「………おーい……」


 ベッドに突っ伏し、不貞寝を決め込んだ猫耳童貞男

 カーマインはそんな恋人を気遣って声を掛けるものの、
 先程からメルキゼからの返答は、無い


「…そんなに不貞腐れるなって
 気にするな、男なんて生まれた時は皆童貞だ」

 ぴくっ

 童貞、の言葉に猫耳が反応する
 ターバン越しでも、それはハッキリとわかる

 ………耳は正直だ





「―――…失礼します、今…宜しいですか?」


 軽く響くノックの音
 来訪者はアストロメリアだ


「あ、はい…どうしました?」

「突然、すみません
 今、皆でカードゲームをしているのですが
 宜しければご一緒に如何ですか?」



 カードゲームが趣味だと言うアストロメリア

 船の上では数少ない娯楽らしい
 既にシェルは他の海賊たちと一緒にゲームに興じている


「…せっかくのお誘いですけど…
 メルキゼがこんな感じなんで、遠慮します」

「……船酔いですか?
 辛いようなら、薬を用意しますが…」

「いえ…船酔いとかじゃなくて…
 平たく言えば、童貞をこじらせて寝込んでます


 風邪のような扱い
 しかし、現状は風邪より悪い

 何せ、風邪は放置していても治るものだが、
 童貞は放って置けば一生、このままなのだ




童貞治療薬は知りませんが…
 コンドームとローション辺りが無難でしょうか?
 月並みですが、童貞喪失促進剤として…」

「でも、使わなきゃ意味無いんですよ…」

「…使えませんか?
 私で良ければ及ばずながら微力を尽くしますが


 何をどうする気だ

 その辺をちょっと聞いてみたい
 しかし…聞くのが怖い



「使い方は知っている筈なんですが、
 当の本人が使い物にならないんです」

「それは致命的ですね
 でも、天は二物を与えずと言いますから」

 それは慰めなのか



 振り返ると、突っ伏しているメルキゼの肩が微かに震えている
 これは怒っているのか、それとも泣いているのか

 …両方かも知れない


「ほら、アストロメリアさんも心配してるぞ
 早く元気出せよ」

 なでなでなで…
 頭を撫でると、ターバン越しに伝わってくるネコ耳の感触が気持ち良い






「…あー…そう言えば、アストロメリアさん」

「はい」

「バイオレットさんの頭から生えてるヒレみたいな奴…
 アレって、どんな触感なんですか?」

「あぁ、スミレちゃんのピンクのビラビラですか」


 その言い方はどうかと思う



「しっとりと潤っていて、柔らかい触感です
 手触りも舌触りも悪くはありません」

 舌触り!?



「ちょっ…食べちゃダメですよッ!?」

「うみうしって食べられますよ
 煮付けとか、酢味噌和えとかで
 ああ見えて貝の仲間らしいですから」


 そういう問題じゃない

 貴方たち一応、主従関係じゃないんですか
 何で捕食者と被食者になってるんですか

 しかも酢味噌和えですか





「…アストロメリアさん…
 もしかして、俺の想像力…試してません?」

「想像出来ませんか?
 スミレちゃんの濡れたピンクのビラビラを指先で弄んだら、
 今度は口に含んで、軽く吸い上げながら舌で何度も転がして反応を楽しみます」

 待て
 あんた、発言が官能小説っぽい


 というか
 誰もそんな説明求めてない



「ば…バイオレットさん、嫌がりませんか?」

「いえ…意外と気持ちが良いそうです」


 気持ち良いんだ…


「ちなみに食感は生のイカに似てます

 イカのお刺身ですか?




「……ええと…仲が良いんです…ね……」

「でも私とスミレちゃんは変な関係ではありません」

 断言しよう
 充分に変だ


 カーマインの脳裏に、
 ウミウシを啄ばむハシビロコウの姿が浮かぶ

 慌てて思考を切り替えるカーマイン



「そっ…そう言えば、カードゲームって何をやるんですか?」

「色々ありますが…今はトランプをしています」

「あー…ブラックジャックとか、ポーカーですか?」

7並べです」

 地味だな、おい




「負けた人は服を1枚脱ぎます」

 脱衣7並べ!?

「脱いだ服は、右隣の人に着せます
 全裸になった人は罰ゲームを執行されます」

 全裸の時点で既に罰ゲームだと思う


「というか、子供をそんな妖しいゲームに参戦させないで下さいッ!!」

「…あの少年は『全員のパンツの中を見るまで頑張る』と、
 誰よりも張り切ってカードゲームに参戦していますが…」


 シェル…
 火波が聞いたら泣くぞ







「それではお邪魔しました…お大事に


 あまり大事にしない方が良いような気がしなくも無い

 しかし、そう突っ込みを入れる前に
 アストロメリアは部屋から立ち去ってしまう


「……うーん…
 アストロメリアさんのキャラが、どんどん変な方向に行ってるなぁ…
 お前もそう思わないか、メルキゼ?」

「………………。」


 振り返って呼びかけても、返事は無い
 まだ拗ねて不貞寝しているのだろうか

 …意外としつこい



「おーい、メルキゼ…?」

「……ぐー……」


 寝てやがる

 この男
 不貞寝からマジ寝に入りやがった




「お前…よくそんな、重苦しい鎧姿で寝られるな…
 鎧着てベッドに入るなんて、RPGの世界だけだと思ってたぞ…?」

 これは流石に寝苦しいだろう
 とりあえず脱がせてやろう…と、鎧に手を掛けるカーマイン


 カチッ

 小さな音を立てて、
 金属の留め金が外れる

 そして―――…


「うわ…く…臭ッ!!

 むわーんと広がる汗の臭い
 鎧の中は蒸れて少々キツい芳香を漂わせていた

 なかなかの破壊力である


「カーマイン…
 勝手に脱がせておきながら文句を言わないでくれ…」

 いつの間にか起きていたメルキゼに睨まれるも、
 カーマインの頭の中にはもう、別の事で一杯になっている



「メルキゼ…お前、暑かったんだ?
 鎧着てて実はかなり暑かったんだな?
 中の肌着が汗吸って、凄い事になってるぞ?」

「ああ…そうさ、暑かったよ
 しかも重いし動き難いし…
 更には汗で臭って来るし、もうストレスが酷いんだ…」


「そ、そうか…
 お前でもストレス感じる事、あるんだな…」

「感じるに決まっているじゃないか!!
 汗で蒸れて背中が痒くなっても掻けないんだよ!?」

 それが一番のストレスの原因か




「騎士って大変な職業なんだね
 私は絶対に騎士の職には就けないな…
 鎧を着る事が、こんなに大変だなんて知らなかった」

「うーん…確かに騎士って見た目はカッコイイけどさ、
 実際は鎧って、かなり不潔で大変な物らしいからな…」

「うん、汗で酷いよ」


 今の彼に言われると、
 妙に説得力がある


「いや…でも、汗だけじゃなくてさ
 全身を覆うフルアーマーとかは、
 着脱が大変だからトイレに行けないらしいぞ」

「…痒い所に手が届かない上に、
 トイレも行けないとなると大変だね…」

「ああ…全部垂れ流しらしいからな
 で、他の騎士に上から水を掛けて貰うんだってさ
 いくら水で洗っても、やっぱり臭うんだろうなぁ…」

「騎士…本気で凄過ぎる


 凄い…けど、尊敬はしない

 今後、フルアーマー姿の騎士には近付かないでおこう
 そう心に決めるメルキゼだった






「あー…そこ、気持ちいい…」

「ここか?」

「…うん…そこ、もっと強く…」


「ん…こう?」

「…あ…うん……いい…」



 ぽりぽりぽり…


 ずっと痒かったらしい、
 メルキゼの背中を掻いてやるカーマイン

 船の上では出来る事が限られている
 今、彼らは全力で暇を持て余していた


「初日にして、既に暇人だもんな…」

「仕方が無いよ
 一応、海賊船だし…
 自由に中を歩き回って散歩するわけにも行かないから」

「見ちゃダメな物を見ちゃったら大変だしな」


 世の中、知らない方が良い世界というものは少なからず存在する
 一般人が見てはいけない物も、確かにこの世には存在するのだ

 そして…海賊船には、
 そういう系統のモノが存在している可能性が非常に高いのである




「まぁ、今の所は好意で迎え入れられてるから大丈夫だろうけどさ
 出来るだけ、トラブルは起こしたくないからな
 こういう集団で生きてる輩は1度、敵に回したら厄介だし」

「トラブルは起こしたくない…って、
 さっき海賊の口にワカメを詰め込んだ君に言われたくないよ…」

「あれはバイオレットさんの許可があったから大丈夫
 主従関係が成り立っている所では、
 一番上の奴に声を掛けておけば大抵は大丈夫なものだからさ」


 果たしてバイオレットとアストロメリアの間に、
 普通の主従関係が成り立っているのかは果てしなく謎だが



「お前も頑張って騎士のふりをしてろよ
 騙した事がバレたら、やっぱり面倒毎になるからさ」

「うん…それはそうだけど、
 バイオレットがディサ国に恩があるって言っていたけれど、
 それはどんな恩なのだろう…?」


 考えてみれば、ディサ国と海賊
 あまり深い付き合いがあるとは考え難い

 何をどうすれば、海賊がディサ国に恩義を感じるのか…



「海賊が奪った金品をディサ国が買い取ってくれているとか…かな?」

「それじゃあ単なる取引相手だろ
 恩義を感じたりはしないと思うぞ?」

「この船は実は、ディサ国から貰った物だった…とか」

「国の船が犯罪に使われてるとなれば、
 それは国にとって、かなり深刻な問題だぞ?
 彼らがディサ国に恩義を感じてるなら、
 迷惑になるような事を表立って言ったりしないだろ」

「うーん…それもそうだね…」


 唸るメルキゼ
 色々と想像してみるも、どれも信憑性に欠ける物ばかりだ


「…まぁ、それは後で聞いてみれば良いだろ」

「確かに…それが一番だろうね」


 そこで一旦、話が終わってしまう

 しかし…暇を持て余した彼らは、
 無言のまま次の話題を探し始める

 兎にも角にも、暇なのだ





「ええと……そうだ、カーマインの話を聞かせてよ」

「えっ…俺の話?
 もう話し尽くした気がするけどな…」


 カーマインにとって平凡だった日常は、
 しかし、メルキゼにとっては想像も付かない異世界の出来事である

 絵本を読んで欲しいとせがむ子供のように、
 メルキゼは事ある毎に、カーマインに故郷の話を聞きたがった


「百聞は一見にしかず…って言うでしょう?
 カーマインの話を幾ら聞いても足りないよ
 実際に君の故郷を見れない分、もっと色々な事を聞きたい」

「メルキゼ…」

「マンガの事とか同人誌の事とか…
 コミケやコスプレ…君の世界の事、もっと知りたいよ」



 ヤバい
 知識がかなり偏ってる

 …間違いなく、原因は俺自身が偏った人間だからだ


 このままじゃダメだ
 奴の中で、日本がネタに走りまくった事になってしまう
 オタク文化の栄えた萌えの国に…!!

 いや、ある意味では間違っていないが、
 知って欲しい日本の文化は、もっと大量にある




「め、メルキゼ…
 日本は萌えの国ってだけじゃなくて、
 もっと古き良き美しい一面もあってだな…」

「カーマインの家は古かった?」

「あー…木造の築30年、一戸建て――…って!!
 違う違う、そういう事じゃなくてだな!?」


 この男、『古き』しか聞いてない
 伝えたいのは『良き』『美しい』一面――…


「メルキゼ…あのな…?
 俺が伝えたいのは、日本から昔からあって!!
 今現在でも愛されているような伝統的な部分なんだ…!!」

「大丈夫、ちゃんとわかっているよ
 登校中にパンを齧った転校生とぶつかる奴だよね?」


 いや
 確かに古いけど

 ある意味伝統的とも言えるけれど、
 どちらかと言うとそれはお約束に近い

 というか、メルキゼよ…


「やっぱりお前にとっての日本のイメージって、
 そっち系なんだな…」

 わかっている
 全部、自分の責任なのだ






「転校生…でも、学校の話はもう聞いたから…
 そうだ、カーマインの母さんって…どんな人?」

俺の女バージョン

「そうか……激しいね


 全てを察してくれてありがとう
 でも、そんなメルキゼが…ちょっと切ない…


「鎌井紅…ペンネームはスカーレット
 コミケでは、それなりに名の知れた貴腐人だったぞ
 占いが趣味で…腐女子たちから教祖様的扱いを受けてたし」

「君の偏ったカリスマ性は母親譲りだったんだね」


 ほっといてくれ



「そうか…君の母さんの事が聞けて良かったよ
 いつかは挨拶に行って、お願いしなければと思っていたから」

「………お願い?」

「うん、オタクの…じゃなかった
 お宅の息子さんを下さい、幸せになります――…って」


 待て


「ちょっ…お前が幸せになるんかいッ!?
 俺を幸せにしろよ、俺を!!
 そしてオタクでもお宅でも間違って無いから突っ込めないッ!!」


 というか、メルキゼ…
 本気で日本に来る気か!?


 ちょっと想像してみろよ、おい

 何年も行方不明になっていた1人息子が、
 突然、ひょっこりと姿を現す――…それだけで家の中は大騒ぎだってのに

 一緒に連れてきた巨大なムキムキ猫耳男を紹介し、
 『俺たち、結婚します』なんて事になるんだぞ?


 普通は展開に付いて行けない

 …俺が両親の立場だったら、
 卒倒するか現実逃避する自信がある




「カーマインが人間の外見に戻って良かったよ
 元通りに故郷で暮らす事は無理かも知れないけれど、
 やっぱり両親に挨拶くらいはしておきたいものだからね」

「……ああ…うん……
 俺はもう、この世界で生きて行く事を決めたけど…
 でも、やっぱり家族くらいには安否を伝えたいしな…」


 しかし
 その場合…

 確実に起こり得るだろう大パニックを前に
 俺はどうフォローしたら良いものか

 自分の事を説明するだけでも大変なのに、
 この猫耳男の事までも――…となると

 想像するだけで気が遠くなってくる


 見るからに日本人ではない…
 というか、既に人間ですらないこの男

 一体、何をどう説明すれば良いのだろう
 俺ですら、この生物に関しては謎な部分が多いというのに…



「シェルの記憶を取り戻す手掛かりが見付かったら、
 また日本へ戻る方法を探しに行こうね、カーマイン」

「………………。」


 満面の笑みを浮かべるメルキゼ
 しかし、そんな彼とは正反対に塞ぎ込むカーマイン

 想像力が逞し過ぎる彼の脳内では、
 鎌井家大恐慌が起こっていた


 …これが現実の物にならないよう、
 対策を練るしかないカーマインだった





TOP