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Hidaka mountain chain Shizunai water system Shunbetu river 2002.8.11-17
 フェリーで苫小牧に向かう途中、携帯電話が鳴った。
 健ちゃんの現地調査によると、春別ダムより遥か下流の林道が連日の大雨で崩壊、流れは渦巻く濁流、雨はなお降り続いているという最悪の状態だった。

 いつもなら諦めて、別の水系にあっさり変更するところだが、なかなか諦めきれない。
大雨・林道崩壊・濁流・・・日高初の山越えルートに挑戦 「なせば成る」
 林道に頼らず、天候にも左右されないルートはないか・・・地図に穴があくほど眺めた。妙案が浮かんだ。新冠湖に注ぐ沢から山を二つ越え、シュンベツ川の大函上流に至るルートだ。

 シュンベツは大河なだけに、簡単に水位が下がらないだろう。釣りなんてできなくてもいい。とにかく未知のルートを歩き、誰にも会わない憧憬の渓・シュンベツ川に行ってみたいと常々思っていた。その思いは健ちゃんも同じだった。「なせば成る」・・・たった二人だけの心細いパーティだったが、憧憬の渓という目標に向かってお互い助け合い、全力投球すれば道は拓けるはずだ。
 車止めを出発して二日目、夢にまで見た憧憬の谷が眼下に見えた。右の高い山が大山(1361m)、左奥が日高の稜線だ。大山と手前右の尾根の切れ込みは鋭く、函が2キロにわたって連続する険悪な区間だ。モクモクとうねるような広葉樹の山並み、その遥か底からシュンベツ川の轟音が聞こえてきた。
 1週間山にこもるとなれば、いかに荷を軽くするかが難題だ。主食は、登山食として利用されるアルファ米、乾燥野菜・スープ、非常食としてカンパン、チキンラーメン。酒は、ビールや日本酒を持たず全てウィスキー。

 右の写真は65リットルのアタックザック。赤い布テープ20mを1本、黄色10mを2本など遡行用の道具、ヒグマ対策として熊撃退スプレー、山刀、爆竹、熊鈴、野営用具、炊事用具、カメラなどの機材、釣り道具、着替え・・・合計23キロ。パーティが二名と少ないだけに共同装備の負担も大きい。荷は15キロ前後が理想だが、1週間ともなればそうもいかない。20キロを超える荷を背負い、二つの山を越えるのは苦行そのものだ。
 8月11日、前日の雨も上がり神秘的な朝を迎えた新冠湖。
 目指すは、標高差300mほどの山を越えイドンナップ川へ出て、さらに標高差600mのシュンベツ越沢を登り詰めて下降する計画だ。行き二日、帰りも二日・・・4日間は沢を歩き続けなければならない。決して楽なコースではない。

 ここの右手広場に車を止め尾根を目指したが、まさか遭難騒動になるとは露ほどにも思っていなかった。工事現場の人が何日経っても帰ってこない秋田ナンバーの車を見て不思議に思ったらしい。ダムに落ちて死んだか、あるいはクマに襲われたのではないかと心配し、静内警察署に連絡。車のナンバーを手掛かりに秋田まで電話の問い合わせがあり、遭難騒ぎになっていたようだ。そんなことは露ほどにも思っていない釣りキチ二人は、ただ憧憬の渓を目指してひたすら沢を登っていた。
熊撃退スプレー実射訓練
 左がOUTBACK TRADING COMPANYの熊撃退スプレー。手前のスプレーは8年前に購入、既に有効期間が過ぎていたので、実射訓練を行った。周りに人がいないかどうか、風向きを確認して実射してみたが、その威力は思ったより凄いと感じた。風が若干巻いていたため、目と鼻に少しだけ入ってしまった。目は開けられず涙が止まらない。鼻はヒリヒリ・・・有効期間は過ぎていたとはいえ、飛距離も十分だった。この実射訓練がヒグマを無用に恐れない自信につながったことは確かだ。
爆竹を鳴らしても接近してきたヒグマの恐怖
 イドンナップに越える沢は、標高差が少ないものの藪だらけで、沢登りというよりは藪こぎの連続だった。尾根まで後一歩というところで第一の難関が待ち受けていた。

 斜面の倒木に黄色のタモギタケを見つけ、ザックを背中から降ろして採取し始めた。すると、突然「ガサ、ガサ」という音が聞こえてきた。耳をすまし、笹竹を掻き分けながら進む獣の音を聞いていると、右手のコルの方向だった。藪の音は、次第に我々に向かって来るのがはっきり分かった。「やばい!」・・・健ちゃんが爆竹を取り出した。私がそれに火を付け、地面に投げると、バァバァバァバァ〜ンと爆竹が鳴り響いた。幸いにも我々は風上に立っていたから、煙が近づく獣の方向に流れた。それでも逃げるどころか、ゆっくり近づいてくるではないか。突然、小熊の鳴く声が聞こえた。「やばい!最も危険な親子熊だ」・・・

 もう一度爆竹を鳴らしたが効果は全くなかった。腰に下げていた熊撃退スプレーを右手に持ち、笛を吹いた。笛を吹くと一瞬立ち止まるのが分かった。これは距離をとる以外にないと判断。早速ザックを背負い、右手に熊撃退スプレーを持ち左手方向にトラバースしながら尾根に向かった。

 もしこの時下ったならば、相手の動きが何も見えず、車止めに引き返すしかなかっただろう。幸い、尾根の方向に上れば、熊がいた場所を俯瞰できるような位置につくことができる。熊が動けば、笹が動いたり、音が聞こえるはずだ。一つ一つ確認しながら慎重に登った。幸い追い掛けてくる気配はなく、何とか尾根を越えることができた。爆竹でも逃げないヒグマの親子は、恐らく残飯や空き缶の味を覚えていたに違いない。これも人間のモラル低下が招いた災いだと思うとやりきれない。生ゴミや空き缶などは絶対山に捨ててはいけないことをもっともっと肝に銘ずべきだ。
 左:コルからイドンナップ側を望む。 右:崩壊した林道跡を快適に下る。
誰もいないイドンナップ林道を歩きシュンベツゴエ沢出合いにキャンプ
 我々が下った沢は「ニイカップゴエ沢」という名前だった。左の写真は「にいかっぷごえばし」の名称が付いていた。かつては、シュンベツと新冠を結ぶルートだったに違いない。偶然とはいえ、ルート選定に誤りがなかったことに安堵する。
 連日の大雨で春別ダム下流の林道は崩壊している。イドンナップ林道終点まで、およそ20キロもある。この長い林道を歩いてくる馬鹿はいなかった。

 誰もいない林道を快適に歩き、地図でシュンベツ越え沢を間違えないよう慎重にチェックしながら歩き、目的の出合いにテン場を構えた。もし一本でも詰める沢を間違えたなら、最も険悪な大函に出かねず危険極まりない。
 林道沿いに咲いていたリンドウ(エゾリンドウ)。東北では1000m級の尾根でしかお目にかかれない花だが、北海道では標高300m程度の林道に咲いていた。気候の違いを痛感させられる。  渓沿いで見つけたクワガタのメス。
 コウメバチソウ(小梅鉢草)・・・葉はイワイチョウに似て、卵形あるいはハート形をしている。岩場の林道沿いにたくさん生えていたが、なかなか可憐な花で思わずシャッターを切った。
 ハンゴンソウ・・・至る所に群生する雄大な草だ。特に雪の多いところで勢いがいいと言われている。長さ30センチ以下ぐらいを折ると、キク科特有の強い香りがする。この強烈な香りを死者の霊をみる例えとして、反魂草(ハンコンソウ)という。
 切り立つ崖から勢いよく落下する清冽な滝。

 飛沫を浴びると涼しそうに見えるが、
 連日の雨と曇天で日高の沢は寒く、
 とても冷たい飛沫を浴びる気になれなかった。残念!
 イドンナップ川は、増水で白く波立っていた。健ちゃんが右手にルアーを持ち、激流を渡渉しているのが見える。ルアーでは釣るポイントが少なく苦戦を強いられたが、何とか3尾のイワナをキープ。

 大事に三枚におろし、ムニエルに。残りの頭や骨、皮は油で炒め、塩コショウをつけてありがたくいただいた。私はイワナを食べないと、何故か山を越える元気が湧いてこない。さあ、明日はいよいよシュンベツ川に越える日だ。早めにテントのシュラフに潜る。

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