「キャプテン、そろそろ準備を!!」



 1人の海賊がドアをノックし、
 声を張り上げて、そう叫ぶ

 その声に反応して、
 バイオレットとアストロメリアが即座に立ち上がった


「えっ…ど、どうしたんですか!?」

 慌てて彼らに続くカーマインたち
 一体、これから何が起こるというのか


「ああ…この辺りはモンスターが多くてな
 海賊たち全員で警戒に当たる事になってるんだ」

 平然と答えるバイオレットだが、
 モンスター、という言葉にメルキゼたちに緊張が走る



「船にまで襲い掛かってくるんですか?」

「ええ…海中から触手を伸ばして攻撃してくる、
 クラーケンという巨大なモンスターがこの辺には多く生息しています」

「サハギンって呼ばれる半魚人もいるぜ?
 奴らは頭が良い分、厄介だ…船に穴を開けようとして来やがる」

「ちょっ…それ、ヤバいんじゃないですか!?」


 船に穴が開いたら…と、想像するだけで血の気が引きそうになる
 当然ながら、船に穴が空いたら浸水して沈没する


「ど…どうすれば…」

 メルキゼの顔が露骨に青ざめる
 長年、森の中で生活していた彼は水とは無縁だった
 つまり…彼は泳げない


 仮に泳げたとしても、ここは大海原のど真ん中
 沈没する船から逃げ出して海に飛び込んだとしても、
 陸まで泳ぎ切る事は不可能と言っても良い

 泳ぐ以前に、モンスターに襲われて終わり…という可能性の方が大きいだろう
 しかも、海の敵はモンスターだけではない
 鮫などの肉食の巨大魚も少なからず存在する





「あのなぁ…そんなにバイオレット海賊団は信用ねぇか?
 そうなる前に、海賊全員が警戒に当たるって言ってんだろ!?」

「け、警戒したって…襲って来るものは襲って来るでしょう!?」

「ふっ…甘いな、騎士さんよ
 そこが陸上戦を主とする騎士団と、海上戦を主とする海賊団との違いだぜ
 こっちは何十年と海の上で暮らしてんだ、ナメんじゃねぇよ」


 自信満々に胸を張るバイオレット
 どこからその自信が来るのかは謎だが、今は彼らに頼る他無い

 少なくとも、海での戦闘に関しては彼の方が何枚も上手だろう



「…つまり、海賊秘伝のモンスター撃退法があるんですね?」

「おっ…流石はアストロメリアを手懐けた男だ
 そこの騎士さんより、ずっと頭がキレるじゃねぇか」

「………悪かったね」


 頬を膨らませるメルキゼ

 とは言え、泳げない彼にとって、
 海上戦がどれ程脅威なのかは痛いほどわかるカーマインは、
 それとなくメルキゼのフォローに立ち回る事に専念する




 その一方で


「どうぞ、お試し下さい
 カンヤム・カンニャムという希少な茶葉です」

「ふむ…良い香りじゃな」


 のんびりと、お茶のお代わりを貰っているシェル
 周囲に芳醇な香りが立ち込める


「し、シェル…何してるの…?」

「こういう時こそ茶の一杯でも飲んで落ち着けと、アストロメリアが…」

「一戦を交えるその時にこそ、
 茶や酒を口にして心にゆとりを持つのが我々バイオレット海賊団流です」

「へぇ…じゃあ俺も一杯貰おうかな」

「はい、かしこまりました」


 この落ち着き
 そして余裕っぷり

 ……侮れない


「シェル…カーマイン…
 君たちにそう余裕をかまされると、私の立場が…」

 自分よりも遥かに肝が据わっている2人を前に、
 ちょっぴり切ない気分になるメルキゼだった







 甲板へ出ると、バイオレットたちに気が付いた海賊が軽く手を挙げる
 手に望遠鏡を握っている事から、恐らく見張り役なのだろう


「キャプテン、そろそろです」

「……そうか
 よし、野郎ども―――…取り掛かれ!!」


 バイオレットの一声で、
 周囲で警戒に当たっていた海賊が一斉に何かの準備を始める



「…それで、具体的に何を始めるんですか?」

「ま、簡単に言えばモンスター避けの作業だな
 戦って勝てねぇ事は無いだろうが…
 でも危険は避けるに越した事ねぇだろ?」

「それは…まぁ、そうですね
 でもモンスターを避けるって…どんな手段を使うんですか?」


 海賊が愛用している手段なら効果は確実だろう
 そんなに効果があるなら、知っていて損は無い

 これからも船旅を繰り返す事を考えると、
 むしろ是非とも知っておきたいものだ

 両手を硬く握って意気込むカーマイン



「我々はモンスターの多い海域を航海する際、
 対・海棲モンスター兵器を使用し、船にモンスターが近付く事を防ぎます

 アストロメリアの言葉にカーマインとシェルが感嘆の声を上げる


「へ…兵器じゃと…!?」

「す、凄い…何だか凄くカッコイイ響きだ!!
 流石は海賊だな、今までの戦闘とは格が違う!!」


 目を輝かせるシェルとカーマインに、
 バイオレットは気を良くしたらしい

 少し照れ臭そうに鼻の頭を掻きながら、
 それでも自信たっぷりの笑みを浮かべる


「ふっ…本来なら門外不出の情報だけどな
 まぁ、てめぇらの事は嫌いじゃねぇし…特別に教えてやらあ!!」

 バイオレットが1人の海賊を呼び付けて指示を与える
 程無くして彼はダンボールの箱を2つ抱えて戻って来た



「…この箱は?」

「この中に対・海棲モンスター兵器が収納されています」

「…へぇ…
 この箱に…」


 思ったより小さい
 しかも、ダンボールの箱

 多少拍子抜けしたが、すぐに思い直す

 兵器というものは必ずしも、巨大だから強いとは限らない
 ダイナマイトだって、あのサイズで大岩も粉砕する破壊力なのだ

 鉄や木製の箱ではなくダンボールを使う理由は、
 恐らく外部からの振動や衝撃から兵器を守り、誤爆を防ぐ為なのだろう

 木箱とダンボールでは衝撃の吸収率も違う筈だ



「箱が2つあるのじゃが…」

「おう…説明してやる
 これが僕らバイオレット海賊団の武器!!
 対・海棲モンスター兵器セブン≠ニ、
 そのセブン≠フ威力を高める為に研究を重ね搭載されたユニットD≠セ!!」

「せ…セブン≠ニ…D=cっ!?」


 その響きに興奮が湧き上がる


「か、カッコイイ!!
 それは凄くカッコイイではないか!!」

「す…凄い…ッ!!
 まるでSFみたいだ…!!
 この世界観からは全く予想付かなかった展開だけど…悪くない!!」


 うみうし男とハシビロコウ男
 そんな切ないキャラばかり目立つ彼ら

 しかし…腐っても海賊
 魅せる時は、しっかり魅せるらしい



「ふっ…
 それじゃあお披露目と行こうか
 これが、対・海棲モンスター兵器セブン≠セ!!」


 バイオレットが勢い良く箱を開ける
 そこには決して大きいとは言えない円筒形のものが納まっていた

 円筒の内部は炎が激しく燃焼したのだろう、
 ススで真っ黒に汚れた後が生々しく残っている

 カーマインたちが口を開く間も無く、
 バイオレットは続いてもう1つの箱に手を掛けた



「こっちはこのセブン≠フ威力を高める為に、
 歴代の海賊たちが研究と実験を積み重ねて導入されたユニット…
 さあ、これがバイオレット海賊団の切り札、D≠セ!!」

 バイオレットがユニットD≠手に取る
 そして、それを誇らしげに頭上へと掲げた





 象牙のように白く滑らかで、シャープなフォルム
 彼らの切り札、ユニットD

 それは―――…


 どこから見ても、
 ただの大根だった



「……な、何故…?

「…が、頑張れば、
 ミサイルの形に似ていると言えなくも無い…けど…」


 でも、大根
 どこから見ても単なる大根

 恐らく1本80円くらい





  





「…あ、あの…バイオレットさん…
 これ…大根に見えるんですけど…」

「ああ、ダイコンだ!!

 言い切った!!


「大根だから、そのイニシャルを取ってDだ!!
 どうだ、無駄にカッコイイだろう?」

 本気で無駄過ぎる



「こっちの対・海棲モンスター兵器セブン≠チて…
 俺の目が正しければ七輪に見えるんですけど」

「ああ、七輪だからセブンに決まってんだろ
 正月はこれで餅を焼くと美味いぞ」


 いや、美味いぞ…って言われても
 どうコメントを返せと


 そもそも、こいつら
 モンスターの巣窟の真っ只中

 目の前に七輪と大根を置いて、
 一体、何をする気だ





「よぅし…野郎ども!!
 ユニットD≠フすり下ろし作業に入れ!!」

 すり下ろし作業!?


「アイアイサー!!」

 手におろし器を持った海賊たちが、
 我先にとD≠手に取る


 そして

「バイオレット海賊団
 大根おろし隊、かかれッ!!」

アイアイサー!!


 屈強な海賊たちが、各々その場に座り込み、
 一心不乱に大根おろしを作りはじめる

 しゃりしゃりしゃりしゃり…
 規則正しいすりおろし音がその場に響き渡った


 凄い…
 凄過ぎる光景だ

 しかし、全く意味がわからない




「…カーマイン…私、
 大根おろしという言葉が脳内で、
 ゲシュタルト崩壊を始めているのだけれど…」

「ああ…うん…
 それ、たぶん現実逃避の一種だと思うな、俺は」


 現実逃避を始めたメルキゼを慰めるカーマイン
 その隣りでは、相変わらず誇らしげに胸を張るバイオレット

 奴が一体、何に対して誇っているのかは謎だ



「どうよ、バイオレット海賊団の兵器は!!」


 敢えて言おう

 これは兵器ではなく、
 野菜であると!!




「あの…この大根と七輪で一体、何がしたいんですか?」

モンスター避け

 迷わず言い切った!!



「何をどうすれば、これでモンスターを避けられるのじゃ?」

「ん?
 ああ…七輪と言えば焼き魚
 焼き魚と言えば大根おろしじゃねぇか」

「……はぁ…?」


「海に住む生き物にとって、
 この七輪と大根おろしの組み合わせってのはよ
 本能的に何かヤバいって感じるみたいなんだ
 ってなわけで、この2つを用意してると絶対に寄って来ねぇ!!


 いいのか、それで



「これはつまり大地の恵みが海の脅威に打ち勝った瞬間
 そう考えると、ちょっと感慨深いものがあるだろ?」


 言葉を飾り過ぎだ

 今、ここで
 声を大にして叫びたい

 俺たちの感動を返せ





「…所詮、うみうしキャプテン…か…
 そうだよな…こんな愉快な海賊たちに、
 シリアスかつカッコイイ展開なんて期待する方が悪いよな…」

「むぅ…大根と七輪で撃退とは…
 カッコ悪いにも程があるのぅ…」


 あまりのオチに、がっくりと膝を折るシェルとカーマイン
 脱力感最高潮



 そんな彼らの隣りでは、
 何故か大根を齧るメルキゼの姿

 …余った物を一本、貰ったらしい

 ぱりぱり
 ぽりぽり

 新鮮な音が響き渡る



「…メルキゼデクよ…
 それ、奴らに言わせると一応、兵器じゃぞ」

「こら、メルキゼ
 そんな所で兵器食うな
 何だか戦時中の子供みたいで切ない」

「いや…正しく言うと、それはユニットDなんだが…


 本当に正しい表現は、
 ユニットDではなく『大根』





「とは言え、このD≠ニセブン≠燒恃\じゃねぇ」

 万能だとは誰も思ってない

 というより、
 大根と七輪にそこまで期待する奴は誰もいない


「大抵の海棲モンスターはこれで撃退出来るんだが…
 唯一、アンデット系の奴らにだけは効かねぇんだ」

 むしろ、
 大抵の海棲モンスターに効果があると言う事実の方が驚愕



「まぁ、アンデットモンスターの相手は
 アストロメリアが得意だから心配するこたぁねぇ
 一応あれでもプリーストとしての修行を積んでるからよ」


 神職者が何故海賊に!?

 もしかして、あの動じないハシビロコウっぷりは
 悟りの境地なのだろうか


「修行っても、変なアイテムやら聖書やらを大量に集めて、
 独学でブツブツやってるだけだがよ…ま、効けば何でも良いだろ」

 それは単なるオカルトマニアなのでは…

 いや、それよりも
 こんなに適当で大丈夫なのだろうか





「…カーマイン…私、ある意味…
 初めて『さすらい丸』に乗った時よりも不安だよ…」

 ふっ…と、遠い眼差しで海の彼方を見つめるメルキゼ

 その表情は既に疲れ切っている
 今日一日だけで、随分と消耗したようだ



「メルキゼ…お前、疲れてるだろ
 部屋に戻って寝てた方が良いって」

「そう…かな
 うん、そうかも知れないね」

 そう言うと彼は自嘲気味に笑う


「私…自分で思っている以上に疲れているみたいだ
 海の上に光るクラゲさんが見えるんだよ…ほら、あの辺りに…」

「いや、何も見えないから!!」


 現実逃避が少々、ヤバい方向へ向かっている

 そう察したシェルとカーマインは、
 メルキゼを連れて部屋へ戻る事にする




「…おや…どうかしましたか?」

「あー…光るクラゲの幻が見えるとか言い出しまして
 何だか疲れてるみたいなんで、お先に失礼します」

「ああ、それは海の妖精ですね
 私も子供の頃には良く見ました」


 待て
 何故そこで話を合わせる!?


「いやいや、そんなのいませんからッ!!
 少なくとも俺の視界にはそんなもの、見えませんでしたからッ!!」

「ええ、海の妖精は大人の目には見えません
 ですから貴方に見えないのは当然と言えば当然の事です」


 ………。
 いや、見たのはメルキゼなんですが…

 もう三十路間近の野郎なんですが



「おっ…騎士さんたち、どうしたよ?」

「ああ、スミレちゃん…
 海の妖精が現れたそうです」

「へぇ…って事は、そこのボウズが見たんだな?
 良かったじゃねぇか
 あれは見ると幸せになれる縁起物なんだぜ」

「……いや、拙者は…見られなかったのじゃが…」

 シェルが複雑そうな表情をする
 彼の目にも妖精は見えていなかったらしい




「あ、あの…バイオレットさん
 大人でも見られるような例外って…ありません?」

「お…おう、あるぜ?
 つーか、ガキしか見れねぇって言われてるのが、そもそも嘘だ
 正確には童貞にしか見る事が出来ないって言うのが正しいな」


 ………。

 ………………。


 しーん…

 一瞬にして、甲板の上は静寂に包まれた
 その場にいた全員の視線がメルキゼに集まる



「……べ、別に…童貞は悪い事じゃねぇよなッ!?」

「…そうですね
 童貞も守れないようでは国を守る事も出来ないのでしょう」


 んなわけあるか

 そう突っ込みたい気持ちをぐっと抑えて、
 ひたすらその場の空気に耐えるカーマインとシェル

 そして


「童貞、童貞って…
 連呼しないでくれええぇぇ―――…ッ!!!」

 魂の叫び

 その場に突っ伏して咽び泣くメルキゼに、
 カーマインがそっと声を掛ける



「傷付く位なら、さっさと童貞捨てろよ…
 捨てようと思えばいつでも捨てられる状況なんだぞ?
 お前さえ良ければ、ここで今すぐにでも!!

「いや、ここでは勘弁してくれ


 すかさずバイオレットが切実な突っ込みを入れる
 船の所有者として、それだけは勘弁と言った所だろうか





「だ…大丈夫ですぜ?
 男の価値はそんなもので決まるわけじゃねぇんで!!」

「て、貞操観念がしっかりしてるなんて、良い事…だと思うぜ」

「騎士様、恥じる事は無い…誰だって最初は童貞でっせ…」

「早く童貞卒業したから偉いなんてこたぁ無ぇ」

「童貞は悪い事じゃねぇんだ
 ……元気だしな、騎士さんよ」


 大根をすり下ろしていた海賊たちが、
 それぞれメルキゼを励ます言葉を掛け始める
 その瞬間から、ちょっぴりメルキゼに対して優しくなった海賊たち


 …メルキゼが泣きながらその場を走り去ったのは言うまでも無い





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