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自然のかく乱と人為的かく乱
 「ため池の水を抜き、ブラックバスを駆除することは環境破壊ではないか?」「水路の泥上げや水草を刈る行為は環境破壊ではないか?」といった疑問・・・そのまま手を加えないことが環境保全だと勘違いしている人が実に多い。結論から言えば、人為を加えることによって形成された二次的自然は、人為を加え続けない限り生物多様性は守れないということ。それはどういうことなのか、具体的な事例で考えてみたい。

 上の写真のような自然河川では、河床が生き物たちの住処となる凹凸があることがわかるだろう。河床には、水の流れによる侵食で、平均化作用が働く。つまり、流れの侵食で次第に凸部が侵食され凹部に堆積していく。大きな変化がなければ、川虫や魚たちが隠れる凹凸がなくなってしまうようはずである。

 ところが、自然とはうまくできたもので、早春の雪代にはじまり、6月から7月にかけて梅雨、夏から秋にかけて台風豪雨などによってかく乱され凹凸が再現される。これを「自然のかく乱」と呼んでいる。

 治水の視点から考えれば、洪水は悪であり、人間にとっては災害と言うリスクを伴うが、生き物の視点から考えれば洪水はなくてはならない「自然のかく乱」なのである。
 人為的に水量がコントロールされている溜池や田んぼ周辺の用排水路には、「自然のかく乱」は期待できない。上の写真は、排水路に繁茂した水草のアップ。このまま水草を刈らずに放置すればどうなるか。流れは淀み、侵食された泥がさらに堆積、水面を覆い尽くした水草によって水面下には光が届かなくなる。もちろん大雨が降れば災害が常習化し、生物多様性も著しく減少することは容易に推定できる。つまり人為を加えないことは、生物多様性を著しく減少させるのだ。
維持管理=人為的かく乱
 写真は、秋田市仁井田堰土地改良区が管理する古川排水路。舟でV字カッターを引きながら繁茂した水草を刈り取っているところ。この作業は一週間から10日ほど続く。こうした用排水路の泥上げ、水生植物の除去、草刈りなどの維持管理は「人為的かく乱」と呼ばれている。

 こうした維持管理は、農業者サイドからみれば、水量の確保と洪水の未然防止ということになるが、一方生き物たちにとっては、住処を再現してくれる「人為的かく乱」にあたる。つまり維持管理=人為的かく乱は、田んぼ周辺の生物多様性を保全する上で、なくてはならないものである。
伝統行事「池干し」=人為的かく乱
 羽後町土地改良区が管理する足田堤のブラックバス駆除風景

 「ため池の水を抜き、ブラックバスを駆除することは環境破壊ではないか?」との批判をたくさんいただいた。こうした批判は、いかに多くの釣り人たちが「維持管理=人為的かく乱」の意味を理解していないかを如実に物語る出来事だった。

 溜池の水を抜き「池干し」をする行事は、昔から行われてきた伝統行事だ。こうした維持管理を怠れば、どうなるのだろうか。ヘドロがどんどん堆積してくる。水生植物の遷移が進み、やがて溜池全体に水草が繁茂してくる。貯水量が減るだけでなく、ヘドロの堆積によって次第に還元状態に陥り、酸欠、水質の悪化が急激に進み、生き物たちは絶滅の危機に瀕することになるのだ。

 現に横手市のG沼には、絶滅危惧種1A類にランクされるゼニタナゴが生息しているが、2002年、秋田淡水魚研究会が調査したところ、酸欠状態で絶滅の危機に瀕していることがわかった。これは長年ため池の維持管理を怠った結果、ヘドロが70cmも堆積、酸欠状態に陥ったことが原因と判明した。ため池の維持管理が水辺の生き物たちを守ってきたのだということを如実に物語る出来事だった。

 溜池の多くは、江戸時代の新田開発に伴って築造された。こうした溜池は、流れを堰き止め堤防を築いた時点で「自然のかく乱」は期待できなくなる。そこで数百年にわたって「池干し」=人為的かく乱の行事を行ってきたが、こうした伝統行事に適応してきた動植物が溜池の生き物たちである。しかし、残念なことに、過疎化、高齢化、兼業化が急速に進み、さらに米価の下落、転作の拡大に伴って、こうした伝統行事が衰退してきていることは憂慮すべき事態だ。これが里地里山地域の生物多様性を脅かす第二の危機だ。
田んぼの生き物調査=国外移入種の脅威
 日本の重要湿地500に選定されている古川水路で、地元の土地改良区とともに生き物調査を行った。捕獲された田んぼの生きものたちは、ギンブナ、ドジョウ、ナマズ、メダカ(準絶滅危惧種)、トミヨ(絶滅危惧種2類)、ヤリタナゴ(準絶滅危惧種)、マルタ(絶滅危惧種2類)、アユ、トウヨシノボリ、スズキ、二枚貝、タニシ、トノサマガエル、アマガエル、コオイムシ、アメンボ、ハグロトンボ・・・いかに種の多様性に富んでいるかがわかった。
 古川水路の最上流部に位置するヤブレ沼。この美しい沼は、雄物川の氾濫でできた自然沼で、いつも地元の釣り人たちで賑わっている。
 そのヤブレ沼に立てられた看板。よく見ると「環境整備・・・オオクチバスの駆除等の計画をしております・・・お一人様二千円のご協力をお願いできれば幸いです」と書かれていた。地元の人に聞けば、オオクチバスが密放流されて以来、バス釣りの人たちも数多く見られるようになったという。

 日本の重要湿地500に選定された古川は、希少水生植物だけでなく、希少淡水魚が数多く生息しており、調査すればするほど水田生態系の豊かさが実感できる貴重な場所だ。それだけにオオクチバスの存在は、残念でならなかった。
 秋田市御野場団地脇を流れる排水路・萱野堰を調査。末端は、古川排水路に自然排水されている。昔ながらの土水路で一見、魚たちが豊富に生息しているように見えるが、驚くほど種が単純化していることが判明した。
 一度にアメリカザリガニが15匹も入った。いかにも魚がいそうな場所を選んで、何度も捕獲作業を行ったが、ほとんどアメリカザリガニのみ。それも大量に捕獲された。たまにドジョウも入ったが、型は小さく、量も数も極端に少なかった。かつてはホタルが乱舞した水路だった。地元から、ホタルの復元をしてほしいとの要望を受けているが、生活雑排水の処理による水質改善とともに大量に繁殖したアメリカザリガニを駆除しないと、ホタルの復元は難しいだろう。

 それにしても上流の沼にブラックバス、下流にアメリカザリガニの大量繁殖・・・田んぼ周辺が生物多様性の宝庫と言われても、国外から移入した生物に脅かされている現実に改めて驚かされた。これが里地里山地域の生物多様性を脅かす第三の危機である。
生物多様性を脅かす第三の危機=移入種問題
 ハブ退治として移入されたマングース、ペットが野生化して農作物や生ゴミを荒らすアライグマ、メダカと似ているカダヤシ、タイワンザルと世界の北限に位置するニホンザルとの混血、世界的に大問題になっているアルゼンチンアリの侵入、ため池などに生息しているウシガエル、野生化したヤギ、輸入されたクワガタ・カブトムシの野生化、ため池や河川で大繁殖しているホテイアオイ、淡水魚ではブラックバス、ニジマス、ブラウントラウトなど・・・こうした島国・日本の現実をみれば「移入種天国」と言われてもしかたのない悲惨な現実がある。日本独自の「自然と人間と文化」を軽視し、無批判に国際化したツケは余りにも大きいと言わざるを得ない。ブラックバスの問題は、そうした反省を促す象徴的な問題であるように思う。

 2002年12月30日 つづく・・・

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