花舞う季節に



 薄紅色の花弁が天上から降り注ぐ季節
 甘美な香りと共に訪れる春の息吹

 柔らかな日差しは鼈甲の輝きにも似て
 生まれ出る新緑は汚れ無き翡翠の淡さで世界を包む

 一面の銀世界に覆われた季節は過ぎ去った
 ほら、暖かく穏やかな春の使者が静かに舞い踊っている―――…



「…っていうか、お前の頭の中は年中春だな」

 青年は痛む頭を軽く手で押さえた
 花見に来たのかポエムを聴きに来たのか、これではわかったもんじゃない

 青年――…ジュンは、人選を誤った事に今更ながらに気が付いた
 彼の恋人、ゴールドは静かに花を愛でる相手には向かないらしい

 …花よりも、自分の方が愛でられてしまっている
 物凄く落ち着かない――…これでは花見どころではない


「花を見ろ、花を!!」

「目の前に世界一美しい花があるというのに、他の花など目に入りません
 この花弁たちがいくら可憐に舞い散ろうとも貴方の愛らしさを引き立てるばかり
 貴方の美しさを前にしては、いかなる花も色褪せてしまう――…あぁ、何て罪な方なのでしょう」

 雪と共に、こいつの脳味噌も溶けて流れ出たと見た
 彼の頭の中には蛍光ピンクに光る何かが詰め込まれているに違いない


「…あーあ…もう、付き合ってられない」

 ジュンはゴールドに背を向けて数歩離れる
 少しでも他人のフリをしたかった

 とっくに手遅れなのだが


「まぁ、そう恥かしがらずに――…どうぞ」

 ゴールドは懐に手を突っ込むと何かを取り出した
 そしてジュンの手を取るとそれを握らせる

 仄かな人肌に温まったそれは――…



 カップ酒だった


「――…おい…おっさんよ…」

 何でカップ酒?
 っていうか、いつから持ってた!?


「花見の定番ですよ」

 ゴールドは再び懐に手を伸ばすと、もう一本カップ酒を取り出す
 ポエミィな空気が、一瞬にして親父臭漂う寂しい雰囲気と化した


「…飲まないのですか?」

「おっさんが懐で温めた酒を飲めと!?」

「あぁ、そんなに嫌がらなくても大丈夫ですよ
 それは懐ではなくワキの下に挟んで温めていたものですから」


 なお悪いわぁ!!

 っていうか、俺はワキの下にカップ酒挟んだ男に口説かれてたのか!?
 しかも降り頻る満開の桜の木の下で――…!!



「さ、桜の儚さが…一気に汗臭い展開に…」

 しかも、何か臭う
 汗臭いというよりも、これは―――…

「ほら、ジンギスカンもありますよ」

「どーりで獣臭いと思ったよ!!
 お前の体臭が羊化したかと思って一瞬ビビッたじゃないか!!」

「あとは煎餅とダンゴと、それと――…」


 まだ何か出るのか!?


「お前の服の中、あと何が出て来るんだ…?
 もしかして親戚に水色の猫型ロボットとかいたりしないか?」

「ふふふ…そう驚かないで下さい、可愛い人
 さぁ、この花霞みの中で共に酔い痴れましょう」

 桜の根元に腰を下ろすゴールド
 でも、今更格好つけられても反応に困る


「…って、ヤンキー座りでカップ酒すするのは止めろ」

 ちょっと似合っているのが逆に物悲しい
 あぁ――…この切なさは、38歳という歳の差が齎すのだろうか

 先程とは違う寒さを感じながら、それでもゴールドの横に座る
 ほっといても良いのだが延々と煩い事になるのは目に見えていた


「仕方がないから付き合ってやるよ」

「…ジュン、貴方は飴細工の天使です
 脆く繊細で――…けれど、透明で澄んだその身体は甘く溶けて行く…」

「…………。」

 …失敗した
 これはこれで物凄く煩い


「あれだけの酒で、もう酔ってるのか」

「ジュン…貴方の存在がボクを酔わせるのです
 ボクの心にネクタルを注ぐ悪戯好きの天使よ…」

 悪魔と天使は敵同士なんだけど
 この悪魔はその辺を理解した上で言っているのだろうか


「ボクを潤す事が出来るのは貴方の存在だけです
 あぁ…我が愛しきアマン、ボクは誓います――…永久なる愛をっ!!」

 バッ、と両腕を広げて叫ぶゴールド
 その場が水を打ったかのように静まり返った

「………………。」


 ザ・ワールド

 時よ止まれ



「…どうも、お騒がせしました…」

 先客のカップルが何ともいえない視線を向けてくる
 それは蔑みなのか哀れみなのか…どちらにしろ居た堪れない

 俺はゴールドの背を押しながら、逃げるようにその場を後にしたのだった



 薄紅色の花弁が天上から降り注ぐ季節
 甘美な香りと共に訪れる春の息吹

 柔らかな日差しは鼈甲の輝きにも似て
 生まれ出る新緑は汚れ無き翡翠の淡さで世界を包む

 一面の銀世界に覆われた季節は過ぎ去った
 ほら、暖かく穏やかな春の使者が静かに舞い踊っている―――…



「…まぁ、春は変な奴が増えるって言うからな…」

「聞いてて胸焼けしそうな会話だった
 …今ならブラックコーヒーも飲めそうな気がする」

「俺は豆ごとバリバリいけそうな勢いだ」

 智也は手に持っていたコーヒーを飲み干した
 微糖のはずなのに妙に甘く感じるのは何故だろう

 桜の花弁までもが砂糖菓子に見えてくる


「…智也は、ああいうセリフ言えるのか?」

 口が裂けても言うものか


「ハク、ああいうのは相手にしたら駄目だ
 むしろ―――…見なかった事にしろ

「それなら、気を取り直して花見を続けよう
 新しい飲み物を買ってくるから、待っていてくれ」

「ああ、頼む」

 小走りで自販機へ向かうハクを横目で見送る
 智也はねっとりとした甘さの残る公園で桜を見上げながら呟いた


 ――…言葉もコーヒーも、甘さは控えめに



   ― END ―



<あとがき>

 ははは…(もう笑って誤魔化すしかないらしい)
 何か、想像以上に酷いモノを書いてしまいました…

 ちなみにこの話、六割方が実話にござります
 拙者が友人を誘って近所の公園に花見に行ったのが事の発端だったのじゃが――…


 拙者「何か酒でも持ってこれば良かったのぅ」
 友人「え、私持って来てるよ? はい、お酒」

 そう言ってワキの下からワンカップを取り出す友人(♀)
 ―――って、お前…いつから持ってた!?

 その後、鮭トバやら煎餅やら紅白カマボコ(!)やら…もう、出るわ出るわ
 一体何処に忍ばせてたのか気になって仕方がござりませぬ

 …奴の懐は、絶対に四次元に繋がってると見た


 お礼として拙者、友人の耳元で延々と甘い言葉を囁き続けました
 いや、彼女はアンジェリーク等のネオロマンス漂うクサいセリフが大好きな御仁でして…

 しかし降り頻る桜の下でピンクハウス姿の20代前半の女と、
 明らかに人妻と思われる腹の膨らんだ女がワンカップ片手に寄り添い合いつつ、
 耳元で歯の浮くような口説き文句を延々と呟いている光景を人はどう見るのだろう

 先客と思われしカップルに、物凄く不審そうな眼差しを頂きました…ああぁ…


 こんなブツですが、一応 杜陸なつき 様に捧げます(迷惑)
 キャラ使っちゃいましたよー…しかもツッコミ役という微妙なポジションで

 やりたい放題ですみません…拙者に良心と言う言葉は存在しないようです
 これでも最初はシリアスの予定だったのに、何処で間違ったのじゃろう?(最初からだね)

 わけのわからぬモノで恐縮ですが、こんなんでよろしければお受け取り下さりませ…


― おまけ ―

 小説のイメージを膨らます為に落書きを描きました
 もしよろしければ、それもご自由にお持ち帰り下さりませ…

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