとら12年物だいと登場する真打ちは、SFの神様コードウェイナー・スミスの『シェイヨルという星』★★★★☆(伊藤典夫訳/ハヤカワ文庫SF六〇〇円)。The Bestof Cordwainer Smith の後半分なんですが、前半分の『鼠と竜のゲーム』が出てから十二年。前巻が出たときおぎゃあと生まれた赤ん坊が夏コミでセーラーマーズのコスプレしててもおかしくない歳月を経て翻訳が完結する短篇集も珍しい。中身については本誌六月号で中村融が一ページ使って絶賛してることだし、いまさらつけくわえることはあまりない。生きてるうちに「クラウンタウンの死婦人」が伊藤典夫訳で読めたことを神に感謝するだけである(星が半個足りないのは、前巻に比べて水平社宣言的テーマに偏って見えるせいね。あたしゃ平面航法おたくなので)。The Instrumentality of Mankindは補完機構ものだけ集めて二年後くらいに出してほしいっす。
待望三連発は以上でおしまい。先月号で積み残した本邦初紹介の新鋭トニー・ダニエル『戦士の誇り』★★★☆上下(公手成幸訳/ハヤカワ文庫SF各五二〇円)は、比較的単純な筋立てを、凝りに凝った設定と洗練されたスタイルで語る、『大潮の道』タイプの現代SF。この種のSFの常で冒頭はやや読みづらいけど、「超光速カヌーで宇宙を疾駆するインディアン」という破天荒なアイデアとハードボイルドな語り口のミスマッチが楽しく、流れに乗ればあとは一気。三十歳やそこらでこれだけ書ければ、今後の成長が楽しみ。
 今岡清編『接続する社会』(プロスペロー・デザインズ一九八〇円)は日本語エキスパンドブック形式のオリジナル版SFアンソロジー(FD2枚組)。ティプトリー「接続された女」、スターリング「ディープ・エディ」(どちらも英文つき)のほか、新潮文庫で絶版になったV・ヴィンジの先駆的ネットSF長編『マイクロチップの魔術師』をまるごと収録。ひろき真冬のコミック(BGM入りデジタイズ版)、柾悟郎(書き下ろし)と東野司の短篇に、今岡清、中島梓他のエッセイを加え、電子フロンティアの現在過去未来を一望する電子テキスト。都内の一部書店/ソフトショップに並んでますが、じつはこれ、カタギの会社員、永井義人氏による自費出版。著作権さえクリアすれば個人でも商業レベルの電子出版が可能というお手本のようなアンソロジーで、MacユーザのSFファンは必携。あーくそ、こういうのおれもやりたかったのになあ。
 以下、国内は駆け足。ティーンズノベル注目は、耽美系レーベルの角川ルビー文庫から出た変態SF/FT須和雪里『あいつ』★★★☆(五一〇円)。いたいけな男子高生のちんちんがいきなりしゃべりだし主人に反抗する爆笑コメディで、『親指P』も脱帽(?)。
森下一仁『ひとりぼっちの宇宙戦争』★★☆(小学館SQ文庫五〇〇円)は藤子・F・不二雄の同名短篇マンガのノベライズ。著者が著者だけに、ティーンズ文庫ノリというより往年のジュブナイルSFノリで、むしろ大人の読者の郷愁をそそるタイプかも。
 ノベライズといえば、飯田譲二『ナイトヘッドB』★★★☆(角川書店一五〇〇円)は、カルト的人気を誇った深夜ドラマの監督自身による小説化。ジャンルSFの文法から自由な新鮮さを武器に、日本伝統の超能力SFの系譜に新たな境地を切り拓く。TV版未見の人にもおすすめです。
 山本弘『ギャクシー・トリッパー美葉A』★★(角川スニーカー文庫五二〇円)は人気のドタバタスペオペ第二弾。目次を見れば一目瞭然、アニメ/特撮おたくのおたくによるおたくのための小説で、随所に隠されたアニメ/特撮ネタであなたのおたく度をたちどころに判別する。「姫ちゃんのリボン」や「ようこそようこ」の主題歌が歌えない人にはきついかも(笑)
 最後に赤川次郎『ネガティブ』★★☆(集英社一〇〇〇円)は井上夢人の『プラスティック』★★★同様、なにを書いてもネタバレになる困ったミステリ(?)だが、試みとしては面白い。この実験精神にはちょっとびっくり。



■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#34(94年10月号)/大森 望

一部で有名な晴海のホテル浦島で開かれたSF系イベントに出かけたついでにコミケを冷やかそうと思ったら午後だというのに長蛇の列、午前中だけで50人倒れる悲惨な状況に恐れをなし、夏コミ初日なんかしょせん三十男の行くもんじゃないよなってことで水玉螢之丞先生を浦島から拉致して門前仲町のボックスに直行したまではよかったが、前日の我孫子武丸氏迎撃徹夜カラオケ余波から調子を崩し、「笑顔でゲンキ!」なおたくの女神パワーに圧倒されダウンを喫したのはつくづく情けない。
夏はやっぱりギンギンに冷えた寝床でひたすら大長編に没入するのが一番と反省して、前から気になってた氷室冴子の『銀の海 金の大地』を第八巻★★★★(コバルト文庫四五〇円)が出た機会に頭から一気読み。最初の三冊こそややスローペースだけど、四巻あたりからは夏バテもふっとぶ怒涛の展開。〈古代転生ファンタジー〉と銘打つこの大長編、四世紀の近畿周辺を舞台に、超能力者一族をめぐる権力抗争を少女の視点から描くなんでもありの大活劇。当代最高のストーリーテラーが全力を傾けるだけあって、クーンツ、マキャモンもあっちいけの波瀾万丈一大エンターテインメント、ローラーコースターノベル支持者は必読。読みはじめるならいまだっ。
 しかし、いまやこの〈銀金〉以上に目が離せないのが、いわずとしれた小野不由美の〈十二国〉シリーズ。またまた出ました最新刊、『風の万里 黎明の岸』上下★★★★☆(講談社文庫ホワイトハート各六二〇円)は、『月の影 影の海』で景王となった陽子の後日談。ぶっちゃけていうと今回は水戸黄門ばりの痛快(←ややうそ)時代劇で、クライマックスのカタルシスはもう最高。この印篭パターンって日本人のDNAに刷り込まれてるよね。この単純な構造で上下七百ページを支えきり間然するところのない筆力とディテールにも脱帽。蛇足ながら、十二国ファン諸姉にはぜひ、本書の三人娘が諸国を漫遊する女水戸黄門モノを描いて冬コミに出してほしい。
もちろん風車の矢七は楽俊ね(笑)
 日本SFプロパーでは、久美沙織初の本格SF長編『真珠たち』★★★★(ハヤカワ文庫JA四六〇円)が大収穫。コードウェイナー・スミス風のスタイルを完璧に消化しつくし、真珠の輝きで包み込んだ傑作。考えてみると、論理の積み重ねで行間を埋めていくことよりも一瞬の言葉の輝きとイメジャリーの華麗さを武器とするスミス的な手法は日本の女性作家にうってつけかも。これだけ筆力のある人ががんがんSFを書いてくれれば日本SFも安泰なんだけど。
 一方、大原まり子の最新SF短編集『戦争を演じた神々たち』★★★★(アスペクト一九〇〇円)は雑誌LOGOUT掲載の連作に一編を加えたもの。寓話的な色彩が強いけど、グロテスクな情景に独自の輝きを与える手つきは著者ならでは。ティプトリー的な素材を扱った大原版「愛はさだめ、さだめは死」ともいうべき「異世界Dの家族の肖像」など、いずれも高い品質と作家性を誇る。今年の国内SF短編集ベスト1はこれで決まり。
 いきなり鈴木雅久の挿画で登場した 『ディアスの少女』★★☆(ソノラマ文庫五〇〇円)の岡本賢一は、今年のファンジン大賞を「鍋が笑う」で受賞した期待の新鋭。スター・ウォーズ風の活劇をテンポよく読ませるこの処女長編、達者な筆使いと抜群のリーダビリティでティーンノベルの水準は軽くクリアしているものの、新人にしてはソツなくまとまりすぎでは。
今後の活躍に期待したい。
 快調のフランス書院ナポレオン文庫からは、ついにポルノ版ハトレイバー、葉影立直『TOKIO機動ポリス』★★★(五四〇円)が登場。このレーベルにしてはえっち度はいまいちですが、近未来SFを一応きちんと書こうとする姿勢と日常ドラマだけで持たせる筆力はりっぱ。前作の『熱砂の惑星』はちょっとねえと思ったけど、この新シリーズは先が楽しみ。しかしナポレオン文庫ほとんど全点読破のわしっていったい……。
 翻訳SF今年最大の注目株ジョン・ヴァーリイは、長大な最新作『スチール・ビーチ』★★★★☆上下(浅倉久志訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円・六八〇円)がついにお目見え。『ウィザード』直後だけに、「これってガイア再びでは……」の印象がなくもないが、この人の場合、もう二十年も前から野心的テーマとか斬新なビジョンとかのSF的価値観には絶望している節があって、なにが書いてあろうともはや関係ない境地に到達している。舞台は未来のルナ、主人公は新聞記者(「フロント・ページ」+「ヒズ・ガール・フライデー」)で、上巻の筋立てなんかほとんどテレビの連ドラだもん。
主人公がことごとく大事件の現場に居合せるご都合主義ぶりはさながら新聞記者版『文章教室』で、じっさいヴァーリイの洗練度は、金井美恵子がもしSF作家だったらこうなるんじゃないかという感じ。一ページ一ページが至福の読書体験だけど、しかし熱血SFマニアにはウケないかもだな。
ケヴィン・J・アンダースン&ダグ・ビースン『臨海のパラドックス』★★(内田昌之訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)は、女性反核活動家が第二次大戦中のロスアラモスにタイムスリップ、核開発阻止のための行動が仇となりナチが原爆開発に成功する――という冗談としか思えないプロットをまじめに書いたシミュレーションノベル型SF。前半のテンポは悪くないし、実在科学者たちが総登場するドタバタはそれなりに面白いけど、それだけ。架空戦記ノリで読めば楽しめる、かもしれない。
L・M・ビジョルド『無限の境界』★★★☆(小木曽絢子訳/創元SF文庫七五〇円)は、おなじみ〈マイルズ〉物の中編集。ユーモアスペオペとしては当代一の人気シリーズだけあって、小粒ながらあいかわず楽しめる。ヒューゴー賞受賞の「喪の山」は名探偵マイルズくんの活躍する異色ミステリ、表題作は一万人の捕虜を指揮する「大脱走」物と、バリエーションも豊か。眼低手高のキャラクター小説としては文句なしです。
 ってことで、仕事も終わったし、気力を振るい起こしてこれから夏コミ二日めに行ってこよっと。


■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#35(94年11月号)/大森 望

ゲームが出版の敵かどうかは知らないが(ちなみにうちの同居人は攻略本ライターだ)、確実に仕事の敵ではある。
8月なんかDarkSeedに10時間、 Return to Zorkに40時間。とどめがMOTHER2☆☆☆☆★(任天堂九八〇〇円)30時間だもん。久しぶりに(どこがだ)三日間サル状態でした。
 たしかにいまどきのゲームにしちゃグラフィックはしょぼいし、最初のうちはひたすら懐しいだけだったけど、ぐいぐいひっぱる後半のストーリーテリングは最良の少年小説に匹敵する。たぶんこれがいまいちばん小説的なRPGだろうな。最近主流のシステム寄りやりこみRPGに比べて、物語として完結するぶん物足りない人もいるだろうが、糸井重里の作家性も爆発、小説おたくにはやっぱりMOTHER。最後なんかもう祈るような気持ちでプレイしちゃったぜ。はっきりいってFFVIより好きです。ところでSFおたくの人は「かっこいいもの=ディック」にすると楽しいぞ(笑)
と、ゲームばかりしてるようで
も仕事してないだけで本はちゃんと読んでいる。今月は稀に見る大当りの月で分厚い傑作が目白押し。
 まず一発めは、ヴァーリイ3連打の掉尾を飾る『ブルーシャンペン』★★★★☆(浅倉久志他訳/ハヤカワ文庫SF七〇〇円)。現代SFの洗練の極北に位置するジョン・ヴァーリイの最新短篇集である。初体験の人でも、巻頭の小品「プッシャー」を読むだけでヴァーリイとお友だちになれる。半村良はだしの腕で心の機微を描き出す表題作にしんみり、ヴァーリイ版「たったひとつの冴えたやりかた」とでもいうべき「タンゴ・チャーリー…」でほろり、先駆的なコンピュータ・スリラー「PRESS ENTER■」にぞくり。 全6編どれを読んでも空くじなし。
志水辰夫『いまひとたびの…』とベストを張りあう短編集はこれだ!
 しかしまあヴァーリイの場合はほとんどが既訳ってこともあって、傑作度は予想がついた。今月最大の仰天は、なにかと評判の悪いオースン・スコット・カードの『ゼノサイド』上下☆☆☆☆☆(田中一江訳/ハヤカワ文庫SF六八〇円・七〇〇円)。名高いエンダー三部作の完結編なんだけど、『第七の封印』とか『地球の記憶』とか、こうカスばっかつかまされてると疑り深くなるのも人情。しかし、『ゼノサイド』はすごい。この大風呂敷を見よ。ピギーの驚くべき秘密が解明され、ジェイン誕生の謎がとけ、超光速航法が実現し、宇宙の起源までわかってしまう。種の存亡と家庭の問題を並置するカードの方法(=個人的な努力が宇宙の命運を左右するパターン)は時代遅れもいいところだし、家族力学に拘泥する分、誇大妄想狂的アイデアのインパクトが減殺されてるのは否めないが、これだけうまくやってくれれば文句はないし、そこがカードの作家性ってもん。欲をいえば、まさかのあの人(笑)の活躍があと百ページくらい読みたかったな。
 日本だって負けてはいない。山田正紀久々の本格SF長編『エイダ』☆☆☆☆☆は、腕も折れよどまんなかに剛球を投げ込む今年最大最強の日本SF。帯とタイトルだけ見ると、なんか『ディファレンス・エンジン』みたいですが、エイダ・バイロンをめぐるエピソードなんか刺身のツマ。宇宙論でいう人間原理と量子力学の多世界解釈を思いっきり拡張し、驚天動地の想像力ドライヴを実現。いわく、「物語だけが光速を突破することができる」。かくして量子コンピュータが紡ぐ無数の▼物語―現実▲を駆動力に、宇宙船虚数号は超光速で深宇宙を駆ける……。
しかもナビゲーターは『フランケンシュタイン』。SFの起源そのものたるこの小説を航行モデルに採用した結果、現実と虚構が反転、時空を越えて物語のキャラクターが現実に侵入しはじめる。メアリー・シェリー、杉田玄白、ディケンズ、ドイル、バベッジ、ホームズ、そして山田正紀自身……。
 虚実とりまぜ多彩な登場人物をスケッチした断片的なエピソードがひとつにまとまり一気にパースペクティブが開ける瞬間には、SF最高の醍醐味がある。本書は山田正紀流のSF論であると同時に、冬の時代を吹き飛ばす「ロケットの夏」なのである。必読。
 松尾由美の『ブラック・エンジェル』☆☆☆★を代々木一の愛犬家の人に拉致されたので、かわりに新本格の最終兵器、京極夏彦の『姑獲鳥の夏』☆☆☆☆(講談社ノベルス九六〇円)をとりあげる。
竹本綾辻法月麻耶の長所だけを集めた驚異の新人と業界周辺ではゲラ段階から熱い注目を集めた話題のデビュー作である。昭和二七年の東京のとある病院を舞台にくりひろげられる「日本的な家系の悲劇」がモチーフで、あんまりぼくが得意なタイプじゃないんだけど、筆力に圧倒されたまま千枚近いボリュウムを一気読み。なにしろ探偵役は精神不安定の人と超能力の人と陰陽師の人だったりして、いったいどう収拾をつけるのかと思っているときっちり解決がついてしまうのだから恐ろしい。とにかく常識のまったく通用しないミステリである。仰天。
 大物ラッシュのあとは、デザートにキュートな幽霊ファンタシー、『ゴースト・パラダイス』☆☆☆★(鴻巣友季子訳/講談社文庫五四〇円)を。〈ディスクワールド〉や〈ノーム〉シリーズでおなじみテリー・プラチェットの少年小説。
ジュブナイル版『心地よく秘密めいたところ』(ビーグルのほうね、もちろん)って感じのかわいいお墓もの。トミー・アトキンズの使い方とか、プロット的にはやや難ありですが、子どもたちの会話がリアルで妙におかしい。いまどきの少年探偵シリーズとしては上々の出来。
 さてどんじりは小学館・地球人ライブラリーから出たクリフトン・ファディマン編『第四次元の小説』☆☆★(三浦朱門訳一五〇〇円)。
昔懐しい荒地出版社版からマーティン・ガードナーの二編をカットした全七編の数学SFアンソロジー(翻訳には全面的に手が入っている)。ハインライン「歪んだ家」以外はよそで読めないレアな短編揃いだが、再読するとほほえましい作品が多い。やっぱりポージスかな。それにしても森毅(解説)はノーマン・ケイガンまで読んでるのか(驚)。



■本の雑誌〈新刊めったくたガイド〉#36(94年12月号)/大森 望

 最近やたら忙しい気がするのはどうも頭の処理速度が落ちてるせいじゃないか。仕事量が一定でもCPUが遅いと処理が重くなるのは当たり前。これがパソコンならODP装着したりマザーボード交換したりすればいいんだけど、人間の場合は年々性能が低下していくばかりのこの脳ミソと一生つきあっていくしかないわけで、つくづく不便な話。メモリは足りないし起動に時間がかかるし、まったくろくなことがない……とぼやいててもしょうがないので書評に移る。五つ星連発だった先月の反動か、今月はろくなSFがない。
 たとえばハインラインの『栄光の星のもとに』★★(鎌田三平訳/創元SF文庫六〇〇円)は、その昔「宇宙戦争」のタイトルで講談社から出ていたジュブナイルの初の完訳版。47年から58年まで、スクリブナーから毎年1冊計12冊刊行されたハインラインの児童SFはこれですべて早川/創元の文庫で読めることになったわけだけど、ま、この本が最後になったのも納得できる。金星独立戦争に巻き込まれた宇宙生まれの少年のたどる数奇な運命――と、いかにもハインライネスクな設定ではあるものの、筋書はあまりにストレートだしSF性も希薄。だいたい訳題に「栄光」の字がつくとろくなことがないよな。ま、ハインラインの基準に照らさなければそれなりに読める作品ではありますが。
おなじ児童物ならはるかに上等な感動を与えてくれるのが、ゴールド・ダガー賞作家ピーター・ディキンスンの『エヴァが目覚める時』★★★☆(唐沢則幸訳/徳間書店一六〇〇円)。SFファンには『緑色遺伝子』や『キングとジョーカー』で、ミステリファンにはピブル警視シリーズで、児童文学ファン(?)には『青い鷹』で、それぞれ熱狂的に支持される英国のベテラン作家が書いた、これは少年少女向け本格近未来SF。
 事故で瀕死の重傷を負った少女エヴァは、人格と記憶をチンパンジーの脳に移植され、人間社会とチンパンジー社会のはざまで生きることになる……と要約するとまるで大昔のSFみたいだけど、エヴァの日常生活や心理の動きがリアルかつ鮮やかに描写されてスリリング。後半、politically cor-rectくさくなるのが惜しい。
SFが寂しい分、ファンタシーの収穫が三冊。トマス・バーネット・スワン『幻獣の森』★★★☆(風見潤訳/ハヤカワ文庫FT五二〇円)は、二年前に邦訳された著者の処女長篇『ミノタウロスの森』の(あとから書かれた)前日譚。テアとイカロスの姉弟が誕生したいきさつが物語の中心で、まだ若いユーノストスにかわって本書で語り手をつとめるのは、海千山千のドリュアス(木の精)、ゾーイ。三百歳を越える年齢と三百人を越える愛人歴を誇る彼女の機知と度胸と口の悪さのおかげで、『ミノタウロス』にくらべるとぐっとにぎやかで楽しい作品になっている。前作を未読の人もぜひこちらからどうぞ。
 一方、『魔女集会通り26番地』でおなじみ、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの『九年目の魔法』★★★★☆は、チャールズ・デ・リントの『リトル・カントリー』やジョナサン・キャロルの諸作を髣髴とさせる現実密着型ファンタシー。「現代イギリスを舞台に、少女と魔女の九年間におよぶ戦いを描いた物語」(解説より)なんだけど、その要約から想像されるタイプの小説とは180度ちがうのがミソ。まるであしながおじさんみたいに旅先から本を送ってくれるチェロ奏者トーマスを年上の友人として成長していくヒロイン、ポーリィが圧倒的にすばらしく、本好きの少女時代を送った女性なら一発でダウンするはず。これなんか読むと、北村薫の「私」はやっぱり男がつくったキャラクターだなって気がしないでもない。ポーリィは男が惚れるってタイプじゃないんだが、凡百の少女小説ヒロインは到底太刀打ちできない存在感と男の理解を拒絶する部分があって、そこがいいんだよね。
 失われた記憶を回復するための過去への旅――という新本格ミステリ的モチーフが魔女との対決へとつながる展開は細部まで周到に練り抜かれ、読み流しはご法度。ノスタルジーと知的スリルに満ちた女性活字中毒者必読の傑作。
赤川次郎『午前0時の忘れ物』★★★(白泉社七二〇円)も、ウェルメイドなヤングアダルト向け現代ファンタシー。「バス転落事故で湖に沈んだ死者たちが、愛する人たちに別れを告げにもどってくる」、ただそれだけの物語なのに、各登場人物が死者からのメッセージを受けとる冒頭からぐいぐい読者を引きこみ、バスターミナルでの出来すぎた山場まで本をおかせないテクニックはさすが。
 つづい国産SF短篇集を二冊。栗本薫『さらしなにっき』★★★(ハヤカワ文庫JA五四〇円)は、82年から92年までの10年間に書かれた栗本薫のSF短篇8篇を収録。各篇に付された著者解説にもあるとおり、70年代日本SF短篇の香りが濃厚に漂い、奇妙な懐しさを感じさせる。日本SFおたくの高校生がはじめて書いた短篇のような初々しさとプロのテクニックとが合体し、最近ではめったに読めないタイプのほほえましい一冊。栗本ファンより古手の日本SFファンにおすすめしたい。
 ファミ通連載中のショートショートを集める短篇集の二冊め、渡辺浩弐『マザー・ハッカーズ』★★☆(アスペクト一五〇〇円)も、新しい革袋に古い酒のタイプ。ばらつきはあるものの、週刊ファミコン誌にこのレベルの作品を書きつづけているは驚異的。SFショートショートという絶滅しつつある文化が意外な場所で継承されているって感じですね。
 最後の一冊、笙野頼子の短篇集『タイムスリップ・コンビナート』★★★☆(文藝春秋一一〇〇円)はまるでSFみたいなタイトルだけど芥川賞受賞作だから当然SFじゃなくてSF的妄想の文学的表出ってやつですか。都立家政に5年住み、原稿とりで鶴見に通った経験のあるわたしとしては他人事とは思えない小説で、読みながら妄想がどんどん広がっていくんだけど、しかしジェッターは1000年の未来から時の流れを越えてやってくるんだから三十世紀に決まってるんだってば。